蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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合宿

 

 七星剣武祭代表選抜戦が終わってからというもの、一輝は一週間以上も眠り続けた。

 査問会による度重なる薬物の投与や、その間に罹ってしまった病など様々な要因はある。

 しかし、一番の原因は新しく編み出した伐刀絶技(ノウブルアーツ)《絶刀羅刹》の使用による反動だった。

 魔力を集中させた右腕は肩から千切れかけるほどの重傷だったが、それ以上に右腕以外の身体におけるダメージが深刻だったのだ。

 何故、他の部位が重傷だったのか未だにこれといった原因は特定できていない。

 魔力を集中していた右腕だけが衝撃から守られ、逆に魔力に覆われていなかった他の部位に、その分のダメージが分散してしまったのか、はたまた別の要因なのか。

 しかし再生槽による治療によって時間は掛かったものの一輝は全快し、今はもう以前と変わらず過ごせているため、そうなってしまった原因に関しては一先ず置いておくこととなった。

 

 スキャンダルの件に関してはステラの父親であるヴァーミリオン国王が不快感を示したことにより、日本のメディアと日本の連盟支部は、これ以降の一輝に対する責任追及を取り止めることとなった。

 それによって今回の事件の事を大きくした倫理委員会の委員長であった赤座は責任を取り、失脚することとなった。そのことを赤座本人が知ったのは病院のベッドの上だったわけだが。

 兎にも角にも一輝とステラを巻き込んだ今回の騒動は一応の決着がつき、終息を迎えていた。

 

 そして、七月下旬。

 破軍学園は夏休みを迎え、一般の生徒たちは帰郷し思い思いの休暇を楽しんでいた。

 しかし七星剣武祭に参加する代表生たちにとっては重要な訓練期間となるため、破軍では毎年強化合宿を行うこととなっている。

 例年であれば破軍が所持している奥多摩の合宿施設を使用することとなっているが、例の『巨人事件』が未解決事件として迷宮入りしたため、安全面を考慮し今回は山形にある巨門学園が所持している合宿施設を利用させてもらうこととなっていた。

 もちろん巨門学園の生徒もまた七星剣武祭に参加する代表生がいるため、二校の合同合宿となる。

 

 バージルはというと、その合宿にコーチという立場で参加していた。

 巨門側でもプロの魔導騎士のコーチを用意してもらってはいるが、場所まで提供してもらっておいてその上、コーチ陣まで丸投げというのは体裁が悪い。

 そこで黒乃の方で一人、破軍側の教師の中からコーチとして帯同させるという手配を進めることとなった。

 とはいえ七星剣武祭に出場する選手を教えられるレベルの騎士となると、相当に数が絞られる。特に一輝やステラなどは、下手な魔導騎士では相手にすらならない。

 そのため黒乃や寧々でなければ務まらない役回りではあるが、あいにく二人はその期間、大阪へ出張することとなっていた。

 実はというとバージルも同様に黒乃に監視という名目で共に大阪へ行くことになっていたのだが、日本支部襲撃以降の彼の素行に問題はないということと、実力的にも申し分ないということで彼に白羽の矢が立ったのだった。

 

 そんなバージルは現在、巨門の合宿所にある模擬戦用のリングにて、ステラと実戦形式の訓練を行っていた。

 相変わらずバージルとの訓練は《実像形態》という危険が伴うものではある。

 だがステラは、そんなこともお構いなくバージルへと自らの剣型霊装である《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を、本気で殺すつもりで叩き込もうと踏み込んだ。

 しかしそれも当然。

 目の前の男がその程度で死ぬわけがないと、学園の中で思い知らされているステラにとっては、むしろそれくらいの覚悟がなければ失礼にあたると知っているからだ。

 

「ハァァッ!」

 

 並の伐刀者(ブレイザー)であれば、そのまま叩き潰されてもおかしくないであろう剛剣がバージルへと振り下ろされる。

 対するバージルは試合開始から既に抜かれていた刀身をステラの剣に沿わせるように受け流した。

 

「――ッ!」

 

