「―――――――、さて」
一先ず戻った土蔵にて、赤い弓兵は思案を巡らせる。
ランサーの襲撃と自身の召喚で中は酷い有様だった。
月明かりが差し込むだけの薄闇を鷹の眼で隅々まで探索するが、
(やはりマスターの気配はない、か)
訳が分からない。現界を果たした時点で、土蔵にはアーチャーとランサーの他に気配はなかった。
ならばこの身は誰に喚び出されたというのか。
(そして、この場所は―――…)
更にもう一つ。
最初から、それこそ召喚に応じこの場所に降り立ったその時から、無銘のアーチャーは決して無視できない疑問を抱いていた。
「―――――――私はこの場所を知っている……?」
そう、口に出した瞬間。
「…ッ、が―――!!??」
襲ったのは吐きそうなほど強烈な既視感。
視界どころか脳髄がぐるりと一回転したのではないかと錯覚するほどのあんまりな衝動に、思わず片膝をついて荒く息を吐く。
散乱した工具。
使い古された埃まみれのブルーシート。
血の染みた床。
強引に開け放たれた扉。
薄く残された魔方陣。
その全てにどうしようもなく見憶えがある。
おかしい。
こんな場所を知っているのはおかしいと、ノイズに塗れた意識が否定する。
「――――、……これは」
召喚の余波で吹き飛んだのか。裏返しになったブルーシートの下に、それを見つけた。
視認しただけで判る。それは投影品。
山と積まれたその殆どはラジオやストーブなどの機械類だ。
だが全て外見ばかりで中身が無い。
当然だ。私の起源と属性は剣。己の領分から越えたモノを再現できるはずもない。
武具の類ならば鍛錬と消費魔力次第で真に迫れないこともないが、機械などの現代機器はやはり不可能だ。
中身が空っぽでは、いくら消えないとしても無意味であり、長い間それに気付かずこんなことを続けていたオレは本当に―――
「……待て、私は何を言っている?」
それでは、まるで―――
私こそがこの土蔵の住人だと言っているようではないか。
「………」
いつの間にか、引き寄せられるように魔方陣の前に立っていた。
これは私が喚ばれた陣。召喚を終えた以上は不要な物であり、それ以上でもそれ以下でもない。その筈だ。
だというのに、私は何故ここで何かを待っているのか。
(一旦、状況を正しく整理する必要があるな。……そう、ここに我がマスターがいたのならば)
この身が召喚に応じた時、土蔵には戦闘体勢のランサーがいた。
つまりは誰かがランサーと戦い、或いは逃げ、この土蔵に逃げ込んだということ。
そしてそれは間違いなく己がマスターだ。
マスターはランサーに襲われ窮地に陥り、陣の用意されていたこの土蔵で急遽サーヴァント召喚の儀を行ったのだ。
酷くちぐはぐな召喚ではあったが、それならば合点がいく。
「しかし一体どんな未熟者だ。サーヴァントも召喚しないまま、敵に姿を見られるような失態を侵すなど……」
だがそこまで言って、自分も似たような経験をしていたことを思い出し頭を痛める。
そうだ。聖杯戦争など知らなかった嘗ての己も、その未熟者と全く同じ失敗をしていたではないか―――
「……………、待て」
―――今。自分は一体何を思い出した?
何か決して見たくないモノを垣間見たような気がして、一瞬脳裏に浮かんだイメージを咄嗟に掻き消してしまった。
「……今の、は―――――」
鼓動が早まる。
一瞬の内に自分が何を見たのかは分からない。それともただ分かりたくないだけなのか。
ここに自分にとって重要な事柄が眠っているだろうことはとっくに理解できていた。
だがそれは私が目を背けたいもの。嫌悪しているもの。消し去りたいと願ったもの。
何故今更こんなものを見なければならないのかと悪態をつく。
……けれど。
それ以上に。その先に。―――私は何かを
気は進まない。
「だが―――…これしかないようだな」
しかし現状の己はマスター行方不明、行動目標未定、正体不明、聖杯に懸ける願いさえ不明瞭のはぐれサーヴァント。
現状を打破できる可能性があるとすればそれに縋るしかない。
「ああ、解ったよ」
認めよう。ここまで来たならば認めよう。
私は確かに、過去の自分の愚行を、そして更なる何かを急速に思い出しつつある。
おそらくは―――他の何処だろうと不可能な、此処でしか思い出せない事を。
魔方陣に向き合う。
そう、ここが全ての始まりだったのだ。ならば思い出せる。――あの夜を。
そうとも。
忘れるはずがない。そんなことはあってはならないと、頭の中で誰かが囁く。
「ああ、そうか―――…」
遠い日の追想。
閉じた瞼に、急速に甦る走馬灯。
『―――問おう』
だって、此処は彼女と出会った場所。お前が、オレが、心に灼き付けた黄金色の光。
例え記憶が擦り切れようとも、どんな地獄の底に堕とされようとも、彼女の存在だけは今も鮮やかに残っている。
『貴方が、私のマスターか』
「そうだった。私は………オレは」
尊いと信じた
それは理想の果てに苦悩しても、挫折しても、摩耗しても、変わらず燦然と心に在り続けた光。
そして再び降り立った戦場で、
『俺は後悔だけはしない。間違った理想は俺自身の手で叩き潰す』
エミヤシロウは嘗ての自分に敗北した。
『おまえには負けない。誰かに負けるのはいい。けど、自分には負けられない』
―――正義の味方になる。
その理想を失ってはいけなかったのだと、衛宮士郎を張り続けた半人前の未熟者に教えられた。
『―――決して、間違いなんかじゃないんだから……!』
そんな叫びとともに、深くこの胸に突き刺さった答え。
ああ、俺は―――――
何も間違えてなど、いなかったのだと。
時の果てで得たその思いだけを胸に、私は朝焼けの中で少女に別れを告げた。
『―――大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから』
………そうしてオレは、