昼食を終えた後、合宿施設内の調査のために班分けが行われることになった。
この場にいるのはどれも一定の実力を持った
班の組み合わせは刀華・泡沫班。兎丸・砕城班。そして、一輝・ステラ班に決まった。
緊急時に備え、カナタは合宿所の建物の中に残ることに。
そして、バージルもカナタと同様に合宿所内に残り、緊急用の予備戦力として残るよう、刀華に言われていたのだが
「いらん心配だ。少し前までさらに過酷な環境で過ごしていたこともある。この程度であれば何も問題ない」
と、突っぱね返していた。
その過酷な環境というのが、まさか悪魔ひしめく魔界だとは誰も思うはずもなく、やや心配そうに皆が見ていたが、まぁバージルの実力なら問題ないだろうということで、こうして一人で巨人の捜索をすることとなった。
そして、山の中を捜索すること二時間。
この合宿所は一般の登山者が往来する普通の山とは違い、
とはいえ、バージルにとっては特にこれといって疲労するような要素もなく、すいすいと進んでいく。
捜索自体は順調に進んでいるかと思われたが
(……外れだな)
バージルの選んだルートでは探しても探しても、特にこれといって巨人の手掛かりらしいものは見つけられなかった。
多少は期待していた悪魔の気配も全く感じられず、肩を落とす。
「む……」
ふと空を見上げると、先ほどまで快晴だった青空が、徐々に曇りがかっていくのが見えた。
このままでは雨が降るのが容易に想像できる。
「チッ……」
巨人も見つからず、雨まで降るとは自分の運の無さに思わず舌打ちが漏れる。
職員寮には予備のスーツがいくつかあるが、今着替えを持っているわけではない。
そのため、合宿所から帰る際には、ずぶ濡れの状態で帰ることになってしまうだろう。
さすがのバージルといえど、そんな状態で歩き回りたくはない。
何か手近に雨宿りが出来そうな場所は無いかと辺りを見渡すが、そういった場所は無さそうだ。
ならば早く合宿所に戻るしかないか、と考えていた矢先。
ぽつり、ぽつり――
雨粒がバージルの頭上へ降り落ちる。
しかも、雨粒は小雨のそれではなく、大粒の雨。
どうやらゲリラ豪雨のようだ。
バージルはとことん自分の運の無さを恨む。
少し時間が経っただけでスーツはずぶ濡れとなってしまい、オールバックにしていた髪も全て垂れ下がってしまっていた。
別にこのような状態でも調査を続けようと思えば続けることはできるが、もうそんな気分にもなれない。
バージルは合宿所に戻ろうと踵を返し、雨に濡れながら来た道を戻っていく。
そして、しばらくすると――
(チッ……、今度はなんだ?)
今度は自分の懐にしまっていた電子手帳から、着信が入る。
黒乃から支給されていた電子手帳は防水のため、バージルは懐からためらわず取り出して確認する。
着信元は緊急時のために、合宿所に残っていたカナタからのものだった。
恐らく、この雨の事についてだろう。
そう思い、通話ボタンを押すとカナタの声が聞こえてきた。
『あ、バージル先生ですか? 貴徳原です。聞こえていますか?』
「あぁ、聞こえている。もう、そちらに戻っているところだ」
周りの雨音でお互い若干聞こえづらいが、問題なく会話はできる。
『それなのですが、実はステラさんが体調不良で倒れられてしまったようで……』
「何?」
『しかも不審な痕跡を見つけたとの報告もありましたので、もしかしたら巨人が近くにいる可能性があります。一応、会長にも救援をお願いしたのですが、先生も向かっていただけないでしょうか? 恐らくルート的には先生の方が近いかと思いますので』
次から次へと面倒事が降りかかってくるな、と頭を抑えるが教師としては向かわないわけにはいかないだろう。
そう頭の中で納得させ、肯定の返事を返す。
「……いいだろう。で、場所はどこだ?」
『山頂付近の緊急避難用の山小屋です』
「あそこか……」
事前にこの合宿施設の地図は頭の中に入れていたため、バージルは今の位置から山小屋までへ向かうためのルートを頭の中に思い描く。
合宿所方面までかなり戻ってきてしまっていたが全力で走れば、そう長い時間はかからない。
「了解した。今から山小屋へ向かう」
『ありがとうございます。どうか先生もお気をつけて』
通話を切り、電子手帳を懐にしまうとバージルは山小屋へ向かって駆け出す。
ただの体調不良だけであれば、別に自分が行ったところでどうにもできないだろうが、巨人が近くにいる可能性があるというのであれば話は別だ。
仮に悪魔であれば、今のステラを連れた状態の一輝が闘うのは非常に危険だろう。
(世話の掛かる奴らだ……)
そう心の中で愚痴りながら、バージルは雨の中の山中を疾走するのであった。
