魔法少女さやかマギカ 〜ワルプルギスの夜のあとで!   作:革新的甲殻類

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第5話_恋バナと妄想と乙女の暴走!

 

 

外はしとしとと雨が降っていた。

梅雨の終わりの、生温い夜。

節電中の薄暗いリビングで、あたしたち五人は車座になって座っていた。

 

中央のローテーブルには、マミさんが用意したノンアルコールのスパークリングジュース(ロゼ)と、可愛らしいマカロン、そして数種類のスナック菓子が並べられている。

マミさんは、少し頬を紅潮させ(ジュースなのに)、いたずらっぽく微笑んで宣言した。

 

「今夜は……『パジャマパーティー』を開催します!」

 

「パジャマパーティー?」

杏子がポテチを齧りながら首を傾げる。

「何すんだよそれ。また変な儀式か?」

 

「違うわよ、杏子ちゃん。女の子同士で集まって、夜通し語り明かす……それは乙女の憧れ、青春の1ページなのよ!」

 

マミさんの鼻息が荒い。どうやら彼女の中で「理想の中学生ライフ」を取り戻すキャンペーンが絶賛開催中らしい。

まどかも「わあ、楽しそう!」と目を輝かせている。

ほむらは「……非生産的ね」と呟きつつも、まどかが楽しそうなので帰ろうとはしない。

 

「で、具体的に何話すわけ?」

あたしが尋ねると、マミさんは待ってましたとばかりに、一枚のカードを取り出した。そこには、ピンク色のフェルトペンで、デカデカとこう書かれていた。

 

**【 テーマ:好きな人はいますか? 】**

 

「…………」

 

一瞬の静寂。

そして、杏子が吹き出した。

「ぶっ! なんだよそれ! いきなりド直球だなオイ!」

 

「い、いいじゃない! 恋バナよ、恋バナ! 女の子が集まったら、これをするのが鉄則なのよ!」

 

マミさんは必死だ。

あたしは苦笑いした。恋バナかぁ……。

正直、今のあたしにはちょっと胸が痛いテーマだけど、まあ、みんなの話を聞くのは悪くないかもしれない。

 

「じゃあ、言い出しっぺのマミさんからどうぞ」

あたしが振ると、マミさんは「えっ!?」と動揺し、急に視線を泳がせた。

 

「わ、私!? そ、そうね……私は、その……魔法少女としての使命に生きてきたから、そういう浮ついた話は……」

「いないんだ」

「いないのね」

「いないんですね……」

 

あたしと杏子とまどかの三連コンボに、マミさんが「うぅ……」と撃沈する。

やっぱり。この先輩、見た目は大人っぽいのに、中身は中学生レベル……いや、それ以下かもしれない。

 

「じゃあ、次は杏子!」

「ああん? あたしかよ」

 

杏子は面倒くさそうに頭をかいた。

「あたしはなぁ……ま、食い物の好みが合う奴なら、悪くねえかな」

「それだけ!?」

「重要だろ? 美味いもんを一緒に食って『美味いな』って言い合える。それ以上の関係なんて、この世にねえよ」

「うーん、深いような、単に食い意地が張ってるだけのような……」

 

杏子らしい答えだ。

次は……と視線を向けると、暁美ほむらが、静かに、しかし強烈な眼力でこちらを見ていた。

 

「……私は、いるわ」

 

「えっ!?」

全員が驚いた。あのクールなほむらに、好きな人が!?

