深潮市はどこに出しても恥ずかしくない田舎であるが、中心部にあたる駅前は田舎なりに栄えている。
主要駅である深潮駅周辺には、ファミレスやカラオケ、100円均一ショップ、小規模なスーパーが詰め込まれた商業施設や、全国チェーンの本屋などが立ち並ぶ。駅の裏にある広大な駐車場は2年前に有料制となり批判を受けたが、平日のランチ時や休日になると数台のキッチンカーが営業をするようになったのはまずまず好評であった。
ここ10年で徐々にゆっくりと発展してきた。しかし、発展してきたのはアクセスの良い駅前を始めとした中心地であり、港に近い地区や旧合併前の町村の人口流出速度がイカンことになっている。
平日の駅前は13時を過ぎると一時的に酷く静かになる。近隣の市役所を始めとした公的施設の職員たちが昼休みを終えるため、込み合う飲食店から一斉に人の波が引いていくのだ。なので、駅前でランチをするのならば、13時を過ぎてからが狙い目である。
だが、キッチンカーによっては、13時を迎えたらすぐに撤退するものもいるので注意が必要だ。
「はい、ハツ塩1本とねぎまタレ2本。あと、お姉ちゃんかわいいからハツ塩もう1本オマケね」
「わ~い! ありがとうございます!」
ぴょん!と飛び跳ねそうなぐらい大げさに喜べば、焼き鳥のキッチンカーの店主(中年男性)はあからさまに鼻の下を伸ばす。
くるん、とスカートを翻して、焼き鳥4本入りのパックを手にしたお客は、手を振りながらキッチンカーが並ぶ駅裏駐車場を立ち去った。どこかに落ち着くこともなく、駅前にある小規模な公園のベンチに座ることもなく、パックを開けてハツ塩串を一本取り出して食べ歩きのように一口頬張った。
「ん~ハツ美味しい……けど、やっぱりこの前のお店の方が美味しいかな」
「失礼」
かけられた声の方にくるりと振り返れば、やはりまだ若い……もしかしたら、十代かもしれない顔立ちの少女がハツ塩串を嬉しそうに食べていたのを、涼乃は目にした。
ハーリキンチェックのスカートとタイの服装は、平日の片田舎では聊か目立つコーディネートだ。ブルネット混じりのプラチナブロンドも相まって深潮内ですぐに噂になっていそうな外見であるが、涼乃は今この瞬間に初めて彼女を認識した。
「あ! 神社の人でしょ。何か御用?」
「貴女なんでしょう。セイバーのマスターは」
涼乃がそう問いかければ、少女はかまってもらえた子供のように目を輝かせて微笑んだ。
口で咥えて引き抜いだ右手のグローブの下には、円を中心に左右非対称な翼が生えた令呪がある。
聖杯戦争を陰で監視している時計塔からもたらされた情報によると、現在、深潮市や近隣の林市を始めとしたこの周辺には、聖杯戦争に参加しているマスター以外の魔術師がちらほらと出没している。彼らは皆、深潮聖杯戦争のことを噂で聞きつけてやってきたが、7名のマスターが出揃った現状においては大人しく出歯亀する程度に留まっている。
昨夜の岳野での戦闘も、魔力の動きが観測された時点で使い魔を飛ばしていたらしい。まあ、ほとんどが物理的な爆発とセイバーの攻撃に巻き込まれて帰還困難になっていたようだが。
出歯亀の野良魔術師たちは静観を貫いている。あわよくば令呪を奪ってマスターに成り代わるなり、逸れサーヴァントと契約して乱入するなりしそうだが、その動きはない。生存的戦略のために、深くは首を突っ込まないようにしているのではないか、というのが時計塔の某
早い話が、ほとんどの魔術師はサーヴァントの戦闘にドン引きしてビビっているのだ。
昨年、冬木市で行われた解体戦争においては、サーヴァント同士の戦闘に匹敵するほどの大規模な被害を出したらしい。らしい、というのは、涼乃も見たことはなく監督役へ配られた分厚い聖杯戦争のマニュアルに載っていた記録しか目にしていないから推測でしかない。
