合宿が終了した翌日の朝。
破軍の生徒たち一同は学園に帰るため、合宿所で待機しているバスの前に集合していた。
その集団の中には生徒会の面々も含まれている。
今年出場する七星剣武祭代表生たちのため、刀華は各生徒の戦術コーチを担当し、他の面々は雑事などを担当してくれていたのだ。
代表生や生徒会の生徒たちが全員いることを確認し、そろそろ出発しようとした時、突然バージルの懐から電子手帳の着信が鳴り響いた。
「む……」
それに気付いたバージルはジャケットの裏側にあるポケットから電子手帳を取り出し、呼び出し元を確認した。
(厳か……)
電子手帳に映し出されていたのは、黒鉄厳の名前。
厳からこうして連絡を寄こすのは初めてだったため何とも珍しいものだ、と思うと同時に何か緊急の事態でも起こったかと察したバージルは、すぐに電子手帳の通話を開始する。
「一体何の用だ」
挨拶もなく開口一番にそう言い放ったバージルに厳は特に気にすることなく、すぐに要件を答えた。
「君がいる近くで事件が発生した。それの解決に当たってもらいたい」
「何?」
思わず聞き返すバージル。
これから学園に帰るという時に何ともタイミングが悪いものだと、思わず舌打ちを漏らす。
「この付近の魔導騎士はどうした。今日は俺以外にもコーチとして来ている巨門の魔導騎士がいたはずだ。それに南郷もいただろう」
今回の合宿で巨門学園側でコーチとして用意された魔導騎士に事件を対応させればいいものを、わざわざこちらに仕事を割り振ってくる理由が分からず理由を問いただす。
ちなみに南郷がここにいる理由は一輝が巨門の用意したコーチ全員を倒してしまったため、巨門側の面子のために緊急で呼び出されていたのだ。
バージルとしては南郷の実力を合宿中の一輝との訓練でしか見ていなかったが、数々の逸話とあの寧々の師であるというならば、今回の事件に一人で十分対応できるだろうと思っていた。
『何故か
「組織的な犯行なのか?」
『いや、わからない。各々のグループには特に繋がりがないことは分かっているが、どこかで示し合わせて戦力の分散を図ったのかもしれん』
「ここに学生騎士がいるが、こいつらは?」
『君が来てくれれば、特例招集をかけるほどではない』
そう言うと同時に電子手帳に場所が表示される。有無を言わさぬ厳の態度に思うところはあったが、魔導騎士である以上は上の判断には従わなければならない。それについ最近、連盟支部に襲撃を掛けた件もあるため、あまりこれ以上反抗するのも問題になるだろう。
バージルは仕方がないとばかりにため息を吐き、目の前にいる一輝たちに事情を説明する。
「というわけだ。俺はこの事件を片付けてくる」
「何ともタイミングが悪いですね」
「全くだ。帰りはこちらで何とかする。お前たちは先に帰っていろ」
事件自体はすぐに片が付くとは思うが、その後の事後処理で時間を喰ってしまうだろう。となれば、わざわざそんなことのために長時間待ってもらう必要もないと思い、生徒たちは先に帰らせることにした。
バスがエンジン音を立てながら走り去るのを見届けると、後ろからしわがれた老人の声が聞こえてきた。
「バージル君や、話は聞いておるかの?」
「あぁ、さっさと終わらせるぞ」
*********************
「くそったれぇえええ!! 何でここに《
叫びながらバージルの目の前の男は、霊装である斧を手に、ヤケになりながら突っ込んでいく。
とはいえ、そうなってしまうのも無理はない。何しろ《
悪を成す者たちにとって《
男は自分がその例外となれるだろうと思う程、自身の実力を過信する愚か者ではなかった。だが、それでも大人しく捕まるような殊勝な心を持ち合わせているわけでもない。そうであったならば、こんな犯罪に手を染めるようなことはしなかっただろう。
男は何らかの奇跡が起きることを願いながらバージルの頭蓋へ向けて斧を振り下ろす。
しかし、そんな願いがバージルへ通じる筈もなく、
「……」
バージルは頭上の斧を半身をずらすことで躱し、瞬時に背後に回り込む。
「うッ!?」
男は悪にこそ堕ちてはいるが、連盟基準で言えばBランクの
その男の経験から導き出された勘は、この状況が既に取り返しのつかない状態であることを察していた。それでも男は歴戦の
反射的に即座に振り向こうとするが、バージルに首へ手刀を叩き込まれてしまう。
「がっ!?」
男は薄れ行く意識の中でバージルと出会ってしまった自身の運の無さを呪う。
そして意識を遮断されたことで斧を振り切った勢いのまま地面に倒れ伏すこととなった。
