蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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《雷切》VS《落第騎士》

 

「お、バーやん戻ってきた。何かあったん?」

「何でもない。それよりも、そろそろ始まるぞ」

 

 バージルが外から戻るなり、彼は早々に席へ腰を下ろした。

 何の用件で呼び出されたのか見当もつかない寧々が問いかけたものの、返ってきたのは素っ気ない一言だけだった。

 気になった寧々は、さらに追及しようと口を開きかけるが、バージルの言葉通り、試合開始を告げる実況アナウンスが場内に響き渡る。

 

『ご来場の皆様! 大変長らくお待たせしました! これより、七星剣武祭代表選抜戦最終試合を開始します!』

 

 第一訓練場内に観客の歓声が沸き起こる。

 その歓声の多くは刀華に向けられたものだ。しかし、それも当然だろう。

 何故なら彼女は、この破軍学園においての序列第一位であり、七星剣武祭ベスト4の実力者。しかも、その人格も誰もが認めるほどの高潔な人物として知られているのだから。

 対する一輝は、この代表選抜戦で様々な強敵を打ち破ってきてはいたが、ここ最近のスキャンダルで根も葉もない悪評が振り撒かれているため、彼をよく知らない者たちからは冷ややかな視線で見られている。

 だが、それでも一輝をよく知る者たちからは、それが単なるデマだと気付いているため、微かではあるが彼への声援も聞こえてくる。

 すると間もなくして、実況の選手紹介が始まった。

 

『赤ゲートより今《雷切》が姿を見せました! この選抜戦を無敗で当然の如く勝ち上がってきた我らが学園の誇り! 今日もその伝家の宝刀で相手を一刀の下に断ち切るのか! 全生徒の期待を一身に背負って七星への階段を駆け上る! 三年《雷切》東堂刀華選手です!』

 

 刀華がゲートから現れ、リングへ上る。

 日常生活ではいつも掛けている眼鏡を外しており、その目は常に柔和な彼女とは似ても似つかない鋭い視線を向かいの青ゲートへ真っすぐに向けていた。

 そしてその表情には、微かな笑みをたたえているが、それはどこか獲物を捕食する獣のような印象を受ける。

 

「な、なんか今日の会長……すごくね?」

「うん……真剣なのは変わんないのに、圧がいつもより……」

「こりゃ一瞬で終わるかもな……」

 

 観客たちはその立ち振る舞いに、いつも試合で見ていた彼女とは違った、ただならぬ気配を察して思わず息を呑んでいた。

 

『そして青ゲートから登場するは、何とFランク! しかし、侮ることなかれ! 何故ならこの男は落第の烙印を背負いながら、数多の強敵を相手にして勝利してきたのだから! 誰にも認められなくとも、誰にも相手にされなくとも、その快進撃は留まることを知らず! 果たして今宵もこの逆境を覆す奇跡を起こすのか! 一年《落第騎士(ワーストワン)》黒鉄一輝選手ッ!』

 

 青ゲートから一輝が現れると、観客たちは彼の変わり果てた姿にどよめく。

 何故なら、その姿は誰がどう見ても半死半生の様相だったからだ。しかし一輝はそんな見た目に反し、しっかりとした足取りでリングへと上がる。

 そして観客たちのどよめきは、すぐに別の意味を帯び始める。

 その原因となったのは――その表情だ。

 

 見るからに死に体であるにも関わらず、その目は一点の曇りもなく透き通っており、刀華の圧を貫くかのように鋭い剣気を発していた。

 

「おいおい、あれがあの黒鉄か……?」

「というか、何であんなボロボロ……でも、なんか……」

「うん、これもしかしたら……!」

「やってくれるかも!」

 

 一輝の立ち姿に何を思ったか、観客席の生徒たちの応援の声に一輝の名を呼ぶ声が増え始める。

 そう、彼らは期待しているのだ。もしかしたら、あの《狩人》との試合のように満身創痍の体を引きずってでも勝利を掴み取る、一輝の姿を。

 そして程なくして一輝と刀華の声援は拮抗状態となった。

 最早スキャンダルによる悪評など、どうでもいいとばかりに観客たちの興奮のボルテージは最高潮に達する。

 そして、そんな中で冷静にこの状況を見ているのは歴戦の魔導騎士たち。

 

「あれが刀華の相手か。なるほどのう……確かにバージル君が気に掛ける理由も分かるというものじゃ」

「南郷先生も分かりますか?」

「もちろんじゃ。あの表情を見れば一目瞭然。あやつは今、決死の覚悟を以てこの場に立っておる。観客すらもその雰囲気に呑まれておるようじゃ。まさか黒鉄にあのような男がいたとはのう……」

