魔法少女さやかマギカ 〜ワルプルギスの夜のあとで! 作:革新的甲殻類
見滝原市の復興は少しずつ進んでいるとはいえ、まだまだ娯楽や嗜好品は不足している。
そんなある日の午後、マミさんのマンションのリビングに、悲痛な声が響いた。
「……ないわ」
食器棚の前で、巴マミさんが呆然と立ち尽くしている。
その背中には、この世の終わりかのような哀愁が漂っていた。
「どうしたんですか、マミさん? また杏子がプリン食べたとか?」
あたしが尋ねると、マミさんはゆっくりと振り返り、空っぽになった銀色の缶を震える手で差し出した。
「……紅茶が……切れてしまったの」
「あ、はい」
あたしの反応は薄かった。いや、だって紅茶だし。水とか電気なら死活問題だけど。
しかし、マミさんにとっては違ったらしい。彼女は鬼気迫る形相で詰め寄ってきた。
「ただの紅茶じゃないのよ、さやかちゃん! これは『マリアージュ・フレール』の限定ブレンド、『ノエル・ダムール』! 私の心の安寧(サンクチュアリ)を守るための、聖なる聖水なのよ!」
「せ、聖水……」
「これがないティータイムなんて、クリープのないコーヒー……いいえ、ソウルジェムのない魔法少女と同じだわ!」
マミさんの目がマジだ。どうやら彼女にとって、紅茶の枯渇は魔女の出現と同レベルの緊急事態らしい。
「……で、どうするつもり?」
ソファで爪を磨いていたほむらが、興味なさそうに尋ねる。
「買いに行くわよ!」
マミさんは高らかに宣言した。
「見滝原のお店はまだ壊滅状態だけど、隣の『風見野市』にある高級デパートなら、営業を再開しているという情報を得たわ。そこへ遠征するのよ!」
「へえ、隣町か。面白そうじゃん」
杏子が身を乗り出した。
「デパ地下がありゃ、試食コーナーもあるかもな」
「目的が不純よ、杏子」
まどかも嬉しそうに手を合わせる。
「お買い物だね! 久しぶりにみんなでお出かけ、楽しそう!」
こうして、あたしたち五人は、マミさんの紅茶(と、その他の物資)を求めて、隣町の風見野市へ遠征することになった。
これが、あんな「面倒くさい出会い」のきっかけになるとも知らずに。
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電車はまだ動いていないため、あたしたちは変身して、ビルからビルへと飛び移りながら隣町へと移動した。
風見野市は、見滝原のような被害を受けておらず、街は活気に溢れていた。
「うわぁ……! 人がいっぱい! お店も開いてる!」
久しぶりに見る「普通の日常」の光景に、まどかが目を輝かせる。
あたしも、なんだかホッとした。やっぱり、平和な街並みっていいもんだ。
あたしたちは変身を解き、私服姿で街を歩く。
目指すは、駅前にそびえ立つ高級デパート『カザミノ・ヒルズ』。
「ここの地下食品街に、直営店が入っているはずよ。急ぎましょう!」
マミさんは競歩のような速さで人混みを縫っていく。その執念、恐るべし。
デパートの中は、冷房が効いていて天国だった。
キラキラしたショーウィンドウ、良い匂いのする化粧品売り場、そして美味しそうなスイーツの数々。
サバイバル生活ですっかり野生化していたあたしたちには、刺激が強すぎる。
「うおおっ! 見ろよさやか! あの肉! 霜降りだぞ!」
「こら杏子! ガラスに張り付かない!」
「まどか、あそこのブティック、新作が入荷しているわ。あなたの服をコーディネートさせて」
