魔法少女さやかマギカ 〜ワルプルギスの夜のあとで!   作:革新的甲殻類

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第3話_退屈とガチャとソシャゲの魔女!

 

 

8月も半ばを過ぎた。

見滝原市の夏は、クライマックスを迎えようとしていた。

蝉の声がジージーと降り注ぐ午後、巴マミ邸のリビングでは、いつものように5人がぐだぐだと過ごしていた。

 

「あーあ……。つまんねえの」

 

佐倉杏子が、窓の外を恨めしそうに眺めながらぼやいた。

彼女の視線の先には、かつて神社の境内があった方向がある。

 

「どうしたの、杏子ちゃん? お腹空いたの?」

まどかが尋ねると、杏子は首を横に振った。

 

「いや……。この時期になると思い出すんだよ。昔はさ、この時期になると神社の祭りで、屋台がいっぱい出てたじゃんか。焼きそば、たこ焼き、りんご飴……。あの喧騒と、ソースの焦げる匂いが懐かしくてよぉ」

 

杏子の言葉に、あたし、美樹さやかも大きく頷いた。

「ああ、夏祭りね……。今年は中止になっちゃったもんね」

 

ワルプルギスの夜の被害で、神社の境内は倒木で埋まり、祭りどころではない状況だ。楽しみにしていた花火大会も、当然キャンセルされている。

 

「浴衣、着たかったなぁ……」

あたしがポツリと呟くと、マミさんが反応した。

 

「浴衣……そうね。日本の夏における、乙女の嗜みだわ」

マミさんは少し遠い目をした後、バッと顔を上げて、あたしたちを見渡した。いつもの「何か思いついた」時の顔だ。

 

「ねえ、皆さん。ないものは、作ればいいと思わない?」

 

「……はい?」

あたしたちの頭上にハテナが浮かぶ。

 

マミさんは立ち上がり、高らかに宣言した。

「私たちでやるのよ! 『第1回・見滝原魔法少女・手作り夏祭り』を!」

 

「手作り夏祭り……?」

 

「ええ! 場所はこのマンションの中庭を使えばいいわ。屋台も、飾り付けも、全部自分たちでやるの。花火だって、魔法を使えば再現できるはずよ!」

 

マミさんの提案に、杏子がガバッと身を乗り出した。

「屋台! 焼きそば作り放題か!?」

「ええ、材料さえあればね」

 

「浴衣も着れるかな?」

まどかが目を輝かせると、ほむらが眼鏡をクイッと上げた。

「……衣類に関しては、問題ないわ。私の盾の倉庫に、過去の時間軸で呉服屋の閉店セールから確保しておいた反物が山ほどあるから」

「あんたの盾、四次元ポケットか何かなの!?」

 

こうして、退屈な午後は一変した。

失われた夏を取り戻すため、魔法少女たちによる、涙ぐましくも全力の「お祭りごっこ」が開催されることになったのだ。

 

---

 

準備は、それぞれの特技(と変なこだわり)を活かして進められた。

 

まず、衣装班。担当は暁美ほむら。

彼女は盾から色とりどりの反物を取り出し、高速ミシン(これも盾から出てきた)を駆使して、全員分の浴衣を縫い上げ始めた。

 

「まどかはピンクの桜柄。帯は赤で、リボン結びをアレンジして……」

ほむらの手つきは職人のそれだ。

「さやかは……まあ、青いのでいいわね」

「扱いが雑!」

 

次に、装飾班。担当は巴マミ。

「お祭りの提灯といえば、やはりエレガントさが重要よ」

マミさんは、黄色いリボンを編み込んで、無数の即席提灯を作り上げた。しかし、そのデザインはなぜか洋風のランタンっぽく、中庭がビアガーデンのようなお洒落すぎる空間に変貌しつつあった。

「マミさん、これ盆踊りっていうか、舞踏会っぽくない?」

 

そして、飲食班。担当は佐倉杏子とあたし。

「焼きそばの麺は、非常食の乾麺を戻して使うぜ! ソースは、廃墟で見つけた業務用ウスターソースだ!」

杏子は鉄板(ホットプレート)の前で、鬼のような形相でヘラを振るっている。

「具がないから、とりあえず駄菓子の『キャベツ太郎』を砕いて入れてみた。食感のアクセントだ」

「それ、絶対ふやけて美味しくないよ!?」

 