 

ほむらは、手元のグラスを見つめながら、ポツリポツリと語り始めた。

 

「その人は……とても優しくて、暖かくて……私の人生の全てを捧げても惜しくない、唯一無二の存在よ」

「お、おお……(重い……)」

「何度時を越えても、どんな姿になっても、私はあの方を想い続けるわ。あの方が笑ってくれるなら、私は世界を敵に回してもいい」

「ほむらちゃん、それ『好き』っていうか、もう『信仰』の域に入ってない……?」

 

まどかが引きつった笑顔で突っ込むが、ほむらは聞こえていない。その視線は、熱烈にまどかへと注がれているのだが、当のまどかは「ほむらちゃんって、ロマンチストなんだねえ」と全く気づいていない。鈍感すぎる。

 

「じゃあ、まどかは?」

「え、私? うーん……」

 

まどかは指を顎に当てて、少し考え込んだ。

「私は、みんなのことが大好きだよ! さやかちゃんも、ほむらちゃんも、マミさんも杏子ちゃんも! みんなとずっと一緒にいられたら、それが一番幸せかなあ」

 

「「「「天使……!」」」」

 

まどかの答えは、模範解答にして最強の回答だった。この場が一気に浄化される。ほむらが拝んでいる。

 

「さて、最後は……」

 

全員の視線が、あたしに向けられた。

美樹さやか。

幼馴染の上条恭介に、長年片思い中。彼の手を治すために魔法少女になった、筋金入りの恋する乙女。

 

「……あたしは、まあ、知ってると思うけど」

 

あたしは少し照れくさそうに、膝を抱えた。

 

「……恭介、かな。あいつ、ヴァイオリン弾いてる時だけは、本当にかっこいいんだよね。今はまだリハビリ中だけど、いつかまた、あの音色が聴けたら……って思うと、なんか頑張れるっていうかさ」

 

あたしの言葉に、マミさんが「素敵だわ、さやかちゃん!」とハンカチで目頭を押さえた。

杏子は「けっ、甘酸っぺえな」とニヤニヤしている。

 

場の空気が、ほんのりとピンク色に染まった、その時だった。

 

『素敵……ステキ……』

『恋……愛……切ナイ……』

 

どこからともなく、甘ったるい声が聞こえてきた。

そして、リビングの空間が、ピンク色の霧に包まれ始めた。

 

「な、なによこれ!?」

「甘い匂い……?」

 

霧の中から現れたのは、ハート型の風船を持った、天使のような羽を生やした使い魔たち。

そして、部屋の中央に、巨大なラブレターの形をした魔女が出現した。

 

「魔女!? まさか、あたしたちの恋バナに反応して!?」

マミさんが叫ぶ。

 

キュゥべえがひょっこりと現れ、解説を入れた。

 

『これは『妄想の魔女』だね。思春期の少女たちの、行き場のない恋愛感情や妄想をエネルギー源にしているんだ。君たちの会話が、あまりにも高カロリーな「恋のエネルギー」を放出したから、呼び寄せられたんだろうね』

 

「あたしたちのせいかよ!!」

 

パジャマパーティーは一転、強制的に「恋の修羅場(バトル)」へと突入することになった。

しかもこの魔女、とんでもなく厄介な能力を持っていたのだ。

 

---

 

「変身よ! みんな!」

 

マミさんの号令と共に、パジャマ姿だったあたしたちの身体が光に包まれる。

一瞬にして、いつもの魔法少女の衣装へとチェンジした。狭いリビングで五人が一斉に変身したため、光の余波でポテチの袋が舞い、クッションが吹っ飛んだが、今は気にしている場合じゃない。

 

目の前には、巨大なラブレターの姿をした『妄想の魔女』。

周囲には、ハート型の風船を持った天使のような使い魔たちが、不気味にクスクスと笑いながら浮遊している。

 

「ちっ、せっかくくつろいでたのによぉ! 恋バナの邪魔たぁいい度胸じゃねえか!」

 

杏子が一番槍で突っ込む。

彼女の槍が、魔女の本体であるラブレターを貫こうと伸びる。

 

「まずは、そのふざけた紙切れをビリビリに破いてやる!」

 

しかし。

魔女はヒラリと身を翻すと、その封筒の口をガバッと開いた。

そこから放たれたのは、攻撃魔法でも、物理的な打撃でもなかった。

 