「……時間を無駄にしたな」
バージルは呟くと、辺りを見渡す。
先ほど無力化したリーダー格と思われる男の他にも、四人の
彼らの腕や脚には、浅葱色の剣である《幻影剣》が突き刺さっており、意識は残っているが自分たちのリーダーである男とバージルの圧倒的な実力差に絶望したのか、もう抗うような気力は残っていなかった。
そして他に地面に伏せていた人間の集団。
彼らはこの犯罪グループの人質となっていた一般人である。
先ほどの戦闘が終わり、助かったことを理解した彼らは安堵の表情を浮かべていた。
中には助けてくれたことに対して感謝を伝える者もいたが、バージルは「あぁ」とそっけなく応えると、すぐに建物の外へ待機している警察を呼び出すため、そそくさと自動ドアを開けて外に出る。
すると、待機していた警官たちがバージルの元へと駆け寄り、恐らく現場の責任者であろう男が尋ねてきた。
「どのような状況でしょうか。負傷者は……」
「問題ない。全て片付いた。後の護送や人質たちの保護はお前たちで対応しておけ」
「はっ! 承知しました! 対応いただき感謝いたします!」
責任者の男が警官たちへ指示を飛ばし、彼らが建物内へと続々と突入していく姿を見やるとバージルは電子手帳の時刻を確認する。
既に時刻は夕刻となっていた。
現場に辿り着くのは早かったのだが、人質がいたために突入までに待機している時間が長く、思ったよりも長丁場となってしまった。
バージルはようやく事件が終わったと、精神的な疲れからか思わずため息が漏れる。
前にもあったことだが、人を守ることを目的として闘うというのは神経を擦り減らす。
昔のように何も考えず、ただ目の前の敵を斬り捨てていた頃が懐かしいが、今はこういう生き方を選んだ以上、投げ捨てるわけにもいかない。
しかし本気を出す機会もなく、周りを気遣って闘うというのは、思ったよりもフラストレーションが溜まる。
いずれ何処かで溜まったストレスを発散するために寧々か黒乃に模擬戦を申し込んでみるか……と思っていた矢先だった。
「……今度はなんだ」
朝に引き続き、またもや電子手帳の着信音が鳴る。
普通、日に何度もバージルに連絡が来ることなど殆どないため、またもや厄介事ではないかと思いながらも送信元を確認すると、黒乃からの連絡だと分かった。
今は大阪にいる彼女が一体何の用かと、眉を顰めるがバージルは通話のボタンを押す。
すると、繋がり始めるや否や黒乃の慌てたような声が耳に入ってきた。
『バージル……! まだ事件は終わっていないのか!?』
黒乃が事件について知っているのは厳から連絡が行っていたのだろう。
そのことについては特に何も思うことはなかったが、黒乃のこの慌てようはただ事ではないと流石のバージルも察する。
「もう終わったところだ。それよりも何があった?」
『それが……破軍学園が襲撃された……!』
「何だと……?」
バージルは黒乃から詳細を聞こうとしたが、彼女は大阪にいたはず。恐らく、詳しい事情は黒乃自身も知らないだろう。であれば今は迅速な対応が求められる。
「理解した。今から学園に戻ればいいんだな?」
『いや……そっちは寧々に任せている。お前に向かってほしい場所は別にある』
「どういうことだ? 学園が襲われているというのに別の場所に行かせるとは」
『理由は分からんが学園とは離れた場所に、恐らくだが黒鉄がいる。そして、同時にそこにいるのが──』
黒乃の声に若干の恐怖が混じっていることをバージルは感じ取る。
仮にも元世界三位であった実力を持つ彼女が、そこまで恐れるほどの相手がいるというのか。
バージルは僅かな期待を持って黒乃の答えを待っていた。
『《比翼》のエーデルワイスだ』
「……ッ! ほう……」
思わず歓喜の吐息が漏れる。
この世界において世界最強の剣士と名高い《比翼》が、まさかこの日本に来ているなど思いもしなかったのだから。
『今場所のデータを送った。私もそこへ向かうが、お前も出来るだけ早くこちらに向かってくれ。着くまでにどのくらい時間が掛かる。……というよりもお前は何かこちらに来る手段はあるのか?』
「手段に関しては問題ない。時間も大して掛からん。それよりも《比翼》の首は取っておくよう一輝に伝えておけ。そいつは俺の獲物だとな」
『バージル……ハッキリ言って、《比翼》はお前の想像以上の存在だ。いくらお前と言えど、手を出せばタダでは済まないぞ。あくまでも黒鉄の救出に留めるんだ。いいな』
