蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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調査

 

 

 代表選抜戦が開始されてから一ヶ月程が経った。

 さすがに自分の正体について知った生徒たちが、はしゃぎながらこちらに話し掛けてくる頻度は無くなってきていたが、それでも頻繁に近づいてくる生徒は未だにいる。

 以前ステラに英雄になれと言われた手前、邪見にすることもできないので、仕事と割り切ることで何とか対応してはいる。

 それに、もうある程度の仕事にも粗方慣れ、何なら選抜戦の解説も任されるようになっていたバージルは、いつも通り教師としての業務をこなしていた。

 

 目を掛けている一輝やステラは、順調に選抜戦を勝ち抜いており、このまま行けば全勝で七星剣武祭代表として選出されるだろう。

 まぁ、自分にあれだけ喰い下がった二人なら当然だとも思っていたが。

 

 そんなある日の事。

 既に帰りのホームルームを終え、今日の業務も終了したバージルは黒乃から理事長室に呼び出され、とある話を持ち掛けられていた。

 

「……調査だと?」

「あぁ、ここ最近破軍(うち)が受け持っている奥多摩の合宿所に、不審な影が目撃されたという情報が入った。お前にはそれの調査を行ってもらいたい」

 

 バージルは露骨に顔を顰める。

 たかが不審者程度に自分が駆り出されるというのも納得できないが、調査という地道で回りくどい作業は、どうにも性に合わない。

 そんなことはある程度の付き合いで黒乃自身も分かっていることだろうに、とバージルは短くため息を吐く。

 

「何故俺が行かなければならん。他の者に任せればいいだろう」

「私たちも選抜戦の運営で人手が足りていないんだ。それに、お前であれば仮に本当に不審者がいたとしても問題ないだろう」

 

 無論、黒乃もそんなことは分かり切っていたようで、理由を説明する。

 そして彼女は机の上に肘をつき、両手の指を組みバージルを見据え、「それに」と続けた。

 

「その不審な影というのがな……どうやら、四メートル程の巨人という話らしい」

「……!」

 

 "巨人"という言葉を聞いたバージルはピクリと反応する。

 なぜなら四メートルともなれば普通の人類ではあり得ない身長だ。

 もしかしたら悪魔ではないか、という可能性がバージルの頭の中を過る。

 そしてそれは黒乃も同じことを考えていたようだった。

 

「ふっ、どうやら興味を持ったようだな。そう、前にお前が話していた悪魔の特徴にそんなのがあったと思ってな。まぁ十中八九あり得ないとは思うが、念のためというやつだ」

 

 なるほど、とバージルは心の中で納得し、顰めていた顔を緩める。

 以前、取引の場に居合わせた厳たちに伝えた数々の悪魔たちの特徴を伝えたことで、今回の件が自分に回ってきたのだ。

 であれば、それは確かに自分で調査を行うに値する仕事だ。

 

「……ふむ、であれば確かめてみる価値はあるか。いいだろう、その調査とやらに向かってやる」

「助かる。それと生徒会の面々にも協力を要請してある。彼女らと一緒に協力して事に当たってほしい」

 

 悪魔に関する手掛かりかもしれないと、やる気が出ていたバージルだったが、協力者がいるという言葉でまたもや顔を顰めてしまう。

 ここ最近は自分の正体が知れたことで、かなり生徒達と関わる機会が増えており、人と触れ合うことには慣れてきたが、元来彼はあまり群れる事を好まない性格だ。

 故に必要でないのであれば、出来るだけ一人で行きたい気持ちが強かった。それに、もしかしたら本当に悪魔の可能性があるため、その場合は危険が伴うだろう。

 

 バージルは眉間に皺を寄せたまま、吐き捨てるように言った。

 

「協力などいらんだろう。俺一人で十分だ」

「おいおい、合宿所の大きさを考えてから言え。何しろ山や森林地帯もある。その広さをお前一人で探すつもりか?」

 

 バージルは露骨に嫌そうな顔をするが、反論の言葉は続かず、やがて小さく舌打ちをつく。

 さすがにそれほど広いという土地を一人で捜索するというのは、骨が折れるだろうと流石に思い直したからだ。

 しばらく他の案も考えようとするが、特に思い浮かばないため、どうやら生徒会の面々を連れていくしか選択肢は無いようだった。

 

