蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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師弟

 

 バージルと一輝の闘いが始まってからというもの、黒乃はその光景をどこか痛ましいものでも見るかのような表情で眺めていた。

 

(黒鉄……)

 

 その主な要因となっているのは、今の一輝の様子だ。

 彼の表情は、常に楽しそうで非常に活き活きとしている。何しろ手加減されているとはいえ、あのバージルに自ら培った技術でこれほど喰い下がっているのだ。

 それについては黒乃も非常に共感できるものであると感じていた。

 自分も、昔の事ではあるが七星剣舞祭決勝にて、寧々と鎬を削り合ったあの闘いで似たような表情を浮かべていたことがある。強敵と闘う時のあの興奮。自分よりも上の存在と闘うときの緊張感。普通の人間にはまるで共感できないものではあると思うが、戦士というものは往々にしてこういうものだ。

 では何故、そんな一輝に対してそのように思うのか。

 なぜならば、その笑みの中にはまるで、子供が大人に甘えるような無邪気な信頼と安心感が滲んでいたからだ。

 

 一輝の事情についてはこの学園の中で、自分が一番よく知っている。

 歴史ある名家である黒鉄の次男として生を受けるが、伐刀者(ブレイザー)としての才能がないが故に家族から見放され、さらには周囲の人間までもが彼を邪険に扱う。

 そのような生活を、物心がついた時から続けてきたのだ。

 そしてそれは、破軍学園に入学してからも同じだった。

 

 彼の父親である厳は、名家である黒鉄の名に傷がつくからという理由で学園に対し、『一輝を卒業させるな』という圧力をかけてきた。

 それを当時の学園長は承諾し、一輝に対し有形無形の嫌がらせを行ってきたのだ。

 今でこそ、自分が以前の学園事情を改革し、そのような大人を一掃することに成功したが、それで彼の過去に受けてきた傷が癒えるわけではない。

 

 故に今でも一輝は、真の意味で周りの大人を信頼してはいないだろう。

 もちろん彼の目を見れば今いる教師たちに対して、ある程度の尊敬をしているとは感じる。

 だが結局は自分一人で全てを解決しなければならないという前提のもとでの話。

 

 だが今、一輝の目の前にいる男、バージル。

 非伐刀者(ブレイザー)でありながら、黒乃の目から見ても伐刀者(ブレイザー)として完成されている実力。

 そして一輝は、その男のことを――ただの強者としてではなく、心から尊敬できる『教師』として見ている。

 

 黒乃には分かる。

 あの少年がバージルを見るときの眼差しには、剣士としての憧憬だけでなく、自分の歩むべき道を照らしてくれる大人への、深い感謝と親愛が宿っている。

 自分の力を誰にも預けられず、一人で強くなるしかないと信じ込んできた少年が、ようやく「背中を追いかけたい」と思える相手を見つけたのだと――あの無邪気な信頼に満ちた笑みが、何より雄弁に物語っていた。

 

 バージルの事も、最初は胡散臭く気難しい男だと思っていたが、ここ最近の彼を見ていると、その悪印象はかなり薄くなってきている。

 つい先日、自らの正体が露見し《魔剣士(ダークスレイヤー)》の名が学園に広まってしまった際に様々な生徒が彼の事を追い掛け回していた。

 どうせ奴の事だから、冷たく追い払っているのだろうと黒乃自身は思っていたのだが、どうも違うということが学園の生徒たちの話から分かった。

 サインをせがまれた際には何も言わず、面倒くさそうな顔をしながらも一人ひとりにきちんと応じていたらしい。

 自身の事について質問攻めにあったときも、相変わらずの仏頂面のままではあるが、それでも投げやりな返答で済ませるのではなく、きちんと彼なりに誠意のある対応をしていたようであると聞いた。

 

 黒乃から見て、今のバージルは教師として十分に及第点を与えられる人間になりつつある、と言ってよかった。

 生徒に対してぶっきらぼうで、態度だけを見れば決して褒められたものではない。だがその裏には、彼らと向き合い、必要とあらば危険を承知で生徒を守ろうとする、教師としての責任感と矜持が確かに存在している。

 だからこそ、一輝がそんな男に憧れ、信頼を寄せるのは、何もおかしなことではないのだろう。むしろ、長いあいだ大人から見放され続けてきた彼が、ようやく「頼りたい」と心から思える相手に出会えたことは、喜ぶべきことですらある。

