蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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英雄

 ショッピングモールでの事件から一夜明け、破軍学園内のフリースペースエリアにて、バージルは休憩を取っていた。

 現在、丁度入学式から一週間が過ぎたことにより、七星剣武祭へ出場するための代表選抜戦が行われている。

 

 去年まで能力値のみで決められていた七星剣武祭への選抜方式は、今年から新理事長となった黒乃が全面的に廃止。

 代わりに代表選抜戦と呼ばれる、全校生徒参加型の実戦形式による選抜方式となっていた。

 それによって決まる人数は六名。

 そして、今日はその初日。

 七星剣武祭へと参加する意志のある生徒たちにとっては、今日から正に七星の頂へと続く階段を踏み出す、第一歩となる。

 

 そして、そんな大事な代表選抜戦の初日に、バージルはというと――

 

「バ、バージル先生……! あの、サインをいただけませんか……!?」

「…………」

 

 見知らぬ女子生徒からサインをねだられていた。

 

 昨日の≪解放軍(リベリオン)≫のショッピングモール襲撃による事件。

 その事件を解決した騎士たちの情報は、事件の当事者であった加ヶ美が、その日の内に作成した校内新聞により、それを読んだ生徒たちに周知されていた。

 もちろん、その事件を解決した騎士の中には一輝たち以外にも、バージルの名前があり、それを見た生徒たちは、あの常に冷徹で恐ろしい雰囲気を纏っている先生にも良い所があるじゃないかと、ある程度の悪評を取り払うことに成功していた。

 

 だが、無論それだけではサインなど求められたりはしない。

 全ての魔導騎士にとっては、そういった事件を解決することは義務となっている。

 故にバージルの評価は、その実力を称えるものではあれど、このようにサインを求められるほどのファンが付くことなどはあり得ないのだ。

 

 では何故なのか。

 それは、とあるネットの動画が最近、話題になっていたことに起因する。

 襲撃事件による首謀者である≪解放軍(リベリオン)≫の伐刀者(ブレイザー)、ビショウがバージルに対して、現在世界中で噂となっている《魔剣士(ダークスレイヤー)》の名を呼んだことにより、当時人質となっていた者たちが、彼の正体について知ってしまったことが事の発端となる。

 

 事件解決後、現場検証などによりその場に残っていたバージルは、人質たちに感謝をされた後、そのままの流れで動画や写真を撮られまくってしまっていた。

 そして、その日の内に彼の顔と、世界中で噂となっている《魔剣士(ダークスレイヤー)》の名が同時にネットへ流れ出てしまったのだ。

 

 それを知った生徒たちは驚愕の嵐に包まれた。

 あの、悪を砕き、正義を執行する一般市民の英雄である《魔剣士(ダークスレイヤー)》の正体が、まさか自分たちの教師であるなど、想像もしなかったのだから。

 しかも、あれほど冷たい雰囲気を醸していて、顔は良いがどちらかと言えば悪人面だったのにも関わらず、実は裏では正義の心に燃え、悪を成敗していたなど、学生騎士であるために元服しているとはいえ、未だ十代の少年少女の心を持った彼らは、ある種の憧憬の念を持つようになっていた。

 というよりも、あの冷徹な感じだからこそ、むしろ『良い』とすら思っていた。

 

 もちろん、バージル自身にはそんな正義の心など、毛ほども持ち合わせているはずもなく、あくまで元の世界に帰るための手掛かりを探すために行っていたことにすぎない。

 だが、彼の思惑とは関係なく上がった評価と言えど、わざわざまた悪評が付くようなことをする必要もない。

 故に困惑と、倦怠感に苛まれながらも、今のこの状況を耐え忍んでいるのだ。

 

 バージルは、目の前に差し出されたサイン色紙とペンを無言で手に取ると、大きな文字でそのまま『V』と書き、手渡す。

 女子生徒は、「ありがとうございます……!」と喜色満面の笑みで一礼すると、後ろに控えていた友人たちの元へ駆け出し、黄色い声を上げていた。

 そして、それを隣で見ていた紅の和服姿の少女と見紛う身長の女性――

 西京寧々は笑いを堪えるように腹を抱えていた。

 

