正直無理。
と言うのがこの黒竜と戦ってすぐに抱いた感想。
硬い、とにかくそれに尽きる。
刃がその鱗を突破できない。どれだけ全力を込めようとも、その黒光りする竜麟の表面を浅く傷つけるだけで割ることすらできない。
だが何よりも、竜のあらゆる行動に、こちらの動きが阻害される。
並の竜とは威圧の桁が違う、風圧の桁が違う、震動の桁が違う、咆哮の桁が違う。
ぎろり、と一睨みするその威圧に背筋が凍る。
ぶん、と翼を揺らすだけで地につけた足を根ごと引き抜くような勢いの暴風に吹き飛ばされる。
ずどん、と一歩踏み出せば最早震動どころではない、文字通り
ごう、と一度口を開けば手で覆っていても、一瞬気絶してしまうほどの大音量が耳を突き抜ける。
胆力、風圧、震動、耳栓系の保護系スキルがまるで意味を為さない。
立ち回りでどうにかできるレベルでは無い。一つくらいならならともかく、全てが意味を為さないなどさすがに規格外過ぎる。
あえてランク付けするならばG級、それもかなり上位に入るだろうと予想する。
G級、それはつまりこちらの常識など遥かに超えた高みに君臨する絶対強者。
人外魔境の住人と言うことに他ならない。
いつかたどり着きたい高み、だが今の自分がそこに手をかけているなど、そんな己惚れたことは決して言えない。
勝ち目どころか、どうこうすることすらできる相手では無い。それは明らかだった。
――――――――だと言うのに。
「く…………あああぁぁぁぁぁ!!!」
振り回される竜の尾を間一髪のところで転がって回避する。
すぐ様起き上がり、けれどその時にはすでにこちらへと顔を向けた竜の口が開き。
――――――――未だに生きているのは。
“轟”
響く爆音に視界が真っ白に染まる。この轟音には分かっていても慣れない、慣れることなどできるはずもない。
ただの音ではないのだ、竜種がその喉の奥から捻りだすその声には、人の可聴域を超えた超高音が混じる。
それが人の鼓膜を揺さぶるのだ。轟音の中に混じる聞こえない音によってこの現象は起きる。
故に、対処法は分かっている。体の位置をずらす、何かで防ぐなどして、音の波長を変えてしまえば良い。それだけで衝撃のほとんどは軽減される。
本来ならば。
これは無理だ、これだけは無理だ、この竜の声にはそれが通じない。
軽減した上で尚、人を気絶させるほどの威力がこの声にはある。
ほんの一瞬で意識は戻る、だが切断された思考と体が再びつながるまでにさらに一瞬の時を要する。
その一瞬の間を竜が見逃さない。
両の翼をぶん、とはためかせる。それだけのこと、それだけの動作で暴風が吹き荒んだ。
ごろごろと無防備に転がっていく体、その途中で再び体の自由を取り戻し、一瞬で起き上がる。
――――――――遊ばれている。
分かっている、だからこそ自分が今生きているのだと言うことは。
遊んでいるのだ、この竜は。自身を甚振りながら、いつだって殺せるのに、あえて殺さないように動いている。
そして自身はそれを甘受する。
自身がやるべきは時間稼ぎだから。
だから殺されないように嬲られている現状はある意味
腸が煮えくり返りそうになっていることを除けば。
自分がおかしくなっていることには気づいている。
普段の自分はもっと冷静なはずだ。
だとしたらどうしてだろうか。
「はあああああああああああ!!!」
振り降ろされた太刀、一閃の銀光を空に描きながら、けれどその一撃は竜にさしたる意味を為さない。
ぐるぅ、と竜が哭く。どうしてだか、竜が嗤った気がした。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
叫ぶ叫ぶ、叫ぶ。
最早その行動に思考は無い、ほとんど本能のままに、躱し、振り抜き、守り、射抜き。
けれどそこに意味は無い、意味は無い、意味は無い。
この武器でどれほど頑張ろうと竜を傷つけることはできない。
狂っている。それを自覚する。明らかに今自分は狂っている。
感情が乱れる、乱れに乱れ、怒りのままに太刀を振るっている。
どうしてこれほどまでに感情が乱れるのか、理解できない。
理解できないからこそ、抑制もできない。自分で自分の感情が
明らかにこのままではいけないと理性が叫んでいる、だと言うのに。
理解できない、理解できない、理解できない。
竜がすぅ、と大きく息を吸い込む。
咆轟、すぐ様気づく。だが同時に防ぐ手立ては無い。自分で自分を抑えきれないのに、どうしろと言うのだ。
“轟”と爆音が樹海を揺るがす。
最早衝撃波となって襲い来る
斬。
一閃、太刀が煌めく。
本能のままに、怒りのままに任せたその一撃が虚空を切り裂き。
同時に
すとん、とまるで何かが綺麗に収まったかのように。一瞬にして理性が体を取り戻す。
「何…………今の…………」
本能のままに振るった一閃、言ってみれば、ほとんど無意識だった。
けれどそんな僅かな思考の余地すら目の前の竜は許してくれない。
黒竜のアギトが開く。咆哮…………違う、あれは!!!
