絶対勝利の脚(一回限り)を貰ったモブ子ちゃんの苦悩   作:散髪どっこいしょ野郎

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ああ神様、折れそうです

『ハアッ、ハアッ、ハアッ……!』

 

 

 まただ。何度も繰り返される景色。

 

 

『ハアッ、ハアッ、ハアッ……!』

 

 

 どれだけ力を込めても、どれだけ脚を回しても、届くことはなく。

 

 アルゴラシュメット。奴はまだ、私の先を──

 

 

「ソコラ……ソコラ!」

 

「……ハッ!あ、あれ……?」

 

 

 寮の自室にいる。傍らでは同室のウマ娘が心配そうに私を見ていた。

 

 

「どしたの?すっごいうなされてたけど……」

 

「……ああ、夢か。夢、見てたんだ」

 

 

 冷や汗が背筋を伝う。私は眠っていた。そしてあの小倉大賞典の夢を見ていたのか。

 

 

「ど、どしたん?急に立ち上がって」

 

「……外、走ってくる」

 

「え?まだ深夜だけど──って、ちょっと!」

 

 

 ありがとう、引き止めてくれて。だけど私は、私には、これしかないんだ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 もうすぐ春になるということで、突き刺すような外気も柔らかな涼しさに変わっていた。

 

 その中でただ一人もくもくと走る。こんなところで体力使って翌日のトレーニングはどうするんだ、と自問してみても体は言うことを聞かない。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 

 妬ましい。羨ましい。そんな感情を『受け取る』側に立つとは思わなかった。誰かに醜く嫉妬するのは自分だけだと思っていたから。

 

 だけど、アルゴラシュメットはその感情を閃光の烈脚に昇華させた。私に勝つ。ただそれだけのために。

 

 私には力がある。使ってしまえば、誰にも負けない卑劣なギフト。

 

 ──迷いが、潜り込む。

 

 勝ちたい。そのために、ここまで鍛えてきた。辛い現実も飲み込んできた。

 

 力を、絶対勝利の脚を使うということは、その培ってきた全てを灰燼に帰すということだ。

 

 ──でも、勝てる。使ってしまえば、勝てる。

 

 

「ハッ、ハッ、は……」

 

 

 立ち止まる。もう陽が昇ろうとしていた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 最近ソコラヘンノモブに勝てなくなってきている。学園ではそんな噂話が飛び交っていた。

 

 下手するとGⅠ級ウマ娘にすら届きかねない。それが、私の暫定評価だった。

 

 

「トレーナー、いるー?」

 

「いるよ。どうしたの?」

 

 

 アルゴラシュメットに抜かされてから、トレーナーは図書室に籠もるようになった。あの変数が加わったことで計算も狂ってしまったらしい。

 

 

「今日もプール?」

 

「いや、今日はジムに行こう」

 

 

 メジロライアンに教えてもらった筋トレと並行して普段のトレーニングをこなしている。筋肉がついてくると結構モチベがよくなる。おまけに競り合いのためのフィジカルアドバンテージも得られるのだから、至れり尽くせりだった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「というわけだから、次のレースは大阪杯。初のGⅠだけど、君なら──ソコラ?」

 

 

 いつもやってる、トレーナー室でのミーティング。

 

 私は掴んだ。掴んだ筈だ。だけど、なのに、負けて、こんな私が、私が──

 

 

「ソコラ!」

 

「──っ、ああ。ごめんトレーナー。大阪杯だよね」

 

「…………」

 

 

 ああ、その、気遣いと心配が込められた視線。やっぱりトレーナー、お兄ちゃんに似ているよ。

 

 

「あのさ」

 

「なにかな」

 

「……ごめん。やっぱりなんでもない」

 

 

 言ってしまおうかと暫時迷った。絶対勝利の脚。私は冗談が得意ではないから、この人もきっと真剣に受け止めてくれるだろう。

 

 それでも言ってしまうのは違う。こんな特典、誰にも共有させない。こんな最低の手段、打ち明けるわけにはいかない。

 

 ──それはただ、力を使う口実を作りたいだけだろう?

 

 うるせえな……!

