蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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最終選抜戦前

 

 

 選抜戦最終日

 今日は試合数が少ないため、どの訓練場も人で溢れている。

 その中でも《雷切》対《落第騎士(ワーストワン)》の試合が行われる第一訓練場は、ほぼ満席の状態となっており生徒たちの喧噪で賑やかだ。

 何しろ破軍学園において序列第一位の実績を持つ刀華と、良くも悪くも何かと最近話題となっている一輝の試合。しかも、今回は決闘という特例の試合のためか、メディア関係者すらもこの試合を観戦している。

 そんな第一訓練場の全景を見下ろせる観客席にて、バージルは黒乃と寧々と共に一輝の試合を見るため、座って待機していた。

 

「いや~聞いたぜ、バーやん。昨日色々とやらかしたんだって? まさかお(かみ)に直接殴り込みたぁ、ワイルドにも程があるだろ」

「別にどうということはない。赤狸の頭を少し小突いてやっただけだ。それに、そういうお前も昔はかなりの問題児だったと聞いたが?」

「バーやんに比べたらウチは可愛いもんさね。ちょいと裏の連中と乳繰り合ってただけだしねぇ」

 

 昨日の件については既に黒乃から寧々に伝えられており、そのことについてバージルに茶々を入れていた。

 だが、そうなった経緯も知る寧々としては、少しスカッとしていたのか口の端にニヤリとした笑みを浮かべている。

 

「……私としては、お前が追放されなくてホッとしているよ。よく帰ってきてくれた」

「あれ? くーちゃんがデレるなんて珍しいじゃん。そんなにバーやんの事気にいったん? ダメだぜ浮気は」

「だ、誰がするか! 全く。……私は、ただ単に惜しい人材を失いたくはなかったというだけだ。誰かさんがまともに仕事をしないおかげで、そのしわ寄せがこっちに来ているんだからな」

「ハァ~⁉ うっせぇ~! ていうか、ウチだって解説ちゃんとやってるじゃんかよぉ~!」

「ハァ……お前たち、痴話喧嘩は余所でやれ。うるさくて敵わん」

 

 二人のやり取りを鬱陶しそうにしながら、ため息を吐くバージル。

 そんな彼を見ながら黒乃は昨日、厳が電話にて話していたことを思い出す。

 昨日の襲撃事件はバージルの監視を怠っていたために起こったのではないか、というお叱りを受けたと同時に、厳からあることを伝えられていた。

 

 

 バージルは、悪魔そのものである可能性が高い。

 

 

 黒乃は耳を疑った。

 だが、今まで彼の行動を見てきた黒乃としては、到底そんなことは信じられなかった。

 

(バージルが悪魔などと……だったら黒鉄に対するあの行動は何だったんだという話だ。実際の悪魔の事など知らんが、あれが悪魔の取る行動であるものか……)

 

 悪魔とは、基本的に人間に対して悪意を持ち、ただ己の欲のために力を行使する存在であるとバージルから聞いている。

 確かにバージルの力は脅威だ。《砂漠の死神(ハブーブ)》を撃退し、数多の犯罪者を斬り伏せ、さらには日本の連盟支部への襲撃まで成功させたのだから。

 しかし、その力は今まで無闇に振るわれるものではなく、無辜の市民を守るためや、教えを授けるために振るわれてきた。

 バージルは今まで悪行ではなく、むしろ善行を積み上げている。確かに今回の件は過激だったとはいえ、その行為の元となった思いは決して悪意から来たものではない。

 

(私は何と言われようと、こいつを信じるぞ……)

 

 そう思いを巡らせていると、ふと後ろからねばっこい声が聞こえてきた。

 

「……おやおや、ようやく見つけましたぁ。こんにちはぁ」

 

 振り向くとそこには、額から噴き出る汗をハンカチで拭き取る、樽のような男が立っていた。

 

「赤座委員長……」

 

 黒乃と寧々は顔を顰める。

 ことの発端は厳の指示によるものだが、その実行役である赤座も無論歓迎するべき相手ではない。

 そんな赤座はバージルに気付いたのか彼を睨みつけながら、口を開いた。

 

「……まさか貴方もここにいるとは思いませんでしたがぁ」

「ふん、よくもまぁ、俺の前に顔を出せたものだな。あれだけ無様を晒しておいて、まだ足りんのか」

「ぐっ……相変わらず口の減らない方ですねぇ」

 

 両者険悪の表情で見合っていたが、寧々が間に入って赤座へ問いかける。

 

