絶対勝利の脚(一回限り)を貰ったモブ子ちゃんの苦悩 作:散髪どっこいしょ野郎
「いいえですよクソ野郎」
今日も今日とてトレーニング。私に与えられた選択肢は相変わらず世界を停止させています。
「いっくぞー!」
「……ハッ──!」
今日の練習相手はトウカイテイオー。ザ、天才タイプだ。
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「ハァ……ゼェ……テイ、オー。ちょっとは手加減しろって」
「え?キミの性格的に手を抜かれる方がイヤじゃない?」
「……まあそうだけど」
私がトウカイテイオー含む上位勢に勝てたことは一度もない。
この学園に来るまでは『才能』なんてものは非凡を蔑む怠惰な連中が作り出したまやかしだと思っていた。しかし今ならハッキリ言える。才能の壁は高い。いくら努力を重ねても勝てない相手はいる。
……ああ、まただ。醜くレースにしがみついているくせして諦めている。まだ本番で戦ったことはないのに。
レースに絶対は無い。……ルドルフがそう言っていた。事実それは間違いではないのだろう。
それでも今こうして負けているのが現実。スピードも、パワーも、知略も、何もかもで劣っている。それが私だ。
ちくしょう、と口の中で毒づく。私も、あんたらみたいになれたら。
────力を使えば勝てるぞ?
「うるさい……っ!」
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「今日はありがとね、ソコラ。模擬レースしてくれて」
「礼を言うのはこっちもだよ。そろそろ本番の舞台でかち合うことになるだろうし、いい経験になった」
「え?キミも若駒ステークス出るの?」
「ん……まあ、そうだよ」
形だけは上を目指しながら下ばかり見つめている。そんな自分が嫌いだった。
「は~お腹空いた~!ねえねえ、ソコラは今日何食べるの?特別に奢ってしんぜよー!」
「いいの?……じゃ、カキフライ定食にしよっかな」
それからはやけに上機嫌なトウカイテイオーと昼食を摂った。……やっぱり、私には併せウマの素質でもあるのか?
都合良く負ける素質。ちくしょうが。
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「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」
「そこまで!」
「はぁ……はぁ……タイムは?」
「……前回と変わっていないね。でも、遅くなってはいないよ」
「……そうなんだ」
どれだけ追い込んでも成長の兆しが見えない。レースが近いのに、私は這いつくばっているだけ……!
「トレーナー」
「!……なにかな」
「先に上がってて。君も仕事があるだろうし──私は
「……まだ、その時ではないか」
「何の話?」
「なんでもないよ」
微笑みを崩さず場を後にするトレーナー。何か変なことでも言っちゃったかな。
いや、余計なことは考えるな。私は勝つ。
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「いやー悪いね、シャカールちゃん。勉強手伝ってもらっちゃって」
「構わねェ。アンタにはいつもデータ収集させてもらってるしな。……″ちゃん″付けやめてくれたらもっといいンだが……」
「ごめんごめん。つい癖で」
私は成績がそこまでよくない。ので、色んな子から勉強を教えてもらっている。対価は併走。ウィンウィンの関係というやつだ。
前回のテストはシリウス、前々回のテストはアルダン等々、勉強と併走の二つを武器に私はコミュニケーションの輪を広げている。エアシャカールは年下だが既に学園の課程をほぼ掌握していたため、こうして助力を願った。
「……よし、大体分かった。ありがとうシャカールちゃん。それじゃ、今から走る?」
「放課後丸々貰う。それまでに脚溜めとけ」
「フ、お手柔らかにお願いするよ」
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「ストレッチは済ませたけど、今日は何するの?」
「アンタの負荷限界量を量る。200mの最終直線と仮定してオレ相手にどこまでやれるか確かめる。まずは50%のオレで行くが……アンタは本気でやれよ」
「?いいけど……それ私のためにしかならなくない?」
「回り回ってオレにメリットが来るンだよ。始めるぞ」
放課後、エアシャカールからの依頼をこなすためアップは済ませたが……何故急に私のためになるようなことをしてくれたのだろう。
ちなみにトレーナーはラチ外で観戦している。思うけどあの人いっつも薄く微笑んでいるな。ちょっと不気味だ。
それからは徐々に本気を出していくエアシャカールとかりそめの最終直線を走り抜いた。中々疲れたが……糧にはなったと信じたい。
「──解せねェな。ソコラヘンノモブはオレ以外の有力者とも連日走っている。何故オープンから先に進めねェンだ?……まァ、それはオレが考えることじゃねェか」
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「……空、綺麗だなぁ」
天候は良好、晴れの良バ場。いくつもの一瞬が交わるレース場にて、私は立っていた。
若駒ステークス。今日のために照準を合わせてきた。上を目指すには格上にも一矢報いるぐらいのことはできなくちゃならない。
最有力候補は、トウカイテイオー。次いで──
「やっほーソコラ。今日は負けないよ~?」
「……食らいついてやる」
トウカイテイオー。私より覚えておくべき選手は、あんたのすぐ後ろにいるんだぞ?