「ぷっ…くくく…うははは! あ~! 面白れぇ~!」

「…………」

 

 寧々は隣で自分を睨みつけるバージルを意に介さず、笑い続けた。

 何しろ、彼が犯罪組織を潰していた本当の理由を知る一人として、現在のこの状況に笑いが抑えられなかったのだ。

 さらに寧々は入学式からこの日の前日まで、学園とは別の仕事で離れており、バージルの監視は行っていなかった。

 故に久しぶりに会ったバージルのこの現状は、彼女にとって余りにも意外な光景に写っていたのだ。

 

「……いい加減にしろ。いつまで笑っているつもりだ」

「いや、だってさぁ! あはははは!! バーやんの耐えてる顔がおかしすぎるんだもんよ~!」

「……ッ! 貴様ッ!」

「おっと! 怖ぇえ! 逃げよ~!」

 

 バージルが寧々の頭を掴もうとした瞬間、彼女はひらりとその手を躱し、走ってそのまま逃げてしまった。

 そのまま逃げていく寧々を追うのも面倒だったバージルは、腕を組んで呆れるように鼻を鳴らす。そして、近くの椅子に腰を下ろし、今日の間で何度も自分のところに来る生徒達の対応に、疲れたようにため息を漏らした。

 すると――

 

「あら、先生じゃない。どうしたのよ、ため息なんかついちゃって」

「……ヴァーミリオンか」

 

 そこには、こちらに歩いてくる《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンの姿。

 彼女は今日の代表選抜戦にて、三年の先輩を相手に一歩も動くことなく、相手を降参させて勝つという圧倒的な存在感で勝ち星を挙げた。

 他にも、昨日の事件にいた黒鉄珠雫、有栖院凪も同様に今日の選抜戦を勝利し、今年の一年は豊作だということで学園内は盛り上がっていた。

 そして、そんな彼女は現在、暇を持て余しており、飲み物でも買おうかと、ここに立ち寄ったのだ。

 

「うわっ、なんかすんごい辛気臭い顔してるわね。何かあったの? 話くらいなら聞いてあげるわよ」

 

 ステラは、バージルを気遣うように声を掛けると、向かいの席に座った。

 彼女は昨日の件があったことで、バージルへの棘は完全に消え失せ、むしろ心配するような目で彼を見つめる。

 ふと、彼女は横をちらりと見ると、何人かの生徒がこちらを見ていることに気付く。

 恐らく、バージルに会いに来た生徒だろう。

 どうやら、ステラと話をしていると思ったのか、気遣うように足早に去っていった。

 

「……なるほどね。なんとなく想像がついたわ。先生、人付き合いが苦手そうだから、人疲れしちゃったってとこかしら」

「……それもある。だが、俺が最も気にしているのは奴らの俺を見る目だ」

「目?」

「そうだ。俺をまるで、英雄でも見るかのような、その目だ。……お前は、俺がどんな目的で犯罪組織を潰していたか、知っているか?」

 

 バージルは皇族であるステラなら、連盟が自分と接触する前に既に知っていた情報である、『悪魔』を探すという目的を知っているはずだと思い、尋ねた。

 何しろこの学園の中で、唯一自分を犯罪者と呼びつけてきたのだ。その程度の情報は知っているはずだ。

 

「……悪魔を探しているってやつよね。正直、初めて聞いたときは頭がイカれてると思ったわ。だけど、今の先生を見ると、それが本当なんじゃないかとも思ってる。……本当にいるの?」

「……いるかもしれんし、いないかもしれん。その真相を探るべく、連盟と取引を交わした。俺にとっては、それが何よりも重要だからだ」

「……よく分からないわ。そんな、いるかも分からない奴のために犯罪組織を潰しまくって、連盟とも取引を交わしたなんて、どうしてそこまでするのよ?」

「そこまでは言えん。だが、重要なのはそこではない。この学園の生徒が、俺の目的を知らぬまま、俺に憧れを向けるような目でこちらを見てくるのが、鬱陶しいだけだ。……俺は、断じてそのような目を向けられるような存在ではない」