 

 ――それでも。

 

 黒乃の胸の奥に滲む痛ましさは消えない。

 何故なら、彼は最長でも一年しかこの学園にいないからだ。

 もし連盟が彼の言う『元の世界』への帰還方法を見つけられなかった場合、彼は一年でこの場を離れるという契約を取り付けてある。

 しかも、もし連盟が早く元の世界への帰還方法を見つけてしまえば、恐らく彼はすぐにでも元の世界に帰るだろう。もしかしたら明日にでも帰ってしまう可能性だってある。

 ただ、そうなってしまった場合の一輝の事を考えると、黒乃の胸はひどく締め付けられる。

 ようやく心から信頼し、背中を追いたいと思える大人を見つけたその矢先に、その存在が唐突に彼の前から消えてしまう。

 それは、一度親に見放された子どもが、ようやく手を伸ばした先の温もりまで奪われるのと同じことだ。

 そのとき一輝が、再び「結局は自分一人で立っているしかない」と悟ったような目をするのではないか――そう思うと、黒乃はどうしても、今の二人の関係を素直に喜び切ることができなかった。

 

(一体、どうすることが正解なんだろうな……。せめて、黒鉄が卒業するまで居てくれればいいんだが、そういうわけにもいかん……)

 

 バージルと一輝の距離を離すべきか、それとも逆に縮めてあげるべきか。

 無論、既に一輝は彼を信頼できる大人として認識してしまっているため、無理に距離を離してしまえば、それは彼に対して様々な非道な行いをしてきた人間たちと一緒だ。

 だからといって距離を縮めてしまえば、別れの時に彼が感じる感情は黒乃には推し量ることができない。

 

(はぁ……。本当に気苦労が絶えないな……)

 

 黒乃はため息をつく。

 もう《一刀修羅》の残り時間は僅か。今回の実戦による授業は次の攻防が最後になるだろう。

 そうして取り留めのない思考をいったん振り払い、万が一の時に対応できるよう、黒乃は改めてリング上の二人へと意識を集中させるのだった。

 

*********************

 

 目の前で蒼い魔力を纏わせながら、こちらへ挑戦的な笑みを向ける一輝を見てバージルは期待を膨らませていた。

 

(まだ見せてくれるというのか……)

 

 一輝が強者であるということは今まで聞いてきた話や、先日の事件や試合での戦闘などを見て、分かってはいたことだが、まさかここまで自分に喰らいついてくるとは思いもしなかった。

 しかも、あの目はまだ何かしらの隠し玉を持っていることを示している。

 

 ただの人間。しかも伐刀者(ブレイザー)としてはあまりにも才能のない彼が、自分の限りある力を創意工夫して作り上げた秘剣と呼ばれる剣技たち。

 自分であればこのような小細工など考えもしない。

 何故なら自分は強者として生まれ落ちたから。

 かつて魔帝を封印した、伝説の魔剣士スパーダの息子であるバージルは、戦闘というものにおいては神懸かり的な才能がある。

 そこまで深く考えずとも、出来ると思った技であればすぐにでき、閻魔刀以外の武器でも見様見真似ですぐに超一流と呼ばれる域にまで達することは可能だ。

 

 だが、一輝は違う。

 確かに剣術に限った才能においては他のものよりも一線を画すだろう。

 しかし、だからといって今身に着けている剣技が、自分のようにすぐに出来たものなのかと言えば、恐らく違う。

 彼の繰り出す剣戟は、遥かなる研鑽の果てに至ったものだと、バージルは確信していた。

 いくら世情に疎いバージルと言えども、僅か十代の子供がこれほどの密度の鍛錬を積むということがどれだけ異常な事かは理解している。

 

 一輝の鮮烈な生き方の一端を垣間見たバージルは、彼に期待する。

 そしてこうも思う。

 

 この少年がこれから先どれほど強くなるのか、その成り行きを自分の手で確かめてみるのもいいのかもしれない、と。

 

 それは、バージルが今まで生きてきて、初めて他者に感じた思い。

 これこそ折木の言っていた、他人を応援したいという気持ちなのかもしれない。

 

(なるほど、これが……か。これは確かに――悪くない……)

 

 バージルは、目の前の一輝に対してふっと笑い掛けると首をクイッと上げ、誘うように言った。

 

Come on(来い)

