蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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教師として

 

 

 加ヶ美との約束から次の日

 

 ここは破軍学園の近くにある大型のショッピングモール。

 その三階にあるパフェ専門店にバージルと加ヶ美は来ていた。

 バージルは、黒いワイシャツにジーパンというラフな格好で来ており、加ヶ美は白いブラウスの上に、淡い水色のカーディガンというふわっとした印象を受けるが、それを台無しにするように深々と帽子をかぶっており、若干怪し目な風体だ。

 仮に知り合いがいてもバレないようにする対策らしい。

 今日は休日ということもあり、家族連れや友人たちと来た学生と思われる客が大勢いたため、店内はやや騒がしい。

 だが運が良いことに、店内の奥の方の席に案内され、加ヶ美はホッとしていた。

 これなら、バージルと二人でいるところを見られずに済むだろうと思ったからだ。

 

「こちらストロベリーサンデーですぅ~。ごゆっくりどうぞ~」

「ふむ……」

 

 店員が二つの細長いグラスをテーブルに置き、立ち去っていく。

 そして置かれたグラスの中には、真っ白なバニラアイスと、艶のある紅い苺ソースが幾重にも重なり、その合間には一口大に刻まれた苺が沈んでいる。

 頂にはこんもりとホイップクリームが盛られ、その上に苺が一粒、ちょこんと腰を下ろしていた。

 バージルはスプーンを手に取り、クリームと苺を乗せて口へ運ぶ。

 

「……悪くない」

「ん~~美味しいですねぇ~」

 

 バージルは味をしっかりと確かめるように咀嚼し、感想を漏らす。

 今まで、食事の味など特に気にしていなかったが、存外悪くないものだと感じていた。

 それに見た目からして、子供の食い物だと思っていたが、ダンテがハマる理由も若干だが分かるような気がした。

 

「ちなみになんですけど、何でパフェだったんですか? あ、もしかして先生って甘いものが好きとか?」

「別にそういうことではない。お前たちが帰り際にそのような話をしていたのと、俺の弟が好んでいたものが一致していたからだ。特に深い理由は無い」

「え!? 弟さんがいるんですか!?」

 

 バージルに弟がいると聞き、身を乗りだして興奮する加ヶ美。

 正直、彼に弟がいるなど想像もしていなかったため、驚きを隠せなかったのだ。

 

「あぁ。そんなに驚くようなことか?」

「そりゃもちろん! 早速、お宝情報いただきです!」

 

 加ヶ美は懐からメモ帳を取り出し、今聞いた情報をペンでしっかりと記録する。

 

「ちなみにお聞きしたいんですけど、弟さんってどんな感じなんですか?」

「……いけ好かない男だ。子供の頃はよく、物の取り合いで喧嘩をしていたな。まぁ、基本的には奴が俺の読んでいた本を奪っていたのが原因だったが」

「先生、本好きですもんねぇ~。というか、先生にもそんな時があったんだなぁって思うと、なんか微笑ましいですね」

「……馬鹿にしているのか?」

「いえいえ! そんなことはないですよ! 親近感が湧いて親しみやすいってことです!」

 

 その後も他愛のない話で盛り上がる。

 基本的にはバージルの趣味である読書についてだった。

 どういった本が好きだとか、加ヶ美が勧める本の紹介だったりなど。

 特に、詩集が好きだと語った時は驚かれ、加ヶ美は「これは記事に絶対載せなきゃ!」と息巻いていた。

 バージルは、思ったよりも会話が続いたことに自らの成長を実感していた。

 今まで人間を知るためにやってきた学習の成果が実を結んでいたのだから。

 

 そして、ある程度会話も一区切りつき、ストロベリーサンデーも食べ終えた後、加ヶ美は改めるように話を切り替える。

 

「それじゃあ今度は伐刀者(ブレイザー)としての先生について聞いちゃおうかな」

「……答えられることならな」

 

 ついに来たか――とバージルは腕を組み、思考を回す準備をする。

 バージルは伐刀者(ブレイザー)ではないため、ここは嘘を交えて話さなければならない。

 一応、連盟からは自分の伐刀者(ブレイザー)としてのプロフィール情報を与えられているため、基本的な質問には答えられるが、今までどのような活動を行ってきたかについては慎重に言葉を選ばなければならない。

 だが――

 

「バージル先生って、《魔剣士(ダークスレイヤー)》ですよね?」

「――ッ! ……何故それを知っている」

 

 突然、核心めいたことを突き付けられ、驚愕するバージル。

 加ヶ美はそのまま、何ともなしにその疑問に答えた。

 

