蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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串刺し

  

 破軍学園が所有する奥多摩合宿所。その程近くにある空き地では大剣を振るうステラと、その斬撃を刀でいなし続けるバージルの姿があった。

 もっとも、それは攻防と呼ぶにはあまりにも一方的だったが。

 

「遅い」

「がっ!?」

 

 柄尻を鳩尾に叩き込まれ、耐えかねる圧痛に蹲るステラ。

 合宿所へ到着してからというもの、既に十回近く同じような流れで叩きのめされていた。

 

「がはッ! ごほっ!」

「ふむ……」

 

 苦痛に喘ぐステラを見下ろしながら指を顎に当て、何やら考え込むようにその場に立ち尽くすバージル。

 見ようによっては何らかの虐待現場に見えてもおかしくない状況ではあるが、これはステラ自身が望んだ特訓。

 故にこうして勝負が一区切りするたびに教師であるバージルがステラの欠点を洗い出し、指摘するようにしていた。

 

「せ、先生……今のはどこが悪かったのかしら……」

「踏み込みが甘い。俺を前に慎重になるのは分かるが、お前の持ち味が完全に死んでいる。こんなことでは、そもそも鍛錬にすらならんぞ」

「そ、それはそうだけど。でも先生の方がアタシよりも基本的な能力が高いんだし、出方を窺うのはしょうがないというか」

「お前に合わせて力はセーブしているだろう。今の状態ならば、パワーはお前の方が上だ」

「うっ……」

 

 合宿所に来てから既に数時間が経過しているが、正直に言ってあまり成果らしい成果は挙げられていないというのが現状だった。

 無論、そんな短時間で今のステラの悩みを解決できるのであれば苦労はないのだが。

 

「今のお前は明らかに冷静さを欠いているように見える。そんなことではどちらにしろ時間の無駄だ。せめて少しは頭を冷やせ」

「分かってるわよ……そんなことは……」

 

 バージルの言う通り、自身が現状あまりよろしくない精神状態であることは分かっている。

 しかし、この短期間の中でなんとかしなければならないという焦燥が、どうしても頭から抜けないのだ。

 

「ねぇ、バージル先生。もっとこう、一気にガーッと強くなれる方法ってないのかしら?」

「何だと?」

「あっ……え~っと……今のは言葉の綾というか何というか――」

 

 細かい部分を指摘されてはいるが、そこはステラの天性の才能のおかげですぐに修正されてはいる。しかし、このまま微細な修正を繰り返していったとしても、それによってステラが望む力が手に入るのかといえば、恐らくそうはならないだろうと彼女自身の直感が告げていた。

 故に焦りを抑えきれず、軽率な質問をしてしまった。

 バージルはそれを甘えと取ったのか、目を細めてステラへ突き刺すような視線を向ける。

 甘えた言葉を吐いた自分への叱責が飛んでくるのかと身構えていたステラだったが――

 

「あるぞ」

「え、ホント!? 一体どんな!?」

 

 予想外の答えに、ステラの表情がぱっと明るくなる。

 つい先ほどまで叱られると思っていたことも忘れ、勢いよく食いついたのだが。

 

「お前には到底勧められん方法とだけ言っておく」

「それって……」

 

 バージルは一言だけ言うと、それ以上答えようとはしなかった。その様子を目にした瞬間、ステラも彼が何を指しているのかを察してすぐにその興奮も冷める。

 

 以前、バージルがステラにだけ明かした己の過去。

 より強大な力を求めるあまり多くの人間の命を犠牲にしたという、決して取り返すことのできない過ち。

 具体的な方法に関しては聞きたくもないが、確かにそれなら短期間で強大な力を得られるのかもしれない。

 だが、それはステラが求める強さでは断じてない。

 

「そんなのお断りよ。というか先生、いくら何でも性格悪いわ。そんな方法をアタシが選ぶわけないって分かって言ってるでしょ」

「安易に力を求めた者がどうなるか、その一例を教えただけだ。それに、そもそも同じ方法を取ろうとしてもここでは出来ん。つまり結局はお前自身が何かを掴むしかないだろう」

「……まぁ、そうよね……そんな都合のいい話なんて、そうそう転がっているわけないわよね。ハァ……」

 

 結局、今は地道に改善点を潰していくしか方法がないのだろう。

 その中で劇的な力の覚醒を促す何かを、この期間中に何としてでも見つけなければ七星剣武祭では到底勝つことなどできない。

 だが、今までの敗北と焦りによってステラの中にある不安は未だ晴れることはない。

 そのため、どうしても表情は暗くなってしまっていた。

 

「…………」

 

 そんなステラをじっと見つめるバージルであったが、何を思ったのか突然、後ろへと振り返る。

 彼が振り返った視線の先には、合宿所に設けられているテラス席でパティと共にピザを食べて寛いでいるダンテがいた。

 ダンテも突然バージルが自分の方へと向いた視線に気付いたのか、頭をこちらへ向けて反応する。

 

「あ? 何だよ?」

「交代だダンテ。しばらくの間、お前が相手をしてやれ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ステラは思わず「えっ……」と小さく零す。

 もちろんダンテも今回のステラの特訓に付き合うという約束となってはいたが、バージルが一体何を思って彼と交代すると発言したのか、その真意が全く掴めなかった。

 それは言われた当の本人もそう思ったようで、怪訝な表情でバージルへ反論する。

 

「おい、お前が相手のままでも十分そうじゃねぇか。そもそも、俺はお前みたいに口うるさくあーだこーだ詳しいことは教えられねぇっての。親父に教えられた剣以外は全部勘でやってんだからよ」

