Fate/GrandOrder 〜無限戦乱絵巻 大阪〜   作:ありあ

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第1節 赤鬼の葬列

「いつつ……レイシフトの感覚は慣れないな」

 

 1615年の大阪に降り立ち、最初に口を開いたのはカドックだった。

 降り立った場所はどうやら街道らしく、馬や人が歩くには不自由の無さそうなくらいには舗装された道が続いている。だが辺りに人の姿は見えず、立香が目を覚まして辺りを見回しても、見知った顔しか見当たらなかった。ふと空を見上げると夜明けの直後だろうか、薄紫色の空が少しずつ黄金に照らされようとしている。

 

「一先ず、レイシフトは成功……みたいだね。最近レイシフト直後に問題が起きることが多かったから一安心だよ」

「はい。小太郎さんも、綱さんも無事レイシフトに成功しています。カルデアとの通信も……はい! 問題なく行えました!」

 

『もしも〜し。聞こえてるね? レイシフトは無事成功だ。こちらでも立香、マシュ、カドック、サーヴァントの二騎の存在をしっかり確認出来ているよ。皆、違和感はない?』

 

「ああ。多分問題は無いはずだが……まずは情報収集だったな。周りに人がいる様子は無いが……街道らしき所にいるんだ、この道を辿れば人のいる場所には辿り着けそうだな」

「そうだね。問題はどっちに進むかだけど……」

 

『シバの観測によると北の方角に大きな街があるらしい。まずはそっちの方に向かって、情報収集を始めようか』

 

「了解です」

「主殿。僕達は一旦霊体化してついていきますね。有事とあらば呼んでください」

「オッケー。頼りにしてるよ、小太郎、綱」

「ああ」

 

 一旦の方針が決まり、立香とマシュ、カドックの三人は北を目指して街道を歩く。街が見える様子はまだ無いが、それでも街道として整備された道を歩くだけなら、今まで数多の道程を旅してきた立香達にとっては苦にならないものだった。

 

「そういえば、僕はあまり日本史に詳しくないんだが……大坂の陣とはどんな戦いだったんだ?」

 

 歩きながら、カドックが疑問を口にする。ポーランド出身であり、魔術師として生きてきた彼はいくら勉強家であったとしても極東の島国の歴史までは網羅はしていなかったらしい。

 

「フッ……とうとう俺もカドックにモノを教える瞬間が訪れたみたいだね……」

「……少し鼻につくからマシュに教えてもらうとするよ」

「えっ、わたしですか? ……こほん。では」

 

 当然のようにスルーされたことに対してほんのりしょぼくれた立香だったが、マシュはそれに気付かずカドックに説明を開始する。

 

「大坂の陣とは、1614年に始まった大阪冬の陣、そして1615年に起こった大阪夏の陣を合わせた戦の総称です。当時、天下人となった将軍の徳川家康さん率いる徳川軍と、かつては天下に手が届いたものの先の関ヶ原の戦いから少しずつ孤立し始めていた豊臣軍のぶつかり合いです」

「結局、勝ったのは徳川家康で、そこから暫くは大きな戦の無い時代が続く……んだっけか」

「はい。兵力差は激しく、豊臣軍も大阪城に籠城するなどして奮戦しましたが……冬の陣の際に行われた講和協定にて大阪城は堀を埋められ本丸のみの裸城となり、夏の陣では徳川軍の勢いを止めることが出来ずに豊臣軍は大敗したとあります」

 

 マシュの話を、興味深そうに聞き入るカドック。自らを「魔術師としては平凡」と称するが、自らの知らない知識を意欲的に取り入れようとする姿は、正に一端の魔術師と言えるだろうか。

 そしてその話を隣で聞きながら、話に入るタイミングをずっと伺うもう一人の魔術師がいた。

 

「……でも、豊臣軍だってちゃんと一矢報いてるんだぜ?」

「…………わかったわかった、ちゃんと歴史を知っておくことは特異点修復に繋がるからな。お前の話も聞くからその自慢げな顔をやめろ」

 

 立香の構って欲しそうな顔に降参したのか、カドックはやれやれといった表情で耳を傾ける。勿論、この特異点の知識足り得るとは思ってのことではあるのだが。

 

「人数差も圧倒的だった豊臣軍は打てる策が限られていたけど、そんな中でも「真田丸」って名前の出城を築いて徳川軍を押し返した真田幸村を始めとした、大阪五人衆って武将がいたんだ。豊臣軍は敗北したけど、この五人衆と呼ばれた武将達は豊臣軍の中心戦力となって、徳川方の将軍を討ち取ったりしてるんだよ」

