十七話 祭の始まり
HR4以上のハンターを上位ハンターと呼ぶ。
上位ハンターになって何が変わるか、と言われれば、まずギルドの扱いが変わる。
新人、ルーキー、半人前扱いの下位ハンターと違い、上位ハンターからは一人前のハンターとして扱われる。故に、HR3から4への壁は相応に厚い…………のだが、まあそれは今は良いだろう。
次に工房や道具屋などの商品もいくつか購入を解禁される品もある。特に素材玉や光蟲、ハチミつなど下位ハンターの内は自身で採取して作るしかないものも、普通に街の販売店で買えるようになる。
この辺りの規制は、新人の内は自分で集めて、作って、使って、覚えさせると言うギルド側の意向であり、他所の地域に行くと違うこともある。
街中でも、上位ハンターともなれば信用が大きく変わる。
金貸しもより大きな額を貸してくれるようになるし、武器屋や防具屋でもオーダーメイド品などを作ってくれるようになる。
さらにHRを上げて行けば、もっと多くの利が得られるようになる。
「と、まあ…………色々と違いはあるんだが」
酒場で、ジョッキに注がれた果実酒を片手にリオが呟く。
お題は、下位ハンターと上位ハンターの違いについて、だ。
「最大の違いは…………猟団、だね」
「…………猟団」
「猟団の設立は上位ハンター以上じゃなければできない、これが最も大きな違いだろう」
リオの言葉を思わずそのままに呟く。
猟団、つまり猟のための団。
読んで字のごとく、
パーティ、とはまた違うものであり、意味合いとしては、パーティよりもさらに規模の大きなものを指す。
簡単に言えば、ハンターの組織だ。ギルド、とはまた意味合いが違う。
ギルドはハンターを運営する組織だ。ハンターのもたらす産物を国家に流し、国家から与えられるものをハンターへと流す、仲立ち的な役割が強い。
ハンターは別に、国家に所属しているわけではない。故に、国から見ればどうしても信用と言うものに欠ける。だが同時にハンターの力は大きな力に成り得る。
モンスターと言う明確な人類の脅威が存在する以上、ハンターの力はどうしても必須となる。
だからこそ、ギルドはハンターランクを制定し、ハンターの力量と評価を明確にし、それを信用の代わりとする。
だがハンターとて国家とは無縁ではいられない。ギルドに納品した採取物やモンスターの素材はギルドから国、そしてその下の商人たちへ流れるし、そこで得た金銭はギルドの運営に回され、巡り巡ってハンターたちの報酬やギルド運営施設としてハンターたちに還元される。
ギルドの役割とはつまりそう言うものだ。
だが翻って猟団は違う。
簡単に言えば、ハンター同士の相互補助を目的とした組合だ。
半ば固定パーティと似たものではあるが、その規模をさらに大きくしたものと言える。
規模の大きな猟団では二百人以上の
この話で分かると思うが、猟団の主な目的は
功績の共有、名誉の共有、信頼の共有、など付加価値は色々とあるが、極論を言えば
まあそれも
つまるところ、猟団を結成する意味とは
個人じゃできないことを人数を増やし、相互扶助をすること。
それが猟団の力、と言える。
また猟団が積みあげてきた実績や高めてきた信用が、そのまま猟団員全員に共有されるのも一つの良い点だろう、最も悪名なども共有されるのは悪い点だろうが。
「で、だね」
そこまで話したところで、リオが言葉を止める。