「ネット上だと、ちらほらと目撃情報があるんですよ。写真とかは無いみたいですけど、銀髪だってことは確定しているみたいですし」

「……しかし、それだけでは特定できんだろう。それに銀髪なら黒鉄の妹もそうだ。学園内の他の生徒にもいた覚えがある。珍しいかもしれんが、俺以外にもある程度はいる髪色のはずだ」

「確かにそうなんですけど……」

 

 首を若干傾げながら加ヶ美は記憶を思い出すようにして続ける。

 

「ただ、入学初日のホームルーム中にステラちゃんが先生の顔を見て、めちゃくちゃ驚いた顔をしてたんですよね。しかもその後、血相を変えて理事長室に行くのを見かけたんですけど、それってもしかして、先生の事を知ってたからじゃないのかなって思ったんです。ステラちゃんて皇族だから《魔剣士(ダークスレイヤー)》についての詳しい情報も事前に分かってたはずですし」

「…………」

 

 バージルは加ヶ美の観察眼に舌を巻いていた。

 ステラの表情や行動、立場だけから自分の正体に辿り着いたのだから、記者としての資質は相当なものだと認めざるを得ない。

 

「しかもその後、Aランク騎士のステラちゃんを余裕で倒すだなんて、連盟の伐刀者(ブレイザー)でそんなに強くて無名なんてこと、普通ないですよ。絶対どこかしらで有名になっているはずです」

「……なるほど。で、それが事実だったとしてどうする? 学園内に犯罪者がいると抗議でもするか?」

 

 加ヶ美は逆に驚いたような顔をしてバージルを見つめる。

 

「え? 何を言ってるんですか? そんな事する訳ないじゃないですか」

「……どういうことだ?」

 

 そんな加ヶ美の視線を見つめ返し、バージルは理由を問う。

 なぜなら、以前ステラにこのことがバレたがため、理事長室での一悶着があったのだ。

 加ヶ美も同様の理由で、自分を非難してくると思っていたため、むしろ擁護するような言いように疑問を持つ。

 そして、加ヶ美はそんな疑問に対して「だって」と続けて答えた。

 

「先生はもう連盟の魔導騎士じゃないですか。しかも元々《魔剣士(ダークスレイヤー)》は犯罪組織を潰し回って、一般人からは英雄扱いされてますし、むしろ好感度アップですよ。なんなら、バラしちゃえば一躍人気者になるんじゃないですか?」

 

 そう、《魔剣士(ダークスレイヤー)》の名は連盟という、伐刀者(ブレイザー)を管理する者達にとっては制御の利かない暴力装置として見られ、危険視されていたが、一般市民にとっては悪を挫く正義の味方として見られている。

 理事長室でステラが捲し立てていたのも、一般市民の立場からではなく連盟加盟国の政界人としての立場があったが故だ。

 そして、たとえバージルの目的が元の世界の帰還のためにやってきたことだとしても、事情を知らない人々の目には善行に写っている。

 

 バージルはこの事がバレれば、更なる悪評に繋がるのではないかと懸念していたが、実はそうでもなかったようだということに気付き、「そうか……」と呟いて安堵する。

 

「……とはいえ、あまり関心を持たれすぎるのも面倒だ。俺としては、今受け持っているクラスのみの交流だけで構わん。あまり、この事を言いふらすのは止せ」

「あらら……、まぁ確かに、先生ってあんまり騒がしいのは好きじゃなさそうですもんねぇ~」

 

 加ヶ美はバージルが本気で嫌がっていることに気付き、引き下がる。

 正直かなりの特大ネタではあるが、さすがにクラスの副担任から嫌われるのは避けたいため、自分の胸の内にしまっておくことにした。

 ……まぁ、折木の件はまたどこかで何かに使うかもしれないが。

 

「そういうことだ。それで? これで取材は終わりか?」

「いやいや! まだ聞きたいことは山ほど残ってるので、続きを――」

 

 と、加ヶ美が次の質問に移ろうとした時だった。

 急に店の扉が音を立てて勢いよく開かれた。

 

「おらぁっ!! ここにいる全員大人しくしろぉ!!」

 

 二人組の黒い戦闘服を身に着けた男達がアサルトライフルを持って店に乱入してきた。

 そして、その片割れの男が天井に向かって銃を乱射する。

 

「きゃぁぁあああああ!!!」

「な、なんだ!?」

 

 すると、店内は一瞬でパニックとなり、客たちの悲鳴が上がった。

 加ヶ美も突然の事に、頭を守るように手で抑える。

 彼女も伐刀者(ブレイザー)ではあるが、数か月前まで中学生であり、このような事態に遭遇したことのない少女にとっては仕方のないことだろう。

 

