A=アーチャー陣営
A=アルジュン
A=アルジュナ
スナック『メルヘン』での小間使いを終え、香名子ママから謝礼のお小遣いをもらった心護と、カラオケのお捻りでたっぷり稼いだアリアは次の小間使い先に向かった。
その小間使い先こと『Fruit Café KITAMURA』は、主要駅である深潮駅から徒歩5分の場所にある『北村青果店』の隣にあるカフェだ。地元の者は「キタムラ」と呼んでいる。
『北村青果店』の息子の嫁である美果さんが2年前に開業したこの店では、片田舎には不釣り合いなほどお洒落な店内で、青果店が直に仕入れた最高の状態のフルーツがふんだんに使用されたパフェやパンケーキ、フルーツサンドが食べられる。
市内でも珍しいお洒落スポットとして学生や主婦層に人気があるだけではなく、週末にもなると市外からもお客が集まって時には行列もできる。昨年から林市に新幹線が停車するようになったこともあり、観光客向けの需要も生まれて本業の青果店よりも稼いでいるらしい。来年からはテイクアウト用のスムージーもメニュー入りするとのこと。
そんな『キタムラ』に、美果さんは新しいテーブルを入れた。開業する際に、量販店で小綺麗な揃いのテーブルを備品として用意していたのだが、この度、一目惚れしたというお洒落なチェリーウッドのテーブルに入れ替えるのだ。
と言うことで男手が欲しかった。テーブルの荷解きを任せられるならばなお良し。
香名子ママから連絡をもらった美果さんは心護に合格点を出し、小間使いとしての雇用契約が成立したのだった。なので、現在の心護はせっせとチェリーウッドのテーブルをダンボールから解放して店内へ運び、アリアはダンボールを畳んだりテーブルを拭いたりしている。
何かあったら隣の青果店か厨房にいるから呼んでくれと、閉店したカフェの店内には心護とアリアだけであった。
「よし、あと一卓」
「シンゴ。テーブルを出し終わったら、ミカさんがフルーツサンドをご馳走してくれるそうよ」
「やった。クリームとカスタードの二種類あるけど、カスタードの方が美味いんだよな」
「シンゴはフルーツも好きなの?」
「嫌いって訳じゃないな。積極的には食わないけど。アリアは? サーヴァントに食事が必要ないって言っても、サーヴァントになる前は果物とか甘い物は好きだったか?」
「……よく、分からないかも。食事には、あまり興味がないかもしれない」
涼乃と柳蔵の説明によると、サーヴァントはマスターの魔力で維持されているため食事も睡眠も排泄も必要ないらしい。その説明がされている隅で、杏華と並んで寿司を食っていたランサーは一体何だったんだ。
しかし、一緒にいるのに1人だけ食事をするのも居心地が悪いし、サーヴァントにも食事の楽しみというものは必要だ。
それに、食事をとれば微々たるものだが魔力も回復するらしいので、アリアは心護に合わせて食事をとっていた。先ほども、『メルヘン』の裏名物である香名子ママのアラ汁をご馳走になった。このアラ汁のために、酒が飲めないのにやってくる客もいるぐらい美味いのだ。
今度は、『キタムラ』が営業している時間に来よう。季節限定の洋ナシのパフェをアリアの前に出してみよう。
女将さんが必死に「市内でデートするならキタムラよ!」と勧めているので、反応は悪くないはずである。
そうこうしている内に最後のテーブルの荷解きを終えた心護は、店内の全てのテーブルの入れ替えを終えた。真新しいチェリーウッドのテーブルが並ぶと、店内の様子が一気に変わる。以前よりもちょっと温かみが出た雰囲気は、冬を迎えるこれからにピッタリだ……と、美果さんが言っていた。今度は、このテーブルに合う椅子を探すのを楽しみにしているらしい。
最後に、各テーブルに乗っていたメニュー表と期間限定のパフェの写真が載るポップを乗せて完了だ。確か、テーブルを入れ替えるためにまとめてカウンター席の隅に寄せておいたのだが……。
「あら? シンゴ、メニュー表が一冊足りないわ」
「片付ける前はポップと同じ数があったよな。どこいった……?」
床に落ちていないかと店内へ視線を向けると、足りないメニュー表があった。女性の手の中に。
傷一つない真新しいチェリーウッドのテーブル席に、見るも鮮やかな緑のワンピースを着た女性が座っていた。既に閉店時間を過ぎている、誤って入って来たお客なのか?
