Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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01_漁師と薔薇色の歌姫

 夢ならばどれほど良かっただろうか。

 意識を覚醒させた心護が目にしたのは、見慣れた自宅の天井だった。円い蛍光灯に揺れる電灯の紐は、寝室の折り畳みベッドの上で見る毎朝の光景である……一瞬、昨夜の出来事は夢だったのではないかと思ったが、すぐに現実だったと実感することになった。

 

「おはよう、マスター」

 

 ふわり、と良い匂いがした。

 心護を覗き込んできた海色の瞳は、間違いなく昨夜に見た色であった。

 

「……おはよう。マスターって何?」

「だって、あなたはわたしのマスターなんでしょう」

 

 心護の両目を捉える海色の瞳と、丁寧に編み込まれた亜麻色の髪。先ほど香った芳香は髪に飾られた薔薇飾りから匂ったのかと思ったが、よく見たら造花だった。彼女自身の香りなんだと頭の片隅で納得する。

 心護を「マスター」と呼ぶ謎の乙女……昨夜、光と共に突然に表れた。

 彼女の出現により、心護は救われた。薙刀を片手に襲いかかって来た鎧武者とかいう、非現実的な存在から逃げおおせたのだが……強烈な記憶だったはずなのに、曖昧になってしまっている。

 かろうじて覚えていたのは、昨夜、酷く意識が朦朧とした状態で着替えもせずにベッドに倒れ込んだことだけだった。昨夜のままの衣服が皺だらけになっている。

 とりあえず、心護は起きた。起きて顔を洗おうと洗面台に立ったら、鏡には彼の後ろにちょこんと立つ彼女が映っていたので、居間で待っていてくれと座布団を出して座らせた。

 

「まだよく分かってないけど、どうして俺が……君のマスター? なの?」

「わたしを召喚したマスターがあなた。召喚されたアサシンのサーヴァントがわたし。その手の令呪がマスターの証でしょう?」

「レージュ?」

 

 ちゃぶ台を囲む2人の背後に、テレビから聞こえる県内のニュースがBGMとして差し込まれる。2人だけの沈黙がなんだか居心地が悪そうだと、心護は咄嗟にテレビを点けていたのだ。

 彼女に言われて右手を見てみると、蚯蚓腫れだと思っていた右手の甲にはっきりとした赤い模様ができていた。短刀みたいな鋭い紋様が、左右対称の線に囲まれている……これが「令呪」という物らしい。しかし、彼女の説明では状況を理解できない。

 彼女は「サーヴァント」というものらしいが、薔薇色の乙女とも言わんべき彼女が「暗殺者(アサシン)」と自称するのは聊か物騒ではないだろうか。

 

「君、名前は?」

「名前? 真名のこと……わたしの、真名は……?」

「名前、分かんないのか?」

「……ごめんなさい。()()あったのかしら。真名が、分からなくて……」

「名前がないのは不便だな」

 

 かと言って、「アサシン」と呼ぶのも気が引けた。

 どうしようかと思ったところで、点けっぱなしのテレビからニュースが流れてきた。聞き慣れた声の地方局のアナウンサーが読み上げたのは、県庁所在地のコンサートホールで上演されるというオペラのニュースだった。県内出身の歌姫が出演するらしい……そのニュースを聞き流して、心護は耳に残った単語を口に出した。

 

「とりあえず、“アリア”で良いか」

 

 彼女――アリア曰く、「サーヴァント」とは魔術師が使役する使い魔というものらしい。急なファンタジーな話になった。

 サーヴァントはただの使い魔ではなく、あらゆる時代で活躍した過去の英雄たちを使役する魔術で召喚した存在である。つまり、アリアもいつかの時代に存在した英雄……ということになる。あまりそんな印象がない。

 ドレスを脱いで心護が調達した服に着替えたアリアは、どこにでもいる普通の乙女……とはならなかった。こんな鄙びた田舎には似つかわしくない、キラキラした淑やかな乙女だった。

 

「アリアは、本当だったらどこかの魔術師? に召喚されるはずだったのに、手違いで俺のとこに来たってことか?」

「いいえ。シンゴがわたしを()んだから、シンゴの下に召喚されたのよ。魔術師の素質があったのかしら?」

「ふーん」

 

