蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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バージル先生

 

 始業式が終わり、短いホームルームも終わった破軍学園の放課後

 

「一体どういうことですか!? 理事長先生!!」

 

 ステラの怒鳴り声が理事長室に鳴り響く。

 怒声を浴びせられているのは革の椅子に座っている女性。

 破軍学園理事長――新宮寺黒乃。

 

「一応聞こう。何についてだ?」

「何もどうしたもないわ! 目の前の男についてよ! 犯罪者を教師にするなんて信じられないわ!」

 

 黒乃は「やはりか」と早速厄介事が降りかかってきたことに心底疲れたように、ため息をつく。

 そして、その黒乃の後ろに控えるように立っている紺色のスーツを着たバージルも喧しいのがやって来たとでも言うように、不機嫌な顔を隠さず黙っていた。

 

「はぁ……迂闊だったな。皇族であるヴァーミリオンであれば、こいつのことを知っていても不思議ではないか。だがこれは連盟の決定事項だ。私ではどうすることもできん」

「連盟の? 一体何を考えているのよ!? 納得する理由を説明してほしいわ!」

「ステラ、落ち着いて。確かに《魔剣士(ダークスレイヤー)》の正体がバージル先生だったのには驚いたけど……」

 

 ステラを落ち着かせようと宥めている少年の名は黒鉄一輝。

 伐刀者(ブレイザー)としての素質であるランクがFという伐刀者(ブレイザー)の中でも最低限の力しか持たない故に《落第騎士(ワーストワン)》という烙印を押されている。

 しかし、自分の限界を真実使い果たすことのできる荒業によって、格上であるステラを降したことから、現在はステラのライバルであり、寝食を共にするルームメイトでもある。

 

「というか珠雫は父さんからは何も聞かされてないんだっけ?」

「はい、お兄様。お父様からは特に何も。というよりも、そこまで連盟の内情を知らされている訳ではないので」

 

 少女の名は――黒鉄珠雫

 一輝の妹であり、そして魔導騎士連盟日本支部長官である黒鉄厳の娘でもある。

 無論、一輝も黒鉄の名が示す通り厳の息子ではあるが、家を出奔したため、そういった内情に関しては全く関わりのないことであった。

 故に家に残っていた珠雫であれば、少しは知っているかと思い尋ねたが、どうやら彼女もこのことについては全く知らされていないようだった。

 

「当然だ。《魔剣士(ダークスレイヤー)》の正体がこいつであることは、情報封鎖を行っていることもあって連盟の中でも限られた人間にしか知らされていないのだからな。たとえ長官の娘であっても、情報を漏らすようなことはないだろう」

「情報を隠してるのはまだ分かるわ。でも――その張本人を、よりによってこの学園の教師として連れてくるなんて、どういう判断なんですか!?」

「分かった……、順を追って説明しよう」

 

 黒乃はこの場にいる三人にバージルがなぜ教師として赴任することになったのかを説明した。

 連盟は、彼を無理に捕縛しようとした場合に生じる被害と、その戦力をあえて取引によって管理下に置いた場合の利点を天秤にかけ――後者を選んだこと。

 そして、その監視役として指名されたのが、自分と西京寧々であること。

 故に、二人が常駐している破軍学園こそが、彼を繋ぎ止めておく“檻”として最適だと判断されたこと。

 ……もちろん、『悪魔』の件や『元いた世界』へ戻すために行われている本格的な調査など、取引の核心部分までは語らなかったが。

 

「――ということだ。全く……学園内の改革で人手が不足しているからと言っても、こんな厄介な男を学園に入れる事になるとは」

 

 ボヤく黒乃に視線を向けたバージルは腕を組んで言い返す。

 

「言っておくが、俺も不本意でやってきたということを忘れるな。それと、こんな小娘の小言を聞かされるというのは取引の条件には無かったはずだがな」

「何よアンタ! 喧嘩売ってるわけ!?」

「貴様に喧嘩を売ったところで何になる。所詮、学園などと言う温室で育った剣で俺に勝てるとでも思っているのか?」

「何ですって!?」

 

 どんどんヒートアップする二人に一輝はどうしようかと困惑の表情を浮かべる。

 そんな一輝の心配を余所にバージルはそのままステラを煽り続ける。

 

「新宮寺から聞いたが、先日貴様はそこの落第したFランクの小僧と戦い、敗北したらしいな。Aランクというからにはどれほどのものかと期待したが、まさか落第生程度に遅れを取るとは……自らの才能に溺れた愚か者のようだ」

