蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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前夜祭終幕

 

 血だまりに倒れ伏したエーデルワイスを見つめながら、バージルは彼女をどうするべきか思案していた。

 

 彼女が自身の生徒である一輝を殺そうとしていたのは確実であり、今回の破軍学園襲撃におけるテロリストのメンバーに積極的に関わりは持たずとも協力しているのは、戦う前に交わした言葉を聞く限り事実だろう。

 しかし、悪魔の引鉄(デビルトリガー)を引いたことにより自らが悪魔の血を引いていることと、異世界人であることを知った彼女は、バージルがこの世界の人間に害を為すかどうかをわざわざ確認してきた。

 その様子からすると、少なくとも悪意を持つ人間という事は無いはずだ。

 

 だからといって彼女が敵であるという事実まで消えるわけではない。

 故にここで彼女が命を落としてしまったとしても、勝負の結果としてこうなった以上は仕方のないことだというのがバージル自身としての感想だ。

 

 弱者は強者に奪われる。

 

 その考え自体は人間としての力を認めた今のバージルにとっても変わらない思想であり、絶対の価値観だ。

 だが、彼女が意識を失う前に呟いていた言葉が、バージルの脳裏に蘇る。

 

『次こそは……私が勝ちます』

 

 死は覚悟していたのだろうが敗北への悔しさからか、ふいに漏れた言葉だったのだろう。

 つまりは、自らの全力を以てしても彼女の心を完全に屈服させることは叶わなかったということと同義。それはバージルにとっては何とも気に食わないことだった。

 

「…………」

 

 また、人間の姿のまま不覚を取ったというのが、自身の心の中で少しだけしこりとなって残っていた。

 悪魔との闘いであればまだ納得出来ようものだが、普通の人間――というには些か疑問符が付くが――に遅れを取り、心臓を貫かれるというのは自身のプライドを少なからず傷付けられた。

 もちろん、伐刀者(ブレイザー)という魔力を持つ超常の存在であるが故の事であると理解はしているが、それでも互いのスペック差は明白。

 

 とりわけ魔力量においては《真魔人》の姿でなくとも、元から圧倒的な差があり、本来であれば通常時の状態でも本気を出せば闘いにもならないはずだった。

 そうであるにも関わらず、苦戦を強いられてしまったということは――

 

(剣の技術は俺と互角――いや、認めねばなるまい。奴の方が、僅かだが上だったと)

 

 今回は力を以てしてのゴリ押しによる勝利。

 勝負の世界では自らの有利を活かすのは常套手段であり、これも立派な勝利と言えるだろう。それを非難する者など、どこにもいない。

 だが、バージルにとって剣術を上回られているというのは我慢ならない。

 自らの父であるスパーダの魔界仕込みの剣術が、人間の操るそれより劣っているなどあり得ないのだから。

 

(俺ともあろうものが慢心しすぎていたか……今の技術で満足している場合ではないな)

 

 既に"力"を極めた自分をさらに高めるのであれば、"技"を磨く他ないだろう。

 幸いにも剣技においてはエーデルワイスに及ばずとも、自らの生徒である一輝も同様に長けている。

 彼の持つ技の多彩さや戦闘の運び方は強者である自分やエーデルワイスにはないものだ。

 故に一輝の闘い方を自らに取り込んでみるのも面白いかと考える。

 そして、いずれはエーデルワイスの剣技をも超え、次こそは今の状態のままでも完膚なきまでに叩きのめしてやろうと決意した。

 

「それまでは生かしておいてやるか」

 

 誰に言うでもなくそう呟くと、バージルは倒れ伏したエーデルワイスを横抱きに抱え、外に出ようと瓦礫で塞がっている入口の方へと視線を向ける。

 幸いにも外には時間を巻き戻すことで負傷を無かったことに出来る能力を持った黒乃が待っているはずだ。

 であれば彼女に治療を頼めば問題ないか――と、そう思っていた矢先だった。

 

「ん?」

 

 今の今まで戦闘に夢中であったこともあり気付かなかったが、近くに見知った魔力の反応が二つ存在することを感知する。それは徐々にだが、地下から上がってきているようだった。

 

(黒鉄珠雫と……確か有栖院だったか)

 

 バージルが今回の破軍学園襲撃で知っている情報としては一輝が《比翼》と戦闘を行っているという事のみであるため、何故ここに珠雫と有栖院がいるのかは全くもって不明だ。

 だが状況から推察するに、この校舎内にも《比翼》の他に敵対する者がいたという事だろう。そこで戦闘となり、返り討ちにしたといったところか。

 

(であれば丁度いい。奴に治癒を頼めばいいか)

 

 珠雫は高位の水使いであるため、深手を負ったエーデルワイスであろうとも問題なく治療できるだろう。

 程なくして、薄暗い校舎の廊下から小柄な少女と長身の青年の影が恐る恐るこちらに近づいてくる。

 外から差し込む月光が徐々に二人の姿を照らすと、そこにはやはり珠雫と有栖院の姿が見えた。

 珠雫はこちらの姿を確認するなり、安堵した表情で尋ねてきた。

 

「バージル先生……やはり、あの途轍もない魔力は貴方でしたか。それと、その人は……」

 

 抱えているエーデルワイスを見て、珠雫とは正反対に有栖院はギョッとした表情で固まる。

 

「ちょ、ちょっとその人って……! 《比翼》じゃない……!?」

「えっ?」

 

 有栖院は《比翼》の顔を知っていたのだろう。

 彼が指摘したことでようやく理解したのか、珠雫は思わず目を瞬かせ、バージルとエーデルワイスの顔を何度も見比べていた。

 

「ね、ねぇバージル先生……もしかしなくても、勝ったの? あの《比翼》に……?」

「あぁ、それ以外にどう見える」

「どうしてそんな、まるで当たり前みたいに言えるのかしら……」

 

