絶対勝利の脚(一回限り)を貰ったモブ子ちゃんの苦悩 作:散髪どっこいしょ野郎
「いいですよソコラさん!上腕二頭筋が輝いてます!」
「そ、そうかなぁ……」
……どうしてこうなったんだっけ。
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『筋トレを教えてほしい……ですか?』
『うん。ライアンちゃんなら詳しいかなって思って』
強くなりたい。ただその一心で、頼れるものは何でも使うつもりでいた。
メジロライアン、ひいてはこの学園のウマ娘には″貸し″を残している。これまでいいように負かされた貸しを、今ここで回収する。
トレーナーとトレーニングできない間も力をつけたい。ということでマッスルガールのメジロライアンに助力を願ったのだが……
「全身の筋肉を躍動させましょう!いや~教え甲斐があるなーソコラさん!」
「ぐごごごご……」
思っていた以上にやる気をぶつけられた。まあ強くなれるならなんでもいいけど。
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「あ゛ー、しんど……」
練習はいつも通りこなせている。ロングスパートや二段式スパートの試走だってできる。なのに……この拭いきれない不安はなんだろう。
……そういや最近、友達と遊びに行ったりしてないな。トレーナーから止められたわけでもないのに、半ば無意識で避けていた。
……そもそも私に友達はいないのもあるけど、一応入学してから高等部に入るまで辺りは外出仲間もいた。カラオケしたり、アパレルショップに行ったり、たまにキャンプしたりと、まあそこそこにバカをやれていた。
疎遠になったのは高等部に上がって、現実を直視してからだ。走って、学んで、遊んでの繰り返しだった学生生活に突如疑問が生じた。
──私は、このままでいいのか?
本格化はまだ迎えていない。だが負け続きのレース人生。このままで、私は憧れの舞台に立てるのか?
そう思い私は走ることに傾倒するようになっていった。トレーナーと出会ったのは、大体二年前。無理して走り込んでいるところに声をかけられた。
──もったいない。今のままだと君は勝てるレースも勝てないよ。
当然反骨心が芽生えた。偉そうに、あんたが私の何を知ってるというのか。
──僕はサポートしかできない。だからといって、侮られては君の才覚は発揮されない。
試しに迎えた選抜レース。トレーナーの指示通りに走ったら──勝てた。
この手を離したら終わりだ。私はそう直感した。逆スカウトもする気勢だったが彼は柔らかく微笑んで、
──君をスカウトさせてほしい。
そう言った。それから今の日常に変貌した。……って言いながら、若駒ステークスまでは一人で走ってたんだが。
「ただいまー」
「おー、おかえりー」
ルームメイトとは数年前まで一緒にバカやってたのだが、最近はそこまで話すこともない。当然だ。私から見限ってしまったのだから。不要だと、切り捨ててしまったから。
「ねえソコラ」
「んー?」
寝支度を整えて後は入眠するだけとなった夜、珍しくルームメイトから話しかけられた。一体何を……
「アタシたち今度遊園地行くつもりなんだけど、ソコラも来る?」
思わず頬が緩んだ。勝手に突き放してしまったのに、まだ私を慮ってくれているのか。だが──
「ごめん。私──」
断ろうと思った。今のままじゃ憧れに追いつけない。無駄は削ぎ落とすのだと、息巻いていたのだが、
『これは僕の持論だけどね。強いウマ娘は交友関係を蔑ろにはしないよ。友情は、時にどんなトレーニングよりも勝る瞬間がある』
「……あー、私も行っていい?」
「!もちもち!じゃあパーク内の回り方あの子が教えてくれたから、アンタのスマホに送るね!」
後日、私は随分と久しぶりに遊びに行った。懐かしの遊園地は至る所に楽しむ工夫が施されていて、私の濁った心が洗われていくようだった。
……友情、か。みんなはまだ、私のこと友達って思ってくれてるのかな……。
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「ソコラさん、起きてください」
