蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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今さらながら戦闘描写ってむず過ぎます。
できれば一週間に一回投稿したいのですが、色々時間もない&私の力量不足で無理そうなので二週間に一回投稿を目指していきます。


《魔剣士》VS《比翼》

 

 互いに見合っていた時間は一瞬だけだった。

 まずは小手調べとでも言うようにバージルは背後に八つの《幻影剣》を出現させ、射出する。

 普通の人間であれば、その速度を捉えきれずにその姿を剣山へと変えていたであろうが、世界最強と呼ばれる人間が普通であるはずもなく

 

「フッ――!」

 

 迫りくる《幻影剣》へ八連撃をそれぞれに叩き込むことで全てを霧散させる。

 だがそれを見越していたように、バージルは即座に刀へ魔力を集中し、瞬時に刀身を解き放つ。

 

 《次元斬》

 

 これを放たれた者は例外なく、何が起きたのかも分からぬまま霊装を切断され敗れている。

 この技の強みは何よりも全てのスペックにおいて極限に優れているという点だ。

 攻撃力は言わずもがな、滅多なことでは傷すら付かぬ霊装すら切断する程であり、スピードも彼の優れた剣術による居合斬りによって神速とも称され、さらには遠距離にすら対応する。

 それが一瞬の溜め動作のみで放たれるというのは滅茶苦茶もいいところだ。

 

 しかも今エーデルワイスに向かって放たれた《次元斬》は三連続。

 空間を裂いたことによって生じる三つの不気味な重低音が暁学園のグラウンド上で絶え間なく響き渡った。

 

「……ほう」

 

 いつもであれば霊装が切断されたことによって、その破片が地面に落ちる金属音が鳴るはずが今宵はただ感嘆するような吐息がバージルから漏れるのみであった。

 

 あろうことかエーデルワイスは連続で放たれた《次元斬》を、まるでそのままの姿勢でスライドしたかのように左右に避けて見せたのだ。

 《次元斬》を放つ際の殺気を読み切り、零から百へと力を瞬間的に移し替えることで回避した動きを見たバージルは、彼女がこの世界における最強の剣士であるという事実を認めた。

 

「何とも珍妙な動きをするものだな。見たところ、ただの体術ではないようだ。面白い」

「貴方こそ、先ほどの居合はお見事でした。私ですらその軌跡が見えませんでしたよ」

 

 これから殺し合いをするというのにも関わらず、互いを褒め合う両者の間には殺気というものがまるで感じられない。

 あくまで先の攻防は互いの実力を知るための挨拶に過ぎなかったのだ。

 その上でバージルが理解したことは、遠距離戦では彼女を仕留めることは不可能だということ。

 ならばもう、出し惜しみする必要はない。

 そう判断した彼は接近戦へ移行すべく、《次元斬》を放つ姿勢から一転、クラウチングスタートのように体勢を低くする。

 エーデルワイスもまた、それに応じるかのように両の足へ力を込め始める。

 

 次の瞬間、二人は埒外の魔力制御による身体強化から生まれる閃光のごとき踏み込みで、一瞬にして互いの距離を詰めた。

 

 バージルはエーデルワイスへ肉薄すると同時に鞘に納められている刀身を抜刀。

 対するエーデルワイスは、抜刀された刀を両の剣で受け止める。

 互いに鍔迫り合いの状態に持ち込み両者の視線が交わると、そこから始まったのは常人では何が起こっているのか理解すら出来ない速度による剣戟だった。

 

 初速で空気すら切り裂く音を奏でて《閻魔刀》を振るうバージルと、初速から最高速を叩きだし、無音で霊装である《テスタメント》を振るうエーデルワイス。

 両者の剣はあまりに速すぎるがゆえに、今見えている斬撃の軌跡とは全く別の位置で、互いの剣がぶつかり合った火花が遅れて散るほどだった。

 

 つい先ほど彼女と闘った一輝としては、その異様な剣筋の前に、もしかしたらバージルの剣が届かないのではないかと心配していたのだが、それは全くの杞憂だった。

 