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 レースの日はあっという間にやってきた。念のために最終確認もしたけどスピードは伸びてない。

 

 シニア期にして初のGⅠ。大阪杯。このコースは以前チャレンジカップで走ったことがある。経験があるというのは大きな優位性だ。

 

 

「スゥ……」

 

 

 地下バ場に出て思ったのは、意外と緊張感が無いなという感想だった。

 

 勝負服を着て挑むレース。もっと上がったり入れ込んだりしてしまうかもと勘繰っていたのに、不自然な程心は凪いでいる。

 

 

「ソコラ」

 

「ん、どうしたのトレーナー」

 

 

 いつも黙って見送ってくれるトレーナーから呼び止められた。何か忘れ物でもあったっけ?

 

 

「……正直、今の今まで伝えようか迷っていた。今の君に何をしてあげられるだろうって、何度も考えた。けど、やっぱり正直に言うよ」

 

 

 どうしたんだろう、そんな身構えて。

 

 トレーナーの言葉は上の空でどこか呆けている自分がいる。こんなんで今日のレース、勝てるのか──

 

 

「君は僕の初めての担当ウマ娘だ。僕の未熟さから危険なレースに出してしまったこともある。今でもそれは後悔していた。……ソコラの敗北は僕の敗北、そう思ってやっている。今もね。だからソコラ、君に一つ覚えてほしいことがある」

 

 

 そこでようやく意識が戻ってきた。全神経が目の前の人に注目している。

 

 

「君は強い。君なら、勝てる」

 

「……本当に?」

 

「信じられなくてもいい。ただ覚えてほしい。僕は君を信じている。そして──もうダメだって思ったら、()()()()。僕……いや、僕らの言葉を思い出せ」

 

「……ありがと。行ってくる」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 地下バ場を出るといつもの景色が飛び込む。ターフコース、スターティングゲート、数多の観客。

 

 今日の要注意ウマ娘はアグネスタキオンとゴールドシップ。

 

 

「今日はよろしく頼むよ。君が得た領域を、この体で確かめさせてもらおう」

 

「オイオイオイ!アタシを差し置いて燃え上がってんじゃねーぞ!今日はめかぶパーティーってか!?」

 

「……読めないな、君たちは」

 

 

 私の脳内センサーが叫んでいる。やる気が乗ったこの二人は──凄まじい強さだと。

 

 

『各ウマ娘、ゲート入り完了しました』

 

 

 空を仰ぐ。晴天の中、飛行機雲が道しるべのように浮かんでいた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

『スタートしました!』

 

 

 ゴールドシップは追い込み型だ。時が来るまでノーマークでいいだろう。だがアグネスタキオンは違う。

 

 先行策が被っている。故に、この子は、ヤバい。放っておいたら手のつけようがない。

 

 今日は逃げウマ娘が一人もいない。ハナを切っているのは私だった。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 

 風よけ兼目標がいないとなると緊張感が向上する。

 

 俯瞰は自由に使えるが、強いプレッシャーが常にかかっているとなると消耗が激しくなっていく。ここは使わなくてもいいだろう。問題は、勝負所。

 

 何度も繰り返した現実。私の末脚は普通。そこから更に思考を伸ばしていく。

 

 私が先頭、つまりこのレースのペースを決めるのは私だ。

 

 ──ちょっと早めるか。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハァッ──!」

 

「……」

 

 

 一瞬だけ俯瞰を使う。私に釣られて数人が前に進出しだしている。が──アグネスタキオンは動じない。流石皐月賞ウマ娘。度胸も人一倍か。

 

 ゴールドシップも同様。やはり突出しているのは彼女たち二人。

 

 向正面を走っていく私たち。ペースは早く、消耗戦になる。さしものアグネスタキオンもバ群に飲まれるのは嫌うようで、少しだけ速度を速めた。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……行く、ぞっ……!」

 

 

 第三コーナーに入る。チャレンジカップの時はトラウマに阻まれて煮え湯を飲まされた気分だったが、そこはもう踏破している!

 

 

「ハァッ──!」

 

 

 絶好のロングスパート!これ以上ないくらいにハマった!やはり経験が助力してくれている!

 

 第四コーナーにて、俯瞰を使う。二番手のアグネスタキオンから距離を離せている。ゴールドシップは……。──なっ。

 

 

「オラオラオラーッ!ゴルシちゃんの登場じゃーい!」

 

 

 距離が離れすぎて俯瞰でも捉えられなかったゴールドシップが、本気を出し始めた!やはり今日は気合いが乗っているのか、バ(りき)が半端ない!

