絶対勝利の脚(一回限り)を貰ったモブ子ちゃんの苦悩   作:散髪どっこいしょ野郎

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ああ神様、強くなりたいです

「まず若駒ステークスの敗因を言語化できる?」

 

「トウカイテイオーばかり意識しすぎていた。途中の先行争いで消耗しすぎた。スパートをかけるタイミングを見誤った。……これぐらい?」

 

「いいね。じゃ、もっと深掘りしてみようか」

 

 

 レースを言葉に落とし込む。誰もがやっていることだけど、今までの私は悔しさに襲われるのを恐れて自分のレースを省みてこなかった。

 

 だけど……これ、勉強になる。今まで負けたら嫉妬の刺に巻かれるばかりだったけど、自分の敗因を見つめ直すのが成長に繋がるなんて、思いもしなかった。

 

 

「よし、大体理解できたようだから走ろうか。今日は門限まで付き合うよ」

 

「……お願いします、トレーナー」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「君に武器を与えよう。君の末脚は正直言って普通だ。だが、それにもちゃんと強みがある」

 

「ずけずけ言うなあ……」

 

 

 まあ事実なんだけどさ。そんなハッキリ言うかね普通。あ、また普通って繰り返しちゃった。

 

 

「一つは、マークされにくいということ。影に潜める分ある程度自由に動ける」

 

 

 そういえば私は意識されたことがない。誰にとっても都合のいい負け役だったから。

 

 そうか……確かに、敵視されないなら作戦も自由に実行できる。……まあ、私はそういうの苦手なんだけど。

 

 

「もう一つ。心肺や脚組織に負担を与えにくい。加えて君の脚はかなり頑丈だ。だから継続してスパートをかけ続ける──ロングスパートだ。それが君の武器」

 

「おおおぉ……」

 

「──って言ったけど、今のソコラにそれができるとは思わない。ペース配分は乱れているし、スタミナをもっとつけないといけない」

 

「んがっ。……じゃあ、今日は何やるの?」

 

「呼吸をする」

 

「呼吸?」

 

「そう、呼吸。その一つひとつにも気を配るんだ。ペースを保つ呼吸、仕掛ける呼吸、順番に会得していこう」

 

「おおおぉ……なんかそれっぽい」

 

 

 するとトレーナーは懐から何かを取り出した。……小型マイク?それと……イヤホン?

 

 

「これを付けて、走ってもらう。僕が合図をしたら全力を出して。普通→全力→普通って感じで」

 

「……分かった」

 

 

 強くなりたい。だから、どんなアドバイスやどんな特訓でも吸収してみせる。

 

 

「……いい目をしてるね」

 

「え?」

 

「諦めてない目だ。僕がスカウトした頃と変わらない、真っ直ぐな視線」

 

「真っ直ぐって……私そんな実直なウマ娘じゃないよ?」

 

 

 嫉妬と劣等感。朝起きて夜眠るまで絶えずその感情に苦しめられた。この学園に来てからそういった負の感情に焼かれ続けている。今もそうだ。

 

 才能が無いことを理解しながら、安いプライドに苛まれて誰かの走りを取り入れようという気概が無い。山月記の李徴の気持ちにとっても共感が持てる。

 

 

「僕はソコラのことを全て知り尽くしているわけじゃない。けど、君の心はいくらくすんでも煤けても折れてはいない。僕が惹かれたのはそのハングリー精神だ」

 

「……それはどうも」

 

 

 面と向かって褒められるとこそばゆいものがある。そんな感情を誤魔化すように、マイクをセットした。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」

 

『全力で』

 

「ハァッ──!」

 

 

 体が熱い。こうやって走り出してどれだけ経っただろう。

 

 

『普通で』

 

「ハァッ、ハァッ……!」

 

『……一旦止めようか』

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 

「終わりだよ、ソコラ」

 

「……あ、ぇ?もう終わり?」

 

 

 頭が茹だる。思考が現実に追いつかない。指示に気づけなかった。

 

 

「ソコラは一度脚を使ったら普通のペースに戻れなくなってるね。そこ、意識してみようか。頭を回すためにもまずはスタミナからつけるか……課題は山積みだな

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 あ゛ー、ちくしょう。みんなどうやってレース中に考えているんだ?私はスパートかけたらそれまでなのに。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……スタミナつけるんじゃないの?」

 

「ん?」

 

 

 目の前に用意されたのはランニングマシーン。体力を高めるならプールでのトレーニングが定石。一体これで何を……。

 

 

「プールと並行してやるつもりだけど……ソコラは体力を消耗する場所以外での所で思考が覚束なくなる時がある。走りに酔ってしまう傾向があるんだ。だからそれを解消するために、これを見ながら走ってもらう」

 

「これは……」

 

 

 ランニングマシーンのボタン部分に立てかけられたタブレット。これで一体何を?

