□【炎王】フュエル・ラズバーン
ラズバーン家とは。
先祖代々、火属性魔法との親和性が極めて高く、火属性魔法の権威として【炎王】の座を受け継いできた、由緒ある家系の一つ。
西方において、【大賢者】やカルディナの【氷王】を継ぐサリオン家と並ぶ魔法の大家であり、その名は大陸全土に轟くほどのものであった。
しかし、先代【炎王】が病によって逝去し、新たにその座に就いた"灰燼”フュエル・ラズバーンが【大賢者】に敗北を喫したことで、その威光には確かな翳りが生じることもなる。
そしてそのすぐ後に、市中にあったラズバーン家の屋敷は焼き払われ、フュエル・ラズバーンは、表舞台から姿を消した。
人々はそれを、世間の風当たりから逃れるためだと解釈した。
だが、真実は異なる。
フュエル・ラズバーンは紛れもない天才である。
そして、彼はただ、一族の末裔として、“魔法最強”の名だけを求める男だった。
外聞も、世論も、家の名誉でさえも、今の彼には些末なこと。
故に、彼が姿を消したのは、ただ全てを炎に捧げると決めたからにほかならなかった。
最低限の家財と装備を詰め込んだアイテムボックスだけを手に、彼はアルター王国南西部の山深い庵に住居を移し、ひたすら鍛錬に没頭する道を選んだ。
しかし、彼の新たな住まいであるその山地は、既に全面を炎に覆われていた。
ラズバーン家に伝わるアイテムのひとつである【火伏せの石】によって、火災が庵にまで伝わることはなかったが、その周囲はとても人が住めるような環境ではなくなっていた。
もっとも、代々の【炎王】を輩出した研鑽は伊達ではなかった。フュエルの纏う装備は高度な《炎熱耐性》を備え、一酸化炭素中毒や酸素不足といった副次的死因すらも完全に封じ込めた一級品である。
ゆえに、山火事の中を平然と歩く彼の姿に不合理はない。
――異常だったのは、その隣に立つ青年だった。
フュエルが重厚な赤いローブを羽織っているのに対し、青年には装備どころか衣服の影すらない。
青年はダビデ像のように整った肢体を惜しげもなく外気へ晒し、爆ぜる炎のように揺らめく髪が燃え盛る山景と溶け合い、太陽の光芒を宿した瞳は燃えるような輝きを放つ。
異質ーー。
フュエルとはまた違った、形容し難い
一目見て感じる印象として、フュエルを熟練の魔法使いや、炎の王とするのであれば、
その青年はまるで、人の形をした太陽そのものとさえ見える。
二人の実力や火力の多寡に関わらず、フュエル自身もまた、その正体不明の気配を肌で感じ取っていた。
「……おい、何をしている」
「い、いや、あのぉ〜……」
庵に入ったフュエルが振り返ると、青年はなぜか入口で足を止め、中に入ろうとしない。
「巫山戯ているのか?さっさと上がって……いや、待て。まさか…」
フュエルが庵の中心に置かれた【火伏せの石】を掴み、アイテムボックスに放り投げる。
直後―――、
「あ、入れた!師匠〜〜!!!入れましたよ〜〜〜〜〜!!」
先程まで頑なに中に入ろうとしなかった青年が、活発に声を上げて踏み込んできた。
その姿にある程度の考察を組み立てながらも、フュエルはアイテムボックスから幾つかのアイテムを取り出した。
「……ふん。まぁいい。おい、受け取れ」
「えっ、何を…うわっ!?」
投げ渡されたそれは、フュエルが纏っている物と近い形状をした赤いローブと、軽い下着のような衣服がいくつか。
そのいずれもが高レベルの《火炎耐性》を兼ね備えており、青年から迸る火の粉や外の山火事の中でも容易く耐えることが出来るだろう。
咄嗟にキャッチした投げ渡されたそれらを見て青年は目を輝かせ、喜びと期待を込めた視線をフュエルに送る。
「わぁーーっ!師匠師匠!いいんですか!?これ頂いてもいいんですか!?」
「どうせもう使わんものだ。構わん」
青年は嬉々としてローブに袖を通し、まるで幼子の様な声を上げながら裾をひらりひらりと揺らす。
鏡を探して駆け回る青年の姿に呆れつつ、フュエルはアイテムボックスから水晶玉のようなアイテムを取りだした。
「今からこの水晶で貴様のステータスを《鑑定》する。大人しくこれに触れていろ」
「あ、はい!いやぁ、なんだか照れるなぁ〜」
青年は手渡された水晶を受け取り、不思議そうに眺める。
すると水晶から光が飛び出し、空中にステータスを表すウィンドウが浮かび出した。
◇
レベル:100(合計レベル:350)
職業:【紅蓮術師】
HP(体力):1500
MP(魔力):35000
SP(技力):1000
STR(筋力):53
END(耐久力):8
DEX(器用):48
AGI(速度):72
LUC(幸運):8
◇
「……なんだ、この
表示された数値は、レベルに反して信じがたいほど低いものだった。MPこそ突出しているが、基本ステータスは初期値に近い。魔術師系統のジョブを重ねたとしても、これほど極端な偏りはあり得ない。
「……どうなっている。例え全てのジョブを【魔術師】や【生贄】などの魔力に特化したものにしたとしても、この数値は有り得ん」
「あ、それには理由があって!俺のエンブリオのステータス補正なんですけど!!!―――MP以外の補正が全部、
「…なんだと?」
