二人の足元に広がる地面は、まだ生きている肉のようにゆるく波打ち、その表面には粘り気を帯びた光沢がまとわりついていた。
そこから境目もなく、人間界ではあり得ない真っ白な草が、びっしりと群れを成して伸びている。
ここは、人間の理屈が通じない領域──魔界。
人間界の魔界化を食い止めるため、その元凶――クリフォトの根を断ち切った二人は、その後も押し寄せる悪魔の群れを、薙ぎ払っていた。
「あれだけは言うなよ!」
「Jackpot!」
赤コートの銀髪の男――ダンテがニヤリと笑い、両手に握られた二丁の銃から火花が連続して弾ける。放たれた弾丸はためらいなく異形の体を貫き、目の前の悪魔は断末魔を上げながら崩れ落ちた。
周囲の気配が一時的に途絶えたのを確かめると、ダンテは腰のホルスターに銃をしまいながら立ち上がり、後ろの男へ肩越しに声を投げる。
「ノリが悪いな。前は一緒に言ってたろ」
黒コートの銀髪の男――バージルは、新たにこちらに向かってくる悪魔へ面倒そうに自らの愛刀――閻魔刀を振るいながら返す。
「……記憶にないな」
全く素直じゃない兄貴だ。ダンテは口元だけで笑う。
そんな兄をいじりたくなる衝動に駆られたダンテはこちらに向かってくる悪魔を右手に己の魂から顕現させた剣――魔剣ダンテで天高く打ち上げながら、へらへらと問いかける。
「ならこれは覚えてるか?ガキの頃、母さんに怒られて泣きベソかいてたろ?」
「お前こそ親父に怒られて泣いていた」
魔界に入ってからというもの、似たような軽口の応酬がこのように何度も続いていた。
大抵はダンテがちょっかいをかけ、それに対してバージルがやり返すように答える。
「2人にゃ見せられねえ姿だ」
「どうでもいい。俺たちはまだ生きている」
「確かにそうだな」
二人は互いの背後から迫る悪魔を一突きで仕留めると、鼻で笑い合い、残った群れの殲滅に集中する。
もはや人間界、魔界ともに敵がいない二人にとっては悪魔の殲滅は単純な作業だ。
程なくして、周囲の悪魔はすべて物言わぬ骸へと変えられていくのだった。
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最後の一匹を斬り伏せ、周囲の気配が静かになる。
ようやく一息付けそうだと判断したダンテは伸びをしながらバージルに問いかける。
「さぁて、さすがにそろそろ出口を探しに行った方がいいんじゃねえか?いつまでもネロに
魔界に入る前、クリフォトの頂上にてダンテとの殺し合いを繰り広げている最中、バージルの息子であるネロの仲裁により、二人の戦いはなんとか兄弟喧嘩という形に落ち着いた。――もっとも、外から見ればただの殺し合いでしかなかったが。
お互いの実力が拮抗しすぎていたせいで、その喧嘩にもまだ決着はついていない。
このまま魔界で戦い続けても先ほどのように湧いて出てきた悪魔の群れに出くわし、喧嘩の邪魔になる。
ならばと提案したダンテに、バージルは不服そうに鼻を鳴らしながら答える。
「ふん…… こうして何度も横やりが入っては決着がつかんだろうからな。仕方あるまい」
同じ考えに至ったのかダンテの意見を肯定する。
お互いに合意も取れたということで今後の目標について話し合うことにする二人。
とはいえ、特にいいアイデアも浮かばないダンテはバージルに問いかける。
「それで……どうするよ?」
「……地道に人間界に繋がる穴を見つけるしかないだろう。見つけさえすれば穴が小さくとも、そこを閻魔刀で強引にこじ開けられる」
閻魔刀――それは人と魔を分かつ魔剣。その役目は人間界と魔界を繋ぐ鍵でもあるのだ。
とはいえ、どこでも二つの世界を繋げられるわけではなく、ある程度の空間の穴を見つける必要がある。
その空間の穴は人間界から特定の儀式などで意図的に発生させることもできるが、極稀にふとした「はずみ」で発生することもある。