「はい! 行きます!」

 

 瞬間、一輝はバージルに向かって駆け出す。

 《一刀修羅》によって倍増した身体能力によって、その差は一瞬で詰められる。

 しかし、あまりにも真っすぐなその疾走は、バージルから見ると隙だらけのように見えた。

 

(ふん、調子に乗ったか。愚かな……)

 

 あまりの直情的な接近の仕方に「これは改善ポイントだな」と感じたバージルは、そんな一輝を諫めるように、右手の刀を上げて振り下ろす。

 致命傷には至らずとも、その刃は一輝を切り裂き、鮮血が噴き出す――はずだった。

 

「何ッ?」

 

 斬ったと思った矢先。自身の手に斬ったという感触がないことに気付き、動揺する。

 一輝がいると思った場所を確認すると、そこには――一輝の残像。

 そう、これも一輝の編み出した秘剣の一つ。正確には体技ではあるが、特殊なステップを用いて急激な緩急を付けることにより自身の残像を生み出し、相手に誤認させる技。

 その名も――

 

「第四秘剣――蜃気楼」

 

 本物の一輝がその残像の後ろから姿を現し、刀を振り下ろして完全に隙を晒したバージルの懐に入り込む。

 そして一輝は隙だらけのバージルへ一太刀を浴びせようと斬りかかる。

しかし――

 

「チッ!」

 

 バージルは自ら振り下ろした刀を無理矢理返し、こちらに斬りかかる刀を迎撃しようとする。

 確かに一輝のフェイントには動揺したが、刀のスウィングスピードは本気を出せば、こちらの方が圧倒的に上。

 一瞬の隙程度であれば、こうして力づくで返すことはできるのだ。

 そして、刀同士をぶつけ合う音が響き渡り、またもや一輝を弾き飛ばすかと思いきや、バージルは一輝の表情に「してやったり」というような笑みを浮かべているのを見た。

 

(誘われただとッ……!)

 

 一輝は打ち合わせた刀を、まるで日輪のごとく大きく回し、その刀身に受けた衝撃を吸収するかのように循環させる。

 そして、そのままバージルの持つ刀へと打ち返した。

 

「第三秘剣――(まどか)

「ッ!?」

 

 バージルの動揺は驚愕へと変化する。

 何しろあのステラすら圧倒した悪魔の膂力が、一輝(人間)の返す刀で打ち返されたのだ。

 しかもその衝撃によって弾かれた自分の右腕は打ち上げられ、大きな隙を晒している。

 一輝は何故か一瞬「くっ……」と苦悶の声を漏らすが、ようやく得られた千載一遇のチャンス。

 そんな隙を逃すほど、《落第騎士(ワーストワン)》は甘くはない。

 

「ッ! 第七秘剣、雷光――ッ!」

 

 これも、《一刀修羅》中のみしか繰り出せない、一輝の持つ技の中で最速の斬撃。

 恐らく通常の斬撃では、今打ち上げられている右手で防ぐことは叶わないだろうが、左手に握られている鞘で受け流される可能性がある。であればこその確実を期すための最速の秘剣。

 一輝は勝利を確信したかのような表情を浮かべる。

 

 だが、一輝は忘れていた。バージルは剣術だけの男ではない。

 魔術の技術すらも桁外れの存在であったことを。

 

Don’t get so cocky(調子に乗るな)

 

 瞬間、バージルは上空への魔力放出による瞬間移動(トリックアップ)によって、一輝の最速の秘剣を躱す。

 今度は一輝の口から驚愕の声が漏れる事となった。

 

「なっ!?」

 

 一輝はすぐに上を見上げバージルの姿を見やる。

 対するバージルは納刀を既に終え、抜刀と共に魔力放出によって急落下。

 そのままの勢いで、一輝に刀身を叩きつけた。

 

「ハァッ!」

「ぐッ……!」

 

 一輝は何とか両手で刀を抑え防御をするが、耐えきれずそのまま膝をつく。

 すると、徐々に彼の身体から溢れていた蒼い魔力が消えていく。

 遂に《一刀修羅》の活動限界が訪れてしまったのだ。

 

「くうっ……!」

「…………」

 

 尚も抗おうとする一輝。

 だが、《一刀修羅》による反動でもう力が入らない腕ではバージルの膂力に敵うはずもなく、徐々に押し込まれてく。

 しかしバージルはそのまま押し込もうとはせず、掬い上げるように一輝の刀を打ち上げた。

 