 

 一輝を褒め称える南郷の姿に思わず笑みが零れる黒乃と寧々。

 しかし、その言葉に不安になったのか冷や汗をかきながら赤座が南郷に尋ねる。

 

「で、ですがぁ、まさか南郷先生の弟子である《雷切》が負けるはずはないですよねぇ……?」

「こればっかりは儂にも分からん。確かに刀華の《雷切》は覚悟だけで何とかなるようなものではない。それにあの体のこともあるしのう。じゃが、バージル君の言っていた通り、一刀のみであれば勝ちの目も生まれよう。あとは、あの小僧の実力次第じゃな」

 

 あの伝説とも言われる《闘神》ですら、この試合の行く末を判断しかねる程に一輝と刀華の気迫は伯仲している。

 しかし、そこに口を挟んだのは意外にも寧々だった。

 

「でもさ、それはあくまでとーかが《雷切》を放つ距離まで近づかせたらっていう前提の話だろ? 黒坊があんなに疲弊してんなら、一刀を振らせる隙も与えずに遠距離で封殺しちまえばそれで終わりじゃね?」

「……ッ! 確かに、そのとーりですよぉ! さすがは《夜叉姫》ですねぇ!」

 

 寧々の言った言葉に便乗し赤座がそれだ、とでも言うように顔を綻ばせる。

 

「……別にアンタを喜ばせるために言ったわけじゃねぇんだけどねぇ。ただ現実問題として、とーかに取れる選択肢は黒坊よりも遥かに多いってことを言いたいだけさ」

 

 落ち込んだり喜んだりと、何とも忙しない表情の変化を繰り返す赤座に呆れつつも、黒乃は「確かに……」と寧々の意見に同意する。

 赤座の機嫌を取るようで癪だが、刀華には《雷謳》と呼ばれる伐刀絶技(ノウブルアーツ)が存在し、雷を遠距離で放つことができる。

 それで一輝を近づかせぬように立ち回ることで封殺することは可能だ。

 しかも、仮に一輝が《一刀修羅》で突貫したとしても、《雷切》をフェイントに使い、渾身の一刀を空振りさせれば、それだけで一輝は自滅する。

 一輝に取れる手立てが一つしかないにも関わらず、刀華にはこの試合に勝つために取れる手段が幾つも存在するのだ。

 

「いや、それはない。東堂は必ず《雷切》で迎え撃つ」

 

 バージルがはっきりと断言する形で言い放った。

 その言葉に赤座がまたもや、苦々しい顔をしてバージルを睨みつける。

 

「ま、また貴方ですか……!」

「おいおい、バーやん。それはどういうこったよ。とーかがそんなことも分からない馬鹿だって言いてえの?」

 

 しかし、これには寧々も少しだけバージルに対してやや棘のある言葉をぶつけてきた。

 確実に勝つための手段を持ちながら、それをあえて実行しないというのは相手に対する侮辱にもなり得る。

 刀華は仮にも寧々の妹弟子であるが故に、彼女がそんな無礼な行為をするはずがないと思ってバージルに詰め寄ったのだ。

 

「違う。勝つための手段は東堂も十分知り得ているだろう。俺が言っているのは奴の美学。……いや、誇りと言ってもいいだろう。それを奴が曲げることはないだろうという事だ」

「誇り……? それは、どういうことだよ?」

 

 寧々はバージルを訝しげに見つめる。"誇り"というが、それが刀華の取る戦法と一体何が関係しているというのか。

 

「以前、東堂とやり合った際、奴は《雷切》を俺の《次元斬》に対してわざわざ打ち合わせてきたことがある。何の策もなく、ただ試したいがためにそんなことをしようものなら、叱責の一つでも飛ばしてやるつもりだったが、奴は本気で俺の技を超えるつもりだった」

「……ッ!」

 

 《次元斬》の脅威は誰もが知るところ。

 それでも、刀華は本気で自らの《雷切》こそが最強であるという自信があったのだ。

 

「東堂はお前たちが思っている以上に、自らの技に絶対の信頼を置いている。そんな奴が自分の得意な領域で挑まれ、そこから逃げ出すなど、奴自身がそれを許さんだろう」

「……んっふっふ。何を言うかと思えば、誇りなどというもので確実な勝利を遠ざけるなど、馬鹿のすることですよぉ。ねぇ、他の皆さんもそうは思いませんかぁ?」

 