 二刀と一刀。

 

 手数の多さはエーデルワイスの方が優勢だというのにもかかわらず、バージルは眼前に迫る斬撃を悉く打ち払っていた。

 

「黒鉄ッ! 無事か!」

 

 二人の戦闘を見守っていると、ふと後ろからこちらを案じる黒乃の声が聞こえた。

 

「あっ、理事長……僕は、大丈夫です」

「そんな血だらけで何が大丈夫なものか!」

 

 しゃがみこんでいる一輝へ、黒乃が心配そうに駆け寄ってくる。

 今の一輝はエーデルワイスとの戦闘によってボロボロの状態だ。黒乃は一輝の傍らで、すぐに自らの能力である《時間》の操作で応急処置を施す。

 

「すみません……ありがとうございます」

「構わない。それよりも、間に合わなかったか……」

 

 一輝の治療を終えた黒乃は、目の前の光景に視線を移す。

 そこには既に戦闘を始めてしまっているバージルとエーデルワイスの姿。

 数分前に彼と通話した際に感じた、嫌な予感が的中してしまったことに思わず歯噛みする。

 だが今から止めようにも、まるで嵐のような乱舞の中に飛び込めるはずもない。

 だが――

 

「強いとは思っていたが、まさかあの《比翼》と互角に渡り合えるとは……」

 

 バージルのこれまでの戦いぶりや噂を耳にしていた黒乃も、別に彼の力を侮っていたわけではなかったが、まさか世界最強と肩を並べる程とは思っておらず言葉を失う。

 もしかすれば、とも思ってしまう程、黒乃の目には今のバージルとエーデルワイスの間に隔絶した力の差は感じられなかった。

 

「黒鉄……お前は、あの《比翼》と闘ったのか」

「……はい。ですけど、今の僕では勝負にもなりませんでした。それにやっぱり手加減をされていたんだと思います。今、先生と闘っている彼女の剣速は、僕と闘っていた時よりもさらに速い……」

「いや、生き残っただけでも大したものだよ。……そのお前から見て、今のバージルと《比翼》、どちらが上だと感じる?」

 

 黒乃の目から見て、二人の闘いは既に理解を超越した次元に踏み込んでいる。

 それに黒乃の霊装は剣ではなく銃であるが故に接近戦に関しては門外漢だ。

 だからこそ、その道のプロフェッショナルである一輝なら、彼らの闘いをより正確に理解しているだろうと思っての質問だった。

 それに、彼の照魔鏡とも例えられる洞察眼であれば、ある程度の相手の実力を測ることが出来る筈だ。

 

「正直に言えば分かりません……。二人共、底というものが未だに見えませんから。でも……」

「でも……?」

「今優勢なのは、先生の方です……!」

 

*********************

 

 たった数十秒と言う短い時間の斬り合いの中。

 連動する筋肉を瞬時に全て動かすことで初速から最高速を叩きだす《比翼》の剣技。

 そんな一流の伐刀者(ブレイザー)であっても見切ることすら困難な斬撃を雨あられとバージルへと叩き込むが、事も無げに防ぎきり、あまつさえこちらの隙を突いて反撃さえしてくる彼の姿に、エーデルワイスは内心驚愕を隠せない。

 

(噂には聞いていましたが、ここまでとは……)

 

 しかも魔力制御によって強化された正真正銘、本気の剣を使っているにも関わらずだ。

 本来であれば、二刀という手数に勝るであろう自分が優勢となるのは道理ではある。しかし、エーデルワイスがバージルの剣の結界を崩しきれない要因は、速度とはまた別のところにあった。

 

(何という力……)

 

 バージルの斬撃は、その一撃一撃が自らの膂力を遥かに超えている。

 そのからくりに、実際にその力をぶつけられている自身の直感が告げていた。

 

 それは総魔力量の差だ、と。

 

