Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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映画ドラえもんを観てきたよ!
バギーちゃんんんーーー!!


14_血を沸かすほどの熱い愛

 冷静に考えれば酷く馬鹿なことを考えていた。

 昨夜の岳野の森林での戦いを思い出しては、エルウィンは魔術工房で頭を抱えていた。

 突如出現したセイバーの無差別攻撃と魔術の気配がない多重爆発が巻き起こった深夜の森林にて、現場にいたマスターたちの例に漏れずエルウィンも巻き込まれかけた。キャスターに助けられて難を逃れ、無事に拠点に戻ってきて冷静になって振り返れば……本当に、あの時の自分は頭に血が昇っていたのだと嫌というほど実感した。

 

「普通の魔術師では、自前の魔術回路で二騎のサーヴァントと契約して使役するなんて無茶な話よ。マスターの魔術回路が、異常に一流なものだったらできるかもしれないけれど。そもそも、キャスターの私を前線に出すのは、悪手と言う他には考えられませんね。昨夜もその目で見ましたでしょう、あのライダー相手には火力不足なの。対魔力もスキルもあるでしょうし」

「う……っ」

 

 キャスターの言葉が次から次へと突き刺さる。これが普通の――平均的な魔術師的思考でなおかつプライドが実力よりも高い魔術師ならば、「使い魔風情が」と怒鳴り散らしていただろうが、エルウィンは黙って刺されていた。だって、全部が正論だったから。

 今のエルウィンには、キャスターの正論に反論するカードはない。ましてや逆ギレをする気力もなかった。

 キャスタークラスのサーヴァントを引いてしまった時点で、戦い方は決めたはずだった。が、留置所送りにして挙句の果てにライダーの触媒を奪った桐月への恨みで目の前が曇っていたのだ。落ち着け、真正面から力比べをしても勝てる見込みが高い相手じゃないのは、昨夜にしかと目撃したはずだ。

 頭を抱えながら正論に刺されるのは終わりにしよう。エルウィンは顔を上げると、微かに曇った眼鏡のレンズを丁寧に拭き……ふと時計へと視線を向ければ、薬の時間だった。

 

「マスター、その薬」

「以前も説明しただろう。魔術刻印の拒絶反応を抑える薬だ」

「……ええ」

 

 1か月前、エルウィンは父親からグラスフィード家の魔術刻印を継承しその身に移植した。魔術刻印は血縁から移植される臓器のようなもの、血縁者に適合すると言っても移植したエルウィンの肉体は大なり小なりの拒絶反応に苛まれてしまう。しょうがない、魔術師の家の後継者として生まれたならば避けられない道だ。

 故に、エルウィンは魔術刻印の移植を受けたその日から処方された薬を飲み続けている。それは、聖杯戦争のために来日してからも変わらず、習慣として8時間おきに薬包紙に包まれた甘苦い粉薬をぬるま湯で流し込んでいる。グラスフィード家の先代当主であった祖母が手ずから調合してくれた薬は、エルウィンが先祖たちから継承した魔術を固着してくれるはずだ。

 グラスフィード家は、ルーツを辿ればローマ帝国を起源とする家系である。

 そこから時月を数えれば約1,200年。先祖たちは、鉱石や化学物質に由来する毒物を原料としたウィッチクラフトから派生した魔術毒を用いて根源を目指すため、時の権力者たちをパトロンとし魔術の研鑽を続けていた。そのパトロンたちの要求に応えるべく、先祖は“治験”として魔術の成果である魔術毒を用いて多くの者たちを自然死にみせかけて暗殺してきたらしい。魔術毒の治験には最適な環境だったと記録されている。

 先祖たちが魔術によって精製したのは、美しくも妖しい宝石の如き毒の結晶だった。一見すると毒とは思えない、調べても毒だと分かりもしない華美な装飾品を身に着けているだけで治験対象は静かに死に至る……周囲は暗殺されたとも考えず、ただただ病死で片付けた。呪いの宝石などとの伝説も、蓋を開けてみれば魔術師によって製造された研究成果であった。

 暗殺を続ける度に研究のためのデータは蓄積され、魔術毒は精製され続けた。末期には、魔獣でさえ殺害できる無味無臭の魔術毒を精製することにも成功していた。

 それから一族はブリテン島へ渡り、名を「グラスフィード」と改めた。かつては時計塔のロードも排出した名家であったが、ここ2世紀ほどで緩やかに没落へ向かっている。

 それもこれも、化学の発展が原因だった。

 化学の発展により、未知の物質は解明された。所有者が次々に死に至る呪いの宝石は、毒の結晶であると魔術師でもない一般の科学者によって暴かれたのだ。

 鉱毒の神秘が科学者によって暴かれ始めた。21世紀を迎えた現代において、神秘は著しく減少し魔術は衰退の一途を辿っているが、その筆頭にいるのがグラスフィード家の魔術であった。