「ハッ!……す、スミマセン」
苛烈さを増していくトレーニング。入念かつ精密に示された座学。とにかく疲労の限界ギリギリまで切り詰めた生活を前に、私は普段の授業中爆睡するようになってしまった。一応補習は免れているけどこのままだと危うい。
今までのように併走の対価として勉強を教えてもらうことも考えたが、このままでは借りが貸しを上回る可能性もある。
と、いうわけだから……
「トレーナー……その……悪いんだけど、勉強教えてくれない?」
「もちろんいいよ」
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「ここの逆関数の求め方はうんたらかんたら……」
「へー……」
流石中央に来ただけのことはある。トレーナーは勉強面でも一級品だった。
「これだけ解ければ補習は大丈夫だと思うよ。少し休憩にしようか」
「はーい……」
知恵熱が出そうなくらいに頭を回した。最近は深く考えることが癖になっていた分反動も大きかった。
だからだろう。私は、何を血迷ったのか、
「トレーナー……膝枕してー……」
「……僕の膝は硬いよ?」
「硬めの枕でも大丈夫だからー……」
「……しょうがないな」
「あ、そうだ。子守歌歌って」
「…………しょうがないな」
この状況のヤバさに気づいたのは仮眠から起きた瞬間からだった。急速に冷えていく脳。今までこんな風に甘えたことがなかった故に、反動はものすごくものすごいものだった。
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「こんにちは、ソコラさん!」
「こんにちは、クラフトちゃん」
秋風が吹き始めたある日。わざわざ階層の違う高等部の教室に中等部のラインクラフトが顔を出した。あー、この感じだとまた併走願いか……?
私は年がら年中色んな子から一緒に走ってほしいと頼まれる。いつも通りの日常だ。経験を積んでおきたいし断るつもりは無い……のだったが。
「……あの!」
「……う、うん?」
「ソコラさん!一緒に日向ぼっこしませんか?」
「クラフトちゃんと私が?……いいよ」
なんでそんなに緊張してるのか知らないが、レース以外の件で誰かから誘われるのは珍しい。甘んじて受けよう。
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ぽかぽかとした陽気。吹き抜ける涼風。夏の暑っ苦しさとはかけ離れた世界を前に、私は
それはそれとして疑問が生じる。私のような木っ端を、何故……。
「なんで私を誘ってくれたの?」
「……最近のソコラさん、根を詰めすぎてるように見えて。すみません、差し出がましかったですよね」
「……フ。ありがとクラフトちゃん。助かるよ。いやー、たまにはのんびりするのもいいねぇ」
優しさが骨身にしみる。やっぱこの学園、癖はあってもいい子ばかりだよなぁ……。
それからは昼休みが終わるまで心地よい微睡みに身を任せていた。体はもちろん、精神もちょっと安定した気がする。
「あー……もう昼休み終わりかぁ。帰ろっかクラフトちゃん」
「も、もうちょっと……もうちょっとだけ……!」
……本当に日向ぼっこが好きなんだなこの子。最終的には私が無理やり担いで教室に叩き込んだ。
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「フー……」
レース前の緊張は何度味わっても心にクる。武者震いもあるが、負けることへの恐怖とそんな後ろ向きの自分への苛立ちでごちゃごちゃになる。だから私は深呼吸をする。
ちなみに空模様は言うこと無しの秋麗。やっぱり青空は何度見ても良い。
今日のレースはGⅢ、チャレンジカップ。距離は2000m。内回りのコースだ。
「ソコラさん!今日はよろしくお願いします!」
「うん。良いレースにしよう、トプロちゃん」
今日の強敵はナリタトップロード、そして、
「バチバチに仕上がってるね~。負けないよ、イクノちゃん」
「ええ。貴方との競走で妥協は許されませんから。──私が、勝たせていただきます」
イクノディクタス。あー、やっぱ私って生まれる時代間違ったのか?