「ッ! アンタにイッキの何が分かるってのよ! イッキはそんじょそこらの騎士なんかには負けないくらい強いんだから!」

 

 自分だけでなく一輝を『落第生程度』と侮辱したバージルに対し、怒りのボルテージが最高潮に達したステラは激しく言い返した。

 珠雫も同様に愛する兄を侮辱されたことに腹を立て、バージルを睨みつける。

 さらに一輝もステラの努力を知ってるからこそ、先ほどの言葉は看過できなかった。

 

「お言葉ですが先生! ステラは愚か者でも、自分の才能に溺れているわけでもありません! 立派な騎士になるために血の滲むような努力をこなしてきた僕の憧れの騎士だ!」

「ふん、何と言われようと傷の舐め合いにしか見えんな」

 

 もはやバージルに何を言っても自分たちを舐め切った態度を変えるのは不可能だと悟るステラ。

 だがそんな相手に対し、退くという選択肢は取れない。ならば――

 

「〜〜~ッ決闘よ! もしアタシが勝ったらさっき言った言葉について謝罪してもらうわ!」

「ステラ!?」

「止せ、ヴァーミリオン。そしてバージル、お前も煽りすぎだ。確かに以前話した内容が簡潔にしすぎた私も悪いが、この二人は我が校でも期待の新星だ。恐らく今年の七星剣武祭でも頂に届くであろう二人だと私も期待している」

「たかが学生同士のお遊び大会で優勝したところで何の証明になるというんだ?」

 

 その瞬間――

 ブチッとステラの中で何かが切れた。

 自分達が本気で目指す学生騎士の頂点をこの男は"お遊び"と嘲笑ったのだ。

 そして、一輝も心中穏やかではなかった。なぜなら一輝はこの学園を卒業するためには最低でも七星剣武祭を優勝しなければならないのだから。

 それも理解しているステラは一輝の代わりにバージルに言い放つ。

 

「……分かったわ。アンタが教師なんて呼べないようなクズだってことが! 理事長先生! ここまで言われて黙ってるなんてアタシは御免被るわ! この男と闘わせて!」

「ハァ……まさか初日からこんな厄介ごとになるとは。いいなバージル? 元はと言えばお前がまいた種だ。断る理由もないだろう」

「……まぁいいだろう。暇つぶし程度にはなるか。だが、条件がある。《実像形態》での実戦であれば受け付けよう」

 

 そうだ――。と黒乃は今更ながらに思い出す。バージルは伐刀者(ブレイザー)ではないため、そもそも《幻想形態》といった形での闘いができないのだ。

 

「なっ!? 何でわざわざ《実像形態》なのよ!」

「単純に刃引きはしない主義なだけだ。怖気づいたか?」

 

 バージルは自分が伐刀者(ブレイザー)でないことをわざわざ話して更にこじれることを避けるため、適当な理由をでっちあげて話す。

 

「そんな訳ないじゃない! 七星剣武祭でも《実像形態》での勝負が基本なのよ! 今更そんなことでビビるような生半可な覚悟でここに来ていないわ!」

「ならば問題あるまい。新宮寺、適当な場所を借りるぞ」

「であれば第三訓練場を使え。審判は私がする。準備をするからお前たち三人は先に行って待っていろ」

 

 黒乃がそう言うとステラは「行くわよ! 二人共!」と鼻を鳴らし、一輝と珠雫を連れて部屋を出ていった。

 そして部屋には残された黒乃とバージルのみ。

 黒乃は嵐のような一幕に心底疲れたようにため息をついた。

 

「ふぅ、先が思いやられるな……」

「全くだ。ここの生徒はどうやら血の気が多いようだ」

「お前は……、いや、やっぱりいい……」

 

 黒乃はこの先も続いていくであろう心労を思い、もう一度ため息をついたのだった。

 

*********************

 

 

 破軍学園の敷地内にある複数の訓練場の一つである第三訓練場。

 ドーム型の形を取るリング上にバージルとステラはお互い二十メートル程離れた位置で向かい合うように立っていた。

 そしてそのリングの中央には審判(レフェリー)として立っている黒乃の姿。

 バージルは伐刀者(ブレイザー)ではないため、《幻想形態》を用いた安全な戦闘はできない。

 今回はたまたま黒乃がいたため、そのまま審判としての役割を担ったが、今後もバージルが学園内で戦闘するようなことがある場合、彼女が必ず審判を務めねばならないだろう。

 もし万が一の場合は、彼女の能力である《時間操作》で何とかすることが出来るからだ。

 