「……仕方ない。その条件で受けよう。で、いつ出発する予定だ」

「今週の日曜だ。車を用意してあるからそれで向かってくれ。運転は生徒会の者がやってくれるだろう」

 

 黒乃の言葉に、バージルは小さく息を吐いた。

 面倒が増えたのはしょうがない。バージルは、これも仕事だと思うことにした。

 

 「いいだろう。日曜だな」

 

 こうして奥多摩行きは決まり、バージルは理事長室を後にした。

 

*********************

 

 そして日曜日。

 日本は春から夏に移り変わる時期となっており、しかも快晴のためか、かなり暑い。

 特に湿度が高い日本では、もう夏用の服に切り替えている人も多い。

 破軍学園でも、既に制服は夏用に切り替えられている。

 

 そんな中、いつも学園で着用している紺色のスーツに身を包んでいるバージルであるが、半分悪魔の血が流れている彼にはこの程度の暑さは別に何ともない。

 第三者から見れば、そんな暑苦しい服装で大丈夫なのかと気にはなるだろうが、そんなことは彼は気にしない。

 

 そして、待ち合わせ場所である校門前まで行くと、何故かそこには一輝と若干浮き足だっているステラの姿があった。

 プライベートでどこか遊びにでも行くのだろうかと思っていたが、どうやら制服を着ているため、そういったことではないようだ。

 二人はこちらに気付くと、一輝は軽くお辞儀をし、ステラは軽く手を振って挨拶を交わした。

 

「お前たち、何故ここにいる?」

「えっと、実は東堂さんと偶然会った時に助っ人を頼まれまして。先生は僕たちが来るのはご存知なかったんですか?」

「あぁ、初耳だ」

 

 どうやら、このことは急遽決まっていた事だったようで、自分に連絡は来ていなかったようだ。

 

「アタシは巨人が見てみたかったからよ! こういうロマン溢れるの大好きなの!」

「……そうか」

 

 一輝はともかく、やけにテンションの高いステラにげんなりするバージル。

 生徒会の面々も入れ、全員合わせて人数が八人となるため、さらに喧しくなりそうだなとため息を漏らした。

 すると、視線の向こうから分厚い丸眼鏡を掛け、栗色の髪を靡かせて歩いてくる女性が見えた。

 

「皆さん、おはようございます。お待たせしてしまったみたいですね」

 

 破軍学園の生徒会会長、東堂刀華。

 彼女はこの学園における校内序列第一位の実力者であり、去年の七星剣武祭ベスト4の実力者。

 彼女の伐刀絶技(ノウブルアーツ)である超電磁抜刀術《雷切》はそのまま彼女の二つ名となるほどの強さを誇り、未だそれを破った者はいないと言われている。

 

「東堂か」

 

 バージルは刀華の顔を見ると、名前を口に出す。

 すると一輝は、不思議そうな顔でバージルに尋ねた。

 

「あれ? 先生、東堂さんと知り合いなんですか?」

「つい最近だが、俺の特別授業を受けに来たことがあったのでな」

「あら、そうだったの。イッキとアタシだけじゃなかったのね」

 

 一輝との特別授業の後、黒乃から校内の実力者たちに向けてバージルとの実戦による授業を受け付けるとの連絡がされていたため、この数週間は一輝以外ともマンツーマンでの指導をしていたのだ。

 そのため、その知らせを受けたステラもバージルにすぐ連絡し、彼の授業を経験していた。

 しかしその実力者の中には、もちろん生徒会役員たちも含まれており、生徒会の仕事の合間を縫ってバージルとの授業を行っていたため、既に知り合っていたのだった。

 

「あの時は、大変勉強させていただきました。……まさか《雷切》を破られるとは思いませんでしたが」

「「え!?」」

 

 一輝とステラは驚愕する。

 何しろつい先日、一輝の妹である珠雫が選抜戦にて《雷切》に敗れていたため、その脅威は記憶に新しい。

 そしてクロスレンジにおいて最強と言われる所以を見せつけられた二人としては、どのように《雷切》を攻略するべきか未だに答えを出せずにいたが、既にそれを攻略したというバージル。

 無作法だとは承知していたが、どのように攻略したのか一輝は思わず刀華に問いかける。

 

