かつての冬木聖杯戦争において、セイバー、アーチャー、ランサーのクラスをまとめて『三騎士』と呼称されていたという記録がある。
各々、魔術戦に有利な『対魔術』のスキルを持ち、戦闘力やスキル構成、全体的なバランスに優れた優良な能力値を有しているサーヴァントだ。冬木聖杯戦争では、全7騎のサーヴァントのうち他の四クラスがエクストラクラスに入れ替わることもあったが、この三騎士は固定されたクラスであったらしい。
勿論、深潮聖杯戦争においてもこの三騎士はしっかりと召喚された。そして、セイバー陣営の乱入で三つ巴の戦闘に突入してしまったのだ。
最初に動いたのはアーチャー陣営だった。
セイバーと共に出現した少女、レィムの言葉の最後の文字を言い終わる前に、アーチャーは矢をつがえてセイバーとレィムに向けて攻撃をしかけたのだ。アルジュンはセイバーへ視線を向けてサーヴァントのステータスを透視・閲覧しようとしたが、やはりできなかった。アルジュンがサーヴァントのテータスを閲覧しようとすると、半透明な本を読むような視界が出現する。しかし、セイバーもそしてランサーも、本のページが次へとめくれずにステータスが閲覧できないのだ。
やはり駄目かと、即座に姿勢を整える。アーチャーの攻撃により炎上する蒼い火柱の中からは、焦げ一つない白銀のプレートアーマーの騎士が飛び出して来た。
両手に構えるのは剣……のシルエットに見える黒い靄。それを振り下ろして魔力の斬撃を放つのは、昨夜も見た戦い方だ。アーチャーと同じで『魔力放出』のスキルを保有しているのか?こうしてセイバーを間近で観察できること、セイバーのマスターの姿をしかと確認できたのは嬉しい誤算だ。やはり、生身でやって来た良かったと、アルジュンは胸を躍らせる。
アーチャーのサーヴァントは『単独行動』のスキルを保有しているため、マスターと物理的な距離があっても魔力切れを起こさずに行動し、戦闘を行うことができる。故に、昨夜の岳野山林の戦いでは、アルジュンは身代わりの人形を用意してアーチャーと共に向かわせた。
偶然手に入れたかの有名な冠位人形師の作品の残骸を解析し、自身の植物魔術によって独自に作り上げた身代わり人形は、中に『
休閑話題。
身代わり人形はマスターの身の安全を保障してくれるが、セイバー乱入のようなハプニングに対応することは不可能だ。杏華への礼儀として生身でやって来たことが、セイバー戦におけるアーチャー陣営に利をもたらした。
「『
海水を堰き止めている茨が蠢いた。大蛇の如く太い茨が月を目指して空へ空へと伸び始めれば、アーチャーは三本の矢を同時に射出する。一本はセイバーへ、もう二本はどれも全く別の方向へと飛んで行き、一本目はセイバーが黒い靄の剣で弾き落とす。反応は悪くない……ならば、これはどう捌くかな。
別々の方向に飛んで行ったもう二本の矢は、空へと伸び始めた茨の間を弾き返り、軌道が全く読めない跳弾へと変化している。どこから来るか分からない攻撃は、アーチャーの計算通りの角度でセイバーの8時および3時の方向から向かって来たが、セイバーは防御を防がなかった。
攻撃を受けても着込んでいる白銀のプレートアーマーは凹みもしなかったので、防御する必要がなかったのだ。跳ね返った影響で通常攻撃よりも威力が落ちていたとは言え、傷一つつかないとは。あの鎧、結構な耐久があるように見える。
だが、防御が硬いならば連続で高威力の攻撃を打ち込んでいけばよい。耐久があるとは言え、全ての攻撃を無効化する不死の鎧ではあるまいに。
アーチャーの矢は蒼炎を噴き出しながらマシンガンの如くセイバーに突き刺さる。耐久がある鎧とは言え、ミサイルのような攻撃が連続で向かって来れば流石に立ち止まる。黒い靄の剣でアーチャーの攻撃を耐えるセイバーが、再び魔力の斬撃を振り下ろす前に、アーチャーが更なる攻撃へ移ろうとした。その時だった。
「アーチャー!」
「っ!」
再び、荒々しい殺気が走る。やはり攻撃に移るまで察知するのは不可能か。
音もなく気配もなく、最初からどこにも存在していなかったかのように、ランサーの攻撃がアーチャーとセイバーに割って入って来た。攻撃の矛先はアーチャーではなく、セイバーへ。六合大槍の切っ先が黒い靄の剣をこじ開けようと、回転するように鎧の小手の隙間をすり抜けるが、放出された魔力に弾かれた。