あたしは、冷凍庫の奥で眠っていた氷をかき集め、かき氷機(手動)を回す。

「シロップがないから、ジャムを水で溶いて……うん、まあ、それっぽい!」

 

夕暮れ時。

マンションの中庭には、奇妙だが、どこか温かい手作りのお祭り会場が完成していた。

 

「わあ……! すごい! 本当にお祭りみたい!」

 

着付けを終えたまどかが、ピンクの浴衣姿で現れた。髪をアップにして、うなじが少し見えているのが可愛い。

ほむらは、鼻血が出そうなのを必死で堪えながら、カメラのシャッターを切っている。

「……最高よ、まどか。日本の夏、まどかの夏」

 

マミさんは、大人っぽい藤色の浴衣。

杏子は、動きやすさ重視で裾を短く着付けた、赤い金魚柄の浴衣。

あたしは、涼しげな水色の浴衣だ。

 

「へへ、なんか悪くないね、こういうのも」

あたしが照れくさそうに言うと、杏子が焼きそば(キャベツ太郎入り)を差し出してきた。

「食ってみな。見た目はアレだが、味は保証するぜ」

 

一口食べる。

「……うん、意外とイケる。スナックのサクサク感が……いや、やっぱふやけてるわこれ」

 

みんなで笑いながら、手作りの屋台を回る。

射的(マミさんのマスケット銃で空き缶を撃つ)、金魚すくい(ほむらが時間停止してポイですくう)など、魔法少女ならではのインチキ臭い遊びに興じていた、その時だった。

 

ヒュ〜……ドォォォォン!!

 

夜空に、大輪の花火が打ち上がった。

 

「えっ? 花火? まだ準備してないわよね?」

マミさんが驚いて空を見上げる。

 

「綺麗……。でも、なんか変な色じゃない?」

まどかが指さした花火は、毒々しい紫色と、蛍光グリーンが混ざった、不気味な配色だった。

 

ドォォォン! ドォォォン!

 

次々と打ち上がる花火。

その火の粉が、パラパラと中庭に降り注ぐ。

 

「熱っ! なんだこれ、火の粉じゃなくて……火の玉!?」

杏子が悲鳴を上げる。

落ちてきた火の粉は、地面に着地すると、手足が生えて動き出した。

それは、ハッピを着てねじり鉢巻きをした、小さな使い魔たちだった。

 

『ワッショイ! ワッショイ!』

『マツリダ! マツリダ!』

 

使い魔たちが、奇声を上げて踊り狂い始める。

そして、マンションの屋上付近に、巨大な櫓(やぐら)のような影が出現した。

 

「魔女……!」

 

ほむらが浴衣の袖から銃を取り出す。

「反応あり。あれは『祭礼の魔女』……性質は『熱狂』よ!」

 

せっかくの手作り祭りに、招かれざる客の乱入だ。

しかも、この魔女、空気を読まずに「強制参加」を求めてくるタイプらしい。

 

『オドレ! オドレ! シヌマデ、オドレ!』

 

櫓の上から、巨大な太鼓の音が響き渡る。

ドンドコドン! ドンドコドン!

 

そのリズムを聞いた瞬間、あたしの身体が勝手に動き出した。

 

「えっ? うわっ!?」

 

あたしの足が、勝手にステップを踏む。手が、空を切る。

こ、これは……!

 

「ボ、盆踊りぃぃぃっ!?」

 

「体が……勝手に……! 止まりませんわ……!」

マミさんも、優雅な手つきで「炭坑節」を踊らされている。

 

「ふざけんな! なんであたしがこんなダサい踊りを!」

杏子もキレながら、完璧なリズムで踊っている。

 

『サア、ミンナデ! オドッテ、モエツキロ!』

 

魔女の強制盆踊り大会が、幕を開けた。

浴衣姿で、踊りながら戦うなんて、聞いてないよ!