 そして、二人組の内の一人の男が店内に響き渡るように叫ぶ。

 

「俺たちは≪解放軍(リベリオン)≫だ!! お前らはこれから全員人質に取らせてもらう!! 分かったら全員俺たちに着いてこい!!」

 

 客たちは全員恐怖で固まってしまっており、席から立ち上がるような者はいなかった。

 その様子に苛立ったように、近くの客へ銃を突きつけながら「おら! 立て!」と捲し立てていたが、どうやら腰が抜けて立てない様子だ。

 加ヶ美はそれを横目でチラチラと見てから、目の前の男に助けを求めるような視線で見つめ、出来るだけ声を小さくし、必死に声を掛ける。

 

「せ、先生……!」

 

 バージルは全く臆した様子もなく、まるで普段通りの表情で目の前の事態を見守るように見ていたが、加ヶ美に助けを求められると、テーブルに手を突き、立ち上がろうとしながら答えた。

 

「座っていろ」

「で、でも、能力の使用許可が……!」

「いらん」

 

 加ヶ美は、バージルを諫めるように手を伸ばすが、そのまま構わず立ち上がってしまう。

 

 連盟の魔導騎士である以上、能力使用の承認を得なければ、能力や霊装の使用は禁止されている。

 それはこの有事でも変わらず、今回で言えば学園の理事長である黒乃に許可を取らなければならない。

 伐刀者(ブレイザー)は確かに、銃弾程度なら打撲程度で済ますことはできるが、それはあくまで数発の話。

 百発以上の弾丸を連続で喰らえば、普通に命を落とすことはあり得るのだ。

 

 加ヶ美はいくらバージルと言えども、能力も霊装も使用しないで銃を持った二人組を相手にすれば殺されてしまうのではないか、と不安が募っていた。

 だが、そんな不安も露知らず、バージルはそのまま何ともないような顔で二人組の前まで歩いて行くと、そんな様子を見た戦闘員の二人は、バージルへ銃を突きつけながら怒鳴りつけた。

 

「何だぁテメェ! スカした顔しやがって! 余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ! ヒーロー気取りかよ!」

「ふむ……、日本に≪解放軍(リベリオン)≫が来ていることは知っていたが、まさかこんな偶然があるとはな」

「あぁん!? 何訳わかんないこと言ってんだテメェは。……面倒だ、足でも撃ち抜いて――」

 

 その瞬間――

 バージルは、瞬時に目の前の二人の銃の銃口付近を片手ずつで掴み取る。

 そして、親指以外の指で銃身を押さえ込み、その親指で銃口を上へとぐい、と苦も無く折り曲げた。

 

「「!?」」

 

 二人の男は、目の前の出来事が信じられないとでも言うように目を丸くし、曲がった銃口に視線が釘付けとなった。

 周りの客達も男たちと同様に、一連の出来事に驚きの表情を浮かべていた。

 そして――

 

「え…?」

「な…ど…どうなって、……がっ!?」

 

 バージルはそのまま銃を掴んでいた手を離し、今度は男たちの頭を掴むと、何の苦も無く持ち上げた。

 そして、万力のように締め上げられた頭の痛みに耐えかねたように、男たちは持っていた銃を落とし、バージルの手を引き剝がそうと奮闘するが、全く剝がれる様子がない。

 そんな男たちに対し、バージルは冷ややかな表情で語りかける。

 

「さて、これから貴様らにいくつか質問をさせてもらう。もし、俺の満足いく答えが得られない場合は……非常に残念だが、このまま頭を握り潰させてもらおう。……いいな?」

 

 言われた男たちは「ヒィッ!」と情けない声を上げると、バージルの言葉を一言一句聞き漏らさないよう、締め上げられる痛みに耐えながら全力で耳を傾けた。

 

 そして、男たちは必死にバージルに投げかけられた質問に答える。

 その結果判明したことは、今回の襲撃に加わった人数は三十人。

 人質は一階のフードコートに集められているとのことだった。

 さらには首魁となる伐刀者(ブレイザー)の名前は、ビショウというらしく、能力の詳細も聞き出した。

 粗方の情報を聞き入れたバージルは満足そうに頷く。

 

「大変参考になった。礼を言おう」

 

 男たちはようやく終わった質問――というより拷問から抜け出せると思い、懇願するようにバージルに問いかける。

 

「じゃ、じゃあ助けてくれるってことで……いいんだよな……!」

「無論だ。約束は守ろう」

「よ、よかっ――」

 

