絶対勝利の脚(一回限り)を貰ったモブ子ちゃんの苦悩   作:散髪どっこいしょ野郎

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ああ神様、ツキが回ります

「ぎににに……!」

 

「はい、あと一回」

 

 

 学園内のジム施設でデッドリフトをする昼下がり。近頃はトレーニング漬けの毎日だった。

 

 

「はい、お疲れ。じゃあ今度は座学の方にしようか」

 

「ふぃー……中々ハードだねぇ……」

 

 

 頭を使えば体を。体を使えば頭を行使する日々。潰れるギリギリを見極められているのか、体調はなんとか良好だった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「あ゛ー、疲れた……さっさと帰ろ」

 

 

 長時間の勉強をなんとかこなし、私は帰寮準備を進めていた。忘れ物を取りに向かいに廊下を歩きながら『そういえば』と思い至る。

 

 

『しばらく野良レースは禁止ね』

 

『え?』

 

 

 ついこないだまでは誰かとのレースに積極的な姿勢を見せていたトレーナーから、唐突に勝負を禁止された。

 

 理由を聞いたら『今は言えない』の一点張り。らしくない。いつも私にさせてくることにはなにかしら理論理屈が後ろについてきていたのに。

 

 ……それとも、私が聞いてしまったらマズい案件ってこと?

 

 

「あ、トレーナー……」

 

 

 遠目に私のトレーナーと知人のトレーナーを発見。話しこんでいるようだったから私の存在には気づいていない。

 

 

「……」

 

 

 ちょっとした悪戯心から、私は近場の物陰に身を寄せた。ウマ娘の聴力ならここからでも内容は聞き取れる。

 

 

「……というわけだから、ぜひうちのウマ娘とソコラヘンノモブを走らせてほしいんだ」

 

「申し訳ないですが、お引き取りください。今のソコラと貴方のウマ娘にレースをさせるわけにはいきません」

 

「そこをなんとか……」

 

「申し訳ないですが、お引き取りください」

 

 

 取り付く島もない。私のトレーナーのことだから何か理由があって断っているのだろうけど、こうして脇から見てみるとちょっと怖いな。

 

 

「……分かった。なら、せめて理由を聞かせてもらえないか?」

 

「はい。ですがその前に──ソコラ、出てきていいよ」

 

「うぇ!?」

 

 

 ……嘘だろ?結構距離離れてるんだぞ?いつ気取った?

 

 

「盗み聞きはよくないよ」

 

「……ごめんなさい」

 

「さて、理由についてですが……ソコラにはちょっと聞かせたくないので後でショートメールを送ります。それでご確認ください」

 

「分かった。わざわざすまない」

 

 

 そこまでして聞かせたくない訳はどんなものだろう。私はただ首をかしげることしかできなかった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「隣、いいですか」

 

「どうぞ……って、アヤベちゃんか。珍しいね」

 

「……屋上はオペラオーに占拠されているので」

 

 

 昼食時、隣にやってきたのはアドマイヤベガだった。相変わらずクールだなぁ。

 

 

「……あの」

 

「何?」

 

 

 私とアドマイヤベガは数回走ったことがある程度。普段そこまで絡みは無かった。故に紡がれる言葉も予想できた。

 

 

「私と、走ってもらえませんか」

 

「あー、ごめんね。今トレーナーからレースしないようにって言われてて」

 

「……分かりました。すみません。突然」

 

「いいよいいよ。慣れてる」

 

 

 自慢にもならないが私はよく話しかけられる。その大半が併走願いだ。

 

 浅く広い。それが私の交友関係。……ちょっと泣きたい。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ハァッ──!」

 

「うん。いいよ、タイムも良好」

 

「ハーッ、ハーッ……それはよかった」

 

 

 季節は本格的に夏を迎えようとしている。その証拠にトレーニングの最中、滝のように汗が流れ落ちていた。

 

 

「ソコラは偉いね。ちゃんと僕の指示に従ってくれてる」

 

「ん……まあ、指導してもらってるからね」

 

「脚も速くなったし、体力もついた。君自身の努力の賜物だよ」

 