 有栖院は頭を抱えながら、半ば呆然として呟いた。

 

「その人、世間じゃ世界最強って言われる程の伐刀者(ブレイザー)なんだけど、流石に先生も知っているのよね……?」

「無論、その程度は知っている。確かに噂通り、世界最強の名に恥じない強さだった。おかげで多少は楽しめた」

「……ねぇ、珠雫? なんか驚いているこっちが変みたいに聞こえるけど、私がおかしいのかしら」

 

 有栖院が珠雫へ助けを乞うように尋ねるが、珠雫は溜息を吐いて投げやりに言葉を返す。

 

「諦めなさいアリス。バージル先生にそんな常識が分かるわけないでしょう」

「やだ、この子ったら辛辣だわ」

「何故か馬鹿にされている気がするが……まぁいい。そんなことよりも、こいつの治癒を頼む。お前なら造作もないだろう」

 

 その言葉に珠雫は眉を顰め、露骨に嫌そうな顔でバージルを見つめた。

 珠雫にとっては愛する兄である一輝を殺そうとしていた人間であるため、彼女を助ける道理など無いに等しい。

 一輝と相対していたのが世界最強の《比翼》であると分かっても取り乱していないのは、外にいる一輝の魔力反応を感知して生きていることが分かっているからだろう。

 

「もちろん出来ますが……何故ですか? このまま捨て置けば良かったのでは」

「別にそうしてもよかったのだが事情がある。主にリベンジと言う奴か」

「リベンジって、先生は勝ったはずじゃ……」

「確かに勝ちはしたが俺にとっては納得いかない勝利だったのでな。もう一度再戦をしたい」

 

 先ほども考えていたが、あれはバージルにとっては勝利というよりも引き分けという方が認識としては正しい。

 だからこそ、ここは何としてでも彼女を死なせるわけにはいかない。とはいえ、珠雫がダメなのであれば、すぐにでも黒乃の所へ向かう他ないだろう。

 そう思っていたのだが珠雫はしばらく考える素振りを見せると、仕方ないとばかりに頭を振り、溜息を吐いた。

 

「……分かりました。先生にはお兄様の件で色々とお世話になったことですし、これで借りは返しましたよ」

 

 珠雫がエーデルワイスの体へ手を翳して治癒魔術を行使すると、みるみると傷が塞がっていく。

 出血によって失った血のせいで顔色は悪かったが、仮にもこの世界の頂点に君臨していた女傑だ。この程度で死ぬようなことはないだろう。

 

「助かる」

「礼には及びません。それよりも先生、《比翼》を倒して、その上平然としているなんて、貴方は一体何者なんですか?」

 

 急にそんなことを問われ、答えに窮してしまう。

 何者なのかと問われてしまえば異世界の半人半魔としか答えようがないが、そんな答えを言えるわけもない。

 多少は事情を知っている黒乃には異世界人であると伝えてはいるが、ただの一生徒である珠雫に本当の事を伝えるわけにもいかない。

 

「……お前は自分の兄にしか興味がないと思っていたが、急にどうした」

「先生の仰る通り、私はお兄様とその周辺にしか興味はありませんが、あんな馬鹿げた魔力量をそこら中にまき散らしておいて、気にしないというのは無理があります」

「…………」

 

 やはり、あそこで魔人の姿へ変身するのは悪手だったかと、バージルは自らの浅慮を後悔する。

 普通の人間であれば、たとえ変身したとしても魔力など感じ取れるわけがないので問題なかっただろうが、伐刀者である彼女らにはあの魔力は異常に思えたらしい。

 とはいえ真実を伝える訳にもいかないため、さてどう言い訳をしようかと思っていたのだが

 

「ね、ねぇ……? ちょっと待って珠雫」

 

 と、ここで有栖院が何かに気付いたように周りを見渡すと、そこかしこで鉄骨が軋むような音が唸り始める。

 そこには薄っすらと、校舎内のそこかしこに《次元斬・絶》によって斬痕が刻まれており、それが今になってようやく斬られたことに気付いたかのように徐々にずれ落ち始めていた。

 

「ちょちょちょちょっとッ!? ここ、崩れ始めてるわよ!?」

「そういえば、こいつを斬る際に校舎ごと巻き込んでいたのを忘れていたな」

「何でそんな肝心なことを忘れてるのかしら……!? というかこのままだと生き埋めになっちゃうじゃない! 早く外に出るわよ!」

 

 言うや否や有栖院は自らのダガーナイフ型の霊装《黒き隠者(ダークネスハーミット)》を顕現させた。

 

「二人共、私に掴まって!」

 

 すぐさま珠雫が有栖院の腰に抱き着き、バージルもエーデルワイスを右腕のみで器用に持ち直しながら、残った左手で彼の肩を掴んだ。

 

「《日陰道(シャドウウォーク)》」

 

 すると、どぷんという音と共に影の中に吸い込まれていく。

 そこはまるで、水中にでもいるような漆黒に満ちた世界だった。

 

「ふぅ、危機一髪だったわね」

「ありがとう、助かったわアリス」

 

 バージルは初めて見た有栖院の《影》を操る能力に対し、少しだけ懐かしさを覚え、興味深そうに彼を見つめていた。

 

「あら、先生。いくら私が魅力的な乙女だからって、そんな情熱的な目で見られると恥ずかしいわ」

「何を馬鹿なことを言っている。ただ、少し前に『猫』を飼っていてな。そいつも影を操っていたのを思い出しただけだ」

「どんな猫ですかそれ……まぁ、能力を持つ動物も稀にいると言いますけど……というか先生、はぐらかそうとしないでください。さっきの話の続きを――」

「…………」

 

 今の出来事で忘れてくれたかと思っていたが、なおも見逃してくれそうもない珠雫に対しバージルはそのまま沈黙を保つしかなかった。

 

 

*********************

 

 

「一体、何が起きたと言うんだ……」

 

 一輝と黒乃の二人は完全に倒壊した暁学園の校舎を呆然と見つめながら、今しがた起こった様々な出来事を飲み込むことができずにいた。

 

(あいつは不死身だとでも言うのか……?)

