蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

14 / 27
不穏

 

 

 ステラが寝息を立ててからしばらく経ち、バージルと一輝は静かに雑談をしながら囲炉裏の火を囲んで暖を取っていた。

 

「そういえば前から思っていたんですけど、先生は僕の兄に似てるなって思ってたんですよね」

「お前の兄だと?」

「はい。喋り方や雰囲気なんかも似ているんですけど、強さにストイックなところとか。それに日本でも数少ないAランク騎士の一人なんですよ」

 

 バージルは記憶の中の学生騎士の情報を思い出す。

 最近は学園内の有力な学生騎士以外にも、噂などで他学園の情報も耳にしてはいるが、ステラ以外にもAランクが存在しているというのは初耳だった。

 しかもAランクというのはプロの魔導騎士の中でも数少ないと言われているほどの強者なのだから、それこそステラのように注目されても良さそうなものだ。

 それとも既に学生ではなく、魔導騎士として活躍しているのだろうか。

 そんな疑問を抱いたバージルは一輝に問う。

 

「その割には名を聞かんな。破軍以外の学園にいるのか? それとも既に卒業しているのか?」

「武曲学園の三年です。一応在籍はしているんですけど、今までほぼ学園にいることはなくて、世界を放浪して武者修行の旅に出てるみたいです。なんか、そんなところも似てますよね。まぁ先生の場合は、何か目的があっての事だったみたいですけど」

 

 バージルはなるほど、と納得する。

 学園に顔を出さず、各地を放浪しているのなら名が表に出にくいのも当然だ。

 恐らくは七星剣武祭にも出たことがないのだろう。

 だが一輝は、兄の事を強さにストイックだと言っていた。

 ならば学生騎士の頂点を決める祭典にすら出ないのは、少なくとも、そこに出る価値を感じていないからということになる。

 もはや学生騎士の領域に収まるほどの力ではないということだろうか。

 であれば、それほどの強さを持つであろう一輝の兄について、バージルは少しばかり興味が湧いた。

 

「ほう……。名は?」

「兄さんの名前は――黒鉄王馬です」

「王馬……」

 

 呟きながらバージルは一輝の顔を見る。兄弟なのであれば、恐らくは自分とダンテのように顔の造形も似通っているのだろうと思ったからだ。

 しかしそんな一輝の顔を見ていると、ふと記憶の片隅に引っ掛かるものがあった。

 

(……ん? こいつに兄がいると聞いてから顔を見てみると、どこかで見た覚えがあるような……)

 

 少し前、まだこの学園に来る前の犯罪組織を潰しに各地を渡り歩いていた時に、何故か一輝の顔に似た誰かがいたような、そんな気がする。

 

「……? 先生?」

 

 そんな思考に囚われ、考え込むようなバージルに一輝は首を傾げていた。

 バージルは後もう少しで思い出せそうとでも言うように唸っていたが、ふと、ある違和感に気付き思考を中断させる。

 そして、その違和感に気付いたのは彼だけでなく一輝も同様だった。

 何故ならば、座っている地面がある一定の間隔で微かに揺れていたからだ。

 

「地震ですかね……?」

「いや……違うな」

 

 バージルはすぐにこの揺れが、ただの地震でないことに気付く。

 何故ならこの感覚は元の世界で何度か遭遇した、巨大な体を持つ悪魔が立てる足音に似ていたからだ。

 バージルはスッと立ち上がり一輝に指示を出す。

 

「恐らく、お目当ての巨人とやらのお出ましのようだ。ステラを起こしてやれ。寝ている間に踏み潰されでもしたら敵わん」

「は……はい! ステラ! 起きてくれ! 巨人が出てきたみたいなんだ!」

「う~~ん? イッキ……? きょじん? ……って巨人!? どこ!?」

 

 ステラはバッと起き上がると辺りを見渡す。

 そんな一輝とステラのやり取りを尻目に、バージルは閻魔刀を顕現させると山小屋の扉を開けて外へと向かう。

 雨の降りしきる森――その奥に、人型をした巨大な岩の塊が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

山小屋の中から身を乗り出して様子を窺っていた一輝とステラは、思わずそれぞれ声を漏らす。

 

「まさか、本当に巨人がいたなんて……!」

「そうね! ようやく見つけたわ! ……でも、なんか想像してたのと違う……」

「あれ? そっち!?」

 