 赤座が同意を求めるように三人の顔を窺うが、誰もその言葉に賛同するようなものはいなかった。

 むしろバージルの言葉の方に理解を示したような表情を見せたことで、赤座はただただ困惑するしかない。

 しかし、それも当然だろう。赤座もまたこの場にいる者たちと同じ伐刀者(ブレイザー)の端くれではあるが、戦士ではない。

 赤座が目を向けている三人はその戦士の中でもある種、その力を極め尽くした者たち。

 そんな彼女らには、たとえ他人に馬鹿にされようと、理屈や道理に反することだろうと、誰にも譲れない自己(アイデンティティ)を抱えながら生きてきた。恐らくそれはバージルも同じ。

 刀華にとっての《雷切》とは、正に自分たちと同じ、誰にも譲れない自身の自己(アイデンティティ)なのだ。

 

「……なるほどなぁ。そりゃ確かにバーやんの言うことに納得だぜぃ」

「ふっ、東堂との一戦だけでそこまで見抜くとは、よく生徒の事を見ているじゃないか。ここに赴任する前のお前に見せてやりたいよ」

「ひょっひょっひょ。あの時のバージル君は尖ったナイフじゃったからのう。随分と丸くなったもんじゃ」

「チッ……黙っていろ」

 

 バージルをからかう三人を前に何も言えなくなってしまった赤座は、苦虫を噛み潰したような顔でリングへ視線を戻すしかなかった。

 

(ふんっ! まぁ、ここにいるのは常識外れの連中ですから、そう思うのも仕方ありません。それに、ただの試合ならともかく、七星剣武祭への出場枠を賭けているのですから、そんなリスクを負うような真似はしないでしょう。それよりも一輝クンが敗れた時の貴方の顔が楽しみですよ……)

 

 今の今までバージルにしてやられてしまっている赤座としては、ここまで大それたことを言っているバージルの思惑が外れた時に見せる表情を思い浮かべることで、少しでも留飲を下げるのだった。

 

*********************

 

 

「黒鉄くん。まずは貴方に謝らなければなりません」

「謝る……?」

 

 突然、そう言いだす刀華の言葉に、全く心当たりがない一輝が何事かと首を傾げる。

 むしろこんな謀略に無理矢理巻き込んでしまった刀華に自分の方が謝るべきだとも思っていたのだが。

 

「私は黒鉄くんがどのような状況に置かれていたかは知っていました。だからこそ、私は願っていたんです。貴方がこの場に来ないようにと。満身創痍の貴方を打ち倒したとしても、その勝利には何の価値もないと思っていましたから。ですが、今の貴方を見ればわかります。どれほどの覚悟を持ってここまで来たのか。そんな誇り高い騎士に、少しでもそのような願いを抱いてしまったことを詫びさせてください」

「それは……むしろこちらこそ、本当に申し訳ないです。こんなことに東堂さんを巻き込んでしまって……。だから、東堂さんが謝ることなんて一つも――」

「いいえ。それだけじゃないんです」

 

 刀華は一輝の言葉を遮り、獰猛な笑みを浮かべながら霊装である《鳴神》を顕現する。

 

「だって私は、貴方がどんな状況なのかを知っているというのに、それでも……気持ちが高ぶって仕方がないんです。今の貴方と()れたら、どんなに楽しいかって……!」

「……ッ!」

 

 口の端をさらに吊り上げながら、刀華は《鳴神》を構える。

 もはやその表情は試合開始が待ちきれないとでもいうような顔。

 彼女から発せられる圧はまるで、物理を伴って一輝に叩きつけられるようでもあった。

 しかし一輝は、それでもなお堂々とその圧を受け止める。そして、刀華と同じように笑みを浮かべた。

 

「それは僕も同じですよ。ここに来るまで色々な人が助けてくれました。その人たちに報いるためにも、恥じない剣を見せるつもりです」

 

 自らの愛刀である《陰鉄》を右手に顕現させる。そしてそのまま、刀を持つ右手を持ち上げ、切っ先を刀華に向けながら宣言する。

 

「僕の最弱(さいきょう)を以って、貴女の雷切(さいきょう)を打ち破る……!」

「ふふっ、最後の選抜戦が貴方で良かった……! 全力で受けて立ちます!」

 

 これで互いに言いたいことも言い終わった。

 互いに少しだけ抱いていた罪悪感を全て拭い、純粋な闘気だけがリング上を埋め尽くす。

 あとは、剣で語るのみ。

 それを見計らったかのように、実況のアナウンスが場内に響き渡る。

 

『お互い言葉を交わし、霊装を手に向かい合います。果たして七星剣武祭の代表枠を掴み取るのはどちらになるのか! さあ、皆さんご唱和ください!

