Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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長くなったので分けますよ。


10-1_心護のそれなりに長い日

「そういえば、さっきキャスターが言ってたけど、『気配遮断』のスキル? を使わないのは珍しいもんなんスか?」

「アサシンのサーヴァントの強みですから、使うのが通常の運用方法なのでは?」

「相手に気配を悟らせずに闇討ちをするならば、女の手でも匕首一つで十分に殺せる。酒に酔った千鳥足で帰路に着く相手を殺し、他人の庭先に転がしておくだけで泥酔して転んだ不慮の事故。何せ、目撃者もいなければ犯人の気配すらないのだからな」

「この人の方がアサシンに向いているんじゃない?」

「実際、アサシンで召喚されることもあるらしいですよ、この人」

 

『Fruit Café KITAMURA』にて、テーブルの荷解きをした賃金のオマケと美果さんのご厚意で心護とアリアはフルーツサンドをご馳走になっていた。ついでに、フルーツパフェにありつけなかった杏華にもおすそ分けをした。

 サーヴァントはそのクラスを象徴する固有のスキルを保有している。それは涼乃から聞いていた。

 暗殺者たるアサシンは、『気配遮断』のスキルでサーヴァントから感知される魔力の気配すらも消し去って隠密行動をすることができる。故に、アサシンが要石となるマスターをサクっとやってしまえば、どんな強力なサーヴァントでも退去となってしまうため、アサシン陣営における聖杯戦争の攻略方法はいかに『気配遮断』のスキルを活かすかにかかっている。

 が、アリアは一向に気配を遮断する気配がない。むしろ真逆なことをやっている。歌姫として歌えば歌うほど、彼女の存在は濃くなっていく。

 まさか、彼女は特例の存在。すなわち、アサシンのクラスにいれども『気配遮断』のスキルを保有していないのか?

 

「いや、そのスキルがない訳ではなくて……」

 

 心護はマスターの特権でアリアのステータスを確認している。彼女はアサシンを象徴する『気配遮断』のスキルがない訳ではない。ただ、()()()()()()()()()()()ので、使用していないだけなのだ。

 さて、本日の小間使いを終了し、ランサー陣営の2人とも『キタムラ』で別れた心護とアリアは夕方5時過ぎに帰宅した。水平線に太陽が沈み、橙色の空は徐々に黒く染まり、空と海の境目が分からなくなるほど夜に浸食される。

 田舎の夜は早くて深い。瞬く間に静寂に支配され、月も雲に覆われて一層の闇は知られてはいけないモノを隠してくれる……聖杯戦争のゴールデンタイムがやって来たのだ。

 その夜、詩ノ宮家の周辺では聞き慣れない大きな音がした。強いて言うならば、何かが弾かれるようなバチッ!という音だ、静電気にも似ている。

 間近で聞いた心護は、電気ショッカーの音に似ていると感じた。マグロやカツオなどの大型の魚を捕獲するために使用する物で、かつて漁業研修で耳にしたその音を覚えていたのだ。ちなみに、野木は曳き網漁を中心に船を出している。

 しっかりと靴を履いて外に出たら、電気ショッカーという感想はあながち間違いではなかったと判明する……その大きな音は、自宅周囲に張られた結界に巨大な空飛ぶ鮫がかかった音だったからだ。

 またか!

 

「出た!?」

「ライダーの鮫……どこかに、ライダーもいるはず」

 

 よくよく考えてみれば、以前に家の近所で襲撃してきたのだから、心護の自宅はライダー陣営に知られているのは当然のことだった。もし結界がなかったら、鮫に突進されるなりして自宅ごとお陀仏になっていただろう。敷金も吹き飛ぶところだった。

 だが、鮫が結界にかかった音は、静寂な夜には大きく響きすぎた。隣家の玄関に灯りが点き何だ何だと音の震源を確認するために住人が出て来る気配がする。このままでは、ご近所さんを巻き込んでしまう……心護はバイクのキーとヘルメットを手に取った。

 

「アリア、行くぞ」

「ええ。行きましょう、マスター」

 

 買ったばかりのヘルメットをアリアに投げ渡し、靴紐を締め直す。足をしっかり防御してくれる頑丈さと、短距離走を猛ダッシュできるほどの動きやすさを兼ね備えた安全靴は、試着したときよりもずっと心護の足にフィットした。

 アリアを後ろに乗せた心護のバイクが走り出せば、鮫は彼らを追いかける。このまま人気のない場所まで誘導できれば、ご近所さんたちに迷惑をかけることも、漁協の二の舞になることもないだろう。

 心護がバイクを走らせた方角は、深潮の南西部。岳野と林市の堂賀地区に接する山林ならば、人よりも動物の数の方が圧倒的に多いし、夜中に足を踏み入れる人間はまずいない。サーヴァントの戦闘による被害を想定するならば最適解の誘導場所であった……岳野地区は現在、ライダーのマスターが拠点としている場所であることを除けば。