 エーデルワイスは世界最強の剣士ではあるが、総魔力量に関して言えば彼女を超えている伐刀者(ブレイザー)は数少ないとはいえ存在している。

 代表的な者と言えば、ここ最近話題となっているステラ・ヴァーミリオンであろう。

 彼女のようにほぼ無尽蔵の魔力量であれば、戦闘時の魔力の配分を気にせずに運用することは可能であろうが、そんなことは出来ない。

 明らかに敵が格下で瞬時に戦闘を終わらせたいのであればその限りではないが、彼女の目を以てしてもバージルの実力は未だ底が見えない故、そんな無鉄砲なことをしてガス欠にでもなれば目も当てられない。

 だからこそ、魔力放出を用いた行動強化に配分するための魔力量は、ある一定のラインを超えることはない。

 

 だが、対するバージルはステラと同様に、そのラインがエーデルワイスのものと比べると遥かに高い。

 かといって彼の剣は所謂力任せに振るわれる大雑把なものではなく、その剣の技巧も卓越しているため、隙というものは針の穴程も見当たらない。

 際限のない魔力量から繰り出される剛力と、神域に至っている剣の技術。

 その両方を併せ持つバージルは、それこそ誰もが思い描く理想の伐刀者(ブレイザー)であると言ってもいいだろう。

 

 今はまだこちらの手数の多さで何とか耐えることはできているが、いずれはこちらが崩される。

 時間が経てばたつほど、こちらが不利になるのは自明の理であった。

 世界最強の剣士である自分を、接近戦で追い詰めてくる。

 かつての師に剣の技術を授けてもらい、その全てを修めて以降、自身の全力について来るどころか圧倒されるなど初めての経験だった。

 

「ふん、世界最強とはこの程度か?」

 

 バージルも今の状況が自分に有利であることを確信しているのか、こちらを煽る。

 確かに、このまま続ければいずれ自分は敗北する。

 だがそれは、あくまでこのまま何もしなかった場合に限った話。

 

「まさか」

 

 世界最強の剣士たる所以である自分の技量は、何もただの剣戟に限ったものではない。

 こういった自分よりも遥かに強い力に対抗するための手段も当然持っているのだ。

 エーデルワイスは右の剣にて、バージルの打ち込みを受け止めたと同時に左の剣を逆袈裟に切り込む。

 

「シッ――!」 

「……ッ、これは……」

 

 放たれた左からの斬撃にバージルの刀が弾かれる。

 彼は何か覚えのある感覚を思い出したかのように、目を見開いて驚きを露わにしていた。

 エーデルワイスは即座に右手の剣を彼の頭上へと向けて振り下ろすが、彼はその場で残像を残すほどの高速移動で後退した。

 

「……」

 

 後ろへ下がったバージルは無言でエーデルワイスを見つめると、確信を持って問いかける。

 

「俺の力を盗んだか」

 

 その疑問はまさしく正解であった。

 エーデルワイスは彼に打ち込まれた際の斬撃の力を身体の内に伝導させ、左腕へそのまま自らの力と共に打ち出した。

 彼女の知る由もないことだが、これは一輝の第三秘剣《(まどか)》と同じ原理のもの。

 ただし一輝の扱う技は剣を円を描くように循環させるという手順が必要ではあるが、エーデルワイスの場合はその手順をすっ飛ばし、自らの肉体の操作のみでそれを完成させている。

 

 一歩でも身体操作を誤れば、受け止めた力が身体の中で弾け、ダメージを受けてしまうというのにも関わらず、この高速戦闘の中でそれをやってのけたエーデルワイスの技量もまた、神懸かりと言っていいだろう。

 

「ご明察です。貴方の先ほどの反応を見るに、以前どこかで同じものを見たことがあったのですか?」

「今そこで見ている奴が、授業の際に似たような技を使っていたのでな。だが、貴様のはより洗練されているように見える」

「お褒めに預かり光栄です。しかしなるほど……あなたが彼に闘いを教えていたとは。道理で」

 