「えっ、ほむらちゃん、今は紅茶を……」
自由奔放なメンバーをなんとか引率し、あたしたちはようやく目的の紅茶専門店へとたどり着いた。
そこは、黒と金を基調とした、いかにも高級そうな店構えだった。
「あったわ……! 愛しの『ノエル・ダムール』……!」
マミさんの目が、棚の一点に釘付けになる。
しかし、次の瞬間、彼女の表情が凍りついた。
棚には、確かにその銘柄のコーナーがあった。
だが、そこには『残り一点』というポップと共に、最後のひと缶が寂しげに置かれているだけだったのだ。
「……ラスイチ……!」
マミさんがゴクリと唾をのむ。
「よかったですね、マミさん! ギリギリセーフですよ!」
あたしが肩を叩こうとした、その時だった。
スッ……。
マミさんが手を伸ばそうとしたその缶に、横から伸びてきた「白く美しい手」が、優雅に触れた。
「あら?」
「え?」
マミさんの手と、白い手が、一つの缶の上で交差する。
マミさんが顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。
プラチナブロンドの長い髪。
切れ長の鋭い瞳。
そして、中学生とは思えないほど洗練された、純白のワンピースを着こなす、いかにも「深窓の令嬢」といった風情の美少女。
「……失礼。それは私がいただくわ」
少女は、鈴を転がすような、しかし絶対的な響きを持つ声でそう言った。
これが、運命(というか、ただの揉め事)の出会いだった。
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「あら……?」
「まあ……」
高級デパートの一角、紅茶専門店の棚の前で、二人の少女が笑顔で凍りついていた。
一つの銀色の缶を、右から巴マミが、左から白いワンピースの少女が、ガッチリと掴んで離さない。
端から見れば、仲良く商品を手に取った瞬間に見えるかもしれない。しかし、その指先には、鉄骨すらへし折るほどの力が込められていた。
「失礼ですが、そちらは私が先に目をつけましたの。手を離していただけるかしら?」
マミさんが、こめかみに青筋を浮かべながらも、あくまで優雅に微笑む。
対する白い少女も、涼しげな瞳を細めて言い返した。
「いいえ。貴女が『目をつけた』のがいつかは存じませんが、私は三日前の予知夢で、今日この紅茶を飲む自分の姿を見ていますの。つまり、因果律において、これは既に私のものですわ」
「予知夢……? 何を電波なことを……」
マミさんの笑顔が引きつる。
あたし、美樹さやかは、その後ろで杏子と顔を見合わせた。
「おい、なんかヤバい雰囲気だぞ」
「ああ。マミさんの『紅茶・ガチ勢モード』だ。迂闊に近づくと火傷するぞ」
白い少女――**美国織莉子**は、フン、と鼻を鳴らした。
「自己紹介が遅れましたわね。私は美国織莉子。この風見野市において、世界の均衡を憂う者……とでも言っておきましょうか」
「世界とかどうでもいいから、その手を離してくださる? 私は見滝原から、この紅茶のためだけに来たのよ!」
「お断りしますわ。私の優雅な午後の計画(プラン)に、変更は許されませんの」
バチバチバチッ!
二人の視線の間に、目に見えない火花が散る。
女の意地と、紅茶への執着がぶつかり合う、一触即発の事態。
その時だった。
「―――ッ!!」
「織莉子に、気安く触れるなァァァァッ!!」
ドォォォォン!!