「そんなことより、赤狸がこんなところに何の用さね」

「……いえいえ、私に用は特にないんですが、そこで偶然会った先生に道案内を頼まれましてねぇ。ああ、こっちです先生」

 

 赤座が手招きをすると、紋付き袴姿の老人、《闘神》南郷寅次郎がこちらに向かって歩いて来る。

 

「おぉ、やっと見つかったわい。こう広いと、人を見つけ出すのにも難儀するでな」

「げっ、じじい!」

 

 それに対して寧々は驚きの表情で反応した。

 

「ひょっひょっひょ、我が愛すべき愛弟子は相変わらず口が悪いのう。まぁそこが可愛いとこなんじゃがな」

「なっ! か、可愛いとか……気持ち悪い事言うんじゃねーよ!」

「寧々、顔が赤いぞ。素直に喜んだらどうだ」

「いや……! こんなじじいに褒められたって嬉しかねーし!」

 

 そう言いつつも顔を赤らめる寧々に、黒乃は微笑ましいものでも見るかのように頬を緩ませる。

 魔導騎士の中でも頂点に位置する寧々が尊敬する数少ない人物であり、師でもある南郷は、かつて荒れていた寧々の親代わりでもあるのだ。

 

「黒乃君もバージル君も久しいのぉ。教師はうまくやれとるか?」

「昨日クビになりかけたが、概ね順調だ」

「ひょっひょ、儂も事情はある程度聞いとったが、その時は笑いすぎて卒倒しそうじゃったわい。儂も若い時は大分無茶をしたもんじゃが、そこまではやらんかったぞい」

「どこかの誰かが余計なことをしなければ、こんな面倒なことはしなかったがな」

 

 そんな嫌味を口にするバージルに赤座がギロリと視線を向けるが、バージルは全く意に介さずにそのままリング上に視線を戻した。

 

「ところで、南郷先生は何故ここに?」

「そりゃもちろん、刀華の晴れ舞台を見に来たんじゃ。それに、相手があの黒鉄の者とあっては足を運ばんわけにもいかんじゃろう?」

 

 南郷は寧々の師であるが、それと同時に刀華の師でもある。

 つまり、刀華は寧々の妹弟子にあたるわけだ。

 そして南郷はかつての第二次世界大戦にて《大英雄》黒鉄龍馬と共に戦場を駆け回った戦友であり、ライバルでもある。

 つまり、自らの弟子と黒鉄の血族との決闘は南郷にとって、とても興味をそそられる闘いなのであった。

 しかし――

 

『ご来場の皆様にお知らせします。東堂刀華選手と黒鉄一輝選手の試合時間となりましたが、黒鉄選手がまだ到着しておりません。今から十分以内に到着しない場合、選抜戦の規定に則り不戦敗となりますのでご了承ください』

 

 そんな南郷に水を差すように学園内のアナウンスが響き渡った。

 

「……赤座委員長。黒鉄はあなたの車で一緒に連れてくるという話ではありませんでしたか?」

「いやいや申し訳ない。すっかり忘れておりましてねぇ。まぁ学園までの距離はそれほどではないのですから、一人でやってこれるでしょう」

 

 赤座の悪びれもしない態度に対して黒乃は湧き上がる不快感に拳を握り締める。

 

(このクソ野郎……)

 

 たとえ一輝が勝とうと負けようと、このまま生かして返すつもりはないと決意する。

 しかし、そんな思惑を察してか、寧々がその拳にそっと手を添える。

 やるんだったら自分も、という寧々の気遣いが黒乃の怒りを少しだけだが静めていた。

 

 二人が赤座に向けて殺気を発する中で、至極冷静に腕を組んでリングを見つめていたバージルが赤座を見やり、まるで見下すように「ふっ」と笑いを零す。

 

「悪足掻きもここまでくると滑稽にしか映らんな。少しでも体力を減らす腹積もりなのだろうが、今回の試合に限れば、そんな小細工は関係ないだろうに」

「なっ……何ですってぇ?」

 

 赤座が忌々しそうにそれに反応する。

 だがそれを虚勢だと思ったのか、それとも昨日バージルに鞘を叩きつけられた記憶が蘇った恐怖で身が竦んだか、それ以上言い返すことはなかった。

 

「ほう、バージル君は今日の試合がどうなるか、既に予想がついとるということじゃな。試しに教えてみてくれんか?」

 

 すると、南郷が興味深そうにバージルに尋ねる。

 