灼熱の火球が三度、その口から噴出される。
避ける、当たり前だ、当たれば一瞬で消し炭だ。
そして大地に着弾し、爆発しながら燃え広がる。
最悪だ、とすぐに理解する。
ここは
燃える、燃える、燃える。炎が広がり、徐々にだが樹海を飲み込んでいく。
竜がその翼を揺らす。轟、と吹き荒んだ風が加速度的に炎の勢いを増していく。
直観的に気づく。わざとだ、と。
非常に不味い状況だ、燃え盛る炎は竜にとっては大した意味の無いものかもしれないが、自身にとっては危険極まり無い。
そして目の前の竜は恐らく
その狡猾さに戦慄する。
そして同時に気づく、いよいよ仕留めにかかりに来た、と。
玩具で遊ぶのは飽きたらしい。助けは…………まだ来ない。だが恐らくキャンプのリオもこの火災にはすぐに気づくだろう。逃げるのか、それとも手を打つか。どちらにしろ、彼女に危険が及ぶことは無いと思っていい、そんな無謀を彼女が侵すとは思っていない、その程度にはすでに彼女を信頼している。
だから、後は自身をどうにかするだけだ。
死にたくない、今心の底からそう思っている。
死の恐怖を知った…………否、思い出したからこそ、全身が死を理解し、恐怖し、そして否定する。
生きるのだ、絶対に、絶対に生きるのだ。そう覚悟し、太刀をぐっと握りしめる。
この竜から逃げるのには一つ厄介な物がある。
咆哮だ。他は倒すには問題があっても、逃げ出すならば問題無い程度のものばかりだ。
だがあの咆哮だけはダメだ、一瞬でこちらの意識を吹き飛ばすあれを使われては逃げてもすぐに捕まるのがオチだ。
だからこそ、あの咆哮をどうにかしなければならない。そのために鍵は先ほどの一撃だろう。
戦いながら、少しずつ考えていた。そうして気づいたのは、太刀を振るう直前、竜は咆哮をしていた。だが自身は気絶しなかった。何故? 心当たりは、あの太刀を振るっていたから、しかない。
あの時の手ごたえは一体何だったのか。あの時は確かに空を切っていた。何もない空間を切って、けれど確かな手ごたえがあった。
それが何なのか、二つの出来事をつなげて考えればすぐ分かる。
音だ。
それが本当に手ごたえ…………刃を押し返したのかどうかは分からない、ただの
音を斬る。
可能かどうか、と言われれば。
正確には音だけではない、風圧でも良かった、何ならブレスでも良かった。
義兄の得意としていた技の一つ。
確か名を。
「断空」
覚えている。確かにそれは教えられたことがある。
あの時の自身にはできなかったことではあるが。
「…………ふ、ふふ」
無意識とは言え、一度自身はそれを成功させた。そう考えれば、笑みも零れてくると言うものだ。
あの義兄の技を、たった一つ、偶然とは言え。
「…………私にもできる、のね」
無理だと半ば思っていた。いつかきっと、そう諦めていた。
けれどそうではない、何年も何年も、憧れたその背中を見つめ、追い続けてきたその過去は。
決して無駄ではなかったのだと、気づかされた。
気分が前向きになる。まるで何でもできるとでも言うかのように。
分かっている、ただの錯覚だろう。
けれど、手札は増えた。たった今、増えたのだ。
行ける、もう竜の行動は大方把握できた。
唯一逃げ出すのに何としても防がなければならない咆哮への対策も出来た。
気分が良い。義兄風に言うならば、“テンション上がってきた”だ。
笑みが増えた分だけ、心の余裕も増す。そうすると見えなかった部分も見えてくる。
竜が跳びあがる。跳びながら、飛ぶ。
その脚力で勢いをつけたまま地を蹴り、翼を大きくはためかせ高さを稼ぐ。
そしてその勢いのまま滑空し、その両の脚でこちらを掴もうと降りてき、それを横にずれて躱す。
そしてすれ違い様にその脚の先…………そう、爪の先端を狙って…………一閃。
【練気】+【攻撃力UP小】+【見切り+2】+【一閃+1】+【剣術+1】+【??+1】
体の芯から絞り出すように集めたなけなしの練気を刃に乗せた一撃は、黒竜の爪の先の先、ほんの数センチほどを切り裂き、
「練気まで使ってこの程度、ね…………ホント、未熟で嫌になるわ」
呟きながら、欠けて宙に舞った爪の先を空いた左手で掴み取り、走り出す。
どすうぅぅぅん、と派手な音が響く。
着地寸前でつま先を斬られた黒竜が着地に失敗し、転んだのだ。
転倒し、勢いのままに二転、三転し。
その隙をついて燃える樹海を駆け抜ける。
竜が起き上がる気配がする。
だが振り返らない走り続ける。
竜がこちらを振り向く。
同時に振り向く。足を止める。