――LET's GO AHEAD!!』

 

 試合開始の合図が出た瞬間

 

「《一刀修羅》ァッ!!!」

 

 一輝は叫ぶ。そして体から迸る蒼い魔力光。誰の目から見ても分かる《一刀修羅》の使用によって起こる現象だ。

 観客たちはこの一輝の行動にどよめく。

 《一刀修羅》はこの場の全員の知るところ、相手の思考や行動を看破し、確実に勝利ができる盤面を整えてから出す《落第騎士(ワーストワン)》の切り札。

 それは、この伐刀絶技(ノウブルアーツ)の弱点である、たった一分間という制約があるからこそ必要な前段階の手順だ。

 この選抜戦に参加していない生徒たちですら分かっているセオリーを、あえて無視した一輝に対して、場内の観客たちはその行動を無謀と取る。

 一輝もそれは分かっている。

 だが――

 

(僕は最初から決めていたんだ……! 彼女の《雷切》を攻略すると……!)

 

 刀華と出会ってからずっと考えていたことだった。

 彼女の代名詞ともなっている伐刀絶技(ノウブルアーツ)《雷切》。

 それを乗り越えずして彼女に勝ったと言えるのか。

 もちろん、それを出させずに勝つことも立派な勝利と言えるかもしれない。

 しかし、一輝にはそれを乗り越えるための技術を授けてくれた人がいる。

 

(先生……)

 

 バージルが教えてくれた『魔力制御』の技術。

 あの日からというもの、毎日欠かさず鍛錬に勤しんだ。

 魔力が少ないが故に十分な鍛錬を積めたとは言えない。

 しかし、今この瞬間に至っては一分もいらない。

 

(たった一秒。いや、たった一瞬……あの人に並べれば、それでいい……!)

 

 しかも今回使用する技術は以前バージルの見せた防御ではなく、攻撃。

 相手からの斬撃に対してそれに合わせるのではなく、自分が斬撃を振るう瞬間に対して魔力放出を行うのであれば、その難易度は防御のときよりも遥かに低い。

 どの瞬間に、どの部位に魔力放出を行えば最適であるかは、肉体の制御を誰よりも熟知している自分に掛かればたやすい。

 ならばもう、相手の思考や行動を読む必要はない。ただ単純に己の全てをぶつけるだけだ。

 

「第七秘剣――雷光ッ!!」

 

 繰り出すは自分の持ち得る中でも最速の秘剣。

 雷光の名の如く、一輝は光となって刀華へと駆け出した。

 対する刀華は――

 

(やはり、そう来ましたか……)

 

 刀華の伐刀絶技(ノウブルアーツ)閃里眼(リバースサイト)》によって一輝の思惑は既に筒抜けだった。

 故に彼のこの行動は予め知れていたもの。

 だからこそ、それに対する応手として渾身の一刀をただ避けるだけという考えも一瞬だけ浮かんだ。

 だが――

 

(そんなの冗談じゃないッ!)

 

 刀華はそんな選択肢を一瞥もせず、その場で切って捨てる。

 わざわざ自分の領域に土足で踏み込む一輝に逃げ出すようなことをすれば、それは彼に対してではなく自らに対する裏切りだ。

 そんなことで彼に勝利したとして、それを誇りに思えるものか。

 以前バージルによって敗れ、不敗ではなくなってしまったが、それでも《雷切》は未だ自分にとって勝利の象徴。

 

(受けて立つ! この最強の《雷切》で!)

 

 腰を落とし、居合の構えを取りながら《鳴神》の鞘に稲妻を送り込む。

 それによって刀身が超電磁砲の原理で射出された。

 

「《雷切》――――!!!」

 

 放たれた刃はプラズマの輝きを以て、迫りくる一輝を迎撃せんと振り抜かれる。

 そして既に刀華に肉薄していた一輝も同様にそれに合わせるように渾身の一刀を振るう。

 一輝は脳のリミッターを外したことにより、目に見える全ての時間がゆっくりと流れだし、互いの剣筋が交差する刹那を知覚していた。

 

(……ッ)

 

 自らの剣が振るわれる速度と《雷切》の速度は互角。

 だが互角では雷の力を纏っている刀華に分がある。

 しかし一輝はこの状況でもなお、焦ることはない。

 何故ならば、この展開自体は予測していたことだからだ。

 

(ここからだッ!)