 どうやらお眼鏡に適わなかったのか、明らかに落胆しているステラを無視し、バージルは身の丈五メートルはあろうかというその岩の塊が徐々にこちらに近づいてくるのを静かに見つめていた。

 すると、目の前まで来た巨人はおもむろに右手を振り上げる。

 その巨人の行動は明らかに、こちらに対して明確な敵意と殺意を持っていた。

 数秒後にはその巨腕がバージルに向かって振り下ろされることは明白。

 

「ッ! 先生、危ないッ!」

 

 思わず一輝が叫ぶと同時、巨人の右腕が振り下ろされた。

 しかし――

 

「フッ!」

 

 バージルは抜刀すると同時に瞬時に宙を翻りながらその右腕を避け、巨人の右肩の上に乗る。

 それと同時に巨人の動きが完全に硬直したように動かなくなった。

 

「「……?」」

 

 一輝とステラはその巨人の不可解な動きに首を傾げる。

 しかし、その答えはすぐに分かった。

 バージルは左腕で背中へ回した鞘を水平に据え、振り返りもせず刃を滑り込ませた。

 

 そして刀身が完全に納められた瞬間、巨人の体が頭から股下までを中心として綺麗に半分に切断される。

 そして倒れ行く半身の肩に乗っていたバージルは、跳躍しながら一回転して着地した。

 そのまま後ろを振り返ることなく、山小屋の中に戻ろうと歩を進めながらバージルは吐き捨てるように言った。

 

「期待外れだな」

 

 まるで繋ぎ合わせた糸が解れていくように、巨人の岩の破片がガラガラと崩れ落ちる音が響く。

 

「人ってこんな綺麗に岩を斬れるのね……」

「いや、多分先生だけなんじゃないかな……」

 

 だが、安心したのも束の間、なんと崩れ落ちた岩の破片が磁石のように引きつけ合い、再度重なり合っていく。

 しかも今度は巨人などではなく、普通の人間と同じ程度の身長の岩の塊が何十体も同時に生成される。

 そして、その異変に気付いたバージルは後ろを振り返ると、その破片となった岩石の間に細い魔力の糸があるのを見つけた。

 

「なるほど、鋼線使いか。面倒な……」

 

 鋼線使い。

 魔力の糸を用いることで対象の物体を傀儡として操る伐刀者(ブレイザー)の事を指す。

 バージルは、学園に来る前に潰しまくっていた組織の中に、そういった能力者と相対したことがあったため、既に知識として持ち合わせていた。

 だが、これほどの数の傀儡を操る鋼線使いなど見たことがない。どうやら鋼線使いの中でも相当な実力者であるようだ。

 基本的には術者を探して倒せばすぐに決着がつくのだが、どうやら気配を探っても近くには存在していないようだった。

 

「先生、僕も加勢します! 《一刀修羅》を使えば、僕でも対応できます!」

「アタシも行くわ! 斬れはしないけど、砕くくらいだったら今のアタシでもできるもの」

 

 流石にバージル一人では手に余ると判断したのか、二人は山小屋の中から出て霊装を展開しようとする。しかし、バージルは刀を二人の前にかざして制止させた。

 

「いや、俺にやらせろ。お前たちは見学だ」

「えっ……」

「ちょっと先生。大丈夫なの?」

「誰に物を言っている」

 

 何しろ一輝では岩の硬度を持つ相手では相性が悪いだろうし、ステラは少し寝たことで今はある程度活力が戻ってきてはいるが病人だ。

 あまり動かすのはよろしくない。

 もちろんそう言った考えもあったが、それ以上に今日のバージルは少しストレスが溜まっていた。

 何しろ悪魔だと期待していたにも関わらず全くの見当違いで、その正体はただの鋼線使いによって作成された傀儡。

 それだけでなく、急な雨によってずぶ濡れとなってしまったことによる不快感など、色々なことが重なり、少し暴れたい気分だったのだ。

 一輝とステラはそのままバージルの言う通り下がり、山小屋の屋根の下へ移動して雨を凌ぐことにした。

 そして、そのままバージルは傀儡たちに向けて駆け出すと、瞬時にその群れの中に飛び込むのだった。

 

*********************

 

