一話 神との出会い
それはまさに神としか形容のしようが無かった。
存在するだけでそこにいる全ての生物を圧倒する威容。
その巨大なアギトがひとたび開かれれば、世界を震わせているのだと錯覚するような咆哮が響き渡る。
そして神の叫びに共鳴するかのごとく、辺りでは雪崩や落盤が起きる。
白き神。
自身の住む村に代々伝わる伝説に出てくる神。
死したはずの巨神が、今。
自身の目の前で死に瀕していた。
それはまさしく神だ。紛れも無く、実際に相対もしていない、ただ近くにいるだけで分かる圧倒的な存在。
だからこそ、その神を殺す男に、自身の目は釘付けになった。
男が薙いだカタナの一閃に、とうとう神が崩れ落ちる。
崩れ落ちる神を目の前に、男が何かを呟き…………。
瞬間、最後の力を振り絞った神がそのアギトを開き、絶対零度の吐息を吐きかける。
危ない、とか避けて、とも言えなかった。その間も無く、男は白い息に飲み込まれて…………。
白が切り裂かれた。
両断され、霧散していく絶対零度の白。そして飛び出し、鞘に収めたカタナを握り、神へと走る男。
交叉は一瞬だった。
気づけば、神は動くこと無く、その身に纏っていた威圧も全て雲散霧消していた。
もう危険は無かった。けれど自身の体は動かない。
雪に囲まれたこの場が寒かったから? 否。
先ほどまでの恐怖に飲まれていたから? 否。
圧倒的な光景に思考が止まっていたから? 否。
打ち震えていた。
圧倒的な歓喜に。
打ちのめされていた。
認識させられた事実に。
これが。
これが。
これこそがハンターなのだと。
この日、自身は二柱の神と出会った。
* * *
ハンターと言う職業に憧れたのはいつだっただろうか。
確か幼少の頃はハンターなんて野蛮な職業は嫌いだったような気もする。
当時の私は花屋やお菓子屋なんて女の子らしい職に憧れていた。と言ってもそんなもの大都市にでも行かなければ無いような本当に子供の夢程度の現実味の無いものだったが。
近所の男の子たちはハンターと言う職業に憧れていて、いつもごっこ遊びに興じているのを冷めた目で見ていたのを覚えている。
そんな私がハンターと言う職業に憧れたのはいつだっただろうか。
なんて、そんな問い、投げかけてたって答えは決まっている。
あの日、あの人を見てから。
正確には私はハンターに憧れているのではない、あの人に憧れているのだ。
だからあの人と同じハンターと言う職を目指した。
あの人に拾われた、その日から
ハンターを目指す、と言った私にあの人が苦笑してそれを許した。
そんな私とあの人を見て、彼女は呆れた表情でハンターの危険性を説いたが、私の決意は変わらなかった。
そんな私の頑固に、彼女は嘆息し、結局許した。
あの人は私に、ハンターとして生き方を教えてくれた。
帰る家も親も失い、兄弟も親戚も無い私に、生きる術を叩き込んでくれた。
そうして十歳の時、初めて“狩り”をした。
ランポスと言う小型の鳥竜種であり、一般人相手では少々厳しいが、ハンターにとっては物の数にも入らない程度の存在。
けれど私にとっては自身を殺せる牙と爪を持った絶対的な悪意だった…………だった、はずなのに。
けれど私の体は目前の敵に対して何の迷いも無く動く。
恐怖も無く、憤りも無く、渇望も無く。
ただ、淡々と“生きた存在”を殺した自身と、初めて自身の手で生物を殺したのに、なんの感情も浮かばない自身の心に驚く。
ハンターにとって、これは最初の試練。ここで躓くようならこの先ハンターなどやっていけるはずも無い。
だからそう言う意味では私は優秀だったらしい。けれどあの人が僅かにこちらを見る目が変わったのは確かで、その目は決して良いものではなかったのは理解できた。
手に持った武器の重さを実感したのは十二の時だった。
生きたいと渇望し逃げ惑う
確かにメラルーはアイルーと違い、人間と共存しようとしない個体、人間からすればモンスターだ。
だがそれでも人の隣人とも呼べるアイルーと同じ形をしたそれを、何の動揺も無く、躊躇も無く殺した自分は、もしかするとそれが例えアイルーだとしても…………同じ人間だとしても殺せてしまうのではないかと思った。
恐怖と言う感情を失っていたと気づいたのは、その時だった。
どうやら私は、あの人と初めて出会った時の恐怖が切欠で、心がおかしくなっていたらしい。
初めてランポスを殺した時に何の躊躇も無く行動できたのはそれが原因だったようだ。
心まで怪物となるな、あの人がそう言った。私もそう思った。