 

---

 

「うおおーっ! まさに男…いや、女のロマンが詰まった城だな!」

 

廃墟と化したゲームセンター『GIGO』の前に立ち、杏子は感嘆の声を上げた。

ガラスは割れ、入り口のシャッターは中途半端にひしゃげている。本来なら陽気な電子音が鳴り響いていたであろう店内からは、不気味な静寂だけが漏れ出してきていた。

 

「ロマン、なのかなあ…」

あたしは、ほこりっぽい空気と、微かに漂うカビの匂いに、少しだけ眉をひそめた。

 

マミさんは、こんな場所でも優雅さを崩さない。

「まあ、まるで廃墟巡り(アーバン・エクスプロレーション)のようで、これはこれで趣があるわね」

と、ヨーロッパの古城でも散策するかのような口ぶりだ。

 

ほむらは、入り口の構造を冷静に分析している。

「シャッターの歪みから見て、内部構造にも損傷がある可能性が高いわ。進入は慎重に行うべきね。まどか、私の後ろから離れないで」

「うん!」

 

あたしたちは、ひしゃげたシャッターの隙間を屈んでくぐり抜け、薄暗いゲームセンターの内部へと足を踏み入れた。

 

店内は、まるで時が止まったかのようだった。

ワルプルギスの夜が襲来した、あの日あの時のまま、全てのものが放置されている。格闘ゲームの筐体は、キャラクター選択画面のまま焼き付き、クレーンゲームのアームは、景品を掴みかける寸前で力なく垂れ下がっていた。

 

「お宝はどこだ、お宝は…」

杏子は目を皿のようにして、景品が残っていそうなクレーンゲームのコーナーへと駆けていく。

 

「わあ、見てさやかちゃん! このぬいぐるみ、可愛い!」

まどかが、ほこりをかぶった犬のぬいぐるみを、ガラス越しに指さした。

 

あたしは、かつてよく遊んだ音楽ゲームの筐体を見つけ、懐かしい気持ちになった。電源は入らないけれど、ボタンを叩けば、今にもあの陽気な音楽が聞こえてきそうな気がする。

 

「…なんだか、少しだけ、昔に戻ったみたいだね」

「ええ。この場所には、たくさんの人の『楽しい』っていう記憶が残っているのね」

 

あたしとマミさんが、そんな風にしんみりとした会話を交わしている、その時だった。

 

「―――ッ!!」

 

突如、ほむらの表情が険しくなった。彼女はあたしたちを庇うように一歩前に出ると、店内の暗がり…プリクラコーナーの奥を鋭く睨みつけた。

 

「…来るわ!」

 

その言葉と同時に、空間がぐにゃり、と歪んだ。

プリクラコーナーの入り口にかけられたファンシーなカーテンが、まるで生き物のように蠢き、そこから、どろり、と粘液質のナニカが溢れ出してくる。

 

「うわっ!」

「魔女の結界!?」

 

杏子もクレーンゲーム漁りを中断し、慌ててあたしたちの元へ駆け寄ってくる。

 

「なんで、こんなところに…!」

「退屈は吹っ飛んだみてえだな!」

 

歪んだ空間は、あっという間にあたしたちを飲み込んでいく。視界が、七色のノイズで覆われた。

 

---

 

気がつくと、あたしたちは、全く別の場所に立っていた。

そこは、ゲームセンターを模してはいるが、現実のそれとは似ても似つかない、奇妙な空間だった。

 

床も、壁も、天井も、全てがスマートフォンの画面のような、つるりとしたガラス質でできている。無数の巨大なアイコンが宙に浮かび、『ログインボーナス』『期間限定ガチャ』『スタミナ回復』といった文字が、明滅を繰り返していた。

 

『ヨクコソ…ワタシノ…セカイヘ…』

 

甲高い電子音声が、空間全体に響き渡る。

目の前の巨大なスクリーンに、一体の魔女の姿が映し出された。

 

その姿は、まるで人気ソシャゲの女神キャラ。キラキラしたエフェクトを背負い、露出度の高い鎧を身につけ、巨大な聖剣を携えている。しかし、その顔は無表情で、瞳には何の光も宿っていない。

 

「ソシャゲの魔女…ってとこかしら」

ほむらが冷静に呟く。

 

「なんだか、ありがたみがねえ女神様だな」

杏子が、槍を構えながら吐き捨てた。

 

魔女は、何も語らない。

ただ、その手に持った聖剣を、ゆっくりとあたしたちへと向けた。

すると、あたしたちの足元に、魔法陣のようなものが浮かび上がる。

そして、あたしたち一人一人の頭上に、巨大な文字が表示された。

 

あたしの頭上には、【 レア度:R 】。

 

杏子の頭上には、【 レア度:R 】。

 

マミさんの頭上には、【 レア度:R 】。

 

そして、ほむらの頭上には…【 レア度:N 】。

 

「「「「…………は?」」」」

 