「い、一体どうやって?」

「以前ステラさんとの模擬戦で先生が使用されていた伐刀絶技(ノウブルアーツ)、《次元斬》と《雷切》をぶつけ合わせたのですが、そのまま霊装ごと叩き斬られてしまいまして。……正直ショックでした。クロスレンジには絶対の自信があったのですが、ああまで一方的にやられるとは……」

「うっ、あの技ね……。嫌なことを思い出したわ……」

 

 刀華はバージルとの授業を思い出しながら、悔しげな表情を浮かべる。

 何しろ去年の七星剣武祭で敗れこそしたが、それは《雷切》を使用できないよう立ち回られたのが原因だったからだ。

 だからこそ、今まで不敗を誇っていた自らの切り札をあっさりと攻略されたことが、今でも悔しさとなって胸の奥に残っている。

 ステラもバージルとの最初の闘いを思い出したのか、嫌な記憶を思い出して頭を抑えていた。

 

「単純に地力の差だ。あの時にも言ったが、お前には欠点らしい欠点が無いが故に、基本的な能力を底上げするだけで問題ない。あとは《雷切》以外の他の技の精度も上げておけ」

「はい。当然ですが、やはり上には上がいるという事を思い知らされました。先生にご指摘いただいた部分を直して、再度挑ませてもらいます」

 

 言葉こそ丁寧なものの、その目の奥には刃の如き鋭さの籠ったギラつくような光を隠し切れていなかった。

 それを見た一輝とステラは戦慄する。何しろ、あのふんわりとした雰囲気を纏っていた彼女が急に剣呑な雰囲気を醸し出したのだから。

 とはいえ、最初に会った時も同じような気配を漂わせていたのを思い出し、一輝とステラは彼女を自分たちの同類だと再認識した。

 

 そして、対するバージルはそんな気配を漂わせる彼女に対し、面白いとでもいうように口角を上げて返事を返す。

 

「ふん、いいだろう。いつでも来るといい」

「ありがとうございます。さて、もうそろそろで車が到着すると思いますので、もうちょっと待っててくださいね」

 

 言うとすぐに目に宿っていた野蛮な光が消え、いつもの彼女が戻ってきた。

 その後、他の生徒会の面々を乗せたバンが到着するまで少しだけ待ち、奥多摩まで出発することとなった。

 

*********************

 

 やってきたバンの中に乗り込んだ一行は、そのまま合宿所である奥多摩へ向かう。

 バージルは後部座席に座り、窓の淵に肘を掛けながら顎に手を突き、外の移り行く道中の景色を眺めていた。

 今まで学園と社員寮の往復の日々で大して変わらぬ光景ばかりだったため、馴染みのない日本の景色を、どこか物珍しげに眺めていた。

 すると、左隣に座っていた一輝から声を掛けられた。

 

「先生、日本はどうですか? 多分、ゆっくりこうして日本の景色を見て回ることもなかったんじゃないですか?」

「まぁな。……特にどうということはないが、まぁ俺がいたところに比べれば静かなところだ。悪くはない」

 

 何しろスパーダの息子ということで元の世界では四六時中、悪魔に狙われていたのだ。

 その時に比べればこの世界はバージルにとっては静かすぎる。

 騒がしいのは好きではないので、別にそのことに不満は無いのだが、だからといって刺激がなさすぎるのも考え物だなとは思っていたが。

 そして今度は一輝の隣のステラからも質問された。

 

「そういえば先生ってどこの国の出身なのよ? 聞いたことがなかったわ」

米国(アメリカ)だ」

「あら、元は同盟側の方だったのですね。それがどうして連盟の方に?」

 

 前の座席の真ん中に座っている品の良い純白のベルラインドレスを着た金髪の少女――生徒会会計の貴徳原(とうとくばら)カナタが肩越しに後ろへ向いて重ねて質問した。

 バージルは確かにアメリカ生まれではあるが、元の世界にはそもそも同盟などという組織は存在しないため、別に所属していた訳ではない。

とはいえ本当の事を言えば話がややこしくなるため、話を合わせることにする。

 

「ただ単に、連盟側に就けと言われた際に提示された条件が良かっただけだ。内容までは言えんがな」

 