 簡単に受け流されたことで、悔し気に表情を歪めるステラ。

 だが、それで大人しくなるようなステラではない。それに自分の剣が軽くいなされるのは想定の範囲内。

 ステラは受け流された勢いのまま一回転しながら横凪ぎに斬り払う。しかし、それもまた今度は斜め上方向に逸らすように打ち上げられてしまう。

 

「こんのぉッ!」

 

 苛立ったようにステラは全ての斬撃を受け流されながらも、果敢に攻め手を緩めない。いや、緩めることが出来ない、と言った方が正しい。

 今の自分では彼が攻勢に打って出た場合に勝てる確率は皆無に等しい。

 もし少しでも反撃の隙を与えてしまえば、彼の神速の斬撃が襲い掛かって来るからだ。 

 とはいえ、このまま剣戟を続けたとしても決定打が見つからない。

 ステラの胸の中で徐々にだが焦りが生まれてくる。

 すると直後、バージルの目が僅かに細められたのが見えた。

 

(……まずい!)

 

 明らかな反撃の意志を察したステラは、すぐに勝負を決めるべく剣を引き絞り渾身の突きを繰り出そうとする。

 しかし――

 

「焦るな。愚か者が」

 

 バージルはステラの突きを上に弾くと、そのまま手首のスナップを効かせて刀をくるりと半回転し、逆手持ちの状態となる。

 そしてそのまま叱責するかのように柄尻をステラの鳩尾へ叩き込んだ。

 

「がはっ……!?」

 

 鳩尾を強打されたことにより横隔膜がせり上がり、肺の中の空気が押し出される。

 それによって思わず体がくの字に折れ曲がってしまうが、ステラは何とか気合でバージルから目を逸らさぬように努める。

 何故ならこんな大きな隙を見逃すほど、彼が甘い男ではないと知っているからだ。

 案の定、バージルは逆手のまま刀を横凪ぎに払うように振るうが、ステラは剣を盾のように構えて一撃を受け止める。

 

「ぐっ!」

 

 相も変わらずの馬鹿力で吹き飛ばされるが、剣を地面に突き立てることで勢いを殺して体勢を立て直した。

 未だ腹を突かれた衝撃で息が満足に吸えなかったが、思い切り息を吸い込むことで無理矢理肺の中に酸素をため込む。

 そして、吸い込んだ息を一気に吐き出すように(まじな)いを唱えた。

 

「喰らい尽くせ、《妃竜の大顎(ドラゴンファング)》ッ!」

 

 剣先に竜を模した炎が収束しバージルへ向かって放たれる。

 彼と初めての闘いにおいて使用された伐刀絶技(ノウブルアーツ)

 それを見たバージルは

 

「ふん、芸のない奴だ」

 

 以前と同じ状況で、同じ技を放ったステラにやや失望の籠った声で吐き捨てると、刀を再度半回転させることで順手に持ち替え、瞬時に炎の隙間を通って駆け抜ける。

 この試合を見ている観客たちの目には、バージルが瞬間移動でもしたのではないかと思うほどの速度でステラの前まで迫ったように見えた。

 そして同時にその場に立ち尽くしていたステラを袈裟懸けに斬りかかる。

 だがバージルの刀がステラの体を通過した途端、その体がまるで陽炎のようにゆらりと歪み消えていく。

 

「ほう……幻影か」

 

 これは、光の屈折で相手へ幻影を見せる伐刀絶技(ノウブルアーツ)陽炎の暗幕(フレイムベール)》。

 ステラの狙いは《妃竜の大顎(ドラゴンファング)》でバージルの視界を一時的に遮ったあと、幻影を張ることで隙を作り

 

「もらったぁああ!」

 

 背後から不可視化した状態での奇襲だった。

 

「気配が駄々洩れだ」

 

 しかし、その奇襲も虚しくバージルは即座に振り向き、ステラの剣を刀で受け止める。

 だがステラは奇襲が失敗したにも関わらず、その目にはこれで問題ないとでもいうような強気な光を宿していた。

 ステラは握っている剣の柄を強く握りしめ、押し出すかのように力を込め始める。

 