ほむら以外の三人の声が、綺麗にハモった。

あたしは、信じられない思いで、自分の頭上の文字を見上げる。R。レア。まあ、悪くはない。杏子やマミさんも同じだ。

だが、しかし。

 

「…なんで、あたしだけN(ノーマル)なのよ…」

 

ほむらが、わなわなと肩を震わせている。その声には、ループを100回近く繰り返した彼女でさえ、隠しきれないほどの屈辱が滲んでいた。

あたしたちの中でも、屈指の戦闘能力を誇る暁美ほむらが、まさかの最低レアリティ扱い。

 

その時、まどかが「あ!」と声を上げた。

あたしたちは、はっとして、まどかの頭上を見上げる。

 

そこに輝いていたのは、虹色に光り輝く、あまりにも神々しい文字だった。

 

【 レア度:U R (ウルトラレア) 】

 

その文字が表示された瞬間、結界内の全てのアイコンが、まどかに向かって一斉に祝福のファンファーレを鳴らし始めた。

魔女までもが、その無表情のまま、まどかに向かって恭しく頭を下げている。

 

「な…! なによこれ! えこひいきよ!」

ほむらが、素で叫んだ。彼女のクールな仮面は、レアリティという無慈悲な格付けの前で、跡形もなく崩れ去っている。

 

あたしも、なんだか納得がいかない。

「ちょっと! まどかがURなのは分かるけど、なんであたしたちがRで、ほむらがNなのよ! 基準が分かんないじゃない!」

 

キュゥべえが、いつものように、どこからともなく現れて解説を始めた。

 

『簡単なことだよ、美樹さやか。この魔女は、全ての侵入者を、自分のゲームのキャラクターとして自動的にレアリティ判定するんだ。その基準は、おそらく…』

 

キュゥべえは、一瞬だけ言葉を区切ると、

 

『どれだけ『課金』してくれそうか、だよ』

 

「「「「かきん!?」」」」

 

『そう。鹿目まどかは、その素質から、一度課金すれば天井まで回してくれる優良顧客と判断されたんだろうね。それに比べて、暁美ほむら。君は、無駄な出費を嫌い、欲しいものがあっても、まずは自力でどうにかしようとするタイプだ。ゲーム運営にとっては、最も課金の見込みがない、無課金ユーザー…すなわち、N(ノーマル)というわけさ』

 

「そ…そんな理由で…!」

 

ほむらが、絶望に打ちひしがれている。

どうやらこの魔女、あたしたちの戦闘能力ではなく、ソシャゲのユーザーとしての『格』を値踏みしているらしい。

そして、その判定は、ある意味で、的確すぎた。

 

あたしたち三人がRなのは、まあ、たまには課金しちゃうかもね、くらいの評価なのだろう。

だが、ほむらは違う。彼女は、欲しいものがあれば、魔法(ループ)でどうにかしてきた女だ。課金など、するはずがない。

 

『ちなみに、君たちのレアリティは、この結界内でのステータスに直接影響する。URの鹿目まどかは全ての攻撃がクリティカルヒットするし、Nの暁美ほむらは、攻撃を三回に一回くらいミスするだろうね』

 

「ふざけないでっ!!」

 

ほむらの絶叫が、結界内に響き渡った。

彼女の怒りは、もはや魔女ではなく、この理不じんすぎるシステムそのものに向けられていた。

 

あたしたちの、退屈しのぎの冒険は、どうやら、最も残酷な格差社会の縮図を体験する、社会科見学へと姿を変えてしまったらしい。

 

---

 

「レアリティ:N(ノーマル)」という無慈悲な烙印を押された暁美ほむらが、怒りに任せてロケットランチャーを構えた。

 

「こんな理不尽な格付け、実力で覆してやるわ!」

「やっちゃえ、ほむら!」

あたしと杏子も、それぞれの武器を構えて続く。

 

ほむらが引き金を引く。轟音と共に、対戦車用の榴弾が魔女の眉間に向かって一直線に飛んだ。

通常なら、魔女の結界ごと吹き飛ばす威力の一撃だ。

 

しかし。

 

『 MISS 』

 

魔女の頭上に、無情な灰色の文字が浮かび上がった。

ロケット弾は、魔女に当たる直前で、まるで透明な壁に阻まれたかのように軌道を逸らし、明後日の方向へと飛んでいってしまったのだ。

 

「なっ…!?」

ほむらが目を見開く。

 