 既に《魔剣士(ダークスレイヤー)》という、連盟の庇護下に入らずに犯罪組織を潰し回っていたバージルの正体は、学園の生徒全員に知れ渡っているため、この程度なら話しても問題は無いだろうと理由を説明する。

 するとカナタの両隣に座っていた小柄な銀髪の少年と、健康的な小麦色の肌をした快活そうな少女が体ごと後ろを振り向き、座席に膝立ちになってバージルを見つめてきた。

 少年の方は生徒会副会長の御祓泡沫(みそぎうたかた)

 少女の方は生徒会庶務の兎丸恋々(とまるれんれん)

 二人はバージルへ興味津々と言った目で見つめて喋りかける。

 

「へぇ~、てことはやっぱり連盟未登録のままだったのに、犯罪組織を潰して暴れ回ってたってこと? かっくい~。実はボクも結構先生のファンなんだよね」

「先生って雰囲気も相まってマンガで言うダークヒーローみたいだもん。そりゃ生徒達から人気も出るはずだよねー」

「俺としては迷惑極まりないがな」

 

 そう吐き捨てるように言うバージルに、兎丸は意外そうな顔をした。

 

「えー! うっそだー! 先生が女子にサインあげるとき嬉しそうにしてたのアタシ見てたんだから!」

「だとすれば、お前の目が節穴だということだ。俺がいつそんな顔をしていた?」

 

 バージルはそんな事実など無いとばかりに兎丸を睨みつける。

 しかしそんな視線など、どこ吹く風とでもいうように彼女は言い返した。

 

「だって、そもそも本当に嫌だったんなら断ればいいもん。ね、副会長」

「あはは☆ 確かに。嫌がってそうな顔してるけど、ちゃんと対応してくれるから皆なんだかんだで甘えちゃうんだよなー」

「…………」

 

 確かにバージルは嫌がりながらも、しっかりと生徒達に対応しているのは事実。

 だがそれは、以前ステラに言われたことを実行しようとしているだけなのであって、実際の心境としてはやはりそういった目で見られるのは、むず痒く感じる。

 とはいえ、それを否定するのも憚れるため唯一の抵抗として、彼はそっぽを向いて黙るしかなかった。

 しかし、そんな様子を見たお調子者の二人は更に追い打ちを掛けるようにからかう。

 

「あ、先生拗ねちゃった」

「安心しなよ兎丸。これは所謂ツンデレってやつだ。前に見たマンガでよく同じことしてるキャラがいるからね」

「貴様ら……」

 

 バージルは語気を強めて、二人へ鋭い視線を向ける。

 すると運転席から二人を諫める声が聞こえた。

 

「副会長、それに兎丸も、あまり目上の方をからかうものではない。悪を成敗し、我々の教師として立派に務めを果たしてくれる御仁には、相応の敬意を払うべきだ」

 

 坊主頭の巨漢――生徒会書記の砕城雷(さいじょういかづち)がその見た目に違わぬ重い声で言う。

 運転のため視線をこちらに向けず前を向いたままだったが、その真面目な声音に二人は「えー」と尚も駄々をこねていた。

 しかし砕城を援護するように刀華も二人をまるで母親のように叱る。

 

「そうですよ。うたくんも兎丸さんも、流石にからかいすぎです。……申し訳ありません、先生。今度二人を先生の授業に参加させていいので、少しお灸を据えてやってください」

「えっ!? ちょっと会長!?」

「ちょ、刀華!? ボク、戦闘には不向きの伐刀者(ブレイザー)だってこと忘れてない!?」

 

 刀華の援護を受けたバージルはこれ幸いと反撃に出るため、ニヤリと笑いながら二人へ告げた。

 

「ふん、ならばお前たちは後日、俺の授業に強制参加だ。二人まとめてその性根を叩きのめしてやろう」

「えぇえええええええ!?」

「わり☆ ボク死んだ」

 

 兎丸の絶叫が車内に響き渡り、絶望した泡沫は現実から目を背けるように呆然とした顔で宙を仰いだ。

 そしてその様子に満足したバージルは鼻を鳴らすと再び窓の外へ視線を向けて日本の景色を眺め始める。

 泡沫と兎丸はそんな彼へからかったことを謝罪するが、全く聞き入れる様子のないバージルを見て肩を落とす。

 他の面々は、そんな項垂れる二人を見て笑いをこぼしていた。

 