 心護にとって、魔術師なんてゲームや漫画の世界でしかお目にかかったことはないし、オカルトな趣味を持ったこともない。ああでも、母親は魔法使いが登場するファンタジー系の小説を好んでいたと、心護は懐かしい記憶を掘り起こした。

 心護とアリアはちゃぶ台を囲んでお茶を飲んでいる。緑茶は美味い。湯呑が二つあって助かった。

 あまりにも現実味のない話を、あまりにも生活感たっぷりに呑気に交わしていたら、玄関のチャイムが鳴る。心護の家を訪ねて来る者と言えば、師匠の野木か、もしくは女将さんこと野木の奥さんだ。

 

「心ちゃーん! いるー?」

「っス」

「心ちゃん! 手羽元煮たから持ってきたの。食べて」

「いつもありがとうございます」

 

 女将さんから差し出された大きめのタッパーには、甘辛く煮た鶏の手羽元と大根が入っていた。こんな風に、女将さんはおかずをくれたりして心護を可愛がってくれるのだ。

 

「昨日の、死んだ人のこと、心ちゃん何か新しい情報聞いた?」

「いいえ、何も」

「怖いわよね~! 殺人だって……あら? 女の子……?」

「え」

 

 女将さんが心護の背後に視線をやると、アリアが部屋からひょっこりを顔を出していた。

 

「誰、この子~! キレイな子ね~~!」

「えーと……電車間違えて、宿もないって言うから泊めたっス」

「えーー! 駄目よ、若い女の子が男1人暮らしの家に泊まっちゃ! 心ちゃんだからまだいいけど! 観光?」

「観光……では、ないかしら。マダム?」

「日本語上手ね~! ん?」

「ん? この服のことかしら? シンゴが選んでくれたの」

 

 今のアリアは心護が調達してきた服を着ている。市内のショピングモールに入る全国チェーンのファストファッションショップ(いまむら)で買ってきた。

 アリアの好みを聞いた訳ではなく心護のセレクトで買ってきた服は、ちょっと丈の短かった黒いスウェットと、無駄にレースとビーズが着いたピンクのカットソーだ。アリアは満足気に着ているが、女将さんの目から見ると……本当に、適当に選んだだけの服は、アリアにこれっっっっっぽっちもに合っていない、トンチキなコーデなのである。

 特にトップスは、「マネキンが着ているから間違いないだろう」という、心護の独断と偏見でご購入されたのだった。

 

「心ちゃん!! 何でこんな服をあげたの!? 折角の美人さんなのに、適当な服じゃかわいそうでしょ! 大丈夫、おばちゃんが見立ててあげるからね」

「女将さん?」

「ほら、レオン行くわよ! うちの車出すから一緒に来なさい財布(心ちゃん)!」

 

 今、妙な呼称にルビが振られた気がする。

 野木家のワゴン車に放り込まれ、向かうのは隣の市にある大型ショッピングモール。隣の林市(りんし)にある『レオンモール林堂(りんどう)』は、深潮市の生活圏内において最も大きな商業施設である。人々は大きな買い物があるとそこに行く。広い駐車場もあるし、駅前から直通バスが出ているので学生たちもよく遊びに行く。休日はとても混む。

 アリアのような子は、ファストファッションのよく分からないデザインの服ではなく、レオンモールに入っているブランドショップの服を着せなければという使命感が女将さんに迸った。そのためならば、財布(心護)がどうなろうとも構わないのである。

 財布の中身を満たしているのは、旦那の野木であるが……。

 レオンモールまでは、車で30分ほど。県道に入る交差点の赤信号に捕まったところで、流れっぱなしのカーラジオがリスナーからのリクエスト曲を流し始めた。

 

「あら、この歌……恋の歌ね。高音がとても綺麗」

「そうよね~! あたしも好きな曲よ。でも、カラオケで歌うと高得点取れないのよ。高音が難しくて!」

 

 カーラジオから流れてきたのは、心護も覚えのあるとある女性シンガーソングライターの代表曲だ。心護も知っているから、大体の者たちは聞き覚えがあるだろう。何年か前にヒットしたドラマの主題歌……アリアの言う通り、恋の歌とも言える切ないバラードである。

 プロシンガーの尋常ではない声量と歌唱力で歌われる曲に、アリアは聴き入っていた。心護にしか聞こえないほど小さな声でメロディーを口ずさんでいる。どうやら、気に入ったようだ。