 エーデルワイスはちらりと一輝へと視線を向ける。

 先ほどの一輝との戦闘で感じた彼の強さの理由の一端を知ったからだ。

 彼の剣技は長年の修業によって得た物だろうが、魔力制御の技術に関しては今のバージルに通ずるものがあったと感じていた。

 初めて彼の姿を見た際の印象としては冷徹な人物なのかと思っていたのだが、その実、しっかりと生徒へ教えを授けていることから、少なくとも見た目ほど冷たい男ではないのだと分かった。

 

「さて、どうしますか? 仮にまた斬り合えば、今度こそ手数の多い私が有利です。ですが、貴方はこの程度ではないのでしょう?」

 

 先ほど受けた挑発をそのまま返すエーデルワイスに、バージルは鼻で笑う。

 

「ふん、調子に乗るな。たとえ一刀だとしても問題はないが……そうだな。あえて貴様の土俵に乗ってやろう」

 

 そう言い放つと同時にバージルは鞘を腰に魔力で固定し、刀を左手に持ち替えると、右手に魔力が徐々に集まっていく。

 一体何をするつもりなのかとエーデルワイスは首を傾げるが、すぐに答えは出た。

 何とバージルの右手に浅葱色の魔力の剣が出現したのだ。

 

(彼の能力……恐らくは魔力を具現化させるもの。しかし、これは……)

 

 先ほど言っていた『同じ土俵』とは、つまりはそういうこと。

 彼は自身と同じ二刀流というスタイルで自分を打ち負かすと言っているのだ。

 しかし二刀流とは同系統の剣や、防御や牽制のために小型の剣などを用いることはあるが、同じ大きさでかつ全く別の種類の剣を扱うことは基本的にはない。

 ましてや刀剣と西洋剣というアンバランスな組み合わせで闘うというのはデメリットの方が大きすぎる。

 これを見たエーデルワイスの表情が困惑の色に染まる。

 

「一体何の真似ですか? それはいくら何でも悪手であると思いますが」

 

 そんな非難めいた言葉を浴びてもなお、改めようとしないバージルは右手の剣を手元で弄ぶように回旋させると切っ先を突き出す。

 

「これが悪手であるかどうか、来れば分かる」

「……分かりました。ですが、私を相手に生半可な手は通用しないと思ってください」

 

 これ以上の会話は不毛と感じたエーデルワイスは即座にバージルの懐へと潜り込み、渾身の突きを繰り出す。

 バージルは右の剣の腹でそれを滑らせるように受け止めると、その衝撃の勢いを利用して一回転し、その勢いのままに左の刀で横薙ぎ一閃。

 それを受け止めると同時に、衝撃を反対方向の腕へ移譲して打ち返す。

 そして、再度始まる超速の剣戟。

 バージルは右手の剣と左手の刀という歪な組み合わせにも関わらず、全く違和感がないほどに巧みに扱いエーデルワイスと打ち合っていた。

 

(普通であればバランスが取りづらいはずだというのに、よくもここまで……。ですが――)

 

 バージルの力を吸収し、自らの力に乗せて叩き込むエーデルワイスの斬撃の前にはいくら手数を増やしたとしても意味はない。

 先ほど彼が自身を圧倒して見せたように、いずれは彼の守りすらもこじ開けてみせようと息巻く。

 

 だが、いくら斬撃を打ち込もうとバージルの表情には一切の焦りすらも生まれることはなく、むしろ返される斬撃は自らと同じか、それ以上の力で打ち返される。

 彼の力を取り込んだ斬撃を放つことで先ほどとは逆の立場となったはずだというのに、一体何故なのか。

 

 行動強化に注ぎ込む魔力量を増大させた?

 否――彼から放出される魔力の残滓を感じ取るが、常に一定の魔力量を維持しているように見える。

 

 それともあの魔力の剣に秘密があるのか?

 否――あれはただの高密度の魔力体だ。この不可思議な現象を引き起こす要因にはなり得ない。

 

 エーデルワイスは思考を巡らせていると、ふと耳に飛び込んでくる音に違和感を覚える。

 今まで絶え間なく続いていた剣同士の鋭い金属音が徐々に、徐々に……まるで鉄塊を打ち付け合うような鈍く重い音に変貌していったからだ。

 

(これは……まさか……!)