「ある程度の体力は戻っているとはいえ、奴は万全には程遠い。そんな状態での長期戦は愚策中の愚策。であるならば渾身の一刀による一振りで今回の試合は片が付くと見た」

「バーやん、それはとーかを甘く見すぎじゃねぇの。バーやんの《次元斬》にはやられちまったみたいだけど、《雷切》はそれ以外じゃ負けたことがないんだぜ」

「俺の教えが奴に根ざしているのであれば問題はない」

 

 バージルの言う教えとは一輝との特別授業の事だろうと、黒乃はあの時の事を思い出す。

 彼の見せた『魔力制御』技術は、魔力を瞬間的に一点に集中させることで相手からの攻撃を防ぐ魔力防御。

 しかし、それを《一刀修羅》に転用できるのであれば、確かにあの《雷切》に届き得るのかもしれない。しかし、あれほどの絶技は一朝一夕でできるものではない。

 あの授業からそこまでの日数も経っていないため、一輝がそれを習得しているとは到底思えなかった。

 

「やれると思っているのか? バージル」

「どちらにしろ、やらなければそれで奴の魔導騎士としての道は断たれる。それにこの程度の死線を乗り越えられぬようでは、いずれどこかで折れるだろう。であれば今のこの状況は、むしろ奴にとっては良い契機なのかもしれん」

 

 一輝の伐刀者(ブレイザー)としての才能は無いにも等しい。

 別の道であればどんな場所でも大成するであろう器にも関わらず、あえて茨の道を突き進む彼はまともな大人であれば、まず止めにかかる類の無謀だ。

 しかし一輝はそれでもなお突き進む。もしかしたらここで刀華に敗れ、騎士としての道を断った方が彼にとって幸せなのかもしれない。

 だからこそ、バージルの言うように、考えようによっては一輝にとっていい事なのかもしれない。

 

「その割には、黒鉄が負けることなど考えもしてなさそうだな」

「……ふん」

 

 バージルは否定も肯定もせず、ただ鼻を鳴らすだけだったが、こういう時の彼が素直に頷けない時にする癖のようなものだと黒乃は分かっていた。

 

「ひょっひょっひょ、あのバージル君がそこまでご執心なら期待できるわい」

 

 南郷もそれを肯定していると受け取ったようで、面白いとでも言うように笑う。

 すると突然、後ろから可憐な鈴の音のような声が聞こえた。

 

「バージル先生」

 

 駆け寄ってきた珠雫がバージルに声を掛ける。

 どうやら走ってきたようで、少しだけ息が上がっている。一体どうしたのだろうかと、黒乃を含めた周りの大人たちは不思議そうに珠雫を見ていた。

 

「……何の用だ?」

 

 バージルも一体何事なのか分からなかったようで、珠雫へ尋ねる。

 珠雫は息を整え、バージルの目を真っすぐ見つめ、懇願するように言い放った。

 

「私に、ついてきてくれませんか?」

 

 

*********************

 

 

(さすがに、ちょっとしんどいな……)

 

 一輝は最寄駅から破軍学園に向かうまでの一キロの道のりをフラフラと歩きながら、少しだけ弱音を零す。

 昨日の珠雫の治癒により、多少なりとも体力は回復出来たが、長期間の薬物による投与や、それによって罹ってしまった病による症状で未だ体はボロボロだ。

 

 だがそれでも、その胸の内に宿る闘志だけは衰えてはいない。

 一刀に限ったなら、全力で振るうことができる。

 それだけの余力をバージルのあの行動でもらったのだから。

 一輝は改めて自分に活を入れるために思い切り目を閉じ、パチンと両手で自分の頬を叩く。

 そして、目を開けた瞬間――

 

「……ッ」

 

 目の前の光景が吹きすさぶ吹雪に変わった。

 恐らく、薬物の影響による幻覚だろう。

 この光景には見覚えがある。子供のころ、実家から飛び出して彷徨い続けた道のり。

 どうして今になって、こんな苦い思い出を見せられるのか。

 一輝は自分の脳が生み出した幻想の景色に悪態を吐きながら、それでも構わず前に進み続ける。

 しばらく歩き続けると、一輝の視界の中に黒い髪の少年が素振りをしている姿が映った。

 

(僕か……ハハッ、下手っぴだなぁ)

 

 小学生の頃、誰にも教わることなく自己流で鍛錬を続けた日々。

 さすがに自分だけで考えた鍛錬では限界を感じ、こっそり茂みに隠れて分家の子供たちが剣の先生に教えてもらっているところを盗み見ることで、何とかそれをものにしようとした。