それを目にした魔術師たちはドン引きし、ビビリ倒し、興味はあるし覗いてはみたいが、実際に参加したくはないし命は惜しい。そもそも、深潮聖杯戦争において彼らが望む聖杯が手に入るかも怪しいため、そんな怪しい儀式に命を賭ける気は更々ない。そして、眉唾物の聖杯のためにこんな田舎に長く滞在する気もない。
しかし、逆を言えば、そんな眉唾物の聖杯のために自身の命を賭ける魔術師がいれば、それは本物だということだ。本気で、聖杯を手に入れるために自身の命をチップにして賭けたのだ……彼女もそちらの類なのだろうか。公園のベンチに移動して嬉しそうに焼き鳥を頬張る、身元の分からないこの魔術師は。
「貴女、お名前は? いくら調べても身元が分からないんだけど」
「ふーん……じゃあ、レィム。レィム・ロホルト・ウーサって名乗っておきます。偽名でーす」
「偽名?」
「名前に意味はないですよ。良い感じの響きが口から出ただけ。で、監督役側の方が何の御用です?」
「……この聖杯戦争において、セイバーが最初に召喚された。つまり、セイバーのマスターは深潮で儀式を起動させた魔術師である可能性が高い。冬木の術式を深潮で再現したのは、貴女なの……?」
「違いますよ。わたしじゃあありません」
彼女――レィムは「違う違う」と大きく手を振った。リアクションが大袈裟なのは気のせいか。
冬木から流出した聖杯戦争の術式を深潮で再現した犯人(あえて犯人と呼ぶ)である魔術師は、未だに特定できていない。今も深潮に潜伏しているのか、それとも、失敗したと見限って離れたのかも分からない。レィムが犯人ではないのなら、令呪を得られずに深潮を離れた可能性の方が高いのだろうか。
それとも……。
「それとも、わたしがその魔術師を殺害して令呪を奪ってセイバーのマスターになったとも思ってます?」
「……違うの?」
「ノーコメント」
「ウェットティッシュ、使います?」
「どうもありがとう」
レィムは嘘とも正解とも言わなかった。ただ、焼き鳥の最後の1本を食べ終わっただけだった。
涼乃から受け取ったウェットティッシュを一枚抜き取ると、脂やタレで汚れた唇と指先を拭いつつ、涼乃の頭のてっぺんから足先まで視線を向ける。ほんの一瞬、空色の視線が通過しただけだったが、涼乃はまるで、観察されているような、品定めをされているような、居心地の悪さを感じた。
「うん。お姉さんとても真面目そうって直観したのは間違いなかった。わたしに会うためにきちんとした身形でやってきて、ウェットティッシュを始めとした持ち物も
「何……?」
「伸びた背筋と整った靴。マニッシュなシューズがかわいいですね。真面目で清廉、そしてとても理性的……恋愛には向かないタイプかな」
「……っ」
咄嗟に、涼乃の手が口元に触れた。無意識の行動に、レィムの視線は痛いほど突き刺さる。
「口元に触れた。図星の行動……もしかして、恋愛が苦手なのは自覚があったりする? だとしたらゴメンナサイ。悪気はなかったんです。癖、みたいなもので……」
相手の心理を行動から予測して、求められる姿として振る舞う。その方が、何かと都合がいいし場がサクサクと進むのだ。
選べる総菜のお弁当と焼き鳥丼。二台のキッチンカーが並んでいたら、女性客は前者を選ぶ確率が高いだろう。男性客多めのランチ時の最後に、小柄で愛らしい仕草の少女が「焼き鳥ください!」とやってきたら、中年男性の店主の顔はあからさまに緩んだのをレィムは見逃さなかった。
1オクターブ高い声で注文して、餌を啄む小鳥のように一つ一つ丁寧に小銭を差し出せば、焼き鳥をオマケしてくれるルートは確定した。こうして、焼き鳥3本分の代金で4本手に入れたのだ。
「心を読む魔術でも使っているの?」
「そんな大それたものじゃあないですよ。うーんと、心理的プロファイリングって言ったかな? それに近いものです。わたし、お姉さんに好印象を持ちました! そこまで愛らしく振る舞わなくてもよさそう。むしろ、そう振る舞ったら印象悪くなりそう」
刹那、レィムの首筋に鉤爪の一本が触れた。霊体化していたバーサーカーが、自らの意志で実体化してレィムに殺意を向けたのである。