 このラジオ番組ではリクエストは一曲だけなので、音楽はこれで終わり。後は、ラジオパーソナリティー顔負けの女将さんの軽快?なトークが車内を満たし、あっという間にレオンモールに到着した。

 金曜日の昼過ぎとあって混み具合はまばらだ。これであと2時間もすれば放課後の学生たちや、仕事帰りのお客で密度も増え、明日になればあっという間に混雑するだろう。特に、フードコートとレストラン街の人口密度が暑苦しいことになる。

 入口に近い場所にワゴン車を停めた女将さんは、1階フロアの半分を占める安価な衣料品コーナーなど一瞥もせず、専門店街へと心護とアリアと引っ張っていった。

 何軒もショップを梯子して、あーでもないこーでもない、あ!これ可愛い!とじっくり1時間以上も悩み・楽しんだ結果……試着室から出てきたアリアは、女将さん渾身のコーディネートに仕上がっていた。

 サラリとした光沢のある生地でできた上品なブラウスに、シックな色合いのマーメイドラインのワンピース。絞られたウエストと巻きスカート風のスリットが、アリアのスタイルの良さを引き立たせる。全身コーディネートにブーツやストッキングなど、女将さんが見繕ったアイテム全てをお買い上げで心護の財布は軽くなった。

 いまむらの買い物の約十倍の金額が飛んで行ったのである。

 

「さらば。俺の食費……」

「やっぱりよく似合うわーーー! アリアちゃんはスタイルがいいから、着せ甲斐があるわね」

「ありがとうございます、マダム。シンゴ! 素敵な服を選んでいただいたわ」

 

 頬を上気させたアリアは、嬉しそうに心護へワンピースを見せびらかす。まあ、こんなに喜んでくれるならいいか。

 元はと言えば、心護が買ってきた服が女将さんの逆鱗に触れたのが原因なのである。財布が軽くなったのは多少、仕方がないと、自分に言い聞かせたのだった。

 

「でも……わたし、マダムにお返しできるものがなくて」

「いいのよ! あたしが勝手にやっただけなの。そう高い買い物じゃなかったし」

「金を出したのは俺っス」

「そんなぁ……」

 

 アリアが悲しそうに眉を下げた。どうやら、彼女は女将さんへお礼がしたいようである。心護の隣で歩く彼女の足音が、極端に元気がなくなってしまった。

「お茶でもしていく?」という女将さんの提案により、レストラン街へと向かう途中だった心護たちだったが、黒山の人だかりにぶつかった。そういえば、今日から何かのイベントをやっているようである。

 

『点数は……86.56点! 残念! 記録更新ならず~!』

 

 レオンモールの中心部にあるイベント広場から聞こえてくる覚えがある声は、県内でも有名な地元密着型の司会者タレントのものだった。店内を流れるBGMに紛れて流れていたのは、個人個人の歌唱の癖が出ているカラオケだったということに、心護も女将さんも今更気がついた。

 本日から日曜日にかけて、『レオンモール林堂』ではカラオケ採点イベントが行われていたのである。

 

『さあ! 次の挑戦者はいませんか? 現在の最高得点は、林市のショップ店員さんが出した92.47点! これを超えれば、全国のレオンモールで使用できる5,000円分の商品券をプレゼント! 本日のイベント終了の19時まで最高得点をキープできたら、更に3万円分の商品券をプレゼントいたします!』

「あら~挑戦しようかしら! でも、最近高得点採れないのよね~」

「俺はやんないっスよ」

「やんないの? 初めて心ちゃんの生歌が聴けると思ったのに」

「シンゴ、賞品欲しい?」

 

 視線を向けた女将さんが何か言いかける前に、心護はバッサリと拒絶した。人前で歌えるような図太い神経をしていないのである。

 けれど、意外な人物が乗り気になった……心護のアウターの袖を引っ張って、アリアがそう尋ねたのである。

 

「シンゴもマダムも、賞品があったら嬉しいかしら?」

「まあ、嬉しいかも」

「わたし、歌ってくる」

「アリアが?」

「ええ。わたし、歌うのは好きなの」

 

 そう言って、アリアはするりと心護の隣を抜け出してイベント広場の中央へと向かっていった。

 次の挑戦者集めに難航していた司会者は、こちらにやって来たアリアを快く迎えてスタージへと上がらせる。

 