 だが厳しくも、それを真剣に学んでいる子供たちを見て、とても寂しかったのを覚えている。

 自分は孤独だったのだ。

 しかし、今は

 

(ステラ……)

 

 脳裏に浮かぶ、炎のような赤い髪の少女。

 初めは彼女もFランクである自分を下に見ていたが、ひょんなことで決闘をしてからというもの、自分の実力を認めてくれた。

 それだけでなく、共に理想を追い求めるライバルになり、最愛の人となった。

 思えば、彼女との出会いから全てが変わった気がする。

 孤独だった去年の学園生活に比べると、一輝は様々な人たちに恵まれた。

 特に印象的なのは教師であるバージルだろう。

 最初でこそ自分たちを侮辱した彼に怒りを抱いたが、それ以降、何かと自分を気に掛けて期待してくれる彼に、一輝は尊敬の念を抱いていた。

 だが、ただ"人間らしい"という理由で、何故あんなにも自分に期待してくれているのかは、今も分からないままだった。

 

 彼は今どうしているだろうか。それは、あの後すぐに元の拘留場所に戻された一輝には分からないことだった。

 この決闘の勝敗は何かしらの形でバージルの耳にも届くだろうが、出来れば実際にその目で確かめて欲しかった。

 しかし、それは叶わない。自分を助けるために彼は連盟を追われたのだろうから。

 勝とうと負けようと、できるのならもう一度会って感謝を伝えたい。

 そんな風に思いながら、しばらく歩を進める。

 

 そうしてかつての自分を通り過ぎると、今度はまたもや一人で素振りをしている子供が見えた。

 その素振りを眺めてみると、全くブレのない鋭い剣筋をしており、その少年の類稀なる才能を予感させる。

 無論、それは自分ではない。

 他にも違うと気付いた理由は髪色が自分と同じ黒色ではなく、銀色だったからだ。

 

「君は……」

 

 自分の実家で見た、黒鉄の分家筋の人間かと思ったが、一輝はこの少年に全く見覚えがなかった。

 それとも誰かの特徴がごちゃ混ぜになって出てきた何かか。幻覚ならそういうこともあるのかもしれない。

 そう思っていたが、何となく違う気もする。

 確証はないが、自分はこの少年を知っている気がした。

 

「君は……誰なんだ?」

 

 そう問いかけると、その子供は素振りを止め、こちらを見つめる。

 しかしその目には何も映してはいない。家出をした時のかつての自分と同じように、全てを諦めているような目だった。

 そして何を言うこともなく、その子供は一輝に背を向けて歩き出す。

 

「あ……待って……!」

 

 思わず声を掛け、小走りでその子供の隣まで辿り着き、一緒に歩き出す。

 改めて横目でチラリと見ても、一体どこで出会ったのか思い出せない。しかし確実にどこかで会っている。

 歩きながら何とか記憶を探っていると、突然その少年が話し掛けてきた。

 

「どうしたら、そんなに強くなれる?」

「え……?」

 

 急に問いかけてきたため、思わず声が詰まる。

 それにかなり曖昧な内容だったため、答えに窮してしまった。

 確かに自分は学生騎士の中では強い方だという自負がある。

 しかし少年が尋ねている強さというのは恐らく、単なる剣の強さではないだろう。

 

「一人で誰よりも強くなろうとした。だけど結局、無意味だったんだ」

 

 その少年の言っていることは一輝には抽象的過ぎて、よく理解が出来なかった。

 だが、その言葉の端々から、少年が何かを諦めてしまっているのは理解できる。

 であれば放っておくことはできない。

 たとえ幻覚だったとしても、おざなりにしていいものではないと感じたのだ。

 何故なら『諦めなくてもいい』と伝えられるような人間になる事が、自分の夢なのだから。

 

「君はどうして強くなりたいんだい?」

 

 少年は俯いたまま答えない。

 どこか言いたそうにしていたが、気恥ずかしそうな顔でそのまま黙ったままだった。

 一輝は急かさず、自分の考えを口にする。

 

「僕もさ……強さって、全部一人で掴むものだと思ってた。負けたら終わりで、だれにも頼れなくて。だから必死で耐えて、今まで積み上げてきた」

「……じゃあ、何で俺は勝てない? アンタにあって、俺に無いものって何なんだ」

 

