(―――なんだ、これ。体が)
目の前で展開されていく殺し合いを、ただ呆然と眺める。
あのとき、槍の男に殺される寸前。俺は突如、足元から発生した閃光に包まれた。
その瞬間からだ。全身の自由の一切が利かなくなったのは。
代わりにあるのは、自分以外の誰かが勝手に身体を動かしている不気味な感覚。
そして光が晴れるのと同時。全身に雷が落ちたような痛みが走り、次の瞬間には投影魔術を完了していた。
両の手にはカタチを得た中華風の双剣。驚いたことにしっかりと中身を伴っている。
それを行ったこの身の魔術回路は計二十七本。俺の中に、これほどのものが眠っていたなんて。
(……ああ、本当に――――)
―――いい加減にしてほしい。
校庭でのチャンバラから始まり、壮絶な鬼ごっこの末に殺されるわ、心臓を破壊されたのに生き還るわ、ようやく一息つけたと思えば居間の天井からタイツ男が降ってくるわ、もうそろそろ本当に意味が分からない。
だが肉体の支配権を失っている状態では、それを誰かに問うことさえ叶わなかった。
確かなのは、今"俺"の中に"俺以外"のナニカが入り込んでいるということ。
そいつは衛宮士郎の身体能力では有り得ないほどの凄まじい速度で双剣を振るい、あれほど圧倒的な威圧感を放っていた槍の男と拮抗している。
合間に会話を挟んでいるようだが、声帯から発される声が普段の自分より随分と低い。
その中で辛うじて把握できたのは、真偽は兎も角として相手がケルト神話の英雄クー=フーリンであること。
この馬鹿げた戦いと同じものがあと五回も行われるらしい事。
俺が、その戦いに巻き込まれたこと。
(う、ぐ―――……)
どうにか身体を動かそうとするが、どう足掻いても無駄だった。
命令の一切は肉体に伝わらず、ただ一方的に受信するだけ。
"誰か"によって見開かれた瞳は、混乱した此方の頭などお構いなしだとばかりに、繰り広げられる戦いの全てを現実として叩き込んでくる。
『―――』
(――――な)
俺を乗っ取った男は、どうやら本気の一撃を放つつもりらしい。
稼働する魔術回路。
意に反して動く右腕が、投影されたドリルの様な剣を弓に番える。
そして口にした、一節の詠唱。
『―――――――――I am the bone of my sword.』
何故だろうか。
理解不能な事ばかり起きたこの夜の中で、その呪文だけは、
―――綺麗に、ストンと胸に落ちた。
「―――貴様、一体どこの英雄だ」
「その問いに正直に答えるサーヴァントが一体どれほどいるのだろうな」
「―――だが生憎、私はそれほど高名な英霊ではないのでな。例え名乗ったところで分かるまい。所詮私は君の様な大英雄とは比べ物にならん、只の掃除屋だからな」
「戯言を……無名の弓兵があれほどの宝具を持つものか!」
至近距離で炸裂した螺旋剣から、果たしてどのように逃げおおせたのか。
全身土埃に塗れているものの、未だ無傷の槍兵は先程までの笑みを消して怒鳴った。
「答えろ。何故貴様が
フェルグスの野郎や俺の生きた時代に、貴様のような英雄は存在しなかった筈だ」
「ああ、その通りだ。私はケルトの英雄などではない」
「加えて、今放ったのは君の知っている
対して此方は生前見たモノを基に
「な………アレが紛い物だと?冗談じゃねえ、内包した神秘は明らかに
聞き流せないアーチャーの発言に、一瞬ランサーの殺気が膨れ上がる。……だが、
「―――チ。だがまあ、それでも男に二言はねえ。テメエが手の内を明かした以上、俺も約束は守らねえとな」
悪態をつきながら、ケルト神話の英雄クーフーリンは槍に付着した土を振り払った。
その貌には既に理性的な彩が戻り、あれほど放っていた濃密な殺意が嘘のように消え去っている。
どうやら此方の目論見は上手くいったようだ。
―――勿論、相手が納得などしていないのは言うまでもないが。
「それにさっきからうちの臆病なマスターが『さっさと帰れ』と煩いんでな。今夜はここらで幕を引くとするか」
「それは有難い。成程、終生
「―――アーチャー、テメエとの決着は必ず付ける。それまで精々他の奴に殺されるなよ」
「無論だ。ランサー」
再戦の誓約。
その答えを背中で聞くと、青い槍兵は霊体化し夜の闇に融けていった。
「―――――――、さて」