「嘘でしょ!? あの距離で外すなんて!」

あたしが叫ぶと、キュゥべえが冷静に解説を入れてきた。

『仕方ないよ。Nキャラの命中率は極端に低く設定されているからね。それに加えて、今の攻撃判定は「回避率99%」の補正がかかっていたようだ』

 

「くそっ! なら、数で勝負よ!」

ほむらは諦めず、サブマシンガンを取り出し、弾幕を張り巡らせる。

 

『 1 』『 1 』『 MISS 』『 1 』『 BLOCK 』

 

魔女の頭上に浮かぶのは、涙が出るほど低いダメージ数値の羅列。

豆鉄砲でも撃っているのかと思うほど、魔女のHPバーはピクリとも動かない。

 

「…硬すぎるだろ、おい」

杏子が呆れたように言う。

 

「次はあたしが行く!」

あたしは剣を構え、【レアリティ:R】の意地を見せるべく突っ込んだ。

「おりゃああああっ!」

 

ザシュッ!

手応えあり。あたしの剣が魔女の腕を切り裂く。

 

『 580 』

 

「おおっ! 通った!」

Nのほむらが「1」だったのに対し、Rのあたしは「580」。これなら戦える!

続いて、同じくRの杏子が槍を突き込む。

 

『 620 』

「へっ、まあまあだな!」

 

そして、Rのマミさんがマスケット銃を一斉射撃。

 

『 NOW LOADING... 』

 

マミさんの周りにだけ、くるくると回る読み込み中のアイコンが出現し、彼女の動きがカクカクと止まってしまった。

 

「あら? あらあら? 身体が…思うように…動きませんわ…?」

『回線落ちだね。Rキャラはサーバーの優先順位が低いから、ラグが発生しやすいんだ』

「そんなメタな理由で!?」

 

R勢がそこそこの健闘(とラグ)を見せる中、最後におずおずと前に出たのは、我らがUR、鹿目まどかだった。

 

「えっと…私、戦うの苦手なんだけど…えいっ」

 

まどかが、恐る恐るピンクの弓を引き、矢を一本、ぽろっと放った。

それは、どう見てもへっぴり腰の、弱々しい一撃だった。

 

だが。

 

魔女に矢が当たった瞬間、世界が黄金に輝いた。

 

『 EXCELLENT!! 』

『 CRITICAL HIT!! 』

『 COMBO BONUS x100!! 』

 

画面を覆い尽くすような派手なエフェクトと共に、魔女のHPバーがゴリッ!!と半分以上消し飛んだ。

 

『 999999 (OVER KILL) 』

 

「「「「…………」」」」

 

あたしたち四人は、言葉を失った。

ほむらが必死に撃ち込んだ数百発の弾丸よりも、まどかの「えいっ」という一撃の方が、天文学的に強い。

これが、課金ユーザー(UR)と無課金ユーザー(N)の、埋めようのない格差の壁。

 

「…やってらんねえな」

杏子が槍を下ろし、遠い目をする。

ほむらに至っては、真っ白に燃え尽きて灰になっていた。

 

だが、魔女もやられっぱなしではない。

HPが半分を切ったことで、魔女の形態が変化した。

鎧の一部が弾け飛び、背後に巨大なルーレットのような装置が出現する。

 

『カキン…シテクダサイ…』

『オトクナ…パックデス…』

 

魔女が呪詛のように呟くと、ルーレットが回転を始めた。

そして、あたしたちの周囲に、無数のカプセルが降り注ぐ。

 

「な、なによこれ!」

 

『魔女のスキル発動だね。「10連ガチャ攻撃」だよ』

 

カプセルが弾け、中から使い魔たちが現れる。

その使い魔たちは、一様に、あたしたちの「心の弱み」を具現化したような姿をしていた。

 

あたしの前には、バイオリンを持った美少年風の使い魔(レアリティSR)。

「きょ、恭介…!?」

あたしが動揺した隙に、バイオリンの弓で殴りつけられる。

 

杏子の前には、山盛りのご馳走を持った使い魔(レアリティSR)。

「うおおっ! 旨そうじゃねえか!」

杏子が釣られて近づくと、ご馳走が爆発した。

 

そして、ほむらの前には。

まどかと瓜二つの姿をした、しかし目がボタンになっている不気味な人形(レアリティSSR)が現れた。

 