「別にそんなことは期待していない。お前はいつも通りにやればいい。殺しさえしなければな」

 

 なおも訳が分からないとでも言いたげなダンテだったが、突如手に持っていたピザをパティに取り上げられてしまう。

 

「あっ! おい、それ俺の――」

「借金の代わりに受けた仕事なんだから、きっちり働きなさい。このピザは代わりに私が食べておいてあげるから」

 

 パティに叱られたダンテは、名残惜しそうにピザへ手を伸ばす。

 だが、パティは彼の指先が届きそうになるたび、ひょいひょいと手に持っているピザを遠ざけていく。

 そんなやり取りを何度か繰り返した末、ダンテはようやく観念したように溜息を吐き、やれやれといった様子で立ち上がった。

 

「分かった分かった。まぁ、食後の運動くらいにはなるか」

「むっ……」

 

 全くもってやる気のないダンテの態度に思わずイラっとするステラ。

 しかも、自分との闘いを『食後の運動』とまで称されて、良い気分になるわけもなく。

 そんなステラの思いも知らず、ダンテは何とも気だるげな表情のままステラの前まで移動する。

 常にこちらを圧するような気迫を放っているバージルと比べ、何とも拍子抜けしてしまうようなその立ち姿に、この特訓に真剣な思いを持って臨んでいるステラは憤慨する。

 

「ちょっとダンテッ! 少しは真面目に付き合いなさいよ! こっちは真剣に悩んでるっていうのに!」

「俺は無理矢理付き合わされてるだけだ。こうやって遊んでやるだけでも感謝してほしいもんだな」

 

 先ほどまでのバージルとの特訓を見て、ステラの実力がおおよそ分かったのだろう。

 明らかにこちらを軽く見ている。

 確かに、ダンテの実力が自分より遥か上であることは分かり切っていた。それでも、ここまで露骨に下へ見られれば、腹が立つのも当然だった。

 

「いいわ……じゃあ、本気でやらざるを得なくしてあげるんだから……!」

 

 ステラは気合を入れ、自身の霊装である《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を構える。

 

「ま、お手柔らかに頼むぜ」

 

 対するダンテもまた自らの武器である大剣を顕現するが、その構えは破軍学園でのバージルとの戦闘時に比べれば、まるで覇気がない。

 

「――――ッ!」

 

 故に、不意打ちを兼ねた開幕と同時の速攻を仕掛ける。

 ステラは一息でダンテの懐へ飛び込み、押し潰すような勢いで大剣を叩きつけた。

 しかし、ダンテはそれを難なく受け止めると、後ろへ下がりながら刀身を滑らせるようにして力を受け流す。

 その顔に浮かんでいたのは、まるで子供をあやすかのような余裕の笑みだった。

 ステラは間髪入れずに次の一撃を放つが、それすらも軽くいなされる。

 そうして攻防を続けながら二人は次第に合宿所から離れ、森の奥へと姿を消していった。

 

 その背中を見届けたバージルは先ほどまでダンテが座っていたテラス席へ腰を下ろす。

 するとパティが、取り上げたピザを食べながら不思議そうに問いかけた。

 

「ねぇ、バージル。何で急にダンテと交代しようなんて言ったの? こう言っちゃ何だけど、教えるのはダンテよりあなたの方が上手だと思うけど」

 

 バージルはチラリと横目でパティへと目をやる。

 この少女は誰にでも威圧感を与えるバージルに対して初対面から物怖じせずに馴れ馴れしく接してきた。

 だが、不思議と鬱陶しさを感じないのは、彼女の持ち前の人懐っこさと、そこに一切の打算がないからなのだろう。

 

「今のステラに細々とした修正を加えたところで、焼け石に水だ。あいつに今必要なのは、頭で考えるより先に、自分の持つ力を思うまま振るわせることだ」

「だからダンテなの?」

「あいつは相手がどう動こうと、その場で適当に合わせる。細かいことを考えず、好きに戦わせる相手としては適任だ」

 

 バージルは遠ざかっていく二人の気配を追うように、森の奥へ視線を戻す。

 

「敗北を重ねたことで、あいつは自分の力を疑い始めている。そんな状態で技術ばかりを継ぎ足したところで、ますます自分の戦い方を見失うだけだ」

「じゃあ、ダンテに任せれば元に戻るの?」

「そこまでは知らん。だが、あいつのように好き勝手に戦う男を相手にしていれば、嫌でも考えすぎる余裕はなくなる。そんな相手から正解を盗もうとしても無駄だからな」

 

 バージルは僅かに目を細め、静かに言葉を続けた。

 

「今のあいつに必要なのは、さらに何かを身につけることではない。頭で自分を縛るのをやめ、今持っているものを一度、思うままに振るわせることだ」

 

 その言葉を聞いたパティは、少しだけ驚いたように瞬きをした。

 

「最初に会った時は不安だったけど、ちゃんと先生してるのね」

「何だ、その言い方は」

「だってあの時、いきなり学校を破壊しようとしたんだもの。てっきりダンテと同じようにろくでもない人なのかと思っちゃったわ」

「チッ……奴と一緒にするな」

 

 バージルは不機嫌そうに顔を逸らす。

 だが、その視線はすぐに森の奥へと戻り、戦い続けるステラの気配を静かに追っていた。

 

 

*********************

 

 

 闘いが始まってから数分が経過したダンテとステラは、合宿所の森の奥にまで戦場を移していた。

 

「ハァッ! ヤァアッ!」

「へい、そんなんじゃ一生かかっても当たらねぇぜ?」

「くッ! こんのォ!」

 

 《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》をダンテ目掛けて振り続けるステラだったが、彼は防ぐどころか、その斬撃を全て紙一重で躱し続けており一向に当たる気配はない。

 

「ん~、あんま髭剃りには向かねぇな。髭が焦げちまう」

「人の剣を何だと思ってんのよッ!?」

 

 それどころか、ステラが振るう剣の軌道へ顎を突き出したダンテは自分の無精髭を剃り始めようとする始末。

 

(くッ、どこまでも舐め腐ってェ! 最初に先生に会った時も舐められてたけど、また別のむかつきが湧いてくるわッ!)

