絶対勝利の脚(一回限り)を貰ったモブ子ちゃんの苦悩   作:散髪どっこいしょ野郎

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ああ神様、勝てません

「明日はレースかぁ……」

 

「緊張してる?」

 

「いや、緊張というか、なんで私と走るメンバーに一人はヤバいのいるんだろうって思って」

 

「……まあ、気持ちは分かるよ。この世代は難敵が多すぎる」

 

「へー、意外。トレーナーもそんな風に考えることあるんだ」

 

 

 ミーティング終わりの夕闇の中、ホテルへの帰宅準備を進めながら私とトレーナーは話していた。

 

 明日はスイートピーステークス。オークスを狙う……ってわけじゃないけど、勝てればGⅠへの道が開かれる。

 

 思えば、私にはどんなレースで一着になりたいだとかの夢が無い。ただ勝ちたい。勝てればそれで満足だった。

 

 だけど──頭を作り替えなきゃいけない。上位陣はみんな途方もない目標を掲げている。なら、私も中央の名に恥じないハードルを定めなければ。……それに潰されたら本末転倒だけど。

 

 

「……っていうかさ、トレーナーもおかしいって思わない?ルドルフはずっと生徒会長やってるし皐月賞獲ったウマ娘が何人も同世代にいるし」

 

「それ以上いけない」

 

 

 ふと湧いた疑問を指摘すると真顔でトレーナーは諫めてきた。その姿がなんだかおかしくて、ちょっとだけ笑った。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「いっちにーさん、し……」

 

 

 ホテルの一室にて、私はあまり寝つけずストレッチをしていた。寝た方がいいのは百も承知だが体が火照って眠れないのだ。

 

 

「おいっちにー、さん、し……」

 

 

 三十分程度体をほぐしていたらやっと睡魔が追いついたのか、なんともいえない気怠さを覚える。

 

 寝る前に白湯でも飲もうかと備え付けのケトルにミネラルウォーターを注ぎ、ボタンを押す。待っている間なにしよう。スマホいじったらそれこそ寝不足になるだろうしトレーナーに迷惑をかける。それは避けたい。

 

 そうしてあれこれ考えていると湯が湧いたのか、機械音が部屋に鳴り響いた。白湯を飲み、ほっと一息。

 

 

「……寝よ」

 

 

 緊張はしてる。この重圧は何度味わっても慣れないものだが、それと同時にどこかで高揚している自分もいた。

 

 トレーナーとの練習の成果を出したい。そう思えば、ヤバいウマ娘への恐怖も雲散するような気持ちだった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 というわけでやってきたスイートピーステークス。今回注目すべきは一人のみ。

 

 

「ところでだけど、なんか作戦とかある?」

 

 

 私がそう問うたのには理由がある。件の注目ウマ娘は今回の仕手になるだろう。マークとかした方がいいのかとか、雑魚なりに考えてはいたのだが……

 

 

「ソコラの場合、作戦に囚われて自分の走りができなくなる恐れがあるから、のびのび走っていいよ。……今のところはね」

 

「……頭でっかちでスミマセンね」

 

 

 それでも、できることはある。ビワハヤヒデが言っていたように、体に染みついたメソッドはきっと助けになる。考えることを諦めない。

 

 諦めない。それが私の数少ない長所なのだ。

 

 

「それと、君は咄嗟の出来事に弱い。もし想定外のことがあったら──勝つことを考えなくていい。ただ、無事に走り終えてほしい」

 

 

 ……私って意外と想われてるんだな。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「今日はよろしくね、クロノちゃん」

 

「!」

 

 

 えー、本日の有力者は、クロノジェネシス、クロノジェネシスです。

 

 ……。

 

 だからなんでGⅠ級のウマ娘が出てくんだよ!おかしすぎるだろこの世代……!

 

 つーかクロノジェネシス!あんた桜花賞出てただろ!なんでわざわざ連闘してまでこのレースに参戦した!