 助かった、と思ったのも束の間、バージルはそのまま掴んでいた二人の頭を勢いよく互いにぶつけ合わせた。

 「ぐへっ!?」と男たちの声が聞こえ、二人の顔を見て気絶したことを確認したバージルは、掴んでいた手をようやく離す。

 男たちはそのままぐしゃりと倒れ、動かなくなった。そのまま店内は静寂に包まれた。

 

(お、鬼だ……)

 

 黙って見ていた加ヶ美と客たちは皆一様に同じ思いを抱いた。

 そしてバージルは、特に周りに被害がないことを確認し――

 

「加ヶ美」

「は……はい!!」

 

 バージルは振り返らず、そのまま加ヶ美を呼びつける。

 加ヶ美は飛び上がるように立ち上がり、引き攣った顔で勢いよく返事をした。

 

「新宮寺に連絡しろ。能力使用の許可を、お前の分も含めてもらっておけ」

「りょ、了解しました!」

 

 加ヶ美は敬礼のポーズを取った後、すぐに学園の電子生徒手帳を取り出し、緊急連絡用の電話番号へ連絡を取る。

 理事長室に繋がり、バージルと自分の能力使用許可をもらう。

 何故加ヶ美とバージルが一緒にいるのか黒乃は気になった様子だったが、事態が事態のため簡潔に諸々の状況を説明する。

 そして最後に黒乃が『それと……』と続けた。

 

『日下部、お前たちの他に学生騎士が四名、本件に対応している』

「え! ほんとですか!? 一体誰が……?」

『黒鉄一輝、黒鉄珠雫、ステラ・ヴァーミリオン、有栖院凪だ。できるならばこの四人と協力して対応しろ。それからバージルに伝えておいてくれ。人質の命が最優先だとな。間違っても死者を出すような真似はしてくれるな』

「わ、わかりました!」

 

 生徒手帳の通信を切り、加ヶ美はバージルに能力使用の許可と人質優先の旨を伝えた。

 そして、現在四名の学生騎士が対応していると言うことも。

 

「……面倒だが、それが上の意向であるならば仕方ない」

「私はどうしましょう……。実戦経験なんて全くなくて、どうすればいいのやら……」

 

 不安げな視線を向ける加ヶ美を見て、バージルはため息をつく。

 こういう時、人間は脆い生き物だと思う。

 だが、人質の命を優先と命令されているのもあるが、教師という立場である以上――生徒の命は守らねばならない。

 

「――ッ!」

 

 突然、バージルは頭の前で右の拳を握りしめ、集中するように目を閉じる。

 そして、十分な魔力が集まったと判断し、右腕を勢いよく振り払った。

 すると――

 

「え……!?」

「ヒィッ!」

「あ、悪魔……!?」

 

 加ヶ美の驚きの声と客たちの悲鳴が店内に木霊する。

 バージルの隣にいきなり現れたのは、異形の形をした浅葱色の魔力体だった。

 特徴的なのは全身の鱗や四対の翼、さらには頭に生えた角の先と、前腕から肘に向かって溢れ出す、魔力の奔流。

 正しく神話に登場する悪魔の姿だった。

 

「これが俺の……伐刀絶技(ノウブルアーツ)の一つ、《ドッペルゲンガー》だ。加ヶ美、お前は客たちを連れて出口へ向かえ。俺よりは劣るが、こいつがいれば問題ないだろう」

 

 一応、伐刀絶技(ノウブルアーツ)という括りにしておけば、混乱もないだろうと思い、若干声を詰まらせながらも、自ら生み出した分身、《ドッペルゲンガー》の説明をする。

 伐刀絶技(ノウブルアーツ)ということを知ると、どうやら加ヶ美も客たちも納得し、落ち着いたようだ。

 そして加ヶ美の隣に一人でに動き出した《ドッペルゲンガー》を見て、彼女は驚きの表情を浮かべた。

 

「え!? この人、着いてきてくれるんですか!?」

「あぁ、頼んだぞ」

 

 バージルに命令された《ドッペルゲンガー》はグッとサムズアップをし、問題ない旨を伝え、加ヶ美の肩をポンポンと叩いた。

 

「……見た目の割には気さくな方なんですね」

「……突然踊りだす可能性があるが、その時は無理矢理にでも引っ張っていけ」

「えぇ……」

 

 そうして、加ヶ美は客たちと《ドッペルゲンガー》を連れ、出口へ向かって歩き出した。

 それを見届けたバージルは閻魔刀を顕現させ、≪解放軍(リベリオン)≫の戦闘員から聞き出した1階のフードコートを見渡せる場所へ走り出すのだった。

 

*********************

 