「お! 皇女様がまた誰かに喧嘩売ってるみたいだな。ついこの前は《落第騎士(ワーストワン)》だったよな」

「てか相手、今日赴任してきたバージル先生じゃん。先生に喧嘩売ったってこと? もしかしてヴァーミリオンさんって案外不良の毛があったりするのかな」

「バージル先生って誰? 誰か知ってる人いる?」

「いや…… 基本的に先生たちって、大なり小なり有名な人ばっかりな筈なんだけど、あの人に関しては何の情報もないんだよね…… だからランクも何の能力かも分かってないみたい」

「へぇ~ もしかしたら、案外あの新入生が勝っちゃったりして」

 

 今日は始業式だったこともあり、全校生徒が学校に来ていたため、噂を聞きつけた生徒がかなりの数、観客席に集まってきていた。規模としては百人以上。

 もちろん、普通の生徒が闘うというのであればこんな人数は集まらないだろうが、何しろAランク騎士でありスーパールーキーと目されるステラが闘うというのだから注目度は凄まじい。

 そして、観客席の中には今回の闘いの経緯を知る一輝と珠雫の姿もある。

 

「お兄様、ステラさんはあの男に勝てるでしょうか」

「……分からない。ステラはAランク騎士として恥じない才能と、それに見合う努力をしてきた本物の強者だ。だけどバージル先生の情報はほぼないに等しいからね。理事長の言うことが本当なら相当な強さなんだろう。何しろ連盟側があの人との闘いを避けるほどなんだから」

 

 一輝とてバージルの一連の発言を許す訳ではないが、現実問題として現在、世界中に噂される《魔剣士(ダークスレイヤー)》の名は世情に疎い一輝ですら知っていることだ。

 一時期、犯罪組織が軒並み消滅したために一部の国で犯罪率が劇的に低下したとニュースになっていたこともある。

 

「……なるほど。であれば初手は相手の力量を見定めるための様子見といったところでしょうか」

「恐らくはそうだろうね」

「応援するのは業腹ですが、今回ばかりはステラさんに勝ってほしいです。あの男はお兄様を侮辱したのですから、相応の報いを受けるべきです」

「……僕も、ステラへの侮辱や学生騎士が目指す七星の頂を"お遊び"と言われたのには腹が立ってる。できれば僕もステラに勝ってほしいよ」

 

 リングの上に立つステラは目の前の男を睨みつける。

 今ステラの中にあるのはかつてない程の怒り。

 とはいえこの男は今まで世界中の伐刀者(ブレイザー)を相手にしてその全てを総なめにしてきたのだ。

 恐らく勝つ事はできないだろうと頭では分かっている。

 しかし、だからと言って自分の大切なものを侮辱されて、あのまま引き下がる事はできなかった。

 せめて一矢でも報いて自分たちの力を認めさせてやるのだ。

 

「そういえば決闘でアンタが勝った時の条件を指定してなかったわね」

 

 先ほどの理事長室で捲し立てた時にステラが勝利した場合はバージルが一連の言動を謝罪するという条件を指定していた。

 『決闘』は魔導騎士の中で何らかの揉め事が起こった際に解決する常套手段であり、昔ながらの伝統でもある。

 故にバージル側も何らかの条件を指定しなければならないのだが。

 

「――いらん。必ず勝てる勝負を『決闘』などと大仰に言えるか。俺が負けた場合に謝罪するという条件はアリのままで構わんがな」

「このッッ! どこまで舐め腐れば済むわけ!? なら絶対に頭を下げさせてやるわ!」

 

 煽られたステラは怒りで叫ぶ。

 こうなったら一矢報いて見せるどころではなく、必ず勝利してみせると息巻く。

 そして奮起するようにその紅蓮の髪から赤い燐光を振りまいた。

 

「……それではこれより模擬戦を始める。双方。霊装を《実像形態》で展開しろ」

「傅きなさい! 《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》!」

「……閻魔刀」

 

 《実像形態》で霊装が呼び出されたことに、事情を知らない観客たちは驚きの声を上げる。

 普通《実像形態》は学生騎士の祭典である七星剣武祭、またはKOKなどの実戦のみでしか使用されない。

 それが特にこれと言った理由が見つからない模擬戦で使用されるのだから、一体何事かと周りの生徒たちのざわめきで場内は騒然となっていた。

 

「よし。……では、試合開始ッ!」

(まずは、遠距離戦で相手の出方を探る……!)