*********************
バージルが山小屋まで全力で駆けている最中。
一輝は現在、人生の岐路に立っていると言ってもいいほどの状況に立たされていた。
その理由を知るためにはまず、この状況に至る経緯について説明しなければならないだろう。
一輝は調査のために山の中へ入ってから、二時間ほどが経過したとき、同行しているステラの様子がおかしいことに気付いた。
最初は慣れない山道で疲れてしまったのかと思ったが、詳しく話を聞くと、どうやら風邪をひいてしまっていたようだった。
恐らく、慣れない日本の気候に免疫が下がっていたのだろう。
そのため、一輝はすぐに合宿所まで引き返そうと彼女を背負って下山しようとしていた。
だが、そこでタイミング悪く大雨に見舞われてしまい、近くの緊急避難用の山小屋まで行くことにしたのだ。
何とかステラを連れて山小屋まで辿り着いた一輝は、合宿所に待機しているカナタへ救援の連絡を取った後、暖を取れる囲炉裏があったため火を起こすことにするが、山小屋は標高の高い場所に設置されているため、気温が低い。
そのため、暖が取れるまで雨に濡れた服を着続けるのは体温の低下を招いてしまう。
今の状態のステラの体でさらに体温が低下すると、症状が悪化してしまう可能性がある。
故に一輝は自分の制服の上を脱ぎ、ステラにも同様に服を脱ぐように言ったのだが、人生で初めての体調不良だという彼女は思うように体が動かせず、自分で制服を脱ぐことが出来ないようだった。
一輝は愛するステラのために覚悟を決め、彼女の服を脱がしにかかる。
だが、十代の男子学生には彼女のモデル顔負けの身体はあまりにも魅力的過ぎた。
何とか脱がすことに成功し、タオルケットを巻いて体を温めているステラ。
しかし一輝はそんなステラを見て、自らの《陰鉄》が膨張してしまっていることを彼女に指摘されてしまう。
しかも、そこで思ってもいない言葉が彼女の口から発せられた。
「ねぇ、イッキ……。アタシと……したい?」
「ええええええええええええええええええ!?」
ステラの爆弾発言に思わず驚愕の声を上げる一輝。
もちろんしたいか、したくないかで言えば
(そんなの、したいに決まってるじゃないか……!)
本音を心の中で叫ぶが、それを抑えるように一輝の理性の部分が語りかける。
確かに自分たちは学生騎士である以上、成人している身だ。だから別にこういった行為に及んだとしても別に問題は無い。
だが、こういうことには大切な手順というものがある。
それに、ステラはステラの両親が大切に育ててきた娘だ。
仮にそういった行為をするのであれば、まずは彼女の両親に自分たちの事を認めてもらってからだと一輝は考えていた。
古い考えではあると思うが、それが自分の考えるステラへの"愛"だ。
だからこそ、こんなところで本能に負けてしまうことは何としても避けたかった。
そこまで考えて、一輝はステラの問いには答えられないと口を開こうとする。
その瞬間だった――
ガチャリと扉が開く。
するとそこには、全身ずぶ濡れとなったバージルの姿。
「「「…………」」」
しばらくの間、三者とも固まったように動かないまま時間が過ぎる。
時間にして約一分程だろうか。
この状況はどう見ても、一輝がステラに対して事に及ぼうとしているように見える。
故に一輝は何とかこの事態について釈明をしようと言葉を発するが
「……せ、先生、これは、ちが――」
「邪魔したな」
バージルは踵を返し、バタンと扉を閉めた。
「ま、待ってください!! せんせええええええええ!!!?」
一輝は上裸のまま閉められた扉へダッシュで駆け寄り、勢いよく開ける。
するとバージルは山小屋の屋根で雨宿りをするように、扉の横の壁に寄りかかり、腕を組んで立っていた。
「先生! 聞いてください! これは、本ッ当に違くて!」
「何が違う? 俺の事は気にするな。さっさと済ませてしまえ」
「いやいやいや! 気にしますよ! というか別に済ませることは何もないんですって!」
「あまり俺を馬鹿にするな。さすがの俺でも先ほどの状況を見れば、お前たちが何をしようとしていたのかくらいは分かっているつもりだ。故に気を遣ってやっている」
「何でこういう時だけそんな気を遣おうとするんですか!? だから、あれは本当に違うんですって!」
全力でバージルに経緯を説明する一輝に、どうやら本当に違うようだと気付いたようで、「紛らわしいことをするな」と一輝に怒る。
彼としては自らの愛する女性のため、本能を何とか押し殺して紳士的な対応をしようとしていただけに何とも釈然としない気がしたが、ここは素直に謝るしかなかった。