バージルの隠し切れない高揚が声に乗っていたため、それを聞いた黒乃から諫めるように忠告を受けてしまうが、彼の心の中ではむしろ期待が高まっていく。
黒乃の力は上級悪魔以上であると当たりを付けている。そんな力を持つ彼女をしても恐怖を抱き、想像を超える程だと言うのであれば、もしかしたら魔界の大半を支配してきた三大悪魔たちにも匹敵するのかもしれない。そう思うと、思わず笑みが零れてしまう。
「ふっ、そうか。ならば、少しは期待しておくとしよう。退屈していたところだったからな」
『おい、バージル! 私の言うことを──』
ブツリ、と黒乃の忠言を無視して無理矢理通話を終わらせた。
バージルは少しだけ逸る気持ちを抑えながら、人気のいない場所を探すために手近な建物の屋上に向かって壁伝いに跳躍しながら移動し始める。
山形から東京までは普通の交通手段を使えば数時間も掛かってしまうが、それではせっかくのイベントが終わってしまうだろう。
ならば──普通ではない手段で向かえばいい。
だが、これを人に見られるわけにはいかないため、こうして人目に付かない場所まで移動してきたのだ。
バージルは屋上に到達し、人の目がないことを確認してから目を閉じ、自らの内に精神を集中させ魔力を高める。すると彼の体から蒼い魔力光が迸り始め、周りの空気が重くなったかのように唸り始めた。
そして、十分な魔力が高まったことを確認すると、それを開放するように目を見開く。
瞬間、バージルの体が変化する。
そこにあったのは以前、加々美に見せた《ドッペルゲンガー》と同じ異形の姿。
異なる点は全身が銀色の鱗に覆われており、所々に亀裂が入ったように蒼い魔力が妖しく光っている。
これは半人半魔であるバージルが
クリフォトの実によって得た究極の悪魔の力である《真魔人》の姿だった。
バージルは際限なく高まった魔力に久しぶりの全能感を味わうと、思わず吐息を漏らす。
直後、片膝をついて屈むと、その背中に生えている四対の羽を大きく広げる。
そして勢いよく羽を地面に叩きつけるように羽ばたくと、一瞬で上空二千メートルまで舞い上がった。
(東京までは確か……向こうか)
黒乃から送ってもらった場所の大方の方向を見据え、羽を羽ばたかせることでバージルは一瞬で音速を超える。
それによって生じたソニックブームによる衝撃波が爆ぜるような爆音となって空気を振るわせた。この速度であれば目的地まで数分で到着するだろう。
バージルの体は蒼く光る流星の輝きを以て、夜の空を突き進んだ。
*********************
東京の都市部を抜け、山道を抜けたさらに奥。
誰の目にも留まらぬようにひっそりと佇む暁学園の敷地内にて、一輝は世界最強の剣士、《比翼》のエーデルワイスと対峙していた。
切っ掛けは暁学園と呼ばれる学園の生徒たちによる、破軍学園襲撃の情報を有栖院から伝えられたことが始まりだ。
有栖院は暁学園の生徒でもあったのだが、珠雫との友情を守るために暁学園を裏切ることを決意し、それを逆手に取ろうとする作戦を実行した。
しかし、敵方にその情報は筒抜けとなってしまっており、まるでそれを嘲笑うかのようにその作戦は失敗に終わってしまった。
その結果、有栖院は裏切りの粛清のために連れ去られてしまったのだ。
珠雫と一輝は有栖院を助けるために追いかけ、暁学園に到着した二人の前に立ち塞がったのは白い装束に身を包んだ純白の戦乙女。
《比翼》のエーデルワイスだった。
膝が思わず屈してしまう程の重圧を前に、一輝はそれでも珠雫を先に行かせ、ここで《比翼》を足止めすることを決意する。
しかし予想通りと言うべきか、予想以上と言うべきか、世界最強を前に一輝の剣は歯牙にもかけられない。
「おおおぉおおぉっ!!」
一輝は既に自らの切り札の一つである《一刀修羅》を発動していた。
何故渾身の一刀である《絶刀羅刹》を使用しなかったのか。
それは、珠雫が有栖院を救出するための時間を稼ぐという意味合いもあるが、それ以上にこの世界最強の剣士を相手に、未だ完全に制御しきれていない技で倒しきることが想像出来なかったのだ。
一輝は、この一分間という短い時間が世界最強と渡り合える限界時間だと悟っていた。
そして事実、その読みは当たっていた。
既に《一刀修羅》を発動してから十数秒、《比翼》との剣戟を繰り広げているが、もし仮に通常時の状態で斬り結んでいたのならば、既に一輝の身体はバラバラになっていただろう。
そんな壮絶な剣戟の最中、一輝はエーデルワイスの斬撃のある特徴に驚愕していた。
(この人の斬撃には、一切の『音』が存在しない……!)
