蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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取引

 

 

 破軍学園に来る一か月前、バージルは日本に来ていた。

 

 とある犯罪組織から聞き出した情報によると、巨大犯罪組織≪解放軍(リベリオン)≫の伐刀者(ブレイザー)である《使徒》と呼ばれる者たちが複数人、日本に向かったと言う話を聞いたためだ。

 

 今まで、潰してきた組織の中には≪解放軍(リベリオン)≫関係のものもあったが、小物しかおらず、勿論悪魔についての情報は得られなかった。

 

 そのため、ある程度上の者であれば何かしら知っているかもしれないと言う淡い期待を持って日本へ飛んだが、今までのことから無駄足を踏むだろうという、諦観もあった。

 だが、だからと言って低い可能性を捨てるには現状、余りにも手持ちの情報が少なすぎる。故にこうして極東の島国までやって来たのだ。

 

 ちなみにパスポートなどは組織の人間を脅して偽造パスポートとして無理矢理作らせてある。

 さらに金も同様に潰した組織の金庫から盗み出していたため、その辺りについては問題ない。

 

 バージルはしばらくの間、滞在するためのホテルを探すため、空港の出口に向かっていた。

 しかし、目の前から男女の二人組が歩いて来る。その二人を目にしたバージルは歩みを止め、目を細める。

 その二人は明らかに異様な雰囲気を漂わせていた。

 一人は天狗下駄を履いた和服姿の老人。もう一人は紅の和服を着た少女。

 一般人からすれば何でもないように見える歩き方ではあるが、明らかに武術の心得がある歩き方。

 

 バージルは、またもや追手かと判断すると、面倒そうな顔をする。

 犯罪者であれば問答無用で斬り伏せてきたが、連盟の者であれば適当にあしらって来た。

 以前のバージルであれば、どちらも斬り伏せていただろうが、人間としての自分を受け入れてからと言うもの、どうも善性に寄ったものを斬るのには抵抗を覚えていた。

 そのため、一度相手が犯罪者か連盟の人間かを確かめ、斬るかどうかを判断していたのだが、一々面倒な会話を挟まなければならないため、辟易としていた。

 

 さて今回はどちら側の人間か、と考えていると既に目の前に二人組が歩いて来ており、和服の少女がやや挑戦的な笑みでこちらに話しかけて来た。

 

「やぁ、オジさん。アンタが噂の《魔剣士(ダークスレイヤー)》ってやつかい? ウチは西京寧々ってんだけど、名前くらいは聞いたことないかい?」

「知らんな」

 

 即答するバージルだったが寧々は特段気にした様子もなく、バージルを興味深そうに見つめながら返す。

 

「それは残念。これでも結構有名人なんだぜ。それにしても・・・・・・ふぅ~ん、写真を見た時も思ったけど、実物もいい男じゃないのさ。どうだい? 裏組織巡りは後回しにしてこの後、ウチとホテルでお楽しみってのは」

「ひょっひょっひょ、寧々や、お盛んなのは結構なことじゃが、今は一応連盟の依頼じゃからの。まずは真面目に仕事をこなしてからじゃな。それとワシは南郷寅次郎じゃ。よろしくの」

 

 『連盟の依頼』と南郷が語ったことから犯罪者ではなく連盟側の人間。

 自分が問いかける前に知れることができたので面倒が省けた。

 バージルは、逃げる準備をするかと身構える。が――

 

「おっと、今回はお主を捕まえに来たわけでは無いぞ? 取引をしに来たんじゃ」

「・・・・・・何?」

「おっ、聞く耳持ってくれたかい?」

 

 『取引』と言う言葉にバージルは逃げようとした動きを止める。

 通常であれば、そのまま殺しにくるか、捕縛しにくるかだったため、初めての対応に若干の戸惑いが生まれた。

 それに取引という事はこちらにとって何かしらのメリットを提示して来るということ。

 今の今まで何も収穫が無いバージルにとってはどんな情報であろうと聞く価値のあるものだ。

 

「……いいだろう。聞いてやる。詳細を言え」

「とは言っても、ワシらには詳しい内容は聞かせてもらえてなくての。お主を連盟支部に連れてくるように、とだけ言われておるのじゃ」

「何?」

 

 バージルは一瞬罠である可能性を考え眉を顰めるが、すぐに思い直し返答する。

 

「いや……いいだろう。問題ない。であれば連れていってもらおう」

「おんや? 案外あっさりだねえ。もう少しこじれるかと思ったってのに。罠とかの可能性は考えなかったのかい?」

 