 

 何とか躍起になってダンテへ一撃を見舞おうとするが、その悉くをいなされてしまう。

 しかもダンテは全くもって反撃をする素振りすら見せず、それがまたステラの精神を逆撫でしまくっていた。

 

「っだぁ~~~~ッ!!! ホンっとに少しは真面目にやりなさいよ!!!」

「だったら一発くらいは当ててみな。そうしたらやってやらないでもないぜ?」

「言ったわねッ!! オラァアアアァアアッ!!!」

 

 それでもステラは、ただ闇雲に攻め続けていたわけではない。

 何度もかわされるうちに、少しずつではあるが、ダンテがどういう時に身体を動かすのか、その癖を探り始めていた。

 

 それから三十分――

 

「ほら、どうした! こっち来いよお姫様」

「クゥッ! 喰らい尽くせ、《妃竜の大顎(ドラゴンファング)》ッ!」

 

 手を叩いてこちらへ手招きするように挑発をしてくるダンテへ向けて、放った巨大な炎の竜。

 その数は三体。

 それぞれが別方向からダンテへ向けて迫り、後ろ以外の退路を完全に潰している。

 しかしダンテは避けることなど考えもしなかったとでもいうようにおもむろに剣を振りかぶり。

 

「ハッハァー!」

 

 そして、その場で力任せに横薙ぎに振り抜く。

 たったそれだけで、三体の炎竜は胴体をまとめて寸断され、爆炎となって消し飛ばされた。

 

「ハハッ、残念だったな。狙いが甘いぜ……お?」

 

 ダンテの軽口に、ステラは悔しげに歯を食いしばる。

 しかし、三体の炎竜を真正面からぶつけることが、本当の狙いではない。

 ダンテに大剣を振るわせ、その直後に生じる僅かな隙を突く。

 そのための囮だった。

 

「――そこよッ!」

 

 寸断された炎竜の残滓を突き破り、ステラが一気にダンテの懐へ飛び込む。

 大剣を振り抜いた直後ならば、さすがの彼でも次の動作へ移るまでに僅かな遅れが生じる。

 そう判断したステラは、《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を下段から勢いよく斬り上げた。

 

「もらったァッ!」

「おっと」

 

 しかし、ダンテは振り抜いた大剣を戻そうともしなかった。

 迫る《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》の刀身へ片足を添え、軽く蹴り上げるようにして、その軌道を横へ逸らす。

 

「なッ!?」

 

 刃はダンテの鼻先を掠め、そのまま虚空を斬り上げた。

 完全に捉えたと思った一撃を、またしても容易くいなされた。

 

「悪くねぇけど、仕掛ける時に顔へ出すぎだな」

「このッ――!」

 

 即座に剣を返そうとするが、それより早く、ダンテの人差し指がステラの額を軽く弾く。

 

「いたっ!」

「ほら、また隙だらけだ」

「子供扱いするなぁッ!」

 

 怒りに任せて剣を振るうものの、ダンテは笑いながら後方へ跳び退き、あっさりと間合いの外へ逃れてしまう。

 

「惜しかったぜ、お姫様。もうちょっとだったな」

「その言い方が一番ムカつくのよッ!」

 

 ステラは怒声を上げながら、再びダンテを追いかけていく。

 その後も何度かチャンスを窺い攻撃を仕掛けるが、そのどれもが失敗に終わり――そして一時間が経過した。

 

「お? 何だ、今度はかくれんぼか?」

 

 まともにやっては攻撃を当てることすら難しいと判断したステラは光の屈折率を変化させる伐刀絶技(ノウブルアーツ)、《陽炎の暗幕(フレイムベール)》により姿を消し、ダンテの背後へと回ることで虎視眈々と狙いを定めていた。

 ステラはその魔力保有量故にパワーに注目が行きがちだが、こういった能力のバリエーションの多さも彼女の強みなのだ。

 

(完全に背後は取れてる。あの様子を見るに、気付かれてもないはず……多分……)

 

 ステラの目から見れば、今のダンテは完全に隙だらけの状態であるのだが、こうも簡単に背後を取れたのは何かの罠なんじゃないかという不安に駆られてしまう。

 とはいえ仮にそうだったとしても、このまま何もせず仕掛けないというわけにもいかない。

 覚悟を決めたステラは剣を腰だめに据え、一瞬で距離を縮めるために腰を低くして構える。

 

(行くわよッ!)

 

 地を蹴り、一瞬でダンテとの距離を詰める。

 完全に剣の間合いに踏み込んだというのに、彼は未だ背中を見せたまま。

 本当に気付かれていないのだろう。今ならその無防備な背中に一太刀を浴びせられる。

 

 そう、思っていた矢先だった。

 

(え……?)

 

 突然、ダンテが振り向きもせず、左手をこちらへ突き出した。

 

(まずいッ……!)