「うっらああぁああああああッ!!」

「……ッ」

 

 瞬間、《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》の刀身に炎が宿り、まるで爆発したかのような衝撃と共に剣へ推進力が加わった。

 斬撃が進む方向とは逆の刀身へ自らの炎を纏わせて爆発させることにより、自分の怪力を以てしても振り回されてしまう程のじゃじゃ馬となってしまっている。

 だが、それを補って余りあるスピードとパワーを両立させる事を可能としていた。

 これは最後の選抜戦で一輝の《絶刀羅刹》を参考に新たに作り上げた伐刀絶技(ノウブルアーツ)

 

「《妃竜の猛進(ドラゴンラッシュ)》ッ!」

 

 最早それは剣技ではなく、ただ重たい棒を振り回すかのようなモーションとなることで隙を晒してしまうが、斬撃の軌跡に遅れてやって来る摂氏三千度の炎がうかつな反撃を許さない。

 それでもなおバージルはその猛攻を防ぎきるが、徐々に後ろへと下がっていく。

 

(いける……! このまま押し切るッ!)

 

 今まで一歩も動かすことの叶わなかったバージルに後退という行動を取らせたことで確かな手応えを感じたステラは、このまま押し切ろうとさらに連撃のスピードを上げていく。

 そしてついに、バージルの持っていた《閻魔刀》が手から離れ、宙に打ち上げることに成功した。

 

(やった……! このままッ)

 

 ステラはとどめの一撃を放つため、地面を踏み砕く勢いのまま剣を振り下ろす。

 

「焦るな、と言ったはずだが」

 

 バージルは炎による推進力で突っ込んでくるステラの横を、まるで闘牛士のようにさらりと躱す。

 

「あっ……」

 

 しかも躱しざまに彼女の頭を進行方向に押し出したことにより、剣の制御がままならなかったステラはバランスを崩して前のめりに転倒する。

 バージルは上から落ちてくる《閻魔刀》をキャッチし、何事もなかったかのようにステラへと瞬時に近づいた。

 ステラはうつ伏せになった体を倒れたまま反転させ、追撃してきたバージルに反撃しようとするが、そのまま右腕を彼の脚に踏みつけられてしまった。

 そして刀身を自らの首元に宛がわれ、冷徹に自らの敗北が告げられる。

 

「勝負ありだ」

 

*********************

 

 試合が終わり、先ほどの改善点についてステラへ粗方伝えた後、バージルは模擬戦場の脇に退き、腕を組みながら壁へ背中を預けて休憩を取っていた。

 すると横から加ヶ美が二人の男女を連れて、こちらへ話し掛けてくる。

 

「先生、お疲れ様でした。どうでしたか? ステラちゃんは」 

「最後は悪くはなかったが、いかんせん格上との闘いに慣れていないせいか駆け引きが雑だ。……それよりも、後ろの奴らは誰だ」

 

 バージルが尋ねると、後ろにいた二人の生徒が加ヶ美の横に並び、先に女生徒の方が口を開いた。

 

「ご挨拶が遅れてすんません。ウチは『武曲学園』新聞部の八心いうもんです。そんでこっちが」

「『貪狼学園』新聞部の小宮山です。《魔剣士(ダークスレイヤー)》のお噂はかねがね。まさか、ここでお会いできるとは思いませんでした」 

 

 バージルは二人を一瞥するが、何故他学園の生徒がこちらにやってきたのか分からず、加ヶ美に尋ねる。

 

「それで、何故その新聞部が俺のところへやってくる。俺ではなく、七星剣武祭に出場する奴らの元へ行けばいいだろう」

「選手の取材も大事なんですけど……せっかく話題の《魔剣士(ダークスレイヤー)》に会えるなら、先生のことも取材しとかないとって。お二人に頼まれちゃいまして」

「…………」

 

 それを聞き、バージルは露骨に嫌そうな顔で眉を顰める。

 こういった手合いは、ある程度の時間が経ったことで落ち着いてきたと思っていたのだが、どうやらそうでもないという事に気付き辟易とする。

 すると八心がそんなバージルの雰囲気を感じ取ったのか、懇願するように両手を合わせる。

 

