絶対勝利の脚(一回限り)を貰ったモブ子ちゃんの苦悩   作:散髪どっこいしょ野郎

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ああ神様、悔しいです

「フー……長い夏合宿だった」

 

「お疲れ、ソコラ」

 

 

 札幌日経オープンを終えてからも夏合宿は続いていた。最後の最後まで私は自分を鍛え尽くした。

 

 鍛え尽くしたのだが……私の中に一つの疑問が生じている。

 

 ……スピードが──

 

 

「どうしたの?急に立ち止まって」

 

「あ、ううん、なんでもない」

 

 

 気のせいだ。きっと、何かの間違いだ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 トレセン学園に戻ってもやることは変わらない。鍛えて、走る。たまに勉強。

 

 

「そういえばだけどさぁ」

 

「何?」

 

 

 走る前のストレッチをしながらトレーナーに声をかける。府中は今日も今日とて日本晴れ。空気が澄んでいた。

 

 

「私のライブパフォーマンスってどう?」

 

「……率直に言うと、見られないレベルではないって感じかな」

 

「うぐ」

 

「歌は普通だし」

 

「ぐへっ」

 

「ダンスは時々たどたどしくなるし」

 

「あぐっ」

 

「……ああ、でもファンサは良かったよ」

 

 

 ……私にファンはいない。オープンレースを勝っただけの凡庸ウマ娘に注目する物好きはそういない。それが世の摂理ってやつ。ファンサがいい。気休めにもならない慰めだ。

 

 

「でもなぁ……今は走ることに集中したいしなぁ……」

 

 

 でもなぁ……前にシンボリルドルフがライブをしっかりこなしてこそ競争ウマ娘だって言ってたしなぁ……。

 

 

「君にも見てくれてる人はいるよ」

 

「……トレーナーとか?」

 

「僕はもちろんだけど、大衆の応援勢も増えてきてるよ。よかったら後でトレーナー室来る?初のファンレターがあるよ」

 

「……うぇっ!?」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「あ゛ー、体が重い……」

 

 

 体は疲弊しきっているのに、胸の高鳴りが収まらなかった。

 

 初のファンレター。あれをトレーナー室で見てからやる気がいつも以上に出てくる感じがする。

 

 内容は簡素で、幼さを残す字体で『応援してます。頑張ってください』とだけ書かれているものだったが、私を荒ぶらせるには十分すぎるくらいの威力を放っていた。

 

 ……私を、応援してくれるのか。期待値は低い、こんなウマ娘に。

 

 ──力を使えば応えられるぞ?

 

 

「うるっせぇな……!」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 それはとある真昼時のこと。カフェテリアで昼食を摂っていたら、そのウマ娘たちは現れた。

 

 

「よお、ソコラ!俺と走らねえか?」

 

 

 私にそう声をかけてきたのはジャングルポケット。″最強″を追い求めるダービーウマ娘だ。

 

 

「ポッケちゃんか。いいよ」

 

「あっ、わたしもいいですか?」

 

 

 その脇から出てきたのはダンツフレーム。皐月賞と日本ダービーで好走している。……今考えてみるとどうして札幌日経オープン(長距離)に出てきたんだ?肩慣らしのつもりだったのか?

 

 問えば答えてくれるだろう。しかしそのおかげで私は勝てたんだ。薮蛇はつつかない方がいい。

 

 

「ダンツちゃんも?もちろんいいよ」

 

「では……私もよろしいでしょうか……」

 

 

 影から忍び寄るように現れたのはマンハッタンカフェ。彼女の周りは不可思議な現象でいっぱいだが、実力は本物だ。

 

 

「カフェちゃんもやるのか。フ。いいね。ワクワクしてきた」

 

 

 嘘です本当は嫉妬の炎で胸を焼かれています。どうしたらあんたらみたいに──

 

 ──力を使えば、並べるぞ?

 

 

「……っ、そ、そういえばだけどタキオンちゃんも誘う?せっかく同世代で走れるんだし」

 

「タキオン?あー、アイツ来るかなぁ……。実験がどうとか言ってたけど」

 

「私としては……あの人に巻き込まれる前に済ませた方がいいと思いますが……」

 

「タキオンちゃんならトレーナーさんと話してるみたいだよ?」

 

 

 やいのやいのと話が進んでいく中、私はトレーナーの言葉を思い返していた。諦め癖を治すまでは野良レース禁止だったが、夏合宿の終了と同時に解禁されたのだ。

 

 

『あ、そうそう。もう野良レースしても大丈夫だよ。今の君なら経験を糧にできる』

 

 

 ……いいんだ。もう、自由に勝負できるんだ。

 

 見せてやる。私の、新しい力を!