「あっ……」

 

 既に握る力もおぼつかない一輝の握力では、それに抗えるはずもなく。

 そして、バージルは閻魔刀の切っ先を一輝の首元に当てると一輝へ向けて静かに宣言した。

 

「お前の負けだ」

「……参りました、先生」

 

 潔く敗北を認めた一輝は、悔しそうな声で返事をした。

 そして、黒乃の試合終了の合図が出る。

 

「そこまで! 勝者! バージル!」

 

 響き渡る黒乃の声を聞き、一輝は脱力したように座り込む。

 バージルは、刀を納刀し己の内にしまい込んだ。

 

「ははは……。やっぱり、先生は強かったです」

「ふん、当たり前だ。でなければお前の教師は務まらんからな」

 

 両者ともに軽く笑い合った後、バージルは座り込む一輝をじっと見つめる。

 そして、おもむろに右手を差し出した。

 

「……? 先生?」

 

 一輝はその差し出された右手を、しばらく眺めていると、それにしびれを切らしたバージルが一輝に言う。

 

「……いつまで座っているつもりだ。立て」

「え……あ、はいっ」

 

 一輝は差し出された右手を取ると、そのままグイッと力強く手を引かれて立ち上がる。

 

「どうやら今の闘いで満足しているようだが、この後お前の改善点を指摘するということを忘れているようだな」

「あっ……、そうでした……」

 

審判を務めていた黒乃がこちらに来るのを待ってから、三人はそのまま試合の振り返りに移った。

 

*********************

 

 一輝は《一刀修羅》の反動によって疲労した体を何とか起こし、バージルの話を聞く姿勢を取る。

 だが、自分の中では既にある程度の改善点は見えている。

 それは、やはりバージルの剣を弾き返したあの剣技。第三秘剣《円》だ。

 一輝の持つ秘剣の中でも最大の難易度にもなる技。

 その理合は相手の攻撃に籠められた力を円をなぞるように循環させ、自分の力も乗せて返すカウンター。

 だが――

 

(あの時の先生の力を全部乗せて打ち返すのは、僕には不可能だった……)

 

 あの時、一輝は《蜃気楼》にて隙を晒したバージルが返す刀で、無理矢理自分の攻撃を迎撃することは分かっていた。

 何故なら一輝はバージルの行動を《蜃気楼》で必ずそうするように仕向けていたのだから。

 だが、予想外だったのはバージルの力。

 《円》は相手が打ち込む攻撃を一輝自身が完全に把握してこそ成り立つ技であるため、打ち込まれる角度などの情報が分かっているだけでは足りない。

 打ち込まれる剣の威力やタイミングなども重要な要素となる。

 

 故にバージルの予想外の力に振り回されてしまい、彼の腕を打ち上げることには成功したが、攻め込むタイミングが一拍遅れてしまっていた。

 恐らくバージルも、そのことについて指摘するだろうと思っていたのだが――

 

「結論から言おう。お前には魔力制御の鍛錬が足りていない」

「え……。魔力制御……ですか?」

 

 想定していた指摘と全く違う言葉が出てきたため、困惑する。

 そしてそれは隣で聞いていた黒乃もそう思っていたようで、怪訝な顔でバージルに尋ねた。

 

「どういうことだ? 元々魔力の低い黒鉄が魔力制御の鍛錬を行うよりも、長所である剣術を伸ばした方がいいと思うんだが」

「無論、剣術の力量はこれからも伸ばしていくべきだ。だが、コイツの魔力の使い方はあまりにも稚拙にすぎる。ただの剣術家ならそれでいいのかもしれんが、伐刀者(ブレイザー)として強くなるのであれば、今のままではすぐに頭打ちになるだろう」

 

 一輝はバージルの話を聞いていたが、未だ納得が出来ていない様子だった。

 何しろ、一輝の使用できる唯一の伐刀絶技(ノウブルアーツ)《一刀修羅》は、ただ魔力を垂れ流しているわけではない。

 自分の奥底に眠る魔力を無理矢理呼び起こし、自分の能力である身体能力倍加の能力を二倍ではなく十倍以上の倍率にまで引き上げるようにコントロールしながら使用しているのだ。

