蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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赤い悪魔

 

「随分と派手に暴れてくれたものだ」

 

 厳は最上階にある長官用の執務室に入るや否や、無表情のまま少しだけ怒りが籠ったような声でバージルへ言い放つ。

 しかしそれも当然だろう。何しろ一輝を追放するべく命令していた赤座の計画の一部を潰したのだから。

 だが、そんなことなど知るかとばかりに憮然とした表情のままバージルは答えた。

 

「結局、決闘は行うのだから大方お前たちの思惑通りに進んでいるだろう。それに今回の件は俺を教師にしたお前の判断ミスだ」

 

 そう悪びれもなく言い返すバージルに厳はこれ以上何かを言ったとしても無駄だと判断したのか、何も言葉を返すことなく自分のデスクの椅子に座る。バージルはデスクの前で腕を組んで立ったままだった。

 

 一輝の決闘を後日にずらすことは出来ない。何しろ近日中にはヴァーミリオン国王が来日してくるため、今回のスキャンダルがデマであると国王が認めてしまえばそれで終わりだからだ。

 

 バージルは今回の一件の首謀者である厳に、何故このような事態を起こしたのか、その理由を問う。

 

「それよりも聞きたいことがある。何故お前は一輝をそこまでして連盟から追放したがる」

 

 厳は一息吐き、バージルに視線を向けて淡々と問いに答える。

 

「……組織というものはそれに所属している個人ごとに相応しい役割が求められる。特に伐刀者(ブレイザー)はそれぞれが超常の力を扱う超人だ。普通の人間のようにはいかない。だからこそランクという序列で区分けすることにより、組織としての調和を保っている。故に、そのランクでありながら分を超え逸脱した行動を取る者は組織にとって害悪となる」

「……その害悪というのが一輝ということか?」

「その通りだ」

「…………」

 

 他人の親子事情にあれこれ言うつもりはないが、さしものバージルも厳の答えに眉を顰める。ただ単に才能のない一輝が目障りだった、というのであれば理解はできた。

 しかし厳は自分の感情ではなく組織のためという、ただそれだけの事で一輝を"害悪"と判断し切り捨てる選択をしたのだ。

 そこまで関わっていない自分の息子であるネロに対してでさえ、ある程度の感情を持ち合わせているバージルにとっては厳の行動理念は理解不能だった。

 厳はそんなバージルを意にも介さず話を続ける。

 

「特に一輝はFランクという伐刀者(ブレイザー)として最低限の力しか持っていないにも関わらず、それを遥かに超える戦果を挙げ続けている。それを見た他の才能なき者たちにとって一輝は希望となり得る存在だ。……いや、私から言ってしまえば"毒"と言って差し支えない。何しろそれで自分にも何かが出来ると増長した者たちが、与えられた役割を逸した行動を取る可能性があるからな。そういった懸念を孕むのであれば、私は迷わずその障害を排除する」

 

 目的を果たすためならば自分の肉親すら切り捨てると言い切る厳は、見方によっては"悪魔"と言っていいものかもしれない。

 だがその目的が人間社会の秩序のためという、結果としては大勢の人間のためになる行為を、私情を完全に排して遂行している――それは悪魔の残虐ではなく、人間の理性が極限まで研ぎ澄まされた形なのだろう。

 

「……理解はしたが、お前は本当に人間か? 機械とでも言った方がしっくりくる」

「どう取ってもらっても構わない。だが、これが私という人間なのだよ」

 

 バージルはこういう人間もいるのか、と知見を新たにする。

 感情ではなく、理屈が先に優先されるこの男のことを完全に理解した気がした。

 であれば、一輝の件に関しては何を言ったところで無駄だろう。

 

 厳は改めて姿勢を正すと、バージルを見据えて話題を切り替えて話し出す。

 

「そんなことよりも、今後の君の扱いについて話をしておこう」

「……まぁいいだろう。一輝の件に関して俺がどうこう言ったところで無駄だろうからな。それで、どうするつもりだ。犯罪者として指名手配でもするか?」

 

 せっかく馴染んできていた学園での教師という役職から離れてしまうのは些か残念ではあるが、覚悟の上だ。

 それにバージルとしては、このまま仮に犯罪者として連盟から追われることになろうともやっていけるだろうという自信がある。

 もちろん元の世界へ帰るための手段の調査は今後一人で行っていく必要があるため、そこは手間となってしまうが。

 とりあえずは連盟加盟国内はしばらく止めておき、同盟内の国に行くべきか、と考えを巡らせていると

 

「いや、今回は厳重注意に留めておくとして、君には今後も破軍で教師を続けてもらう」

 

 予想外の言葉に先ほどの考えが霧散する。

 先ほどまで、あれだけ秩序というものを遵守すると豪語していた男が、よもやそんな事を言い出すとは思わなかったからだ。

 バージルは訝しげな表情で厳に問いかける。

 