 寧々の言う通り、もちろんその可能性について考えたが、わざわざこんなにも分かりやすいこともないだろうと感じていた。

 また、仮に罠だったとしても力づくで抜け出せば問題ない。

 それに、元の世界に帰る方法、もしくは悪魔の手掛かりが少しでもで分かれば儲けものだ。となれば断る理由はなかった。

 

「罠だったとしても問題ないからだ。それに仮に罠だった場合、今回は連盟の者に"質問"をしようと思っていた」

「へぇ……結構な自信がおありなようで。まぁ安心しなよ。こいつは正真正銘、ただの取引って話だからさ」

「ふん……では早速案内してもらおう」

「あいよ。外に車を待たせてあるから、着いてきなよ」

 

 言われ、寧々と南郷の二人についていくバージル。

 外に停まっている黒の車に乗り込んだ三人は日本の連盟支部へ向かうのだった。

 

*********************

 

 三人を乗せた車が走ること数時間。

 東京の新宿区にある、国際魔導騎士連盟・日本支部の高層ビルに着いたバージルは、応接室に通される。

 前を歩いていた寧々と南郷についていく形で部屋に入ると、やや広めに感じる室内には二人の男女が既に座っていた。

 そして二人は入室してきたバージルの姿を確認すると立ち上がり、こちらに視線を向ける。

 

 男はまるで鉄仮面のように無表情を保ったまま、まるで鉛のように重い声でバージルに話し掛ける。

 

「お初にお目にかかる。私は、国際魔導騎士連盟・日本支部長官の黒鉄厳だ。今日は我々の取引に応じてくれて感謝する」

 

 黒鉄厳――魔導騎士連盟・日本支部を統括する名家である黒鉄家の当主であり、《鉄血》の名で知られる男である。

 軽く会釈をした厳は、隣にいる女性を紹介しようと話を続ける。

 

「隣にいる彼女は日本に七つある伐刀者(ブレイザー)養成学校の一つ、破軍学園の理事を務める、新宮寺黒乃君だ」

 

 新宮寺黒乃――かつてKOK第三位の地位にいた、一線級の伐刀者(ブレイザー)である。

 時間を操る能力者であり、《世界時計(ワールドクロック)》の名で知られる彼女は、現在は結婚を期に前線を退き、伐刀者(ブレイザー)の卵を養成するための教育者として活動している。

 

「……よろしく頼む」

 

 黒乃は警戒した目付きを隠しもせずに会釈をする。

 バージルは厳と黒乃の自己紹介を聞き、自らも簡潔に名乗りを返す。

 

「バージルだ」

「各国の犯罪組織を潰しに回っている君の話は聞いている。そしてあの、《砂漠の死神(ハブーブ)》を撃退したという噂も」

「《砂漠の死神(ハブーブ)》?」

「そうだ。《砂漠の死神(ハブーブ)》ナジーム・アル・サーレム。君が砂漠の荒野で出会ったあの男だ」

「……奴か。勝てないと知るや逃げ出した者に興味はない」

 

 バージルは心底どうでもよさそうに言い捨てる。

 

「……ふむ、少なくとも誇張だけの噂ではなさそうだな。では、早速本題に入ろう。掛けてくれたまえ」

 

 促されるまま、バージルは応接室の革張りの椅子に腰を下ろした。

 南郷と寧々は入室時と変わらず、部屋の隅に控えたまま動かない。恐らく、バージルが何かしらの敵対行動をとった場合に備えた護衛役なのだろう。

 対面には厳が腰を下ろし、その隣に黒乃が静かに座った。

 

「さて、今回君と話したいことについてだが、まず君の目的を知りたい。報告では悪魔を探しているということだが、相違はないかね」

「その通りだ。というよりも、それはあくまで俺の目的のために必要なことの一つにすぎん」

 

 悪魔を探していることを肯定したバージルを見て、黒乃は胡散臭そうな顔をする。厳は無表情を崩さず、話を続ける。

 

「……なるほど。……悪魔については一先ず置いておくとしよう。では先に聞きたい。君の本当の目的とは何なのか」

 

 バージルはしばし沈黙し、さてどうするかと腕を組んだ。

 自分の『本当の目的』を口にしたところで、正気を疑われるのがオチだろう。

 異世界から来たなどと、信じろという方が無理がある。バージル自身、立場が逆ならそう判断する。

 とはいえ、この世界を自分一人で歩き回ったところで、得られるものはたかが知れている――その実感もまた、ここ数ヶ月で嫌というほど味わっていた。

 日本に足を踏み入れた時点で、今回も恐らく空振りに終わる、と半ば諦めてもいたのだ。

 だが目の前にいるのは、少なくとも自分が接触してきた人間の中で、大きな情報網と権限を持つ組織の人間たち。

 彼らを、一時的な協力者にまで引きずり込めるなら、状況は多少なりともマシになる。

 だが、そのために真実を話すとして――信じるかどうかは、あくまで彼ら次第だ。

 