「まどか…?」

ほむらの動きが止まる。

人形は、無機質な声で『課金シテ…私ノタメニ、課金シテ…』と囁きながら、ほむらに抱きついた。

 

「…っ! 離れなさい!」

ほむらが身をよじり、人形を引き剥がそうとする。しかし、人形の力は凄まじい。

『暁美ほむら。その敵はSSR「ピックアップ・ドール」。君のような無課金ユーザーを狩るために特化された、課金圧の塊だよ』

 

「くっ…! 私に…お金を使わせようというの…!?」

ほむらは必死に抵抗するが、SSRのステータス差は圧倒的だ。Nのほむらでは、拘束を解くことすらできない。

 

「みんな! 大丈夫!?」

本物のまどかが助けに入ろうとするが、魔女がそれを阻む。

魔女は、まどかの前にだけ、煌びやかな『VIPルーム』への入り口のようなゲートを出現させ、彼女をそこへ隔離しようとしたのだ。

 

『ユウリョウコキャク・サマ・ハ、コチラヘ…』

「えっ、えっ、私はみんなと一緒にいたいの!」

 

まどかがVIP待遇で戦線離脱させられそうになり、あたしたちR・N勢は、強力なガチャ・ミニオンたちに囲まれて絶体絶命。

 

「まずいよこれ! このままじゃ、あたしたち全員、このクソゲーの養分にされちゃう!」

 

あたしが叫ぶと、ラグから復帰したマミさんが、必死の形相で叫び返した。

 

「何か…何かこの状況を打開する方法はないの!? このゲームの攻略法は!?」

 

ほむらが、人形に締め上げられながら、ギリギリと歯を食いしばって答えた。

 

「…あるわ。どんな理不尽なクソゲーにも…必ず、『穴(バグ)』はある…!」

 

「バグ!?」

 

「ええ…。正規の攻略法(課金)が無理なら…私たちは、チーターになるしかない…!」

 

ほむらの瞳に、暗く、危険な光が宿る。

それは、かつて幾多の時間軸を渡り歩き、因果律すらハックしようとした、彼女ならではの禁断の閃きだった。

 

「さやか! 杏子! マミさん! 私の指示に従って!」

 

Nキャラ・暁美ほむらの、運営(魔女)への逆襲が始まろうとしていた。

 

---

 

「チーターになる…って、具体的にどうすんのよ!?」

 

あたしが叫ぶと、ほむらは人形(SSR)に締め上げられながらも、冷静に指示を飛ばした。

 

「この結界のルールは『課金(リソース)』の投入量で強さが決まる。ならば、システムの処理能力を超える大量のデータを一度に叩き込んで、サーバーをダウンさせるのよ!」

「サーバーダウン!?」

「そう! 通称『処理落ち攻撃』よ! マミさん、全リボンを展開して、画面上の描画オブジェクト数を限界まで増やして!」

「よ、よく分からないけれど、要するに派手に散らかせばいいのね!」

 

マミさんが頷き、スカートの中から無限にリボンを溢れさせる。

無数のリボンが幾何学模様を描きながら結界内を埋め尽くしていく。途端に、周囲の景色がカクカクとし始めた。

 

『警告…メモリ残量…低下…』

 

「よし、重くなった! 杏子、さやか! あなたたちは目の前の敵に、ひたすら『連打』を浴びせて! 判定処理をパンクさせるのよ!」

「連打なら任せな! オラオラオラオラァ!」

「よく分かんないけど、くらええええっ!」

 

杏子は槍を高速回転させ、ご馳走の使い魔に無数の突きを放つ。

あたしも、目の前の『SR恭介』に向かって剣を振り回した。

 

「悪いけど、あたしの好きな恭介はもっと解像度が高いのよ! そんなローポリゴンな顔じゃないわ!」

 

ズババババババッ!