 1階のフードコートを見下ろせる場所へ到着したバージルは、現在の状況を確認するため、吹き抜けの際にある柱に身を隠す。

 普段であれば、このまま単純に突っ込んで全滅させるのだが、今回は人質を助けなければならないという条件がある。

 そのため、慣れない行動にやきもきしながらも、バージルは隠密を成功させていた。

 

 そして、フードコートの全景を見下ろすと、見慣れた姿がいた。

 ≪解放軍(リベリオン)≫の戦闘員と相対しているが、ダメージを受けたのか座り込む、ステラ・ヴァーミリオン。そして人質の集団の中に紛れるように隠れる、一輝の妹である黒鉄珠雫。

 黒乃からの情報によれば、他にも一輝と有栖院という生徒がいるらしいが、どうやら自分と同じようにどこかに隠れているようだ。

 

 敵方の状況を確認すると、どうやら人質を取り囲むように戦闘員が配置され、《使徒》と呼ばれる≪解放軍(リベリオン)≫の伐刀者(ブレイザー)、ビショウはステラから五メートルほど離れて立っている。

 そして、ビショウの後ろに控えるように、さらに戦闘員が複数名いることを確認した。

 

 正直、この状況でどのように人質を助けるか、バージルは全く考えがつかなかった。

 今まで、人質などというものを助けたという経験はない。

 仮に、かつての自分が人質を取られたとしても、そのまま人質ごと斬り伏せていただろう。

 だが、連盟という、人間社会の秩序を重んじる組織に所属している以上、そのようなことをすれば重大な問題となる。

 バージルはどのように行動するべきか、思考を回す。

 しかし――

 

「お姫様があのガキの代わりに謝るのですよ。――全裸で、土下座してねぇ! カカカカ!」

 

 思考を中断させるように、そんな下品な笑い声が聞こえてきた。

 どうやらステラが、何らかの粗相をした人質の代わりに、ビショウに下種な要求をされているらしい。

 バージルは眉を顰める。

 恐らく、本来ならあの程度の連中は、ステラ一人で問題ないはずだ。

 で、あるというのに――

 

「その代わり、約束しなさい。人質には金輪際危害を加えないって」

「もちろん、このビショウ、約束は守る男で通ってますんでご安心を……。まぁ身代金と俺たちの逃走が成功することが条件ですがねぇ」

「……約束、したわよ」

 

 だが、人質を助けるため、ステラはその要求を受けることにしたようだ。

 バージルは、恥辱のあまり赤面するステラと、興奮する≪解放軍(リベリオン)≫の集団を見やり、舌打ちをしながら呟く。

 

「チッ……、随分と品のない催しだな」

 

 自分であれば、あのような屈辱は飲み込めない。

 そのような屈辱を受けるのであれば、人質など斬って捨ててしまうかもしれない。

 もちろん、今であれば多少の罪悪感はあるにしろだ。

 

 ――だが、ステラは選択した。

 自分が下種な視線に晒されようとも、女性としての尊厳を踏みにじられようとも、見ず知らずの人間を助けるため、迷わず自分の身を犠牲にしたのだ。

 

(ふん……)

 

 かつての母を思い出す。

 自分達の家が悪魔に襲撃されたとき、ダンテを助けた後、自分を助けに行ったらしい。だが、その道中で悪魔に殺されたとダンテから聞いた。

 自らの身の危険を顧みず、誰かを助けるという、人間の心。

 だが、それは不運にも成就せず、無残に散ってしまったのだ。

 恐らく、ステラのこの行動も、あの≪解放軍(リベリオン)≫の連中の顔を見る限り、実を結ぶことはないだろう。

 切っ掛けがあれば、迷わず人質に手を出すはずだ。

 ――で、あるならば。

 

 ステラが自分の衣服に手を掛けようとした瞬間。

 バージルは何を思ったか、そのまま三階から勢いよく飛び降りた。

 

「ッ!? 誰だ!」

 

 ≪解放軍(リベリオン)≫の戦闘員たちが、一斉にこちらに銃口を向ける中、空中で一回転し、ステラを背にして着地する。そして、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ア、アンタは……」

 

 ステラが驚くようにその大きな背中を見つめる。

 バージルは肩越しに後ろにいるステラへ視線を合わせ、一瞥すると前を向き、目の前の男たちの視線を一身に受ける。

 

「悪いが、ストリップショーは中止だ。後ろにいるのは俺の生徒なのでな。不適切だと判断して注意をしに来た」

 

 いきなり現れたバージルに、驚愕した戦闘員たちが喚き散らす。

 

「なっ!? ナニモンだ! お前は!?」

「教師だと言っている」

「きょ、教師だぁ!? ハハッ! 先公が生徒を助けに来たってよぉ!」

 