 

 と、思っていたら映像が流れ始めた。歴史のあらましについて解説している動画だ。

 

 

「三十分。ランニングマシーンで走りながら、動画の内容を覚えてもらう。歴史の勉強にもなるし一石二鳥ってヤツだよ」

 

「……勉強?」

 

 

 思うことは色々ある。こんな奇抜な練習を提案してきたトレーナーに対する驚きだとか、それで本当に力が培われるのかみたいな困惑だとか。

 

 だけどそれ以上にこみ上げてきたのは──

 

 ──私はここまで、″見て″、″考えて″もらっていたのか。

 

 私が日頃どんなに負けても、この人は、私を諦めないでいてくれたのか──。

 

 

「……分かった、やります!」

 

「うん。いい返事だ」

 

 

 感謝は行動で示す!目指すは銀河一のウマ娘!

 

 なんて、ちょっと驕り高ぶりが過ぎたかな?

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「覚えらんねーーー!!!」

 

「……これは中々だな」

 

 

 昼食時、カフェテリアにて、たまたま居合わせたビワハヤヒデに、特大の愚痴をぶつけていた。

 

 理論構築を得意とする彼女からなら、何か得られるものがあるかもしれない。そう思い、ダメ元でコンタクトを取った次第だ。

 

 

「どうしたらハヤヒデちゃんみたいにレースを理論理屈で処理できるようになるのさ!?走ってる最中に勉強なんて無理ゲーだよ!」

 

「ふむ……。ソコラさん。貴方は一つ勘違いしている部分があります」

 

「勘違いぃ?是非とも教えてほしいっすよ!」

 

「(口調が滅茶苦茶だ……)確かに私はレース中策を講じています。そこから勝利の方程式に繋がる部分もあります。ですが土壇場の思考のみがレースを支配するとは限りません」

 

 

 アドリブの作戦が上手くいったことはない。というのは、私の場合。ビワハヤヒデのような才人には別だろうと、そう思っていたのだが……。

 

 

「あらかじめ決まったメソッドを体に染み込ませ、本番の舞台でその解を導くために中途、策を考える。それもまた、ウマ娘の走り方と言えるでしょう」

 

 

 あらかじめ決まったメソッド……染み込ませる……。つまり、事前に構えた作戦を反復練習して体に覚えさせるということ。

 

 …………あ。

 

 

「…………あ。……ありがとね、ハヤヒデちゃん。ちょっと考えてみる。……それはそれとして、どうしたら走りながら覚えられるようになるかな」

 

「それは個人差がありますから……」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ん、誰か走ってる」

 

 

 ある日、廊下を歩きながらコースを見ているとオグリキャップが走っている姿を目撃した。

 

 体のしなやかさ、柔らかさ、どれを取っても一級品。……私とは、違う。

 

 

「……ちくしょう……!」

 

 

 握る拳に力が入る。

 

 ──力を使えば勝てるぞ?

 

 

「~~~ッ、だ、ダメだ。それだけはダメだ!」

 

 

 それを使ったら、私は一生後悔する。

 

 そう理解しても尚、勝利という誘いは甘美なものだった。

 

 

「……くそっ!」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「え~っと……平安から鎌倉時代の人だから……北条政子?」

 

「正解。いいよ。正答率上がってきてる」

 

 

 果たしてこの奇怪なトレーニングの成果はあるのだろうか。『走りに酔う』ことがどう減っていくのか。近頃レースをしていないから分からなかった。

 

 

「ちなみにだけど、スピードとかパワーとかはトレーナーから見て大丈夫?」

 

「及第点……いや、最低限ってところかな。追々伸ばしていきたいけどとりあえずは目の前の課題を終わらせよう」

 

「そっか~……」

 

 

 最低限……最低限か。私伸びないからなー、最後の直線。

 

 

「ところでだけど私の走り方になんか意見ある?」

 

「疲れてきたらフォームが乱れがちだけど、それ以外特に修正点は無いよ」

 

「でも私、オグリみたいな超前傾姿勢で走れないよ?」

 

「走法はあくまで固定された身体機能手段の一つだ。そこに囚われてはいけないよ」

 

 

 へえ、フォームは大丈夫なんだ。まあそれぐらいしかないからな、私の長所。

 

 

「ソコラ」

 

「なに?」

 

「おざなりな言葉に聞こえるかもしれないけど、君には君にしかない強さがあるんだ。誰かと比べてしまう気持ちは分かる。それでも、僕が信じるように、まず君は君自身を信じてみてほしい」

 

「……フ、なんか青臭いセリフだね」

 

 

 自分を信じる、か。

 

 ──ほら、使ってしまえよ。力を。そうすれば勝てるぞ?