『❤ドキッ☆恋のハプニングビーム❤』

 

ピンク色の、甘ったるい香りのする光線が、杏子を直撃した。

 

「うおっ!? な、なんだこりゃ!?」

 

光に包まれた杏子の動きがピタリと止まる。

そして、彼女の周囲の空間だけが、なぜか少女漫画のような『キラキラフィルター』に覆われた。

 

「な、なに!? 杏子、どうしたの!?」

あたしが叫ぶと、杏子は虚ろな目で、何もない空間に向かって頬を赤らめ始めた。

 

「……え? なんだよ、お前……。あたしの食いかけのポッキー……逆側から食べる気かよ……?」

 

「「「「はぁ!?」」」」

 

杏子が、見えない相手(彼氏?)と会話を始めた。

 

「ば、バカ野郎……近いって……。そんな真っ直ぐ見んじゃねえよ……。……しゃあねえな……一口だけだぞ……?」

 

杏子は槍を放り出し、空中に向かって口を尖らせ、目を閉じている。

完全に、妄想の世界にトリップしている。

 

『解説しよう。この魔女の攻撃を受けた者は、自身が心の奥底で望んでいる「理想の恋愛シチュエーション」の幻覚に囚われ、現実世界に戻ってこられなくなるんだ』

 

キュゥべえが、どこか楽しげに解説する。

 

「精神攻撃系かよ! しかも一番恥ずかしいやつ!」

 

あたしが突っ込んでいる間に、使い魔たちがマミさんに襲いかかる。

 

「佐倉さんをあんな姿にするなんて……! 私が目を覚まさせてあげるわ!」

マミさんがマスケット銃を構える。

しかし、魔女はすかさず第二波を発射した。

 

『❤運命の曲がり角ビーム❤』

 

「きゃあっ!」

 

光線を浴びたマミさんの周囲に、幻影の『食パン』と『通学路の曲がり角』が出現した。

マミさんの目が、乙女チックな輝きを帯びる。

 

「いけない! 遅刻、遅刻〜!」

 

マミさんは、幻覚の食パンを口にくわえ、その場で足踏みを始めた。

 

「急がないと、転校初日から遅刻しちゃうわ! ……あっ!」

 

マミさんは何もない空間で派手に転び、そして見上げながら、うっとりと呟いた。

 

「……い、痛っ……。ごめんなさい、私……え? 手を貸してくれるの……? あなたは、隣のクラスの……サッカー部のエース様!?」

 

「設定がベタすぎる!!」

 

あたしのツッコミも虚しく、マミさんは見えないサッカー部のエース様に手を引かれ、顔を真っ赤にしてモジモジしている。

「ええ……はい……。放課後、屋上で……?」

ダメだ。この先輩、妄想力が強すぎて、完全に自分の世界に入り込んでいる。

 

「……くだらないわね」

 

冷ややかな声と共に、ほむらが前に出た。

「精神干渉ごときで、私の鋼の理性が揺らぐとでも?」

 

彼女は冷静に、魔女に銃口を向ける。

「悪いけれど、私の心は既に一人の人間に占有されているの。あなたの入り込む隙間なんて、1ミリもないわ」

 

おお、さすがほむら。頼もしい。

しかし、魔女はその言葉を待っていたかのように、一層禍々しい、どす黒いピンク色の光線を放った。

 

『❤激重・共依存ビーム❤』

 

光線はほむらの盾で防がれた……かに見えたが、シールドを貫通して彼女を包み込んだ。

 

「……っ!」

 

ほむらが膝をつく。

そして、ゆっくりと顔を上げた時、その瞳孔は限界まで開いていた。

 

「……あぁ……まどか……」

 

ほむらは、あたしの後ろにいる本物のまどかではなく、空中に浮かんだ『巨大なまどかの幻影』を見上げていた。

 