 少年が顔を上げ、縋るようにこちらを見つめてくる。

 自分も、かつては同じ目をしていたからこそ、この少年の気持ちが分かるような気がした。

 だけど、そんな自分だからこそ、彼に伝えられるものがあるはずだ。

 

「剣だけなら一人で強くなれる。けど、心の強さは一人じゃ作れない。僕は学園にいる皆と出会って、それに気付いたんだ。大切なのは、人との繋がりなんだって」

 

 《狩人》との闘いのとき、たった一人で磨き上げた剣だけでは駄目だったのだという事を思い知った。

 あの時はステラが背中を押してくれたからこそ、自分の限界を超えることで勝利することが出来たのだ。

 きっと《落第騎士(ワーストワン)》の物語は、あの時ステラがいなければ、あそこで終わっていただろう。

 だからこそ確信できた。 

 

「……そうか。だけど、自信がないな。俺は今までずっと一人で生きてきたから」

「確かに大変かもしれない。けど、それは君にだって作れるはずだ。心の強さは才能で決まるものじゃないんだから」

 

 先ほどの少年の素振りを見て、自分とは比べ物にならない程の剣の才に恵まれていることは分かっている。

 だからこそ、きっとその心根が正しい方向に向けば、誰よりも強くなれるはずだ。

 

「君が人に歩み寄ろうとする意思があれば、僕よりも強くなれるよ」

 

 少年は一輝の答えに納得したように静かに頷いた。

 結局、この目の前の少年が誰なのかは分からず仕舞いではあったが、思い出せないのなら仕方ない。

 しかし、少年は気を許してくれたのか、吹っ切れたように話し始める。

 

「……俺は、弟に勝ちたいんだ」

「弟……?」

 

 弟に勝ちたい。それが少年の強くなりたい理由らしい。

 ……つい最近だが、どこかで似たようなことを聞いた覚えがある。

 

「結局、勝ち越せなかったから、俺の方が強いって認めさせたいんだ」

 

 その少年の顔をもう一度よく見てみると、一輝はハッとしたかのように目を丸くする。

 この少年の正体が何となく分かった気がしたからだ。

 

「もしかして、君は――」

 

 そこから先の言葉を口にしようとした時、前を見ずに歩いていたせいで、何かにぶつかってしまい言葉が途切れる。

 正面を向くと、そこには見慣れた紺色のスーツを着ている男が立っていた。

 

「……何をぶつぶつ言っている」

 

 顔を見上げるように視線を向けると、そこにはぶつかってきた自分を咎めるように、不機嫌な声で語り掛けるバージルの姿があった。

 

「え……先生……? 何でここに……」

 

 最後に別れてからというもの、てっきり連盟から追われ、既にどこかに行ってしまったのではないかと思っていた一輝は、驚きと疑問の表情でバージルを見つめる。

 もしかして、隠れてこっそり自分の試合を見に来てくれたのだろうか。

 するとバージルは、そんな一輝の疑問を察したのか、その疑問に答える。

 

「どうやら、お前には伝えられていなかったようだが、これからも教師を続けろと言われた。特にこれといったお咎めもない」

「そ、そうだったんですか……! よかった……!」

 

 一輝は安堵する。

 バージルの気持ちを無駄にしないよう、必要以上に自分を責めるようなことはしなかったが、それでも彼の目的を邪魔してしまったことは事実だったから。

  

「学園にいるのは分かったんですけど、どうしてここに……?」

「お前の妹に、ここに連れてこられただけだ」

「珠雫が?」

 

 すると、バージルの背後から珠雫が飛び出し、一輝を抱きしめた。

 

「お帰りなさい。お兄様」

「珠雫……」

 

 今まで幻覚で曖昧だった景色が晴れ、ようやく自分の周りの状況が見えてきた。

 どうやら、学園の校門前まで帰ってきたらしい。

 

「……昨日、先生に付いていくときも考えていたんです。お兄様を止めるべきかどうか。もし私が先生の提案に乗らずにお兄様を助けないで、ただ引き留めれば、お兄様がもう苦しい思いをしなくて済むんじゃないかって」

 

 一輝の夢を阻むつもりだったという、珠雫の本心から出た言葉に一輝は怒りではなく嬉しさを感じていた。

 仮に逆の立場だとしたら、自分だってこんな苦しみを愛する肉親に味わってほしくない。

 それはきっと、家族として愛しているからこそ出た言葉なのだと理解していたから。

 

