宙の果てより、燃えよ太陽   作: 燃える空の色

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太陽ーー二つの炎、邂逅す

 

□【炎王】フュエル・ラズバーン

 

 

 燃える。燃える。燃える。

 

 煌々たる火炎が天へと昇り、高熱の奔流が木々を焼き払う。迸る熱線に触れたモンスターは、瞬く間に黒焦げの焼死体へと変わっていった。

 

 世情から遠く離れ、人里からも隔絶されたその山は、一面が朱に染まってなお、誰の目にも触れることはない―――この山火事の元凶と、ただ一人の男を除いては。

 

 

「……何者だ?」

 

 誰も居ないはずの山の中。

 そこには、二つの影があった。

 否――余すことなく炎に包まれたその山中に、影など発生することは無い。

 故に、的確に表すのであれば、そこには―――二つの、炎がいた。

 

 一つは、燃え上がる炎の柱、その中心にてもがく人に近い形をした生ける炎。

 二つは、唯一炎に焼かれず、それでいながら炎の如き眼差しを宿す老いた男。

 

 互いに向き合いながらも、生ける炎は動きを見せず、老いた男もまた炎を静観している。

 

「人……いや、精霊か?」

 

 男の鋭い眼光が炎体を貫いた刹那、炎はさらに勢いを増す。

 木々を巻き上げ、空中で灰へと還すほどの炎の暴風。

 触れただけで生命を奪う熱波は、本来なら男も例外なく焼き尽くしていたはずだった。

 

「――粗雑だな」

 

 だがそれは、この男がフュエル・ラズバーン(【炎王】)ではなかったらの話に過ぎない。

 男が軽々と腕を振るい、炎の嵐を意図も容易く霧散させた。

 嵐の幕を振り払った男は、熱の残滓さえ感じさせないほどに涼しい顔をしていた。

 纏うローブの裾は焦げの一つも見当たらず、皺の見える皮膚は未だその容姿を保っている。

 

 もしもこの場に鑑定に精通した者や観察眼に優れた者がいれば、一目見ただけで理由に気付けただろう。

 男の身につける装飾品や装備の数々は、そのほとんどが異常なまでに《炎熱耐性》を備え、その上男の周りを舞う炎は、その火花でさえ男の元に届いていないのだ。

 

「産まれたての力を持て余した精霊か、それとも……」

 

 男は呟くと、腕を突き出し、握り込む。

 その動作一つで、生ける炎から無秩序に放たれる火の魔力を強引に支配下へねじ伏せた。

 

「火力と、全てを火へと捧げるそのあり方は好ましく思うが、この地が騒がしくなるのは些か面倒だ。この私の元に現れたのが運の尽きだな――消えろ」

 

 そしてそのまま、振り払うように、男は生ける炎を掻き消した。

 

「……ふん。この程度では、【大賢者】の足元にも及ばんな…」

 

 鎮火した後に漂う火の粉の残滓に、どこか気が済んだような顔をしたのも束の間。

 男は虚しげに鼻を鳴らし、「もうここは使えんな」と呟くと、そのまま踵を返してこの場を去ろうとした。

 ―――その時だった。

 

「げほっ」

「!?」

 

 不意に、男の背後から咳き込むような声がした。

 咄嗟に後ろを振り返り、男がその手に火球を――《恒星》を宿し、その声の主を視認する。

 

「貴様は…」

「―――」

 

 揺らめき、燃ゆる、ヒトガタの炎。

 あらゆる全てを灼熱へと注ぐ、壊滅の型。

 

 目の前にいたのは、そう表すしかないような、生ける炎。

 

 男の目に映るその姿は、まるで、男の目指す頂の、更にその先そのものにさえ見えた。

 

「ぷっはぁ!!」

 

 ふらりと、炎はふっと形を崩し、明るい声とともに一人の青年が姿を見せた。

 炎の如く燃え上がる赤髪に、太陽のように輝く橙の双眸。

 燃え尽きてしまったのだろう。

 衣服という衣服を身に付けず、生まれたままの姿を晒す肉体は若々しく引き締まり、筋肉の線はしなやかで、全ての無駄を省いたが故の美しさを醸し出す。

 まるで、炎がそのまま人となったかのような青年の姿と登場に、男は僅かに面食らう。

 

 一瞬静止していた男の目前で、青年が動く。

 咄嗟に身構え、手の上に宿した《恒星》を放とうとする男に、青年はゆっくりと振り向いて――、

 

「いやー!助かりました!!ようやく<エンブリオ>が生まれたと思ったら制御できなくて大変だったんですよー!!しかももう何日間もこんな感じで!!流石に人を巻き込むのはどうかなって思って急いでここまで来たんですけどー、止まる様子もなくて!MPもSPも全部無くなっていい加減デスペナになりそうで焦ってたんですよーー!!しかも道中で燃やしまくったせいでかわかんないですけど一気にすごい進化しちゃってどんどん火力も上がってって!!!!!にしても凄いですねおじいさん!!僕の(身体)、どうやってかは分からないけど一瞬で制御してましたよね!?あれどうやってるんですか!?僕もあんな風に自在に炎を操れるようになりたいんです!!あ、あとその装備!多分耐熱装備とかそういうのですよね!?結構熱かったはずなのに全く燃えてなかったですし!!!あ、それでお願いがあるんですけど、僕を弟子にしてくれませんか!?!?僕もアナタみたいに炎を自在に制御できるようになりたいんですよ!!さっき僕の(身体)だけじゃなくて、自分に迫り来る炎も制御してましたよね!?すごいってすまないくらいすごくてビックリしましたもん!!!だから是非、師匠と呼ばせてください!!!」