 そしてもう一つ、心護が自覚していなかったことがある。昼間に二度も接触を図られたように、彼は自分が考えている以上に他の陣営に注目されている事実は、嫌でも思い知ることになる。

 岳野地区から林市に至る峠を越えれば堂賀地区に入り、レオンモールにもほど違いが、峠の周辺や深潮側は手付かずの山林が黒々と茂っている。無人販売所の駐車場の隅にバイクを置き、心護とアリアは山林の中に入った……鮫が入って行けないほど木々が立ち並ぶ林を越えて少し開けた場所に出ると、欠けた月明りに照らされた鎧が姿を現した。

 木を一本へし追って心護たちの前に姿を見せたライダーは、まだ記憶に新しい。これにて三度目の邂逅である。

 

「出た」

「アサシンとそのマスター」

「アサシンのマスター、詩ノ宮心護です。アンタのマスターも近くにいるんだろ。姿は見せないのか」

 

 サーヴァントはマスターからの魔力で現界しているため、マスターの側から長時間離れることはできない。ならば、ライダーのマスターも心護たちを追って岳野までやって来ていると心護は考えたが、挑発にもならない問いかけでは出て来ない。当たり前だ。

 幅をとる巨大な鮫は小回りが効かないので、木々が密集する山林では出してこないと思ったが、正解だったかもしれない。鮫もなく、マスターもなく、鎧武者ただ1騎だけ現れる。時代劇の武将のように名乗ることは当然なく、ノータイムで和弓を番えて鏑矢を打ってきた。

 これが、深潮聖杯戦争が正式に開幕してからの初戦であった。

 

「アリア!」

「ええ、マスター」

 

 心護の身体はアリアに支えられて鏑矢を避け、ライダーが射った鏑矢は木に刺さるどころか、甲高い音響を鳴らしながら何本もの木を貫き倒していった。

 心護は林に身を潜め、アリアは剣を手にする。彼女が奏でる高音(ソプラノ)の独唱と薔薇色の光は、あの曇天の襲撃と同じだった。

 

「さあ、その首を(わたし)に差し出せ!」

 

 昔の中国の高貴な姫の如き服装と装飾品、小さな手には不釣り合いな青龍刀。漂う冷気は森林の如く氷柱を出現させてあっという間に心護の姿を隠し、ライダーを包囲する。

 氷柱の内に秘めた炎が一斉に噴き上がってライダーを包み込むと、炎を切り裂く青龍刀がライダーの首―――兜と鎧の境目を狙って刃が滑り込むが、一瞬で和弓から持ち替えた薙刀に阻まれてしまった。

 

「剣戟はセイバークラスと謙遜がない。しかし、正面から切り込むのはアサシンの戦略とは思えない。何か策でもあるのか、それともサーヴァントの使い方を知らないのか」

「マスターの彼の姿は見えるかい、アーチャー」

「ええ、相も変わらず木陰に身を潜めています。何か事を起こそうとする気配もありません」

「歌わせないのか……否、そこまで魔力を供給できないのか」

 

 サーヴァントの魔力を感知したアーチャーとそのマスターであるアルジュンも岳野の山林に赴いていた。ライダーとアリアの戦闘を暗闇の中で静観し、戦闘の違和感を感じ取っていた。

 アルジュンの考察は概ね当たっている。先のレオンモールのように、観客の心を感動で殺すほどの歌唱をするには、アリアは大量の魔力を歌に込めることになりその魔力は心護から供給されることになる。ライダーの心を殺すほどの魔力を孕んだ歌を連発したら、そこまでの魔力を単体で供給できない心護の身が危ないのだ。

 だから、必然的にこの戦い方になる。歌唱によって、アリアの肉体に歌劇の登場人物を憑依させる……今の彼女は、歌姫に非ず。今、青龍刀を手にセイバーさながらの剣劇でライダーの相手をしているのは、オペラ『トゥーランドット』の登場人物だ。

凍てつき焦がれる麗姫(トゥーランドット)

 それが、今のアリアの姿だった。

 アリアが保有するアサシンのクラススキル『気配遮断』は、自身の気配を遮断するものではない。歌唱によって一種のトランス状態になり、自我を希釈させて自分という存在を遮断することにより、歌姫が演じて歌う「役」を憑依させるのだ。つまりは、精神的に自己を殺すスキルになっている。

 故に、アリアは歴代の聖杯戦争で召喚されたアサシンのような戦法はとれない。だから、これが心護とアリアの戦い方だった。

 

「まだ、大丈夫。身体は変じゃない。魔力はまだあるってことか」

 

凍てつき焦がれる麗姫(トゥーランドット)』での攻撃はライダーと斬り合い、その余波で周囲の木々が根菜のように簡単に斬られ、炎を秘めた氷柱でなぎ倒される。でもまだ山火事の気配はないのが僥倖だ。