「…………」

 

 

 言葉にするには憚られるけど、トレーナー最近凄く褒めてくる。嫌な気はしないけどなんか不思議だ。

 

 その褒め言葉にもなにかしらの意図が込められているの?なんて、聞けるわけがない。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「海だー……」

 

 

 バスに揺られ、辿り着いた先は海が間近の宿舎。そう、夏合宿の時期だ。

 

 ここでは短期集中型でレベルの高いトレーニングができる。追い込みをかけるなら今だ。

 

 

「じゃあ早速トレーニングを始めようか」

 

「うん」

 

 

 妥協はできない。貴重な時間だ。私の体力を使い果たしてでも成長してみせる。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「あと一往復!もう少しで終わりだよ!」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 海を楽しむ余裕なんて無かった。ひたすらに泳ぎ、走り、鍛える時間。

 

 特に辛かったのは遠泳だ。海上で足が攣った時は生の終わりかと思った。ちなみにその時どうなったのかというとトレーナーが海に飛び込んで助けてくれた。ライフセービングの心得もあるんだ。流石トレーナー。

 

 

「ぜー……ぜー……」

 

「お疲れソコラ。予測よりスタミナはついたみたいだね」

 

 

 このナリで?と言いたがったが口にするのも億劫だった。スタミナ……確かに重要なのは分かるけど、思えば契約してからスタミナを鍛えることがやけに多かったような気がする。

 

 

「君はどこでも走れる。距離適性の広さは随一のものだ。故に、どこでも武器(ロングスパート)を発揮できる土台が必要なんだよ」

 

「ふー……そういうもんなんだ」

 

 

 あっつ……。暑すぎて思考がままならない。トレーナーはよく平気な顔でいられるな。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ごちそうさまでした。デジタルちゃん、食べ終わり?よかったら洗い場までお皿持っていこうか?」

 

「ひょえええっ!?そ、そんな!ソコラさんのお手を煩わせるようなことは……」

 

「フ。大げさだよ。片手空いてるしちょうどいいかなって思って」

 

 

 食事の席でたまたま隣になったのはアグネスデジタル。この子は面白い反応をしてくれるからちょいちょい話しかけている。結局『愛しのウマ娘ちゃんに手伝わせるわけにはいかない』とのことで折衷案として一緒に洗い場まで同伴することになった。ものすごくガチガチだったのが印象深い。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「あっつ……」

 

 

 就寝の時間になったけど暑すぎる。一応クーラーらしきものと扇風機はあるけど雀の涙だ。

 

 周りの子も何度も寝返りを打っている。これじゃ休むのも難しい。……そうだ。

 

 

「海行こう」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ふー……」

 

 

 漣の音は清涼感がある。水場ということもあり心なしか体温が落ち着いてきたような気もする。

 

 砂場に腰掛け、空を仰ぐ。今日は月の光が強い。夜道も問題なく歩ける。

 

 そうして数十分経った辺りで、来訪者が現れた。

 

 

「あれ、ソコラ?」

 

「トレーナー?どうしたの?」

 

「僕からも聞きたいんだけど……」

 

「ああ、私?私は部屋が暑くて眠れなくて」

 

「僕はちょっと頭の中を整理したくて来たんだ。隣、いい?」

 

「もちろん」

 

 

 私は空を、トレーナーは水平線を眺めて千思万考。

 

 考えてみれば、私は未だにオープン戦を勝てていない。成長は確かにしている。だけどそれは周りも同じだ。

 

 いい加減、将来のことを考えるべきなんじゃないのか。人間の妹にそう苦言を呈されるぐらいに、私の立場は危うい。

 

 大舞台のレースで賞金を稼げるのはほんの一握り。現実を直視するならば、私も進路を……って、ダメだダメだ。

 

 勝つ。勝たなきゃ何も始まらない。……でも、やっぱりどう勘考を弄んでも『現実』は襲い来る。

 

 そうして生じた不安は、いとも容易く私の口からまろびでた。

 

 

「……ねえ、トレーナー。私、一応成長してるんだよね?」

 

「もちろん」

 