「ホンマお願いしますッ。こんなあからさまなネタが目の前におるっちゅうのに取材できひんなんて……」

「すみませんが、無理を承知で俺からもお願いします。少しだけでもいいので」

 

 二人が頭を下げる姿を見て、以前加ヶ美にも取材を頼みこまれた時と同じような状況となったことを思い出し、バージルはため息を吐く。

 他の学園の生徒故、断ってもいいかと思ったが、加ヶ美の前例から恐らくこれからもしつこく付き纏ってくるだろうということは想像に難くない。

 バージルはこれもまた人間を知るための修行だと思い、渋々ながらも受け入れることにした。

 

「……少しだけだ。それと、答えられない質問は黙秘させてもらうぞ」

「もちろん。それで構いません」

「いやーさすがは噂に名高い正義の代行者や。太っ腹やね」

 

 破軍での生活や《解放軍(リベリオン)》での一件などで情報が出回っていたことで、ある程度バージルの性格を知っていたのか、二人はぶっきらぼうな態度を取られても怯むことはなかった。

 それとも記者という人種はやはり神経が図太いのか、そう思っていると、まず八心から質問が来る。

 

「じゃあアタシから最初の質問やね。えっと……連盟の日本支部に襲撃掛けたって噂はホンマなんすか?」

 

 いきなり最近やらかしたことについて言及してきた八心に、横にいた加ヶ美と小宮山がぎょっとした表情になる。

 

「いきなりぶっこんできますね!? というかそれ私も聞きたかったやつ!」

「おい、そんな質問に答えられるわけが……」

 

 そんな喧しくなる三人を前に、バージルは静かに答えた。

 

「事実だ」

 

 まさかこんなにもあっさりと答えてくれるとは思っていなかったのか、三人は一瞬だけ固まってしまうがすぐに正気を取り戻した。

 

「えぇええ!? やっぱホンマなんや!」

「おほぉお! 早速特大ネタいただきましたぁ!」

「こ、これ俺らみたいな学生が聞いていいことなのか……?」

 

 加ヶ美と八心は思わぬ情報を得られたことに歓喜しているが、唯一小宮山だけは冷静に今の情報を聞いてもよかったのかと不安気な表情になる。

 

「ちなみに理由とかって聞かせてもらえたりします?」

「単に気に入らんことがあったからというだけだ。それ以上は言えん」

 

 何とも軽い理由でテロリズム的な行為を行ったと言うバージルに、若干引き気味の小宮山が尋ねる。

 

「き、気に入らないからって国の主要機関に殴り込み掛けるとか……。え、でも連盟からは何らかのペナルティを喰らったりとかは……」

「特にはない。次はないとは言われたが」

 

 それを聞いた三人は絶句する。

 普通であれば、そんな大事件を起こせば一発で追われる立場になるであろうことは確実だというのに、日本支部はそれを一度とはいえ何のお咎めもなく許した。

 そこから考えられることは、連盟がバージルという一個人をいかに恐れているのかということを示している。

 そして同時に連盟はバージルに対して完全に首輪をはめることができていないということ。

 一個人の暴力行為が許される。

 仮にこれが大衆に知られてしまえば、社会における平等が根底から覆されてしまう。

 だからこそ、これ以上踏み込んでは危険と判断した小宮山は、場の空気を変えるために無理矢理自分の質問に切り替える。

 

「うおぉっほん! ……では、俺からも質問させてもらいます。バージル先生は今後、KOKなどの公式戦に出られる予定はないのでしょうか。それほどの実力をお持ちなら、すぐにでも上位ランクに上がれそうなものですが」

 

 KOKと呼ばれる興業の試合。

 一体この世界の人間がどの程度できるのかを調べるために何度か見たことがあるが、確かに元の世界とは比べるべくもないほどに強者が多い。

 特に印象的なのは破軍学園で身近にいる《夜叉姫》西京寧々だ。

 彼女が相手ではダンテの仲間であるレディやトリッシュでも敵わないだろう。

 これまでに散々相手をしてきた伐刀者(ブレイザー)たちには落胆しかなかったが、彼女が相手であれば多少は楽しめそうだ。

 とはいえ――

 