身震いがする。GⅠ級のウマ娘が放つ圧は私を萎縮させる。いやまあ若駒ステークスは皐月賞を獲りに行く者が出てくるから、おのずと上位勢と戦うことにはなる。分かっている。にしたってこの代は層が厚すぎると思う。
「スゥ……」
深呼吸。諦めるか足掻くか、今決めろ。
「……よし」
走る。走ってみせる。私は、ウマ娘なんだから。
▫▫▫▫▫
『各ウマ娘、ゲート入り完了しました』
……不思議だ、ここは。
スターティングゲートの中は窮屈で、何故か安心する。
もう一度だけ深呼吸。震える足と手に活を入れる。
──時間だ。
「……っ、いいえ」
数瞬迷った。迷ってしまった。
そんな私の逡巡も露知らず、ゲートが開く。
『スタートしました!』
「フッ──!」
よし、出遅れはなし。一番の強敵となるであろうトウカイテイオーは後方にいる。とはいえ、前の逃げウマ娘にペースを乱されたらそれでお終い。
出だしはまあまあ、枠番は内側、とりあえず三番手についた。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
呼吸……問題ない。足も動く。
ここ、京都芝2000mは第一コーナーまでの距離が短い……と、月刊トゥインクルに書いてあった。
コーナーまで短く先行争いが激しくなる、ともなればさしものトウカイテイオーといえど隙はできる筈だ。
「シイッ!」
第一コーナーを曲がる。まだ体力は十分残っている。……当たり前か。周りもそうだろう。
私はストライド走法。コーナーを曲がる心得は悔しいがあまり備わっていない。
落ち着け……。まずは重心を傾ける。足を捻らないようにピッチを上げ、最短距離をぶち抜く。さんざ思い知らされてきたんだ。参考にする
「っ、と」
後方のウマ娘が顔を出す。消耗させるつもりか?狙いは分かる。なら少し休んででも、ペースを維持する。
「スゥ……」
脳に酸素がなだれ込む。第二コーナーを曲がり終わり、私は四着に位置している。
バックストレッチに入り後ろからのプレッシャーがやや和らぐ。……前、取らせてもらうか。
「……」
「……!」
坂を迎えるより早く三着の座を奪い取る。坂で消耗する分失策だったか?いや、どのみち追い抜く背中だ。このまま──ッ!?
「か、は」
何故だ?息が切れて、いる。もう坂まで間もないのに。
──近い。
一番手の選手が近い。いつの間にか二着に追い上げていたのか?
落ち着け……欠乏した酸素は取り込むことで解決しろ。息、息、息……。
「ッ!」
また抜かれた!いや、ここは一旦控えて──
「な……ッ」
プレッシャー、が、強まっている。いつの間に差を縮められていたのか。
坂を登る。
「ハッ、ハッ、ハァッ、ハァッ」
息が徐々に苦しくなっていく。まだ半分なのに。
私はレース運びが下手だ。だが、それが諦める理由にはならない。
……よし。状況把握。私は今危うい。だが完全に余力が無くなったわけじゃない。
坂を下りながら位置を少しずつ上げて──上げて──上がら、ない。
「────」
第三コーナーに入る。入って、私は追い上げて──
「ッく、ハァッ、ハァッ……!」
なんね、なんが、なんに、なんじ、なんふ、何秒経った?
頭が、ぼーっとして、何も考えられない。
何メートル残っている?ああっ、ハロン棒見逃した……!
スパートをかけるか?いや、距離が分からないのに余力を使うのは自殺行為!
行くか?ここで?奴の位置は?あ──
「──お先」
「くっ、待て……!……あ」
走り去っていくトウカイテイオー。ダメだ、まだ、私は……!
周囲が一斉にスパートをかける。私も加速し始めるがその差は致命的で、
バ群に飲まれる。もう前がどんどん狭まって、
……分かってる。分かってたさ。このレースは長い脚よりも一瞬の脚を求められる。私の平凡な力じゃ間に合わない。
でも、期待ぐらいはしちゃうじゃん。私はウマ娘なんだから。
▫▫▫▫▫
「ガハッ、あ、ハァッ、はぁ……ハァッ……!」
息と一緒に内臓を吐き出してしまいそうだ。2000mでここまで消耗するとは思ってなかった。
結果、七着。
視線の先にはトウカイテイオー──を見る一人のウマ娘。私が今日二番目に注目していた相手。
「お馴染み三着!なんちゃって」
何がブロンズコレクターだよ。こちとら入着すらままならないんだぞナイスネイチャ。
羨ましい妬ましい憎らしい──
嫉妬の炎が胸を焦がす。
「スゥ……」
深呼吸。まず、自分を再確認する。
まず、私は作戦を実行するのが下手だった。走った瞬間脳内は茹だり、思考が疎らになってしまう。
加えて、私には強力な末脚といった感じの武器がない。
地元では破れかぶれの走りでも通用した。でもここは中央だ。
作り替えるしかない。脚と、頭を。
▫▫▫▫▫
「トレーナー、私に走りを教えてほしい」
控え室に戻りそう伝えると、トレーナーは一瞬だけ目を見開きいつもの微笑を浮かべた。
「……やっと、聞いてくれたね」
「え?」
「確かに君の走りは、未熟で、荒削りで、欠陥だらけだ。正直いつ教示しようかずっと悩んでた」
「な、なんで教えてくれなかったの?」
「まずソコラ自身が気づく必要があったんだよ。今までの君は全部独りで片付けようとしていた。今まで通りの君なら、僕の指示も中途半端にしか聞き入れなかっただろうね」
「うぐ……」
図星だった。私は自分のことばかり考えていながら、それに盲目になっていた。
「一心同体。ウマ娘とトレーナーに於ける最重要項目だ。まずはそこから始めよう」
クラシック級にして、私たちのトゥインクル・シリーズがようやく始まろうとしていた。