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「勝てねえ~~~!!」

 

「で、私の元に来たと。……アンタ、その意味分かってるんだろうな?」

 

 

 私にそう問いかけるのはシリウスシンボリ。彼女はいつもなら(ともがら)や妹分を侍らせているが、運良く私と一対一の時間を作れた。

 

 勝てない。そう、勝てなかったのだ。普通に三人にぶっちぎられて負けた。諦め癖は克服したけどやっぱり彼女たちの得意距離で戦うのは無理があった。……とはいえ、マンハッタンカフェ(ステイヤー)相手なら中距離だと僅かな勝機があった。しかし私はそれをモノにできなかった。

 

 

「ああいや、別にシリウスに協力を求めてるわけじゃないよ。自分の力で走ってこそのウマ娘だし」

 

「──正解だ。アンタは私の徒でも、飼い犬でもない。私に縋るようだったら蹴落としてるところだった。なら、なんのために吐露する」

 

「単純だよ。ただの愚痴。勝てなくてぼやくウマ娘は君も見てきたでしょ?」

 

「おいおい、私はソコラのお母さんか?」

 

「そう言いながら聞いてくれるんだね。シリウスのそういうところ、結構好きだよ」

 

「……放課後空けとけ。私を刻みつけてやる」

 

 

 普通に負けましたとさ。ちくしょう。

 

 ……でも、なんだろう。何かがすぐそこにあるのを感じる。あと少し、もう少しだけ手を伸ばせば届きそうで、走りきっても満たされない。いやまあこの学園に来てからレースを楽しむ余裕なんてものはすっかり無くなったのだが。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ぶくぶく……ぶくぶくぶく……ぷはあっ、お、終わったぁ……」

 

「お疲れ様。少しミーティングがてら休憩しようか」

 

 

 もはや慣れてきたまでもあるプールトレーニング。プールサイドに上がりながら体を横たえると、汗が噴き出してくるのを感じた。

 

 なんとか上体を起こしてトレーナーの元へ向かう。どんな時も彼の微笑みは崩れない。だからこそあの夜の浜辺での表情は鮮明に焼きついていた。

 

 

「ミーティングって何の?」

 

「次に出走するレースを決めたんだ。それの確認と対処についてだよ」

 

「あー、レース」

 

 

 トレーニング疲れか、はたまた勝利した昂揚感か、次の出走が頭から抜けていた。

 

 

「大分間隔が短いけど、新潟記念。そこを君の初重賞にしよう」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 んで、当日。

 

 

「や。今日はよろしくね、ジャーニー」

 

「ええ。実りのあるレースにしましょう」

 

「フラッシュちゃんも、よろしく」

 

「はい。貴方との修練の成果、余すことなく発揮させていただきます」

 

 

 エイシンフラッシュとドリームジャーニー。彼女らとは何度か走ったことがある。ていうか学園の有力候補とは大抵走った気がする。

 

 ぶっちゃけると勝ち目は薄い。中距離2000mは彼女たちの土俵だ。でもトレーナーが出走を決め込んだってことは、勝てる確率自体はあるってことだ。なら四の五の考えるより先に走る。

 

 ……でもやっぱ、勝てる気がしない。最近はジャングルポケット、ダンツフレーム、マンハッタンカフェに負けたこともありただでさえ無い自信がより遠くに感じる。

 

 ──こんな時こそ、あのミーティングを思い出すんだ。えーっと、確か……

 

 

『この先ロングスパートだけでは敵わない相手もいるだろうね。だから、二段式スパートを完成させるんだ。君が先行し、後に追い上げるウマ娘(あいて)にとってもう終わりだと思わせた所を突き放す。それができれば相手のメンタルにダメージを与えられる』

 

 

 レースの世界は未知数だ。机上の空論で全てが決まりはしない。

 

 それでも私は私を、そしてトレーナーを信じる。

 

 

「はぁ……」

 

 

 空を仰ぐ。今日は中々ゲート入りする気が起こらない。係員の人に誘導されながらカラッカラに晴れた空を見つめる。

 

 

「スゥ……」

 

 

 息を吸う。それが思考のトリガーになっていた。

 

 今回のレース、最有力候補はドリームジャーニーとエイシンフラッシュ。二人とも後方から追い上げる走法だ。理想としてはバ群に阻まれてほしいが、二人ともそんな障壁は容易く超えてくるだろう。

 

 しかし彼女たち以外にも注目すべきウマ娘は存在する。

 

 ここは重賞だ。今までオープンレースばかり走っていたから感覚がマヒしてるけど、有力候補(名前を覚えている子)以外も私以上に強い可能性がある。

 

 いずれにせよ走ってみなければ分からない。未踏の舞台を前に、私は構えた。

 