 

 やはり罠だった。

 恐らくは彼が所持していた拳銃をこちらに向けようとしているのだろうと、ステラは刹那の中で思い至る。

 そう思うや否や、ステラは即座に飛び退き、ダンテとの間合いを開ける。

 

 だが――

 

「間抜けな鬼は見つかったみたいだな」

 

 ダンテは左手の人差し指と親指で銃の形を作り、こちらに向けていただけだった。

 すると、馬鹿にしたように笑いながら、その手をひらひらと見せびらかすように振ってみせる。

 

「は……?」

 

 ステラは呆気に取られ、ぽかんと口を開けたまま、その手を見つめる。

 やがて、自分が完全にからかわれたのだと理解した瞬間、ステラの身体がわなわなと震え始めた。

 

「~~~~ッ!」

 

 剣を振るえば軽々と躱され、どれだけ食らいついても子供のようにあしらわれる。挙げ句の果てには、姿を消して仕掛けた渾身の奇襲すら、指鉄砲一つで退けられた。

 

 これまで必死に堪えていた苛立ちが、一気に頭の中まで駆け上がってくる。

 

 そして、ついに――

 

 

「~~~~ッぬぅうぁあああああああ!!! うっざぁああぁあああああああいッ!!!!」

 

 

 ステラの堪忍袋の緒が、盛大に切れた。

 

 猛り狂う感情に呼応し、膨大な魔力が炎となって全身から一気に噴き上がる。

 炎の嵐とでも形容すべき奔流が周囲へ吹き荒れ、近くの草木を熱風で激しく揺らす。

 だが、その光景を前にしてもダンテは「あっつ……」と呟きながら、手で顔を仰いでいるだけ。

 その余裕ぶった姿を目にしたことで、ステラの怒りはさらに燃え上がることとなる。

 

「むっかつくぅううううう!!! 何でこんな奴が先生と同じ強さしてんのよぉおおおぉおおおッ!!! もぉおおぉおおおおお!!!」

 

 炎をまき散らしながら叫ぶステラであったが、ダンテは腰に手を当てながら、あくまでステラを挑発し続ける。

 

「おっと、近づくなよ。コートまで焦げたら弁償してもらうからな」

「うっさいッッッ! 誰のせいだと思ってんのよ! もういいわ……アンタのそのニヤケ面ごと消し炭にしてやるッ!」

 

 ステラは怒りに任せて目の前の男を焼き尽くさんと、自分の技の中でも最大の破壊力を誇る伐刀絶技(ノウブルアーツ)を繰り出すための呪(まじな)いを唱え始める。

 

「蒼天を穿て、煉獄の焔ッ!」

 

 唱えた瞬間、天に突き上げた剣にいつも以上の極大の炎が収束し始める。

 だが、それを見てもなおダンテは「へぇ~」と感心した様子で眺めているだけで、全くこちらを脅威とは認識していないようだった。

 恐らくはバージルの時と同じように、何かしら打ち破る手段があるのだろう。

 本来であれば、その可能性を考慮し、無策で撃ち込むことは避けるべきだ。

 だが、今のステラの頭にそのような打算が入り込む余地はない。

 胸の内で荒れ狂う怒りを、ただ目の前の男へ全力で叩きつけたい。

 その思いだけが、彼女の意識を支配していた。

 

「《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》ッ!!」

 

 振り下ろされた長大な炎の剣は真っすぐにダンテへ向けて振り下ろされる。

 しかしダンテはなんと、突然手にしていた大剣を背中に背負って徒手空拳の状態となり、まるで武術家のような構えを取り始める。

 あまりに突飛なダンテの奇行を前に、怒りで頭が沸騰していたステラでさえも動揺を隠せなかった。

 

(一体何をッ!? ……いや、関係ない! このまま押し通すッ!)

 

 だが、そんな動揺も一瞬で収まり、このまま振り下ろす選択を取る。

 何しろつい先日、世界最強へと至ったバージルの弟である男が、ただ無策で受け止める訳がない。

 しかも学園でのバージルとの喧嘩や、今しがたの闘いの中で既にダンテの実力そのものはステラも認めるところである。

 それにこの特訓の最中で煽られまくった怒りもある。

 ならば、遠慮など無用だ。

 

 程なくして熱線にも等しい炎がダンテを飲み込み、爆ぜた地面が衝撃で土煙となって辺りを包み込む。

 しかし、こうして一撃を叩き込むだけで倒せる相手だとはステラは到底思えなかった。

 故にすぐに剣を引き戻し、再度自身の中の魔力を刀身に収束させる。

 そして――

 

「《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》!」

 

 二発目の《天壌焼き焦がす竜王の焔》を、間髪入れずに振り下ろす。

 先ほどと同等の熱量を持つ炎の斬撃が、燃え盛る大地ごとダンテの姿を呑み込んだ。

 しかし、それでもステラは止まらない。

 振り抜いた《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を強引に引き戻し、立て続けに魔力を注ぎ込む。

 

「《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》!」

 

 三発目。

 

「《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》!」

 

 四発目。

 

 さらに五発、六発と、息をつく暇すら与えず、炎の斬撃を同じ場所へ叩き込んでいく。

 

「《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》! 《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》! 《天壌焼き焦がす(カルサリティオ)……竜王の焔(サラマンドラ)》アァァァッ!!!」

 

 《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》の連打。

 

 本来であれば、これほどの伐刀絶技(ノウブルアーツ)を立て続けに放てば、どれほど優れた伐刀者(ブレイザー)であろうと、瞬く間に魔力を使い果たしてしまう。

 だが、ステラが生まれながらに持つ魔力量は、常識の範疇には収まらない。

 並の伐刀者であれば一度放つことすら出来ない大技を、彼女は力の続く限り何度でも撃ち込むことができる。普段であればこんな雑な戦法を取ることはないが、これは世界最高と称される魔力量を持つステラにのみ許された、力任せでありながら絶大な破壊力を誇る戦法だった。

 

(……あれ?)