「剣技よりも魔力放出で弾くか。しかし……お主、真に
「?」
「見たところ西洋の騎士のようではあるが、その剣技、あまりにも未熟! 一定の水準に達してはいるが、魔力放出で剣技を誤魔化しているよう見受けられる」
「ああ、そういうことでしたか。どこか違和感があったのは。確かに、私が知る一流の剣士たちと比べると、余りにも稚拙。舞踏の如く流麗な剣技を習得してこそ、
「ほう、一度手合わせしてみたいものよ」
「つまり、彼はセイバーに値しないと言うのかい、アーチャー?」
「いえ、十分ですがそれ以上ではない。特筆すべきものがないと言うべきでしょう」
一定水準以上の実力はあるが、先ほどのランサーの攻撃への臨機応変な反応ができないと言うべきか。確かに、黒い靄は剣の形に見えるが、鞘さえなく剣の姿は一向に露見しない。セイバーらしい剣戟よりも、『魔力放出』の斬撃が現状の攻撃手段となっている。
だが、岳野の禿山を思い出せば侮れない。ランサーは接近戦に持ち込ませない攻撃を苦手にしているようにアルジュンの目には見えた。
昨夜のような(一部、物理的な爆発があったとは言え)四方八方への斬撃の乱舞で、よくマスターの魔力が切れないものだ。先ほどの少女は……姿が見えない。既に安全圏に隠れたか。
「さっきの子、どこに隠れたんだろう? 魔術的な隠匿結界でも張ったかなぁ?」
杏華もレィムの姿が消えたことに気づいていた。アーチャーの攻撃でできた火柱が鎮火したときには、もう姿が消えていたので、もしかしたら本体じゃなかった可能性もある。一瞬の不意打ちだったから、杏華が魔眼を発動させる暇もなかった。
「……ランサー、ここは整っています。アレをやってみてもいいですか?」
アルジュンが海を干上がらせてくれたのは、ランサー陣営にとって非常にありがたかった。足場は大事である。
それ以上に、海岸の周囲には杏華が整備した霊脈に連なるそれが細い血管のように走っている。ここならば、杏華の魔術が威力を発揮できるのだ。
仕事で深潮にやってきて巻き込まれた杏華は、他のマスターたちのように工房を施工していない。だが、柳蔵に依頼されたという合法的な立場から、整備した霊脈に微かな仕掛けを施していたのだ。
霊脈に仕掛けた風車は、土地を慰めると同時に霊脈に風向きのような方向性を持たせるための礼装である。深潮全体を巡る霊脈の一つの支流にこの風車を設置した。霊脈の流れの方向へ設置した風車を結べば、今、杏華がいる地点に繋がる……。
「回れ、巡れ、通れ、噴き出せ、積み上げろ……ランサー!」
杏華が手にした風車が風もないのにカラカラ回る。回ると同時に、霊脈から漏れ出して流れてきた土地のエネルギーが、各地に設置された風車を経由して集まり、積み上がる。
一時的に土地のエネルギーを魔力としてブーストをかける。風車が水道管、杏華が貯水タンクならば、ランサーは蛇口だ。ランサーを出力先として、エネルギーを放出する。
杏華の元にエネルギーが集中していることはアルジュンに気づかれていた。何かを仕掛けて来るか。
戦闘に積極性がないとは思っていたし、杏華本人は聖杯戦争に生存しか求めていなかった。戦闘はランサーに任せて、彼女は身の安全の確保に集中するかとアルジュンは考えていたが、そうではなかったのだ。
「ああ、そうか……無意識に、彼女を侮っていたのかもしれないな。本当に生き汚いならば、どんな手を使っても生き残ろうとするはずだ。勝つ気かい、杏華さん?」
「勝たなきゃ、生還できませんから。それに、こちらから一方的に「守ってください」とお願いするなら、自分ができることぐらいやらなきゃつり合いがとれないじゃないですか。私は、自分の生存のために、自分の全てをランサーに賭けてます」
杏華の基準であるが、覚悟はとっくにしているし腹は括っている。この1週間と少しの時間で、その物騒さには絶対の信頼を置いている。
だから、深潮聖杯戦争では、杏華ができることを全てやり切る腹積もりだ。
距離を取った方が良い……ランサーの間合いにいては何かがぶち込まれる。攻撃の矛先はセイバーだ。