あと少し力を込めれば、薄い首の皮をプツリと貫いて頸動脈から流血が迸る。レィムが恐怖で身体を動かしても同じことだ。
風でも吹けば、駅前の小さな公園が殺人事件の現場になってしまう。
「やめてバーサーカー」
「……」
「そうね、無理にかわい子ぶらなくても結構よ。やられたら腹立つし。ああ、ごめんなさい。名乗っていなかったわね。バーサーカーのマスター、柳蔵涼乃です」
涼乃の命令に従い、バーサーカーはレィムの首筋から手を引く。手袋をして鈎爪状の異形の両手を隠してから、眼鏡をかけた青年の姿で涼乃の背後にそっと控えた。
バーサーカーが出現しても、レィムは恐怖を抱くことも焦りもしなかった。ただ黙って、涼乃の口からバーサーカーを止める言葉が出るまで微動だにしないことが最適解だと気づいていたのだろう。
レィムはベンチから立ち上がって、隣のゴミ箱に焼き鳥のゴミを入れた。涼乃と距離と詰めると、レィムの背後には音もなく白銀のプレートアーマーの騎士が出現する。
翼の意匠がデザインされた流麗なシルエットは間違いない、昨夜に見たサーヴァント……セイバーだった。
「剣士」の英霊、セイバー――
古今東西の英雄譚において剣に逸話のある英霊が該当するクラス。「騎乗」や「対魔力」を始めとしたスキルと能力値のバランスの良さから「最優」と称され、過去の冬木聖杯戦争でも最後まで勝ち残った記録もある。
セイバーのサーヴァントは、伝承に語られる名剣・聖剣の類を宝具として所持していることが多いが、白銀のセイバーの腰にある剣の形状は分からなかった。やはり、靄のような黒い影に覆われてシルエットしか判別できないのだ。
涼乃は昨夜と同じく、サーヴァントのステータスを透視・閲覧しようとしたが、やはり上手く作動しない。レィム越しに目にしたセイバーを前に画面がフリーズしている。
「ご挨拶ありがとう、涼乃さん。改めまして、偽名ですが名乗りましょう。わたしはレィム・ロホルト・ウーサ。そしてセイバーのサーヴァント。以後、お見知りおきを」
レィムは両手の指先をスっと伸ばし、涼乃とバーサーカーへ向けて丁寧に礼をする。その仕草がどこかぎこちなくとも様になっていた。
「ちなみに、昨夜の攻撃はあなたを含めた他のマスターたちの反応を見るために行いました。マスターが近くにいる状況下で、サーヴァントたちはどんな反応・行動を示すのか……結果、バーサーカーを始めとしたサーヴァントたちはマスターの身の安全を優先していましたー! わたしはそれを、手強い相手が多いなーと結論付けした。少なくとも、現時点ではマスターを切り捨てはしないサーヴァントばっかりということ。一筋縄じゃ行かないようですねーこの聖杯戦争」
「できれば、深潮に被害を出さないで欲しいわね。ここ、地元なもので」
「はーい。じゃあね、涼乃さん」
「あと、他のマスターにもかわい子ぶらなくてもいいと思うわ。そういうの、効かなさそうな人ばかりだから」
「そっかぁ。肝に銘じておきますね!」
セイバーが姿を消し、手を振りながら公園を出ていくレィムの姿が見えなくなると、涼乃は小さく溜息を吐いた。なんだか随分と気疲れてしてしまった……相手の一挙一動から心理を読み取る彼女と接していると、心の中が丸裸にされてそうで緊張する。魔術を使っていないという発言は、本当だったのだろうか。
「レィム・ロホルト・ウーサ」は偽名だと自称していた。彼女の正体は、一体何者か。
情報化社会の今の時代、世間と縁を切った世捨て人ぐらいでないと完全に身元を消すことなど不可能だ。彼――詩ノ宮心護ですらインターネット上で情報を閲覧することができたのだから。
心護が柳蔵神社に運ばれた時、彼は「水泳でインハイとインカレ行った」と言っていた。「インハイとインカレ」つまり、インターハイとインターカレッジ。学生時代に水泳で全国大会に出場しているのならば、それなりに名の知られた選手だったはずと調べてみれば簡単に見つかった。