人間界に現れる魔力の低い低級悪魔は、偶然そうした「はずみ」で開いた穴を利用し、顕現するのだ。ただし、そういった小さな穴では高位の悪魔は出てこれない。
魔力が高すぎるが故に大きな穴を儀式等で開ける必要があるのだが、ダンテとバージルは魔界の帝王すら優に超える魔力の持ち主だ。
そのため、たとえ何らかの儀式を行ったとしても普通の方法では出ることができないが、閻魔刀であれば問題ない。
昔、覇王アルゴサクスと呼ばれる悪魔を狩るため、魔界に入らざるを得ない状況にあったダンテは、以前は砕かれ魔界に散り散りになっていた閻魔刀の刀身の破片を偶然見つけ、人間界に帰還したことを思い出す。
あの時は閻魔刀の破片がなければ帰れなかったが、今回は閻魔刀そのものが既にバージルの手の中にある。
つまり、穴さえ見つけてしまえばすぐに帰れるというわけだ。
とはいえ、そういった偶然に発生する穴を何の手掛かりもなしに探すのは、この広大な魔界では無謀にもほどがある。
運が悪ければ一生出られない可能性だってあるだろう。
解決策を提案した当のバージルもあまり気乗りしなさそうにため息をつく。
「なんだよ、自信満々に木をぶった切りに行くっつうから、帰る手段も何か考えてるかと思ったのによ。そこはノープランかよ」
ダンテはやれやれと言った風に手をひらひらと振る。
「文句を言うな。お前だけ置いていっても構わんぞ。閻魔刀があるのだからまだマシだ」
「チッ…… ならさっそく出発だ。こんなゴミ溜めみてぇなところでお喋りしたって穴は開いちゃくれねえだろうしな」
「同感だ。とはいえ、どこへ向かうかだが……」
お互い、以前にも魔界に入ったことはあるが、魔界の住人ではない彼らに土地勘があるわけでもない。
とはいえ、当てずっぽうに歩き回ったところで、ただの骨折り損になるだろうとバージルは考えていた。
せめて何か手掛かりになるものはないかと周りを見渡そうとした、その時――
「なら、向こうだ」
急に大人しくしていたダンテが、親指で自分の背後を雑に指し示しながら何ともなしに言う。
「……一応聞こう。根拠は?」
「無いさ。ただの勘ってやつだ」
「ふざけるな」
「はっ、自慢じゃないが俺の勘ってやつは案外馬鹿にならないぜ。前入っちまった時も……まぁ数か月は掛かったが、何とかなったんだ。それにここで真面目に考えたって答えなんて出ねえよ」
確かに、周りを見渡してもほぼ平地で手掛かりらしい手掛かりも特に見当たらない。
ダンテの言うことももっともだ。
それにダンテは勘とは言ったが、指し示した方向に意識を集中すると、微かに何らかの魔力を感じる。
「はぁ……であれば仕方ない。癪に障るが、今は従ってやろう」
「決まりだな!見つかったら何か奢れよ?事務所に戻ったころには金はすっからかんだろうからな」
「お前には依頼料を渡していたはずだが?」
少し前まで閻魔刀の力によって悪魔と人に分離し、人としての側面であるVとして活動していた折に稼いできた金を、ダンテに依頼料として渡していたことを思い出す。
まぁ稼いできたといっても、チンピラから巻き上げた金だったが。
ダンテは「あぁ、そういえばそうだったな」と上を見上げ、思い出したようだったが。
「電気代と水道代で全部消えてる。そういや、あの時もらったあれは前金だったな。てことはまだ金は持ってんだろ?」
「たかるな貴様は。それと、少しは節制しろダンテ」
バージルは心底呆れた顔をしながら先ほどダンテが指し示した方向へ歩き出し、ダンテもそれに続く。
歩いている最中、相変わらずダンテが調子に乗ってバージルを挑発し、何度か喧嘩が再開しそうになってはいたが、二人ともどこか懐かしい感覚を思い出していた。
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しばらく歩き続ける道中、何度か遭遇した低級悪魔を暇つぶしがてら掃除しながら進んでいくこと数時間。
ふとダンテが指を指した方向に、空間の歪みのようなものを発見した。