 これは、相応の魔力制御技術がなければできないこと。

 確かに自分の魔力量は全ての伐刀者(ブレイザー)の中でも最低に位置しているものではあるが、それでも闘争に必要な分の魔術の鍛錬は怠ってはいないと自信を持って言える。

 故にこれ以上、魔力制御を鍛えたとしても、それで強くなれるのだろうか。そんな疑問が一輝の中に沸いていた。

 そして、そんな様子の一輝を見たバージルは鼻を鳴らす。

 

「ふん、納得いっていないようだな」

「え……! あ、いやそういうことではなくて……。ただ、これ以上魔力制御の技術を鍛えて、何が出来るのかを考えたんですけど、何も思い浮かばなくて……」

 

 考え込むが、答えの出る様子のない一輝を見たバージルは助け舟を出すことにする。

 

「……いいだろう。であれば手本を見せてやる。黒鉄、霊装を展開して俺に斬りこんでみろ。無論《実像形態》でだ」

「えぇっ!?」

「バージル……。お前、何をする気だ?」

 

 まさかの《実像形態》で「斬れ」というバージルに驚く一輝と黒乃。

 だがバージルの顔を見て本気だと悟った一輝は、やや不安な顔になりながらも《陰鉄》を展開して構える。

 未だ《一刀修羅》による疲労で体は重いが、一刀だけであれば何とか振るえるだろう。

 

「……先生。本当にいいんですね?」

「構わんと言っただろう。どこを狙ってもいいが、殺す気でやれ」

 

 バージルは腕を組み、完全に無防備な体勢となる。

 しかも体に纏う魔力は一切感じないため、魔力による防御すらもしていない様子。

 その様子を見た黒乃は喉をごくりと鳴らし、緊張した面持ちでバージルを見ている。

 そして一輝は構えながらも、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。

 バージルは構わないと言ってはいるが、どうやって自分の斬撃を防ぐのか想像も付かなかったからだ。

 そして一輝は大きく刀を振りかぶった。

 殺す気でやれというのだから、狙うは首。

 

「……行きますよ」

「くどい。何度言わせるつもりだ」

 

 言われて数秒後、覚悟を決めた一輝はバージルの首目がけて、その振りかぶった刀身を振り下ろす。

 そしてバージルは特に何をするでもなく、涼しい顔でただその迫りくる刃を見ているだけだった。

 

(……ッ! 先生ッ!)

 

 何かしてくれと懇願するような思いが一輝の頭の中を巡るが、尚も何もしようとしないバージル。一輝は振るった刃を止めようかと迷ったが、既に刀身は後戻りが出来ない状態まで進んでいた。

 そしてその刃がバージルの首に到達し、一輝の手に皮膚へ触れた感触が伝わってきた瞬間――

 

「「ッ!?」」

 

 ガァン! とまるで、何かに衝突したような音が訓練場に響き渡る。

 そして一輝が握っていた刀は衝撃で弾き返され、その手には強烈な痺れが残っていた。

 

 驚愕の声を発する一輝と黒乃。

 何しろ振るわれた刃が首に当たった瞬間、バージルの首が斬り落とされる光景が頭を過ってしまうほどだったのだ。

 しかし、そんな予想外の結果にようやく驚きの表情から立ち直った二人は胸を撫で下ろす。

 そして、そんな二人の様子など露知らず、バージルは先ほどの現象について説明しだした。

 

「今のを見れば分かると思うが、これはただの魔力防御だ。当たる瞬間、刃先が触れた部分のみに最低限の魔力を纏わせた。これであれば、たとえ魔力の低いお前といえど《一刀修羅》を使用する余力を残しつつ、二、三度は使用できるだろう」

 

 淡々と語るバージルに黒乃は頭に手を置き、やれやれと頭を振る。

 

「バージル……。次こういった事をやる時は、事前に何をやるか言ってからにしろ……。心臓に悪い……」

「知らん。そもそも手本を見せてやると言っただろう」

「そういう問題ではない……。はぁ、ようやく教師として見直してきたというのに、お前と言う奴は……」

 

 一輝は二人のやり取りを見ながら、先ほどのバージルが見せた魔力防御について考えていた。

 

(……すごい。これは僕の《完全掌握(パーフェクトヴィジョン)》とも相性がいい。それに、あれだけの魔力制御技術が習得できたなら、防御だけじゃなくて他の使い道も。何なら《一刀修羅》の効率だってもっと――)

 