「そうよ……あなたは何もできなくていいの……。手足なんて動かなくていい……。私が全部やってあげる……。ご飯も、お着替えも、お風呂も……私が全部……一生……永遠に……」

 

「ひいっ!?」

 

本物のまどかが、ドン引きしてあたしの背中に隠れた。

ほむらの妄想は、恋愛というより、もはや監禁とか飼育に近い何かだった。

彼女は恍惚とした表情で、幻影のまどかの足を舐めるような仕草をしている。

 

「やめてほむら! それ以上は放送できない!」

 

あたしは絶叫した。

五人のうち、三人が戦闘不能。しかも、全員が黒歴史確定の恥ずかしい姿を晒している。

残るは、あたしとまどかだけ。

 

魔女が、ギロリとあたしを見た。

その封筒の口が、ニヤリと笑ったように歪む。

 

『次ハ……オ前ダ……美樹サヤカ……』

 

「くっ……!」

 

あたしは剣を構えるが、足が震える。

怖い。死ぬことよりも、自分の恥ずかしい妄想を、まどかの前で晒されることが怖い!

だって、あたしの妄想なんて、相手はアイツ(恭介)に決まってるんだから!

 

「に、逃げるよまどか! ここはいったん退却……」

 

「待って、さやかちゃん」

 

まどかが、震える手で、あたしの腕を掴んだ。

 

「……私、みんなを助けたい」

 

「まどか……?」

 

「みんな、あんなに幸せそうな顔してるけど……あれは嘘だもん! 本当の幸せじゃないもん!」

 

まどかは、ピンクの弓をギュッと握りしめた。

その瞳には、強い決意が宿っていた。

 

「私が、みんなの目を覚まさせる!」

 

まどかが前に出る。

それを見た魔女は、最大出力のビームをチャージし始めた。

 

『❤アルティメット・デリュージョン(究極妄想)・バースト❤』

 

極太のピンク色の光線が、まどかに向かって放たれる。

 

「まどかァッ!!」

 

あたしが手を伸ばすよりも早く、まどかは光線に飲み込まれた。

終わった。

あの純粋なまどかが、どんなドロドロした妄想を見せられるのか。

あたしは恐怖で目を覆った。

 

しかし。

 

「…………あれ?」

 

数秒経っても、まどかの様子がおかしい。

彼女は、光線の中で、ただキョトンとしていた。

 

「……? 何も、起きないよ?」

 

『ナ、ナゼダ……!?』

魔女が動揺している。

 

キュゥべえが、驚愕の事実を告げた。

 

『まさか……。鹿目まどか。彼女は、あまりにも純粋すぎて、自分自身の欲望や、都合の良い妄想というものを持っていなかったんだ……!』

 

「無欲!?」

 

『彼女の願いは、常に「みんなの幸せ」だ。だから、「自分だけの都合の良い恋」という概念が、彼女の中には存在しない……! この魔女にとって、彼女は天敵だ!』

 

まどかは、無傷で光の中から歩み出た。

そして、弓を引き絞り、魔女を見据える。

 

「みんなの恥ずかしい姿を……これ以上、見世物にしないで!」

 

まどかの反撃が始まる。

しかし、あたしは知らなかった。

無欲な彼女が放つ「正論」こそが、妄想に浸る乙女たちにとって、最も残酷な一撃になることを。

 

---

 

「みんなの目を覚まさせる!」

 

そう宣言した鹿目まどかは、いつになく凛々しかった。

彼女はピンクの弓を引き絞ると、魔女ではなく、まずは一番近くで妄想に耽っているマミさんに狙いを定めた。

 

「いくよ! 必殺・現実(リアル)回帰アロー!」

 

ヒュンッ!