 そんな調子で車内は朗らかな雰囲気のまま、目的地へと向かうのだった。

 

*********************

 

 しばらくすると、ようやく合宿所に到着し、車から降りたバージルは辺りを見渡す。

 合宿所の周りは森と山に囲まれており、険しい地形であることが窺える。

 バージルは黒乃の言う通り、確かに一人で調査を行うには一日では足りなかったな、と改めて彼女の言葉を思い出していた。

 とはいえ、八人でもこの敷地内全てを調査するのも中々厳しいものがあるだろう。

 そんなことを考えていると、これから調査を行うにあたって、まずは腹ごしらえをしようと刀華がカレーを作ることを提案した。

 どうやら、車の中にいくつか調理器具と食材を持ってきていたようで、それを運び出す一輝たち。

 バージルは生徒たちの監督役ということで、砕城とカナタと共に合宿所の管理人へ事情聴取へ向かい、残った一輝たちは昼食のカレー作りをするということになった。

 

 バージルは管理人への聴取へ向かう道中、(くだん)の巨人について思いを馳せる。

 

(巨人……果たしてどうだかな……。そろそろ、元の世界への手掛かりの一つでも見つけたいところだが……)

 

 この世界に降り立ってから今に至るまで、既に半年近くも経過している。

 だというのに、今のところ何の手掛かりも無いというのは、やはり焦燥が募る。

 連盟の調査も、こちらに何の連絡もない以上、恐らく状況は芳しくはなさそうだ。

 だからこそ、できれば悪魔であってくれと願わずにはいられなかった。

 それにさっさと帰って、ダンテとの決着やネロへのリベンジも果たしたい。

 

 そう考えを巡らせていると一瞬、ふと一輝やステラの顔を思い出す。

 

(……何だ? この不快感は……) 

 

 何故か胸の内から湧き上がる嫌な感覚にバージルは顔を顰める。

 あの二人の事を思い出すと何故か、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。

 別にあの二人に嫌悪感を抱いているはずもなく、どちらかといえばむしろ好意的に見ているにも関わらずだ。

 では何故なのか。

 バージルはこの不快感の元となっている元凶を考える。

 別に彼らと知り合ってから、まだ間もないというのに何がこんなにも引っ掛かるのだろうか。

 そうしてしばらくの間、考えていると、彼の中である一つの答えに行き着く。

 

(帰りたくない……だと? 馬鹿な……)

 

 バージルは自身の行き着いた考えに驚愕する。

 認めたくないことだが、この生活に今まで感じたことのない充実感というものも感じているし、学園の生徒たちと触れることで人間の事を学ぶことができるのは有益だとは感じている。

 だが、自分にはダンテに勝つという目的がある以上、早く元の世界へ帰るべきだ。

 

 とはいえ先日の授業で一輝には自分が他者に対して初めて感じた、彼の行く末を見守りたいという気持ちと、ステラに言われた英雄になるという約束も果たせず、帰っていいものかとも思うようになっていたのだ。

 だからといって、この世界において自分は異質な存在。

 あまり長居するものではないだろう。

 もし帰還方法が見つかり帰れるのであれば、すぐにでも元の世界に帰るべきだ。

 いや、しかし――

 

「先生、どうされましたか? どこか具合でも悪いのですか?」

 

 そんな思考のループに陥ってしまっていたバージルは、隣から聞こえてきた声でハッと我に返る。

 隣で歩いていた声を掛けてきたカナタと砕城が心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。

 どうやら、顔に出てしまっていたようだった。

 

「いや……何でもない。さっさと行くぞ」

 

 バージルは先程まで巡らせていた考えを中断する。

 今考えたところで、どちらにしろ何の手掛かりもないのだから身も蓋もない話だ。

 とりあえず今の仕事に集中するのが先決。そう考え、管理人の元へと歩き出すことにした。

 だが、胸の中に生まれたもやが晴れることはなく。

 

(チッ……。一体何だ、全く……)

 

 帰りたい。いや、帰りたくない。

 バージルは生まれて初めて感じたこの相反する感情を、うまく処理しきれることが出来ないまま、歩を進めるしかなかった。

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