 様々な考えが浮かぶ一輝。

 あの一瞬の事だけで、自分の成長する余地がこんなにもあったのだと気付かされ、喜びの感情が沸き上がる。そして改めてそれに気付かせてくれたバージルへの感謝の気持ちも。

 だが、ふと思ったのはこれほどの魔力防御が使えるのであれば、先ほどの自分との試合でわざわざ避けずとも、あれを使えば良かったのではないかという疑問だった。

 

「先生、質問なんですけど、さっきの試合でこれを使わなかったのは何でなんですか? これを使えば、わざわざ上に飛んで避ける必要は無かったと思うんですが」

 

 問われたバージルは「あぁ……」と呟き、質問に答えた。

 

「単純に俺の流儀(スタイル)では無いというだけだ。これは、俺の弟がよく使っていたのでな。奴の技を見様見真似で使ってみただけだ」

「弟さんのですか!? しかも、見様見真似であんな危ないことを!?」

「奴に出来るのであれば、俺に出来ない道理はない」

「えぇ……」

 

 バージルに弟がいるというのは加ヶ美の校内新聞で知っていたが、まさか弟の技だったとは知る由もなかった一輝は驚愕する。

 そして、それほどの技を持つという弟がいるのならば一体、バージルとその弟はどちらが強いのだろうか。

 そんな興味が湧くが「弟さんとどっちが強いんですか?」などという失礼な質問をするわけにもいかず、一輝はその好奇心を黙って飲み込もうとする。

 しかしそんな一輝を見て、それとなく様子を察した黒乃は、一輝の代わりに問いかけた。

 

「なぁバージル。お前とその弟は一体どちらが強いんだ?」

「…………」

 

 問われ、しばらく黙り込むバージル。

 一輝は代わりに問いかけてくれた黒乃へ感謝の思いを抱きつつ、バージルの言葉を待っていた。

 正直、怒って答えてくれないのではないかと思ったが、やがて彼の口が開いた。

 

「……今は互角だ。少し前まで奴とやり合っていたが、結局、決着は付かず仕舞いだった」

「今は? ということは、昔はお前の方が強かったのか?」

 

 兄と弟。

 普通であれば兄が強く、弟の方が弱いと考えるのが道理だろうと黒乃は特に何も考えずに問いかけた。

 それを聞いたバージルは再び口を閉じ、考え込むように顔を伏せた。

 

 彼の実力を知る一輝としては、何故そんなに悩む必要があるのかと思っていた。正直これほどの力がある彼の方が弱いなどと、考えもしなかったからだ。

 そしてバージルは、しばらく伏せていた顔を上げ、誰に聞かせるでもないように答える。

 

「いや……弱かったのは俺の方だ。……俺は奴と何度も闘い、その度に敗れた」

「「ッ!」」

 

 黒乃と一輝の表情が驚愕の色に染まる。

 無論、バージルよりも弟の方が強かったというのは意外だ。

 しかし何よりも驚いたのはその事実を、彼自身が認めたということにあった。

 彼と知り合ってまだ、それほど時間は経っていないが、自分が弱いなどと口が裂けても言うような人物ではないと思っていたからだ。

 

「……だが俺は奴を超えるため、力を付けた。無様に地を這うこともあったが、それで今はようやく互角にまで漕ぎつけた」

「そ、そうだったのか。それは何というか……意外だったな。弟の方が強かったというのもそうだが、お前が負けを認めるなんて」

「事実を認めないのは愚か者のすることだ。それがたとえ忌まわしい過去であれ、事実であるならば認めるほかあるまい」

 

 そう言うと顔を背け、しかめっ面をするバージル。

 いくら事実とは言え、やはり認めたくはないのだろう。だが、そんな目を背けたくなる程の事実と向き合うことで彼は強くなっていったのだ。

 とはいえ、バージルはどう見てもプライドの塊だ。

 そんな彼がどうしてそこまでして強さを求めたのか、一輝はどうしても知りたくなった。

 

「先生。もし答えたくなければいいんですが……、どうして先生は、そこまでして強くなろうとしたんですか? 諦めようとは思わなかったんですか?」

 

 バージルは背けていた顔をそのままに答えた。

 

「……弟に負けたくなかったからだ。兄としてな」

 

 弟に負けたくない。

 バージルの口から出た、そんな幼稚とも思える発言に一輝は、とある人物を思い出した。

 