 

 先ほどエーデルワイスに貫かれたバージルが普通に戦闘を継続したことについて黒乃は不審に思う。

 黒乃はバージルが異世界人であることを理解しているため、彼が伐刀者(ブレイザー)と同じように固有の能力を持つことはなく、独自の魔力の扱い方をしているという事を知っている。

 

 今は周りに伐刀者(ブレイザー)であるという事を説明するため、魔力具現化という能力を持つ伐刀者(ブレイザー)として連盟のデータには登録されている。

 しかし、いくらこの世界の魔術とは体系的に異なるとはいえ、心臓を貫かれてもなお動けるというのは全くもって想定していなかった。

 

(それにあの魔力量……こちらへの申告時点でも相当なものだったが、あれほどとは聞いていなかったぞ……)

 

 エーデルワイスと共に校舎内へ移動してしばらくした後――それは何の前触れもなく、突如として跳ね上がった。

 その膨張は、もはや“増大”などという生易しい言葉では足りない。

 味方であるはずの黒乃と一輝ですら、思わず息を呑み、全身を強張らせるほどの圧。

 一個人から放たれているとは到底思えぬ魔力の奔流が、暁学園の敷地一帯を呑み込むどころか、その先の空間にまで濁流のように溢れ出していく。

 どこまで広がっているのか、果たしてどこで終わるのか――それすら判然としない。

 ただひたすらに、世界そのものを押し潰さんとする災厄のようでもあった。

 

 その総量は、世界一の魔力量を誇るとされるステラ・ヴァーミリオンすら、明らかに凌駕している。

 いや、比較すること自体が間違っているのかもしれない。

 これは最早、一人の伐刀者(ブレイザー)がその身に宿してよい領域ではない。

 人間という器に収まっていること自体が、異常。

 そう断じる他がないほど、バージルの内に渦巻く力は桁外れだった。

 今でこそ、その強大な魔力は鳴りを潜め、いつもの状態に戻ってはいるが未だその衝撃から二人は立ち直れずにいた。

 

「理事長、バージル先生って何者なんですか……? あの魔力量は明らかにステラを超えています。そんな人が最近まで噂すら出てこなかっただなんて……不自然にも程がある気がするんですが……」

「何者なのか……か。正直言って、私にも分からん……」

 

 黒乃がバージルについて知っているのは悪魔がいる世界にいた異世界人であるという、この一点のみに尽きる。

 向こうから自身の事をいくらか話してもらってはいるが、それも全てどこか曖昧な表現でしか知り得ず、大事なことはどこかはぐらかされている印象だ。

 

(いや、私が目を逸らしているだけか……あいつが悪魔であるという可能性を……)

 

 心臓を貫かれて生きていることも、あの膨大な魔力量も、彼が人外の者であれば納得がいく。

 米国で見られたという赤い悪魔の情報は、もちろん黒乃の耳にも入っており、その正体が赤いコートを着た銀髪の男でバージルに酷似した人間であるという。

 そのことから彼の話にもあったバージルの弟であるという可能性が非常に高い。

 となればその男もバージルと同様に異世界の者であるため、伐刀者(ブレイザー)ではないにも関わらず異形化したということになる。

 つまりはその血縁者であるバージルも同様に『悪魔』であるという結論に達してしまうのだ。

 

(お前が人間であると信じたいが、状況証拠的にこれは明らかに人間の範疇を超えている……《魔人(デスペラード)》である寧々や南郷先生でさえ、あんな真似は到底出来ないだろうに……)

 

 いずれバージルには真実を聞き出さなければならない。

 だが、もし彼の本当の姿を暴き出したとして、一体どうすればいいのか。

 最悪なのは彼の本性が『悪魔』そのものであった場合、正体がバレたことで襲い掛かってこないとは限らない。

 それに、あの圧倒的な魔力量を前に自分が勝てるビジョンがまるで浮かばない。

 仮に寧々と共に戦ったとしても無駄だろう。

 

(クソッ……どうするのが正解なんだ……)

 

 確かめるべきか、静観するべきか。

 そんな答えの出ない思考の迷路に陥っていた時だった。

 ふと後ろから、こちらを嘲笑するかのようなおどけた声が聞こえてきた。

 

「おやおやおやぁ? 何とも巨大な魔力を感じたと思ったら、我らが学園が木っ端微塵になっているではありませんかぁ!」

「うっわぁ~、なんか面白いくらいにスッパリ斬られてるね。あ、一輝君さっきぶり!」

 

 話しかけてきたのは、まるで道化師のような珍妙な服を着た長身の男と、巨門学園の男子用制服を着た少女と見紛う程の華奢な子供。

 そして、その後ろにも強烈な気配を漂わせた幾人もの少年少女たちが佇んでいた。

 

「貴方たちは……!」

「黒鉄、こいつらか? 今回の主犯たちは」

「はい……詳しいことは省きますが破軍を襲撃してきた、暁と呼ばれる学園の生徒たちです」

 

 《道化師》平賀玲泉

 《風の剣帝》黒鉄王馬。

 《凶運(バッドラック)》紫乃宮天音。

 《不転》多々良幽衣。

 《魔獣使い(ビーストテイマー)》風祭凛奈。

 《血塗れのダ・ヴィンチ》サラ・ブラッドリリー。

 

 そこにいた生徒たちは当然、黒乃も知っていた。

 破軍以外の学園で急に頭角を現した者たちであり、全員が七星剣武祭へ参加する生徒だったからだ。

 

 そして全員が無傷のまま、誰一人欠けることなくその場に立っている。

 それが意味することはただ一つ。

 破軍の生徒達が敗れたという事だ。

 手傷すら負わせられず、成す術もないままに。

 