「逆にMPは補正が一切ないんですけどね!!でも……」
青年は言葉を区切ると、一度身にまとっていた装備を再び全て脱ぎ始める。
突然の奇行に、しかしフュエルがそれを静観していた――その時。
『――貴様らかァッ!!この地一帯を焼き払った愚か者共はァっ!!!』
全裸になった青年の背後、木造の屋根が轟音と共に崩落した。
『我が縄張りを荒らす愚か者共よッ!諸共に死すが良い……!!』
視界を覆い尽くす粉塵の中から、"ソレ”は現れた。
広がる翼が舞う埃を吹き飛ばし、強靭な肢体が庵の床を踏みしめる。
うねるようにしなやかながらも、白く透き通る半透明の身体を高く持ち上げ、白銀の鱗が青白く光を放つ巨影。
その額から伸びる一本の角を中心に、辺りに強いエネルギーが奔流する。
其は竜――
天竜王統に属する【竜王】が一柱。
エネルギーとリソースを支配する、
其の銘を【導竜王 ドラグコンダクション】。
この地一帯を統治下とする<伝説級UBM>にして、【天竜王】の遠く系譜。
王は鋭き双眸に怒りを宿し、縄張りを荒らす不届き者へ唸りを上げた。
「っ【導竜王】…!?天竜王統に属する【竜王】か!!」
フュエルは戦慄した。
<境界山脈>から遠く離れているとはいえ、【雷竜王】の守護する<雷竜山>のようにとは行かなくとも、己の縄張りを持って支配している【竜王】がいても何らおかしくはない。
フュエル、引いてはラズバーン家が世俗から離れていたが故の失念。
それだけではない。
数十年にも及ぶ研鑽と共に、戦う者としての経験も積んできたフュエルには分かる。
この【竜王】の放つ威圧感は、かつて垣間見た【輝竜王】とまではいかずとも、並の<UBM>とは比較にならない。恐らくは遠からず<古代伝説級>、あるいは<神話級>へと至るだけの器を備えている。
多方、縄張りを荒らされたことに対する怒りからの襲撃と言ったところだろう。
遠方から一方的な攻撃で済ますのではなく、態々姿を現した理由は【竜王】としての誇りか、或いは別の理由があったのかは分からないが、どちらにせよ、その驚異は計り知れない。
―――ならば。
「――燃えよ、燃えよ、地上の星よ、天の光の縮尺よ。
――破滅の星となりて、かの竜を滅ぼせ!」
詠唱と共に、フュエルの手から一つの《恒星》が放たれる。
かつて【大賢者】に敗れた双発式では無く、あくまで単発の《恒星》。
相手の脅威を測るための牽制であり、時間稼ぎ。
またすぐ様に詠唱をはじめ、この一撃で倒れないようならば、今度こそ双発式を――、
『《シージング・コントロール》』
フュエルから放たれ、大気を焦がしながら【導竜王】へと向かっていった《恒星》が、【導竜王】に直撃する寸前、不自然にその軌道を変え―――まるで惑星のように、【導竜王】の周囲を回遊し始めた。
『ほう?ただの賊かと思ったが、なるほど超級職か……大した威力とコントロールだな。【輝竜王】殿下を思い出したぞ』
次第に回遊する速度を増していく《恒星》。
ーーーそれはフュエルが青年を止めた時と全く同じ手法。
けれども無秩序の炎を支配下に収めたフュエルの技巧と比べても、【導竜王】の行ったそれは規格外と言えるものだった。
フュエルの放つ《恒星》は完璧に制御された高密度の膨大な熱量そのもの。
それはフュエルが青年を止めた手法と同じ、だがその規模は文字通り規格外だ。完璧に制御されたフュエルの魔法から、強引に支配権を奪い取るなど、他の超級職――それこそ、【大賢者】だろうと不可能であろう所業。
故に、眼前で起こったその現実を、フュエルはすぐに受け入れることができなかった。
『―――では、そっくりそのまま返してやろう』
王の宣告と共に、《恒星》が元の主へと牙を剥く。
超高密度の熱量がフュエルへ迫る。ティアンでありながら超級職に至った彼の反応をしても、対処は僅かに遅れた。死を覚悟したその瞬間――。
「ちょっと待ったーーー!!」
「なっ!?」
『ほう?』
フュエルの前に、一つの影が割り込んだ。全裸のまま静観していた青年だ。
ーーー直後、《恒星》が青年を直撃し、一瞬の内に火達磨となる。
『カカカッ!なんだ貴様、良い弟子ではないか。存外に、師弟の絆でも結んでいたのか?ククッーーーあの小僧に免じて、お前は楽に殺してやろう!!』
これほどまでに愉快なことはないと、【導竜王】は長い尾で口元を覆い隠しながらケラケラと、床の上で燃え続ける青年の"死体”を嘲笑う。
ーーーそう、燃え続ける、青年の死体を。
(…?)
そこでようやく、フュエルはその違和感に気づく。
【炎王】の奥義たる《恒星》は、本来、触れるもの全てを焼き溶かすエネルギーの塊だ。青年に直撃したならば、その爆風や余波だけでこの庵など跡形もなく消滅していなければならない。
だが、現実はどうだ。爆破も爆風もなく、熱は周囲に拡散することすら拒んでいるかのように、ただ一点に留まっている。
青年が死ねば光の粒となって消えるはずの<マスター>であることも含め、あまりに異質な光景。
そしてこの光景は、先程にも見たものだ。
だとすれば、つまりは――。
「……」
【導竜王】の足先。
静かに燃ゆる炎が、ゆらりと、立ち昇っていた。