 戦闘員たちが笑う中、唯一ビショウだけは笑わず、バージルを見つめ、何かを思い出すように見つめていた。

 そして、急に目を大きく見開くと、思い出したかのようにバージルを指さしながら、驚愕の声を出す。

 

「お、お前、まさか……、《魔剣士(ダークスレイヤー)》!?」

「「!?」」

 

 無論、ビショウは≪解放軍(リベリオン)≫として活動する中で当然、バージルについての情報は知っていた。

 だからこそ、驚くのも無理はない。

 何しろ、日本のこんなショッピングモールに、あの有名な裏組織潰しを行っていた男が現れるなど、露ほども思っていなかったのだから。

 そして、《魔剣士(ダークスレイヤー)》の名を聞き、戦闘員たちも驚きの表情を浮かべた。

 さらには、ニュースやネットなどで、その噂を聞いていた人質たちの間にもざわめきが伝播する。

 中には、憧れの人にでも会ったかのように人質であることも忘れ、目を輝かせる者もいた。

 

「その名は誰かが勝手に付けたものだ。好きに呼べばいい。だが、今の俺は破軍学園の教師だ。あまりその名を口にするな」

 

 バージルは周りの反応――特に、人質たちに聞かれたことに憤慨するかのように、鋭い声で言い放つ。だが、『教師』という言葉を聞いたビショウは、驚きの表情から徐々に余裕の笑みを浮かべ始めた。

 

「……へっへっへ。なるほどなぁ。あの《魔剣士(ダークスレイヤー)》も結局は、連盟にへりくだったってわけだ」

「どうとでも言うがいい。奴らと俺の利害が一致しただけにすぎん。でなければ、こんな慣れんことはせん」

「クククッ。じゃあ先生、聞かしてもらいますが、連盟の犬としてこの状況をどう見ますかねぇ。人質を取られた今のアンタに、何ができるっていうんですかぃ?」

 

 ビショウは人質たちを紹介するように恭しく手の平を指し示すと、つられるようにバージルは人質たちへ目線を向ける。

 どうやら、ビショウの言葉で気づいたのか、今のバージルにはどうすることもできないと悟った人質たちの表情には陰りが見えていた。

 そして、そんな人質たちの表情を一瞥すると、ビショウへ視線を戻す。

 

「ふむ……では取引というのはどうだ?」

「取引ィ? クックック……。先生、どうやらあなたは取引がどういうものか、ご存知ないようだ……。取引というのは、双方が対等な状態で行うもの。この状況を見て、どう対等だというんですかねぇ」

 

 ビショウはバージルを小馬鹿にしたように嘲笑う。

 後ろにいるステラから「くっ……」と悔しそうな声が漏れる。

 確かに、今の状況はどう見ても、取引を持ち掛けられるような状況ではないからだ。

 いかに自分たちの力が上回っていたとしても、人質を取られている今の状況ではどうすることもできない。

 

(いくらコイツでも、こんな状況を引っ繰り返せるなんて無理だわ……!)

 

 そう、ステラは考えていた。

 しかしバージルは、まるで余裕の表情を崩さず、理解を示すように「ふむ……」と呟く。

 

「なるほど、道理だな。では……これならどうだ?」

 

 瞬間――

 ビショウたちは驚愕の声を上げた。

 なぜなら。

 

「な、なんだこりゃあ……!」

「一体いつの間に剣が……大量に……!」

 

 そう、まるでビショウたちを中心に取り囲むように無数の浅葱色の剣が空中に浮かんでいた。

 そして、その切っ先は自分たちに向いている。

 その一本一本に、明らかにこちらへの殺意を持って。

 

 これこそ、バージルの持つ力の一つ、幻影剣。

 その究極の型、その名も――《絶界》

 

(な、何なのこれは!?)

 

 ステラは、鈍く輝きを放つ幻影剣の群れという、ともすれば幻想的な光景に目を奪われていた。

 そして、この異常な光景に驚愕していたのは、もちろん≪解放軍(リベリオン)≫だけではない。

 人質たち、ステラ、珠雫、そして未だ隠れて状況を見守っている一輝と有栖院。

 そして、その中で最も驚愕していたのは『魔力制御』技術に長けている珠雫だった。

 

(こんな大量の魔力の剣を一瞬で!? 一体、どれほどの迷彩を!?)