 

『スタートしました!』

 

 

 このコースは長い直線から始まる。コーナーまでの距離が長いことも含め、最序盤のペースは落ち着いている……ように見えて先行争いは発生した。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 

 少し周囲の足捌きが増したように感じる。好位置は奪取した。現在三番手。

 

 今回は後方脚質のウマ娘が多い。プレッシャーはまだ感じないが……後半にどう響いてくるか……。

 

 それにしても、長い直線だなぁ。最後の直線は日本最長だし、先行策でどこまで食い下がれるだろう。

 

 ……ダメだ。思考を止めたらまた走りに酔ってしまう。冷静さを保つためにも、思考は緩めない。

 

 そろそろ第三コーナーだな。ここのコースはスパイラルカーブ。バ群がバラケやすく、差しや追い込み勢に有利となってくる。

 

 その前にまず……

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……ッ、と」

 

 

 坂を上りながらコーナーに入る。いつもならここでスパートに入るが、最終直線の長さからここで体力を消費するわけにはいかない。さりとて仕掛けが遅れたらドリームジャーニーやエイシンフラッシュなどの凄まじい末脚を持つウマ娘には敵わない。

 

 第三コーナーの下り坂にさしかかる。保ってくれよ体力。仕掛けるなら──ここ!

 

 

「ハァッ──!」

 

 

 そうしていつものように全力で踏み込む──

 

 ──異音。

 

 

「……え?」

 

 

 脳内が真っ白になる。まさか、骨折?いや、痛みは感じない。

 

 違う。これは、足の内側じゃなく、

 

 

「落、鉄?」

 

 

 い、や、いやいや、いやいやいや!

 

 ここからだって勝てる!全力を出せば──

 

 ──あ。

 

 

『それと、君は咄嗟の出来事に弱い。もし想定外のことがあったら──勝つことを考えなくていい。ただ、無事に走り終えてほしい』

 

 

 で、でも。嫌だ。負けたくない。

 

 何か、何かないか?この状況を打破する何かが──

 

 

《絶対勝利の脚を使いますか?》

 

《はい》 《いいえ》

 

 

 ……な、んだよ、お前。今まで走ってる最中に出てくることなんてなかったのに。

 

 世界が停止する。与えられたのは、無限の時間。

 

 ズルをさせないためか、今のレースについては考えられないようになっている。この選択肢自体がズルだというのに。

 

 勝ちたい。

 

 首を縦に振れば勝てる。

 

 負けたくない。

 

 はいと言ってしまえば負けない。

 

 

「う、あ」

 

 

 嫌だ。嫌だ!せっかく重賞に出られたのに!二段式スパートだって完成させられそうなのに!

 

 ──使えば、勝てる。

 

 ダメに決まってんだろ!そんな不正、許されるわけが──!

 

 ──じゃあなんで今もこの力を後生大事に抱えているんだ?外法に手を染めてでも勝ちたいと思っているからじゃないのか?

 

 違う、私は──!

 

 ──ああそうか、ここで、ただの重賞で使うには()()()()()()と思っているのか。どうせ勝つならGⅠの大舞台の方がいいものな。

 

 

《絶対勝利の脚を使いますか?》

 

《はい》 《いいえ》

 

 

 私は……私は……。 

 

 

「ぐ、うう、ううううう……!!」

 

 

 ──いいえ。

 

 

「──ッハ」

 

 

 世界が動き出す。私の意識は外れた蹄鉄のことでいっぱいで、作戦もかなぐり捨ててがむしゃらに走ることしかできなくて、ようやく冷静さを取り戻した頃にはラスト一ハロンしかなくて。

 

 ゴール。結果は八着。屈辱と煩悶の敗北だった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「トレー、ナー、私、落鉄して、もう何も考えられなくて」

 

「大丈夫。分かってるから」

 

 

 いつも穏やかなトレーナーの声色が度を増して優しい。気を遣われているのだと思いながらも、私は動揺の渦から抜けきれなかった。

 

 

「ちゃんと僕との約束を守ってくれた。本当に偉いよソコラ。落鉄は僕の不備だ。君は何も悪くないよ」

 

「でもっ、私、負けたくなかった……勝ちたかった……!」

 

「今まで通りの君だったら最下位は必至だっただろうね。だけど頭が真っ白になりながらも八着にせき止めた。ちゃんと成長してるよ。だから大丈夫」

 

 

 大丈夫?何が。だって私は、あの選択肢に──

 

 

「落鉄してあの走りができたんだ。重賞も行けるかもしれないね」

 

「……うん」

 

 

 気のせいであってほしい。けど、確かな予感──それも最悪なものが、私の背後で渦巻いていた。

 

 

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