「……」

 

 火の嵐と続いて、今度は言葉という名の弾幕の嵐。

 さっきまでの厳粛さからは想像もつかぬ青年の勢いに、男は危うく《恒星》の制御を乱しかけるほど困惑した。

 

「あれ?どうしたんですか?」

「……はぁ。おい、貴様。<エンブリオ>と言っていたな。<マスター>か?概ね事情は察したが、ただでさえ住処を焼かれたのだ。これ以上の迷惑をかけられる謂れは…」

「あ、そういえば師匠、どこかで見たと思ったら、動画で【大賢者】と決闘してた【炎王】さんじゃないですか。なんでこんな所に……」

 

 ――直後、両手に浮かぶ《恒星》が解き放たれ、青年の身体を直撃した。

 

「…ふん。<マスター>は不死身なのだろう?これもどうせ対した罰にもならん。ならば、せめて経験値くらいにはなるがいい」

 

 そう言って、男は火達磨となった青年を見下ろす。

 随分と口の回る男だったが、何故か不快感はなかった。

 【大賢者】の事さえ口にしなければ、見逃してやろうと思っていたが…。

 

「愚かな男め」

「何がですか!?」

「っ!?」

 

 ありえない――、

 男は目を見開いた。

 今まで、この《恒星》を打ち破った者は【大賢者】一人だけ。

 加えて言えば、直撃して無傷で生き残った者など、長い生涯で一人として存在しない。

 それ程までに、男の放つ《恒星》の威力はずば抜けている。

 数百年にも及ぶラズバーン家の歴史と、数十年もの時間を魔法の研鑽に費やした男の技術の髄。

 その深奥…と、かつては考えていた双発式ほどではないが、それでもまともに直撃して、超級職にも就いていない者が無事で済むはずがない。

 男の常識を、観念を、築き上げてきたものを全て粉砕するかのような存在―――それこそまるで、【大賢者】のような。

 

「……貴様、名前は」

「僕ですか?僕は―――、」

 

 

「……そうか。では貴様。弟子にして欲しいと言ったな」

「はい!お願いします!!僕、炎の時に全く制御が効かなくて!!レジェンダリアの方から来たんですけど、もうすごい懸賞金かかってるんです!!いやぁー!3回目のデスペナになる前にここに来れてよかった!!じゃなきゃ今頃"監獄”行きでしたもん!!」

 

 まるでなんてことないように言い切る青年に、男はわずかながらに口端を歪めた。

 ―――逸材。

 己の全てを炎に賭し、あらゆる全てを燃やし尽くすだけの素養を、この青年は持っている。

 誇り高きラズバーン家の末子として、【炎王】フュエル・ラズバーンとして、このようなふざけた青年の存在は認めるべきではない。

 ――しかし、魔術師として、【炎王】として。 

 この可能性を、この炎を、どこまで高めることが出来るのか……その好奇心を、どうして抑えることができようか。

 それに、良くよく考えてみれば、あの【大賢者】も多くの弟子をとっていた。

 同好の徒と共に研鑽することで、何か得られることがあるのかもしれない。


 

 

 とはいえ、誇り高い【炎王】として、弟子を取るなど簡単には許されない決断だ。

 ……だというのに、どうしてこうも、胸の内が騒がしい。

 青年の持つ炎。
あの無軌道で荒れ狂う熱量は、ただの暴走ではない。

 研ぎ澄ませば――いずれ、【大賢者】をも超える炎になりうる。

 

(…面白いではないか)

 

 知らぬ間に、口元の歪みは、確かな笑みに変わっていた

 

 

「……ふん。弟子にしてやるつもりなどない……が、まずは服を着ろ。それと、貴様の持つ<エンブリオ>とやらとジョブの確認だ。先程の状態に頼らない状態での火の灯し方と制御を教えてやる――――仮ではあるが、この私に教えを乞おうというのだ。甘えは許さんぞ」

「え!!……やったーー!!!!」

 

 青年は跳ねるように喜びの声を上げ、両手をぶんぶん振り回す。

 その拍子に、青年の身体の一部がパチパチと音を立て、周囲に火花が散った。


 

「わっ、あっ、すみません!!服、服……! あ、僕、服燃やしちゃうんですけどどうしよう!」

「騒がしい。――その程度の火に耐えうる装備など、私の庵に腐るほどある。…ついてこい」

 

 そう命じると、男は燃える山を後にしようとそのまま歩き出す。

 

「はい!師匠!」

 

 青年も慌ててその背中を追いかける。

 真っ赤に染まった山中を、二人の炎は悠々と歩き続けた。

 

 

 ――これは、孤独に修行を続け、禁断の火に手を伸ばし、己の全てを炎に焚べた男――フュエル・ラズバーンが。

 己の炎を燃やし尽くしてもなお、その灯火を次へと継いでいく物語である。

 

 

 或いは、あるべきではない生ける炎が、全てを灰燼に化すだけの物語。

 

 

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