あたしたちの無茶苦茶な連撃により、ヒット数のカウントがものすごい勢いで上昇していく。

『HIT 999...』『HIT 1200...』

 

そして、とどめはほむらだ。

彼女はSSR人形の拘束を無理やりこじ開けると、左腕の盾の時空間倉庫を全開にした。

 

「この魔女は、私を無課金(N)だと侮った…。けれど、私の『倉庫(インベントリ)』の容量は、無限よ!」

 

ほむらの盾から、とてつもない量の物体が噴出し始めた。

それは、これまでのループで彼女が集め、そして捨てきれずに溜め込んでいた「ゴミデータ」の山だった。

 

ドラム缶、盗んできたトラック、工事現場のバリケード、使い終わったロケットランチャーの空薬莢、そしてマミさんの家から出た大量の生活ゴミ。

それらが、滝のように魔女の足元にある『課金ポスト』へと雪崩れ込んでいく。

 

『エラ…!? 不正ナ…データ…ガ…』

 

魔女の動きが止まる。

処理しきれないオブジェクトの山が、物理演算のバグを引き起こし、魔女の身体がブルブルと痙攣し始めた。

 

『シ、システム…エラ…』

 

そして。

 

ブツンッ。

 

結界内の空気が、一瞬にして凍りついた。

BGMが途切れ、不快なノイズが走る。

あたしたちを苦しめていた使い魔たちが、一斉に両手を水平に広げた奇妙なポーズ(Tポーズ)で静止した。

 

「と、止まった…?」

「やったわ…。これが『メンテナンス突入』よ」

 

ほむらが煤けた顔でニヤリと笑う。

魔女は完全にフリーズし、頭上には巨大な砂時計のアイコンが表示されている。

さらに、VIPルームに隔離されていたまどかも、壁の当たり判定が消失したおかげで、すり抜けて戻ってきた。

 

「みんな! 壁がなくなっちゃった!」

「ナイスバグよ、まどか!」

 

ほむらはあたしたちを見回し、勝利を確信した声で告げた。

 

「さあ、緊急メンテ中(フリーズ中)の今なら、レアリティ補正は無効化されているはず。全員で、運営(魔女)に詫び石を請求しに行くわよ!」

 

「「「「応ッ!!」」」」

 

あたしたちは、動けなくなった魔女に向かって一斉に飛びかかった。

Tポーズで固まっている魔女は、もはやただのサンドバッグだ。

 

「Nナメんじゃないわよおおおっ!」

ほむらの怒りのロケットランチャーが火を噴く。

「Rの意地を見せてやる!」

あたしと杏子とマミさんの合体技が炸裂する。

そして最後は、URまどかの慈悲深い一撃。

 

「運営さん、これに懲りたら、もっとみんなに優しくしてねっ!」

 

ピンクの光の矢が、魔女のコア…サーバータワーを貫いた。

 

『サ…サービス…シュウリョウ…』

 

哀れな電子音と共に、魔女は無数のポリゴンの欠片となって砕け散った。

後に残されたのは、黒いグリーフシードと、そして…。

 

---

 

「…ん? なんか落ちてきたぞ」

 

結界が消滅し、元の廃墟となったゲームセンターに戻ってきたあたしたちの頭上から、パラパラと何かが降ってきた。

それは、キラキラと輝く、小さなカードの山だった。

 

「これ…クレーンゲームの景品カード?」

杏子が拾い上げる。

そこには、『お食事券』『お菓子詰め合わせ』といった文字が書かれていた。どうやら、魔女が溜め込んでいた「詫び石」代わりのアイテムらしい。

 

「やったわね! これでしばらく食いっぱぐれないわ!」

杏子が大喜びでカードをかき集める。

 

「あら、こっちには『高級茶葉セット引換券』もあるわ。素晴らしいわね」

マミさんもご満悦だ。

 

ほむらは、グリーフシードを拾い上げ、満足げに頷いた。

「Nでも、知恵と勇気があれば、世界(運営)は変えられるのよ」

その言葉は、妙に重みがあった。

 

あたしは、手元に落ちてきた一枚のカードを拾い上げた。

そこには、『特賞:上条恭介リサイタル 最前列チケット』と書かれていた。

 

「…………」

 

あたしはそっと、そのカードをポケットにしまった。

まあ、たまにはこういうバグがあっても、いいかもしれない。

 

「さあ、帰ろっか! 今日は戦利品でお菓子パーティーだね!」

まどかの明るい声が響く。

 

あたしたちは、戦利品を抱え、夕暮れの廃墟を後にした。

暇つぶしの冒険は、結果的に大豊作。

ソシャゲの魔女は強敵だったけど、あたしたちのリアルな友情パワー(とバグ利用)の前には敵わなかったってことね。

 

…まあ、一番の勝因は、ほむらの執念深さだった気もするけど。

 

こうして、あたしたちのドタバタな一日は、またしても「結果オーライ」で幕を閉じたのだった。

さて、次はどんなトラブルが待ち受けているのやら。

 

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