放たれた光の矢は、マミさんの脳天に吸い込まれるように命中した。

物理的なダメージはない。しかし、その矢には、まどかの純粋すぎる「事実の指摘」という概念が付与されていた。

 

「はっ……!?」

 

マミさんの動きが止まった。

彼女の視界を覆っていた『少女漫画フィルター』にヒビが入る。

 

そこへ、まどかの容赦ない「呼びかけ(追い討ち)」が飛んだ。

 

「マミさん! 起きて! そこにサッカー部のエース様はいないよ! マミさんが手を繋いでるのは、**リビングのカーテンのタッセル(房)**だよ! それに、口にくわえてるのは食パンじゃなくて、**さっき杏子ちゃんが放り投げたクッションの角**だよ!」

 

「…………え?」

 

マミさんの瞳から、キラキラした光が消えた。

彼女がおそるおそる自分の手元を見ると、そこにはエース君の逞しい手ではなく、埃っぽいカーテンの紐が握られていた。

そして口元には、よだれで濡れたクッション。

 

「……いやァァァァァァァッ!!」

 

マミさんは顔を覆ってその場にうずくまった。

「私……私ったら、一人でカーテンに向かって『遅刻しちゃう』だなんて……! しかもクッションを……! 穴があったら入りたい! いや、ティロ・フィナーレで自分を撃ち抜いて消滅したい!」

 

「よし、マミさんは戻ったね!」

まどかは満足げに頷くと、次は杏子に狙いを定めた。

 

「次は杏子ちゃん!」

 

ヒュンッ!

矢が命中する。

 

「杏子ちゃん! そこに彼氏はいないよ! 杏子ちゃんが口を尖らせて『んーっ』ってしてるのは、ただの虚空だよ! **はたから見ると、すっごく変な顔になってるよ!**」

 

「ぶフォッ!?」

 

杏子はむせ返り、現実に引き戻された。

自分が今まで、虚空に向かってキス待ち顔を晒していたという事実に気づき、その顔が瞬時に茹でダコのように赤くなる。

 

「わ、わわ、悪かったな! 忘れてくれ! 今のはノーカンだ! 頼むから記憶から消去してくれぇぇっ!」

 

杏子は槍を振り回して暴れ始めた。羞恥心が限界突破したらしい。

 

「最後はほむらちゃん!」

 

まどかの矢が、恍惚とした表情のほむらに突き刺さる。

 

「ほむらちゃん! 私、そんなに何もできない子じゃないよ! お着替えもご飯も一人でできるもん! **介護みたいな愛され方は、ちょっと重いかなって思うの!**」

 

ズドォォォォン!!

 

ほむらの脳内に、隕石級の衝撃が走った。

最愛のまどかからの、直球すぎる「重い」発言。

彼女の作り出した『共依存パラダイス』は、ガラス細工のように砕け散った。

 

「……まどか……。私は……ただ、あなたの全てを……」

「ううん、気持ちは嬉しいけど、自立は大事だよ!」

 

ほむらは真っ白に燃え尽き、灰のように崩れ落ちた。

精神的ダメージは、彼女が一番大きそうだ。

 

「す、すごい……」

 

あたしは震えていた。

まどかの「正論」攻撃は、魔女の攻撃よりも遥かに残酷で、効果的だった。

彼女に悪気はない。ただ事実を伝えているだけだ。だからこそ、防ぎようがない。

 

「さあ、みんな戻ったね! あとは魔女をやっつけるだけだよ!」

 

まどかはニコニコと振り返った。

その背後では、精神的致命傷を負った三人が、再起不能(リタイヤ)寸前でピクピクしている。

 

『おのれ……! 私の甘美な妄想空間を……!』

 

魔女が激昂した。

その体であるラブレターが、怒りで赤黒く変色していく。

 

『こうなれば……残る一人! お前だけでも、道連れにしてやる!!』

 

魔女の矛先が、あたしに向けられた。

 

「えっ!? あたし!?」

 

『喰らえ! 特大・純愛コンプレックス波動!』

 

魔女の口から、今までで一番巨大な、ハート型のエネルギー弾が放たれた。

そのターゲットは、美樹さやか。

片思い歴数年。幼馴染への想いをこじらせまくっている、このあたしだ。

 

「や、やばっ……!」

 

避けようとしたが、足がすくんだ。

あたしの心の奥底にある、「恭介への想い」。それを無理やり引きずり出されることへの恐怖と、期待。

その一瞬の躊躇が、命取りになった。

 

ズギュゥゥゥン!!