 

 『迷彩』

 それは伐刀者(ブレイザー)の力の元となる魔力。

 そして、それを運用するための技術である『魔力制御』を巧みに使いこなすことで使用できる技術である。

 これを使いこなすことが出来れば、本来一つの魔術の行使に必要な魔力量が10必要だったとしても『迷彩』を駆使する者は、2や3の魔力量でも魔術を行使することが出来るようになる。

 だが、これを使用するには大変高度な技術が必要だ。

 現在、珠雫が人質たちを守るための魔術を準備する工程で使用しているのも、この『迷彩』であり、万が一にも気付かれることのないよう、細心の注意を払って準備していた。

 故にステラが辱めを受けそうになっても、魔術を行使することが出来ずにいたのだ。

 だがバージルは、そんなことを全くおくびにも出さず、さらには誰にも気付かれることのないまま、これほどの大魔術を瞬時に行って見せたのだ。

 

 バージルはそれほどのことを行って見せたにも関わらず、まるでどうでもいいことのようにビショウへ視線を向ける。

 

「さて、これで対等になれたと思うが、貴様の目にはどう見える?」

「グ…グッ……テ、テメェ……!」

 

 とんでもない意趣返しをされ、怯むビショウ。

 とはいえ、人質たちは未だに戦闘員たちに銃を向けられている状態であり、力関係は現在、ほぼ互角と言っていいだろう。

 ビショウはバージルを睨みつけながら、観念したように提案した。

 

「クソッ……! なら、取引だ……! 俺たちが立ち去るまで、お前たちは一歩も動くな! 少しでも動くような真似を見せたら、人質を殺す!」

「ふん、盛りのついた猿にしては賢い判断だ。取引成立だな」

「……チッ! お前ら! 撤退するぞ!」

 

 ビショウは部下である戦闘員たちへ撤退の指示を出すと、早々に立ち去ろうとする。

 戦闘員たちは、人質たちへ銃を向けながら、ゆっくりと後ろへ下がる。

 すると、人質の中から、一人だけ立ち上がり、戦闘員の元へ着いていく者がいた。

 恐らく、何らかの事態が発生した際に備えて紛れ込ませていたのだろう。

 幻影剣もそれに合わせて方向をゆっくりと変え、戦闘員たちへの狙いを外さぬよう、向きを変える。

 そして、戦闘員たちが一か所に集中するように集まった。

 

 その瞬間――

 

「《障波水蓮》――――ッッ!!」

 

 突然、水の障壁が吹き上がった。

 実は、ビショウが取引を持ち掛けようとした時から珠雫は、既に魔術の準備を整えていた。

 そしてこのタイミング。

 戦闘員たちが一か所に集中し《絶界》が人質たちに絶対に当たらないであろう、この瞬間を狙ったのだ。

 

「――ッ、先生!!」

「ふん、上出来だ」

 

 珠雫が叫ぶ。

 そして、その行動を称賛するよう、バージルは応えた。

 無数の幻影剣が、待ち侘びたように一斉に降り注ぐ。

 

「「ぎゃぁああああああああ!!!」」

 

 幻影剣は、戦闘員たちの腕や足など、致命傷とならない箇所へ正確に突き刺さる。

 そして、地面に磔にされたように、全員が固定された。

 しかし、ビショウは自らの伐刀者(ブレイザー)としての霊装《大法官の指輪(ジャッジメント・リング)》の効果によって、幻影剣のダメージを吸収した。

 その力は、『罪』と『罰』。

 左の指輪は相手の攻撃を『罪』として指輪に吸収し、そして右の指輪は『罰』という魔力に変えて、相手に撃ち出すことが出来る。

 これほどの量の幻影剣を前にビショウはなんとか、能力による防御でダメージを負わずに済んでいた。

 そして、バージルに向き直り、憎しみの籠った目で相手を見据えた。

 

「この野郎!! 約束が違うじゃねぇか!!」

「取引とは対等な者同士で行うものだと、貴様が言っていたはずだが? 見れば分かる通り、状況が変わったのでな。取引は無しにさせてもらった」

「クッソォ……!! こうなったら関係ねぇ!! 全員ぶっ殺してやるよぉ!!」

 

 怒りに任せたビショウが両手を掲げ、戦闘態勢を取る。

 それに合わせてバージルも右手を閻魔刀の柄に手を掛け、腰を落とす。

 両者にらみ合いの状況の中、突然上空から声が響いた。

 

「《一刀修羅》――ッ!!」

 

 その声が聞こえた瞬間、ビショウは瞬時に振り返り、上空から襲い来る一輝を見た。

 

「クソォ!! まだ仲間がいやがったかぁ!!」

 

 だが、ビショウも数多の死線を潜り抜けてきたテロリスト。

 相手が遠距離攻撃をしてこないと見るや、腰に差していた拳銃を瞬時に右手で取り出し、一輝に向かって撃とうとする。

 しかし、それは悪手だった。

 最も背中を見せてはならない相手に、背中を見せてしまったのだから。

 