その後、山小屋の中に改めて入り直した二人は、タオルケットに包まっているステラと共に囲炉裏を囲んでしばらくの間、気まずい時間を過ごしていた。
しかしその沈黙の中、ふと一輝が口を開く。
「あの、先生。このことは出来るだけ内密にお願いできますか? その……」
「何の事だ? さっきの事についてであれば、違うと言っていたはずだが」
バージルは何のことだか分からないとでも言うように首を傾げる。
恐らく、自分たちが恋人関係であるということが分かっていないのだろう。
ステラは恥ずかしげな表情でバージルに説明しようとする。
「アタシたち、何ていうか、その、アレなのよ……。えっと……」
「何だ? ハッキリと言え」
ステラはモジモジとして言いにくそうにしていた。
やはり、男である自分が言い出さなければならないだろうと、一輝はステラに「僕が言うよ」と断りを入れてからバージルへ決意を込めた視線を向けて言う。
「その、僕たち、付き合ってるんです……!」
「……そうか。で?」
かなり勇気を振り絞って告白したステラとの関係を「そうか」の一言で済まされ、一輝は一瞬、姿勢を崩しそうになる。
そんなバージルの様子を見たステラは、体調を崩しているにも関わらず、わなわなと怒りで震えていた。
「~~ッ! もうっ鈍いわね! アタシは仮にも一国の姫なんだから、この事がバレたら一大事なのよ!」
「ちょ、ステラ、落ち着かないとぶり返すよ。……その、いつかは公表するつもりなんですけど、しばらくの間は隠しておきたいというか……」
「……どういうことだ?」
バージルはステラと一輝の話を聞いても、未だに何が問題になるのかが分かっていないようだった。
そのため、世間では一国の皇族と一般人が恋人関係にあるというのは、スキャンダルにもなり得るものだということを懇切丁寧に説明する。
すると、ようやく納得したような顔をして頷いた。
「そういうものか、まぁいいだろう。別に俺が周囲に話すことでメリットがある訳でもない。黙っておいてやる」
「「ホッ……」」
一輝とステラは胸を撫で下ろす。
先ほどの反応を見るにバージル自身、そこまで興味もないように見えたので今後、彼の口から漏れる事は無いだろう。
すると今度はバージルが口を開く。
「ならば先人からのアドバイスだ。さっきはああ言ったが、その場の勢いでというのはやめておけ。手痛いしっぺ返しを食らう羽目になるぞ」
どうも実感の籠ったバージルの表情に、話を聞いた二人は驚く。
バージルの口から、まさかそのような言葉が出てくるとは思わなかったからだ。
一輝は興味本位でバージルへ質問する。
「しっぺ返しって、その、具体的には?」
バージルは思い出すかのように一輝の問いに答えた。
「腹を刺され、地面に叩きつけられた」
「それ、死んでないですか?」
「たわけ、その程度では死にはせん」
色々とツッコミどころはあるが、最初の決闘や特別授業で散々思い知らされていたバージルの実力を知るステラとしては、彼を傷付けられる存在がいることに驚く。
「というか先生をぶっ刺せる奴なんて、この世にいるの?」
「あぁ、俺の息子だ」
「なるほど、それなら納得ね、……って息子ォ!?」
ステラは風邪のことも忘れ、驚きの声を上げる。
そしてそれは一輝も同じだったようで
「息子さんがいるんですか!?」
「そこまで驚くようなことか? まぁ俺も、自分に息子がいるのを知ったのは、つい最近だったがな」
「つい最近って……、その子、歳はいくつなのよ?」
「成人はしていると思うが、詳しい年齢は知らん。初めて会ったのがつい半年前のことだったからな」
「成人って、それまでの間、自分の子供をほっぽり出して何やってんのよ! というか、そのしっぺ返しって自業自得じゃない! 恨まれて当然よ!」
ステラは信じられないとでも言うようにバージルを捲し立てていた。
すると――
「……でも先生はその息子さんの事、嫌いではないんですよね?」
一輝は真剣な表情でバージルを見つめた。
それは、バージルの息子との境遇に少しだけ共感を覚えたからだ。
「む? まぁ嫌いという訳ではないが、何故だ?」
「いえ、嫌いでないなら、せめて息子さんとの時間を大切にしてあげてください。僕もあまり父親との仲は良くないですけど、それでも出来れば仲良くありたかったと思っていたので……」
「イッキ……」
一輝の境遇について知っているステラは、彼に同情するような視線を向ける。
だが、バージルは納得がいっていないような顔で尋ねた。
「……新宮寺の話によれば、お前は父親である厳に学園生活を妨害までされていたと聞いている。そんな父親を憎みはしていないのか?」
「……そうですね」
一輝は、すぐに厳を恨んでいるという言葉が出なかったことを不思議に思った。