突然、店の入り口から黒い影が弾丸のように飛び込んできた。
その影は、陳列棚(幸い、ギフト用の空箱だった)を派手に吹き飛ばしながら、マミさんと織莉子の間に割って入った。
「きゃあっ!?」
マミさんが驚いて飛び退く。
織莉子だけは、「あら」と眉一つ動かさずにその場に留まっていた。
砂埃が舞う中、現れたのは、黒いゴシックな服に身を包んだ、ボブカットの少女。片目に眼帯をしたその姿は、中二病全開……いや、危険な香りを漂わせている。
少女――**呉キリカ**は、野生動物のような姿勢でマミさんを威嚇した。
「キシャァッ! 私の織莉子に何をする気だ、このドリル髪! 織莉子の玉の肌に傷一つつけてみろ、この店の紅茶葉を全て微塵切りにして、貴様の髪の毛と一緒にティーバッグに詰めてやるぞ!」
「ひ、悲鳴を上げるような具体的な脅迫!?」
マミさんがドン引きしている。
キリカはそのまま、くるりと織莉子の方へ向き直ると、今までの凶暴さが嘘のように、デレデレとした表情で尻尾を振り始めた(幻覚)。
「ああ、織莉子! 無事かい!? 遅くなってごめんよ! トイレに行っていた隙に、こんな害虫が君にたかるなんて! やっぱり私は、君とトイレの個室まで一緒に入るべきだったんだ!」
織莉子は、ため息交じりにキリカの頭をピシャリと叩いた。
「お黙りなさい、キリカ。品がないわよ」
「ああんっ! その冷たい手刀、ゾクゾクするよ織莉子ぉ!」
「それに、害虫駆除なら後で構いません。今は、この無礼な方と紅茶の所有権について話し合っているところよ」
「そうなのかい!? なるほど、流石は織莉子だ。紅茶一つにも世界の理(ことわり)を見出すなんて、やっぱり君は救世主だよ!」
「……そこまでは言っていなくてよ?」
織莉子が冷静にツッコミを入れる。
あたしとまどかは、ポカーンとその光景を見ていた。
「な、なんなのあの子たち……」
「すごいね……なんか、濃いね……」
ほむらだけが、警戒心を強めて呟いた。
「……あの黒い子。魔女の結界でもないのに、常人離れした身体能力だったわ。間違いなく、魔法少女よ」
そう。この白と黒のコンビ。
ただの痛い人たちではない。漂う魔力は本物だ。
キリカは再びマミさんの方を向くと、眼帯をしていない方の黄色い目をギラリと光らせた。
「おい、そこのドリル。織莉子がその紅茶を欲しがっているのが分からないのか? 織莉子が望むなら、それは既に宇宙の決定事項なんだよ。さっさと献上して、床に額をこすりつけて慈悲を乞うんだな!」
「ドリルドリル言わないでちょうだい! これはエレガントな縦ロールよ!」
マミさんも負けじと言い返す。
「それに、いくら魔法少女だからって、デパートで暴れるなんてマナー違反もいいところだわ! 親の顔が見てみたいものね!」
「あはっ! 親なんてどうでもいいさ! 私の親は織莉子で、神様も織莉子で、世界の全ては織莉子なんだからね!」
「会話が通じないわ!」
事態は混迷を極めていた。
紅茶一缶を巡る争いは、いつしか魔法少女同士のプライドを懸けた抗争へと発展しようとしていたのだ。
「……面白いじゃねえか」
それまで静観していた杏子が、ニヤリと笑って前に出た。
「隣町の魔法少女か。挨拶代わりといっちゃなんだが……力ずくで奪い合うのも、悪くねえな」
「杏子ちゃん!?」
「いいわね。受けて立つわ」
織莉子もまた、冷ややかな笑みを浮かべた。
「予知通り……いえ、予知以上に騒がしい午後になりそうですわ」
「織莉子がやるなら、私が全部片付けるよ! さあ、どいつから挽肉にしてやろうか!」
キリカが両手の爪(魔法で具現化済み)をカチカチと鳴らす。
「ちょ、ちょっと待って! お店の中で戦わないで!」
まどかの悲痛な叫びが響く。
そう。ここはデパートの食品売り場。
一般人もたくさんいる。
こんなところで魔法少女大戦なんて始めたら、出禁どころか警察沙汰だ。
「……場所を変えましょう」