「どこを見ている」

「え……?」

 

 瞬間、ビショウは驚愕に目を見開く。

 そこには、拳銃を握った自分の右腕が、斬り飛ばされ、宙に浮いていたのだから。

 そして、それだけでは終わらない。

 

「第七秘剣――雷光」

 

 今度は左へ視線を向けると、自分の左腕が血飛沫をまき散らしながら吹き飛ぶのが見えた。

 もはや、ビショウの頭の中はパニックで、自分の現状を把握することすらできなかった。

 バージルはビショウの右前へ、そして一輝はビショウの左後ろへ鏡合わせのように疾走しながらすり抜け、刀を振り切っていたのだ。

 そしてお互い、そのまま返す刀でそれぞれの足を断ち切った。

 無様に四肢を断ち切られたビショウは、そのまま地面にうつ伏せで倒れる。

 

「ァ……。あ……?」

 

 ビショウは、もぞもぞと動きながら、自分の両腕を見ようと動き出すが、最早まともに動くことすらできなかった。

 そして、遅れて痛みがやってきたのか、それともようやく自分の現状に気付いたのか、声を張り上げた。

 

「っぎゃああああああああ!!! 俺の腕がぁああああ!!! あ、足ぃいいい!!!」

「うるさいな」

「黙れ」

「ひっ……!」

 

 一輝とバージルの刀の切っ先が、伏せているビショウの顔の前に突きつけられる。

 そして、一輝は鬼のような形相で倒れ伏している相手に対し、言い放った。

 

「これでも手加減してやったんだ。お前がステラにやろうとしたことを考えれば、妥当な傷だ。それに、『iPS再生槽(カプセル)』を使えば、その程度の傷、怪我の内にも入らないんだからな」

「――――ッ!」

 

 一輝は凍てついた視線を、ビショウに向けて黙らす。

 そして、完全にビショウが沈黙したことを確認した彼は、自らの刀型の霊装である《陰鉄》をしまうと、バージルへ向き直り頭を下げた。

 

「バージル先生……、本当にありがとうございました。先生がいなかったら、ステラが辱めを受けるところだった」

 

 一輝の真摯な礼を受け、バージルは閻魔刀を鞘に納めてから己の内にしまい込み、腕を組む。

 そして、一輝から顔を背けるようにしながら、返答を返した。

 

「……ふん、いらぬ礼だ。俺はあくまで、教師としての役割を果たしただけにすぎん。お前がわざわざ頭を下げることでもない」

「だとしてもです。僕がやりたくてもやれなかった事を先生は代わりにやってくれた。だとすれば、それは礼を尽くすべきことだと思うから」

「……まぁ、いいだろう。ならば受け取っておこう」

 

 一輝は頭を上げ「はい!」と嬉しそうに、はにかんで笑う。

 すると、遠くから長身の少年が歩いてくるのが見えた。

 その少年――有栖院は、一輝に近づくとポン、と肩を叩いた。

 

「やったわね。あの子のところに行ってあげたら?」

 

 有栖院がステラがいる方へ視線を向け、一輝も釣られるように顔を向ける。

 そしてステラの存在に気付くと、一輝はステラの元まで駆けだし、彼女を抱きしめていた。

 バージルは、一輝とステラ、そしてその二人に割り込むように入ってきた珠雫の三人のやり取りを遠巻きで見ながら、何とも言えない満足感のようなものに包まれていた。

 

 ふと、同じように三人を見つめる隣の少年に目が向き、不思議に思ったバージルは問いかける。

 

「お前は行かないのか」

「ふふっ。あたしもどっちかというと、先生みたいに感傷に浸りたいタイプなの」

 

 有栖院の女性らしい口調に若干の違和感を感じつつも、自分が感傷に浸っていることがバレたことに気恥ずかしさを覚え、有栖院から目を背け、舌打ちを漏らす。

 

「あら、案外シャイなのかしら」

「黙っていろ」

 

 有栖院が口に手を添えて「きゃ、怖い」と笑いながらふざけたように言うと、無視して改めて三人を見つめる。

 その視線の先には、自分がかつて守れなかったものの具現化のように見えた。

 過去は戻らない。

 だが今は――

 

 バージルは、目の前の光景を守れたことに、若かりし頃のダンテが言っていた『誇り』というものを、少しだけ感じていた。




海外でバージルが紳士なシーンを次元斬・絶で斬り捨てるミームが流行っていたのでそれに倣ってステラの脱ぎ捨てシーンはカットさせていただきました。
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