 グラスフィード家に残された道は二つしかない。このまま魔術の衰退を受け入れるか、今までの研鑽と魔術基盤を捨てて別の魔術でのアプローチに移行するか……グラスフィード家はどちらも選ばなかった。

 だから、聖杯を手に入れなければならない。

 エルウィンの両脇腹から背中へ刻まれた魔術刻印には、グラスフィード家1,200年分の神秘と研鑽と執着が刻まれている。先祖たちが積み上げた1,200年の歴史を無駄にしないために、エルウィンは深潮聖杯戦争に勝利して根源に至らなければならないのだ。

 口に残る独特な甘苦さを大量のぬるま湯で洗い流したタイミングで、工房に設置した魔術礼装が反応した。中型の花瓶ほどの大きさの水晶柱は通信のための礼装だ。この水晶柱によって、海も時差も越えてイギリスのグラスフィード本家と即座に通信することができる。

 水晶柱にはリアルタイムで文章が映し出された。内容は、グラスフィード家の当主夫妻……つまり、エルウィンの両親から彼に宛てた手紙である。使用目的だけを言えば電子メールと同一の魔術礼装であり、ぶっちゃけ電子メールの方が使い勝手が良いのだが、彼らは魔術師なのでこちらの方が使い慣れているのでこちらを使用している。ちなみに、エルウィンは携帯電話もスマートフォンも所持していない。

 手紙には、エルウィンを心配する内容が綴られていた。

 奪われた触媒の代わりに送った触媒でサーヴァントは召喚できたか。

 他に不足している物があるのなら、できる限りの礼装を送ろう。

 みんなお前に期待している。どうか、グラスフィード家の悲願を叶えてくれ。

 

「……絶対に、勝利して家に帰る。キャスター! 許可を出す。この工房を好きに使え」

「それって、ここを私の工房にしていいってことでしょうかマスター?」

「そうだ。陣地と道具を作成して備えるのがキャスタークラスの戦い方だと言っていただろう。聖杯戦争に勝つための工作をしろ」

「承知しました。改めてお聞きしますけど、標的は? ライダーからお変わりなく?」

「いや、落とせそうな陣営から消して行く。どうしかにして、自分の領域に相手を引きずり込め」

「ご安心ください。隠れてひっそりと動くのは得意ですよ。私はそういうサーヴァントですので」

 

 キャスターを万全に使いこなすには色々と準備が必要だ。ハズレを引いてしまったなら、ハズレなりに運用していかなければならない。

 エルウィンからの許可が下りたと見るや、キャスターは早速と言わんばかりに魔女の鍋(カルドロン)を出現させた。召喚された際に申告された彼女の「真名」どおりならば、魔女の鍋(カルドロン)で自らの武器を作成し、自身に有利な領域へ相手を招き込むのが最良の運用方法のはずだ。

 否……恐らく、キャスターは己が造り出した領域に相手を招き込む戦略しかとることができない。

 宝石魔術を使用できたのは嬉しい誤算だったが、焦らずに準備を整えてから動くのが聖杯への最短ルートになるはずだ。

 手紙の返信を送ってから礼装を休止させると、水晶柱にエルウィンの顔が映り込んだ。グラスフィード家の特徴であるブロンドと昏い翠の目は父や祖母によく似ている。幼い頃は、よく似ていると言われれば素直に喜んだものだ……期待してくれる家族のために、現代まで歴史を遺してくれた先祖のために、必ずや根源へと至ってみせる。

 この時、エルウィンの中でほんの一瞬だけ疑問が芽生えた。それは自分を罠に嵌めたライダーのマスターこと桐月への疑問だった。

 エルウィンに職務質問をした際、桐月は警察手帳を見せて警察署まで補導していった。署内の警察官に怪しまれずに言葉を交わしていた様子から、警察手帳は偽造品ではない本物だったのだろう。だとしたら、桐月は現役の警察官ということになる。

 深潮聖杯戦争の偽装と後始末には聖堂協会側の息がかかった県警が動いていると聞いているので、警察官が聖杯戦争に接点があってもおかしくはない。しかし、現役の警察官が職権を濫用して触媒を奪い、サーヴァントを召喚してマスターとなった……桐月は、そこまでして聖杯戦争に参戦したかったと言うのか。