とん、とジョッキを机に置き、こちらを見つめる。
その様子に、何か言いたいことがあるのだろう、と予測をつけ。
「レティ、猟団を作る気は無いかい?」
飛び出した言葉に、思わず目を丸くした。
* * *
メゼポルタ。
元はドンドルマを拠点とするハンターのために作られた区域だが、開拓を推し進めるハンターが次から次へとやってきて、現在では周辺でも最大の人数規模を誇るようになった、この大陸の中心地と呼んでも差し支えない大都市。
ドンドルマもまた大規模な都市だったが、近年ではメゼルポルタの隆盛に押されるようにして、人の移り変わりが多く、隆盛期ほどの繁栄は無くなってしまっている。
そしてそんなメゼルポルタで年に一度、毎年開かれているものがある。
狩人祭。
年に一度の祭典。
指定区域における
そして狩りで得た素材はギルドが全て通常よりも高い価格で買い取り、さらには狩猟や採取の成果によって評価と点数を与えられる。この点数は祭りの後に、ギルドで取引に使われ、貴重な素材などを得ることも可能となる。
最後にこの時期に出回る大量の素材を買い取ろうと多くの商人が集まり、この時期のメゼルポルタには世界中からありとあらゆる品が集まると言われるほどの大規模な祭典である。
祭りの期日は約一月。
最初の一週間は登録祭。狩人祭に参加するハンターたちを登録する期間。
次の二週間が狩猟祭。狩人祭の本番とも言える、狩猟のための期間。
そして最後の一週が褒章祭。誰がどれほどの成果を得たのか、また狩猟祭でより結果の良かったハンターへ特別な褒章が与えられたりする、一週間続くギルド主催の酒宴。祭に参加したハンターたちの労いの一週間とも言えるだろう。
狩人祭ではとにかく多くの獲物を狩ることができる。腕に自信のあるハンターたちにとっては、より多くの評価を、そして金を、素材を得るチャンスである。
そのため、狩人祭では大陸全土から大勢のハンターたちが集まって来る。
そしてハンターが集まれば、そこに商人も集まる。狩の準備に必要なものなどいくらでもあるし、寝泊りするための場所、夜に飲む酒、食べる物、着る物。
必要とするものは多くあり、必要とする者が多く居り、それを目ざとい商人たちが放っておくはずも無い。
そうして各地から商人が多くの品を抱えてメゼルポルタに集まる、そして他では見ない珍しい物を求めて好事家や貴族たちも集まり、それに伴う人間たちもやって来る。
普段は街で大人しく暮らす住人たちも、この活気溢れる祭の空気を味わいに、あちこちからやってきて、さらに需要は増える。
大陸最大規模の都市でありながら、人で飽和しそうなほどに大勢の人間がこの時期には訪れ、金を落としていく。
「重要なのは、この時期、この街には多くの人間が集まる、と言うことだ」
メゼポルタの雑多な街並を歩きながら、隣をゆっくりと歩くリオがそう告げる。
「レティ、キミがカイを探すに当たって、一番重要なのは情報だ、それは分かってるね?」
「ええ」
頷く。そんなことは分かっている。分かり切っている。今頃どこにいるのか、それが分かっているならば、すでにそこへすっ飛んでいる。
「そしてこの場所には多くの人が集まっている、人が集まれば必然的に情報も集まる。そう言った物を専門に扱う人間もいるし、後でそっちも当たってみたほうがいいかもしれない」
そんなリオの言葉になるほど、と頷く。
――――猟団を作る気は無いかい?