『音』とは即ち空気の振動の波だ。
それが聞こえないという事は、剣を振るう時に生じる力の分散を完全に失くし、その斬撃の百パーセントのポテンシャルを引き出していることを意味する。
剣術において自分よりも上だと認識しているバージルでさえ、無音での斬撃を繰り出すところは見たことがない。
そんな埒外の斬撃を受けても尚、一輝はエーデルワイスに握られている二振りの剣をからくも捌き続けていた。
傍目から見ればエーデルワイスと一輝の剣は拮抗しているように見える。何故そのようなことが可能なのか。
その理由は一輝の身体の各所で移り変わる蒼い魔力光によるものだった。
バージルに教わってから今まで培ってきた魔力制御技術は、今使用している《一刀修羅》にも応用が利く。
一輝は自分の行動に必要な身体の箇所に、自らの深奥から湧き出す魔力を集中することで《一刀修羅》の出力を底上げしているのだ。
踏み込む際には脚へ、刀を振るう時は腕へ、常に脳をフル稼働させて魔力を巧みに操る。
(くっ……! 脳が焼ききれそうだッ……!)
だが、慣れない魔力制御の連続使用によって、一輝の脳は処理が追い付かずに悲鳴を上げていた。それでも一輝は魔力制御による身体強化を止めることはない。
今こうして《比翼》と渡り合えているのは、明らかにこの技術によるおかげだったからだ。
「……驚きましたね。まさかここまで喰い下がるとは」
驚いたという言葉とは裏腹に、あくまで冷静なエーデルワイスから賞賛とも取れる言葉が呟かれる。
錯綜する鋼の打ち合う音の中だというのに、その涼しい声音は場違いに感じる程だった。
「剣の腕だけで言えば、この私にも迫る程の技術。それだけでなく、魔力制御すらも一瞬のみであれば卓越したものを持っている。惜しむらくは魔力量の低さですが、時間制限はあれどその弱点すら克服している。ですが──」
無音の二刀を振るいながらも、淡々と一輝の実力を詳らかに語っていく《比翼》。対する一輝はその言葉に反応できる程の余裕がなく、ただただ必死に刀を振るう。
互いの剣の速度は左程違いが無いにも関わらず、実力の差は明らかだった。
都合十度の斬撃を一息に繰り出したエーデルワイスは両の剣をクロスさせるように《陰鉄》へ叩きつけると、一輝はたまらず弾き飛ばされてしまう。
「ぐっ!」
一輝はたたらを踏みながら後退する。
元々肩まで痺れるほどの重さを持っていた斬撃がさらに重さを増したのだ。
「その程度の芸当は私にも可能です。むしろ、貴方よりもそういった魔力の扱い方には長けています。何しろ私の能力は戦闘向きではありませんので」
エーデルワイスの白い魔力が彼女の身体全体を薄い膜で覆うように収束する。
それは一瞬でしか魔力を制御しきれない一輝の技術と比べて明らかに、より洗練されたもの。
剣術においても魔力の扱い方においても一輝よりも上であることを誇示するかのように剣気を発するエーデルワイス。
先ほどよりも濃密に放たれる死の気配に、一輝は全てを投げ出して逃げ出したいと叫ぶ自らの身体を、鋼の如き精神力で何とか抑えつけていた。
《一刀修羅》の残り時間も限界に近付いている。
そろそろ勝負を仕掛けなければ、このまま何もできずに終わってしまうだろう。
「私は無暗に子供を殺めるようなことはしたくありません。既に気付いているはずです。貴方も貴方の妹も殺すつもりはないと。むしろこうして私を足止めすることは、逆に貴方の妹を危険に晒してしまうのですよ。奥にいるヴァレンシュタイン卿は、私とは違って容赦はないですから」
その言葉に一輝はエーデルワイスという一人の女性の精神性を感じ取る。
優しい人だ、と。
だが、その優しさを素直に受け取れない理由がある。
「確かにそうかもしれません。貴女を通せば珠雫は助かるかもしれない。だけど、アリスは助けてくれないのでしょう?」
