Fate/GrandOrder 〜無限戦乱絵巻 大阪〜 作:ありあ
──大阪城は、建造された地形が防衛拠点としての強靭さを補強する自然の要塞である。
無論、城自体も深い水堀や高い石垣、城内も様々な防衛の為の工夫が成されているが、敵方が大阪城を攻める場合、最も厄介になるのが北、東、西に流れる河川が、天然の水堀となることだろう。
その為、「大阪城は南から攻めるべし」というのが戦国時代の通説であった。無論、戦国時代この城の主は天下人豊臣秀吉であった為、この城に攻め込もうとする武人はいなかったのだが。
だが、この1615年に於いて、「大阪城は南から攻めるべし」という通説は最早通用しない。天然の水堀に守られていない、或る意味では唯一の弱点と言える大阪城の南には、「真田丸」と呼ばれる巨大な出城が完成していた。
出城にて指揮を取るのは、先の時代にて「日ノ本一の兵」と称された真田幸村。出城には至る所に六文銭の描かれた赤い旗が立てられており、びゅうびゅうと風に吹かれてはためく。真田丸には常に多くの兵士が常駐し、いつ敵襲があっても問題が無いよう戦闘の準備を欠かさない。そんな兵士達の中で一際目立つ赤い鎧、そして赤い長髪を後ろで縛った精悍な巨漢が真田幸村だった。
「幸村様! 斥候より伝令が届きました! 徳川軍、進軍開始! 今晩にはここ、真田丸に到着する見込みです!」
「……戦の準備だ。何度攻め込もうが、この真田丸を破ることは不可能だと知らしめてやろう」
伝令の言葉を聞き、幸村は自身の倍はあろうかという巨大な槍を右手で掴み、ずんずんと真田丸の最前線へ向かっていく。真田丸は俄に騒がしくなり、鉄砲の準備をする者、刀や槍を装備する者、赤い装具を身につける者……これから始まろうとしている戦いに勝利すべく、一気に熱を帯び始めた。
真田丸にいる兵士達の士気は非常に高い。それは勿論、真田幸村という圧倒的に強い武将の存在もあったが、同時に数ヶ月前に起きた冬の陣にて、徳川軍の大軍を押し返した成功体験が身に付いている為である。
「何度来ようとこの道は通さん。俺こそが大阪城の守護神となる……!」
一際強い熱を帯びながら、幸村はふと振り返り、自らが仕えている主君の住まう城、大阪城を見上げる。魔術障壁により西洋のカルヴァリン砲や、或いは魔術により顕現した英雄による対城宝具ですら受け付けない、文字通り不落の城と化した大阪城。大坂の陣で豊臣側につくと決めた時点で、幸村はその身が滅ぶ瞬間まであの城を守り続けると決めているのだ。
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鬼面達の襲撃を受けてから更に数刻。立香達カルデア一行は川沿いに店や宿が建ち並ぶ、「街」と呼べる場所まで到着することに成功していた。人通りはかなり多く、所々から商売の声も聞こえてくるあたりかなり栄えていることが見て取れる。
「結局、あの一回の襲撃以外には特に何も起きなかったな……」
「ですね……今この街を見渡してみても、先程のような赤備えの方は特に見当たりません」
カドックとマシュは注意深く街を歩く人々を観察していたが、先刻襲ってきた鬼面のような人は見当たらなかった。人々が身につけているものも、別に赤で揃っているということもない。
「どうする? 情報収集をするなら、分かれて街を回った方がいいとは思うが」
「いや、念の為全員でまとまって行動しよう。さっきみたいな集団がいないとは限らない」
先程の襲撃以降、すぐに対応が出来るよう小太郎と綱も実体化している為、五人でまとまって行動する。慎重に、だがしかし往来から怪しまれない程度には自然を装って街を歩き始めた。
「よぉ、そこの兄ちゃん達! そう、今目があったアンタらや! なんや珍しい格好してるやんか、何処から来たんや! ちょっと寄っていかんか!?」
歩き始めた途端、恐らくは客の呼び込みをしているであろう男から大きな声を掛けられる。マシュとカドックは少し驚いたような様子で顔を見合わせるが、立香は頬をかきながらテレビのバラエティ番組を思い出していた。商人の街、大阪。その声の大きさと懐に入る上手さ。何処か人情溢れる関西弁は、東京に住んでいた立香からすれば身近なものでは無かったが、それでも何故か懐かしさを感じるものだった。