『これは綺麗なお嬢さん、どちらのお国からいらっしゃりましたか?』

『? 今日は、隣の町からここまで来ましたわ』

『日本語お上手ですね! 挑戦するのは、日本の曲ですか?』

『お世話になったマダムが、好きだとおっしゃっていた歌をお願い』

 

 アリアのリクエストでカラオケマシンから流れた曲は、先ほど野木家のカーラジオから流れていた曲だった。

 観衆たちのほとんどが知っている曲だったので、途端に歓声が上がる。日本人のほとんどが知っているが、日本人でも歌うことが難しい曲を外国人の彼女がどう歌うのか……心護を除いた者たちは、そんな期待と物珍しさの視線をアリアに送っていたが、前奏が終わってアリアの唇が開いたその瞬間に空気が変わった。

 本来の女性ボーカルとは違う、鈴が鳴るかのような軽やかで可憐な高音が紡ぐメロディーは、素人目……じゃなかった、素人の耳にも「上手い」と一瞬で理解できたのだ。

 女将さんが隣で心護の肩をバシバシと叩く。彼女も、「アリアちゃん上手いじゃない!」と言いたいのだ。

 Aメロ・Bメロで確かな歌唱力を見せたが、問題はサビの部分だ。小手先だけの歌唱では誤魔化せない声量が必要になるサビにたどり着くと……空気が弾ける感覚がした。

 アリアがサビを高らかに歌い上げたその刹那、心護の心臓が穿たれたようにビリリと痺れたのだ。

 それは隣の女将さんも同じだったようで、心護の肩を叩くのも忘れ、ポカンと空いた口が塞がらないままステージ上のアリアから目が離せないでいる。否、心護や女将さんだけではなく、アリアの歌を聴いた者たちが皆、多少の違いはあれど同じ反応をしているのだ。ステージ上の司会者とスタッフが最も分かりやすい、最初は高得点を期待している表情をしていたのに、サビに入った途端に信じられないモノを見た目に変わっていた。

 そして、イベントの尺の関係で、フル歌唱ではなく短縮Ver.で歌われる。アリアはついさっき初めて聴いた曲を歌っているなどと思えぬほどスムーズに後半のサビに移り、彼女の歌は最高潮に達した。

 愛しい人と過ごしたあの日に戻りたい。あの日、伝えられなかったことがある。奇跡でも起きない限り不可能な望みを願う切実な歌詞に、心護の目の奥がチカチカしたその時……前にいた女性が倒れたのだ。

 

「……え?」

 

 心護は戸惑いつつも駆け寄ると、女性は失神していた。悲愴な、されど恍惚な表情で白目をむいて倒れたのである。

 また、人が倒れる音がした。ステージ周辺にいた観客だけではなく、隣接しているショップの店員や、吹き抜けになっている上階にいた観客たちが次々と倒れているのだ。

 彼らはみんな、アリアの歌を聴いて失神した。

 心護が状況把握できずに戸惑っている間に、アリアの歌唱は終わった。拍手はなかった。司会者もスタッフも観客も、何があったのか理解できていないような、夢見心地とでも言わんばかりの表情をしていてその場は沈黙に包まれる。

 その中で一つだけ、機械的に動いたのはカラオケの採点マシンだけだった。音程の一致やらビブラートの回数やらを集計して出た点数は、79.81点……評価は、自己アレンジ多めだという、厳しめの採点だった。

 確かに、原曲よりもアレンジが効いていた。原曲との乖離は減点対象となる採点マシンには、アリアの歌唱はあまりにも自己流すぎたのだ。

 採点マシンの結果を目にして、司会者がやっと我に返った。意地でも落とさなかったマイクを握り直し、恐る恐る点数を読み上げたのである。

 

『え、えー……素晴らしい歌でしたが、その、最高得点の更新ならず!』

「……この機械、キライ」

『残念!』

「……どうみても一番だろ!」

 

 上階から声が飛んだ。野次……というよりは、怒声だった。

 それを皮切りに、五月雨のようにわっ!と観客たちの言葉がステージに向かって降り注いだのと同時に、雷のように拍手がアリアに向かって轟いたのだ。

 

「感動した……! 感動したよ!」

「原曲よりもずっと素敵! もう一回聴きたい!」

「アンコール!!」

「アンコーーール!!」

 

 それからはもう、「アンコール」の大合唱だ。

 失神して倒れている人たちなど尻目に、人々の視線はアリアに向いていた。蕩けて虚ろなのに焦点は真っすぐにアリアを捉えて、声を張り上げて喉が枯れるにも気にせずに「アンコール」と叫び続けていた。