「へぇ……ドヤ顔で待ってただけのことはあるな。ちゃんと勉強してるんだな」

 

 カドックのお世辞とも皮肉とも、或いは素直な賛辞とも取れる言葉を聞いて立香は満足そうに鼻を鳴らしてみせる。隣で聞いていたマシュは百パーセント尊敬の表情で「流石先輩は物知りです!」と手を叩いていた。

 凡そ特異点に来たばかりとは思えない和やかな会話。勿論油断は無いのだが、或いは立香の故郷である日本が舞台だからだろうか。何処か小さな安心感のようなものは覚えていた。

 

『うんうん、立香君が歴史について調べており、英霊の知識を手に入れようとしていることがちゃんとわかって感心だよ』

 

 

「うわっびっくりした! ダ・ヴィンチちゃん、通信入れる時は先に一言ください」

 

『ごめんごめん。でも、今回の特異点の元凶はまさにその「大阪五人衆」にある可能性は高いと思ってね』

 

「……なるほどな。大坂の陣で豊臣軍が勝利すれば、日本の歴史は大きく変わる可能性が高い。そして徳川軍の勝利をひっくり返せる程の力を持つ者となれば──」

 

 それは絶体絶命だった豊臣軍の中でも武勇を発揮し、極地的に徳川軍を脅かした大阪五人衆、ということになるだろう。特異点の元凶──或いは聖杯の在処の候補が一つ挙げられ、和やかな空気は一変して真剣なムードへと変貌する。

 

「特に真田幸村さんは、天下人だった徳川家康直々に「日本一の兵」と評された程の人物です。そんな武勇に加えて聖杯のリソースがあるとなれば、或いは……」

 

 ──マシュが可能性の推測を拡げようとした瞬間だった。霊体化していた風魔小太郎が実体化し、三人の前に背中を向けて立ち塞がる。

 

「……主殿、気を付けられよ。この先、何やら妙な気配がします」

「えっ?」

 

 ──大きく緊張が走る。小太郎は既に両手にクナイを構えており、どんな敵が現れようとも対応可能と言わんばかりの臨戦態勢だ。マシュも小太郎の言葉に反応し、盾を構えるが……

 

『妙な気配って、こっちの観測では敵性反応は無いよ? 人の反応は幾つか見られるけど……』

 

「いいえ、間違いありません。この気配は、ただの人ではない」

「……小太郎が言うなら、間違いない気がする」

 

 カルデアのシバによる観測が間違っているとは思わない。だが同時に、この時代を生きていた忍者であり、今この場にいるサーヴァント風魔小太郎の感覚も間違っていると思えない。一行は歩みを止め、警戒態勢を敷きながら「妙な気配」が現れるのを待つ。

 

「……綱。念の為に現界して、マシュの後ろに控えておいて欲しい。もし妙な気配が人間かつ敵だった場合は……カドックを守ってあげて」

「……承知した」

 

 立香の言葉と共に綱も現界し、刀の柄に手をかけてマシュの背後に立つ。空にあった薄紫は消え、完全なる朝焼けが街道を照らす頃。一行は小太郎の感覚が正しかったことを認識した。

 

 聴覚を刺激する、笛や太鼓の音。少しずつ地鳴りのように近付いてくる、不規則だが力強い足音。姿が見えずともまるで祭囃子のように、これから近付いてくる相手は踊り、練り歩くようにしていることは予想が出来た──その姿以外は。

 

「……なんだ、あれは!?」

「っ、マスター! あれは……あれは鬼です! 鬼が迫っています!」

 

 マシュがそう叫ぶのも無理はなかった。藤丸もやってくる影を目で確認する──その姿は間違いなく「鬼」と許容できた。草履にくわえ簡単な布の服。これだけなら何処かの農民なのだろうと簡単に予想は出来たが、「彼等」はその服の上から赤い布や外套、或いはその代わりに赤い手甲を着けており、皆顔は赤い「鬼」の面を被って隠していた。手には笛や太鼓の桴、或いは鍬や手斧、刀や薙刀まで持つ者もいる。恐らくは人間であるのだろうが、その異様な光景は彼等を「鬼」と表現するには十分だった。

 

「どうする……? 明らかに普通の人間には見えないが……」

「……情報が欲しい、まずは話し合ってみよう。小太郎、一旦武器を納めて。俺が行くよ。マシュ、ついてきてくれる?」

「勿論です、マスター」

 