「ハァ……」
「あのー、ソコラヘンノモブさん、そろそろ……」
「あ、すみません」
気づけば私以外みんなゲート入りしていた。係員の人に声をかけられてようやく知った。
『各ウマ娘、ゲート入り完了しました』
「いいえ。……じゃ、やりますか」
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『スタートしました!』
今日の私は七枠十番。ナリタトップロードは先行策をとるだろうが、イクノディクタスは……あー、先行かー。
私は先行争いがそこまで好きではない。体がぶつかるとなんとなくイラってなるし周囲の状況を探らなければならなくなってしまうからだ。
このコースはスタート直後に上り坂があり、ペースはそこまで速くならない。だから──そこを突く。
「……三番手、貰うよ」
「「ッ!」」
少しだけ脚を伸ばして三番手という好位置を確保。少しスタミナを削られたが、その程度で音を上げる程ヤワじゃない。
これは好都合。外枠はやや不利なため、こうまで緩やかに主導権を握ることができるとは思ってなかった。嬉しい誤算というヤツだ。
第一コーナーから第二コーナーへ回る際も順位は変わらず。今日のレースはいつになく穏やかだな。
「スゥ……」
……不気味なぐらいに安定している。前回のショックが抜けきっていないのにも関わらず落ち着いたレース運びができている。ならそれでいいだろという話だが、嫌な予感自体は今も背に張り付いているのだ。
バックストレッチを走りながら思考する。もうそろそろ勝負所がやってくる。イメージはできている。ならそれを実行するのみ。
このコースは逃げと先行有利。序盤で位置取りを獲得できたのは大きかった。後続に圧を与えられる。
「……行くぞ、私」
第三コーナーを回る中エンジンをかける。ここからが私の真骨頂!
スパートに入れ。スパート、に……
「──ッ!?」
悪寒。ここで踏み込んだら、また、あの時のように。
「────あ」
練習の時はこんなことにならなかったのに。
世界が停止する。やってきたのは濃厚な戦慄。怖い、怖い、こわ──
──ふざけんな。
腹の底から感情が噴き上がる。それはあの三女神に対するモノと似ていて。
「ハァッ、ハァッ、ァ、アアアアッ!!」
数歩、遅れた。スパートに入るタイミングをトラウマに乱された上無駄に消耗させられた。ちくしょうが……!
「ふざっ、けんなぁぁぁっ!!」
焼べても焼べても湧き上がる熱情。これは──怒り?
ならばよし。遅れたからどうした。トラウマがどうした。
焼き尽くせ。恐怖も、痛みも、燃え上がる憤怒で叩き伏せろ。
「ウオラァッ!!」
スパートをかける。理解した。私は今、己の力で恐怖を乗り越えた。
吠える。駆ける。もう誰にも負けてやるものか。
ラストの直線に入る。遅れた分後続のナリタトップロードとイクノディクタスに追いつかれる──それがどうした。
「ッ、ラァ!!」
衝き騰がる赫怒に身を任せて脚を爆裂させる。第二の武器、二段式スパート。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
プレッシャーに急き立てられるように走る。もう敗北という錆びた味は要らない!勝つ!今度こそ!
っっ……!感覚視野に誰かの影!だが、それでも……!
スタミナをあれだけ鍛え上げたんだ、最後の坂だって踏破してみせる!
『今、ゴールイン!』
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「ごふっ、ゲホッ、ゲホッ、ハァッ……ハァ……」
夢遊病に罹患したような気持ちで電光掲示板を見やる。結果は……
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「くそおおぉぉッッ!!」
負けるレースじゃなかった。勝ち目はあった。それなのに、それなのに、それなのに──!
クビ差で、二着。
一歩迷った。そのたった一歩が、致命的な一歩が、こんな、数歩の躊躇を生みやがった。
「あそこで迷ってなければ、勝てた!勝てるレースだったのに……!」
「それでも君は、トラウマに打ち勝った。誰にでもできることじゃない」
「そうだね。そうかもしれない。でも、ウマ娘は勝つことでしか己を証明できないんだよ!こんな、かっこ悪い負け方……!」
そうか、私が憎んでいたのは、あの三女神じゃなくて、弱い自分自身。
「……強くなったね」
「え?」
「賭けだったんだ。君がトラウマを負っていたのは知ってた。だけどそれを自力で乗り越えられれば、更に成長できる。でももしダメだったら、しばらく休養にしようと思ってた」
……やっぱりトレーナーには敵わないな。そこまで理解してたなんて。
「君はよくやった。だけど──しばらく本戦は止めよう」
「……え、な、なんで?克服したのに……」
「克服したからだよ。今の君は前のめりになりすぎている。このままだと、勢いのまま倒れてしまう。……両方の意味でね。出走ペースも激しかったし、当面の間は自己研鑽に努めよう」
悔しい。今はただ、その感情を処理するので手一杯だった。
ああ神様、私が憎いです。