「……うん。分かってるんだけど……なんで勝てないんだろう。実力者ともよく走ってるのに」

 

「実力者と走ってるからだよ」

 

「……え?」

 

 

 驚いてトレーナーの表情を見てみると沈痛な面持ちで私を見ていた。

 

 

「……本当は気負わせたくなかったから出走前に言うつもりだったんだけど……クロノジェネシスとのレースから君の戦績データや参考資料を洗い直してみたんだ。そうしたら分かった。君はどこかでブレーキをかけてしまってるんだ」

 

「え?」

 

 

 そんな、でもだって、私は勝ちたいと思って、

 

 『──ダメだ』

 

 ────あ。

 

 

「連日強者と戦っているのにどうして成績は悪いのか。それは負け続けていたことで無意識下で『自分は弱いから勝てない』と諦め癖がついてしまい、フルスペックを発揮できないからだ」

 

 

 クロノジェネシスと競り合いになった時。私はダメだと諦めた。まさか、あれが、私の癖……?

 

 

「君は矛盾している。強敵と戦う時、『どうせダメだ』とどこかで考えてないかい?それと同時に、勝ちたいとも思っている筈だ。いいかい、君の『経験』は決して無駄じゃない。諦観を飼い慣らすんだ。その意思コントロールができれば、きっと強い武器になる」

 

 

 決意する暇すら与えずトレーナーは綴る。

 

 

「次のレースは札幌日経オープン。上手く行けば、君はもう一段階進化できる」

 

 

 夏合宿の途中にはレースも挟み込んである。札幌日経オープン。2600mという過去最長の距離だ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「あっつ……」

 

 

 今日ばかりは曇りの方がよかったかもしれない。そんな私らしくないことを考えるくらいに、お日さまは地上をいじめ抜いていた。

 

 

「今日はよろしくね、ダンツちゃん」

 

「はい!全力で行きます!」

 

 

 今日の難敵候補はダンツフレーム。しかしこれはチャンスだ。なにせ彼女は長距離不得手。しかも彼女以外突出した選手はいない。狙うなら今日だ。

 

 

「スゥ……」

 

 

 勝つ。絶対に勝つ。もう諦めない。

 

 

《絶対勝利の脚を使いますか?》

 

《はい》 《いいえ》

 

Shut up(黙ってろ)

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

『スタートしました!』

 

 

 おお……っと、先行争いが若干激しくなるか。今日に限ってはスタミナを削られる=死だ。中団辺りに落ち着くか。着順はおよそ……六番手。ダンツフレームと並ぶ形になる。

 

 今日は外枠八番からのレースになる。上手いこと位置取りを決めなければ勝つものも勝てない。

 

 

「…………」

 

 

 いつになく頭が冴えている。自分の弱点を知ったからだろうか。

 

 このレースはコーナーが多く、外枠が不利となる。だからといって勝負を投げ出す私じゃない。

 

 

「フッ……!」

 

 

 最初の第三、第四コーナーを曲がる際も冷静さは保てている。このコースは坂という坂が無いというのも心理的に落ち着けた。

 

 

「ああ……」

 

 

 気持ちいいなぁ。さっきまではかんかん照りの太陽に不平不満を垂れてたくせして、走りに酔いかけている。けど、今までの酩酊とはちょっと違う。

 

 頭を動かせている。脚もついていける。たったそれだけ、されどそれだけの昂揚感が私を包んでいる。

 

 直線に入る。少しだけ前との差を縮めた。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……スー……」

 

 

 脳に酸素がなだれ込む。もう少しだけ、考えられる。

 

 ダンツフレームも終盤に向けて進軍し出す頃だろう。彼女は強い。長距離でも遺憾なく力を発揮してくる筈だ。

 

 思えば、今日まで強者にすり潰されてばかりだった。無様に負けて、地を這って。

 

 諦め癖、か。笑える。一番の壁は私自身だったんだな。

 

 そんなことを頭の片隅で考えていると──ふと、あの言葉が蘇った。あれは夜の砂浜でのこと。

 

 