「兄ちゃん達とは……わたし達のことでしょうか?」
「うおっ、えらいべっぴんさんもおるやんか! 決めた、ウチの店寄って行き! 値段は勉強するさかい、損はさせへんで!」
「値段を勉強する……? おい立香、どういうことだ」
「はは……あれは大阪訛り、方言の一種だと思うよ。悪い人じゃなさそうだし、覗いてみようか。すみませーん! おじさん、少しお話してもいいですかー?」
呼びかけの声に応じ、男の方へ歩いていく立香。男は細い目を更に細め、気前の良さそうな笑顔で立香達を迎え入れた。
「いや近くで見たら益々珍しい格好してんな、兄ちゃん達。ええ布使って仕立てた服やんか、こんな所おったらあかんくらいのええ身分した人とちゃうん?」
「はは、そんなことないですよ。そもそも俺達、ここがどんな場所なのかもよくわかってないんです」
「なんやて? ……いや、そっちの刀携えた兄ちゃん、浪人か。遠路はるばる大阪城の合戦に参戦して武功を挙げたろうってクチか?」
商人の男は綱の刀を見て何か合点がいったように呟く。大阪城の合戦、というワードを聞いて立香達は少し手応えを感じたように手を握りしめた。
「いえ、参戦のつもりはあまり無いのですが……大阪城の合戦の経過や、行く末は気になっているのです。今、大坂の陣はどのような状況なのか教えて頂けますか?」
「なんや、自分ら何も知らんのかいな……まあ、べっぴんさんの姉ちゃんに聞かれたらそら答えなあかんわな!」
マシュが聞いた、という部分が幸を奏したか、男は少し上機嫌になりながら戦の顛末を話し始めた。
「戦が始まったんは去年の十一月から。大阪城に籠城した豊臣軍を、徳川軍が包囲して消耗戦の様相から始まった。俺もそうやけど、多分誰もが徳川軍が押し切って勝利すると思ってたんやが……豊臣軍の武将、真田幸村がとんでもなく強いらしく、徳川軍は大阪城に攻め込む前に押し返されとった。攻めあぐねて痺れを切らした徳川軍は、海外から取り寄せたらしい大砲を使って直接大阪城を攻撃したが……妖術の類やろうか、大阪城は無傷やった」
「大砲を受けて、無傷……!?」
男の口から語られた戦のあらすじは、少なくとも立香やマシュが知っている大坂の陣のあらすじと既に大きく変わっていた。何よりもおかしいのは大砲の攻撃を受けた大阪城が無傷という点である。少なくとも1600年の建築技術で、砲撃を受けても傷一つ付かないようなものを築くのは不可能のはずだ。それこそ、この男が言った通りに、或いは妖術──魔術的な障壁が張られている、となると話は別だろうが。
「そこからはずっと睨み合い、長期戦の様相になっとるな。徳川軍はなんとかして大阪城に張り付きたいが、その為には川と水堀を越えるか、真田幸村を突破するしかない。せやけどその真田幸村は圧倒的な武勇でその突破を許さない。もう五ヶ月くらい戦っとるんちゃうか?」
「五ヶ月も……その間に和議も無かったんですか?」
「無かったな。長いこと戦っとるわ」
思わず立香とマシュは顔を見合せた。つまり、この特異点に於いて、「大坂冬の陣はまだ終わっていない」ということになる。史実に於いて冬の陣が始まってから五ヶ月後というタイミングは、既に冬の陣は終結して和議が行われており、総堀は埋められ真田幸村の築いた出城、真田丸も破壊された後の筈だ。そして五月──この特異点の時間から一ヶ月後に大坂夏の陣が始まり、大阪城は落城する。間違いなく、この大坂の陣に関わる何処かに、特異点の元凶となった聖杯が存在する筈だ。
「失礼、商人の方。僕からも一つ質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」
口を開いたのは、立香達の後ろで話をずっと聞いていた小太郎だった。男はええで、なんでも聞いてみんしゃいという様子で小太郎の質問に耳を傾ける。
「五ヶ月も戦い続けている間、豊臣軍側に協力すると大阪城に馳せ参じた諸大名等はいたのですか?」