確かに、心護は高校と大学で競泳の全国大会に自由形で出場している。優勝や上位入賞はしていなかったが、タイムだけなら名の知れた現役選手よりも良い記録を出した大会もあり、団体戦の選手一覧にも名前が見られた。
一瞬、何故こんな片田舎に移住して漁師をしているのだと疑問にも感じたが、まあ他人の人生にアレコレ口を挟む権利はない。経歴を見ると、競泳に秀でている本当にただの一般人である。
聖杯戦争のマスターとやらは、何かと謎の多い者ばかり。もう帰ろうと、涼乃はバーサーカーに付き添われて公園を出て神社に向かおうとするが、聞き覚えのない声に呼び止められてしまった。
「ねえあなた! 涼乃ちゃんでしょう、神社の!」
「えーと……」
「あ、ごめんなさいね急に! 昔、お母さんにお世話になって」
「ああ、母の」
声をかけて来たのは、自転車に乗った中年女性だった。50代になるかならないかの、涼乃は面識のない女性である。
地元故に、こういうことはよくあった。
深潮の中心にある神社の宮司である父の顔は随分と広く、「神事や祭りで世話になった、お父さんによろしく!」と、知らない人から「神社の涼乃ちゃん」と声をかけられることはしょっちゅうだ。あまり慣れたくはない。
そして、自転車を押して近づいてきた女性は母の知人だった。
涼乃の母・
「今は、お母さんと同じ助産師さんをしているんだっけ?」
「ええ……」
「お母さんには本当にお世話になってたのよ~! 娘を取り上げてもらったんだけど未熟児で産まれてね。どうしようって心配になってたらお母さんが色々と親身になって相談に乗ってくれてさ。その娘も無事に健康に育って、今年から社会人やっているの! お母さんは本当に良い助産師さんだったわ」
「ありがとうございます」
「息子もお母さんに取り上げてもらいたかったのに……本当に、何で真哉子さんが。今でも腹が立つわ! 何で真哉子さんが死ななきゃならなかったんだって……!」
「……」
「……失礼、マダム。我々は帰らなければ」
「あっ……ごめんなさい、知らないおばちゃんが勝手に話し込んじゃって! じゃあね」
涼乃が居心地の悪そうな表情をして口を噤んだのに気づいたのはバーサーカーだった。涼乃の肩をそっと支え女性の会話を遮り、涼乃が逃げられるように助け船を出してくれたのだ。
バーサーカーのお陰で話は切り上げられ、かつて母の患者だった女性は自転車に乗って去って行く……母が亡くなった事故の話を持ち出されるのは苦手だ。感情を上手く吐き出せず、吐き出す矛先を見つけることもできずに、結局は我慢して飲み込んでしまうことになるから。
20年前、真哉子は長時間の分娩を終えて深夜3時過ぎに病院を出て帰路に着いた。人気のない暗い国道を軽自動車で走っている途中、ハンドル操作を誤って軽自動車は大きくスリップし、電柱に衝突して運転席が大破したのだ。
レンコンの皮をむいて5mm幅のイチョウ切りに、タコは3cm幅に切り、冷凍の里芋は解凍してから半分に切り、甘辛い味付けで煮込む。
原因は、左車線のど真ん中に寝転んでいた肌着姿の老人だった。
痴呆が始まっていたその老人は、深夜のみならず日中も家を抜け出しては深潮じゅうを徘徊し、徘徊先で大暴れしては警察官に取り押さえられるのを繰り返していた有名人だった。その日も家を抜け出して徘徊していた老人は、どういう訳か国道の左車線に寝転んでいて、真哉子は老人を避けようとしてハンドル操作を誤ったのである。
いただき物のメバルのアラを煮込んで出汁を取り、3mm幅のイチョウ切りにした大根とニンジン、斜め切りにした長ネギ、賽の目切りにした豆腐を加えて煮込み味噌を加える。
幸いだったのは、駐在所の手前で起きた事故だったため目撃者がいて事故の詳細が判明したこと。不運だったのは、駐在所の警察官が暴れる老人を取り押さえるのに手間取って救急車を呼ぶのが遅れたこと。
ほうれん草を茹でて5cm幅に切り、麺つゆともみ海苔、釜揚げシラスと和える。