「多少の興味はあるが、出る気はない」

「そうですか……理由をお聞きしても?」

「今はこの仕事で手一杯だ。それに、勝てる闘いに自ら赴くほどではない」

「……ッ! それは、すごい自信ですね……」

 

 そう、あくまでKOKの試合を見た限りでは、少しは楽しめそうと思うだけ。

 死力を尽くしての勝負となると、やはりダンテかネロとの勝負でしかあり得ない。

 今はこうしてやることがある以上、そういった暇潰しに興じる時間は無いと思っての正直な気持ちだった。

 

 学生である三人はそんな自信過剰とも取れるバージルの発言を、それでも否定することが出来ずにいた。

 彼が連盟に入る前の行動や、連盟の彼に対する扱いを知っている者からすれば、それが単なる世迷い事とは片付けられなかったからだ。

 

「では逆に先生が闘ってみたいと思う伐刀者(ブレイザー)はいますか? 連盟所属の魔導騎士以外でも構いません」

「そうだな……。一人だけ、興味がある」

「おぉ! 一体誰ですか」

 

 バージルは以前、この世界について本で学んだ時に出てきた名だたる伐刀者(ブレイザー)たちの名前を思い出す。

 《暴君》、《白髭公》、《超人》等々。

 それらの人物たちは各種勢力の頂点として君臨し、その三者の実力は拮抗しているのだという。

 しかし、それらの実力者たちからも逸脱した例外とも呼ばれる存在。

 その人物はどうやら、この世界において絶対の強者として君臨していると、その本の中に載っていた。

 曰く『世界最強』。

 その文にバージルは興味を抱いた。そしてそう呼ばれる人物にも。

 出来るのであれば会って闘ってみたいとすら思った。

 バージルはその人物の名を答えようとゆっくりと口を開く。

 

「そいつの名は――」

 

*********************

 

 試合が終わってからというもの、ステラはバージルに負けた悔しさから一輝と共に合宿所から十キロほどの繁華街までを気晴らしにランニングをしていた。

 しかし目的地についてもステラの鬱憤は晴れず、先ほどの試合を思い出したのか地団駄を踏んでいた。

 

「っもぉおおおおおおお! せっかく良い所までいったと思ったのぃいい!」

「ははは……でも驚いたよ。先生の刀を弾き飛ばすなんて」

 

 ステラの新しい伐刀絶技(ノウブルアーツ)の連撃は彼女の長所である力をさらに特化させることにより、対処を難しくさせていた。

 あの技を出されてしまった場合、生半可な技術ではそのまま押し潰されてしまうだろう。

 

「だとしても嬉しくないわ……。イッキも分かってるでしょ。先生が手加減してたって」

「……うん、普段だったら力尽くでそのまま打ち返せるところを、わざわざ受け流してたりしてたから。多分、かなり魔力を制限して闘ってたんだろうね」

 

 バージルが本気を出せば、恐らく今の自分たちは歯牙にもかけられない。

 故に普段の訓練では彼は常に手加減を心掛けている。

 それは、彼の実力をよく知る二人だからこそ分かることだった。

 

「それなのに、あんな簡単にあしらわれるなんて。ハァ……自信失くすわ……」

 

 ステラが遠い異国の地である日本にやってきた理由は、さらなる上を目指すため。

 天才である自分が奢らぬよう、より強い相手と出会うことで思い上がることがないようにという戒めのためだった。

 だが、ここ最近の自分は一輝やバージルといった本当の強者には勝つことが出来ていない。

 一輝に敗北した刀華にも今は互角の戦績。

 確かにこの過酷な環境はステラが求めていた状況ではあったが、実際にこうも負け続けているとへこんでしまうのも止む無しというものだ。

 それに何度かバージルとこうして闘っていると、ステラの中で一つの疑問が浮かんできていた。

 