 一輝たちはバージルの暴風ともいうべき圧倒的な力に見惚れていた。

 彼の斬撃によって、岩でできているはずの傀儡が、何の抵抗もなく刀で寸断されていく。

 傀儡からの攻撃は刀だけでなく、鞘によって受け流される。そして、鞘で足を払われ宙に浮いた傀儡を数体同時に切断する。

 

 バージルの闘い方は無駄がないが故に美しかった。

 スポーツカーや戦闘機など、純粋に一つの目的のために作られ、無駄を排除したが故の形を美しいと感じるかのように。

 授業では手加減されているとはいえ、それが自分に降りかかるために恐怖すら感じるが、こうして遠くで眺めているとそれがよく分かる。

 刀を振る際の姿勢や力の角度。そして使用される魔力放出による身体加速。

 どれも完璧なタイミングで使用され、無駄が一切ない。

 それは、ずっと見ていたいと思うほど、見る者を魅了する剣技だった。

 

「……すごいわね」

「うん、本当にすごい」

 

 二人の口から出た感想は、そんな単純な言葉。それ以上は続かなかった。

 称賛の語彙はいくらでもあるはずなのに、どれも喉の奥で形にならず、ただ目だけがその動きを追い続けていた。

 しかし、二人は共に騎士としての高みを目指す者同士。

 バージルの動きから出来るだけ、その絶技を盗もうと目を凝らす。

 すると突然、戦場に場違いな程に軽薄な声が響いた。

 

「いやぁ、バージル先生はすごいね。岩を刀で斬るとか、ホント、バトル漫画かよって感じだ」

 

 その声の主は何の前触れもなく、一輝たちの目の前に現れた。

 

「御祓副会長……!」

「やぁ二人共。助けに来たんだけど、その必要は無かったみたいだね」

「随分早いですね。到着にはあと三十分は掛かると思っていましたが」

「あはは☆ まぁね。ボクは不可能を可能にする男だからね。なんてことないぜ♪」

 

 伐刀者(ブレイザー)の能力には幾つかの系統が存在する。

 その名の通り身体を強化する、身体強化系能力。

 火や水などの自然物を意のままに操る、自然干渉系能力。

 独自の概念を自分や他者に適用させる、概念干渉系能力。

 そして、御祓泡沫の能力は伐刀者(ブレイザー)の中でも特に希少かつ最強と言われる系統である因果干渉系の能力だ。

 

「ボクの伐刀絶技(ノウブルアーツ)、《絶対的不確定(ブラックボックス)》は事象の結果を操る能力。だから、君たちを見つけるという結果が成功するように、ボクの能力で因果を操作したのさ」

 

 事象を操作する。

 無茶苦茶にも感じるが、それこそが因果干渉系能力が最強と言われる所以だ。

 何しろ、仮に相手と戦闘になった際に、相手に勝てる確率が1%でもあるのだとしたら、それは100%勝てるという結果に置き換わるということなのだから。

 これこそ、巷で《観測不能(フィフティ/フィフティ)》と呼ばれる泡沫の因果干渉系能力。

 ステラはそれを理解し、思わず息を呑む。

 しかし今は味方として、これ以上頼もしい存在もいないだろう。

 

「そんな力があるなら、楽勝じゃない! センパイも参戦して、コイツらをすぐにやっつけてよ」

「いや、無理だね☆」

 

 思わず梯子を外されたかのような返答に、ステラは肩透かしを受けたような表情になる。

 

「えっ、なんでよ?」

「ボクの能力はあくまでボク個人が出来る可能性が1%でもあれば、それを100%に出来るけど、それが0%だとしたら絶対に出来ないんだ。ボクは先生みたいに岩を真っ二つにするなんて芸当は逆立ちしたって無理だから、あの化物たちには無力って事さ。攻撃を躱すとかなら出来るかもだけど。というかホントに何で斬れてるんだろうね。意味が分からないよ」

 

 一輝は納得したように頷いた。

 いくら便利な能力と言えど、そう都合よくは行かないのだろう。

 

「なるほど。そういう弱点があるんですね」

「じゃあ、何しに来たのよ!」

「それはもちろん。彼女をここにナビゲートするためさ」

 

 泡沫がそう言うと、眼鏡を掛けた栗色の髪の少女が自らの刀型霊装《鳴神》を携え、一輝たちの横に立っていた。

 

