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二つの炎が邂逅を果たし、【導竜心核】が自らの有用性を伝えようとしている時。
青年のいる王国南西部の山間部から少し離れた場所に位置する、ニッサ辺境伯領の<DIN>支部地下。
社長や一部の者を除き<DIN>の社員ですら立ち入ることを許されない領域に、その空間は在った。
上下の区別すらなく、無数の情報ウィンドウが行き来する奇妙な空間。
異空間とでも表すべき――正確には、作業場と言うべき場所に数名の人物が集っている。
否、人物……と言うのは誤りかもしれない。
彼らの中には、人とかけ離れた姿の者もいるのだから。
それでも彼らは姿形などよりも深い部分で共通した特徴を持つ存在だ。
そして何より――彼らは、人間では無い。
彼らの名は管理AI。
今現在、<Infinite Dendrogram>の世界を管理する存在である。
集まった彼らは宙に浮かぶいくつものウィンドウ…映像を流すモニターを眺め、そのモニターにはフュエルと青年の様子が映されていた。
「ふぅ〜……これでひと先ずひと安心かな」
【…彼の居場所を観測している…マスターも…いないわ】
モニターを見て、その場にいた白猫を頭の上に乗せた青年が安堵を口にし、別のモニター越しに物憂げな様子の女性が言葉を繋ぐ。
青年の今の名を管理AI13号、チェシャ。
アバターであるトム・キャットとしてここにいるが、本来の管理AIとしての姿は二足歩行の白猫である。
女性の今の名を管理AI17号、ダッチェス。
彼女は現在誰より多忙の身であるため、モニター越しでの参加となっていた。
別名、
『未だ下級のマスター1人に、随分と苦労させられたものだ』
二人の言葉に、浮遊する四つの玉を連ねたような存在……横から見ると芋虫に見えないこともない何かがため息混じりに愚痴を零す。
芋虫球体の今の名を管理AI5号、キャタピラー。
自然環境担当の管理AIであり、今回青年によって最も被害を受けた苦労人でもある。
別名、
「彼一人の被害によって、事前に予測していた<Infinite Dendrogram>サービス開始後のマスターによる環境破壊の数値を大きく超えている」
「あの子のお陰でレジェンダリアも王国も随分燃やされちゃったからね〜。まだ火災も完全には消せてないし〜、火災から発生したエレメンタルがさらに被害を広げてるみた〜い」
そこに二人の少年少女…それぞれ眼鏡とヘッドフォンを付け、スーツを着込んだ双子が追い打ちをかけた。
彼らの今の名を管理AI 11号、トゥイードルダム&トゥイードルディー。
<DIN>社長としてのアバターを使ってこそいるが、管理AIとしての姿との差異はあまりない。
そして残念だが、彼らに可哀想な二つ名は存在しない。
見た目に反しこの場で最も機械的な存在である彼らはどれだけの過労に苛まれようとも苦にしないのだ。
本来であれば多忙を極める立場である彼ら管理AIだが、たった一人のマスターの対処と、その後始末の為に一堂に会していた。
それらが漸く一段落し、余白が生まれたタイミングでの今である。
「……にしても、あの子も運が良いのか悪いのか分からないよねー。僕たちがある程度誘導したとはいえ、あれだけ被害を広げたのに一度も死なずにレジェンダリアを超えて王国まで来れるなんて」
一息つきながらチェシャが首を傾げると、トゥイードルダムがその疑問に淡々と答えた。
「レジェンダリアは環境上、彼の炎による影響を極めて受けやすい。豊富な自然魔力と植生がすべて燃料となった結果、彼の周囲には接近不能な火の海が形成されていた。ティアンであれば【妖精女王】や【弓神】、あるいは強力な<UBM>や<超級>が直接動いていれば結果は違ったと予測する」
レジェンダリアの豊かな自然、精霊、モンスターなど、すべてが青年…【クトゥグア】にとって極上の燃料だった。
何処までも燃え広がり、何者をも蝕む炎の海を超えて青年の元にまでたどり着くことは困難を極め、並の<マスター>やティアンでは近づくだけで焼き焦がされてしまう状態だったのである。
「でもでも〜?確かに被害としてはそれなりだけど、やっぱり他の<マスター>への刺激としては弱いし〜あのティアンのお爺さんと早々に引き合わせたのは得策だったね〜」
「けど本当に大丈夫なの?【炎王】は確かにあの子と相性いいかもだけど、かなりの危険人物だよ?」
「だがあのままでは高確率で何者かに討伐され、レジェンダリアのセーブポイントにデスペナルティから復帰した彼は指名手配を受け、その後に"監獄”へと送られていただろう。そうなると、彼が<超級>に至る可能性は今よりも格段に下がっていた」
トゥイーダルムの言った通りに、実の所、青年はまだ指名手配を受けてはいなかった。
より正確に言えば、大火災の発生源と青年という個体が結び付けられていなかったのだ。
フュエルと出会った時のように、青年が【クトゥグア】を発現させ暴走させたのは、レジェンダリアの首都から遥か離れた密林の中だった。 それからこの数日間、一度も《生ける炎》を解くことなく……解く術がないまま、人の多い街や集落を避けて、あるいは避けるよう誘導されて王国まで向かってきたのだが……。