 

 ステラは己の桁外れた魔力量に物を言わせ、己の霊装、《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》に通常の伐刀者(ブレイザー)一人分の総魔力量にもなる魔力を纏わせる。

 そして、その切っ先をバージルに向けて解き放った。

 

「喰らい尽くせ! 《妃竜の大顎(ドラゴンファング)》!」

 

 竜を模した巨大な炎が牙を剥き出し、バージルに向かって突き進む。

 伐刀絶技(ノウブルアーツ)――伐刀者(ブレイザー)が自らの能力を応用して放つ技。

 ステラは自らの炎に竜という形に凝縮した魔力を込め、圧倒的な破壊力と熱を持たせたのだ。

 

 もちろん、バージルは裏組織を潰すにあたり伐刀者(ブレイザー)と何度も闘う機会があったため、伐刀絶技(ノウブルアーツ)という存在は知っている。

 この世界に来て初めて闘ったナジームと比べれば劣るとはいえ、今まで潰してきた組織の伐刀者(ブレイザー)よりも圧倒的な破壊力と精度を持つだろう技にバージルは思わず感嘆の声を漏らす。

 

「……ほう」

 

 しかしバージルはこれほどの炎が目の前まで迫っているというのに落ち着き払った様子で構えもせず、立ち尽くしたままだ。

 観客席の生徒たちはこのまま、バージルが巨大な炎の竜に飲み込まれてしまう光景を幻視する。

 やはり教師といえど、特にこれと言って名の知らない伐刀者(ブレイザー)

 Aランク騎士であるステラに敵う相手ではなかったのだと誰もが思っていた。

 そしてステラも、このまま当たりさえすれば、いくらバージルが格上だとしても屠ることができるだろうと考えていた。

 

(いくら何でもアタシを舐めすぎたわね!)

 

 だが――

 

(――――ッ!)

 

 瞬間、ステラの直感が先ほどの甘い考えを否定する。

 そして、その直感に従うようにステラは自らの霊装を盾にするように両手で構える。

 すると――

 

「!?」

 

 いつの間にか、目の前には既に鞘から刀身を出し、こちらに斬りかかろうとするバージルの姿があった。

 そして、そのまま盾にしていた《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》に向かって刀身を押し出すように接触し、鍔迫り合いの形になる。

 

「っ、ぐうぅぅぅ!?」

 

 そのまま十メートルほどステラが奥へ押し込まれるような形でリングの奥へと突き進むと、ようやく止まる。

 ステラはかつてない程の衝撃に戦慄を覚えていた。

 なぜなら自分が力負けすることなど、今まで考えたこともなかったからだ。

 世界最大の魔力保有量から繰り出せる膂力は、並の伐刀者(ブレイザー)であれば何人いようとも蹴散らしてしまう。それがこんなにもあっさりと覆されたのだ。

 しかも自身は両手で剣を支えているのに対し、相手は右手だけで刀を持っている状態にも関わらずだ。

 そんなショックを受けているステラを余所に、バージルは静かに語りかける。

 

「威勢がいい割には消極的な戦い方だな。貴様の領域はどちらかと言えば力を活かせる接近戦(こちら)だろう。わざわざ来てやったぞ」

「くっ! ぐうぅぅぅ!」

 

 未だ挑発する余裕な表情のバージルに怒りが沸き、押し返そうと両足に力を入れ踏ん張るが、びくともしない。

 まるで巨大な岩が地面に埋まっているのではないかと錯覚するほどであった。

 

(一体どんな馬鹿力してんのよ!?)

 

 自分よりも遥かに強い力に慄く。

 しばらくの間、鍔迫り合いの状態が続いたが、バージルが飽きたとばかりに鼻を鳴らすと左手に持っていた鞘をステラの両足を払うように思い切り凪いだ。

 

「なっ!?」

 

 何の抵抗もできず足が地面から離れ、そのまま地面に倒れると思ったその時だった。

 視界にはバージルが刀身を思い切り振り上げ、力任せにこちらへを振り下ろそうとする姿。

 

(ま、まず――)

 

 ステラは何とか剣を自分の体の前へ持ってくると、柄と刀身に手を添え、衝撃に備える。

 そしてステラの背中が地面に着く寸前――バージルの振り下ろしが《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》に直撃した。