 

 ふと、胸の奥に妙な感覚が引っかかる。

 生まれてこの方、これほどまでに一気に魔力を消費した経験はなかった。

 いつもは魔力が尽きる前に勝負が決まり、たとえ多少の魔力を消費しても並外れた速度で回復していくからだ。

 だが、今はそれを深く考えている余裕などない。

 

「まだまだぁッ!」

 

 ステラはその違和感を振り払うように、さらに剣を振り下ろした。

 轟音が立て続けに響き渡る。

 一撃ごとに大地が抉られ、周囲の木々は炎に包まれる間もなく炭化し、瞬く間に灰へと変わっていく。

 炎と衝撃が荒れ狂うたび、焼け焦げた土砂が空高く巻き上げられ、辺り一帯の景色が原形を失っていった。

 

 やがて魔力が尽きてようやく攻撃を止めると、そこに残されたのは黒く焼き尽くされた更地だけだった。

 

「ハァ……ハァ……どうかしら! 少しは応えたんじゃない……!?」

 

 周囲を燃やし尽くしたことで煙が立ち込めていたため、ダンテの姿は見えなかったが攻撃が当たっていた感触はあった。

 それに何かしらの方法で一発目を防いでいたとしても、二発目以降の《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》は彼にとっても想定外だったはず。

 ステラはその煙の中で、倒せていないまでも少しはダメージを受けたダンテの姿を期待するが、その期待はすぐさま裏切られることとなる。

 

「おいおい、あのおっかない理事長先生に土地は吹っ飛ばすなって言われなかったか? こりゃ怒られるかどうかギリギリのラインだぜ」

「は……はぁ!?」

 

 風に押し流されるように、立ち込めていた煙が徐々に晴れていく。

 そこに立っていたのは、周囲の惨状を見回しながら、呆れたように肩を竦めるダンテだった。

 赤いコートの裾が僅かに焦げ、身体の所々から白い煙が立ち昇っている。

 だが、目立った傷は見当たらない。

 苦痛に顔を歪める様子すらなく、まるで何事もなかったかのように佇んでいる。

 

 ――あり得ない。

 

 ステラの脳裏に、真っ先にその言葉が浮かんだ。

 今の自分が放てるだけの火力を、回避する隙すら与えずに何度も叩き込んだ。

 それにもかかわらず、目の前の男は平然と立っているのだから。

 

「ア、アンタ……どうやってアタシの攻撃を防いだのよ……もしかして、防御系の能力者!?」

「別に、ただ当たる瞬間に思いっきり魔力で体を固めたってだけだ。あと、能力に関しては聞くなよ。色々と説明がめんどくせぇからな」

 

 伐刀者(ブレイザー)にとって他人に自身の能力を教えることは手札を晒すことと同じ。

 故にステラはそれ以上ダンテの能力に関して追及はしなかった。

 だが、ダンテの言うことが事実ならば、本当にただの魔力防御で《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》を防いだということになる。

 

「くっ……じゃあアタシの攻撃は最初から避ける必要もなかったってワケ……?」

「いいや? さっきのアレは単にお前の攻撃が読み易かったからってだけさ。あれくらいの大振りだったらタイミングも合わせやすかったしな」

「…………」

 

 ダンテもバージルと同様に自分以上の魔力量を保持しているということは何となく察してはいた。

 しかし、自身の中で最大の攻撃力を持った技をバージルや王馬のように、それ以上の力で打ち破るのではなく、何の能力も用いずにただ防がれたという事実。

 しかもこの特訓が始まってからというもの、ダンテはステラに一度も剣を振るうことはなかった。つまりダンテにとって、ステラとはその程度の存在でしかないということ。

 

 敵とすら見られていない。

 

 それは、ここ最近幾度となく感じた無力感以上の屈辱をステラに与えていた。

 

「うぅ……」

「そうへこむなって。俺が最初に思ってたより、さっきのは結構いい線いってたぜ?」

「……本当に?」

「ああ。知り合いに俺でも手こずるヤバい女が二人いるんだが、さすがのあいつらでもここまで周りを吹っ飛ばしたりはしねぇ」

「それ、何の慰めにもなってないわよ……」

 

 強さを褒められているはずなのに、何故か破壊規模だけを評価されているようにしか聞こえない。

 ステラは肩を落とし、疲れ切ったように息を吐いた。

 

「なぁ、ちょっと前までバージルのヤツともやり合ってたわけだし、今日はもう終わりでいいんじゃねぇか? 腹も減ったろ」

「嫌よ! アタシはまだ闘える!」

「無理すんなって。もうへろへろじゃねぇか」

「うっ、でも……!」

 

 《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》の連発によって多くの魔力を消費したが、既にそのほとんどは回復しつつある。

 だが、今までの闘いによる疲労の蓄積によって体力は底を尽き、脚はガクガクと震えている。

 それと同時に無視できないほどの空腹感に襲われており、これ以上やっても単なるオーバーワークになることは誰の目から見ても明らか。

 ダンテの言う通り、ここは素直に今日の特訓を終えて明日に備えるべきなのだろうが、これでは本当に何の成果もなく一日を終えてしまう。

 そんな焦りが、疲れ切った身体をなおも立たせていた。

 