 少し逸る鼓動を抑え、固唾を飲み込んで一歩を踏み出す。鬼の格好をした彼等はまだカルデア一行の姿は目に映っていないのか、相変わらず奏で、踊り歩いているばかりだ。

 立香は意を決して息を吸い込み、度胸の乗った良く通る声で話し掛けた。

 

「あのー、すみませんーっ!」

 

 ──刹那、笛と太鼓の音。そして地鳴りのようだった足音がピタリと止む。昇り始めた太陽がゆっくりとヒトの影を地面に映し始めるが、立香には今全ての時が一瞬にして止められたかのように感じた。

 

「…………人か?」

「何言うとん。可笑しな格好しとる、妖とちゃうか?」

 

 関西訛りの入った言葉が聞こえてくる。思わず「可笑しな格好はそっちだろ!」と突っ込みたくなる衝動をカドックは必死に抑えた。だが同時に、一先ず言葉が通じるという事実はカドックを安心させるには十分だった。少なくとも同じ人間であり、理性を失っている訳ではないことを確認できたのだから。

 

「えっと……俺達、道に迷ってしまって。人の住んでる街か、村が近くにありませんか?」

 

 鬼の面を被った者達は、立香の言葉を聞いて低く唸りながら何か考える素振りを見せる。

 

「どないする」

「でもよぉ見てみぃ。彼奴らは「赤い鬼」ちゃうやんか」

「待て、あのガキは赤髪や。ガキは「赤い鬼」ちゃう?」

「ホンマや。ほなあのガキはええんか……?」

 

 口々に話し始めた鬼の面の者達の言葉に、綱がピクリと反応する。刀の柄を握る手が少し強ばり、マシュは背後から一瞬寒気がしたと錯覚する程の剣気を感じた。

 ──そして、鬼面の者達はカルデア一行に初めて声をかける。

 

「お前らは「赤い鬼」か?」

「え? いや……人間、ですけど」

 

 立香がそう返した途端、鬼面の者達はダン! と足を大きく踏みならし始めた。その様子を見て立香は自分の返答が間違いなく失敗だったことを悟る。

 

「赤い鬼なら大阪城へ。徳川方の人間共は……地獄へ落とせぇぁぁぁぁ!!」

「マスター、下がってください!」

 

 鬼面達は手に持った得物を振りかぶり──そして一斉に立香達に向かって駆け出した。間違いようもない敵対の意思。即座に立香はバックステップで飛び退き、代わりにマシュと小太郎が前に飛び出る。

 

「全く意味がわからないけど、ごめん! 話し合いは失敗かも!」

「見たら解るよ! 正直者なのは良いことだが、お前は相手の出で立ちや反応を見て嘘をつくことも覚えた方がいいかもな! ……ダ・ヴィンチ! あれの反応は本当に人なのか!?」

 

『ああ、正真正銘ただの人間だよ! そんな急に襲ってくるとは私も思わなかった!』

 

「人間なら殺しちゃダメだ! マシュ、小太郎! 峰打ちでお願い! 綱は後方待機で!」

「了解です、マスター!」

「心得ました!」

 

 サーヴァントは常人の何倍もの力を持つ。刀での手加減が難しい、と自ら語る綱が前線で暴れてしまっては間違いなくこの街道は血の海と化すと判断した立香は綱に後方待機を命じ、鍬や刀の振り下ろしを大盾で受け止めるマシュの陰に入りながら、右手に刻まれた令呪を掲げた。魔術師としては素人も同然な立香が数多の特異点、異聞帯を攻略出来た理由、それはカルデアの令呪、そして数多の縁を触媒とした英霊の召喚。今や百戦錬磨のマスターとなった立香は、一時的にカルデアの霊基グラフに登録された英霊の力を喚ぶ「簡易召喚」を使用し、状況に応じたサーヴァントの力を借りることが出来る。

 

「簡易召喚──ヘクトール!」

 

 立香が召喚したのはトロイア戦争の英雄、ランサークラスのヘクトール。攻勢よりも守勢が得意な彼をマシュと共に前線に配置し、大盾での防衛と長物武器である槍の牽制で敵の勢い任せな攻撃を凌いでみせる。その隙に小太郎はアサシンクラスのお家芸、気配遮断のスキルを使用し鬼面達の意識外へ。小太郎の気配が消えた瞬間、マシュは自らのオーダーが「小太郎が不意打ちで敵を気絶させるまで、敵の攻撃を捌き続けること」だと理解し、前には踏み込まずヘクトールと共に迫り来る刀や鍬を押し返し続けた。