 

「がふっ!?」

 

 直撃した瞬間、ステラの体は叩きつけられ、リングの地面が砕ける。

 それだけには留まらず、ステラの体はそのままバウンドし、更に十メートルほどリングの奥の方へと吹き飛んでいった。

 

 一連の攻防を見ていた観客たちはバージルの余りに圧倒的な力の前に口をポカンと開け、呆然としていた。そして、その光景に一部の者は恐怖すら浮かべた表情でステラの心配をする者までいた。

 

「つ、強すぎだろ…… Aランクがあんな一瞬で……」

「ね、ねぇ、これってそもそも闘いにすらなってないじゃない。止めないとまずいんじゃ……」

「無理だろ…… そもそも模擬戦なんだし、理事長が止めるかヴァーミリオンが降参でもしないと……」

「あの人、一体何者だよ……」

 

 そんなざわめきが会場内を埋め尽くす中、珠雫は冷静に問いかける。

 

「お兄様。先ほどのあの男の動き、見えましたか?」

「いや……ステラの炎がバージル先生に直撃する瞬間、地面すれすれで搔い潜ったところまでは見えたけど、近づくところはまるで見えなかった。多分、魔力放出による身体強化で速度を上げたんだ。しかも恐らく僕の《一刀修羅》と同等か、それ以上の倍率でね。それにステラを凌駕するほどの膂力。はっきり言って、これほどとは思わなかった」

「そもそも次元が違いすぎます。確かにあれほどの力があるのなら、連盟が懐柔しようとするのも納得です」

 

 珠雫は未だ倒れているステラを見て、悔し気な表情を浮かべる。

 だが一輝は――

 

「確かにそうだね。でも、ステラはまだやる気だよ」

「え……?」

 

 ふとリングの方に視線を戻すと、そこには立ち上がろうとするステラの姿があった。

 

「ステラはまだ諦めてない」

「……ッ! ですが、ステラさんの長所でもあった力はあの男よりも弱く、魔法戦もあの速度では追いつけないでしょう。勝ち目はもうないのでは?」

「いや、まだある。まだステラの最強の技を使っていない。もし、仮にあの技を当てることが出来たのなら……!」

 

 ステラについて語る一輝を見て、珠雫はむっと口を尖らせる。

 

「まだ出会って大して時間も経っていないのに、随分とステラさんについてお詳しいんですね」

「え!? あぁいや、ハハハ……」

「まぁいいです。そんなにお兄様が言うのなら見せてもらいましょう。ステラさんの最後の悪足掻きを」

 

 二人は、苦しそうに剣を杖のように突き立てて立ち上がったステラに視線を戻す。

 そして、そんなステラに対して、観客たちは「降参してくれ」「無茶だ」と気遣うような言葉を投げかける。

 

「かはっ、ごほっ!」

 

 ステラは叩きつけられた衝撃で損傷した内臓から込み上げてくる血を吐き出す。

 何とか立ち上がることが出来たが、未だ衝撃によって脳も揺れており、平衡感覚が掴めず足もガクガクと震えていた。

 たった一撃でこのザマだ。

 笑ってしまうほどの実力差にステラは歯噛みする。

 対してバージルは無表情で立ち上がるステラを見ていた。

 

「……寝ていればいいものを。これ以上貴様に何ができる。諦めたらどうだ?」

「ハァ…ハァ…うっさいわね……、そんなのアタシも分かってるわよ。アンタとの力の差が途方もないことくらいは……。だけど、諦めるですって? そんなのお断りよ! まだ何かできるのに、何もしないで終わるなんて、そんなのアタシのプライドが許さない!」

 

 ステラは剣を握りしめ叫ぶ。未だ意識が朦朧とするが、『諦めろ』というステラの中で一番嫌いな言葉を吐いた相手に一矢報いるため、限界の体に喝を入れた。

 

「………」

 

 なんとも諦めの悪い人間だ。無様だ。滑稽だ。

 ここまで差が開いていると理解していながら、なお立ち上がろうとするなど、愚行としか言いようがない。

 それでも――その愚かさが、力に縋りつき、惨めな姿を晒してでも前に進もうとしていた、この世界に来る前の自分と重なった。とはいえ――

 

「それで? ここから何か挽回できるチャンスがあるのか?」

「あるわよ……、アンタがこれを受けきる勇気があるっていうんならね!」

 