 ライダーのマスターにはどんな手段を用いても聖杯で叶えたい願いがあるのだろうか。

 その疑問は、一瞬だけ浮かんで溶けるかのように消えてしまった。

 

 

 

***

 

 

 

 子供は苦手だった。

 業務として言葉を交わし、手を振り、お礼を言うような皮一枚を隔てたようなその場限りの触れ合いならば平気だ。だが、実際に抱き上げて、手を繋いで、寝かしつけるような密着した関係は、恐れにも似た苦手意識を持っていた。

 少し力を入れれば壊れてしまいそうなあまりにも柔らかく脆弱な存在は、守る前に傷つけてしまうそうで近寄り難かったのだ。

 

「……赤ん坊は苦手なんだ。触れば傷つけそうで怖くて抱き上げることもできそうにない」

「ご子息を抱き上げたことは?」

「赤ん坊だった頃の息子に触れたことはない。貴理弥は妻の連れ子で、俺の息子になったのは6歳の時……小学校に入学するタイミングだったんだ。俺は赤ん坊の世話というものを経験せずに父親になった」

 

 桐月とライダーは、岳野の拠点を捨てて別の場所に潜伏していた。

 岳野と深潮の町境にある寂れた砂浜には、すっかり色褪せて今にも倒壊しそうなボロボロの鳥居が建っている。大自然に放置されてのびのびと繁殖した木々や草によって目隠しをされているため、地元の人間でもこんなところに鳥居が建っていると知っている者は少ない。ましてや、鳥居の奥に建つかつての社に祀られていた誰かも、今や歴史の彼方へ忘却された。

 空っぽの社で潮風をしのぎつつ、そこを通過する霊脈からライダーの魔力を充填している最中に両者の間には他愛もない会話が流れ……気づけば、赤ん坊の話になっていた。どうしてその話題に辿り着いたのかは覚えていない。しかし、桐月が居心地の悪そうな空気を醸し始め、恐る恐ると言わんばかりの恥じた声色でライダーにそう返したのだ。

 貴理弥は桐月の実子ではない。妻の梨子と、彼女の前夫との間の子供である。

 離婚の原因は前夫のDVだ。当時は「ドメスティックバイオレンス」という言葉は浸透しておらず、家庭内暴力という言葉が一般的であった。

 前夫は高給取りだったようだが、結婚して数年経つと職場のストレスを暴力として梨子にぶつけ始めた。その頃は、毎日のように暴力が絶えなかったらしい。梨子の身体には今でもその古傷が残っているが、どれも服で隠れる場所にある。

 貴理弥には暴力を振るわなかったが、まだ物心つかない幼児に向かって人格を否定するような言葉を投げつけ、貴理弥が泣き出すとわざわざ彼の目の前で梨子に手を上げることもあったらしい。所謂、精神的DVだ。息子に被害が及び始めたことに危機感を抱いた梨子は逃げ出し、そのまま離婚が成立した。貴理弥が3歳の頃である。

 桐月が梨子と出会ったきっかけは弁当だった。当時の桐月が配属されていた警察署に出入りする弁当屋の店員が梨子だったのだ。昼食の弁当を配達にやってくる梨子と出会い、明確なきっかけはなかったがお互いにどこか惹かれ合った。

 出会って1年ぐらいで、梨子がシングルマザーだと知った。昼は弁当屋で働き、夜は自宅で内職をしながら息子を育てていることと、前夫のDVが原因で離婚したことも知った。前夫と早く離婚するために、慰謝料も養育費もいらないという取り決めをしてしまったとも言っていた。

 この時の桐月は確かに梨子に好意を持っていたが、一瞬踏みとどまった。子供が苦手だったこともあったが、梨子と貴理弥の2人で形成している環境に、自分という異物が混入しても良いのかと二の足を踏んでしまったのだ。

 今思えば、桐月と梨子は世間一般で言う交際らしい交際をしていない。結婚前にデートらしきこともしていないし、一緒に食事に行ったことすらなかった。それでも、直接顔を合わせて言葉を交わしたり電話越しに相談に乗ったりと、小さな言葉のやり取りと相手への思いやりが積り積もった結果、桐月は「結婚」の二文字を口に出す決意をしたのだ。

 

「初めまして。桐月強石です」

長内(おさない)きりやです。5歳です」

 

 桐月と貴理弥が初めて顔を合わせた場所は、広いキッズパークがある商業施設だった。

 梨子と手を繋ぎ、お気に入りの黄色いダウンジャケットを着てもこもこになった姿は、今でも鮮明に思い出すことができる。桐月がしゃがみ込んで自己紹介をすれば、少し警戒しながらたどたどしく名前を教えてくれた。