だから私はその日から人と言うものについて考えるようになった。
普通の人、と言うのが良く分からなかったので自分の知る中で一番まともな人間である彼女を参考にして、周りに馴染む努力と言うものをした。
結果的に、私と言う人間の異常性は隠れ、一見するとまともな人間に見える程度には取り繕うことができた。
けれど根本的なところで何も変わっていないことを私もあの人も分かっていたし、一度根付いたものをそう簡単に変えられるものではないとも理解していたので、少しずつ変わっていけば良い、とあの人は言った。
その一週間後、あの人は姿を消した。受注したクエストに向かったまま忽然と姿を消した。
彼は死んだ、なんて噂も出ていたが、死んだ痕跡も遺体も無い、かと言った生きているならどうして戻ってこないのか、誰にも分からず、結局それは英雄の失踪として世間を騒がせたが、一月、二月、そして半年と時が経つにつれ、あの人の話題が人々の口から出ることが無くなっていった。
まあきっとそのうち帰ってくる、そう言って彼女は苦笑していたが、いつも寂しそうに外を見ている彼女を見て、そして決めた。
私が彼を探すのだ、と。
あの日、私は二柱の神を見た。
一柱は雪山の深奥に眠りし白き神。
そしてもう一柱は…………。
神をも狩った狩猟の神。
だからこれは、私が神様を探す旅路。
果て無き世界を一人の狩人が歩くその道程。
その始まりは………………
一人の英雄の失踪だった。
* * *
私こと、レーティアは人から良く二面性がある、と言われる。
普段はまるでどこの貴族のお嬢様なのかと言わんばかりのお淑やかさ(自分では良く分からないが、恐らく立ち居振る舞いの参考にした人間が良かったのだろう)。
けれどひとたび狩りに出れば、背筋が凍るほどの冷徹さで獲物を狩る
どちらが本当の私なのか、と聞かれたこともあるが、私自身そう言ったものを意識したことが無いので、どちらと聞かれても困る。
ただ前者は自分で故意に作ったキャラクター故に、それを意識せずにやれていると言うのは、私的には良いことなのだろう。
後は単純に、狩りに出かけた時は、意識を切り替えているからだろう。油断無く、隙無く、慎重に、臆病に、そうでなければ野性に劣る人間がモンスターに勝る道理など無い。大型モンスターに一瞬で殺され、腹の中に納まるのが関の山だろう。
まあこんなこと考えている時点で、気が抜けていると言われても仕方ないのだが。
無駄な思考を頭から打ち払い、目前の敵を見る。
「………………ランポスが三にドスランポス、あとはランゴスタもたくさん」
密林の洞窟には良くランポスたちが群れを作っている。
ランポスたちがいるならば、そこに群れの長であるドスランポスがいるのも当たり前の話だ。
今回のメインターゲットはドスランポスなので、さっさと狩ってしまいたいのだが、周りにランポスがいるのが厄介だし、ランゴスタなど単体ですら厄介極まり無い。
基本的に、どんな状況であれ、味方より相手の数のほうが多いと言うのは不利なのだ。
特にソロ狩りを専門として、パーティーを組まない自分のような人間は、一対一でさえ身体能力の面で劣っているので不利。つまり有利な状況なんてものがほとんど無い。
その辺りはあの人…………自分の師に散々教え込まれた。
だから必要なのは、場を用意すること。
自分が有利でいられる場を用意する。相手が不利に陥る場を用意する。それはどんな要素でも良い、海岸の砂浜のように、足場が踏み込みに向かない場所では、大型モンスターには走り辛い場となるし、木々が多い密林のジャングルに誘い込めば、中型モンスターはこちらへ攻撃するのに一々木が邪魔で、飛び掛り攻撃などもできなくなる行動阻害の場となる。逆に広い高台ならば確かに相手は不利にはならないが、カタナを使う自分にとって思う存分カタナを振り回せる有利な場となるし、周囲を見渡せるので、相手を見失うことも、別の場所からやってきたモンスターから奇襲を受ける心配も無くなる場となる。
そうした要素を相手を探しながら確認していく、地形の把握はハンターにとって最重要事項の一つだ。
どこにどんな敵がいるのか、どこに何があるのか。そう言った要素を集め、頭の中で組み立て、そうして自分と相手との力の差を零へと近づけていくのだ。因みにこれは実際には零以下になることなんて無い、どんな状況だろうと、どんな場所だろうと、どんな相手だろうと、人間と言うのはモンスターに劣っている、絶対的な不利を強いられているのだ。その不利の差を極限まで埋めていったならば、後に物を言うのは技と…………運である。