「すいません。もう閉店してて……」
「アサシンなのに、随分と堂々と歩いているのね」
「え?」
「アサシンとそのマスターでしょう。あなたたち」
女性はメニュー表から視線を離さずにアリアと心護に向けてそう言った。緑のワンピースから覗く真っ白な長い脚を組み換える仕草が、随分と様になっている。
長めの前髪の向こうに見える伏せがちの菫色の眼には、どこか妖しい雰囲気を宿すこの女性……まあ、どう考えても聖杯戦争の関係者だろう。またか。
「あらあら、そんなに驚きませんのね。拍子抜け」
「今日二回目なんで。店に急に現れるの」
「やだぁ、被っちゃったの? 残念」
口ではそう言っているが、声色や表情はまったく残念がっていない。ワインレッドの唇が薄っすら微笑んでいる。
女性がメニュー表を閉じてテーブルに置くと、アリアが心護を背後に隠すように前に立った。その行動は本来心護の役目のはずだが、マスターとサーヴァントの関係ではこれが正解か、と心護の頭の片隅を過る。
「また、魔術師じゃない素人のマスターの敵情視察に来たんスか」
「そういうことになるかしら。素人のマスターに、『気配遮断』のスキルを使用する気配のないかわいいアサシン……あなたたち、面白い組み合わせだと思いまして。フルーツを食べられないのは残念でしたけど」
「隣の青果店はやっているんで、パフェの材料は買えますよ。アンタも……」
「あれ、お休み?」
「マスターか?」と、心護が緑のワンピースの女性にそう問いかけようとしたところで、聞き覚えのある声が飛び込んできた。店の外へ視線を向けると、『CLOSE』の札の前で途方に暮れている杏華がいる。
何でここに?と疑問に感じたが、市内のおすすめのお店として彼女に『キタムラ』を教えていたことを思い出した。
「心護くん?」
「杏華さん……あ、営業時間を教えるの忘れてた。月曜だけは2時で終わりなんスよ。すいません」
「そうだったんだ。洋ナシのパフェが食べたいなーって思って来たんだけど」
『Fruit Café KITAMURA』は、月曜日のみ午後2時閉店である。祝日はその限りではない。ちなみに、定休日は火・水曜日。心護は杏華に定休日しか伝えてなかったのである。
「で、そちらの方は」
「多分、どっかのサーヴァントのマスター」
「……違いますね」
「え?」
「キャスターか」
ビリリと空気が震えた。
腹の底に響く重低音はランサーの声だ。肌に痛いほど空気を奮わせた殺気の矛先は、緑のワンピースの女性に向いている。
杏華の隣にいる気配もなかったのに、ランサーもまた何もない場所から突如出現した。魔術に関わりのある奴らって、何もないところから気配もなく急に出現したがるものなのか?
「まさか、その細腕でセイバーを名乗る訳あるまい」
「凄い殺気ですね。随分と好戦的なランサーだこと。今はプライベートなので、何かをする気はありません。マスターもいませんし」
「マスターもいない、って……サーヴァントの方!?」
「心護くん、気づいてなかったんだぁー。まあ、キャスタークラスなので、魔術師であることは変わりないでしょうけど」
「魔術師ではなく、“魔女”と呼んでいただいた方が嬉しいわ」
よく見たら、彼女―――キャスターの右手の甲には、右腕から続く黒いタトゥーの一部が見えるが、マスターの証である令呪がない。と言うか、心護が勝手にマスターだと思い込んだだけで、彼女はマスターと名乗っていなかったのだ。
またマスターが接触しに来たかと思ったら、まさかのサーヴァントの方が単独でコンタクトを取って来た。通常の魔術師や魔術使いたちは、マスターとサーヴァントの区別がつくらしい。心護はまるきり分からなかった。
「魔術師」の英霊、キャスター―――
魔術を用いた攻撃手段のみならず、自ら礼装を造り出し、その他使い魔を召喚するなどして後方支援を行うことができる英霊が該当するクラス。
クラススキル『陣地作成』により自身に有利なフィールドを形成することにより、物理的な攻撃手段を持つサーヴァントとも互角に戦うことができる。
彼女のまた、“魔女”と自称するほどの魔術を操る英霊なのだろう。基本的にマスターとは離れられないはずなのに、こうしてプライベートで単独行動をしている時点で現界の魔力を補うことができる魔女なのだ。
「今日は本当にプライベートなの。ただ、あなたたちを見かけたのでちょっと顔を見ておこうかなと思っただけよ。改めまして、私はキャスターのサーヴァント。近い内、またお会いしましょう」
妖しくも淑やかな笑みを浮かべた魔女は、颯爽とピンヒールの足音を立てながら『キタムラ』を退店する。今度は、営業している時間に来ると言い残すのも忘れなかった。
「……なんか、みんな接触して来るな」
「巻き込まれ一般人って珍しいですからね。一度、見てみたかったんじゃないですか?」
「俺はパンダか」
「熊猫の方が可愛げがある」
「パンダ?」
深潮聖杯戦争において、詩ノ宮心護の存在がどんな化学反応を起こすのか誰も予測できていない。