ほむらが、冷静に提案した。
「屋上へ行きなさい。そこで、紅茶の所有権を懸けた『デュエル』で決着をつけるのよ」
「デュエル?」
「ええ。……ただし、暴力禁止の平和的なルールでね」
ほむらの目が、怪しく光った。
彼女の提案する「平和的なデュエル」。
それが、まともなものであるはずがなかった。
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風見野市、デパート『カザミノ・ヒルズ』の屋上庭園。
普段は買い物客が休憩するのどかな場所が、今は張り詰めた緊張感に包まれていた。
中央に設置された白いガーデンテーブルを挟んで、二人の少女が対峙している。
一人は、見滝原の紅茶マイスター、巴マミ。
もう一人は、風見野の白き予言者、美国織莉子。
その周りを、あたしたちギャラリーが固唾を飲んで見守っている。
審判役の暁美ほむらが、盾の中から取り出した高級ティーセットをテーブルに並べ、厳かに宣言した。
「これより、紅茶の所有権を懸けたデュエルを開始する。ルールは単純明快……『利き紅茶(ティー・テイスティング)』よ」
「…………はい?」
あたし、美樹さやかは、思わず素っ頓狂な声を上げた。
隣で槍を構えていた杏子も、ガクッと膝を折っている。
「おいおいほむら、マジかよ? 殺し合いじゃねえのか?」
「デパートの屋上で殺し合いをするわけないでしょう。これは紳士淑女の嗜み、味覚と知識の代理戦争よ」
ほむらは至って真面目だ。むしろ、いつもの重火器を取り出す時より真剣な顔をしている。
あたしは拍子抜けして肩の力を抜いた。
「なーんだ。ほむらにしちゃあ、随分と平和でまともな提案じゃない。爆弾キャッチボールとか言い出すかと思った」
「ふん、なめるなよ青いの」
黒い狂信者こと呉キリカが、腕組みをして鼻で笑った。
「織莉子の舌は神の舌だ。未来を見通すその知覚は、茶葉の一枚一枚の産地すら識別する。貴様らのドリル先輩に勝ち目などない!」
「誰がドリルよ! マミさんの紅茶への愛は、そんな予知能力なんかで測れるほど浅くないわ!」
あたしも負けじと言い返す。
こうして、平和なはずの利き紅茶対決は、なぜか世紀の決戦のような重苦しい雰囲気で幕を開けた。
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「第一回戦。テーマは『ダージリン』」
ほむらが二人の前に、湯気の立つティーカップを置く。
カップの中身は、全く同じ琥珀色の液体。しかし、使われている茶葉の収穫時期(フラッシュ)が異なるらしい。
「さあ、一口飲んで、その茶葉の特徴と収穫時期(ファーストフラッシュかセカンドフラッシュか)を当てなさい」
マミさんと織莉子は、同時にカップに手を伸ばした。
マミさんは、まずは色を目で楽しみ、次に香りを鼻腔で捉え、そして優雅に口へと運ぶ。その所作は、まさにお茶会の手本。
対する織莉子は、カップを持つ指先一つにも無駄がなく、まるで儀式のように静かに紅茶を啜る。
静寂。
そして、二人は同時に口を開いた。
「「ダージリン、セカンドフラッシュ(夏摘み)。それも、マスカテルフレーバーが特徴的な『キャッスルトン茶園』のものね」」
「……正解よ」
ほむらが頷く。
「おおーっ!」
まどかがパチパチと拍手する。
「すごい! 銘柄まで当てちゃった!」
マミさんが不敵に微笑む。
「ふふ、これくらいは初歩の初歩よ。マスカットのような芳醇な香り……間違えようがないわ」
織莉子も涼しい顔で返す。
「ええ。口に含む3秒前に、私が『正解』と言っている未来が見えましたもの。飲むまでもありませんでしたわ」
「それズルじゃない!?」
あたしが突っ込むが、織莉子は「結果が全てですわ」と澄ましている。
「織莉子すごい! すごいよ! 織莉子が口をつけたそのカップ、私が永久保存して毎日拝むことにするよ!」
キリカが興奮してテーブルに身を乗り出す。