(……どのみち、黙ったままでは何も変わらん)

 

 バージルは覚悟を決めるように息をひとつ吐き、口を開いた。

 

「俺の目的は――元の世界に帰ることだ」

 

 そう発言した瞬間、室内が静寂に包まれる。

 バージル以外の全員の顔が何とも言えない表情となってバージルを見つめる。

 厳に関しては、全く崩れそうになかった鋼の如き表情も先ほどの発言を聞き、思わず目を見開いていた。

 全員が驚愕に満ちた表情の中、黒乃が眉間に皺を寄せながら我慢できないとでも言うように言い放つ。

 

「……ふざけるなよ貴様。元の世界に帰るだと? 妄言も休み休み言え。悪魔を探しているという時点でイカれているかと思ったが、更に斜め上をいくとはな。そもそも元の世界への帰還と悪魔がどう関係しているというんだ」

「俺の世界では悪魔は架空の存在ではない。実在する連中だ。もしその悪魔が、この世界に流れ着いているなら──どこかで、俺の世界とこの世界を繋ぐ穴が開いていることになる。俺はその穴を探している。見つければ、そこから元の世界へ戻れる」

「いやいや、ファンタジーかよ。いくら嘘をつくにしても、もうちょいマシな嘘があるだろ」

 

 思わず、護衛として口を閉ざしていた寧々までもがバージルにツッコむ。

 南郷は垂れていた瞼を片方だけ上げ、沈黙を保っていた。

 すると、考え込むようにしていた厳が顔を上げ、バージルを見据える。

 

「――君の言うことを信じよう」

 

 静かに言い放った一言に、三人がバージルに向けていた視線を、今度は厳に向ける。

 黒乃は、椅子の肘掛けを握る指先にきゅっと力を込め、厳の方に体を向ける。

 

「ちょ、長官、本気で仰っているのですか? こんな狂人の妄言を――」

「落ち着け、新宮寺君」

 

 厳は片手を軽く上げて制した。声の温度は変わらないが、場の空気だけがすっと締まる。

 

「信じると言ったが、無条件に全面的に、という意味ではない。可能性として、だ」

 

 厳は一人ひとりの顔を順に見やり、最後にバージルに視線を戻す。

 

「まず、こちらで行った君の身元調査だが――連盟加盟国のどのデータベースにも、一切の記録が存在しない。戸籍、医療記録、学籍、犯罪歴、……どの網にも引っかからなかった。まるで、急に現れたかのように」

「……それは、いや、もしかしたら《大国同盟(ユニオン)》の差し金であるという可能性は?」

 

 黒乃は食い下がるが、厳は首を横に振る。

 

「彼ほどの実力があれば、《大国同盟(ユニオン)》の者とは言え、情報が出回らないはずがない。それも見たところ、そこそこの年齢のようだ。その歳になるまで、彼ほどの戦力を隠し通せる訳はない。それにもし、《大国同盟(ユニオン)》の者であれば連盟国内の犯罪組織を潰すなど、わざわざ我々の利益になるような行動を起こす必要もないだろう。しかも彼は連盟の者は負傷させこそすれ、殺傷するまでには至っていない」

 

 黒乃は反論しようと言葉を探すが、異世界人ではないという証拠がない以上、否定することができなかった。

 

「し、しかし、いくら何でも異世界人とは…… せめて何か証拠でもないと納得できません」

「証拠と言えるかは分からんが、俺は伐刀者(ブレイザー)などではない」

「何だと!? いや、しかし刀型の《霊装(デバイス)》を持っていたという情報があったぞ」

「あれは《霊装(デバイス)》ではない。俺の父から貰った刀だ」

 

 バージルはおもむろに右手を上に向けた形で前に出す。

 すると、右手に蒼い輝きが放たれると、一本の刀が顕現した。

 寧々と南郷は急に武装を出したことで一瞬身構えるが、厳が視線で二人を制す。

 

「閻魔刀だ。これはお前たち伐刀者(ブレイザー)のように自分の魂を具現化したものではない。故に俺とは異なる魔力を保有している。調べてみろ」

「どう見ても《霊装(デバイス)》のように見えるが……」

 