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
咆哮を発する。同時に、太刀を構え。
見えない音の壁が吸った息を吐くよりも早く迫る。
けれど理解する、ほとんど
だからそれを切り裂いた。
轟、と直後、咆哮が響く。非常に喧しい、だが気を失うほどではない。
再び走りだす、だが今度は何度も背後を振り返りながら。
黒竜は走りだそうと一歩踏み出す、だがそこで止まる。
欠けた爪に視線を落とす。ぐるぅ、と唸る。
ああ、やっぱりだ、と内心で呟く。
モンスターたちの巨体を支えているのはその太い脚。
そしてその巨体が突進してくる際、その勢いを殺すのは、爪だ。
ティガレックスやナルガクルカなどが分かりやすい例。大地を掴む爪を失くせば、突進をしても勢いを殺しきれずに転ぶ。モンスターとて生物だ、そう言う当たり前の弱点は確かに存在する。
そしてあの黒竜は非常に頭が働く、自身が狙って爪を奪ったことを理解しているだろう。
だから警戒している、二足歩行とは言え、両手が翼と化したあの黒竜では転倒すれば起き上がるのは苦労するだろう。先ほども数秒の間があった。
黒竜は野生の生物だ。故にどんな状況であっても、無防備を晒すことを嫌う、厭う。例え捨て身で自身を追いかけてくれば自身はあっさり詰むとしても、モンスターの本能がそれを許さない。
だから、取れる手は二つしかない。一つは咆哮で足止め、けれどそれも失敗した。
だから、もう一つ。
黒竜が大きくその口を開き。
直後に過った嫌な予感に、思わず真横に飛び込むようにして跳ねる。
結果的に、それが自身の命を救う。
直後、先ほどまで自身がいた地点を飲み込むかのように放たれた極太の光の柱。それは僅か数秒のことに過ぎなかったが、黒竜の向いた方向の直線状、数百メートル先までの全てを一直線に薙ぎ払っていた。
危なかった、幸いBCとは大きく進路がずれていたから向こうに被害は無いだろうが。
アレをベースキャンプに向けて撃たれたらそれだけで詰む。
だがそれは結果的に杞憂に終わる。
黒竜は動かなかった、こちらを睨むように視線を向けたまま、その姿が見えなくなるまでただ動かずこちらを見ていた。
と、同時に遠くにベースキャンプが見えてくる。
思えば黒竜から逃げながら随分と遠くまで来てしまったものだと思う。
そこにいるリオの姿を認識し、僅かに安堵の笑みを零した…………瞬間。
ズダァァァァァァァァァ
背後の森から爆音が響く、と同時に森の中から黒い影が飛び出し、そのまま凄い速度でぐんぐんと空をへと飛びあがっていく。
そしてそれが遠く空の彼方へと着ていくと同時に。
「…………た、助かっ…………た?」
すとん、と全身から力が抜ける。崩れ落ちそうになる体に鞭打ってなんとか支える。
この間からどうしてこう危ない目ばかりに遭うのだろう。
そんな愚痴を吐きながら。
遠くキャンプからこちらを見て手を振るリオに、手を振り返す。
「…………取りあえず、帰ったら早く武器を変えないいけないわね」
呟き、手の中のボロボロに刃の零れ落ちた
称号:ストレンジャー
名前:レーティア・ブランドー
HR:2/10
装備スキル【攻撃力UP小】【ダメージ回復速度+2】【防御+60】
習得スキル【体力+20】【ランナー】【一閃+1】【見切り+2】【抜刀改心】【体術+1】【集中+1】【業物+1】【剣術+1】【氷耐性+10】【耐雪】【酔っ払い】【暑さ倍加小】【寒さ半減】【回避性能+1】【受け身】【調合成功率+10%】【ハンター生活】【地図常備】【採取+1】【探知】【隠密】
EXスキル【断空】
称号:ストライダー
名前:リオレイシア・ハーティス
HR:2/10
装備スキル【攻撃力UP大】【防御+30】【隠密】【気絶無効】【装填速度+3】【反動軽減+2】【装填数UP】【狙い撃ち】【ボマー】【通常弾・通常矢威力UP】【貫通弾・貫通矢威力UP】【散弾・拡散矢威力UP】
習得スキル【体力-30】【鈍足】【腹減り半減】【早食い】【火事場+2】【見切り+4】【毒無効】【激運】【弱点特効】【軽銃技銃傑】
EXスキル→本作オリジナルスキル。G級ハンターとなると割と当たり前のように持ってる。
EXスキル【断空】→形の無い物を斬る技術。咆哮、風圧、特定のブレスなどの“当たり判定”に対して斬撃武器で攻撃を当てた時、その効果を無効化する。
ぶっちゃけカイさんが序章でウカムのブレス斬ってたのこれ。
あと某チャット部屋で「…………空裂○?」って言われた時「あれ?」ってなったのは秘密(