 

 まるで自嘲するような、バージルの顔を見て、そんなに思い悩むことか、とも思うステラ。

 だが、どうやら真剣な表情のバージルを見て、昨日の事を思い出し、否定する。

 

「そんなことは無いと思うわ。昨日の事件の時、アタシを助けてくれたじゃない。……正直言うとあの時の背中、結構カッコよかったわよ。あの時は現場対応でドタバタしてて、ちゃんと言えなかったけど、本当にありがとう。助かったわ」

「礼などいらん。俺は――」

 

 言いかけたバージルの言葉を遮るように、ステラはその後のセリフを紡いだ。

 

「『教師としての役割を果たしたにすぎん』、でしょ。一輝から聞いたわ。でも、感謝は受け取っておくべきよ。役割を果たすだけで感謝を受け取らないっていうのは、それは人じゃないわ。だって、まるで機械みたいじゃない」

「――ッ!」

 

 バージルは「人じゃない」という言葉を聞いた瞬間、体がピクリと反応する。

 そして、ステラへと向けていた視線を気まずそうに逸らした。

 その動きに気付いたステラは、何かまずいことでも言っただろうかとも思ったが、続けて言う。

 

「……正直、先生が助けてくれるとは思わなかったわ。いると知らなかったのもあるけど、いたとしても助けないだろうなって思ったと思う。だから、正直意外だった。アタシの思ってた先生って結構合理主義の塊みたいな感じだったから。人質の事もあったし」

「……教師として生徒を守るべきだと折木に教わったから従ったまでだ。であればあの時、間に入ったのは合理的な判断だ」

 

 そう、まるで取って付けたような理由を話すバージルを見て、本当に素直じゃないんだからと思い、ステラは思わず笑みがこぼれた。

 

「ふふっ。まぁそういうことにしておいてあげるわ。でも、だからって皆から憧れの目を向けられたくないっていうのは何でなの? 別にいいじゃない。目的が別にあったとしても、それで皆が助かった事実は変わらないんだし」

 

 ステラの質問に対し、バージルは眉を顰めた。

 バージルは、ステラのこの疑問に対して、自分の中で答えは出ている。

 しかし、この理由を言ってしまえば、恐らくステラは自分を軽蔑するだろう。

 以前の理事長室での一悶着など、まるで比にならない程の怒りを覚えるだろう。

 とはいえ、自分を今さら偽って善良ぶる資格など、どこにある。

 そう思い、しばらくの沈黙の後、バージルは意を決したかのように重く語りかけた。

 

「……はっきり言おう。俺はお前たちが思うような人間……ではない。英雄などと言うものとは正反対の存在だ」

「なんでよ? 今の先生を見る限り、そんな人じゃないと思うわ」

 

 ステラは真剣な表情を浮かべて、自分を卑下するバージルを否定する。

 だが、それはステラが過去の自分を知らないからだ。

 故に話す。

 己の後悔の物語を。

 もうここまで言ってしまったのだから歯止めは利かなかった。

 ともすれば、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

 

「俺はかつて、人を殺した。それも悪人だけではない。善人だろうと関係なく、数多くの人間をだ」

「――ッ! ……なんでよ?」

 

 ステラの表情が強張る。

 当然だ。昨日の件から、実はいい人なのかもと思いかけたところにこれだ。

 だが、恐らく理由があるはず。

 ステラは急かすように理由を問いかけた。

 

「力を得るためだ。俺は絶対的な力を得るため、そのためだけに生きてきた。故に殺した」

「……どうして力が欲しかったのよ。なんでそんなことのために、大勢の人を……!?」

 

 語気が強くなるステラ。

 何か仕方のない理由なのかと思いきや、ただ力を得るという利己的な理由で人を殺したというバージルに怒りが沸き上がったのだ。

 そんなステラを見やり、バージルはかつての過去を話す。

 