「……何だと? 理由は?」

「引き込む前から分かっていたことだが、やはり我々が有する通常戦力では君に対応できない。もし仮に本気で君を捕縛するとなれば《夜叉姫》や《世界時計(ワールドクロック)》を動かさざるを得ないだろう。だが彼女たちが本気を出すとなれば、その時に出る周辺の被害は尋常ではない」

「秩序を謳っている割には結局のところ、絶対的な力の前には屈するという事か」

 

 バージルが挑発めいた言葉を投げかけるが、厳はなおも無表情を貫いたまま淡々と答える。

 

「もちろん君が我々に本気で敵対し危害を加えてくると言うのであれば、こちらとしても被害が出ることを承知で対応させてもらう。それに、君のような者に前例がない訳ではない。君の知る《夜叉姫》西京寧々も、かつては連盟本部にまでその名が轟くほどの問題児だった。とはいえ、今回だけだ。もし仮に、もう一度同じようなことをすれば君を我々に対する害と見做して対応させてもらう。努々忘れないことだ」

 

 そう警告されるが、別に黒乃や寧々が相手だろうと負ける気は一切しない。それでもわざわざチャンスを貰えるのであれば貰っておくに越したことはない。

 

「……いいだろう。だが、俺との約束も忘れた訳ではあるまい。未だに手掛かりの一つもないというのに、こんな事にかまけている暇があったのか?」

 

 バージルは厳を睨むように視線を向ける。

 元々、元の世界への帰還方法を探るために悪魔探しをやってもらってはいるが、今のところ連盟からは何の音沙汰もない。

 本当に調査しているのかと疑ってしまう程だった。

 すると――

 

「いや、悪魔がいる証拠は見つけた」

「……ッ⁉」

 

 と、何食わぬ顔で厳が衝撃的な発言をしてみせた。

 それを耳にした瞬間、バージルは目を見開き驚愕の表情を浮かべる。

 何しろ自分が数か月も歩き回って見つけ出せなかった悪魔を見つけ出したというのだから。

 

「どこにいるッ」

 

 というよりも見つけていたのなら、さっさと連絡を寄こせと言いたかったが、早く答えを知りたいバージルは思わず目の前のデスクに両手をつき、はやる気持ちを抑えながら厳へ問いかけた。

 

「アメリカだ」

 

 アメリカ

 まさか自分の生まれ故郷にいたとは。だが、ようやく突き止めたという歓喜と同時に怒りが沸いてくる。これほど重要な情報を黙って一輝の査問会に時間を割いていたというのか。

 バージルは腕を組み、厳を睨みつけた。

 

「そこまで分かっているのなら、何故すぐに言わなかった」

「これの情報源はアメリカ国内でよくある未確認飛行物体などのオカルト掲示板に上がっていたものだ。だからこそ情報の確認が取れるまでは報告しないと判断した。君も裏付けが取れていない情報を伝えられても困るだろう」

 

 厳はデスクの引き出しから一枚の書類を取り出すと、それをデスクの上に置いた。

 バージルはその書類を手に取る。そこには――

 

「……ッ!」

 

 バージルは思わず目を疑う。

 書類に印刷されている画像は恐らく、空にいる悪魔を地上から遠巻きで撮影したものなのだろう。

 そのため肝心の悪魔の姿は小さく、しかも夜に撮影されて見辛かったが、翼を広げた人型の姿が見える。

 そして特徴的なのはその色だ。バージルにとって、あまりにも見覚えのある赤色だった。

 

(ダンテ……)

 

 そう、その画像に写っていたのは弟であるダンテ。しかも悪魔(真魔人)へと変化した姿だった。

 やはり自分が閻魔刀で開けた穴に吸い込まれたあと、ダンテ自身もその穴の中へ飛び込んでいたのだ。

 アメリカにいるのは魔界からこの世界へと通じる出口がそれぞれバラバラだったからだろう。

 だが、バージルの中で一つの疑問が生じる。何故ダンテは悪魔の姿へと変じていたのか。

 確かにダンテは目立ちたがり屋ではあるが、こんな誰に見られるかも分からない場所で、わざわざ悪魔の姿を見せることはないだろう。まさか、そうしなければならない状況に追い込まれていたのか。

 バージルは思わず顔を顰める。

 

「……どうだ? 知っている悪魔か?」

 

 しばらくの間、考えを巡らせていると厳に問いかけられ意識を目の前にいる厳に戻す。

 確かに知っているが、これが弟だなどとは口が裂けても言えない。そんなことを言えば自分も悪魔と認識され話がややこしくなる。

 それを伝えた瞬間、連盟がこちらに敵対してくる可能性もあるのだから。

 

「……あぁ、よく知っている。俺がいつか仕留めると決めている悪魔だ」

 