 

 その瞬間、エーデルワイスはこの現象の原因を悟った。

 そして、答えに至ったがゆえに戦慄する。

 今、自分が刃を交えているこの男が、どれほど常識外れの才を持つのかを、嫌というほど理解してしまったからだ。

 

*********************

 

 この光景を食い入るように見つめていた黒乃は徐々に激しさを増していく、まるで超重量の鉄の塊が打ち付け合うような異音に片手で耳を抑えながら顔を顰めて呟く。

 

「一体、何が起こっているんだ……? 急に音が……」

 

 もちろん、その音を感じ取っているのは一輝も同様だ。

 彼はその原因を探るため、激しい剣の応酬を繰り広げている二人を注意深く観察する。

 すると二人の身体の動かし方からハッとしたように、とあることに気付いた。

 

「先生も……《(まどか)》を使っている……!」

「何? それは……バージルとの授業の時に使っていた、お前の秘剣か……?」

 

 黒乃はバージルの初めての実戦による授業を思い出す。

 あの時、追い詰められていた一輝はバージルの隙を作るため彼の力をそのまま剣に乗せて打ち返した。

 その時に一輝が使用していたのが彼の七つある秘剣の内の一つ。

 

 第三秘剣《(まどか)》だ。

 

「はい。エーデルワイスさんがこの技を習得しているのは自然です。元々、そういった身体運用に関しては僕以上の腕前を持っている人ですから」

「では、バージルの奴はどうなんだ? あいつもその技を既に持っていたと言うのか?」

「いえ、先生の場合は話が別です。膂力に関しては、あのステラさえも上回っている。だから本来なら、わざわざそんな技術を身につける必要はなかったはずなんです……」

 

 一輝が言ったように膂力に関してはこの人類において比類なき力を持つ彼が、相手の力を返すといった技術をわざわざ持つ必要性は皆無だ。

 それに一輝が初めてこの技を使用して見せた時、バージルは明らかに初見の反応を見せていた。

 故に彼がこれに類する技を事前に会得していたというわけではないだろう。

 

「……つまりは何だ。あいつは今、この場でお前と《比翼》の技術を見様見真似で再現して見せたというのか」

「そうです……。しかも、今二人がやってみせているのは《(まどか)》をさらに進化させた発展形。剣と身体を回さずに衝撃を身体の中へ循環させて、そのまま剣へその重さを乗せているんです」

 

 バージルとの実戦授業の時に見せたこの技は、自らの肉体を完全制御下に置き、なおかつ緻密な筋肉の流動によるコントロールが必須となる超高等テクニック。

 一輝でさえ、この技の成功率は高いとは言えず《完全掌握(パーフェクトビジョン)》を用いて何とか使用できるというほどだ。それほど困難極まる技を目の前の二人は一足飛びで発展させてしまっているという。

 それを聞いた黒乃はバージルの天才的な技量と、それをいとも簡単にやってのける恐れ知らずな精神性に呆れたように呟く。

 

「一瞬のミスが命取りとなる状況の中、見様見真似でそんな高難易度の技をぶっつけ本番でやるなど……ハッキリ言って狂っているな、あいつは……」

 

 一輝は失礼だと思いながらも同意するように軽く頷いていた。

 そして、そこまで聞いた黒乃はこの音が発生する原因が何なのかをようやく突き止めることが出来た。

 相手の力を利用して打ち返す《(まどか)》という技の性質を知っていれば、自ずと答えが出るというもの。

 

「なるほどな……この音は自分たちの力を返し続け、衝撃の重さが累積し続けていることによって発生したものだと、そういうことか……」

「恐らくはそうだと思います。今二人の身体の中で作用している衝撃の重さは、既に途方もないほど大きいものになっているはずです」

 

 そんなやり取りを行っている間も剣同士の衝突音が膨れ上がっていき、腹に響くまでの重低音となるまでに大きくなっている。

 しかも離れている筈の暁学園の校舎のガラス窓までもが、その振動の衝撃波によって割れていく。

 《(まどか)》同士の打ち合いによって、お互いの力が解放されることなく累積され続けている証拠だった。

 