「なぁ、何をそんなに焦って強くなろうとしてんだ? そのナントカって大会はまた来年もあるんだろ? なら今年ダメでも来年頑張りゃいいじゃねぇか」

「……いやよ。オウマは三年生だから今年勝たないとリベンジが出来ないし、イッキとの約束だってあるもの。それに"次勝てばいい"なんて軟弱な考え方じゃ国を背負う者として失格よ。"次"なんて本当にあるか分からないんだから」

「ずいぶん背負い込んでるんだな、お姫様」

「当然でしょ。アタシは自分のためだけに戦ってるわけじゃないもの。国の皆はアタシの家族同然なんだから」

「そうかい」

 

 どこか他人事のような、素っ気ない相槌だった。

 

 だが、その表情には先ほどまでのような茶化す色はない。ステラの言葉を笑うでもなく、否定するでもなく、ただ当然のこととして受け止めているように見えた。

 これまで散々からかわれてきただけに、その反応は少し意外だった。

 

「……てっきり、馬鹿にしてくるものかと思ったけど」

「家族のために強くなりたいって思うのは別におかしなもんじゃねぇさ」

 

 その言葉だけは、いつもの軽口とは少し違っていた。

 不意にステラは、以前バージルから聞いた話を思い出す。

 幼い頃、二人はある者によって母を奪われたのだという。その出来事を境に、バージルは力を求めるためなら他者の命を糧とすることさえ厭わない道を歩み、ダンテはそれとは正反対の道を選んだらしい。

 詳しい事情まで聞かされたわけではないが、バージル自身が歯切れ悪くも弟を父と同様に英雄と呼ぶに値する存在だと認めていたことは覚えている。

 

 ならばきっと、家族という言葉はバージルだけでなく、ダンテにとっても決して軽いものではないのだろう。

 

(……こんなふざけた奴が、ねぇ)

 

 改めて目の前の男を見る。

 相変わらず締まりのない態度で立っているし、とても英雄などという言葉が似合うようには見えない。

 けれど、その強さだけは疑いようがなかった。

 先ほどから自分は一度としてまともな一撃を与えられていない。それどころか、ダンテは自分を気遣って攻撃の意思すら見せないのだ。

 

 バージルとはまるで違う。

 彼ならば、どうやってあれほどの強さへ辿り着いたのか、まだ想像することはできる。

 

 だが、ダンテはその場その場で思いついたように戦い、ふざけながら自分の攻撃を軽々とかわしていく。地道に剣を振り続けてきた姿など、どうにも想像がつかない。

 ならば、この男は一体どうやってここまで強くなったのだろう。

 

「……ねぇ、ダンテはどうやって強くなったの? 参考までに聞いてみたいわ」

「あ? 俺?」

「えぇ、先生ならまだ分かるんだけど、アンタが地道に鍛錬に励んでる姿が想像つかないっていうか……」

「別に大したことはしてねぇさ。さっきも言ったがガキの頃親父に剣を習ってたくらいで、あとはちょいと仕事でドンパチしてたくらいだしな。まぁでも、そうだな……」

「何よ?」

 

 ダンテはまるで記憶を辿るように顎に手を当て、考え込むように俯いていたが、大した時間もかからず思い至ったように口を開いた。

 

「ハッキリ強くなったと感じたのは、あそこにいるクソ兄貴に剣で串刺しにされた時からかね」

 

 そう、バージルのいる合宿所の方向へと視線を向けながら答える。

 

「……先生も自分の息子に刺されたっていうし……変わってるわね、アンタの家族って……」

「かもな。けどステラも一国の姫様なんだろ? 変わってるっていうならお前さんも大概だと思うぜ」

「だからって家族同士で殺し合い紛いの喧嘩はしないわよ……」

 

 確かに、ステラの家族も王族という特殊な立場にはある。

 それでも、互いを思いやる優しい者たちばかりだ。

 少なくとも、剣で刺し合うような関係ではない。

 

「というか刺されて強くなったってどういうこと?」

「文字通りの意味さ。最近じゃ、自分で自分をぶっ刺して強くなったもんだ」

「意味が分からないわ……それとも、またアタシを馬鹿にしてるの?」

「してねぇよ。まぁやるっていうなら死ぬほど痛ぇからオススメは出来ないぜ? なんてな」

 

 冗談めかして笑うダンテを、ステラは胡散臭そうにじっと見つめるが、いくら待っても訂正する様子はない。

 どうやら、本当に刺されたことで強くなったらしい。

 彼の口ぶりからするに彼自身の能力によるものでもなさそうだ。

 

「ちなみに、その強くなった時の感覚ってどんな感じだったの?」

「あ~、バージルの野郎にやられた時はなんていうか、本当の自分が目覚めたっつーのか? なんかそんな感じだ。まぁ、アイツにムカついてたっていうのもあるけどな」

「全然参考にならないわ……」

 

 あまりにも感覚的な説明に、ステラは呆れたように肩を落とした。

 だが、その言葉の中にあった一部分だけは、妙に耳に残った。

 

「本当の自分……ね」

 

 ステラは、手にした自身の霊装――《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》へ視線を落とす。

 

 先ほどダンテに向けて放った《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》の連打。

 思えば、少しだけ違和感があった。

 一時的とはいえ、持てる魔力をほとんど使い果たすほどの力を吐き出した。それなのに空っぽになったはずの自分のさらに奥に、何かが残っているような感覚があったのだ。

 

 力を使い切ったからこそ感じ取れた、自分でも知らなかった底の底。そこに何かがあるような気がした。

 

 今までは考えたことすらなかった。

 

 生まれながらに膨大な魔力を持ち、その力を炎へ変えて戦う。それが自分の能力であり、自分という伐刀者(ブレイザー)のすべてなのだと、疑いもしなかった。

 

(でも……もし、それが全部じゃないとしたら?)