 

 

「はい!胸を借りるつもりで挑ませていただきます!」

 

「……フ、私は無駄に歳食ってるだけだよ」

 

 

 内心半泣きだが最低限取り繕う。流石に先輩としての意地があるのだ。

 

 トレーナーに軽く相談してみたが、クロノジェネシスは中距離で真価を発揮するウマ娘らしい。マイルもこなせるが中距離ほど得手ではないとのこと。つまり、勝機はある。

 

 スイートピーステークスは芝1800m。やや不慣れなマイル戦とは言えど油断したらぶち抜かれる。警戒心は最大限持っておくべきだ。

 

 

「さーて、やりますか」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

『各ウマ娘、ゲート入り完了しました』

 

「スゥ……」

 

 

 なんとなく鬱屈した空気が流れている。今日は曇り。良バ場なのはありがたいが、青空が見たかった。

 

 

「……考えろ。考えろ考えろ考えろ──」

 

 

 隣のウマ娘からギョッとした目で見られるが構わない。考えることを無意識にできるようにしろ。みんなそうやってる。

 

 

《絶対勝利の脚を使いますか?》

 

《はい》 《いいえ》

 

 

「いいえだっつってんだろ」

 

『スタートしました!』

 

 

 ……よし、出遅れなし。今日は中団の前側に位置する。およそ五番手ってところか。

 

 クロノジェネシスは四番手。今のところ先行争いは起こっていない。……?()()()()()()()

 

 ……なるほどね。恐らくだがこのレース、全員がベストポジションにいる。私を除いて。

 

 私は先行策を取る。差しも追い込みもできるだけの脚が無いし、逃げを打てる度胸も計画性も無い。

 

 だから位置取りが重要になる。バ群に飲まれるのはもうごめんだ。

 

 

「スゥ……ハァ……」

 

 

 進軍開始。ロングスパートへの布石を置く。

 

 このレース場は第一コーナーから第二コーナーの間から始まり、斜めに向こう正面へ入る。第三コーナーまでの距離がそこそこあるため、そもそも先行争いは比較的穏やかだ。

 

 後は坂がちょくちょくあるくらいだが、それよりも私が意識すべきことは、『のびのび走る』ということ。

 

 後ろや有力ウマ娘にペースをかき回されて落ちる、なんて失態は二度と繰り返さない。そのためにも前に出たいところだが──

 

 

「……チッ」

 

 

 そう簡単に前を譲らせてはくれないか。追い抜こうとしたら僅かに距離を取られる。だが分かった。

 

 この中で突出してるのはクロノジェネシスのみ。それ以外は私並みの凡才だ。

 

 布石は打った。なら、終幕に向けて体力を溜める。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 

 体力はかなりついた方だと思う。おまけに今回はスローペースのレースになっている。

 

 脚質問わず、このレースは最後の直線でいかに力を発揮できるかがキモとなる。しかし私の末脚は平凡、いつもの流れで行けば五着くらいが関の山。

 

 繰り返す。メソッド。考える。

 

 

「繰り返す。メソッド。考える……」

 

 

 向こう正面にて、ゆったりと坂を下りながら思考する。

 

 作戦を実行するだけの頭は無い。しかし咄嗟の判断ならできる。思考を回す。『のびのび走る』と、熟考は両立できる。

 

 中団からどう抜け出すか。外から食い破るか、内を突くか。考えろ。

 

 迫る第三コーナー、余力十分、五番手。

 

 ──行くか。

 

 

「ハァッ──!」

 

 

 ここだ、ロングスパート!クロノジェネシスの位置は……、

 

 ……乗ってこないか。上等、このままハナを獲って、死守する!

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 

 コーナーで如何に全力を出し尽くすか。トレーナーと再三再四悩んできたことだけど、今日はのびのび走る。だから思いっきり──!

 

 

「ハァッ!」

 

 

 姿勢。内ラチにぶつかるギリギリを見極めて、体を内側に倒す。そしてその勢いで走る。

 

 

「ッ、ハア」

 

 

 第四コーナーを回る。ここからラストの坂を上る。

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

 

 

 最終直線!前には誰もいない!駆け上がるぞ、私!腹括れ!

 

 ……くそっ!分かってたけど体がもうガタついている!これがロングスパートの代償か!

 

 だが!これはマイル戦!体力も絞り出せばまだ保つ──ッ!?

 

 

「ハァァァァッ!」

 

「ッ!」

 

 

 来る。来る!クロノジェネシスが、覇声と共にやってくる!

 

 

「負けるかァ!」

 

 

 溜めに溜めた脚を解放する!未完成かつ未発達かつアドリブだけど、二段式スパートだ!