 仮に片方のどちらかがミスをし、今まで蓄積してきた力が体内で爆発するようなことがあれば、最早肉片すら残さず血の霞となって消滅するだろう。

 

 それはさながら、死の爆弾ゲーム。

 

 互いに息つく暇もないほどの剣戟の中でありながら、身体操作を少しでも誤れば"死"という極限状態をまるで苦にもしていないような表情で闘い続ける二人に、一輝はただ見ているだけだというのに思わず背筋が凍ってしまう。

 とはいえ、あの二人がそんな簡単なミスをするなど想像もつかない。

 恐らくはどちらかが先に仕掛けなければ、この力の押し付け合いによる勝負は終わらないだろう。

 

(これが、先生の本当の実力……か)

 

 これまでのバージルの闘いを間近で見てきた一輝は思う。

 今までの彼は、相当に実力を抑えていたのだと。

 

 速い、強い――そんな単純な言葉では片付けられない。

 今目の前で繰り広げられているのは、剣の技量そのものが別次元の領域に引き上げられた世界だった。

 一太刀ごとに込められた力。刃を差し込む角度。重心の移し方。呼吸の切り替え。

 その全てが、これまで一輝の見てきたどの闘いよりも洗練され、そして美しかった。

 

(僕が見ていたのは、ほんの一端に過ぎなかったんだ)

 

 そう理解した瞬間、一輝は思わず唇を嚙んだ。

 自分はようやく《絶刀羅刹》という答えに辿り着いたつもりでいた。だが、目の前のこの領域は、そのさらに先にある。

 剣を振るうことそのものが、既に別物なのだ。

 

 それでも――目を逸らすわけにはいかなかった。

 凍りつくような緊張の中でなお、胸の奥では熱が生まれていく。

 届かないと突きつけられるほど、逆に手を伸ばしたくなる。

 あの領域に至りたい。

 あの剣戟の中へ、自分も立ちたい。

 いつか必ず、自分の剣であの場所に辿り着く。

 そう思った瞬間、一輝の心からは恐怖が消えていた。

 

 むしろ今は、この光景を一瞬たりとも見逃すまいと、瞳を逸らすことすら惜しい。

 彼がどこで踏み込み、どこで受け、どこで相手の呼吸を崩しているのか。

 その全てを焼き付け、自分の糧にする。

 まだ届かない。

 今は到底、並べもしない。

 それでも――だからこそ燃える。

 

 一輝は唇を引き結び、激突し続ける二人の剣を、獰猛なほどの眼差しで見つめ続けた。

 

*********************

 

 後ろでこの闘いの行方を見守っている二人を余所に、バージルは久しぶりに全力を出せる高揚感から思わず口の端を吊り上げる。

 何よりも今まで培ってきた自らの技量に匹敵するであろうエーデルワイスとの闘いは、バージルにとっても得難い経験だった。

 だからこそ互いの技術を競おうと、自ら生成した《ミラージュエッジ》による二刀流で闘いを挑んだのだ。

 とはいえ互いの技術が拮抗しているが故、膠着状態となっている現状を打破すべくどうすべきかを考えていると

 

「フフッ」

 

 不意にエーデルワイスが笑みを漏らす。

 怪訝に思ったバージルは、低く問いかけた。

 

「……何が可笑しい?」

「いえ、全力を出してもなお届かないというのは、何て素晴らしいことなのだろうと思いまして」 

 

 エーデルワイスは元来、闘争そのものを好む性質ではなかった。

 ひょんなことから剣を取る機会があり、そしてあまりにも剣の才に恵まれていただけ。

 平凡な家庭に生まれた少女は、その才覚ゆえに誰とも競り合えず、並ぶ者も、追いすがる者もいないまま、ただ独りで最強への道を歩み続けるほかなかった。

 故に彼女の剣には宿るべき信念もなく、目指すべき目標もない。

 それゆえに、ただ独り苦悩し続けてきた人間だった。

 だからこそ今、自らの全力を受け止め、それでもなお届かない相手の存在が、たまらなく嬉しかった。

 