 ステラはバージルを逆に挑発し、剣を天に掲げると、先ほど放った伐刀絶技(ノウブルアーツ)よりも更なる魔力を剣に集約した。

 

「蒼天を穿て、煉獄の焔!」

 

 ステラが叫ぶと、まるで光の柱のように高温の炎がステラの持つ剣から立ち昇る。

 それは訓練場の天井を突き破り、まるで太陽のように辺りを照らし出す。

 観客の中にはあまりの規模に恐れをなして逃げ出そうとする者もいた。

 

「どう!? これを見て、ただ避けるだけかしら!? それともこの技をアンタは打ち破れる!?」

 

 ステラは更に挑発を重ねる。

 先ほどの一合で実力の程ははっきりした。どう逆立ちしたって勝てないと。

 さらには、先ほどの一撃によって体は満身創痍の状態。

 万に一つの勝ち筋は、自他ともに認める最強の技を確実に当てること。

であるからこそ、バージルが動かないようにこうして挑発し続けるしかない。

 情けないとは思う。仮にバージルがこの技を避けたとしても、その選択を非難することはできない。

 

(卑怯かもしれないけど……、今のアタシにはこれが精一杯……!)

 

 対するバージルは――

 

「安い挑発だが……いいだろう、受けて立つ」

 

 バージルは先ほどと同じように何もせずただ立っているのみ。

 だが、真正面から打ち破るという意志を感じさせる瞳でステラを射抜いた。

 憎たらしい発言を繰り返し、未だ自分たちを侮辱した発言を許す訳ではないが、こうして正面から自分の全力を受け止めると宣言したこの男をステラはほんの少しだけだが尊敬の念を覚えた。

 そして、ステラは自らの極光の剣を振り下ろす。

 これこそ《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンの持つ最強の伐刀絶技(ノウブルアーツ)

 

「《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》――――!!」

 

 上から迫る殆ど光線とも言える極大の剣になおもバージルは落ち着き払った様子で迫る脅威をただ見つめていた。

 だが、突如バージルの持つ刀の鞘に蒼い紫電が迸る。

 バージルは後ろへステップで移動しながら腰を深くおろし、ナジーム戦の時と同様の居合の構えを取る。だが、今回は過剰なほどに溢れる魔力で周りの空間を支配することはなく、あくまで刀のみに魔力を集中させる。

 これは、バージルと閻魔刀という武器の組み合わせでのみ可能な居合の絶技の一つ。

 

 その名も――次元斬。

 

「終わりだ」

 

 この訓練場の中で最も動体視力に優れた一輝すらが、バージルの体が一瞬動いたとしか認識できない程の速度。もはや剣を納めた動作のみしか見えなかった。

 

 そしてステラの耳にはまるで空間が低音で悲鳴を上げるような不気味な音が二度、鳴り響くのを感じた。

 それと同時に《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》とステラの剣が刀身の半ばから寸断された。

 

「え……?」

 

 ステラは自身の身に何が起こったか、訳が分からないとでも言うように呆然とする。

 そして、伐刀絶技(ノウブルアーツ)を維持する媒介がなくなった以上、《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》はバージルに当たることなく霧散してしまった。

 

「ぁ……」

 

 ステラはそのまま意識を失うように前のめりに倒れようとしていた。

 霊装は伐刀者(ブレイザー)の魂が具現化したもの。

 故に破壊されれば伐刀者(ブレイザー)本人に心的ダメージとして帰ってしまう。

 意識すらも一瞬で飛ばしてしまうほどのダメージへと。

 

 バージルは、以前連盟の伐刀者(ブレイザー)と対峙した際、偶然霊装を破壊したことでこの現象を発見していた。その後も戦闘に入らざるを得ない場合は、同様の手段で相手を制圧していたのだ。

 

(終わったな……、まぁ暇つぶし程度にはなったか)

 

 本当なら最初の一撃で終わっていたはずの勝負であったが、思ったよりもタフなステラに評価を若干改めてやるかと考えながらステラから背を向ける。

 その時――

 

 ガァン! とリング状に叩きつけられたような音が鳴り響く。

 その音に気付いたバージルは後ろを振り返る。

 

「ッ! 何だと?」

 

 何と、そのまま前のめりで倒れそうだったステラは倒れる寸前、自らの右足を前に出し、思い切り地面を踏みつけるようにして体を支えていた。

 

「フゥ……! フゥ……!」

 