 

ハートの波動が、あたしを直撃した。

 

「きゃあああああっ!!」

 

視界がホワイトアウトする。

そして、次に目を開けた時。

 

あたしは、見覚えのある場所に立っていた。

 

そこは、コンサートホール。

満員の観客席。

煌びやかなシャンデリア。

そして、ステージの中央には、タキシードに身を包んだ、上条恭介が立っていた。

 

彼の左手は、完全に治っている。

彼はヴァイオリンを構え、美しく、力強い旋律を奏でていた。

それは、あたしがずっと、ずっと聴きたかった音色。

 

演奏が終わると、万雷の拍手が巻き起こる。

恭介は、観客に向かって一礼し、そしてマイクを握った。

 

『……今日のこの演奏は、僕の左手を治してくれた、ある大切な人に捧げます』

 

恭介の視線が、客席にいるあたしを捉えた。

スポットライトが、あたしを照らす。

 

『さやか。君がいなければ、僕はここにいなかった。……愛してるよ、さやか』

 

恭介が、ステージから降りてくる。

あたしの元へと歩み寄ってくる。

その手には、真っ赤なバラの花束。

 

「恭介……」

 

あたしの目から、涙が溢れた。

これは、夢だ。

分かってる。魔女が見せている幻覚だ。

恭介は、まだリハビリ中だし、あたしのことをそんな風には見ていない。

 

でも。

 

「……さやか」

 

目の前の恭介が、優しく微笑んで、手を差し伸べてくる。

その手のひらは、温かそうで。

 

「ずっと、一緒にいてくれるかい?」

 

あたしの心臓が、早鐘を打つ。

これが嘘でもいい。

この空間に、ずっと浸っていたい。

現実に戻れば、またあのもどかしい距離感と、伝わらない想いに苦しむだけ。

それなら、いっそ、この幸せな夢の中で……。

 

あたしは、ふらふらと、恭介の手を取ろうとした。

 

「……さやかちゃん! ダメだよ!」

 

遠くで、まどかの声が聞こえた気がした。

でも、今のあたしには、その声は雑音にしか聞こえなかった。

 

「ごめんね、まどか……。あたし、こっちの方がいいや……」

 

あたしの指先が、恭介の手に触れようとした、その時。

 

「おいコラさやかぁっ!!」

 

ドガァッ!!

 

恭介の顔面が、横から飛んできた赤い槍の柄で、思いっきり殴り飛ばされた。

 

「ぶべらっ!?」

 

恭介(幻影)は、綺麗な放物線を描いて客席の椅子に突っ込み、消滅した。

コンサートホールがガラスのようにひび割れ、現実の風景――マミさんの家のリビング――が戻ってくる。

 

目の前には、まだ顔を真っ赤にしたまま、肩で息をしている杏子が立っていた。

 

「……目ぇ覚ませ、バカ」

 

杏子は、乱暴にあたしの胸ぐらを掴んだ。

 

「あんなチャラチャラした幻覚の男に、お前の大事なもんを安売りすんじゃねえよ」

 

「杏子……」

 

「……お前の惚れた男は、あんな薄っぺらいセリフ吐くような奴じゃねえだろ。もっと、こう……めんどくさくて、生意気で、でもヴァイオリンだけは本気な、そういう奴だろ?」

 

杏子の言葉が、あたしの胸に突き刺さった。

そうだ。

あたしが好きだったのは、あたしに都合のいい王子様になった恭介じゃない。

怪我に苦しんで、八つ当たりしてきて、それでも音楽を捨てられない、あの不器用な恭介だ。

 