「勝ちたい……。こんな気持ちは初めてかもしれません」

 

 常に勝利が当たり前だった彼女にとって、闘争というものは目的を果たすための過程に過ぎなかった。

 だが今ここにあって、彼女の心境に変化が訪れていた。

 

 それは勝利への欲求。

 

 届きそうで届かない。

 手を伸ばせば指先が触れる気がするというのに、そのわずかな隔たりがどうしても埋まらない。

 その距離が今の彼女には何よりも眩しかった。

 

「ただ残念なのは、今の気持ちがこのひと時だけで潰えてしまうのではないかということです」

 

 エーデルワイスは歓喜と同時に恐怖していた。

 この勝ちたいという感情の熱が、仮に自分が勝利した場合にもう二度と戻ってこないのではないかと言う予感に。

 これほどの相手と出会ったのは奇跡にも等しい偶然なのだろう。

 であれば、ここで彼を殺してしまえば次にそのような相手と出会えるのは一体いつになるというのか。

 もしかすれば、もう一生を費やしても会えないのかもしれない。

 

 だからこそ――今から行おうとしていた必勝の策も実行できずにいた。

 

 しかし、その言葉は彼女自身が勝利すると確信しているが故の発言だと取ったバージルは眉間に皺を寄せる。

 

「ふん、もう勝った気でいるのか。気に入らんな」

 

 彼はその目に怒りを込めた視線をぶつけ、振るっている両の剣にも一層の力を込める。

 

「ならば安心しろ。貴様にはこの上ない敗北を与えてやろう。そんな不安など俺が消し飛ばしてやる。だからこそ――本気を出せ。その上で俺はそれを叩き潰す」

 

 そんなエーデルワイスの気遣いを鼻で笑うように、彼は言い放った。

 

「……いいのですか?」

「諄い。貴様が手を緩めたところで、俺は満足せん。それに俺は、滅多なことで死ぬような男ではない」

 

 その返答を聞いた瞬間、エーデルワイスの胸中にあった最後の迷いが、音もなく消えた。

 もはや遠慮する理由はない。

 ならば、自らの全てを以て応えるだけだ。

 

「ではどうか、死なないでくださいね」

 

 そんな願望を口にしながらも、全てを解放する快感から笑みを零したエーデルワイスは右から迫る《閻魔刀》を右手の剣で受け止め、その衝撃を吸収する。

 本来であれば、これまでと同様に打ち込まれた力を瞬時にもう片方の剣へと移譲して返すつもりであった彼女だが、先ほどのバージルの言葉が起爆剤となったのか自ら打って出る。

 次の瞬間、彼女はこれまでとは隔絶した速度で踏み込み、彼のさらに懐に入り込んだのだ。

 

「――ッ!」

 

 意表を突かれたバージルは思わず息を呑むが、彼の類稀なる戦闘センスが瞬時にそれすらも反応する。

 既に引き絞り、放たれる準備を終えていた《ミラージュエッジ》をエーデルワイスの喉元へ向けて突き出す。

 しかし、なんとエーデルワイスはその突きを見越していたかのように先ほどと同じ速度で左へ回避してみせた。

 

(この女、今まで溜め続けた俺の力を利用しているのか!)

 

 本来の《(まどか)》は吸収した衝撃をすぐに打ち返すしかないものであるが、エーデルワイスはこの膠着した状況を打ち崩すため、さらに技を進化させた。

 それは単なる体術でしかなかった《(まどか)》に魔力制御を用いることで、体内で衝撃を保持し続けられるようにしたのだ。

しかも、今まで溜めた力の一部をあらゆる身体の箇所へ移譲することすら可能にしてみせた。

 

 

 今の今まで互いに蓄積し続けてきた力。

 その力の中には当のバージル本人のものが何重にも重なり合って含まれている。

 エーデルワイスはこの力を利用している一時だけであるが、彼を超える力を獲得するに至ったのだ。

 バージルもそれを理解していたが、それで彼が闘いを諦める理由にはならない。

 むしろ、この状況に悦びすら感じていた。

 