 

 胸の奥が、微かにざわついた。

 何があるのかは分からない。

 けれど、自分の中にまだ触れたことのない何かが存在する――そんな根拠のない確信だけが、次第に強くなっていく。

 

『刺された後に、本当の自分が目覚めたっつーのか? まぁ、そんな感じだ』

 

(本当の……アタシ……)

 

 馬鹿らしいとは思いながらも、ステラの中に一つの考えが浮かんでくる。

 

「さ、そろそろ帰って飯でも食おうぜ。また明日遊んでやるからよ」

「…………」

「……? おい、どうした?」

 

 俯いたまま動かないステラを見て、ダンテの笑みが僅かに曇った。

 彼女の視線が、自らの胸元と手にした剣の間を行き来している。

 その様子から何を考えているのか察したのか、ダンテは眉をひそめた。

 

「……なぁ、さっきの話、あんま本気にすんなよ?」

 

 常に軽口を絶やさなかったダンテの声に、初めて明確な焦りが滲む。

 だが、その忠告が届いた時には、すでに遅かった。

 ステラはその呼び掛けを意に介することなく、そのまま――

 

「――――ッ!」

 

 迷いなく、自らの霊装を胸へ突き立てた。

 

「バカ野郎ッ! 何して……ッ」

 

 ダンテが血相を変えてステラの元まで駆け寄る。

 だが、その手が届くよりも早く――。

 

 ステラの身体が大きく仰け反った。

 

「■■■■■■■■■■■■■■―――――ッ!」

「うおッ!?」

 

 人間のものとは思えない咆哮が大気を震わせると同時に膨大な魔力が衝撃波となって周囲へ炸裂する。

 咄嗟に腕を交差させたダンテの身体を弾き飛ばすが、彼は空中で体勢を整えて難なく着地し、ステラの様子を見守っていた。

 

 やがて、炎と土煙の向こうでステラがゆっくりと顔を上げる。

 

 その瞳は爛々と輝き、髪は噴き上がる魔力に煽られて炎のように揺らめいている。

 さらには胸を貫いていた剣もいつの間にか光の粒子となって消え、残されていたはずの傷さえ跡形もなく塞がっていた。

 そのあまりの変わりように、ダンテは目を見開くと不敵な笑みをこぼす。

 

「赤い、得物も似てる。そこにまさか強くなる方法まで同じとはな……ここまで来ると他人とは思えなくなってくるな」

 

 ステラは、荒々しく息を吐きながら、自らの身体に起きた変化を噛み締めていた。

 血が沸騰する。

 骨が軋み、筋肉が歓喜に震え、全身を巡る魔力が際限なく膨れ上がっていく。

 痛みなど、とうに消えていた。

 代わりに胸を満たしているのは、何者にも屈する気がしないほどの圧倒的な全能感。

 そしてステラは、初めて理解した。

 これまで自分が単なる炎の力として扱ってきたものの正体を。

 

 概念干渉系能力――《ドラゴン》。

 

 炎を操ることなど、その力の一端にすぎない。

 ステラの魂に宿っていたのは、神話における頂点捕食者――あらゆる生物を凌駕する竜そのものを体現する力だったのだ。

 

 強靱な肉体。

 尽きることのない生命力。

 あらゆる敵を焼き尽くす炎。

 そして、立ちはだかる者を力でねじ伏せる、絶対的な支配者としての性質。

 自分は最初から、これほどの力を持っていた。

 それにもかかわらず、炎の出力や剣技ばかりに囚われ、その本質に気付いていなかったのだ。

 まさしく、灯台下暗しとはよく言ったもの。

 

「フッ……フフッ……!」

 

 気付けば、ステラの口から笑いが込み上げていた。

 敗北を重ねるたびに、自分の才能を疑った。

 一輝の技術に追いつかなければならない。王馬を上回る力を手に入れなければならない。

 そう焦るあまり、他人の強さばかりを追い、自分の内に眠る力を見失っていた。

 だが、もう迷う必要はない。

 答えは最初から、自分の中にあったのだから。

 ステラは炎の中から一歩を踏み出すと、《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を再び右手に顕現させた。

 その刀身から立ち昇る炎は先ほどまでとは比較にならないほど苛烈で、周囲の空気を歪ませながら天高く燃え上がる。

 

「さぁ、アタシはまだやれるわよ、ダンテ。今度こそ本気を出してもらうわ!」

 

 竜のごとき獰猛な笑みを浮かべ、ステラは剣先をダンテへ向ける。

 その姿を見たダンテは、先ほどの焦りなど忘れたように口角を吊り上げた。

 

「いいねぇ、やる気が出てきた」

 

 ダンテは大剣を肩から下ろし、初めて真正面からステラへ切っ先を向ける。

 

「俺もいろんな奴とやり合ってきたが――ドラゴンとやり合うのは初めてだ」

 

 今までまるで取り合う気のなかったダンテがようやく構えらしい構えを取り出す。

 その威圧感は、兄であるバージルにも引けを取らない本物の強者のそれであり、多少なりとも恐怖を覚えたことだろう。

 だが今は違う。ようやく認めてもらえたという歓喜と、内から湧き上がる竜の力を思うまま解放したいという欲求が、そんな恐怖を完全に塗り潰していた。

 