 ステラは歯を食いしばりながら耐えるような吐息を出して何とか体を起こす。

 その顔には滝のような汗が流れている。

 そして右手には未だ寸断された霊装。

 そう、ステラは自らの心的ダメージを屈強な精神で耐え、意識を何とか保っていた。

 これにはさしものバージルも目を見開き、驚きを隠せなかった。

 

(まだ立とうというのか……)

 

 あろうことかステラはそのまま、バージルのもとへ一歩、また一歩と苦しそうに歩き出す。

 徐々に近づいてくるステラを、バージルは黙って見ていた。

 そしてバージルの目の前までやってきたステラは刀身が半分となった剣を持つ右腕をゆっくりと震えながら上げ、バージルに振り下ろそうとする。

 だが――

 

「――――」

 

 振り下ろそうとする瞬間、ステラはそのまま意識を失い、今度こそ倒れる。

 しかし、バージルはステラが倒れる寸前、右腕で彼女の腕を掴み、倒れないように支えた。

 なぜ支えたのかは正直なところバージル自身も分からない。

 だが、なぜか彼女をこのまま無様に地面に寝かせたくなかったのだ。

 

「勝負あり! 勝者、バージル!」

 

 黒乃の試合終了の合図が出されるが、観客たちは皆一様に静まり返っていた。

 あまりにも常識外のことが起こりすぎたため、呆けてしまったのだ。

 だが、一輝が拍手をすると、少し遅れて周りの観客たちからも拍手が巻き起こった。

 そして色々な憶測が飛び交っていった。

 

「すっげぇえ……」

「あのバカ火力の伐刀絶技(ノウブルアーツ)を両断して、しかも霊装もぶっ壊すとか、何をやったんだ?」

「ヴァーミリオンさんも最後よく動けたな……」

「てか本当にバージル先生って無名なの? KOKの選手とかじゃないよね?」

「いや……、A級リーグでも見たことないぞ」

 

 一輝はすぐに観客席から降り、ステラのもとへ向かう。

 霊装を破壊され、本来なら意識を保つことすら難しいというのに、ここまでやってのけた彼女を一輝は祝福したい気持ちで一杯だったのだ。

 そして一輝に続くように珠雫もリング上へと入っていった。

 

「ステラ!」

 

 一輝はバージルからステラを受け取ると横抱きにして持ち上げた。

 

「珠雫、治癒は使える? ステラに掛けてやってほしいんだ」

「……まぁ、お兄様が言うのでしたら、しょうがありませんね。それに、あの悪足掻きで多少はステラさんを見直しましたので」

 

 黒乃が一輝たちに近づく。

 

「黒鉄。治癒が済んだら念のため、医務室に連れて行ってやれ。霊装の欠損によるダメージだからしばらくは起きんだろう。その後、寮に戻ってもらって構わん」

「分かりました。でも、ステラが起きるまで僕も待ってます」

「お兄様が待っているのでしたら私も一緒に」

 

 しばらくして治癒が済んだステラを一輝は抱えて珠雫と一緒に訓練場を後にしようとする。

 だが、バージルはそのまま歩いていく一輝たちを「待て」と呼び止めた。

 一輝は振り向くと、警戒を含めた表情で見つめ返す。

 

「何でしょうか。早くステラを医務室に連れて行ってやりたいんですが」

 

 やや棘のある言葉で一輝は応える。

 ステラは敗北した。それも完膚なきまでの敗北。

 恐らく、またこちらへの侮辱の言葉だろうと、一輝は思っていた。

 そして珠雫もまた兄を傷つける言葉を吐こうなら今度は不意打ちでも襲い掛かる。そんな面持ちでいた。

 バージルは腕を組み、そんな一輝の視線を見つめる。

 

「黒鉄一輝……だったな」

 

 初めて名前を呼ばれたことに若干戸惑い、少し遅れて返事をする。

 

「……はい」

「先ほど理事長室でお前たちへ言った言葉だが……全て撤回しよう」

「え……?」

 

 一輝たちは聞き間違いかと思ったが、バージルはそのまま続ける。

 

「どうやら俺の認識が誤っていたようだ。先ほどのステラ・ヴァーミリオンとの『決闘』でそれが分かった。そして、ヴァーミリオンは敗北したが……お前たちへの今までの言葉を謝罪しよう」

 