そんなことを突然言われた時は、一体どうしたことかと思ったものではあるが。
なるほど、つまりこういう事だったか、と納得する。
実は狩人祭、ハンターには一つだけ参加資格がある。
それが、猟団に所属していること。
正確には、猟団一つが一つのチームとして登録され、褒章も猟団単位で渡されるのだ。
だから、個人で参加と言うのが基本的には不可とされている。
リオが猟団を作らないか、と言ったのは、これに参加するためのものだったらしい。
「実際のところ、ハンターランクを手っ取り早く上げるなら、狩人祭は効率が良いんだ、私も…………それにレティも、もっと上を目指すならここで短縮できるに越したことはないし、その途中でカイの情報が手に入れば万々歳と言ったところかな?」
と言うのが、リオの言い分。
「まあ取りあえずは今日一日は宿の確保だね、登録祭は後二日は続くから、明日の朝行っても十分間に合う」
「そう…………じゃあ、それで行きましょう」
リオの言葉に頷き、それで方針を決定する。
さすがは元G級ハンター、と言うだけあってか、相応の知識と、それ以上に段取りの巧さがある。
この辺りは経験の薄い自身には無いものだと思う。
「リオ、宿に当てはあるの?」
街に滞在中は宿を取るしかない。とは言え、宿と言ってもピンからキリまである。
安い代わりに防犯面の悪い宿や、値は張るがそう言ったものが良い宿。
食事の安い宿に、高い宿。水はあるのか、風呂はともかく、トイレは存在するのか。
酷いところならば、無言で納屋に放り込まれることすらあり得るのだから、その辺はきっちりと考えておいた方が良いだろう。
「大丈夫…………以前に泊まったことのある、良い宿があるんだ」
そしてさすがはリオと言ったところ。
きっちりと当てはあったらしい。自身よりも長くハンターをやっているだけあって、コネと言うものがリオにはある。本当に、彼女とパーティを組めたのは運が良かったと思う。
そうして、リオに案内されるままに宿への道を歩いていると。
ずり、ずりと、何か金属を引き擦るような音が聞こえた。
「……………………ん?」
リオにも聞こえたようで、足を止めて周囲を見渡す。
場所は建物と建物の隙間の路地。リオが近道だと教え、案内してくれていたのだが、人の気配の無いはずの場所での音だけに、少し気になった。
「…………どうする?」
「ちょっとだけ、見て見ましょう」
ずり、ずり、と未だに何かを引きずる音は聞こえていた。
音のする方角は…………まあ大体分かる。
リオに行こうと声をかけ、二人で歩く。
そうして。
「……………………………………あっ」
路地裏の先に一人の少年がいた。
淡い水色の髪を後ろで雑に束ねた、自身より年下と思わしき青い瞳の少年。ズタボロになり、あちこち破れている布の服を着、その手に持っていたのは、身の丈に会わない大剣。
それなりに使い込まれた様相はあるが、少年には余りにも不釣り合いな大きさが違和感を生んでいる。
「……………………」
無言のまま、こちらを一瞥した少年が自身たちを見て、僅かに表情を歪める。
けれど、まるでそれが気のせいだったかのように、一瞬で表情を元の無表情へ戻し。
ずり、ずり、と大剣の先を引きずりながら歩いていく。
「……………………っ」
一瞬、何かを言って引き留めようとするが、けれど一体何を言えばいいのか、分からず。
少年を引き留める言葉も無く、そのまま見送ってしまう。
「……………………行きましょう、リオ」
呟いた自身の言葉に、リオが路地裏へと消えていく少年から視線を外し。
「ああ…………そうしよう」
一つ頷いた。
* * *
がしゃん、と手から大剣が零れ落ちる。
「…………ぐっ…………つっ」
痺れた片腕を抑え、蹲る。
腕が痛み、涙が出そうだった。
当たりまえだ、大の大人のハンターが重そうにしながらようやく持ちあげることのできた大剣を、引きずったとは言え子供の細腕でここまで運んできたのだ。
畜生。
内心で毒づく。
先ほどすれ違った二人。
きっとあの二人もハンターなのだろう。あの鎧や武器を見れば分かる。
この時期にあんな恰好の人間、ハンター以外にあり得ない。
畜生、畜生、畜生。
二度、三度と呟く。
それでもイライラは収まらない。
「絶対…………絶対に、取り戻すんだ」
震える手で、再び大剣を拾い上げる。
まだ痺れの残る手で、大剣の柄を握りしめ。
ずり、ずり、と再び引きずりながら歩いていく。
歩いて、歩いて、歩いて。
この道の先に一体何があると言うのか。
本当は分かっている、それでも。
やらなければならない。
例え、どれほど恐ろしかろうと。
例え、どれほど危険だろうと。
例え、どれほど無理があろうと。
やらねばならないのだ。
それなければ取り戻せないから。
だから。
「……………………やってやる。やって、やる」
握りしめたのは大剣。
たった一本残された
歯を軋らせながら。
涙を堪えながら。
震える手で。
震える足で。
ふらつく体で。
揺れる頭で。
それでも、目だけは、口だけは。
「…………やって、やる」
ギラギラと輝いていた。