「かもしれません。あの少年は自ら闇の世界に踏み込んだ。であれば、その末路も致し方のないこと」
「だったら、その手を取るわけにはいかない。珠雫の願いを果たすためには、例え死んでも貴女を通すわけにはいかない!」
そう答えた一輝に、エーデルワイスはその端正な顔を顰める。
「死んでも……ですか。何故そこまでする必要があるのですか?」
「兄ですから。それに、初めて頼ってくれた妹の願いを無碍にすることはできない。だから……」
一輝は正面を見据え、改めて正眼の構えを取る。
「僕の
その決意に満ちた一輝の瞳を見据えたエーデルワイスは、思わず息を呑む。
世界最強を目の前に、死を覚悟してでも他者のために行動する一輝の覚悟が伝わったのだ。
「少年。貴方の名前は……?」
「……黒鉄一輝」
「クロガネ。貴方をもう子供だとは思わない。ただ一人の剣士として、敬意を持って貴方を討ち果たします。覚悟を」
エーデルワイスが本気になった。
今までの剣圧がそよ風に思えるほどの圧が一輝を叩く。
だが、それでも臆することはない。
「行きます!」
両手の剣を羽のように広げて構えているエーデルワイスに向けて、魔力制御によって強化された脚で踏み込んだ。
《陰鉄》の刃を地面スレスレに滑らせながら、斜め下から斬り上げると、エーデルワイスは苦も無くそれを受けようとする。
だが、それでいいのだ。この剣は受け止めてもらうことが目的。
一輝は剣がぶつかり合った瞬間、足の先から指の先までの全筋肉を連動させ、筋伸縮による衝撃波を叩き込む。
第六秘剣《毒蛾の太刀》
中国拳法における浸透頸を元に編み出した秘剣。
人体を水に例え、振動を含んだ衝撃を与えることで内部から破壊する技。
全てを受けられてしまうというのであれば、防がれてもそれを貫く技を当てればいい。
そう思っての一撃だった。
しかし、それによって生じた結果は一輝の全身から血飛沫が迸るという予想外のものだった。
「────ッ!? がはッ!?」
筋肉が裂け、内臓が損傷する痛みの中、一輝はその現象の理由にすぐに辿り着く。
返された。
エーデルワイスは、一輝と同じ《毒蛾の太刀》を自分以上の速度と力を以て打ち返してきたのだ。
自分が《毒蛾の太刀》を繰り出すと看破し、なおかつ同じ技を自分以上の練度で放たれたことを理解した一輝は相手の神懸かり的な技量の前に、ただ動揺するしかなかった。
そして、その動揺を見逃すほど《比翼》はお人好しではなく。
「さようなら。日本の若き侍よ」
音もなく振られる無情の一撃は、一直線に一輝の首へと放たれる。
そしてその刃は一輝の首筋に到達し、そのまま抵抗なく振り切られ、首と胴体が泣き別れる──はずだった。
「なッ!?」
驚きの声はエーデルワイスのもの。だが驚くのも無理はない。何しろ本来であれば抵抗なくそのまま伝わってくる筈の肉の感触が、まるで硬い岩にぶつけたかのような衝撃が返ってきたのだから。
そう、一輝はエーデルワイスの斬撃の軌道を予測し、その刃が首の皮膚に触れた瞬間、全魔力を一点に集中。
以前バージルが見せてくれた魔力防御を、この土壇場で再現してみせたのだ。
エーデルワイスは動揺する。そして、その動揺を見逃すほど《
半ば死にかけた一輝の意識は、それでもなお起死回生の一撃を放つための最適な行動を無意識に取りだす。
未だ《一刀修羅》は継続中。であればこの最後の一撃に全てを懸ける。
一輝はエーデルワイスの首目掛けて横薙ぎに振るう。
「おぉおおおおおぉおォッ!!」
「──ッ!!」
だが、さすがは世界最強の剣士と言うべきか。その一撃をエーデルワイスは防ぐのではなく、体を後ろへ逸らすことでギリギリ回避する。一輝は打ち終わりの隙を完全に晒してしまった。
そして同時に《一刀修羅》の制限時間も過ぎたことにより、虎の子の魔力すらも無くなった。
(クソッ……!)