「奪われないためだ。……かつて俺の母は力あるものに殺され、当時、力のない俺はそのまま黙って焼け落ちていく家を、ただ見ているしか出来なかった。だからこそ求めた。――もっと力を、と。力こそが全てを支配する。そう思ってな……。だからこそ俺は、俺自身という最も大切なものを奪われないため、どんなことでもした」

 

 母を殺された、というバージルの言葉を聞いたステラは若干だが同情の気持ちが沸いた。

そしてそれによって少し冷静になったステラは昨日の事を思い出し、何故、昔と今のバージルの行動に違いがあるのかを問う。

 

「……だったら、なんで今は悪人はともかく善良な人を殺さないの? そんな考えだったならあの時、人質なんて見捨ててアイツらを皆殺しにでもすればよかったじゃない」

「そのことを後悔したからだ。ある時、俺はそれまでに得た力を全て失くしたことがある。そして、無力な自分に恐怖した。『死にたくない』とな」

「…………」

 

 死にたくない――

 それは恐らく今までバージルが殺してきた人間、全員が思ったことだろう。

 なんとも身勝手な、とも思ったステラだったが、そのままバージルは話を続けた。

 

「その後、俺は様々な者たちの力を借り、自分の力を取り戻した。俺一人では成し遂げられなかったことだ。そして俺は思った。恐怖を受け止めてなお、それを乗り越える人間の力こそが本当に重要なものだったとな」

「……確かに、それも人間の強さだと思うわ。だけど先生にはまだ欠けているものがあるわ。それは他人を想う心よ。今の話を聞く限り、結局それは自分一人だけで完結してる。自分のせいで死んだ人を何とも思ってないみたいだわ」

 

 ステラはやや、棘のある言葉で言い放つ。

 そんな理由だけで人間の力が重要だ、などと軽く言っているような気がしたからだ。

 だがバージルは、それを理解しているように即答した。

 

「そうだ。俺は、誰かに対して何かを思ったことはない」

「……けど、じゃああの時アタシを助けたのは、何でなの?」

 

 ステラはバージルの真意を聞くため、続きを促す。

 

「……お前はあの時、見ず知らずの人間のために奴らの要求に応えようとしていたな。だが、奴らを見てこう思ったはずだ。約束は破られるだろう……とな」

「……そうね。正直、そう思ったわ。何か奴らに不都合があったら人質に手出ししない保証なんてないって思ってた……。だけど、それでも他人が黙って見殺しにされるのなんて、アタシには耐えられないわ。それも子供よ……。だったら、あの時の奴らの要求くらい飲んでやるわよ」

 

 毅然とした態度で、自らを犠牲にすることを、そんなことくらいと言い放つステラに、バージルは眩しい者でも見るかのように目を細めた。

 

「だからこそだ。母は俺を助けるため、俺を探していたらしいが、その道すがら殺された。自らの身を犠牲にしてな。それがお前の行動と重なった。故に手を貸した。俺が必要だと思った人間の力が敗北するところなど、見たくなかったからな」

 

 恐らく、彼は確かに、恐怖を知ることで人間の心が重要だと分かったのだろう。

 しかし、自分の信じたものが負ける姿を見たくないと言った、あくまで自分中心なバージルに子供っぽい、と思った。

 頭では他者を思いやることが大事だと、それが人間の力の一つだとは分かっているのだろう。

 今までの行動から、彼が他者を思いやるような事もあったと記憶している。

 だが、素直でない彼はその実感が余りにも薄いのだ。

 

「……そう。そうだったのね。だから先生は皆に英雄として見られたくないってこと?」

「そういうことだ。真に英雄と呼ばれるものは、かつて多くの人を助けた俺の父か、認めたくはないが……俺の弟だ。断じて俺ではない。かつて数多の人間を殺し、他者への心が分からない俺が、英雄などという目で見られるべきではない」