 一部の人々は、この異常な光景にパニックになりかけていたが、またアリアの歌が聴きたいという期待を隠せずにそわそわしている。女将さんもその1人だった。

 

『あの、その……1人につき、一回だけの決まりになっていまして……』

「なんでだよ!!」

「お願い、もっと聴かせて!!」

「あの曲を歌って! 私の好きな……」

「歌ってくれーーー!」

『ちょ、みなさん止めてください!!』

「オイ、止めろって!」

 

 司会者がマイクの音量を最大にしても、静止の声は観客の「アンコール」に飲み込まれた。もう、暴徒のようになりかけている。

 もっとアリアの歌を聴きたいと、大勢の観客たちがステージに押し寄せた。懇願するように、讃えるように、崇拝するように、アリアへ向かって「アンコール」と「歌って」と繰り返し、カラオケマシンを占領しようとしたのだ。

 どう見ても異常な光景。5分にも満たない間に、約4分30秒の曲を歌っただけなのに、人々がおかしくなってしまった。

 その時、心護は思い出した。忘れてはいけなかった事実があった。

 アリアは、人間ではなく「サーヴァント」という存在だったのだ。

 

「アリア、逃げるぞ」

「シンゴ?」

「女将さん、俺たち先に帰ります!」

「え、ええっ? 心ちゃん?」

 

 アウターをアリアに被せた心護は、彼女の腕を引いてその場から逃げ出した。押し寄せる観客たちの波をかき分けて、彼らに気づいて引き留める観客たちの怒声を背中に受けながらタクシー乗り場に滑り込み、たった今、乗客が降りたばかりのタクシーに飛び乗って叫ぶように深潮市へ出発してもらったのだ。

 後部座席から後ろを振り向けば、追いかけてきた観客たちで黒山の人だかりができていた。

 怒声を投げつける者、泣き出して崩れ落ちる者などが、みんなアリアを求めていた……みんな、彼女の歌に魅せられた。

 いや、違う。

 

「アリアは、暗殺者(アサシン)だった……」

「?」

 

 そう、彼らはみんなアリアの歌に感動したのだ。感動して、正気を失った。

 心を揺さぶられるなんて、綺麗な言葉では表現できない。

 感動で心を()()()()のだ。

 感動で心を殺す歌姫――彼女がアサシンたる所以は、今さっき目の前で起きてしまった現実なのだと、心護は理解してしまったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「今、尋常じゃない魔力の放出が」

「一体どこが、こんな日の高いうちから」

「まだマスターとサーヴァントの詳細が確認できていないのは、セイバーとアサシン。どちらかが?」

「アサシンかな。いやでも、『気配遮断』を用いてマスター殺しを主戦法とするアサシンが、か?」

「ここまで派手にやるか。何かの策か、それとも……」

 

“それとも、何も知らないただの馬鹿か―――”

 

 

 

 奇跡的に推測が一致してしまった心護以外のマスターたちは、想像にもしていなかっただろう。何も知らないどころかただの事故であると。

 異常な日常の到来を経て、タクシー代を払ったただの馬鹿(心護)の財布は更に軽くなったのだった。




『レオンモール林堂』
 深潮市に隣接する林市(RIN City)にある全国チェーンのショッピングモール。林市とそこに合併された旧堂賀町(現堂賀地区)に跨るように開業したことから、この名前がついた。今年で21周年。
 深潮市の住人たちは大きめの買い物がある時や、暇な時はここに行く。駅前から直通バスも出ているため、学生たちも集団で訪れる。チャリはちと時間がかかる。
 本当は深潮市に立地する計画だったが、当時の深潮の商店街組合の大反対&猛反発にあったため林市で開業した。なお、その商店街組合は高齢化と廃業が相次いで現在では消滅している。

『たなべショッピングモール』
 深潮市棚部町にあるショッピングモール。
 一定の敷地内に個別店舗のスーパーマーケット、ホームセンター、ドラッグストア、全国チェーンの本屋、ファストファッション(いまむら)、宝くじ売り場が入る商業施設。ちょっとした買い物はここでする。広大な面積の駐車場がある。
 敷地内にはまだ一店舗ほど面積の余裕があり、一時期そこに100円ショップが開業すると噂が立ったが、結局は噂だった。
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