杏華に集中したエネルギーは結んだパス経由でランサーへと流れ、一時的に魔力が高まり沸き上がる。ランサーが間合いに入る前に対処しなければと、念話でマスターからの指示があったのか、セイバーは黒い靄の剣を振り下ろした。
槍を弾く『魔力放出』の如き斬撃か……踏み込んだランサーを薙ぎ払う一撃であったが、三角形の小規模な結界が展開され、斬撃を一拍の猶予を持って防いだのだ。
「うむ、使える……!」
杏華がランサーの爪に装備させた結界礼装が発動した。
この一拍で十分である。
ランサーが地面を踏み込めば、海水でぬかるんでいるはずの足場がヒビ割れて凹んだ。攻撃の動作は、払い・押さえ・突くだけで十分である。
深潮を巡る土地のエネルギーがランサーと彼の槍を出力先として、セイバーの黒い靄の剣をすり抜けて白銀の鎧へ一気にぶち込まれたのだ。
セイバーの白銀の鎧に蜘蛛の巣に似たヒビが入り、欠片が零れ落ちる。その鎧を剥がし、下の顔でも拝んでやろうかと言わんばかりにランサーが次の攻撃に移ろうとした……ところで、その場にいた者たち全てが目を疑うようなことが起きた。
茨が食い破られてナニかが乱入して来たのだ。
そのナニかは、アルジュンによって育まれて海を堰き止めていた大量の茨を食い破り、濁った奇声を上げながら海の向こうから這い出てきた。光源が月の光だけなので細かい部分の解像度は低かったが、深夜の暗がりでもはっきり分かった……爛れた鱗のような皮膚に全身を囲まれた足の生えた魚の異形が、鋭い牙を鳴らしながら乱入して来たのだ。
何だアレは?
一瞬、ライダーが使役しているという鮫を思い浮かべたが、あれは異形ではなくしっかり鮫だった。それに、あの鮫ほど大きくはない。精々、1mほどしかないが、魚を基準にしてみれば十分にデカい。
杏華がアルジュンに視線を向けた。「アレ、知ってます?」と語っている表情だったので、「知らない」という確固たる意志を込めて首を左右に振った。インドでも、首を左右に振る動作は「No」を意味する。
アルジュンは知らない、杏華も知らない。つまり、どちらかが用意したものではない……何なんだあの異形は。
「グゴ、ガァアアガァァァ……!!」
「何だアレは?」
「深海魚……というものでは? 魔獣の如き姿のものが多いと聞きますし」
「どう見てもヒレではなく足があるだろう」
妙な乱入者が奇声を上げている隙にセイバーが消えていた。邪魔されたランサーが舌打ちをする。
で、足がある深海魚が何の用だ。まさか深潮が魔獣の生息地でもあるまいに。
ランサーが口から茨の欠片を溢しながら奇声を上げて這い蹲るナニかを槍で突き刺せば、口から膨れた胃袋を吐き出して刺された箇所からは青い血を噴き出した。が、絶命していない。
茨が食い破られたことにより、堰き止められていた海水が満ち始めた。同時に、もう二匹、姿形は違うし足は生えていないが、爛れた鱗のような皮膚は共通する鋭い牙を持った魚の異形が海水と共に乱入して来たのである。
「……帰るか」
「お待ちなさい。せめて最初に突いた一匹をどうにかしてから帰りなさい」
「生憎、魚は捌き慣れておらんのでな」
海水が満ちる前にと、ランサーは消えた。途中、杏華を拾って肩に担いで、とっととさっさと離脱したのだった。
「何なんでしょうね、アレ」
「知らん」
セイバー陣営どころか、謎の異形が乱入してことにより、アーチャーVSランサーの対戦カードは有耶無耶になってしまった。
「アーチャー……こいうのって、日本語で「キショい」って言うんだよね。うん、キショいよ!」
「マスター、胡乱な日本語を覚えないでください……っ!」
キショいのに囲まれ始めたところ、沖合に視線を向けたアーチャーは見てしまったのだ。
ここから数100mは離れた沖合に、豆粒ほど小さくなっている漁船が見える。その漁船が襲われているのだ……この異形の魚たちのような、爛れた皮膚に覆われた脚を振り回し、漁船に巻きつけて圧し壊そうとしている巨大なイカの化け物に。
何だアレは?と感じる前に、異常事態の原因にアーチャーは心当たりがあった。魔獣と言うべき存在が、深潮の海に出現し始めている……もしやこれは、聖杯戦争が原因では?