 自分はいずれダンテとの決着を願っているのだから嘘は言っていない。

 手に取った書類をデスクの上に戻す。

 一先ずダンテがこの世界にいることが分かったのであれば、合流するべきだろう。

 どちらにしろ元の世界に帰るのであれば閻魔刀がなければダンテは帰れないのだから。

 

「こいつは今どこにいる」

「どうやら、どこかに飛び去ってしまったようで行方不明のようだ。まだ米国内にいるのか、それ以外の別の国に逃げたかも分かっていない」

「チッ……そうか……」

 

 ふらふらと落ち着きのない奴だ、とバージルは思わず舌打ちを漏らす。

 だがこの世界にいると分かったのだ。いずれ会えるだろうとバージル自身も楽観的に構えていた。

 

「これで我々も君の要求に応えられるということを示したわけだ。引き続き、この悪魔や他の悪魔についての情報も探りつつ、君の帰還方法も調査する。だから君も余計な真似は今後慎むことだ」

 

 厳が釘を刺すように言う。

 小さな手掛かりであったが、これで連盟も使える存在だという事が分かったのだ。であれば、ある程度は従ってやるべきだろう。

 

「……ふん、いいだろう。だが、だからといって従順になるわけではない。ある程度は目を瞑るがな」

「分かった。肝に銘じておこう。何か不満に思うことがあれば私に連絡を寄こせばいい。これで話は終わりだ。帰ってもらって構わない」

「あぁ、今後も頼む」

 

 バージルは踵を返し、そのまま執務室から退出した。

 

*********************

 

(ダンテ……お前は今どこにいる?)

 

 夜が更けた新宿の通りを歩きながらバージルは思う。

 というよりも今の自分を見たらダンテはどう思うだろうか。

 最近の自分は柄にもないことを数多くしてしまっている。今日の事はその中でも最たる例だろう。

 絶対にからかってくるに決まっている。いや、まずはこっちを指さしながら大爆笑でもするだろう。その光景がありありと浮かんでくる。

 

「チッ……」

 

 想像してイラついた衝動のまま舌打ちし、ダンテの事は一先ず連盟に任せようと、そんな考えを頭から振り払う。

 結局、連盟から追放されるということはなくなり、学園の教師という役職もこのまま継続するということになったのだ。

 であれば、明日の一輝の決闘を見届けられるという事になる。

 

(精々期待させてもらうとしよう)

 

 あれだけの啖呵を切ってみせたのだから、負けたら承知しない。そう思いながらバージルは帰路に就くのだった。

 

*********************

 

「……行ったか」

 

 厳は立ち去ったバージルを確認したあと、デスクからつい昨日届いた一枚の書類を取り出す。

 書類の紙面にはある画像が印刷されていた。それは、先ほどバージルに見せた画像とはまた別のものだった。

 この画像は米国に潜り込ませている連盟の調査員が撮ったため、一般には知られていない情報。

 

「やはり、似ているな……」

 

 その写真に写っている男は、赤い外套を羽織った銀髪の男。

 常に髪をオールバックにしているバージルとは違って髪を下ろしており、無精髭こそ生えているものの、顔はどう見てもバージルと瓜二つだった。

 バージルには弟がいると学園で彼の監視を行っている黒乃から聞いている。

 十中八九、彼がバージルの弟なのだろう。

 厳はその書類の内容を改めて目を通す。

 

 そこには――その男の正体が赤い悪魔だったとの報告が記載されていた。

 

 連盟本部はこの情報を受け取った時、即刻バージルを捕らえるよう日本支部へ通達していた。

 悪魔に変身する男の兄なのであれば、バージルもまた悪魔の可能性があると判断したからだ。

 しかし、それは厳が全力で止めた。

 今回の襲撃に対する処分を軽くした理由と同じように、彼は力を持ちすぎている。 

 故に捕縛するというのはあまりにもリスクが大きすぎるのだ。

 とはいえ、さすがに今日の襲撃に関しては彼を本気で捕縛するべきか迷ったが、負傷者こそ出ているものの、死傷者は出ていない。

 であればギリギリ許容範囲だろうという事で、今回の件は揉み消すことにした。それに連盟への襲撃が成功したなどという失態が漏れれば、日本支部の威信に関わる大問題だ。

 

(今の対応はそれでいいとして、この先どうするか……)

 

 厳は頭を悩ませる。バージルは今回の件以外では大人しく教師としての役割を果たしている。

 彼の目的である元の世界に帰るというのは偽りではないのだろう。

 であれば、今は様子見するしかない。下手に刺激することで虎の尾を踏む様なことは避けるべきだ。

 

(一先ず、監視役である彼女たちには伝えておいた方がいいだろうな)

 

 バージルの事情について知っている黒乃や寧々にもこの情報を伝えるべきだ。

 そう考え、厳は受話器を手に取り理事長室へ電話を掛けるのだった。

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