 

 

「……それが君の全力かい?」

 

 

 ッッ……!アグネスタキオンも来だした!なんつー末脚!超高速のプリンセスの異名は伊達じゃないってわけか!

 

 

「チイッ!」

 

 

 予定よりやや早いが、二段式スパートを使う!これで離せれば──離れ、ない。

 

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ……!」

 

 

 来い、領域(ゾーン)!条件は整った!内から爆炎を巻き起こせ──!

 

 

「ウオオオオッ!!」

 

 

 領域に入った!二段式スパートも発動済み!俯瞰は止める!これ以上体力を使うわけにはいかない!

 

 

「く、あ」

 

 

 プレッシャー、が、ヤバすぎるっての!ゴールドシップもアグネスタキオンも私に並びかけている!ワープでもしたのかってくらい強烈な追い上げだ……!

 

 それでも、私は……!

 

 

「か、あ……っ」

 

 

 …………コンディションは良かった。序盤のレース運びも、ミスはあったけど及第点だった。だからこれは、単純に地力の差。

 

 追い抜かれる。二人の背に、アルゴラシュメットを幻視した。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……三着」

 

 

 好走と言えば好走なのだろう。私にしてはよくやったのだろう。だが、負けは負け。私は敗者だ。

 

 ……GⅠ級ウマ娘に比肩する?バカを言え。私は使える全てを使った。その結果がこのザマだ。

 

 私は、これ以上の走りはできない。

 

 ──絶望。諦観のコントロールさえできない。

 

 

「……ごめん、トレーナー、また負けちゃった」

 

「……いいレースだったよ」

 

 

 本心からそう言ってくれているのは分かる。ないない尽くしの私を見限らず育ててくれているのは痛いほど理解している。

 

 ──力を、絶対勝利の脚を使えば応えられる。

 

 私の中に眠っている最後の武器は、そんなズルだけだった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「貴様、何を隠している」

 

「……何の話?オルフェちゃん」

 

「とぼけるな。その瞳の色、余を欺くには些か稚拙すぎる」

 

 

 大阪杯が終わり、いつも通りプールから上がったらオルフェーヴルが待っていた。なんで?

 

 

「私が何を隠していようと、君には関係ないでしょ?」

 

「戯け。数年前に走った貴様と今では天と地程の差がある。余の威光に背するには──野心が違う。いずれ戦うかもしれぬ相手に関係ないなど、理由にすらならん」

 

 

 ……おっそろしい勘だな。恐らくオルフェーヴルが言ってるのは絶対勝利の脚についてだろう。それを隠しているのがバレていた、ということか。

 

 

「……悪いけど、オルフェちゃんにも、それ以外にも、打ち明けることはできない。ごめんね」

 

「……チッ」

 

 

 去っていくオルフェーヴル。その背を眺めながら、内心呻吟しまくっていた。

 

 ……使いたいよ。私だって、あんたらみたいな上位勢に勝ちたいよ!ちくしょう……ちくしょう……!

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「ソコラさんも一緒に、どうですか?」

 

「障害物競走かぁ~……」

 

 

 学園の行事にはあまり興味が無かったが、これも学生の特権ということで私は春のファン感謝祭に出場していた。

 

 私を誘うのはマチカネタンホイザ。この子も強いんだよなぁ……。

 

 催し物には鬼ドッジボールもあるが、私の能力では足手まといになるということで選んだのが借り物・障害物4000m走。これはこれで苦手分野な気がするが、まあ普段鍛えたスタミナを発揮するには十分か。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 本来、このファン感謝祭は裏方に徹しようと思っていた。私にスター性は無いし、目立つのも特別好きってわけじゃないからだ。

 

 だけど──

 

 

「ええっと──ハチマキ!?お、応援団の誰かー!ハチマキくださーい!」

 

 

 思ってたより、楽しい。そしてなにより──

 

 

「がんばれー!ソコラヘンノモブー!」

 

 

 私ってこんなにファンいたのか……?

 

 

「ハァッ、ハァッ……これで、私の勝ち!」

 

 

 ……随分久しい感覚だ。勝つって、やっぱり気持ちがいい。

 

 

「よかったよー!ソコラヘンノモブー!」

 

 

 ファンがいてくれるのはありがたい。賞賛も快かった。

 

 ……だけど、フルネームで呼ぶのは勘弁してほしいな。

 

 

 



















次回ぐらいで最終話、次々回ぐらいでエピローグ(超短め)となります
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