「お黙りなさいキリカ。汚いわよ」
「ああんっ! その冷たい視線、ご褒美だよ織莉子ぉ!」
ボケとツッコミ(と変態行為)を挟みつつ、勝負は第二回戦へ。
「次は難易度を上げるわ。テーマは『ブレンドティー』」
ほむらが出したのは、複雑な香りのする紅茶だ。
二人は再び、優雅に、しかし眼光鋭く試飲する。
「……これは」
マミさんの眉がピクリと動く。
「アッサムをベースに、セイロンのディンブラを3対1で配合。さらに隠し味として、乾燥させたベルガモットの皮を微量……いいえ、これはオイルね。着香しているわ」
「その通りですわね」
織莉子が被せるように言う。
「しかし、詰めが甘いですわ、巴マミ。このアッサムは、CTC製法(粒状)ではなく、オーソドックス製法(リーフ)のもの。コクよりも香りを重視した、午後のためのブレンド……違いますか?」
二人の視線がバチバチと火花を散らす。
「……二人とも、正解」
ほむらが淡々と告げる。
「うそっ!? そこまで分かるの!?」
あたしは驚愕した。ただのお茶飲み勝負だと思っていたが、こいつら、レベルが高すぎる。
もはや味覚の戦いではない。情報処理能力と、紅茶への執念のぶつかり合いだ。
「へえ、やるじゃんマミ」
杏子が欠伸を噛み殺しながら言う。
「ま、あたしにはどっちもただの甘い汁にしか思えねえけどな」
「杏子ちゃん、それ言っちゃダメだよ……」
勝負は、第三回戦、第四回戦と続いた。
『ウバのクオリティーシーズン』
『キームンの等級判別』
『ルフナの産地偽装見抜き』
出題される難問奇問を、二人はことごとく正解し、一歩も譲らない。
マミさんの額にはうっすらと汗が滲み、縦ロールが微かに震えている。
織莉子もまた、余裕の表情を崩してはいないが、紅茶を持つ指に僅かに力が入っていた。
「はぁ……はぁ……。やるわね、美国さん。伊達に予知能力を持っているわけではないようね」
「貴女こそ……。ただのドリル頭かと思っていましたけれど、その舌だけは評価に値しますわ」
「だからドリルじゃないわよ!」
互いに認め合いながらも、敵意は増すばかり。
テーブルの上には、飲み干されたティーカップが山のように積まれている。
お腹タプタプじゃないのか、あの人たち。
「決着がつかないわね……」
ほむらが時計を見る。
もう開始から一時間が経過していた。デパートの閉店時間も迫っている。
「おいおい、いい加減飽きてきたぞ」
杏子が地べたに座り込み、キリカに向かって言った。
「なぁ、黒いの。お前なんか食いもん持ってねえのか?」
「誰が黒いのだ。私はキリカだ。……フン、織莉子のためのおやつならあるが、貴様にやる義理はない」
「ケチくせえこと言うなよ。減るもんじゃなし」
「減るだろうが!」
外野がダレ始めた頃、ほむらがスッと手を挙げた。
「……仕方ないわね。次を最終問題とするわ」
「最終問題……!」
マミさんと織莉子の背筋が伸びる。
ほむらは、盾の中から、ひときわ古めかしい、装飾の施された小さな小瓶を取り出した。
その蓋を開けた瞬間、屋上庭園に、なんとも言えない、深く、妖艶で、そしてどこか危険な香りが漂った。
「これは……?」
マミさんが息を飲む。
「私のとっておきよ。ただし、これはただ当てるだけではないわ」
ほむらは、二つのカップにその液体を注ぎ、不敵な笑みを浮かべた。
「この紅茶には、ある『魔法』がかけられている。飲めば分かると思うけれど……正解するためには、あなたたちの『愛』と『プライド』、その全てを懸ける必要があるわ」
「魔法……?」
織莉子が怪訝な顔をする。
「さあ、飲みなさい。そして、この紅茶の『真実』を暴いてみなさい」
審判・暁美ほむらからの、ラストオーダー。
マミさんと織莉子は、互いに目を見合わせ、そして覚悟を決めたようにカップを手に取った。
「望むところよ!」
「受けて立ちますわ!」
二人が同時に、その妖しい紅茶を口に含む。
その瞬間。
カッ!!!!