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

 

 

 息が、苦しい。プレッシャーがとてつもない。あれだけあった体力が坂に取られて底を尽きかけている。

 

 多分、だけど、競り合いになっている。

 

 ──ダメだ。

 

 な、何がダメだ。そんな後ろ向きのこと言ってたら、

 

 

「……あ」

 

 

 追い抜か、された。いや、諦めるな、まだ脚を……!

 

 

「か、ハ」

 

 

 ……息が、保たない。脚が、思考が、脆く崩れていく。

 

 

「……くっそおおおっ……!」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

 

 

 ……電光掲示板に目をやる。結果は……三着。一着のクロノジェネシスとは一バ身半差。

 

 入着はした!けど……

 

 こんなの、ただの負けじゃないか!

 

 

「ちくしょう……ちくしょお……!」

 

 

 ──可哀想に。力を使えば勝てたものを。

 

 

「黙れ!」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……ごめん、トレーナー。負けちゃった」

 

「……ソコラ、最後の直線でもう一度伸びたよね。あれ、どうやったの?」

 

「なんとなく、行ける気がしたんだ。ロングスパートはまだ不完全だけど、体力的に二段式スパートをやれそうだなって。……ダメ、だった?」

 

「いや、良い。あれは僕の想定以上だったよ。……疲れているところ悪いけどもう一つ質問。最後の直線でクロノジェネシスと競り合いになったとき、どんなこと考えてた?」

 

「え?……迫られて、ヤバいなって」

 

「……分かった。ウイニングライブの準備に移ろう。あ、ドリンク飲む?」

 

 

 ……?なんか引っかかる問いだ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 

 レースが終わり一週間経った日。私はいつも通り走っていた。

 

 今日のトレーナーは調べ物ができたとのことで図書室に籠もっている。私は頭を(カラ)にしたかったのでちょうどよかった。

 

 ……二段式スパート。あれをもう一度再現したい。あれをモノにできれば私はもっと強くなれる。

 

 そんなことを考えながら走っていたのだが……。

 

 

「あっ、ソコラー!いっしょに走ろー!」

 

「ターボちゃんか。いいよ」

 

 

 ツインターボ。彼女も強いんだよなぁ……。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「それでねそれでね!イクノがまたハンバーガーめちゃくちゃにしちゃったんだ!」

 

「フ。ターボちゃんの周りは面白いことがいっぱいだね」

 

 

 レースを挑まれるかと勘繰っていたのだが、蓋を開けてみれば二人でおしゃべりしながら軽くジョギングするという、いつになく平穏な時間が流れていた。

 

 ……友達がいるっていいなあ。私には喋る相手はいても肩を預けられる仲間がいないんだもんなあ。

 

 

「ソコラは今度何のレースに出るの?」

 

 

 お、ウマ娘らしい質問。

 

 

「トレーナーと相談して決めるんだけど……まだ未定だね。ターボちゃんは?」

 

「ターボもまだ決まってないんだ。……あ、そうだ!ソコラ!勝負(しょーぶ)しようよ!」

 

「いいの?そっちのトレーナーにバレたらマズくない?」

 

 

 ちなみに私のトレーナーは勝負をすることにそこまで否定的ではない。負担はなるべく抑えるように、とは言われているがレースの経験は積めるだけ積んでおいた方がいいと考えてるらしい。

 

 

「ターボしばらく走ってないし退屈なんだよ~!ねえねえ、いいでしょソコラ!」

 

「……フ。一回だけだよ」

 

 

 とりあえず目下の目標はロングスパートの完成と二段式スパートの習得。それ以外はトレーナーが考えてくれるだろう。

 

 ……あれ?私結構強くなってるのでは?

 

 それを確認するためのレースにできたらいいんだが……ツインターボ普通に強いし脚質が大逃げだしな……。経験は稼げても実験はしにくいか。

 

 

「ほら、早く早くー!」

 

「はいはい、今行くよ」

 

 

 空を仰ぐ。やや赤みがかった天世界はノスタルジックな雰囲気を放っていた。

 

 

「……空、綺麗だなぁ」

 

 

 私たちは走る。それこそが、ウマ娘なのだ。

 

 

《絶対勝利の脚を使いますか?》

 

《はい》 《いいえ》

 

 

 ……この選択肢がなければ、もっといいんだけどなぁ。
















Q.なんでスイートピーステークスなのにカワカミプリンセスじゃないの?

A.史実通りにするわけじゃないよって伝えるため



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