何も知らずにただただ巻き込まれた存在として、何も成果も影響も残さずに早期退場するかもしれない。逆に、何も知らないからこそ聖杯戦争を引っ掻き回して大混乱に陥る可能性も無きにしも非ずだ。
過去の冬木聖杯戦争では、何も知らずに巻き込まれたマスターがとんでもない事件を起こしたり、大番狂わせをしたりと記録もある。
魔術師ではない存在というのは聖杯戦争において未知数の存在なのだ。自分の目で見て、心護がどちらに転ぶ存在なのか確認しておきたい気持ちと言うのは理解できる。
「心護くーん! 今日はありがとうね。フルーツサンド食べ……あれ、お客さん?」
「……杏華さん。フルーツサンド食べる?」
「食べるー」
店内に顔を出した美果さんと彼女が手にする皿のフルーツサンドが、何があったのか分からない状況だった。
***
深潮の郊外に小さな洋館が建っている。
海沿いの国道の隅に茂る背の高い雑草の中に佇むように建つそれは、長年そこに在り、長年に渡って手入れも何もされず、誰の物かも分からない。当然、買い取ろうなどという奇特な者も現れず、ただただそこに在っても誰も気にしない物となっていた。
なので、数日前から誰かが棲みついて、更には魔術工房化という魔改造をされていても気づかれない。
人除けの結界が貼られていない頃から誰も寄り付かなかった洋館に、ビニールの買い物袋を手にしたキャスターが帰って来た。
「ただいま。お茶とマスカットを買って来ましたよ。グリーンティー、マスターも飲みます?」
「……どこに行っていた、キャスター」
「ちょっとお散歩に。気になったカフェがあったんですけど、営業時間を確認していなくて入れなかったの。お茶は?」
「飲む」
嗚呼、苛々する。それもこれも、あの警察官のせいだ。
極東の地で再び聖杯戦争の儀式が行われる。その噂が欧州の魔術師を中心に急速に拡大したのは3か月ほど前のことだった。
開催地は、かつての冬木とは縁も何もなく、霊地としても下級なここ深潮市。大多数の者は眉唾な話だと興味すら抱かなかったが、かつての冬木の大聖杯の解体を惜しんだ者たちは噂の真偽を確かめるべくひっそりと魔術的な調査を行っていた。
その調査の結果、聖杯戦争の術式が再現される可能性は高い方、とのことだった。更には、冬木の術式との相違点と安定性の揺れも発見され、魔術師たちはそれらを「召喚できるサーヴァントの多様化」と解釈した。つまり、冬木聖杯戦争では西洋地域を出典とするサーヴァントしか召喚できなかったが、深潮聖杯戦争においては西洋以外の地域を出典とするサーヴァントを召喚できる可能性が高かったのだ。
その調査結果を目にしたとある魔術師の家が、彼―――エルウィン・トキシカ・グラスフィードを深潮へと送り込んだ。当然、目的は聖杯戦争に勝利し、万能の願望器を手に入れること。否、それは目的ではなく手段だった。聖杯を手に入れ、グラスフィード家は根源へと至るために後継者であるエルウィンにサーヴァント召喚のための触媒を持たせて送り出したのだ。
深潮に近づくに連れてエルウィンの右手に令呪の兆しが見えてきた。ここまでは良かったのだ……警察手帳を手にした警察官に肩を叩かれるまでは。
「怪しい外国人がいるという通報があった。ちょっと話を伺いたい」と、警察官はエルウィンを連行し持ち物を没収したうえで留置所にブチ込んだ。
彼の名誉のために一応言っておこう、エルウィンは何もやっていない。留置所にブチ込まれる理由はまったくない。
魔術を駆使して留置所を脱出したが、所持していた触媒が忽然となくなっていた。ここで気づく、あの警察官はエルウィンの持っていた触媒が狙いだったのだ。
悪態を吐きつつ、エルウィンは急ぎグラスフィード家に連絡を取って新たな触媒を用意した。送られてきた古いエメラルドを触媒に召喚されたのが彼女、キャスターである。
ハズレだ。聖杯戦争においてキャスターのサーヴァントはハズレ枠だと記録が証明していた。
魔女を自称する彼女は、緑のドレスと三角帽子を被っていた。見てくれだけは確かに魔女であるが、彼女が
「アサシン陣営と遭遇しました。ついでに、ランサー陣営とも」
「アサシン……ただの数合わせだ。すぐに落ちるだろう。マスター殺しに用心しろ」
「ええ勿論。でもね、マスター。あのアサシンのマスター、ライダー陣営に狙われているようです」
「っ! ライダー……!」
「あなたから触媒を奪い取った例の警察官じゃなくて? どうする? 一言、文句でも言いますか?」
「……アサシンとそのマスターを見張れ」
「承りました」
口にした緑茶が、少し熱かった。
キャスターのマスター:エルウィン・トキシカ・グラスフィード[秩序・中庸]
年齢:18歳
身長:172cm
魔術回路:量・A+ 質・C(変質あり)
好き・特技:特になし、化学実験
嫌い・苦手:会話のない沈黙
令呪:鉱石のような結晶を囲む線対称の円
備考:好きなものは特になしと言ってはいるが、実は絵本が好き。