「…………俺が知ってる限りでは、おらんやろな。兄ちゃん達みたいな浪人衆はかなりの数馳せ参じてるとは思うで、そういう奴らがこの街を通るのも何回か見てるしな」
「……なるほど。解りました。ではもう一つ。商人の方、あなたは豊臣軍と徳川軍、どちらに勝って欲しいですか?」
小太郎の問いを聞き、饒舌だった男は少し黙り込み、悩むような素振りを見せた。予想外の質問だったのか、或いは答えづらい質問なのか。立香達も、小太郎が何故そのような質問を投げかけたのかの真意が解らず、一切口を挟めずにいた。やがて男は口を開く。
「……どっちでもええな。大阪に住んでる身としては、大阪城が崩れるのはそりゃ見たくないし、秀頼様には勝ってほしいと思うで。けど、
男の言葉に、立香達は少し驚いた。どちらでもいい、ということは「徳川軍が勝ってもいい」ということであり、それは或いは大阪が侵略されてもいいと言っていることと同義であるからだ。だが、その質問を投げかけた小太郎は一切の驚きは無く、予想通りというような落ち着きぶりだった。立香はすぐに小太郎に、そしてこの男にどういうことか問い質したかったが、ぐっと飲み込んだ。間違いなく、後程小太郎から話があるだろう。それまでは待てばいいのだ。
「おじさん、色々教えてくれてありがとうございます。お礼に何か買って行きたいんですが、生憎僕らは一銭も持っていなくて……」
「いやぁ、別に教える分にはかまへんけど……一銭も持ってへんなんてことあるか?」
「ああ、すまないが本当だ。その……ああ、そうだ。ここに来る途中で赤い鬼の格好をした奴らに襲われて、その時に落としたらしく……」
商人の疑う目から身をそらす為、カドックが事実を織り交ぜた即興の嘘をつく。その言葉を聞き、商人の気前の良さそうな笑顔は初めて驚きの表情へと変わった。細かった目は大きく開かれる。
「そらアンタら……鬼踊りの奴らと出くわしたんか!? おお、よぉ無事やったな……可哀想に」
「鬼踊り?」
初めて聞く言葉に立香が聞き返す。だが確かに先刻襲ってきた鬼面の特徴を思い返すと、鬼の集団が踊っているようにも思えた。
「せや。真田幸村の大活躍に影響されて、豊臣軍に名乗りをあげた浪人衆とか、農民達を俺らはそうやって呼んでる。真田幸村の赤備えに合わせて赤いもんを身に着けて、「九度山の鬼」なんて呼ばれ始めた真田幸村の真似をするべく鬼の面を着けた輩のことや。あいつらは豊臣軍の勝ちを本気で願っとるし、少しでも徳川方に見える輩は問答無用で私刑にかける過激な奴らやで。やっとることはほぼ山賊か、ホンマに鬼と変わらんわな」
今までのセールストークのようなハキハキとした饒舌さとは打って代わり、吐き捨てるように話した男。或いは実害が彼にもあったのだろうか、その言葉には少し苛立ちも込められていた。
「それにしてもそうか……鬼踊りに襲われたか。そら金を奪われることもあるわな……よっしゃ。離れにある小屋、一日だけでええなら使ってもええで。金ないんやったら泊まる場所も無いやろ」
「本当ですか!? おじさん、ありがとうございます!」
「ええてええて。人っちゅうもんは助け合って出来てるもんやからな」
思いがけない所で一日限りの宿泊拠点を手に入れたカルデア一行。もう少し情報収集を続け、落ち着いたタイミングで離れに戻り、今後の行動方針をミーティングにて相談することとなった。
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商人の男が貸してくれた店の離れは、想像していたよりも中は広く、カルデア一行が寝泊まりする分には十分過ぎる広さだった。歩き通した足を労るべく、立香達は腰を下ろし、膝をつき合わせて聞き込みの結果を話し合う。
「さて……どう考えても特異点の元凶は豊臣軍の何かだな。終わっていない冬の陣、大砲を受けても無傷の大阪城、鬼呼ばわりされている真田幸村。おかしい事が多過ぎる」
「それは間違いないとわたしも思います。そうなると大阪城に接近する必要がありますが、問題はどうやって近付くか、でしょうか」