 しかし、戦況は思わしくない。アリアとライダーの剣戟は、互角ではないのだ。

 ライダーの一合はとにかく重い。体躯に見合う剛力を一振りに全て乗せているかのような音を立てている。対してアリアの一合は、それに比べれば遥かに軽い。動きこそ素早く踊るように軽やかなに柔軟に動くが、パワー不足なのは素人目でも明らかだった。

 燃える氷柱と手数の多さで何とか耐え忍んでいるだけ。では、次の一手だと、心護はアリアに念話を送ろうとした、その時だった。暗闇を切り裂く光が、一直線に2騎のサーヴァントを狙ってきたのは。

 

「何者だ」

「ごめんなさいね。顧客(マスター)の指示なのよ。悪く思わないでくださいな」

「昼間の……キャスターか」

 

 アリアに憑依するトゥーランドット姫の声に引き寄せられた心護は、木陰から乱入者へ目を向けた。

 鮮やかな緑のドレスと、胸元から両腕まで伸びるタトゥー。魔女のような広鍔の三角帽子の下に見える菫色の瞳とワインレッドの唇は、間違いなく昼間に『Fruit Café KITAMURA』に現れたキャスターだ。

 マスターの指示でキャスターが乱入してきた。彼女は二個の宝石―――エメラルドを宙に放ると、エメラルドからは先ほどと同じく緑の光線が射出される。

 光線の一本はアリアを、もう一本はライダーを狙って飛んできた。アリアは氷柱の陰に隠れることで防いだが、ライダーは避ける様子も防ぐ気配も見せずに直撃したが傷一つついていなかった。

 

「『対魔力』はそれなりに高そうですね」

 

 キャスターは再びエメラルドやその他の宝石を放りながら木の枝に飛び乗った。ライダーと距離を取りながら、飛び道具で執拗に攻撃してくる。アリアよりも、ライダーが狙いのようだ。

 

「キャスターも現れた。彼女たちは詩ノ宮くん……いや、違う。狙いはライダーの方」

「クリスティーヌ、クリスティーヌ。君の憂いは私が払おう。舞台は君のために。君は、この舞台を望むかい?」

「……舞台に上がらなきゃいけないかもね」

 

 散々好き勝手やっているライダーが動いた。冷や汗をかく柳蔵を神社に残し、涼乃もバーサーカーに抱えられて現場を訪れていた。

 バーサーカーが接続している柳洞神社から離れるリスクはあったが、また何かしでかしたら、それこそ監督役からペナルティを与える必要が出て来るからだ。

 来てみたら、レオンモールからそんなに距離がない場所だった。しかも、心護もいた。どっちだ、ここを選んだのは。(※アサシンのマスターの方です)

 涼乃はキャスターに視線を向けた。聖杯戦争においては、マスターたちはサーヴァントのステータスを透視・閲覧することができる。聖堂協会から聖杯戦争の監督役を委託された際、歴代の冬木の記録として渡された分厚いマニュアルにそう記されていたが……涼乃はキャスターのステータスを閲覧することができなかった。

 杏華と情報を共有したら、彼女も同じだった。どういう訳か、深潮聖杯戦争において、マスターは自身が契約したサーヴァントのステータスしか閲覧できなくなっている。

 今のように他のサーヴァントのステータスを閲覧しようとすると、まるでパソコンがフリーズするかのように動かなくなる。矢印カーソルの横にある砂時計が延々とぐるぐる回ってNow Loading……そんな感じである。

 冬木聖杯戦争では召喚できなかったはずの東洋出典の英霊もサーヴァントとして召喚されている。召喚術式の揺れが確認されている此度では、様々なイレギュラーが起きているということか。冬木とは違うから、マニュアルが通じないのか。

 キャスターが乱入したことで戦況は三つ巴となった。キャスターの狙いがライダーならば、アリアが動く隙ができる……じゃあ今だと、心護は次の一手に出ようとした。

 ライダーが薙刀の斬撃を一振りする前までは。

 キャスターの攻撃を振り払うついで……と言うよりは、攻撃を薙ぎ払った先の直線状にソレがあったから同時に行動に移しただけだったりする。ライダーに届いた桐月の念話の内容は「設置した」だった。

 ライダーの攻撃の直線上に、過酸化アセトン爆弾が入ったステンレスボトルを設置した。心護とそんなに距離がない。

 ライダーの攻撃によって、起爆した。

 岳野の森林に爆発音が響いたが……幸いにも、住宅街にまでは届かなかった。




アリア(アサシン)のスキル:
○気配遮断(自己)B
アサシンのクラススキル。
本来のものとは違い、彼女のものは歌唱によって一種のトランス状態になり自我を希釈させ、自分という存在を遮断して歌劇の役を憑依させるためのもの。つまりは精神的な意味で自己を殺すスキル。
通常のものとは違い、攻撃態勢に移ってもランクが下がることはない。
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