『諦観を飼い慣らすって……普通取り除かない?それって弱い部分じゃないの?』

 

『強みだよ。本当に後ろ向きの人は自分の弱点と向き合ってはいられない。もう一度言うよ、ソコラ。諦める気持ちをコントロールするんだ。それができれば君は誰にも負けない。……まあ、あくまでメンタル面ではだけど』

 

「……簡単に、言ってくれちゃって、まあ……!」

 

 

 第一、第二コーナーを回る。息はまだ保つ。スタミナだけで言えば私は平均値を凌駕している。そう言えるだけの自信がある。

 

 向正面に入り、私は三番手まで追い上げた。今日のレースはロングスパート一本で戦う。二段式は体力的にリスクが大きすぎた。

 

 そんなんでダンツフレームに勝てるのか?ハッ、それで勝つために鍛えてきたんだ。私は私を信じる。

 

 ……!背後からのプレッシャーを感じる。そろそろダンツフレームも本気を出してくるな。

 

 だが、追いつけさせない。第三コーナーから──私の脚が火を吹く。位置取りは良好、さあ、始めるぞダンツフレーム。我慢比べと行こう。

 

 

「ハァッ──!」

 

 

 ……やっぱ、全力を出しながらコーナーを曲がるのは怖い。それでも私は私に信じられている。なら、こなしてみせなきゃ恥ずかしい。

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 

 ……よし、少し膨らんだけどコーナー曲がりきった!ラストの直線!あと少し、もう少しだけでいいから保ってくれ!

 

 

「だあああああっ!」

 

「ッ!」

 

 

 来たか、ダンツフレーム!しかし早仕掛けした分アドバンテージは私にある。猶予距離もある。貯金を稼げてるなら、勝てる!……勝てる?私が?GⅠ級ウマ娘に?

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

 

 

 まだだ。まだ終わった気でいるな。目標まで残り100。

 

 

「く、うっ」

 

 

 プレッシャーがどんどん増していく!これはクロノジェネシスの時と似た絵図だ!競り合いになれば……私は────負け────負けない。

 

 

「負けるかァッ!」

 

 

 ああ、そうだ。私は負けない。

 

 私は弱い。ここまで距離適性の差をお膳立てしてようやく勝機を見出せる程の力しかない。そこはもう諦める。

 

 だけど、このレースは諦めない。こうだよね、諦観のコントロールは!

 

 残り50!もう体力はすっからかん!だがッ、差は縮まらせない!

 

 

「────ッ?」

 

 

 意図して使った二段式スパートとは違う、新たな脚。それがふと使()()()と、私の頭の中に自覚が届いた。

 

 しかし、それを実行するにはこのレースは短すぎて──

 

 

「────あ」

 

 

 ゴール。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ハァッ、げほっ、げほっ。ハァッ……!」

 

 

 ……出し尽くした、筈。筈なのに。なんだろう、この疼きは。

 

 何かを掴みかけている。限界のその先、新たな自分を。

 

 

「……あ、着順、は……」

 

 

 ──一バ身差。で、私の、私の──勝ち。

 

 

「……勝っ、た?」

 

 

 実感が……湧かない……いや、分かってきた……私……私が……

 

 

「お疲れ、ソコラ」

 

「トレー、ナー。私……か、かっ、勝ったんだよね」

 

「うん。文句なしのいい走りだったよ」

 

「…………あぁ」

 

 

 もう言葉すら湧かなかった。だけど二つ、確かなこと。

 

 

「ありがとうございました、ソコラ先輩!次は負けませんから!」

 

「……フ。次も勝つよ」

 

 

 一つ。私はまだ弱い。距離適性の差を使ってようやく勝てた程度の力しかない。

 

 そしてもう一つ。何かを掴みかけている。

 

 止まるな。今なら行ける。重賞にだって、手を伸ばせる。

 

 

「……空、綺麗だなぁ」

 

 

 新たな目標と感覚を引っ提げて仰ぐ青空は格別のものだった。湧き上がる汗も、今は青春の雨だ。

 

 狙うは重賞。私の蹄跡を、この世界に刻みつけてみせる。

 

 

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