「貴様らが今回の下手人共か……寧々は何をやっているというんだ」

 

 一輝の救援に向かった黒乃とは別に寧々は襲撃された破軍学園に向かうことになっていた。

 そのため、襲撃犯たちをまとめて片付けてくれたのかと思っていたが、間に合わなかったとでもいうのか。

 

「まぁまぁ、彼女を悪く思わないでください。《夜叉姫》にはこれ以上、そちらへ手を出さない代わりに撤退させてもらうように頼んだのですよ。何しろ彼女の能力では無関係な周りの人間を巻き込んでしまう恐れがあるのでね。こちらの親切心のようなものです」

「うちの生徒たちはどうした」

「ご安心を。誰一人死んでなどいませんよ。一部の生徒は逃してしまいましたが、それ以外はちゃ~んと《幻想形態》で一人残らず気絶しておりますので」

 

 平賀の言葉が嘘である可能性も無きにしも非ずだが、黒乃は生徒たちに死者が出ていないと知って内心でホッと息をつく。

 それでも、今もこちらにしてきた仕打ちを百倍にして返したい気持ちではあったが、今は満身創痍の一輝もいる。

 故にここで霊装を抜くようなことはせず、大人しくするしかなかった。

 

「それよりも聞かせていただいてもよろしいですか? ここには《比翼》が待ち受けていたかと思うのですが、この状況は一体全体どういうことなのですかねぇ」

 

 わざわざ答えてやる義理もない黒乃としては、その質問に対し沈黙を貫いた。

 しかし、平賀のすぐ後ろにいた王馬は崩れ落ちた校舎へ目を向けて、どこか確信めいた表情で黒乃の代わりに答えた。

 

「……《魔剣士(ダークスレイヤー)》だ。彼と同じ質の魔力を感じる」

 

 黒乃と一輝は王馬が答えたことに驚く。

 その言葉は王馬がバージルと会っていなければ出てこない言葉だったからだ。

 そんな二人の心境などいざ知らず、誰に言うでもなく静かに答えた王馬の言葉に、多々良は苦々しい顔をしながら反応した。

 

「オイオイ、あんな馬鹿デケェ魔力持ってるとか《魔剣士(ダークスレイヤー)》ってのはどんなバケモンだよ。……てかよぉ、まさか《比翼》が負けてるとか言わねえよな?」

 

 多々良がそのように思うのも無理からぬことだ。《比翼》の二つ名は、この世に存在する全ての伐刀者(ブレイザー)にとって"絶対"の象徴ではあるが、それでも先ほど感じた魔力はそんな"絶対"を揺るがしてしまうのではないかと思う程に強烈だったのだから。

 

「《不転》よ、《戦乙女(ブリュンヒルデ)》にとって、『敗北』という二文字は最も縁遠き概念。いかに世界に轟くマナを持っていようと、かの聖剣の前には遍く『魔』をも打ち払おうぞ」

 

 そんな多々良の不安の混じった発言に対して、凛奈が独特な口調で反論した瞬間だった。

 崩れ落ちた校舎の近くに不自然な程の漆黒の影が突如として現れたのだ。

 この不自然な現象は能力によってもたらされたものだろう。そして、これは《影》を操る有栖院のもの。

 これを友人として事前に知っていた一輝が先に声を上げた。

 

「……ッ! あれは!」

 

 この場にいた全員が一輝が反応したその影へと視線を集中させる。

 しばらくすると、まるで穴のようにぽっかりと空いた影の淵から有栖院がよじ登るように現れ、彼は影の穴に手を伸ばし、珠雫を引き上げていた。

 

「珠雫、アリス……良かった。無事だったんだ……」

 

 一輝の安堵した言葉が漏れる。

 しかし、その穴の中にいたのは珠雫と有栖院だけではなく、もう一人いたようで穴の淵から地面を掴む片手だけがチラリと見えた。

 程なくして、その手の主であるバージルが苦もなくスッと這い上がると、この場の全員はその姿を見た瞬間、驚愕の嵐に包まれた。

 

「おやおや、これは……」 

「ッ!」

「マジかよ……」

「バージル……」

 

 何とバージルは、力なく気絶しているエーデルワイスを抱えながら地面に立っていた。

 それを遠巻きに見ていた全員はすぐに理解する。

 

 世界最強である《比翼》が敗れたのだと。

 

 各々が様々な感情で目の前の光景を見つめ、目を丸くする。

 しかし、それも当然だろう。何しろ、同じ破軍学園に所属している自分たちですらが驚きを禁じ得ないのだから。

 

 バージルはエーデルワイスを抱えたまま珠雫と有栖院の二人を後ろへ連れて、こちらへ歩いてくる。

 近づいてくる彼を見て、暁学園の面々は即座にその場を離脱できるように身構えていた。

 

 世界最強と言われる《比翼》に勝利したというのであれば、この場にいる――というよりもこの地球上において誰にも勝てない存在であることが確定しているのだから。

 しかも、今回襲撃した破軍学園の教師であるバージルが彼らを敵対視しているのは当然であり、彼らの対応としては間違っていない。

 だが、あまりにも想定外の事だったのか、暁のメンバーの中で動揺が生まれ、各々が小声でこれからどうするかを話す声が微かに聞こえてくる。

 

「ねぇ、これってすぐにでも逃げた方がいいのかな?」

「止めろ馬鹿。今、不用意に動けば私たち全員の首が飛ぶ。今は大人しくしていろ」

「お嬢様、私の後ろへ」

「う、うん」

「……? なんか色々混ざってる?」

 

 が、どうやら逃げても無駄だと判断したのか、彼らはこの場に留まることを決めたらしい。

 そして、目の前まで来たバージルはこの場に新しく来た暁の生徒たちを一瞥し、呟く。

 