 しばらく互いに睨み合い、高ぶる精神を抑えもせず、先にステラから駆け出した。

 

「ハァァアアアアアアアアアッ!!!」

 

 その踏み込みは、これまでのステラとは比較にならない。

 地面が爆発したかのような轟音と共に、大量の土煙が巻き上がる。

 ダンテとの距離は、一瞬で縮まった。

 

 ――はずだった。

 

「アアアァァァァァゥ……」

 

 駆け出したと思った直後、気の抜けるような声を漏らしてステラの身体が前へと傾いた。

 勢いを殺すこともできず、そのまま頭から地面へ倒れ込む。

 そして駆け出した勢いに引きずられるように顔面を地面へ擦りつけながら、ダンテの足元まで派手に滑っていった。

 

「……何やってんだ?」

 

 そのあまりにも間抜けな結末に、先ほどまで張り詰めていた空気は一瞬で霧散する。

さすがのダンテも、呆気に取られてステラを見下ろしていた。

 

「お、お腹が減って力が出ないわ……」

 

 そう答えたのとほぼ同時に、ステラの腹から「ぐぅ~~」という盛大な音が鳴り響いた。

 先ほどまで辺りを圧していた竜の威容は、まるで嘘だったかのように霧散する。

 ダンテの足元には、力尽きて地面へ突っ伏したステラだけが残されていた。

 あれほど威勢よく啖呵を切った直後に、この有様である。

 ステラは顔を上げることもできず、耳まで真っ赤に染めたまま、恥ずかしさに小さく身体を震わせた。

 

「……帰るか?」

「うん……連れてって……」

 

 魔力そのものは無尽蔵に湧き出てくるステラであっても、どうやら竜の力を引き出すには、相応の体力と栄養を必要とするらしい。

 ただでさえ訓練によって強烈な空腹に襲われていたところへ、覚醒したばかりの力を一気に解放したのだ。

 その結果、身体に蓄えられていたエネルギーを一瞬で使い果たし、立ち上がる余力すら残っていなかった。

 

「ハァ……締まらねぇな」

「うっさいわね……バカ」

 

 そのままダンテはステラを横抱きで持ち上げ、バージルたちの待つ合宿所へと戻っていくのだった。

 

*********************

 

「ステラの具合はどうだ?」

「大丈夫、お腹一杯ご飯食べたらすぐ寝ちゃったわ。流石にあの量を一人で食べきったのは引いちゃったけど……」

「おかげで俺の分のピザまでなくなっちまった」

 

 バージル、ダンテ、パティの三人は現在、合宿所の宿泊施設にある一室へ集まっていた。

 ステラは疲労困憊の状態で合宿所へ戻ると、パティに介抱されながら用意された食事を平らげ、そのまま自室のベッドへ倒れ込むように眠ってしまったらしい。

 もっとも、疲労困憊という言葉からは想像もつかないほどの量を腹に収めたようだが。

 

「ふん、それよりもうまく行ったようだな。とはいえ、ここまで早いとは思わなかったが」

「こうなるって分かってたの?」

「いや、ただ大雑把なこいつの方がステラの性格に合っているかと思っただけだ。それにあいつ自身、感覚でモノを覚えるタイプだろうからな」

 

 バージルの視線が向けられると、ダンテは心外そうに眉をひそめた。

 

「おい、人を適当みたいに言うんじゃねぇよ」

「事実だろう」

「へぇ~よかったじゃないダンテ。案外、先生に向いてるかもしれないわよ」

「勘弁してくれ、こういうのは今回限りだ。それに俺は何もしてねぇよ、あのお姫さんが勝手に自分で強くなったんだ」

「でも、きっかけを与えたのはダンテでしょ?」

「自分を剣で刺せなんて一言も言ってねぇぞ。あんな無茶をするとは思わなかったんだ」

 

 そう言って、ダンテは疲れたようにソファへ深く背中を預ける。

 

「だが結果としては悪くない。ステラは自らの能力の本質に気付いた。あとは、その力を扱えるよう鍛錬を重ねればいい」

「簡単に言うけど、また今日みたいに倒れないでしょうね?」

「少なくとも、今後は食事を抜いた状態で使わせないことだな」

「そりゃそうだ。次からは、先に腹いっぱい食わせとけ」

「食べさせすぎたら、今度は動けなくなるでしょ……」

 

 パティの呆れた声に、部屋の中へ僅かに弛緩した空気が流れる。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 バージルは窓の外へ一度視線を向けた後、先ほどまでとは異なる真剣な表情でダンテへ向き直る。

 

「さて、あいつも寝たのであれば問題ないだろう」

「そうだな。色々妙なことになっちまったが、これでやっと本題に入れるぜ」

 

 ダンテもまたソファから身体を起こし、纏っていた気の抜けた雰囲気を僅かに引き締める。

 三人がこの場へ集まった本来の理由は、ステラについての話ではない。

 ダンテとパティが、何故日本へやって来たのか。

 そして、二人の身に一体何が起きたのか。

 それを確かめるためだった。

 

「……ちなみにだが、お前は俺たちの事はどこまで知っている?」

 

 バージルがパティへ問いかける。

 

「安心して! 貴方たちが異世界から来たってことは知ってるわ。それに、悪魔のことについてもね」

 

 パティは胸を張って答えた。

 彼女の様子から、ダンテが必要最低限の事情はすでに説明していることが分かる。

 バージルは短く頷くと、改めてダンテへ鋭い視線を向けた。

 

「ならいい。お前たちに何があったのか、話を聞かせてもらおう」

 

 

 

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