当時8歳だった涼乃は、ぐっすり眠っていたのを父に起こされてパジャマの上にカーディガンを羽織って真哉子が運び込まれた林市の市立病院に向かったのをはっきりと覚えている。病院の照明が嫌に眩しかったことも、大人たちの会話が酷く大きな声で聞こえてきたことも、覚えている。
豚ロースの筋に切れ目を入れて塩・コショウをし、片栗粉を両面にまぶしてこんがり焼き、酒・みりん・砂糖・醤油・おろし生姜を合わせたタレを煮絡める。
結果を見れば真哉子の単独事故だったが、事故の
卵を四個かき混ぜ、ほぐしたカニカマと戻して薄切りにした干し椎茸を戻し汁と一緒に混ぜ、塩・砂糖・鶏ガラスープの素で味付けし、卵焼き用フライパンで焼く。
真哉子の死から約1年後、その老人は家族に看取られて布団の上で亡くなった。葬儀を終えた後、残された家族はまるで夜逃げをするかのようにこっそりと深潮を出て行ったらしい。そして、20年経った今になっても、真哉子の事故へ義憤を露わにする者は存在する。多くは先の女性のように真哉子に子供を取り上げてもらった者だったり、残された柳蔵と涼乃を慮る地元の者ばかりだ。
先日作って冷凍しておいたジャガイモコロッケを180度の油で揚げる。
涼乃は分かっていた、理解していた。母の死という「怒り」の矛先を向ける対象がいないことを。
病気に対して怒りをぶつけられない。
老人の行動に疲弊していたその家族に怒りをぶつけるのも違う。
そして、
今更涼乃が怒っても何も起きないし、涼乃が怒って父を困らせたくないし、母の死に怒る地元の人たちと同調するのも何だか嫌だった。
涼乃は怒りの感情を飲み込んだ。飲み込んで、我慢していれば、波風立てずに地元の日常を過ごせるから。
魚焼き機に塩鮭を入れてふっくら焼く。
「……やらかした」
「うん、やらかした」
台所のテーブルに突っ伏した涼乃の前には、どう見ても多すぎる量の食事が並んでいた。
レンコンとタコと里芋の煮物
メバルのアラ汁
ほうれん草のおひたしの海苔和え
豚ロースの生姜焼き
かに玉風の卵焼き
ジャガイモコロッケ
焼き鮭
更に、冷凍餃子を焼こうとしたとこを柳蔵に発見されて止められた。ちなみに、豚ロースの生姜焼きとジャガイモコロッケに添える千切りキャベツも刻んでしまったし、炊飯器ではあと数分で三合の白米が炊き上がる。
我慢した感情を飲み込めずにもやもやした時の涼乃は、大量の料理を作ってしまう悪癖があった。料理をしている最中はそれに没頭してもやもやした気分を誤魔化せるからだ。
母の事故の話題を出されて悪癖がぶり返した。だって、母の死から20年経っても涼乃は飲み込んだ怒りの感情を消化できていなかったから……。
「どうするのよこのご飯。アラ還と娘とサーヴァントしかいないんだよ、うちは」
「クリスティーヌ、クリスティーヌ……我が身にベルゼブブは降臨せぬ。私には暴食の悪魔の名は荷が重い……」
「ほら、何かよく分かんないけど、多分こんなに食べられないって感じのこと言ってる!」
「昔みたいに、お向かい(※神社の階段を下りて斜め向かい)さんにおすそ分けを……」
「永井さんのところは、息子さんたち全員成人して家を出て今はご夫婦2人だけ。大量に食べる野球部員はもう残ってないの」
「ううう……」
涼乃は再びテーブルに突っ伏した。
冷蔵庫で保存しておくにも、この量を食べきるのは時間がかかるし流石に痛んでしまう。かに玉風卵焼きから下が余計だった。冷凍した白米が残っているのに米を炊いたのも余計だった。
「こうなったら……!」
きっと、現役野球部員と謙遜ないぐらい食べてくれるはずだという希望を込めて、涼乃はつい先日スマートフォンに登録したばかりの番号へ電話をかけた。
セイバーのマスター:レィム・ロホルト・ウーサ(偽名)[混沌・善]
年齢:??歳
身長:158cm
魔術回路:量・? 質・?
好き・特技:スティック状のお菓子、友人・仲間、心理的プロファイリング
嫌い・苦手:秘密
令呪:左右非対称な翼が生えた円
備考:式尾の爺さんが焼き鳥奢ってた妙な恰好の女の子が彼女。ハツ美味しい。