 

 

「?どうしたのソコラ。急に固まって」

 

「──や、なんでもないよ。先行ってて」

 

「……分かった」

 

 

 ……トレーナーは行った?辺りに誰もいない?……よし、

 

 

「うるせぇんだよクソ女神……!」

 

 

 毒を吐く。こんな姿を見せたら、きっと驚かれるだろうな。

 

 トレーナーは違うかもしれないけど、みんな知らないだろうな。みんなと走る度に、自分のどこかが腐り落ちていくことを。

 

 負けて笑えるウマ娘じゃないんだ、私は。

 

 勝ちたい。勝ちたいよ。でもこんな授かり物を使いたいわけじゃない。

 

 

「フー……。……教室行くか」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「あの、ソコラさん」

 

「ん?どうしたのシオンちゃん」

 

 

 地獄のプールとラーニングランニングの成果を確かめるため、私は久々にターフへ出ていた。負担が少なめなウッドチップコースでは走っていたけど本番を想定する走りは久しぶりだった。

 

 

「……あたしと!……走ってくれないっすか?」

 

 

 そんな中現れたのはウインバリアシオン。健気で可愛い後輩だ。

 

 私としては併走もやぶさかじゃないけどトレーナーはどうだろう。視線を投げかけると無言でサムズアップされた。多分いいよって意味だ。本番を意識するなら競う相手もいた方がいいってことなのだろう。

 

 

「いいよ。距離はどうする?」

 

「2400mでお願いします!」

 

 

 2400m。コース形状は違うけどこの長さは──日本ダービーの距離だ。

 

 

「トレーナー、合図お願い」

 

「うん。よーい……」

 

 

 どうせ来るんだろ?もう分かってるって。

 

 

《絶対勝利の脚を使いますか?》

 

《はい》 《いいえ》

 

 

 ほら出た。いいえだよいいえ。

 

 

「スタート!」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 

 ──視界がクリアだ。ゴールまでの距離感がなんとなく分かる。

 

 

「……ハハッ」

 

 

 いいな、これ。新しい自分に出会えた感覚だ。スタミナも鍛えてたから体が飛べそうなくらい軽い。

 

 ──なんて、浮かれた状態で勝てるほどウインバリアシオンは弱くない。

 

 私の周りには強者が多すぎる。都合のいい負け役。気持ちよく勝てる相手。みんなはそういう風には思ってないとは分かっていても、舐められてる気がしてならない。

 

 トレーナーの言っていたロングスパート……試してみるか?

 

 

「……負けるかッ──!」

 

「っ!?」

 

 

 ふわふわした気持ちで走ってたからか知らないけど、ウインバリアシオンとの距離は想定より短かった。

 

 ……焦るな。眼前には第三コーナー。仕掛けるなら──ここ!

 

 

「ハアッ──!」

 

 

 コーナリングが下手な所為で思った以上に距離が膨らむ。これが本番なら相手はこの隙を逃しはしない筈。改善点の一つだな。

 

 二バ身……三バ身……もっと、差を……!

 

 

「だあああああっ!」

 

「っ……、く、そ……」

 

 

 背後から詰め寄る彼女。

 

 私は最後の直線なのにもう一杯になっている。こんな筈じゃ……!

 

 

「ゴール!」

 

 

 ああ……ちくしょう。

 

 ……強いな、みんな。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……あの、ありがとうございました、ソコラさん。あたし、もっと頑張るっす」

 

「いい末脚だったよ。思いっきりテッペン取ってきちゃって」

 

「はい!それじゃ……」

 

 

 手を振り、見送る。温かい言葉とは裏腹に、私は焦っていた。

 

 武器。このトゥインクル・シリーズで戦い抜くには切り札が必要だ。なんとか完成させないと……!

 

 

「試してたね、ロングスパート」

 

「……やっぱり、バレてた?」

 

「うん。ペース配分が未熟な分無駄に体力を消費してたけど……ナイストライ。挑戦する気持ちは持っていた方がいいからね。良い意味で想定外だったよ」

 

「……フ、そっか」

 

 

 空を見上げる。雲一つ無い、絶好のレース日和。

 

 

「……空、綺麗だなぁ」

 

「お、久々に聞いた気がする。ソコラの空発言」

 

 

 ……え、トレーナーも知ってたの?まあ当然か。最近はいつも一緒にいたし。

 

 

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