「豊臣軍に与するつもりの浪人衆として、大阪城へのお目通りを願うか? そうなると形式的には豊臣軍の勝利に協力することにはなるが……」
結局、最初に話を聞かせてくれた商人の男以上の情報は、どれ程聞き込みをしても得られることはなかった。だがそれだけでもこの特異点での大坂の陣は汎人類史の大坂の陣とは大きく違っており、特異点の元凶となっているものを特定するには、大阪城に近付くことが必須となるだろう──というのが、マシュとカドックの意見だった。
しかし、その意見に異を唱える者がいた。
「主殿、少しよろしいですか」
それが風魔小太郎である。彼はカルデアのサーヴァントととして、現代から立香達と共にレイシフトしてきた「現代側」の立場でありながら、汎人類史に於いてこの戦国の世で活躍した「現地人」としての知識も持ち合わせるサーヴァントである。
「僕は、特異点の元凶がそれ「だけ」とは思えません。というより……それだけでは特異点に足るとは思えません」
「特異点に……足らない?」
「はい」
小太郎の言葉と共に、マシュの元へカルデアからの通信が入る。ピピ、という電子音と共に、管制室にいるであろうダ・ヴィンチの声が聞こえてきた。
『実は私たちも小太郎と同意見だ。大砲を受けてもびくともしない大阪城、これは明らかにおかしい。君達の聞き込みの中で「妖術」というワードが出ていたが、大阪城はほぼ間違いなく魔術障壁のようなもので守られているだろう。これは間違いなく元の歴史では「有り得ない」話だし、現実の歴史を歪めている原因の一つではあるとは思うが、それだけでは人類史を揺るがす程の事件にはなり得ない』
「ダ・ヴィンチちゃん、それはどういうことでしょうか?」
マシュの疑問に、小太郎が答える。
「マシュ殿、そもそも豊臣軍の「勝利」とはなんだと思いますか? 大阪に侵攻してくる徳川軍を壊滅させ、追い返すこと? 大将である徳川家康公を討つこと? 実は違うのです」
「えっ違うの? どうして?」
予想外の言葉に、立香も素っ頓狂な声を上げる。
「仮に豊臣軍が大阪から徳川軍を押し返し、徳川家康公を討ったとしても、開かれた江戸幕府の治世が終わることはありません。既に家康公は征夷大将軍の座を子の秀忠に譲っております。つまり大坂の陣で豊臣軍が勝利を収めたとしても、その後討幕を果たし、豊臣方が新たな征夷大将軍にならねば、日本の大局は変わらないのです」
『さっきの聞き込みの時に、小太郎が「諸大名は豊臣軍の奮戦を見て、豊臣方につこうとはしなかったのか」と質問をしていたけど、その答えを覚えているかい? 恐らく他の大名達も、この大坂の陣で勝てたとしても、その先を見れば結局江戸幕府と戦うには力が足りなさすぎることを理解いるんだろう』
「加えて、この現地を生きる人達にとっても、大阪に住む人ですら「どちらが勝ってもいい」という意見でした。主殿はこの大坂の陣を「戦国時代最後の戦」と考えているかもしれませんが、彼等の中での戦国時代最後の戦は関ヶ原の戦いです。既に江戸幕府によって平和な世の中が生まれてしまっている……ですが、豊臣軍が勝利した場合、江戸へ進軍しようと考えているなら──更なる戦乱を招くことになる。また戦乱の世を経てまで、豊臣家に日本を治めて欲しいと願う者は多くないはずです」
小太郎とダ・ヴィンチの言葉に、三人は言葉を失って考え込むこととなった。確かに、聞けば聞くほどに豊臣軍の勝ち目というものが見えなくなっていく。そして豊臣軍が勝てず、江戸幕府の治世が続くのなら……大小の違いこそあれど、歴史に大きなうねりが生まれるとは考えづらくなっていく。
『勿論、さっきも言った通り、大阪城──というより豊臣軍が明らかにおかしいのは間違いない。ただ、それ以外にももう一つ、この世界を特異点に足らしめている元凶があるんじゃないか。これがこちら側で出た結論だ』
「それはつまり……一種の可能性の話だけど」
「……ああ。多分僕も同じことを考えていた」
立香とカドックが顔を見合わせる。
『……うん。君達が考えている通りだと思う。この特異点には、
マシュは驚きの表情のまま、絶句した。