「お二人とも無事でよかったです。どうやら私の助けはいらなかったようですね」

「東堂さん!」

「先生も向かっていると聞いていたので、あまり心配はしていませんでしたが、それにしてもすごいですね……」

 

 やってきた刀華もまた、思わずバージルの剣技に見惚れてしまう。

 鋼線使いの弱点である、複数の傀儡を操る際に使用される中継地点(ハブ)を排除すれば、周りの傀儡も一気に瓦解させることが出来るのだが、そんなアドバイスを送ることさえ忘れてしまい見入ってしまっていた。

 これは、剣術を主とした伐刀者(ブレイザー)であればあるほど、虜になってしまうのだろう。

 刀華の言葉に一輝としても同意せざるを得なかった。

 

「やっぱり東堂さんもそう思いますか」

「はい。先生の能力は魔力の具現化と聞いていましたが……、見たところ純粋な剣技だけでここまで制圧しているようですね。正直、想像以上です」

 

 加ヶ美が見たという《ドッペルゲンガー》。そして一輝との闘いや《解放軍》を殲滅する際に使用された《幻影剣》などから、バージルの能力は十中八九、魔力を具現化し、それを操作する概念干渉系能力だと推察されていた。

 もちろん、伐刀者(ブレイザー)にとって自分の能力の効果は生命線となるため、直接聞きだすのは失礼にあたる。

 故に本人の口からは語らせず、あくまで自分達の考察によるものだが、当たらずとも遠からずと言ったところだろう。

 そう思っていた矢先――

 

「ハァッ!」

 

 バージルがこちらに向かって疾走しながら道中の傀儡たちを切り刻み、一輝たちの目の前まで来ると、横一線に刀を振り抜いた状態で止まった。

 その疾走の道中にいた傀儡たちは、全て例外なく上半身と下半身が泣き別れて崩れ去ってゆく。

 それを確認することもなく、バージルは鞘を縦に保った状態で背中に回し、上から刀身を納めた。

 だが、斬り捨てられた傀儡たちは、崩れたと思いきや、どんどん再生していく。

 

「ちょっと先生! 大口叩いた割にはどうにもならなそうだけど、手助けはいるかしら? トーカさんたちも来たことだし、全員で掛かれば何とかなるんじゃない?」

「いらんと言っているだろう。少し遊んでいただけだ」

 

 二人のやり取りを見てハッとした刀華は鋼線使いの弱点をバージルへ伝えようと口を開いた。

 

「先生、鋼線使いは傀儡たちの中継地点であるハブを排除しないと――」

「知っている。だが、お前たちも来たのならば、そろそろお開きとしよう」

「では、ハブの位置も分かっているのですね」

「いや、知らんな」

「え?」

 

 バージルは、そう言うと傀儡たちの方へ振り返り、居合の構えを取る。

 これは以前、ステラとの闘いの時に見せた《次元斬》の構え。

 ハブである傀儡を倒さなければならないというのに、分からないままでどうしようというのか。

 《次元斬》は確かに無類の攻撃力を誇っているが、範囲としてはそこまで広くはない。精々巻き込めて二体処理できるかどうかといったところだろう。

 まさか当てずっぽうで何とかするつもりなのか。

 

(まさか先生が、そんな運に頼るような人じゃないと思うけど……)

 

 バージルは未だ《次元斬》を放つ構えを崩さない。

 だが今回は以前のように鞘ではなく、彼の体から蒼い魔力光が迸った。

 

Slay All(全て斬り捨てる)

 

 そう宣言すると、バージルを中心にして周りの空間が重々しい空気を醸し出し、一輝たちの視界が歪みだす。

 

「なんだ!?」

 

 驚きの声は一輝のもの。しかし、近くにいた他の三人も同様に驚きを隠せなかった。

 バージルの魔力で生み出されたドーム状の空間の中に、傀儡だけでなく自分たちも入っており、その重圧を肌で感じていたのだから。

 思わず膝をついてしまいそうになる程の重圧感を感じながら、一輝はバージルの挙動を見逃さぬよう目線を彼から逸らさない。

 

 傀儡たちは慌てたようにバージルへ殺到し、岩の腕を振りかぶる。

 だが、振り下ろされる――その刹那。

 バージルの姿が、掻き消えた。

 