「……うん。そうだね」

 

あたしは、涙を拭った。

恥ずかしい。魔女の幻覚に逃げ込もうとした自分が、何より恥ずかしい。

 

「サンキュ、杏子。……おかげで、目が覚めたよ」

 

あたしは剣を召喚し、強く握りしめた。

羞恥心は、今、最強の攻撃力(エネルギー)へと変わる。

 

「よくも……よくもあたしの純情を弄んでくれたわねぇっ!!」

 

あたしは魔女に向かって叫んだ。

後ろでは、マミさんとほむらも、それぞれの黒歴史を精算すべく、鬼のような形相で立ち上がっていた。

 

乙女たちの逆襲が、始まる。

 

---

 

「覚悟しなさい、この三文芝居の演出家さん!」

 

巴マミさんが、鬼の形相で宙に舞った。

彼女の背後には、先ほどの比ではない数のマスケット銃が展開されている。その全てが、自身の恥ずかしい妄想(カーテンキッス)を見せつけた魔女に向けられていた。

 

「私の記憶から……そして、みんなの記憶から! あの忌まわしい数分間を消去するのよぉぉぉっ!」

 

「ティロ・フィナーレ! 忘却の彼方(オブリビオン)エディションッ!!」

 

ドガガガガガガガガッ!!

黄金の光弾が嵐のように魔女を襲う。それはもはや魔女退治というより、証拠隠滅のための破壊工作だった。

 

「あーもう! あたしもだ! あたしのニヤケ顔を見た奴は生かしちゃおけねえ!」

 

杏子も槍を多節棍(チェーン)形態に変化させ、魔女の本体であるラブレターをメッタ打ちにする。

「忘れろ! 忘れろ! あたしは硬派でクールな魔法少女なんだよぉぉっ!」

 

そして、暁美ほむら。

彼女は無言だった。しかし、その手には対戦車用の迫撃砲が握られている。

 

「……重い、ですって……?」

 

彼女はギリリと歯噛みしながら、砲弾を装填した。

 

「私の愛は、重力すら超えるのよ。物理的に重いくらいで丁度いいの!」

 

ドォォォォン!!

理屈になっているようで全くなっていない言い訳と共に、重火器の雨あられが魔女に降り注ぐ。

 

「みんな、容赦ないね……」

まどかが苦笑いしながら援護の矢を放つ。

 

あたし、美樹さやかは、剣を強く握りしめ、魔女の懐へと飛び込んだ。

魔女は必死に『失恋ビーム』や『既読スルー弾』を放ってくるが、今のあたしには効かない。

だって、現実はもっと厳しいし、もっと複雑で、でも……もっと愛おしいって知っちゃったから!

 

「あたしの恋は! あんたの脚本通りにはいかないのよ!」

 

あたしは魔女の攻撃を切り払い、その中心核である『封蝋(シーリングワックス)』へと肉薄する。

 

「恭介はね……あんなキザなセリフ言わない! もっと不器用で、音楽バカで、手がかかるの!」

 

剣に魔力を集中させる。

青い光が、刀身を包み込む。

 

「でも、あたしはそんなあいつの奏でる音楽が、世界で一番大好きなんだからぁぁぁっ!!」

 

「スクルツォ・フォルテッシモ・ブレイクッ!!」

 

あたしの一撃が、魔女の核を粉砕した。

ラブレターが紙吹雪のように散り、ピンク色の霧が晴れていく。

 

「……ふぅ」

 

あたしは着地し、剣を収めた。

ふと見ると、紙吹雪の中に、魔女の最期の言葉のようなものが浮かんでいた。

 

『……青春、爆発……』

 

「……余計なお世話よ」

 

あたしは小さく呟いて、落ちてきたグリーフシードをキャッチした。

 

---

 