「知らない間に随分と観客が増えているな。確か、他の学園の七星剣武祭の出場者だったと記憶しているが」

「バージル、こいつらが今回の襲撃犯たちだ」

「ほう……死者は?」

「こいつらの話を聞く限り、いないとのことだ。全員《幻想形態》で眠らされているらしい」

 

 バージルは「そうか」とだけ返し、その視線を王馬へと向けた。

 

「最近の学生というのは俺が知っている知識よりどうも血気盛んらしい。それに、どうやら見知った顔もいるようだ。その顔を覚えているぞ、黒鉄王馬」

「………ッ」

 

 全員が王馬へと目を向ける。

 

「さっき王馬兄さんも言っていましたけど、知り合いだったんですね……」

「この学園に来る前に世界を放浪していた頃、こいつに勝負を挑まれたことがあってな。名前までは知らなかったが、以前お前に兄がいるという話を聞いて思い出した。まさかこんなところで再会するとは思いもしなかったが」

 

 バージルは静かに突き刺すように目を細める。

 その視線を受けた王馬は一瞬だけ緊張したように息を呑むが、それでも眉間を寄せながらバージルから目を逸らさない。

 それを挑戦と受け取ったのか、バージルは棘を含んだ口調で王馬へ話し掛けた。

 

「あの時は見逃してやったというのに、わざわざ俺が所属している学園へ襲撃を仕掛けるとは懲りん奴だな。また俺に喧嘩でも売りに来たのか?」

「……今回の件に関しては貴方が目的ではない。あくまで今の俺の目的は《紅蓮の皇女》だ」

「その割には視線に殺気を感じるが、これは俺の勘違いか?」

「《比翼》には一度、命を救ってもらった恩があるからな。故に貴方が《比翼》をどうするかによって、こちらの対応が変わってくる」

「どうするか、か。確かこいつは犯罪者だったな。であれば、一先ずは連盟の者に引き渡す予定だが」

「そうか、ならば――」

 

 そう言うと同時に王馬は野太刀型の霊装である《龍爪》を顕現させ、切っ先をバージルへと向けた。

 

「彼女をこちらへ返してもらいたい。もしできないのであれば、実力行使で奪わせてもらう」

「ほう……以前、俺に敗北を喫しておきながら、随分とでかい口を叩くものだ」

 

 まさに一触即発とでもいう空気を醸し出すが、後ろで控えていた多々良が慌てたように王馬を止めにかかる。

 

「おいッ! テメェは正気か!? 《比翼》よりつえぇ奴に勝負を仕掛けんじゃねぇよ! 自殺志願者か!?」

 

 恐らく、王馬とバージルが闘いになれば自分たちも巻き込まれると悟ったのだろう。

 多々良は無謀にも闘いを挑む王馬のとばっちりを受けまいと、必死で止めにかかっていた。だが、王馬はそれでも闘いの姿勢を崩さない。

 

「下がっていろ《不転》。これは貴様らには関係のない、俺の個人的な『決闘』だ。故に貴様らが巻き込まれることはない。そうだろう? 《魔剣士(ダークスレイヤー)》」

「知らない間に随分と仲間思いになったようだな。だが――」

 

 バージルの視線が王馬の顔から、その手に持っている霊装《龍爪》に向けられる。

 

「その癖は治っていないようだな。そのザマでどうやって俺に勝つつもりだ?」

「……ッ!」

 

 バージルがそう指摘し、黒乃もつられるように視線を王馬の《龍爪》へと向けると、あることに気が付いた。

 

 ――王馬の腕が小刻みに震えていたのだ。

 

 その震えは決して、武者震いなどではなかった。

 彼の表情を見れば誰もがそう思うことだろう。

 顔の筋肉が緊張のあまり強張っており、額には脂汗が浮かんでいる。

 今にも逃げ出そうとしている体を精神力で必死に抑えつけているのは誰の目から見ても明らかだった。

 

 一体、二人の間にどんなやり取りがあったのかは分からないが、はっきりしていることは王馬がバージルに対して心の底から恐怖を抱いているということだ。

 それは視線を交わしているバージルも当然のことながら理解していた。

 

「ふん……」

 

 バージルはそんな王馬の姿を一瞥すると何を思ったか、急に抱えていたエーデルワイスを王馬へと放り投げた。

 

「――ッ!」

 

 咄嗟のことで反応が遅れていたが、それでも空いていた左腕でエーデルワイスを受け止めた王馬から視線を外すと

 

「帰るぞ」

 

 と、唐突に言い放った。

 これには暁の面々だけでなく破軍側も戸惑いの表情を浮かべる。

 しかし、このバージルの行動に対して王馬は明らかに憤慨した様子で叫ぶ。

 

「待てッッ! 逃げるつもりか!」

 

 そんな王馬の激昂に対し、バージルはあくまで静かに返す。

 

「《比翼》はもう返してやった。これでもう俺と貴様に闘う理由はない」

「この俺を侮辱する気かッ!」

「侮辱だと? 馬鹿も休み休み言え。死を前に震え上がる者の血で刃を汚させるなど、それこそ侮辱であると知れ」

「~~~~~ッッ!!」

 

 王馬自身にも自覚はあるのだろう。ここまでコケにされているにもかかわらず、それでも恐怖が勝っているのか踏み込むことが出来ずにいた。

 だが、プライドがそんな自分を許せないのか、王馬は自らの手に収まっている霊装を強く握りしめる。その右手からは、血が滴り始めていた。

 

「俺もそうだが、やはり兄弟というのは似ないものだな。遠目からだったが《比翼》を前にしても果敢に攻め入っていた弟の一輝の方が、貴様よりも肝が据わっているぞ」

「なッ……なん、だとォ……! 愚弟よりも俺が下だと!? 《紅蓮の皇女》だけでなく貴方までもそんなペテン師を信じていると言うのかッ!」

「ペテンだろうと何だろうと全てを使って勝利する。それが人間の"力"だ」

「間違っている……間違っているぞ《魔剣士(ダークスレイヤー)》ッ! あれ程の魔力を持つ貴方がそんな者に惑わされるなど、あってはならないッ!」

 