何しろ、家にいた時はいない者として扱われていたのだ。しかもそれだけに留まらず、学園では家名に泥を塗るからという理由で退学に追い込もうとまでしてきた。
はっきり言って、これほどの仕打ちを受けていては恨んでいても仕方ない、と俯瞰してみても思うくらいだ。
しかし一輝は、何故父親を憎み切れないか、頭の中で思考を巡らす。
そしてしばらく考えた後、確証はないが自分の中で出た答えを言葉にした。
「正直、何年も会っていないから実際に会ってみないと分からないですし、多少は恨みもしてます……。それでも、やっぱり憎み切れないんだろうなって思います。あの人が僕の父親である以上、僕の事を認めてほしいって思うから」
一輝が強くなる理由には、様々な思いが含まれている。
無論、最初に強くなろうと決心した理由は、曽祖父である黒鉄龍馬に言われた言葉が切っ掛けだ。
それに今はステラと約束した、二人で騎士の高みを目指すという目標がある。
だからこそ、強くならなければならない。
だが、父親にも自分の力を認めてもらいたい。それも一輝の偽らざる家族への思いなのだ。
「だから息子さんも、先生の事を本当の意味で憎んではいないと思います。そして先生も息子さんのことを嫌いでないなら、一度しっかりと話し合ってみてほしいです」
*********************
バージルはそんな一輝の目を見て、クリフォトの頂上でネロと闘った時の会話を思い出す。
『そろそろ認める気になったか?』
『お前の存在をか? それともお前の力をか……?』
『どっちもだ! クソ親父!』
一輝の「認めてほしい」という言葉と息子であるネロとの会話に、どこか似ているものを感じたバージルは、ふっと笑いをこぼす。
ネロを自分の息子だと認識してから間もなく魔界へ行ってしまったため、彼が自分の事をどう思っているかは分かっていない。
だが、恐らく一輝の言うことを信じるのならば、ネロは二十年以上も顔を見せなかった自分に対し多少の恨みはあれど、自分の事をちゃんと父親として認識しているのだろう。
「……いいだろう。まぁ奴には色々と借りや、預けたものもある。帰る時が来たら時間を作ってやるとしよう」
「そうしてあげてください。きっと息子さんも喜ぶと思います」
「喜ぶ、か。奴は俺の事を"クソ親父"と呼んでいたがな」
「そう言われるだけのことはしちゃったんだから、しょうがないわよ。アタシだってお父様のしつこさに嫌気が差す時もあるけど、大切な家族だもの。それでもちゃんと愛してるわ」
「愛……」
自分の父親であるスパーダは人を愛したが故に人間界を救った。
だが、自分にはそのように人を愛することなどしたことがない。
いつか自分も誰かに対して、そう思えるようになれる日が来るのだろうか。
バージルは自分の思いつく限りの周りの人間を思い浮かべる。
元の世界ではダンテ、ネロ。
今の世界では一輝、ステラ、そして学園の皆。
ダンテに対する兄弟としての――は思い浮かべただけで怖気が走るし、そんな事を思う日はこの先、一生無いだろうと、すぐにその考えを頭の中から払拭する。
であればやはり、ネロに対する息子への情や、目の前の二人に対する師として感じる気持ちみたいなものだろうか。
まだそれは愛と言える程のものではないだろうとは思うが、ここ最近はこの二人の影響か、それに近い感情を抱くようになってきたと感じる。
自分も成長してきている。
そう実感したバージルは、満足そうに目を伏せて軽く微笑んだ。
しかし――
「そういえば先生、子供がいるってことは、お相手がいたってことでしょ? どんな人だったの?」
「…………」
急にステラから昔に出会った女の事について聞かれるバージル。
だが彼は一言も発さずに、ただ沈黙を守るのみ。
「ねえ、教えなさいよ~」
「黙れ。お前は病人だろう。さっさと寝ろ」
「いいじゃない! まさか先生と恋バナできるなんて思わなかったんだから。その人のどんなところが好きだったの?」
「力づくで眠らせてやろうか」
臨戦態勢になろうかというバージルに、一輝が慌てたように彼の体を抑える。
「ちょ、先生落ち着いて! ステラも、そろそろ安静にしておいた方がいい。悪化しちゃうとまずいから」
「もう分かったわよ。じゃあ風邪が治ったら話を聞かせてもらうわ」
「もしこれ以上聞くようであれば、お前たちの事をバラさせてもらう」
「うっ、それは卑怯よ!」
「あはは……」
脅されたステラは大人しく横になり、しばらくすると寝息を立てて眠る。
バージルはようやく静かになったと、一息ついたのだった。
一応解説すると、腹を刺されるのも、地面に叩きつけられるのもネロのバスターによるものです