二人の目が見開かれ、全身から黄金と白銀のオーラが噴き出した。
「こ、これはぁぁぁぁぁっ!?」
「な、なんですの、この味はぁぁぁぁっ!?」
ただのテイスティング対決は、ここに来て、謎の超次元バトルへと突入しようとしていた。
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「こ、これはぁぁぁぁぁっ!?」
「な、なんですの、この味はぁぁぁぁっ!?」
屋上庭園に、二人の乙女の絶叫がこだました。
巴マミと美国織莉子。
風見野市と見滝原市を代表する二大エレガント・魔法少女の全身から、黄金と白銀のオーラが立ち昇っている。
あたしは思わず後ずさった。
「な、なに!? 何が起きてるの!? 毒でも入ってた!?」
「見て、さやかちゃん! マミさんの背後に……!」
まどかが指さす先。
マミさんのオーラの中に、幻影が浮かび上がっていた。
そこは、見渡す限りの花畑。
優雅なテーブルセットを囲み、たくさんの仲間たちと笑い合うマミさんの姿があった。
しかし、その風景は一瞬で暗転し、たった一人で荒野に立つ、孤独なマミさんの姿へと変わる。そしてまた、仲間たちが戻ってくる。
喜びと悲しみ、孤独と連帯。その全てが入り混じった、壮大な人生ドラマが展開されていた。
「……感じるわ。この紅茶には、人生の全てが詰まっている……!」
マミさんが、恍惚とした表情で語り始めた。
「トップノートに感じるのは、突き抜けるような爽快感……これは『希望』! しかし、ミドルノートで訪れるのは、舌を刺すような渋み……逃れられない『運命』の味! そしてラストノートに残るのは、包み込むような甘み……そう、それは『友情』!」
マミさんはカップを掲げ、高らかに宣言した。
「この紅茶の正体……それは、**『伝説の茶葉・エターナル・フレンドシップ』**ね!」
「……ポカーン」
あたしたち外野は、口を開けたまま固まった。
何言ってるんだこの人。
対する織莉子も負けてはいなかった。
彼女の白銀のオーラの中には、崩壊する世界と、それをたった一人で支える彼女自身の姿が映し出されていた。
「いいえ、違いますわ! 巴マミ、貴女の舌は節穴ですの!?」
織莉子がカップをテーブルに叩きつける(優雅に)。
「この混沌とした味わい……。最初に感じるのは、脳髄を痺れさせるような『苦悩』! 喉を通る瞬間に訪れるのは、焼き尽くすような『破壊』の熱! そして胃の腑に落ちて初めて広がる、静寂なる『再生』の余韻!」
織莉子は胸に手を当て、陶酔したように目を閉じた。
「間違いありませんわ。これは……世界を浄化するための聖なる劇薬、**『アポカリプス・ブレンド』**ですわ!」
「……ポカーン(二回目)」
二人の主張は真っ向から対立した。
『友情』か、『破壊と再生』か。
「織莉子がそう言うなら、それはアポカリプスなんだよ! 黙って認めろドリル!」
キリカが狂信的に叫ぶ。
「いいえ! マミさんの舌は絶対だよ! マミさんが友情って言ったら友情なの!」
まどかも、珍しくムキになって反論する。
場は騒然となった。
互いに譲らない二人の令嬢。
その視線が、審判であるほむらに向けられた。
「さあ、答えを言いなさい、暁美ほむら! どちらの解釈が正解なのか!」
「ええ、はっきりさせてくださる? 私の予知が間違っているはずがありませんわ!」
全員の注目が集まる中。
ほむらは、ゆっくりと眼鏡の位置を直し、冷徹な瞳で二人を見据えた。
そして、静かに口を開いた。
「……残念ながら。二人とも、不正解よ」
「「なっ……!?」」
二人が絶句する。
ほむらは、ため息交じりに、手元の小瓶を振ってみせた。
「あなたたちは、深読みしすぎなのよ。自分たちの都合の良いように、味を『解釈』しすぎたのね」
「ど、どういうこと……?」
「この紅茶の正体は……」
ほむらは、無慈悲な真実を告げた。
「昨日の夜、**杏子が飲み残した炭酸の抜けたコーラ**と、**私が眠気覚ましに飲んでいたブラックコーヒー**、そして**マミさんが失敗して焦がしたクッキーの粉末**を、**水道水で割ったもの**よ」
「「「「…………は?」」」」