 次の瞬間、無数の斬撃の軌跡が空間内を蹂躙し、傀儡たちの動きがピタリと止まる。

 しかも不思議なことに、今もなお降り注いでいたはずの雨粒すらが、時が止まったかのように制止していた。

 

 気付けばバージルは片膝をつき、元いた位置でこちらを向いていた。

 鞘を立てるように構え、刀身をゆっくりと納めていく。

 そして、完全に刀身が納められ、カチッと金属音が鳴った瞬間――

 

Dust to dust(塵は塵に)

 

 まるで空間がガラスが割れたかのように砕け、それと同時に傀儡たちもバラバラとなり、崩れ落ちた。

 

「――――」

 

 一輝たちはあまりにも常識外の技に言葉が出なかった。

 これこそ、バージルの持つ次元斬を応用した秘奥義――次元斬・絶。

 

 もはやハブがどれかなど関係なく、一切合切を全て斬り捨てたバージルの姿に一輝たちは、しばらくの間、何も言えずに瞬きすら忘れて目の前の光景を見ていたのだった。

 

*********************

 

 ソファーに深々と座る長身の男が、不気味な笑みを浮かべながらため息を漏らす。

 男の名は平賀玲泉。

 今回の奥多摩の巨人事件の首謀者となる鋼線使いである。

 

「フフフ、ハブの試運転も兼ねてちょっかいを掛けていたのですが、どうやらおいたが過ぎたみたいですね。あの《魔剣士(ダークスレイヤー)》にハブも含めて全て斬り捨てられてしまったようです」

 

 平賀はやれやれと手の平を振るうと、後ろに立っていた男が見下すような目で応えた。

 

「ふん、彼なら造作もないだろう。驚くことでもない」

「おや? 《魔剣士(ダークスレイヤー)》とお知り合いなのですか? 王馬クン」

「……以前、一度だけな。ある約束を交わした」

 

 呼ばれた男、黒鉄王馬はかつての記憶を思い起こすように腕を組み、その質問に答えた。

 王馬が"彼"と、ある程度の敬意を以って誰かを呼ぶ事など珍しいこともあるものだ、と平賀は思う。

 何しろ王馬が敬意を持つような人物など、他には、世界最強の剣士と呼ばれる彼女くらいのものだからだ。

 

「ほう? 確かに君も、ここに来るまでは各地を放浪していたのですし、どこかで出会っていても不思議ではないのでしょうね」

 

 平賀はその"約束"について深く追及はしなかった。

 王馬の性格上、詳細を語らない時は決まってあしらわれてしまうことは、短い付き合いの中で分かっていたことだからだ。

 

「それにしても、彼が来るのが分かっていれば、最近手に入れた()()()()を使ってみたかったですねぇ」

「……? 何の話だ?」

「フフ、いえいえ、こちらの話ですよ」

 

 ここ最近《解放軍》の中でも極限られた者たちにしか伝えらえていない、とある()()()()

 それは《十二使徒(ナンバーズ)》と呼ばれる《解放軍》の幹部の一人が、新しい戦力として提供してくれたものだった。

 だが、それらは未だ暴走の危険性があるため、鋼線使いである自分の手に試験的に渡されている。

 それらは今、《解放軍》の本拠地で待機しており、この場に呼ぶには時間が掛かる。

 とはいえ、わざわざ今回の任務で使うよりも、もっと特別な舞台でお披露目した方が盛り上がるだろう。どこを舞台として、いつ使うかは未だ決めかねてはいるが。

 

 道化は不適に笑う。

 それらが解き放たれた時、いったいどのような惨事が巻き起こるのか想像もつかないからだ。

 だが、そんなことは構いやしない。何しろ彼の喜びはそれによって引き起こされる人々の悲鳴、慟哭、絶望なのだから。

 

 王馬はそんな不気味な笑みを浮かべる平賀を蔑むような目で見やり、鼻を鳴らすと、その場を後にした。

 

 だが、王馬がその場から立ち去った後も、平賀は笑い続けた。

 ソファに沈み込んだまま肩を揺らし、まるで舞台の開幕を待つ役者のように、愉悦を噛み締めている。

 だがその作り物めいた仕草とは裏腹に、笑いだけが生々しい。人の形を保ったまま、芯の部分だけが別の何かにすり替わっている。

 その笑い声はまるで、本物の悪魔のようだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。