一輝は反撃の構えを取る《比翼》を前に悔しさのあまり、頭の中で悪態を吐く。浸透頸によって与えられたダメージと《一刀修羅》の反動で、体はまともに言う事を聞かない。
今度こそ自分の首を刈り取らんと迫る一刀を、ただ眺めることしかなかった。
「ッ!」
だが、最早万策尽きたと思っていたその時、突如エーデルワイスの視線が自分ではなく、全く関係のない上空へと向けられることに気付くと、同時に彼女が大きくその場から飛び退く。
すると、直前まで彼女が立っていた場所に無数の浅葱色の剣が降り注いだ。
「これは……」
この剣に一輝は見覚えがある。
だが、その剣を生み出した人間は辺りを見渡してもどこにもいない。
程なくして、降り注いで地面に突き立っていた《幻影剣》が砕け、粒子となって消えた瞬間、上から一人の人間が真っ逆さまに落ちてくるのが見えた。
「バ、バージル先生……!?」
驚きの声を上げたと同時に、バージルは空中で体勢を立て直し、一輝の目の前に鈍い轟音を立てながら着地した。
着地した衝撃で地面が一瞬揺れ、罅割れるほどの衝撃だったが、バージルは何事もなかったかのように立ち上がる。
「どうやら間に合ったようだな」
バージルは後ろにいる一輝と、目の前のエーデルワイスを交互に見やりながら呟いた。
一輝は戦闘による疲労と助けが来たことによる安堵感で立っていられず、膝をつきながら尋ねる。
「先生、どうやってここが……? それに何で空から……」
「場所は新宮寺に教えてもらった。空から来たのは企業秘密と言う奴だ。何も聞くな」
「わ、分かりました。それよりも、先生……」
「あぁ、それよりもだ」
バージルは薄く笑みを浮かべながらエーデルワイスを見つめる。
対するエーデルワイスは彼を静かに見つめているが、その目には明らかに警戒の色が浮かんでいた。
「貴様が《比翼》か。こちらに喧嘩を売った愚か者たちの仲間である以上、ここで斬られる覚悟はあるという事で構わんな」
「厳密には仲間ではありませんが、そうですね。一宿一飯の恩を返すために、この仮宿くらいは守ろうかと」
「なるほど。話が早くて助かる」
バージルは手元に《閻魔刀》を顕現させると同時に突き刺すような殺気をエーデルワイスにぶつける。それに応じるように彼女もまた、殺気をぶつけ返していた。
一輝はバージルの後ろで、ただ立っているだけだというのに、二人の殺気の奔流によって息苦しささえ覚える。
(……ッ、何て圧だ……。この場に立っているだけで息が出来なくなる……)
一輝から見て、バージルは世界最強の剣士の圧を前に全く臆することはなく、むしろどの程度か確かめてやるとでも言うように、あくまで上からの態度を崩さない。
バージルは、一輝の出会って来たどんな
だが、ついぞ彼の本気というものを見たことは無かったため、未だ彼の底知れない実力を今この瞬間、垣間見れるかもしれない。
そう思うと、こんな状況だというのに思わず興奮が抑えられなかった。
「貴方の噂は世捨て人である私の耳にも届いています。その実力についても、どうやら誇張ではないようですね。私の殺気を受けて平然としているなど、そうそうあり得ません」
「御託はいい。貴様らは俺のテリトリーに土足で踏み込んだ」
バージルはそう言うと腰を落とし、柄に手を添えていつもの居合の構えを取り、戦闘態勢に入る。
「生きて帰れると思うな」
そう言い放った瞬間、バージルの蒼い魔力が身体を纏い始め、一層圧力が増す。
それを見たエーデルワイスもまた構えを取り、名乗る。
まるでこの一戦が、自らの大一番であることを理解したかのように。
「我、遥かなる頂にして終焉。一対の剣にて天地を分かつ者。我が名は《比翼》のエーデルワイス」
《
この世界における最強を決める闘いが今、始まろうとしていた。