 王馬の表情が悲痛なものへと変貌していく。

 一輝と珠雫は、ほぼ絶縁状態の兄とはいえ、そんな姿を初めて見たのか驚きつつも複雑な表情でその光景を見ていた。

 

「どうとでも言うがいい。こんな下らん押し問答など、する気にもならん。用がないのであればさっさと帰らせてもらうぞ」

「クッ……!」

 

 まるで相手にもされずにそのまま立ち去ろうとするバージル。

 完全に闘う意思を無くした相手に斬りかかるのは流儀に反するのか、王馬はその場で立ちつくしかなかった。

 だが、バージルにはここにいる理由がなくなっても、まだこちらには聞きたいことが残っている。

 

「おい、待てバージル。このままおめおめと帰れるか。一体何の目的があってこんなことを仕出かしたのか、こいつらに聞き出さなくては」

「……とのことだが? 貴様らの中で誰か説明してやれ」

 

 黒乃に呼び止められたバージルは暁の者たちへ視線を向けるが、すぐに王馬の傍にいた平賀が押しのけるようにして前へ出る。

 

「仕方ありませんね。一輝クン達にはもう説明したのですが、この平賀がもう一度説明して差し上げましょう」

 

 平賀は今回の襲撃の意図を説明した。

 暁学園とは、とある巨大組織がある目的のために設立した学園。

 その目的を果たすうえで重要な過程の一つが、七星剣武祭への参戦である。

 しかし、騎士連盟が新設学園にいきなり七星剣武祭への参加資格を与えるはずもない。

 そこで暁学園は、連盟管理下にある学園の一つ――破軍学園を壊滅させることで強さを認めさせ、自らが参戦資格を得ようと目論んだ。

 

 彼らがこのような暴挙に及んでもなお参加資格を得られると考えたのは、七星剣武祭の理念が「日本で最も強い学生騎士を決める」ことにあるからだ。

 もし歴史ある破軍学園が暁学園に敗れ、壊滅に追い込まれたにもかかわらず、それでもなお参戦資格を与えないとなれば、連盟は暁学園の挑戦から逃げたも同然となる。

 そうなれば、日本の伐刀者教育を担う騎士連盟の権威と信頼は大きく揺らいでしまう。

 故に暁学園は、連盟が最終的に自分たちへ参戦資格を与えざるを得ないと読んでいた。

 

「――と、まぁざっくりこんなところですかね。先ほども申し上げた通り、破軍は既に壊滅に追いやりました。《比翼》が敗れていたとはこちらも予想外でしたが、一先ずは我々の目的の第一段階は達せられているという訳です」

「そこまでして何故七星剣武祭に参加したがる……!? こうまでして連盟の顔に泥を塗るような真似をするなど……貴様らのバックにいるのは誰だ!」

「フッフッフ……流石にクライアントの個人情報を漏らすのは、裏の住人としてご法度ですのでご容赦を。まぁ明日の記者会見を見て頂ければ分かると思いますから、それまではしばしの辛抱ですよ」

「記者会見だと……!?」

 

 こんな大それた犯罪行為をしてでも連盟を貶め、なおかつこのような学園を建てられる財力のある者。

 黒乃としても、そんじょそこらの小悪党であるとは思えなかったが、まさか記者会見という公の場に出てくるとなると、今回の裏にいる人物は相当な大物であるはずだ。

 もしかすれば政治家――それも反連盟の気風を漂わせている現与党の中の人物である可能性が高い。そして、こんな強硬手段を取ったとしても、それが許されるような人物は黒乃の中では一人しか知らなかった。

 

「話は済んだか? ならさっさと帰るぞ」

 

 だが、そんな考えもバージルの急かすような言葉で霧散してしまう。

 そこには明らかに"飽きた"とでもいうような表情を張り付けたバージルが、腕を組んでこちらを見ていた。

 

「なぁお前……もうちょっと興味を持てないのか? 今回も黒鉄がピンチだったんだぞ」

 

 黒乃はそんな態度を取るバージルに対して叱責する。

 一歩間違えれば死人が出ていてもおかしくなかった事件だ。

 事実、一輝は《比翼》との闘いで死にかけているのだから、まかり間違ってもなぁなぁで終わらせていい訳がない。

 

「だから助太刀に来た。それに今回に関しては殺し合いだった《比翼》はともかくとして、他はガキ同士の喧嘩だろう」

「そ、それとこれとは全く話が違う! これは明らかに何らかの政治的な陰謀が――」

「こういった面倒事はもうこりごりだ。それに結局は裏にいる者の思惑がどうであれ、こいつらが七星剣武祭に出場することは確定なのだろう? ならば、あとはそこで勝敗を決する他あるまい」

 

 有無を言わさぬ物言いに、何も言い返せなくなってしまった黒乃は閉口するしかなかった。

 仮にここで自分が暁の生徒たちを全員叩き潰して捕らえたとしても、裏にいるのが黒乃の想像通りの人物であれば、彼らは無罪放免でそのまま七星剣武祭に参加することだろう。

 既に賽は投げられ、後のことはバージルの言った通り、七星剣武祭に参加する生徒たちに委ねる以外に、こちらがやれることはないのだ。

 

「クッ……!」

 

 自らの母校や生徒たちを守れず、自身が何もできない現実に黒乃は歯噛みする。

 だが、自身の横から一輝が決意の籠った声でこちらへ話し掛けてきた。

 

「理事長、バージル先生の言う通りです」

「黒鉄……」

「七星剣武祭は日本で最強の学生騎士を決める大会です。今さら他の学園が現れたって別に構いやしません。むしろ好都合と言ったっていい。裏の世界の人間も集まって、真の最強を決めるのであれば、僕にとってこれ以上の舞台はないと思います」