 バージルは目を伏せて一輝たちに謝罪の意を見せた。

 正直、態度が尊大すぎてまるで謝罪には見えなかったが。

 だが、一輝たちはバージルが本気で謝っているようだと分かると、口を開けて困惑した表情になる。

 

「そして、黒鉄。お前はFランクでありながら、このヴァーミリオンに勝ったという話だったな」

「……はい」

「であれば、お前にも興味がある。空いた時間があれば連絡を寄こせ。俺が手ずから実戦による授業をしてやろう」

 

 闘って分かったが、ステラは明らかに上級悪魔か、それ以上の力を持っていた。

 それほどの魔力量と実力を持つ相手に対し、ほぼ魔力のない、ただの人間が勝利したという事実にバージルは興味が沸いていた。

 

「え!? ……それは、バージル先生が僕の相手をしてくれるということですか?」

「そういうことだ。本気で上を目指すというのならば格上の相手との実戦は得難い経験のはずだ」

 

 一輝は若干の戸惑いの中に歓喜の気持ちが沸き上がるのを抑えられないでいた。

 なぜなら、今まで教えを授けてくれるなどと言う大人は今までいなかったのだから。

 今の一輝の強さは全て自分で考え、自分で身に着けてきたものだった。

 だからこそ、今のバージルのように直接指導してくれるというのは渡りに船だ。

 

「わ、分かりました。お願いします!」

「では、さっさと行け。用はこれで終わりだ。それとヴァーミリオンにも、目を覚ましたらこの事を伝えておけ」

「はい。では失礼します。……それとバージル先生」

「何だ?」

「ステラには直接、バージル先生から謝罪を伝えた方がいいと思います。多分僕たち伝いだと、また文句を言いに行くと思いますから」

「……いいだろう。目を覚ましたら連絡しろ」

 

 一輝はバージルに礼をすると珠雫と一緒に訓練場を後にした。

 そして、未だ困惑した表情の黒乃とバージルだけが残った。

 そしてそんな黒乃を見つめ、バージルは問いかける。

 

「……何だ」

「いや、お前、謝れるのかと思ってな」

「事実を認めただけだ。普通であれば霊装を切断した時点で勝負は決していた。しかし、奴はそれに耐え、あまつさえこの俺に斬りかかろうとした。あれは"お遊び"などで至れる領域ではないと感じたまでだ」

「それで黒鉄に授業を付けてやろうと思ったというわけか」

「お前たちが与えた"教師"という役割を果たしただけだ。でなければ、こんな面倒なことはせん」

 

 何とも素直でない答えだと感じた黒乃は思わず吹き出す。

 

「ふっ、多少はやる気になったということか?」

「……多少はな」

 

 バージルは黒乃に背を向け呟くように答えた。

 

「だが、他の生徒にも同様の連絡をさせてもらうぞ。黒鉄達だけの特別待遇ということにはできん。お前の教師としての特別授業として正式に枠を設けておく。まぁ放課後になるだろうがな」

「なら、せめて多少はできる奴だけにしろ。俺も手を抜く気はない」

 

 そう、黒乃に言い残してバージルはそのまま訓練場を後にした。

 そして道すがら、妙な感覚が身を包んでいたことに気付く。

 

 今まで接してきたのは悪魔ばかりで、純粋な人間たちとこれほど密に接触した機会は今までなかったように思える。

 ダンテは悪魔よりも、人としての生き方にこそ価値があると信じていた。

 そして自分は悪魔として生き、その差異によって今までダンテに負け続けてきた。

 しかし『V』として生き、人間の心こそが大切なのだと知り、今までの自分を後悔した。

 その後バージルとして再び舞い戻り、ようやくダンテと比肩し得るようになったが、まだ同等の力だ。未だ超えてはいるとは言えないだろう。

 

 故にさらに人間を知ることが出来れば、ダンテを超えることが出来るのではないか。

 だが、未だ自分は人間を知ったばかりで、奴ほど深く知っているわけではない。

 愛、友情、哀しみ、喜び。今まで惰弱だと決めつけてきたものだからこそ、実感ができないのだ。

 だからこそ、学園という人間を育む場所で、これを機に人間を学んでみるのもいいかもしれないと、そう考えていた。

 

I have no name I am but two days old.(名前などない。まだ生まれて二日目だもの)……か)

 

 バージルはかつて読んだ詩を思い出しながら、訓練場の出口から外へ出る。

 そこには、未だ咲き誇る桜が舞い散る、晴れやかな晴天が彼を迎えたのだった。

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