 バージルは閻魔刀を目の前の机に置いた。

 黒乃は置かれた閻魔刀に手を添え、魔力を深く探ってみる。

 すると――

 

「ッ! これは……!」

「ど、どうした? くーちゃん!」

 

 閻魔刀の魔力を感じた黒乃は驚きの声を上げる。

 《霊装(デバイス)》とは、伐刀者(ブレイザー)本人の魂を具現化させたもの。故にその魔力の質は伐刀者(ブレイザー)と同じものであるはずだ。

 だが、この閻魔刀と呼ばれる刀とバージル自身が発する魔力の質が異なっていたのだ。

 これは仮にバージルを伐刀者(ブレイザー)だと仮定した場合、全く別の魂を持っているということになる。

 

「この刀と、こいつの魔力の質が全く異なっている。つまり、この刀は完全に独立した魔力を持った武器ということになる」

「てことは、こいつは伐刀者(ブレイザー)でも何でもないってのに、魔力を持っているってわけなのかよ? そんなことあり得るん?」

「いや……そんな人間は今まで聞いたことがない。だが、こんなことが本当に?」

 

 黒乃と寧々の反応を一通り確認すると、バージルは静かに口を開いた。

 

「多少は信じる気になったか?」

「正直……まだお前を異世界人だとは信じてはいない。だが、お前が異常な存在だとは分かった。……長官、申し訳ございません。話の腰を折ってしまったようです」

 

 黒乃はまだ納得はいっていない顔をしているが、これ以上は話が進まないと判断し、厳に謝罪する。

 バージルは机に置いた閻魔刀を手にし、魔力に変換することで己の内にしまい込んだ。

 

「構わない。先ほども言ったが、私も全てを信じているわけではない。これはあくまで、そう仮定したうえで話を進めるということだ」

 

 ようやく本題に入れそうだと内心ホッとするバージル。

 これ以上横道に逸れては面倒だと思い、本来の話を切り出す。

 

「俺の目的はこれで話した。次は貴様たちの番だ。取引という話だが、俺に何を求める?」

「まず、君には我々、魔導騎士連盟の管理下に入ってもらいたい。そして今後は勝手な行動は慎むこと。それが我々の求めることだ。無論、監視役も付けさせてもらう」

「俺は伐刀者(ブレイザー)ではないぞ」

「分かっている。だが、先ほど武装を顕現させて見せたことや、君自身に魔力が宿っているのであれば、だれも君を非伐刀者(ブレイザー)だとは思わないだろう。現に君の武器を調べさせてもらうまで、我々には分からなかったのだから」

「……見返りは?」

「連盟本部に、君を元の世界へ帰す手段についての調査を要請しよう。加えて、君の探している『悪魔』だが――外見や特徴を可能な限り教えてもらえれば、こちらでも行方を追う。それに悪魔そのものが見つからなかったとしても、別の形で君を元の世界へ戻す方法を並行して探るつもりだ」

「……ふむ」

 

 バージルは思案気な表情で厳の話を聞いていた。

 連盟監視下の元で、というのは癪に障るが、今まで帰るための手掛かりを一人で探すことに比べれば何倍も効率がいいだろう。

 正直、こちらに大分有利な取引のように見えた。が――

 

「だが、さらに追加でもう一つ条件がある」

「む?」

 

 厳は一拍だけ言葉を切り、わずかに姿勢を正した。応接室の空気が、きゅっと張り詰める。

 

「――君に、破軍学園の教師になってもらいたい」

 

 その一言のあと、短い沈黙が落ちた。空調の低い唸りだけが、やけに大きく聞こえる。

 

「「は?」」

「……何だと?」

「ひょっひょっひょっ」

 

 呆気に取られた三人の声が室内にこだました。そんな中、南郷だけは一人、事態を楽しむように肩を揺らして笑っていたが。

 

「しょ、正気ですか!? 何故こんな胡散臭い男を破軍に!? しかも教師で!? 理由を説明してください!」

「私は至って正気だ。理由についてだが、今後彼の監視を行うために出来るだけ一か所に留まってほしいのだ」

「だ、だからと言って学園にする必要はないでしょう! 生徒たちもいるのですよ!?」

「彼を監視するには、それなりの人材が必要だ。《世界時計(ワールドクロック)》新宮寺黒乃、そして君の推薦で臨時講師となった《夜叉姫》西京寧々――この日本において最上位クラスの伐刀者(ブレイザー)であるこの二人ほど適任な者はいない。そして、その二人が在籍しているのが破軍学園だ。であれば、彼を置く場所も自ずと決まるだろう」