 

 一輝が勇ましく宣言すると、バージルは口の端を吊り上げて笑いを零した。

 

「そういうことだ、新宮寺。生徒がここまでやる気を見せているのであれば、それを汲んでやるのが教師としての務めだろう」

「……分かった。ここは大人しく引き下がるとしよう」

 

 実際に七星剣武祭へ参加する一輝に言われてしまえば、こちらとしては何も言えない。

 これ以上ここに留まるのは賢明ではないと判断し、バージルの言葉に従うことにした。

 

「賢明なご判断に感謝しますよ。とはいえ、まさか貴方が撤退を進言してくれるとは意外でしたね」

 

 だが、素直に帰ろうとしたところへ水を差すように、平賀が口を挟んでくる。

 

「勘違いするな、道化。貴様らを見逃すのは生徒の獲物を横取りするのに気が引けたというだけだ。でなければ、その不愉快な仮面ごと真っ二つにしてやったとも」

「おや、この仮面はお気に召しませんでしたか? ボクとしては愛嬌があって気に入っているんですよ?」

「だとすれば自身のセンスを見直すがいい。それに、道化師には良い記憶が無い。馴れ馴れしく話しかけるな」

 

 平賀に対して嫌悪感を隠さずに突っぱねたバージルは、目もくれずに早々にその場から立ち去ろうと歩き出す。それに追従するように一輝たちもまた彼に付いていった。

 

 黒乃は最後まで事の真相を突き止められず、若干の気持ち悪さを覚えていたが、平賀が言うには明日の記者会見で黒幕が現れるらしい。

 であれば、無理にここで暴かなくとも問題ないと自分に言い聞かせ、バージル達の後を追う。

 

 背後の暁学園が遠ざかっていく。

 バージルたちの少し後ろを歩きながら、黒乃は今日起こった様々な出来事を思い返していた。

 

 暁学園による破軍への襲撃と、裏に潜む黒幕。

 バージルと《比翼》の戦闘によって垣間見えた、彼の正体。

 

(はぁ……今日は色々と情報量が多すぎる……暁だけではない……お前も悩みの種だというのに……)

 

 目の前でバージルを囲うように一輝たちが《比翼》との戦闘に関して質問攻めをしていた。

 それを鬱陶しそうにしながらも淡々と答える彼を見て、黒乃はやはり自分の推察は誤りなのではないかと考えてしまう。

 

(とりあえずは上に報告しなければ……世界最強が入れ替わりました、だなんて笑い話にもならん……)

 

 壊滅した破軍学園の対応とバージルについての諸々の報告。

 それらの対応は今日中には終わらないだろう。

 黒乃は「今日は徹夜だな」と思いながらも、バージル達と共に破軍学園へと向かうのだった。

 

 

*********************

 

 

 数分後、未だ激しい戦闘痕が残っている暁学園のグラウンド上で王馬は呆然とバージルたちが立ち去って行った道を眺めていた。

 しばらくすると、この場にいた暁のメンバーの一人である多々良が、ようやく解放されたかのように深く息を吐く。

 

「ッハァ~~。……マジでビビったわ。てかよォ、ターゲットの選定ミスってねェか? 《比翼》よりやばい先公がいるところに襲撃かけるって知ってたら、こんな依頼、最初(ハナ)っからお断り案件だったぜ」

「恐らくクライアントも彼の強さがそこまでと思っていなかったのでしょうね。そうであったなら、破軍以外の学園に対象を絞っていたでしょうから」

「知らねェじゃ済まねェだろ。もうちょいギャラを多く貰わねぇと割に合わねェっつの」

 

 平賀の返答に対し、多々良がボヤくようにクライアントに対する文句を吐き出す。

 今回の破軍学園襲撃である通称《前夜祭》は一番の障害であった《世界時計(ワールドクロック)》、《夜叉姫》、《魔剣士(ダークスレイヤー)》の三人が出払っているタイミングで襲撃を掛けるという作戦であった。

 とはいえ、仮にこの三人の内の一人だけであれば撤退することが出来る程度の強さという仮定から立案されたものであり、まさか《魔剣士(ダークスレイヤー)》が《比翼》よりも強者であったというのは、クライアントが知る由もなく、以前彼に出会ったことがあった王馬でも予想は出来なかったのだ。

 

「というか、どうしようか。僕たちの一応の仮拠点が細切れにされちゃってるけど。これからホテル探すの面倒だなぁ。何とかならない?」

 

 天音が困ったように崩れ去った校舎を見つめながら呟くと、凛奈がサラへ命令するように指をさす。

 

「案ずるな《凶運(バッドラック)》よ。サラ!」

「うん」

 

 サラが一歩前に出ると、彼女は自らの霊装を展開する。

 彼女の両手に顕現したのは絵の具の乗ったパレットとボロボロの筆。

 これこそ《血塗れのダ・ヴィンチ》サラ・ブラッドリリーの固有霊装《デミウルゴスの筆》である。

 サラは手に持った筆を宙をなぞるように振るうと、なんと人型の実体が顕現しだす。

 

「《幻想戯画(パープル・カリカチュア)》――《世界時計(ワールドクロック)》」

 

 その能力は色の概念を引き出すだけでなく、あらゆる伐刀者(ブレイザー)を再現し、その能力すらも使用できるという破格の性能を持つ。今回は崩れ去った校舎を直すため、時間を巻き戻せる能力を持つ《世界時計(ワールドクロック)》新宮寺黒乃を再現したという訳だ。

 

「ホント便利だよねぇ。サラさんの伐刀絶技(ノウブルアーツ)。これなら《魔剣士》も模倣できないのかな?」

「どうだろ。実際に闘っているところを見たことがないから分からないけど、多分できると思う」

 