万が一にデスペナルティを受け、再ログインしたとしても、再び同じことを、今度はレジェンダリアの首都で繰り返し、今度こそ指名手配を受けた上で討伐されていたことだろう。
【……彼の討伐に…王国の<超級>が動いていた…可能性も…あったわ…】
「しかも本人が燃やしたくて燃やしてたわけでもないしねー。完全に制御できてなかったみたいだしー」
そう言ってチェシャがウィンドウを操作すると、青年がフュエルと出会うより前の光景が映し出される。
レジェンダリアの秘境のどこか森の中、青年は不意に【クトゥグア】を発現させると、炎は爆発的に燃え広がり、自力では収拾がつかなくなっていた。
これがリソースの少ない乾燥地帯や、石造りの街中であれば、まだ被害は限定的だったかもしれない。
だが、濃密な自然魔力に満ち、木々に囲まれた場所であったのが最大の災いだった。
『そうは言うが、こちらとしては溜まったものではない。既に<超級>による環境被害への対処だけで手一杯なのだから』
「あははー、それについては同情するよ。ジャバウォックも【導竜王】があっさり倒されたことに残念がってたし、みんな結構踏んだり蹴ったりみたいだねー」
【……代わりに、クイーンは……喜んでいた……わ】
「ジャバウォックが困ってる姿って、最近だとあんまり見れなかったからねー。強いて言うならハンプティがご執心の【破壊王】が着ぐるみを増やし続けてることくらいかなー?」
言いながら、チェシャはこの場にいる誰よりも手が空いていながら面倒くさいと一蹴してまるで手を貸そうとしなかった同僚の姿を思い浮かべた。
「なんにせよ、彼はこちらの誘導通りに【炎王】と引き合った。弟子入りに関しては少し予測から外れたが寧ろ好都合だろう」
「あの子のエンブリオ、制御は完全に放棄してるみたいだからね〜。本人が自力で制御できるようになってもっと強くなれば、<超級>に到達できる可能性も更に上がるんじゃないかな〜?」
苦渋の表情を浮かべるチェシャを横目に、二人は青年に対する成果をまとめを出した。
管理AIの目的からして、最優先事項は一人でも早く多くの<超級>を増やすことにある。
サービス開始から、ゲーム内時間で凡そ二年と少しほどたった今でも、目標である100人の半分にも満たない。
それどころか、七大国家の各国に二人いるかいないか程度だろう。
だからこそ、<超級>に至る素養を持っているマスターの誘導・育成は急務だった。
その為に、態々手間をかけて一人の<マスター>の誘導や干渉を行う程度には。
「残った山火事と大量発生してるエレメンタルはどうする?」
『山火事に関しては降水量を操作して対応する。幸い、この時期の該当地域は雨季だ。多少悪天候が続こうと不自然ではない』
「エレメンタルは放置で大丈夫〜。あの辺には"アレ”が居たし、寧ろ良い結果に落ち着くかも〜」
会話の中でトゥイードルディーの言及した存在に、モニター越しのダッチェスの声が僅かに揺れた。
【……"アレ”は、放っておいて……良いの……かしら】
「確かに、"アレ”が今みたいになったのはサービス開始後だから、僕たちにはもう手が出せないけど……正直、今の<マスター>たちだとちょっと荷が重いんじゃないかな?」
今やこの世界を管理する立場にある彼らだが、マスターたちが来訪した以上、権限としてできることには明確な制限がある。
だからこそ、このまま彼らが「アレ」と呼ぶその存在を野放しにしていて大丈夫なのかと首を傾げるチェシャに対し、双子は迷うことなく答えた。
「荷が重いくらいが丁度いいだろう。今回の件を経たことで、アレによって<超級>に至るマスターが生まれる確率もまた上昇した」
「戦争はまだ当分起こりそうにないし〜、<SUBM>の投下もまだ少し先だから〜、今の内にできる『マスターへの刺激』としては極めて有効なんじゃないかな〜」
<Infinite Dendrogram>の一周年アニバーサリーと共に投入される予定の最初の<SUBM>が投入されるまで、まだ猶予があった。
だからこそ、彼らはその存在を――最新にして最悪の<イレギュラー>を、彼らにとって有用であると判断したのだ。
双子の答えを聞き、ダッチェスはひとまずの納得を得ると共に、過去の青年を映していた全てのモニターを閉じた。
管理室の空間に、束の間の沈黙が落ちる。
【…なら…とりあえず……この場は解散……ということで……いい……かしら……?】
「そうだね〜。これ以上の干渉はむしろ邪魔になるかもだし〜?私達もそれぞれの仕事に戻ろっか〜」
「同意する。では、我らは<DIN>の社長として今回の件の解決を流布しよう」
「僕の方でもみんなに伝えとくよー」
『では、環境の調整に入るとしよう。チェシャ、分身を何体か貸して貰えるか』
ダッチェスの言葉を皮切りに、今できることは終わったとなるやいなや、彼らは各々の作業や役回りに戻り始める。
そんな裏方の苦労も露知らず、今も尚、一つ残ったモニターの向こうの青年は、呑気にフュエルの師事を受けているのだった。
To be continued.