「だ、だからと言って……」

「いや~ 楽な職場になると思ってたってのに、こんな大役を押し付けられるなんてね」

 

 バージルは眉間に皺を寄せ、不機嫌な表情を隠さず厳に糾弾する。

 

「待て、俺は了承するとは言っていない。俺が教師だと? ジョークにもならん」

「君がどう受け取ろうと、現状これが最も理に適っている」

 

 厳は淡々とした声音のまま、言葉を継いだ。

 

「君は一人で『悪魔』を追い、いくつもの犯罪組織を潰して回った。だがどうやら、決定的な手掛かりは一つも掴めていないように見える。このまま独断で動き続けたとしても、手掛かりを得られる見込みもない。だからこそ、我々の取引に応じたのではないかね?」

 

 そこで一拍置き、厳はバージルを正面から見据える。

 

「連盟の援助を受けつつ、日本に腰を据え、その代わり監視を許容する。破軍学園の教師という立場は、君にとっても我々にとっても都合がいい妥協点だ。……他に、より現実的な選択肢があるかね?」

「チッ……」

 

 舌打ちをしたバージルは椅子の背もたれに深く体重を預け、腕を組んで黙り込んだ。

 教師などまっぴらだ――そう思う一方で、連盟という巨大な組織の情報網を、自らの目的のために利用できるという利点を秤にかける。

 ここで全てを拒絶して背を向けるのは簡単だ。だが、それでは元の世界へ帰る道を、自分の手で狭めることになるだけだろう。

 しかも、仮に《大国同盟(ユニオン)》の方に助けを求めたところで、今回のように元の世界に帰るための協力をしてくれるかはわからない。

 ならば乗るしかない。ただし、ただ頭を垂れるつもりはない――バージルは心中で結論を下し、静かに口を開いた。

 

「……ならば、俺からも条件を一つ追加させてもらう。」

「聞こう」

「一年だ。一年経っても何の手掛かりも無いようであれば、俺はこの国を去り、連盟も離脱する。その後の行動についても、貴様たちの指図は一切受けん」

 

厳はしばし思案するように視線を落とし、やがて小さく頷いた。

 

「……いいだろう。その条件で構わない。こちらとしても、君を完全に縛ることなど最初から不可能だと理解している」

 

 「長官!?」と黒乃が声を荒げるが、厳は静かに続ける。

 

「一年以内に、君を元の世界に帰す。だが、それまでは無用な騒ぎは起こさぬよう努めてくれ」

「……いいだろう、取引成立だ」

「よろしい。では、今日はここまでとしよう。君も長旅の疲れを癒すといい。既に宿の手配は取ってある。明日は今後の詳細について話し合うとしよう」

「あぁ、了解した」

「帰りは、外に待たせている職員に声を掛けてくれ。ホテルまで案内するよう指示している」

 

 バージルは鼻を鳴らすだけで返事を返し、椅子から立ち上がり扉へ向かう。

 南郷と寧々がその後ろにつき、応接室の扉が静かに閉まった。

 

 黒乃は、しばらく無言のまま天井を仰ぎ──小さく、ぼそりと漏らす。

 

「……本当に、ろくでもない厄介事を押しつけてくれましたね、長官。ただの教師となった私を呼びつけた理由が何なのか見当もつきませんでしたが、まさかこんな理由だったとは」

「申し訳ないとは思っている。だが、彼を力で抑えつけようとしても、《砂漠の死神(ハブーブ)》を超える力を持つ可能性がある以上、無用な犠牲が生まれる可能性が高い。であれば、大人しくしてもらうような環境と教師という役割を与えて、行動を制限した方がいいと考えた」

「そもそも奴に教師が務まるでしょうか…… というよりも、生徒たちに危害が出ないかが心配です」

「そこは問題ないだろう。彼はどうしても『元の世界に帰る』という目的を果たしたいようだからな。それに先ほども言ったが、連盟の者には彼による死傷者はでていない。ある程度の良識は持ちわせていると見ていいだろう。……彼を学園内でどう扱うかは君に全て任せる」

 

 丸投げするような厳の発言に黒乃はやや恨めしそうな顔を向けるが、全く表情の動かない厳を見て、諦めたようにため息をつく。

 

「……分かりました。奴を学園に迎え入れます。どうするかは後程考えますよ……」

「助かる。私も本部に今回の件をどう伝えるかを考えねばならんな」

 

 そう、珍しくやや愚痴のように呟いた厳を見て、黒乃はほんの少しだけ留飲を下げるのだった。

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