魔女が消滅し、リビングには元の薄暗い静寂が戻ってきた。

パジャマ姿に戻ったあたしたちは、散らかったお菓子やクッションを片付けながら、なんとなく気まずい沈黙に包まれていた。

 

そりゃそうだ。

全員(まどか以外)、あんな恥ずかしい妄想をぶちまけた後なのだから。

 

「……コホン」

 

マミさんが、わざとらしい咳払いをした。

 

「ま、まあ……魔女の精神攻撃というのは恐ろしいものね。あんな、ありもしない幻覚を見せるなんて」

「そ、そうだな! 全く、たちの悪い敵だったぜ!」

「……記憶にないわ。私は何も見ていない」

 

三人が必死に「ノーカン」をアピールしている。

まどかだけが、「でも、みんな可愛かったよ?」と無邪気に笑って、さらに空気を凍りつかせた。

 

あたしは、ため息をつきながら、自分のスマホを手に取った。

画面には、恭介の連絡先が表示されている。

もちろん、かけるつもりはない。今はまだ、何も言えない。

 

「……でもさ」

 

あたしが口を開くと、みんなの視線が集まった。

 

「ちょっとだけ、スッキリしたかも」

 

「え?」

 

「あんな風に、自分の恥ずかしいとこ全部見られちゃったらさ、もう隠すことなんてないじゃん? ……なんか、変にカッコつけるのがバカらしくなっちゃった」

 

あたしの言葉に、杏子がニッと笑った。

「ま、そりゃそうか。あんだけ派手に暴れりゃ、悩みなんざ吹っ飛ぶわな」

 

マミさんも、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。

「そうね……。完璧な先輩でいようとするのも、少し疲れるわ。たまには、ダメな部分を見せるのも、悪くないかしら」

 

「マミさんは元々、結構ダメなとこ見せてるけどね」

「えっ!? そうなの!?」

 

マミさんがショックを受けている横で、ほむらが静かに紅茶を啜りながら言った。

 

「……重くても、いいわ。それが私の愛し方だから」

「開き直った!」

 

まどかが、みんなを見渡して、嬉しそうに言った。

「やっぱり、パジャマパーティーしてよかったね! みんなのことが、もっと大好きになったよ!」

 

その言葉に、あたしたちは顔を見合わせ、そして今日一番の笑顔で笑い合った。

 

「……そうだね。まどかの言う通りだ」

 

窓の外、雨はいつの間にか止んでいた。

雲の切れ間から、月明かりが差し込んでいる。

 

「よし! 仕切り直しだ!」

杏子が立ち上がり、新しいポテチの袋を開けた。

「夜はこれからだろ? 今度はもっとマシな話題で盛り上がろうぜ!」

 

「そうね。例えば……『明日のおやつは何にするか』とか?」

「マミさん、それもまた食い意地張ってません?」

「あら、大事なことよ?」

 

あたしはスマホを閉じ、みんなの輪の中に戻った。

恋の行方はまだ分からない。

恭介との未来も、どうなるか分からない。

 

でも、今は。

この騒がしくて、ちょっと残念で、でも最高に温かい仲間たちといられれば、それで十分だ。

 

「ねえねえ、次は怖い話しようよ!」

「えー、まどか、あたし怖いの苦手なんだけど……」

「大丈夫よさやかちゃん、私が物理的に除霊してあげるわ」

「それ一番怖いやつ!」

 

笑い声が、夜更けの見滝原に溶けていく。

あたしたちの夜は、まだまだ終わらない。

 

ベランダの隅で、キュゥべえがポツリと呟いた。

『人間の感情エネルギーの振れ幅は、本当に計算できないな……。まあ、ノルマは達成できたからいいけどね』

 

あたしはこっそり、キュゥべえに向かってあっかんべーをした。

恋も、友情も、戦いも。

全部ひっくるめて、あたしたちの青春なんだから。

 

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