 

 この刹那《陰鉄》と《鳴神》がかち合うであろうこの瞬間を待っていた。

 今こそ一輝は思い出す。自分の記憶の中で最速の剣の記憶を。

 それを繰り出していたのは自分でも、目の前の刀華でもない。

 思い出すのは恩師であるバージルの剣。

 あの時に教えてもらったことを、ただ実行するだけだ。

 

 まずは『魔力制御』。自らの体から放出されている蒼く迸る魔力を一点に集中させる。

 集中させるは、今振り抜こうとしている右腕だけ。

 既に他の部位は振り抜くための役割を終えているため、除外する。

 体中に張り巡らされていた魔力を、ただ一点に。

 右腕が蒼く光りだし、蒼い奔流が腕の内側で唸りを上げる。

 血管が焼けるように熱くなり、皮膚の表面にまで微細な震えが走る。

 まるで、右腕が別の何かに変貌してしまうような感覚すら感じる。

 

(まだだッ……!)

 

 自らの能力《身体能力倍加》の能力を右腕にのみ適用させる。

 今の魔力制御を身体全体に適用させた場合、その倍率は数百倍にもなるだろうが、その全てを右腕に適用させたことにより、その倍率を千倍にまで跳ね上がらせる。

 このまま振り抜いてしまえば、自分の腕が消し飛ぶかもしれない。そんな恐怖が一輝を襲うが、それでも止めない。

 しかし――

 

(まだだッ……! まだ、あの人には届いていない!)

 

 これほどの覚悟を以てしても、全てを絞りつくしてもなお、バージルのあの絶技には未だ届かない。

 ここに来る前に約束した、彼との繋がりを証明するという約束を果たせない。

 それでも、諦めるな。あと一押しのはずだ。

 

 力を……

 もっと、力を……!

 

 一輝は必死になって何か、力となるようなものを自分の中で探し出す。

 だが既に全ての魔力は右腕に集中している。肉体も既に限界ギリギリだ。

 これ以上何がある。

 しかしふと、自分の右腕を見やる。

 

 その手に握られている、自分の霊装が視界に入った。

 

(――――これだッ!! 僕に力を貸してくれ!! 《陰鉄》ッッ!!)

 

 自らの魂を具現化した霊装である《陰鉄》。

 その刀身の背の一部分を、この一振りに耐えられるであろう限界まで溶かし、それによって生み出された魔力をさらに右腕に集約させ、速度を上げる。

 これで本当に全てだ。

 全てを集約し、目標を定めて、あとはただ思い切り振り抜くだけ。

 

「――――――――――――――――ッッ!!!」

 

 声にもならない裂帛の気迫を以て、右腕が千切れそうになる痛みに耐える。

 その一刀は速度と言った概念を超越し、一輝は真実、"魔"の領域にまで手を伸ばす。

 そして、ついに互いの刀が重なり合う瞬間

 

 微かに不気味な音が聞こえた。

 その音が聞こえたのは、一輝と目の前にいた刀華だけ。

 まるで空間が悲鳴を上げたような重低音。

 その音の源となったのは、正に一輝が振り抜いた斬撃の軌跡から。

 二人は以前、これと同じ音を聞いたことがある。

 そして、互いにとってあまりにも衝撃的だったため、忘れようにも忘れることが出来ない絶技。

 バージルのように斬撃を飛ばす事こそ叶わないが、しかしその一刀は目の前の空間そのものを斬り裂く、絶対なる斬撃。

 

 正に《次元斬》の再現だった。

 

 互いに霊装を振り抜いた衝撃で大気が弾け、衝撃音を轟かせる。

 不思議なのは、交錯したはずの刃が何の抵抗もなく、互いの斬撃の軌跡をそのままなぞっていたこと。

 故に観客たちはどちらが勝利したのかが分からず、固唾を飲んで見守る。

 そして、しばらくたった後、唐突にそれは訪れた。

 

 刀身の半分が音を立てて地面に落ちる。

 

 折れた刀の持ち主。

 刀華と共に手に持っていた《鳴神》が音を立てて崩れ落ちた。

 

 未だこの衝撃から立ち直れていない観客たちが呆けている中、一輝は倒れ伏しそうになる自分の体を何とか保つ。

 そして一輝は一部欠けたことによって歪な形となった自分の霊装である《陰鉄》と共に、血に塗れた右拳を天に掲げた。

 

 それを見た観客たちは理解する。

 この決闘の勝者の名を。

 

 勝者は――《落第騎士(ワーストワン)》黒鉄一輝。

 

 

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