「だけど、そう思っていたのに、私はお兄様を止めることが、どうしてもできませんでした。だって、この学園にいる時のお兄様は、本当に楽しそうに笑っていたから」

 

 黒鉄の家にいた時から去年まで、一輝は心の底から自分のために笑うことはなかった。

 それは、一輝自身とて自覚していた事だった。

 

「だから、私は思ったんです。もし、お兄様が自分の意志でここまで来たら、その時は、精一杯のエールでお兄様を送り出そうって」

 

 珠雫がそう言うと同時に、珠雫とバージルのさらに後方からざわめきが起こった。

 

「先輩! 頑張ってぇー!!」

「黒鉄くん! 会場までもう少しだよ!」

「次の新聞は先輩の特集記事で行くから! 絶対に勝ってくださいねぇー!」

「先生は信じてますよ! アナタがこんなところで挫ける男の子じゃないって!」

 

 飛び交う応援の声。

 そこにいたのは珠雫が駆け回って集めた、今まで一輝と関わりのある者たちだった。

 クラスの友人、自分に教えを乞うてきた弟子たち、去年の留年を庇ってくれた教師、選抜戦で闘った人も。

 全員が一輝と何らかの形で繋がった者たち。

 

「はは……僕もひどい奴だな。こんなにも応援してくれる人がいただなんて、思いもしなかったんだから」

 

 てっきり、そういう人は目の前にいる二人や、ここにはいないステラと有栖院くらいなのかと思いきや、自分の周りにはこんなにも想いを託してくれる人に溢れていたんだと、今さらながらに気付いた。

 そしてもう一人、自分たちの元へ走ってくる少女の姿が見えた。

 

「イッキッ!」

「ステラ……」

 

 力強い声が響き渡る。

 ステラはその手に持っている七星剣武祭代表に与えられるメダルを掲げた。

 

「イッキ。アタシは約束通り、七星剣武祭の代表になったわ!」

 

 本来であれば、まだ試合が始まってから間もないはずだというのに、既に試合を終わらせていた。ステラはこの応援に駆け付けるために、試合開始から僅か二秒という早さで決着をつけ、この場に急行してきたのだ。

 

「だから、イッキも勝って! 二人で行きましょう! 騎士の高みへッ!」

 

 ステラと交わした約束。

 改めてそれを伝えに来てくれたステラを見て、一輝の心臓が強く脈打つ。

 それによって冷えた体に熱い血潮が漲る。

 息をする度に痛む肺。薬物によって朦朧とする頭。疲労によって痛んだ体。

 しかし、だから何だというのだ。

 バージルが助けてくれた。珠雫が治癒してくれた。応援してくれる人がいる。そして、最愛の人が約束を果たしてくれた。

 これ以上望むのは罰当たりというものだ。

 

 するとバージルが、どこか思い詰めたようにこの光景を見ていた。

 

「何となくだが……お前の強さの理由が分かった気がする。そして、俺が追い求める強さの在り方も。しかし……」

 

 バージルは言葉を濁す。

 そんなバージルを見て、一輝は先ほど見ていた幻覚を思い出した。

 あの少年はきっと、バージルとの闘いや、会話を通じて把握した彼の本音の部分だったのかもしれない。

 自分になら、それが理解できる。

 《完全掌握(パーフェクトビジョン)》という、他者の自己(アイデンティティ)すらも把握することが出来る自分だからこそ。

 

「大丈夫ですよ。先生にも繋がりは作れます。いや、僕たちはもう繋がっているんです」

「……!」

 

 どうやら図星だったようだ。

 バージルは思っていたことを言い当てられた驚きで、目を見開いてこちらを見つめる。

 

「だから見ていてください。これから、先生と僕たちの繋がりを証明してみせます」

「……言ったな。この闘いで、勝つだけでは飽き足らず、この俺に講釈を垂れるというわけか」

 

 バージルはニヤリと笑い、一輝も同様に笑みを返す。

 彼には技術だけでなく、これからの闘いに向ける闘志を与えられた。

 であれば、その恩を返す。

 そうした繋がりで積み上がった大きな力。人間の力をバージルに示すのだ。

 

 一輝は学園に向き直り、胸を張って、ここにいる全員を見渡せる場所まで歩を進めて振り返る。

 そして、彼らに告げた。

 

「じゃあ、皆。勝ってくる」




ショタバージルは外伝漫画「Visions of V」で見られます。
子供の頃のダンテとバージルのやり取りも見られるので是非お手に取ってみてください(販促)
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