「……分かったわ。先生が何で、そう見られたくないかってことは」

 

 ステラはバージルという人間を理解した。

 まだ不明瞭なところがあるにせよ、ある程度の事情を知ることが出来たステラは彼の目を、皇族としての威厳を持った目で見つめ、言い放った。

 

「でもね……アタシはむしろ、先生は英雄になるべきだと思う」

「……何故だ?」

 

 バージルは、ステラへ答えを求めるように見つめ返した。

 そもそもが英雄となれるような器ではないというのに、なれというのは何故なのか。

 

「罪を償うためよ」

「――ッ!」

 

 バージルは、驚きの表情を浮かべるが、まだ意味が分からないとでもいうようにステラの真意を探ろうとする。

 確かに、自分は罪を犯した。罪は償うべきだろう。だが、それと英雄になるということに、どんな関係があるのか、分からなかったのだ。

 

「そんなに大勢の人間を殺したのなら、何か罰を受けて苦しむべきよ。だって、それを後悔して苦しむことが出来るのが人間だもの」

「だが何故、英雄となることが罰になる? 一体、何の関係が?」

「だって先生はそう見られるのが苦痛なんでしょ? だったらそう見られ続けて、苦しんで、本当の英雄になるべきだわ。人を大勢殺して得た力なんだったら、せめてその分、人を救うべきよ。それが、今まで亡くなった人たちへの最低限の贖罪だと思うわ」

「…………」

 

 バージルは、ステラの言うことをまだ完全に理解することが出来ていないようだった。

 だが、深く考え込むような彼を見て、ステラはバージルにはまだ救いがあると思った。

 自分の話を聞いて、彼は真剣に罪を償うことを考えているから。

 

「正直、昔の先生の事を見ていないから、こんなことが言えるのかもしれない。でもね、今の先生を見たアタシが思うに、その罪を償えるんじゃないかって思うわ。そして、多分その過程で人を想う心が分かってくると思う」

「……今からでも間に合うと、そういうことか?」

「間に合う、間に合わないの問題じゃないわ。死ぬまでやり続けるのよ。だって、もう亡くなった人は帰ってこないんだから」

「…………」

 

 バージルは目を閉じ、腕を組むと、しばらくの間、今の言葉を噛みしめるように微動だにしなかった。

 そして、目を開け、少しだけ口の端を上げると、ステラを見つめた。

 

「……ふっ、まさかこの俺が、お前のような小娘に教えられるとはな」

「なっ!? 小娘って何よ!? そもそも、そんな小娘にも分かるようなこと、大の大人の先生が分からないのが問題よ!」

「そうかもしれんな」

 

 自分が指摘したことを、すぐ肯定したバージルに、ステラはのけぞるように驚いた。

 

「ちょ、急に物分かりよくならないでよ……。調子狂うわね……。いつもだったら、ふん、とか言った後に突っぱね返してくるくせに」

「事実は受け止める。そう学んだのでな」

「ふん、いい心がけだわ。だったらもう、先生のお悩みは解決できたってことでいいのよね? それだったらアタシはもう行くわ。イッキが待ってるもの」

 

 ステラは、椅子から立ち上がるとバージルに背を向け、一輝を探しに歩き出そうとした。

 すると後ろから、いつもの硬い声ではなく、穏やかな声が聞こえた。

 

「あぁ、……世話になったな。ステラ」

「……!」

 

 ステラは、バージルの感謝の言葉と、いつもの苗字ではなく、名前で呼ばれたことに驚き、すぐに後ろへ振り返る。

 

「……ええ、どういたしまして、バージル先生」

 

 ステラは、その感謝を受け入れた。

 そして笑顔を向け、自分の腰に手を当て、少し偉そうに言う。

 

「明日の選抜戦。イッキが出てくるから、ちゃんと見てなさいよね。アタシの知る中で、イッキより人間が出来てる人なんていないんだから。きっと先生にとっても勉強になるはずよ」

「ふっ……、いいだろう。期待しておこう」

 