霊脈の乱れや設置された聖杯の影響で、土地に埋もれた怨念や邪気が活性化して魔物として実体化する記録もある。この異形や、沖合の巨大イカもまさかその影響なのではないか?
「マスター。沖で漁船がイカの異形に襲われています」
「漁船? 聖堂教会が手を回して、夜間から早朝の漁を禁止にしているはずだか」
「何故、海に出ているのかは分かりません。しかし、このままではイカの異形に船を破壊され、乗組員は海に投げ出されるでしょう……」
「君は、それを放っておけないということかな。その漁船を救出するために、私の許可が欲しいということか」
「はい。見てしまった以上、見過ごせません」
「構わないよ。アーチャー……君は、
「感謝します、マスター」
「『
無事だった茨がアルジュンの魔術で蠢き、未だに奇声を上げる魚の異形に巻きついた。食われたのだから、こちらが食い返してやろうという意思があるかのように、無数の茨たちは三匹の魚の異形に群がり、縊り殺して血を搾り、青い血で道管を潤した。
ここまで搾り取れば、もう奇声も上げない。
茨が引いた跡には、動きもしない干からびた異形のミイラが残され、波に浚われて海へと還って行った。
魚はこれで片付いた。残るは、遥か水平線近くで暴れているイカである。
アーチャーは矢を弓につがえた。この地点では豆粒ほどの大きさにしか見えないイカを標的にし、焦らず、ゆっくりと狙いを定める……最初に頭を、次に漁船に巻きつく脚を、最後に胴体を。
『魔力放出』による炎の付加ではなく、アーチャーが授かった宝具の真名を一時的に解放する。
「咆えろ! 『
強く引き絞った弓より射出されたものは、最早矢に非ず。ミサイルのような、という比喩ではなく、本物のミサイルと化した攻撃は一瞬にしてイカの異形の頭を吹っ飛ばした。硬い骨を一瞬で粉砕し、胴体から別れた頭は目玉一つ残さずに焼き消える。
襲われていた漁船の乗組員たちは、何が何だか理解できていないだろう。一瞬で巨大なイカの頭が吹っ飛び、続いて漁船に巻きついていた脚が吹っ飛び、最後は胴体さえもどこからともなく撃たれたミサイルによって粉砕されたのだから。
ちなみに、この漁船……深潮の漁師の船ではなく、密漁船である。こっそり出航し、海産物の密漁に精を出していたところで、モンスターパニック映画に登場するような巨大なイカの化け物に襲われて、訳が分からないうちに助かったのである。
この後、舵もエンジンも半壊した状態で命辛々深潮港に辿り着く。が、無理矢理着岸したために、停泊していた漁師たちの漁船の何隻かに衝突して破壊したため、明日の朝刊に載る事件になった。
セイバーの乱入から、異形の討伐に漁船の救出と、アルジュンが杏華を誘った聖杯戦争はとんだ幕引きでお流れとなってしまった。
しかし、あの異形たちは本当に何だったのか。アルジュンに心当たりはない、杏華もまったくない様子だった。
アーチャーの推測通り、聖杯戦争が影響して出現した魔獣か。それともまさか、あのタイミングの良さ……セイバーが関わっているのだろうか。
消えたセイバーは、過疎地区の空き家にいた。膝を着いて蹲るセイバーと、その隣には息を整えるように大きく深呼吸をするレィムが身を潜めていたのだ。
軽い気持ちでちょっかいを出したら痛い目に遭ってしまい焦ったのか。それとも、ただ逃げるのに息が切れてしまったのか。やっと息を整えたレィムが絞り出した言葉は、たった一言だけだった。
「……何だったんだろう、アレ?」
セイバー→魔力の斬撃を飛ばせないほどの遠距離の連撃に対処できないのでアーチャーと相性が悪い
「何だアレ?」
アーチャー→Cランク『千里眼』では『圏境』の透明化に対処できないので遠距離攻撃が届かないランサーと相性が悪い
「何だアレ?」
ランサー→『魔力放出』系の攻撃手段がないため中~近距離の接近戦に持ち込み難いセイバーと相性が悪い
「何だアレ?」
※通常の?聖杯戦争なので知名度補正やらでカルデア召喚時とは差異があります。
改めて考えると妙な面子の三騎士になってしまった。