「おいおい見ろよ。こりゃ大当たりだ! こんなすぐに見つけられるなんてな! 俺の普段の行いの賜物ってやつだなこりゃ」
「だとすれば、これに繋がるのは地獄である可能性が高いな」
「ハハッ、さっきの約束忘れるなよ?帰ったらまずはピザとストロベリーサンデーだな」
「了承した覚えはない」
バージルは眉一つ動かさず、きっぱりと言い捨てる。
「ケチくせぇなぁ。まぁ、さっさと帰ろうぜ。1か月以上シャワーも浴びてねぇからな。流石のイイ男も台無しだ。」
ダンテの軽口を無視し、歪みに向かって歩みを進めながらバージルは鞘から閻魔刀を抜いた。
そのまま宙に浮いている歪みの一つに向かって十字に刀身を振りぬくと空間に十字型の穴が開く。
穴の中には正に深淵ともいうべき漆黒の空間が広がっているが、恐らくこれで人間界へ繋がる扉が開いたはずだ。
「問題ないようだな――」
バージルがそう呟いた、その瞬間だった。
足元の空気が、ぐっと沈むように重くなる。
風が逆流し、彼のコートの裾を内側へと引っ張った。
「……なんだ?」
眉をひそめた次の刹那、穴の奥から、とてつもない引力が生まれる。
重力とも風とも違う、ただ一方向へと引き込む力が、バージルの身体を一気に飲み込もうとした。
「くっ――!」
踏ん張ろうとした時にはもう遅く、バージルの身体は穴の縁からずるりと離れ、そのまま漆黒の空間へと引きずり込まれていく。
「おい!?」
様子に気づいたダンテがすぐに穴に駆け寄り手を伸ばす。
しかし、引き込む力が強すぎたためか、必死に伸ばした手は空を切り、バージルはそのまま空間の彼方に吸い込まれてしまった。
その場に残されたダンテは引き込もうとする穴から発せられる引力に耐えながら様子を見る。
(……これは人間界に帰れたってことか? ……いや、それにしちゃあまりにも様子がおかしい……)
以前魔界から帰還した際にはこんな現象は起こらなかった。
恐らく繋がっているのは魔界の更に深奥か、はたまた先ほどバージルが言っていたように本当に地獄か。
伸ばしていた手を握りしめ、悔しそうに振り下ろす。
「クソッ、大当たりかと思ったら大外れときたか」
開いた穴は今もなお、強い力でダンテを引き込もうとしているが、明らかに少しずつ小さくなっていくようだった。
そしてそれに伴い引き込む力も弱まっていっているようで、このまま時間が経てば恐らく穴は閉じるだろうことは想像に難くない。
そして、このまま穴が閉じてしまってはバージルと再び会うのはほぼ絶望的だろう。
とはいえ、それでもあいつのことだから、死ぬことはないだろうとは思ってはいるが。
ふと、穴の向こうへ呑まれていくバージルと、自分の伸ばした手に、ダンテはうっすらと既視感を覚えた。
若い頃、一度だけよく似た光景を見たことがある。
「……はぁ、デジャヴってやつだな。嫌なこと思い出しちまった」
かつては憎み合い、ここに来る前までは殺し合っていた相手だ。
それでも今は、昔のように軽口を叩き合える無二の兄弟だとダンテは思っている。
そんな相手を見捨てられるほど、彼は冷たい男ではない。
それに、正直なところを言えば――この穴の向こうに何があるのか、という興味もあった。
どちらにしろ自分がこの中に飛び込まない選択肢はない。
「まぁ、そもそも閻魔刀がなけりゃ帰れねぇしな」
それらしい理由を口にして、穴から引き寄せられる力の流れに逆らわず、そのまま勢いをつけるように自らも穴に飛び込んだ。
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ダンテが穴に飛び込み、しばらく経った後――
「……ギ?」
一匹の悪魔が迷い込み、興味を持ったのか既に閉じかけている穴を覗き込む。
「ギイ……?」
細い首を傾げた、その瞬間だった。
「ギイィィィィィィィ!」
悪魔の身体は何の抵抗もなく宙に浮き、そのまま穴の中へと吸い込まれていく。
やがて穴は、最後の悲鳴を飲み込むように、静かに閉じた。