 

 立香はマシュのぴったり後方で、彼女と召喚したヘクトールに魔力を回しながら、じっくり敵を見定める。ダ・ヴィンチの言う通り間違いなくただの人間以上の力を持たない為、普通に戦えばマシュ達が痛手を負うことはないだろう。だが問題は数である──その数は十や二十を簡単に超えており、制圧に時間がかかる懸念はあった。そして戦闘が長引けば長引くほど、予想外の出来事は起きかねない。

 

「もう一騎召喚するか……?」

「いえ、今の戦力で問題ありません、マスター! 温存してください!」

 

 立香の懸念は、マシュの力強い言葉で掻き消された。頼りになる後輩に甘え、召喚ではなくサーヴァントへのサポートに魔力を使用する立香。マシュの大盾が何度目かの攻撃を受け止めた瞬間──鬼面達の後方で小さな爆発が起きた。

 

「なんじゃ──がっ!?」

「小太郎さんの不意打ちが決まりました、マスター!」

「チャンスだ! 混乱に付け込んで二歩分前進!」

 

 或いは忍術か、或いは火薬を使用した忍具か。気配遮断を使用していた小太郎は鬼面達の後方に回り込み、陽動かつ不意打ちの爆破で混乱を誘った。そして派手な爆音と煙に紛れ、持ち前の俊敏さで鬼面達に蹴りや貫手を使用し気絶させていく。そして後方から悲鳴や爆音が聞こえるという事実は前線にいる鬼面達に混乱を与え、攻撃の手が止まった瞬間にマシュは大盾を前に突き出し、一気に敵を押し返した。総崩れになった前線はマシュの圧とヘクトールの槍を防ぐ術は無く、いとも簡単にその意識を手放していく。鬼面達は勝ち目の無さを悟ったのか、一目散に逃げ出していくこととなり──気を失いその場に倒れた者を除き、辺りには立香達だけが残った。

 

「戦闘終了。損傷無し……ナイスファイトです、先輩!」

「うん。ありがとう、マシュに小太郎。助かったよ」

 

 簡易召喚を終了し、ふぅと一息つきながら奮戦してくれたサーヴァント達に礼を言う立香。後方で待機していたカドックと綱も合流し、念の為と一旦負傷箇所が無いかの確認を行う。

 

「しかし……聞く耳は持っていそうだったのに、突然の襲撃だったな。一体なんだったんだ、あの妙な集団は?」

「赤い鬼なら大阪城へ……って言ってたよね。鬼といえば綱が詳しそうだけど、なにか気付いたことはない?」

「いや。俺の生きた時代に大阪城は無かった。それに、俺の覚えている限りで、大阪に鬼の伝承は無かったはずだ」

「そっか……益々謎だね」

 

 鬼殺しの綱を以てしても覚えが無い、となれば一般的な高校生以上の知識の域を出ない立香に解る道理もない。果たしてこの先にあるらしい大きな街にこのまま向かったとして、先程のような鬼面達に襲われて街を追い出されやしないかと悩み始めた時、マシュが何かを思い出したかのように声をあげた。

 

「赤い鬼なら……そうだ、先輩! 赤備えのことではないでしょうか?」

「赤備え?」

「はい。元々は武田信玄さんが始めたとされる、戦に於いて旗や鎧を全て赤に染め上げた軍団編成のことです。大坂の陣でも真田幸村さんがこの赤備えの軍を率いて、徳川軍の本陣まで踏み込む大活躍を見せたと聞いています。先程の鬼の面の皆さんは、その模倣をされていたのではないでしょうか?」

「なるほどな……どうして戦場で大目立ちする赤色に統一したのか、僕にはわからないが……納得のいく推測だ。「赤い鬼なら大阪城へ」という言葉は、赤備えの精鋭軍に入るなら、このまま大阪城へ進めということか?」

 

 マシュの推測に、更にカドックが拡大した推測を立てる。そしてこの二人の推測が当たっているとするなら、この街道の先は大阪城の城下町近辺になるということだろう。恐らくは特異点の元凶となる膝元に迫るということになり、カルデア一行はより慎重にならざるを得ない。

 

「……いや、多少危険でも情報を集めないことには始まらない。このまま進もう」

 

 立香の出した結論はこのまま街へ向かうこと。現時点での情報だけではあまりにも結論を出すには足りず、如何にしても行動の指針を立てることが難しかった。

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