「……ねぇイッキ。先生の魔力量ってアタシを超えてるんじゃないかって時々思うんだけど、どう思う?」

「え? それはどういう……」

「自惚れではないけどアタシが力負けするなんて、よっぽどのことがない限りあり得ないと思うのよね。もちろん、能力を併用して上回るとかはあると思うけど、先生って純粋な力でアタシを超えているじゃない? つまりそれって……」

「単純な魔力量がステラよりも多いからってことか。でも確かにあり得ないことじゃないのかもしれない。実際、その片鱗を僕たちは見ているわけだしね」

 

 一輝は以前、連盟のデータベースに登録されているバージルの能力値を見たことがあるが、運以外のステータスは全てAランクとなっている。

 つまり魔力量も当然Aランクなのだが、その細かな数値は不明だ。

 だが、奥多摩の合宿所で見た《次元斬・絶》。

 見ているだけで怖気が走る程の強烈な魔力の奔流を思い出す。

 あの技を繰り出した後もバージルは大して消耗をしていなかったようだった。

 もしあれが何度も放てるのであれば、ステラを超えた魔力量を持っていてもおかしくない。

 

「でももし本当にそうだったんだとしたら、一体誰が勝てるのかしら」

「昔は弟さんには負けていたって言ってた。今は互角らしいんだけどね」

「え? そうなの!? あっ、でもそういえば自分の子供にも腹を刺されたって言ってたわね……。身内には弱いのかしら」

「先生に勝てるかもしれない人たちが無名なのが不思議だけど、まぁ先生自体も謎の多い人だからなぁ。他に勝てそうな有名どころで言うと――」

 

 一輝は顎に手を当て考える。

 身近な人でいえば黒乃や寧々なのだが、もし本当に魔力量がステラよりも多いのであれば結果は分からない。

 となると安直な答えになるかもだが、とある人物がパッと思い浮かんだ。

 

「「《比翼》のエーデルワイス」」

 

 奇しくも二人の頭の中に出てきた答えは、同じ人物だった。

 強すぎるあまりに捕らえることを諦められた『世界最悪の犯罪者』。

 それと同時に剣の頂点として君臨し、『世界最強の剣士』とも言われている女性。

 

「実際の《比翼》を見たことがないから分からないけど、それでも先生に勝てるとしたらやっぱりそうなるのかな」

「でも、この学園に来るまでは《比翼》と同じような境遇だったわけじゃない? 実際、連盟も捕まえることを諦めて懐柔しようとしたわけだし。もしかしたら……」

 

 強すぎるがあまり、世界中から捕らえることを諦められた《比翼》。

 それとは逆にバージルは連盟が取引を持ち掛けることでこちら側に所属する形となってはいるが、それは数多の魔導騎士が束になっても彼を捕らえることが出来なかったが故。

 言ってしまえばこの二人は、人間が作り出した法をそのまま踏み潰してルールを捻じ曲げてしまえる存在という事になる。

 だからこそバージルの対抗馬として、《比翼》が槍玉に挙げられたのは至極当然のことなのかもしれない。

 

「見てみたいな。《比翼》と先生の勝負」

「そうね。でも《比翼》が日本に来ることなんてそうそう無さそうだし、夢物語よね」

 

 二人はそんなことはあり得ないとでも言うように談笑し、今後の七星剣武祭で気になる選手についての話題で花を咲かせる。

 

 だが――

 

 ステラは知らなかった。

 とある事情で《比翼》が日本に来ていることを。

 

 一輝は知らなかった。

 これから数日後に起こる波乱の一日の中で自分と《比翼》が相対することを。

 

 二人は知らない。

 その中で《比翼》と《魔剣士》が邂逅することを。




バージルプロフィールです。
所属:破軍学園
伐刀者ランク:A
伐刀絶技:《次元斬》
二つ名:魔剣士
人物概要:破軍学園教師

攻撃力:A
防御力:A
魔力量:A
魔力制御:A
身体能力:A
運:F

「もしあの時、逆の立場だったら俺たちの運命は違ったのか」というバージルの言葉から、やっぱり運はFなんじゃないかと思ってます。
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