 短い指を五本立てて年齢も教えてくれた。再来月の誕生日で6歳になることは、梨子から聞いている。

 

「おじちゃんは、ママとケッコンするの?」

「結婚したい、と思っているけど……」

「じゃあ、おれは「きりつききりや」になるの?」

「そう、だな」

「キリキリだね」

「そうだね」

 

 フードコートで昼食をとっていると、梨子が席を立ってトイレに行ったため男2人だけになった。2人だけに流れる微妙な沈黙の中で、貴理弥の言葉に「確かに」と桐月は思った。

 彼が桐月と養子縁組をすれば名前が「桐月貴理弥」になり、「キリキリ」になる……印象に残る名前になってしまう。ちょっと面白い意味で。

 貴理弥の第一印象は、「本当に大人しい子」だった。

 原因は判明している、実父の精神的DVの影響だ。走り回ったり大きな声を出したりすれば、怒鳴られて梨子が殴られる……貴理弥の奥底にはその傷が未だに残っていて、年長園児とは思えないほど大人しく落ち着いた子だったのだ。

 桐月はその原因を知っていたからこそ、腫物を触るかのように貴理弥に接してしまった自覚があった。

 怖がらせてしまうかもしれない、母を傷つける存在だと敵意を向けられるかもしれない。最悪、徹底的に嫌われてしまう覚悟もしつつ、できるだけ優しい声を絞り出していたのだ。

 

「おれね、前まで「林きりや」だったの。今は「長内きりや」だけど」

「ああ、ママから聞いているよ」

「……「きりつき」が一番カッコイイと思う」

「……キリキリになっちゃうよ」

「おれ、カマキリ好きだからいいよ」

 

 桐月の顔を見上げながら作り笑いをした貴理弥を目にした瞬間……あまりにも小さなこの子が酷く愛おしく思えた。

 母を想い、桐月の顔色を窺っているこの子に作り笑いをさせている実父への怒りも湧くと同時に、貴理弥を幸せにしたいと感じたのである。

 結果的には、貴理弥の後押しで桐月と梨子は結婚した。貴理弥が小学校へ入学するタイミングで養子縁組をし、桐月には息子ができたのだ。

 貴理弥の入学式・卒業式には夫婦揃って参加し、授業参観や運動会などの行事にもできるだけ休みを取って駆け付けた。

 貴理弥が陸上競技を始めると、トレーニングとして一緒にランニングをして、足に合うランニングシューズを求めてスポーツショップを何軒も梯子した。初めて県大会で入賞した時に受け取った賞状は、今でも額縁に入れてよく見える場所に飾られている。

 登校する貴理弥が「行ってきます」の後に「父さん」と初めて呼んでくれた日のことはよく覚えている。その日は感激して、一日中仕事にならなかった。

 貴理弥が成人して初めて2人で酒を飲み交わした夜は、今までにないほど酔ったものだ。

 貴理弥が自動車の免許証を取った年に、練習して慣れろと中古の軽自動車を買って与えたら、貴理弥は困惑しつつも喜びが隠せていなかった。

 その顔は、出会った頃の作り笑いの面影は一切なかった。

 

「母さんが雨だから駅に迎えに来てって」

「俺が行こうか?」

「父さん、今日は風呂掃除当番だろ。俺が行ってくる」

「気をつけろー」

「うん」

 

 その会話から30分も経たぬうちに、貴理弥は事故に遭って意識不明の重体となった。

 約14年間、桐月は父親として貴理弥を育てた。

 だが、それももう終わる。離婚届と共に養子縁組の離縁手続きも行った。

 法的に父親と息子の関係が解消されてもかまわない。貴理弥が目覚めてくれたらそれでいい……自分のような、職務違反を犯した悪徳警官を「父さん」と呼ばなくていい。

 ただ、元気に生きていてくれればそれで満足だ。

 血の繋がりのない桐月が抱いた、(エゴ)である。

 

「……あの魔術師」

 

 桐月の左手は、無意識に煙草を手にしていた。火を点け、煙を吸い込み、呼吸をするかの如く吐き出した。

 煙草の臭いに酩酊していると、触媒を奪った若い魔術師のことをぼんやりと思い出す。

 日本人に比べて大人びてはいたが、まだ若い青年だった。もしかしたら、貴理弥と同年代かもしれない。

 ああ、そう言えば……結婚を機に、煙草とは縁を切ったはずだった。

 いつから喫煙が再発したのか、桐月は覚えていなかった。




息子(21)を救うために、息子より幼い魔術師(18)を罠に嵌めたという桐月さんの現状。
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