 バージルは、去っていくステラを見届けた後、改めて先ほどのステラの言葉を反芻する。

 自分が英雄になる。

 かつて、人間界を魔界の軍勢から救った、魔剣士スパーダのように。

 力を手に入れるためだけに、父の足跡を追ってきた自分が、また改めてそれを追う事になるとは、考えもしなかった。

 だが、今回は力を手に入れるためではない。

 他者を救うため、剣を振るった父と同じ様に、その誇り高き魂を受け継ぐべく、追いかけるのだ。

 ダンテはもうそれを受け継いでいる。

 若い頃、魔界で彼と闘った際の言葉がチラついた。

 

『俺たちがスパーダの息子なら、受け継ぐべきなのは力じゃない! もっと大切な――誇り高き魂だ!』

 

 ダンテは、あれから何も変わっていないのだろう。

 その誇り高き魂を受け継いだまま、今も闘い続けているのだろう。

 そして恐らくそれは、自分の息子であるネロも。

 

 遅れているのは自分だけか、と自嘲気味に笑う。

 であるならば、追いかけよう。

 たとえ、死ぬまでに追いつくことが出来ず、無念の内に没するのだとすれば、それはそれで自分への罰となる。

 

 バージルは席を立ち、校内を歩き出す。

 そして、それに気付いて近づいてきた生徒たちが、またもやこちらへ話し掛けてきた。

 まるで、憧れを見るかのような目でこちらを見つめながら。

 未だ英雄だと、到底思えない自分には過ぎた眼差しだ。

 だが、それを受け止める。

 なぜなら、これが罰だ。

 そして、いずれなるのだ。真の英雄に。

 スパーダの息子へと。

 

 バージルは、少しだけ口の端を上げるように笑い、彼らの話を聞いていた。

 

*********************

 

 一輝の選抜戦、当日。

 

 彼は苦戦を強いられていた。

 彼と相性の悪い能力、桐原静矢の《狩人の森(エリア・インビジブル)》によって。

 それを前に、一度は無理だと諦めかけた。

 だが――

 

「アタシの前ではずっと格好いいアンタのままでいなさいよ!! このバカァアァアァッッ!!!!」

 

 ステラからの声援を受け、立ち上がる。

 

「ありがとうステラ。……いい活が入った」

 

 そして、宣言する。

 

「僕の最弱(さいきょう)を以って、君の最強を捕まえる! ――――勝負だ。桐原君!」

 

 それからは、あっという間だった。

 一輝が新しく編み出した《完全掌握(パーフェクトヴィジョン)》。

 相手の思考、行動を全て先読みすることで、全ての攻撃をいなしながら近づく。

 桐原はもう、どうすることも出来ないと悟ったのか、命乞いまでするような形で降参した。

 

 その日、代表選抜戦の有力候補を倒した一輝はもはやただの《落第騎士(ワーストワン)》ではなく《無冠の剣王(アナザーワン)》と呼ばれるようになった。

 

 バージルは観客席にて一輝の闘いを、腕を組みながら全て見ていた。

 最初こそ手こずっていたようだが、ステラに活を入れられた後は正に圧倒的だった。

 今日の試合と、≪解放軍(リベリオン)≫の一件で、少しだけ共闘しただけではあるが、《一刀修羅》という、身体能力を増加させるだけの魔術と、ただの人間の剣術、そしてその観察眼のみで、自分よりも強大な敵を屠るその力に、バージルは強く興味を惹かれた。

 

(面白い……。お前をもっと知りたくなったぞ。黒鉄一輝)

 

 何故、一輝は弱者でありながらも、強くあろうとするのか。

 そんな絶えない興味が、彼を突き動かす。

 バージルは、《一刀修羅》と傷の影響で担架で運ばれる一輝を見た後、自分も医務室に足を運ぶかと席を立つ。

 彼との実戦による特別授業の約束を取り付けるために。

 

 思えば、こんなにも人間に興味を持ったのは初めてかもしれない。

 バージルは、足早にその場を立ち去るのだった。

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