Go to hell(地獄に堕ちろ)!!」

 

 バージルはエーデルワイスの避けた方向へ向け《ミラージュエッジ》を逆手で勢いよく十字に振るうと、そこから魔力の衝撃波(ドライブ)が放たれる。

 しかし、それすらも彼女は回避する。

 バージルは何度も魔力による斬撃を放つが、彼女は縦横無尽に避け続ける。

 彼女が回避する際の踏み込みによる衝撃で、辺りで地面が割れていく。

 

「忌々しいッ! It's Over(終わりだ)!」

 

 避けるのであれば、避けられない程の巨大な魔力による斬撃を放てばいい。

 バージルは腰だめで《ミラージュエッジ》へと魔力を注ぎ込み、大きく横に薙いだ。

 しかし、それを待っていたかのようにエーデルワイスはその魔力の斬撃の下を掻い潜り、舞のように身体を回転させ、都合二十もの連撃を一息で叩き込む。

 

「ハァアアアァアアアアアアアアッッ!!」

 

 もはやバージルの目を以てしても見えない速度と力を持った斬撃であったが、なんと彼はただの勘でそれを捌き続ける。

 それでも全ての攻撃を捌き切ることは叶わず、幾つかの斬撃をその身に受けてしまった。

 

「チィッ!」

 

 流血が舞い散り、バージルは舌打ちを漏らす。

 だが、この程度の傷で動作に支障が出ることはない。

 彼は反撃に移るため、すぐさま体勢を立て直そうとするが

 

「《暴力による征服(スカードオーダー)》ッ! 『動くな(Freeze)』ッ!」

「ッ!?」

 

 エーデルワイスの伐刀者(ブレイザー)としての能力は《契約》。

 そんな彼女が持つ伐刀絶技(ノウブルアーツ)、《暴力による征服(スカードオーダー)》の能力は傷をつけた相手に対し、不平等条約を押しつけること。

 しかし、この能力による拘束力はそこまで強力なものではなく、意志力の強い者であれば、すぐにそれを解くこともできる。

 だが一度でもその能力に掛かってしまえば、その楔を解くために一瞬動作が遅れてしまう。

 そして一瞬だけでも隙が出来てしまえば、この達人同士の闘いにおいては致命的な隙となるのは当然であった。

 エーデルワイスは今まで蓄積した力全てを集約し、右の剣を彼の心臓目掛けて突きを放つ。

 バージルもまた咄嗟に身体を捻り、致命の軌道を避けようとするが、《暴力による征服(スカードオーダー)》によって生じたほんの一拍の遅れが、それを許さなかった。

 

「――ッ」

 

 銀閃が走る。

 次の瞬間、彼女の剣は寸分違わず彼の胸を貫いていた。

 これまで蓄積し続けてきた力を全て解放して突き込まれた衝撃はバージルの背を抜け、そのまま後ろの木々すらまとめて吹き飛ばした。

 

「あぁ――」

 

 小さく漏れた彼女の声には、拭いきれない寂しさが滲んでいた。

 切っ先が心臓を穿った手応えは、柄を通して確かに彼女の掌へ伝わる。

 刀身は深々と突き刺さっており、剣先は背中を突き抜け貫通していた。

 その光景は誰の目から見ても明らかに致命傷だった。

 

「バージル……ッ!! そんなッ!」

「せ、先生ぇええええええええええッッ!!」

 

 後ろから一輝と黒乃の悲痛な叫び声が轟く。

 しかしその叫びは、手を下したエーデルワイス本人が上げたかった悲鳴でもあった。

 願っていた勝利のはずなのに、胸を満たしたのは歓喜ではなく、ただ取り返しのつかないものを斬ってしまったという喪失感だけ。

 

 今宵も世界最強の称号は変わらず、《比翼》のエーデルワイスの勝利で幕を下ろす――筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やるな」

 




とりあえず恒例行事は完遂できました。
さすがに比翼にならぶっ刺されてもいいです……よね?
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