「………………動いた」
ドスランポスが動き出す。予定通りこちらへと向かっているようだ。
ランポスたちは巣を守るために動かない、それもまた予定通り。
洞窟の入り口傍に陣取り、草葉の陰に隠れる。この高台の敵は事前に切り伏せてあるので、今この場所にいるのは自身とドスランポスのみ。
恐らくすぐに見つかるだろうが、それでも一瞬でも発見を遅らせることができれば良い。
洞窟から出てきてすぐに立ち止まり、辺りを見渡す。ちょうどその後ろのほうに自身が隠れていて。
ドスランポスの視線がこちらを向く。
だがその時にはもうすでに、自身は飛び出している。
ギャー、とドスランポスが声を発すると同時に、自身の持つカタナ…………黒刀【弐ノ型】がドスランポスを切り裂く。
ずぶり、とその柔らかな鱗を切り裂き、黒刀が肉に食い込み…………切り払う。
ギャウ、とその痛みにドスランポスが仰け反り、同時に自身もまた後退する。
ギャァ、と声を上げ、ドスランポスが飛び掛ってくる。
そして、予測していたとばかりに刀を振りかぶっていた自身。
【気刃斬り】+【攻撃力UP小】+【見切り+1】
赤い練気を纏った刃が、いともたやすくドスランポスの体を切り裂き…………飛び掛って来た慣性のまま、息絶え転がっていく。
「…………ふう」
もう動かないことを確認し、さらに周囲に敵影が無いことを確認して、ようやく息を
想像以上に想像通りなことに、思わず苦笑する。
ハンターにとって観察とは地形把握と合わせて最も重要な技能の一つだ。
相手の習性や行動パターンを知ると言うのは、身体能力に劣る人間が、モンスターに勝つための必須事項と言っても良い。
例えば先ほどの場面。私は事前の観察により、ドスランポスが何度あの場所を通っても、ランポス三体はあの場所から動かなかったことを事前に見ていた。その奥には巣らしきものがあり、だからあの場所を守っているのだと理解する。
つまりあの三体は、次にドスランポスが移動する時もついてこないだろう。
さらに、ドスランポスも、敵と戦う時に一度後退し、次に飛び掛りをしてくる攻撃パターンを多かったのを何度か見つからないように確認している。
ただしこの場合、後退しても飛び掛りをしてこない場合もある、してくる場合としない場合の違いを観察して気づいたことは、距離だ。つまり、後退すると飛び掛ってくるのではなく、ある程度以上の距離が開くと飛び掛ってくるのだと言うことが分かった。
さらに観察して分かったことを言うなら、ドスランポスはファンゴの突進を食らうだけでよろめくことがある程度の防御力しか持たない。一度強化したこの黒刀ならば、容易くよろめかせることができると言うのは自明の理だ。
飛び掛りと言うのは一見恐ろしい攻撃に見えるが、その実、直線的に突っかかってくるだけの攻撃だ。
きちんと備えていれば、すれ違い様に一撃叩き込むのは容易い。
それであっさりと即死したのは予想外と言えば予想外だったが、万が一逃走しても、逃げ道にはシビレ罠を張っていたので問題無い。
「………………周囲問題無し」
やってくる敵の姿が無いのを確認し、ドスランポスの剥ぎ取りを行う。
ハンターの暗黙の掟で、全ての素材を剥ぎ取ることは厳禁だ。なので、必要となりそうな爪や皮などと言った素材だけを剥ぎ取っていき、後はその場に捨て置けば、勝手に自然に返る。
思ったよりも簡単だったな。
それが感想。これが初めての中型モンスターの退治だったので、少しだけ緊張したが特に問題は無かった。
新人が小型モンスターの討伐に慣れた頃に中型の討伐に望み、慢心してそのまま帰らぬ人となる、と言うのは良くある話だが、残念ながら油断するような性格もしていなければ、いきなりサイズの増した敵に恐怖し動けなくなるような可愛げのある性格もしていない自分には、事の他簡単に思えた。
「これも…………慢心かな?」
少しだけ気を引き締める。油断してはならない、死にたくなければ。
死んではならない。自身には目標があるのだから。
あの人を見つけるまでは、死ぬわけにはいかない。
自身の目的を思い出し、そうして一層心を引き締める。
見れば先ほどの洞窟の入り口とは別の入り口からランポスがやってきている。
「さて…………狩りの時間だ」
血拭った刃を再び鞘から抜き。
そうして、再び走り出した。
言い忘れてましたけど、オリジナル設定とかオリジナルスキルとかいっぱい出ますよ。
あと、サブタイトルで「神様転生かよ」とか思った人は、ハーメルンに毒されすぎです。