屋上庭園に、完全なる静寂が訪れた。
風の音だけが、ヒュオオオと虚しく響く。
マミさんの顔色が、サーッと青ざめていく。
「コ……コーラと……コーヒーと……焦げたクッキー……?」
織莉子の鉄壁の笑顔が、ピキピキとひび割れていく。
「す、水道水……ですって……?」
あたしは、自分の耳を疑った。
つまり、あの二人が「希望」だの「破壊」だのと高尚な食レポを繰り広げていた液体の正体は、ただの**『生ゴミ一歩手前の闇鍋ドリンク』**だったということだ。
「……ぶっ!」
最初に吹き出したのは、杏子だった。
「ギャハハハハハハッ! マジかよ! お前ら、あたしの飲み残しのコーラで『人生』とか語ってたのかよ! 傑作すぎるぜ!」
杏子は腹を抱えて転げ回っている。
あたしも、もう我慢できなかった。
「ぷっ、あははははっ! マミさん、『エターナル・フレンドシップ』って! 焦げたクッキーの味だよそれ!」
「うふふ、織莉子ちゃんも、『アポカリプス』って……ふふふっ」
まどかまで笑っている。
「ち、違……私は……その……!」
マミさんは顔を真っ赤にして、穴があったら入りたいという様子でモジモジしている。
織莉子に至っては、プライドが粉々に砕け散ったのか、白目を剥いてフラフラと後ずさった。
「わ、私が……水道水を……『聖なる劇薬』と……? お、おぇぇぇっ……!」
キリカが慌てて支える。
「お、織莉子! しっかりしろ! 織莉子が言うなら、水道水だって聖水なんだよ! 吐かないで!」
勝負は、意外な形で決着がついた。
あまりの恥ずかしさに、マミさんと織莉子、両名が戦闘不能(精神的KO)となったのだ。
よって、この勝負、引き分け。
「……くだらない」
ほむらは、呆れたように肩をすくめた。
「紅茶の味なんて、飲む人の心一つでどうとでも変わる。ブランドや能書きに囚われているうちは、本当の味なんて分からない……ということね」
珍しく良いことを言った風なほむらだが、作ったのはあの劇物だ。
あたしは涙を拭いながら、ツッコミを入れた。
「いや、それ以前に、人の飲み残しを混ぜるなよ!」
こうして、優雅なる(?)紅茶対決は、両者の黒歴史をまた一つ増やして幕を閉じた。
しかし、問題の「最後のひと缶」の行方は、まだ宙に浮いたままである。
再起不能になった二人を尻目に、あたしはふと、テーブルの上に置かれたその缶を見つめた。
「……で、これ、どうする?」
その時、グゥ〜……と、可愛らしいとは程遠い、野太い腹の虫の音が響いた。
音の主は、杏子……ではなく。
まさかの、呉キリカだった。
「……腹減った」
キリカがボソリと呟く。
そういえば、彼女たちは風見野から買い物に来て、まだ何も食べていないはずだ。
「……仕方ねえな」
杏子が立ち上がり、ポケットから何かを取り出した。
それは、見滝原の廃墟で見つけた、お徳用のファミリーパックのビスケットだった。
「ほらよ。分け前だ」
杏子はビスケットの袋をバリッと開けると、その半分を無造作にキリカに放り投げた。
そして、残りの半分をマミさんと織莉子の前に置く。
「紅茶なんざ、後でいいだろ。まずは腹になんか入れな。……高い茶葉だろうが水道水だろうが、腹が減ってちゃ、どっちも不味いに決まってんだよ」
杏子の言葉に、あたしたちはハッとした。
そうだ。
あたしたちに必要なのは、高尚な趣味の争いじゃない。
まずは生きること。食べて、笑って、明日を迎えることだ。
マミさんと織莉子は、顔を見合わせ、そして小さく苦笑した。
二人は、無言でビスケットに手を伸ばした。
「……いただきますわ」
「……いただきます」
高級デパートの屋上で、魔法少女たちが車座になって、安いビスケットを齧る。
それは、どんな高級なティータイムよりも、今のあたしたちには美味しく感じられた。
「……ん、悪くないな」
キリカが、ボソボソと言いながらビスケットを頬張る。
「でしょう? あたしの目利きに間違いはねえんだよ」
杏子がニカっと笑う。
いつの間にか、紅茶の缶はテーブルの真ん中に置かれていた。
それはもう、誰のものでもない。
次にまた会った時、みんなで飲むための「約束」として、そこに在るようだった。
とりあえずここで一旦打ち止め。