(まるで……兄さんみたいだ……)

 

 一輝には一人の兄がいる。

 名は、黒鉄王馬。

 幼い頃から家を出ていた一輝には、そこまで深く兄と関わった記憶はないが遠くから見ていた姿と、どこか似通って見えた。

 彼は現在、強さを求めて世界を放浪しているようだが、そういう強さにストイックなところも、どことなく似ている気がする。

 

 それにただ、弟に負けたくないという理由だけで、己のプライドを捨ててまで強さを得ようとするところに一輝は強く共感をしていた。

 

(この人は僕たちと同じように、ただ()()()()()なだけなんだ……)

 

 他人から見れば馬鹿のようにも見えるが、それだけの事で命を張ってしまえる。

 そんな利己的とも幼稚とも取れる願いのために全てを投げ打てる、そんな大馬鹿者なのだ。

 気付くと一輝は「ふふっ」と思わず笑っていた。

 そしてそれに気付いたバージルは、一輝へ鋭い視線を向ける。

 

「黒鉄……、馬鹿にしているのか?」

「あっ、すいません! 違うんです! ただ、僕も何となくですけど、先生の気持ちが分かるというか……。もちろん才能っていう部分では、天と地ほどの差かもしれないですけど、何かを成し遂げたいっていう、その思いの強さだけは誰にも負けないって思ってるから」

「……なるほどな。そういえば聞いていなかったが、お前が強さを求める理由はなんだ?」

 

 問われた一輝は若干戸惑い、バージルの目を見つめる。

 ステラにも話したことだが、やはり自分の夢を語るというのは少しだけ恥ずかしい気持ちになる。だが、彼も同じように強くなりたい理由を話してくれたのだから、こちらも話さなければ不公平というものだろう。

 

「……僕は、僕と同じような境遇の人がいた時に『諦めなくていい』って、才能なんて人間のほんの一部でしかないんだって伝えられるような人間になりたいんです。だから、強くなりたい。少なくとも、それを実現できるような人にならないと、ただの負け惜しみになってしまうから……」

 

 一輝はかつて曽祖父である黒鉄龍馬が語ってくれた言葉を思い出し、自分の人生の目標となった願いを語った。そして、それを聞いたバージルは小さく笑う。

 

「ふっ、自分のためではなく、あくまで他人のためにという訳か」

「……そうです。無謀だと、笑うでしょうか」

「何故笑う必要がある? 強くなる理由に貴賤など無い。それに今日のお前を見た限り、全く無謀という訳でもないだろう。何しろお前は、この俺の剣を弾き返したのだからな」

 

 一輝はハッとしたような表情になる。Fランクという最低限の能力しか持たない者が何を大それたことを言うのかと、普通はそう思うはずだ。

 だがバージルは、そんな自分に対して無理などではないと、はっきり言ったのだ。

 そして彼の表情を見る限り、嘘を言っているようには見えない。それに恐らくバージルは嘘は言わないだろう。それは今までの彼を見ていれば分かることだ。

 

「だからこそ、俺を利用するといい。それがお前の教師として俺がやるべき義務だ」

「……利用だなんて、そんなことは言わないでください。さっき先生に教えてもらったことが、どれだけ僕の助けになったか……。僕にとって先生は、ただ都合よく使うための存在なんかじゃありません」

「……そうか。であれば俺の教えを無駄にせんよう、精々精進するんだな」

「はい! これからもよろしくお願いします!」

 

 バージルは鼻を鳴らすと背を向けた。

 

「これで今日の授業は終わりだ。新宮寺、後始末は任せたぞ」

「はぁ、全く人使いが荒いな……。まぁいいだろう。黒鉄、お前ももう帰るといい。相当疲労しているだろうからな。さっさと帰って休め」

「あはは……、すいません理事長。それじゃあ、後はお願いします」

 

 そう言うと一輝は出口へ向かうバージルへ追いつくと、二人並んで歩き出す。

 そして、先ほどの試合の内容についてや魔力制御についてのコツなど、主に振り返りの話をする。バージルは言葉は少ないながらも、質問された内容に対して的確に答えていた。

 そんなやり取りを、リングの修復のために残っていた黒乃は後ろから見つめていた。

 その眼差しには、師弟の姿を見守る微笑ましさと、近い将来の別れを思う憐憫とが、複雑に溶け合っていた。

 

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