 そんな気のない返事をする間に、ものの数秒でボロボロだった校舎が完全に修復される。

 天音はサラへ賛辞を贈るかのように、パチパチと拍手をしていた。

 

 すると、おもむろに王馬へ近づいてきた平賀が、王馬の抱えているエーデルワイスを見やりながら問いかける。

 

「え~~~っと王馬クン? 校舎も直ったことですし《比翼》を再生槽(カプセル)に運ぼうと思うんですけど、こっちでやっておきましょうか?」

「…………あぁ」

 

 平賀は王馬から抱えていたエーデルワイスを手渡されると、この場にいる全員を一瞥し号令をかける。

 

「これで《前夜祭》は終了となりますので、今回はこれで解散としましょう。今日は夜も遅いので僕は学園で夜を明かそうかと思います。地下にいたはずのヴァレンシュタイン先生も、ついでにこちらで探しておきますので、皆さんはそれぞれご自由にどうぞ。それではお疲れさまでした」

 

 そのように取り仕切ると、この場にいた全員はそれぞれ思い思いの方向へ散っていく。

 全員が裏社会の人間なので無論、馴れ合うこともない。

 多々良、凛奈、サラ、それと凛奈のメイドのシャルロットがこの学園から立ち去って行き、天音は先ほども言っていた通りこの校舎内に泊まるようだ。

 

「王馬クンはどうされますか?」

 

 自身を覗き込むように尋ねられた王馬は小さな舌打ちと共に、嫌悪の表情を隠さずに吐き捨てる。

 

「俺がどうしようと勝手だろう。……一人にさせろ」

「う~ん、相変わらずつれないですねぇ」

 

 これ以上話しても無駄だと悟ったのか平賀は恭しくお辞儀をすると、エーデルワイスを抱えて校舎にある再生槽(カプセル)のある治療室へと向かっていった。

 その場に残ったのは、ポツンと立つ王馬ただ一人。

 

 王馬は数分の間、夜風に自身の長髪がなびくままに任せ、ただ佇んでいた。

 未だに右手に握られていた自らの霊装、《龍爪》をそのままにして。

 だが、しばらくして王馬が俯くと、同時に肩が微かにわなわなと震え出す。

 

 それはまるで、噴火を待つ活火山のようだった。

 そして次の瞬間、その怒りは堰を切ったように噴き上がった。

 

「~~~~~ッッ!! ッぐぅおおぉおおおぁああぁああああッッ!!!!!」

 

 王馬は手に持った《龍爪》を思い切り振りかぶり、何度も何度も地面に叩きつける。

 その衝撃でグラウンドの地面が爆発するかのように弾け、バージルと《比翼》の闘いの余波で既に荒れていた地面が、最早取り返しがつかないほどの様相に変わり果てる。

 自らの魂である霊装を地面に叩きつけるこの行いは、ある種の自傷行為にも等しかった。

 

「何と無様なッ! 何をやっているんだ俺はッ! ふざけるなッ! 俺は……俺は……ッ!!」

 

 王馬がここまで怒り狂っているのはもちろん、先ほどのバージルとのやり取りのせいである。

 だがこれは、自分を侮辱してきたバージルに対しての怒りではなく、主に自らの心から発せられたものが原因だった。

 

(俺は……安堵している……ッ!! 見逃されたことに、興味を失われたことにホッとしている!!)

 

 バージルから発せられる殺気に対し頭では挑もうとするも、心が敗北を認めてしまっていた。

 そんな思考ではどうにもならない自らの心根に対し、かつてない程の怒りが沸き上がっていたのだ。

 

 王馬がバージルに対して勝負を挑んだのは、確かに命を救ってもらった恩のあるエーデルワイスを助けるためでもあるが、真の目的は圧倒的な力を持った彼と再戦を図るためでもあった。

 かつて、《解放軍(リベリオン)》の《暴君》に闘いを挑んだ王馬はその圧倒的な力の差に敗北した。

 その際、彼は《暴君》によって与えられた死の恐怖によるトラウマを抱えてしまったのだ。

 

 王馬は考えた。

 これを克服するためには自らを蹂躙するほどの高みに挑み、なおそれを超えるしかないと。

 故に王馬はトラウマを克服するため、数々の戦場を渡り歩き強者を求め続けた。

 そうして出会ったのが最近裏社会でよくその噂を耳にするようになった《魔剣士(ダークスレイヤー)》バージルだった。

 彼と出会うこと自体は簡単なものだった。

 彼がいるとされる国の犯罪組織を張っていれば、向こうからそれに誘われるようにやって来るのだから。

 

 だが、その結果は惨憺(さんさん)たるものだった。

 王馬の剣は歯牙にもかけられず、死を覚悟して磨き上げた肉体も意味を為さない。挙句の果てには《暴君》の時と同じように震え始める始末だったのだ。

 そんな自分に嫌気が差し、以前にも増して自分を痛めつけるような修行を繰り返して今に至る訳だが。

 

 そのような過去を経て再度、挑んだ今回の結果は――何も変わってなどいなかった。

 

 否、それよりももっと酷い。闘いにすらならなかったのだ。

 

「ハァッ――! ハァッ―――!」

 

 未だに怒りが収まりきらない王馬であったが、ひとしきり鬱憤を発散させると、ようやく《龍爪》を自らの内にしまい込む。

 

(絶対に……絶対に諦めんぞ……! 無様は既に晒し尽くしている。もう、形振り構ってなどいられん……ならば……)

 

 王馬は先ほど修復された暁学園の校舎を睨みつけるように視線を向ける。

 そこには治療室に運び込まれた《比翼》がおり、未だ彼女は眠ったままではある。

 しかし、彼女が目を覚まし次第すぐにでも伝えなければならないことがある。

 

 王馬は治療室のすぐ外で待機するために校舎へと向かうのだった。

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