深潮漁協の経理課長が朝刊片手に頭を抱えた。何でこう事件が続くんだ……!と。
深潮港に殺人事件の被害者と思わしき遺体が流れ着いて1週間も経たぬうちに、今度は舵も何もかもが壊れた船が無理矢理に着岸してきた。難破船の如きボロボロ具合で漁港に辿り着いたその船は、漁港に停泊していた多くの漁船に衝突を繰り返して減速した後、最終的には漁港に乗り上げてやっと停泊した。しかも、許可を得てない密漁船。乗っていたのは、所謂ヤのつく自由業の関係者たち。
やけに迅速に現場に駆けつけた警察にとっととさっさと連行されていった密漁者たちは、「巨大イカの化け物に襲われた」とか「巨大イカが急に爆発した」とか、錯乱して幻覚でも見たかのような荒唐無稽で意味不明なことばかりを口々に喚いていたという。が、巨大イカなどどうでもいい。
問題は、この密漁船によって多くの船が破損したという目も当てられない状況だ。
最初に衝突した漁船は、完全に船底に穴が開いて浸水した。他の漁船も、右舷が大破した、左舷が損傷した、エンジンが黒煙を噴き出したと、半分近くの漁船が大なり小なりの被害を受けてしまったのである。
被害を受けた船長たちが、密漁者どもに豪雨の如く罵詈雑言を浴びせたのは、言うまでもない。
「
心護が乗る野木の船『秋天丸』も被害を受けていた。大切な1人娘(野木の娘・
スクラップ同然になった漁船と比べれば可愛い被害で、エンジンもソナーもしっかり動くのだが、修理をすればそれなりの値段になってしまう損傷である。
規制で漁に出られないのを交渉しようとした矢先、まさか漁船が破損して物理的に漁に出られなくなってしまうとは、誰も思っていなかった。
「……巨大鮫もいるんだから、巨大イカもいるかもな」
「誰かが、聖杯戦争をしたのね」
再びKEEP OUTの黄色いテープで封鎖されてしまった漁港を眺めならが、心護とアリアは魔術師とサーヴァントの気配を感じていた。むしろ、今回はこれだけの被害で良かった、そして自身の食い扶持である秋天丸が軽傷で良かったと(被害を受けた船長には悪いが)胸を撫で下ろす。
「保険屋に連絡して、海に落ちた籠を拾って……心護! この後、時間あるか?」
「すいません。この後、マルシェの出店を手伝うって『キタムラ』の美果さんと約束しました」
「マルシェ? ああ、役所でやる出店。うちの母ちゃんも楽しみにしているアレか」
「それっス」
月曜日に『キタムラ』の手伝いをした際、まだ暇ならマルシェも手伝ってくれと美果さんに頼まれていたのだ。
深潮市役所の敷地内には、来庁者用の第二駐車場がある。かつてその場所には福祉事務所が建っていたが、建物の老朽化によって取り壊され、その跡地が整備されて第二駐車場となったのだが、市役所から随分と離れた場所にあるため利用されることはほとんどなく、むしろ車中泊や違法駐車、スケボーの練習場などの危険行為に使用されることが多々あるデッドスペースとなっていた。
そこで、このデッドスペースを何とかしようと、商工会議所が主催してお試しにマルシェを開催し始めたのは今夏のことである。平日にも賑わいをと、隔週水曜日のお昼から夕方前まで市内の飲食店や農産物、近隣地域のキッチンカーなどが出店する『潮風マルシェ』は、少しずつ人々の楽しみとして定着し始めていた。本日の開催は、林市の洋菓子店などの初出店の店舗も多く、一層の賑わいが期待されている。
美果さんから支給されたカフェのエプロンを着けた心護とアリアは、『北村青果店』の女将さんと息子が卸したての新鮮な果物を売る横で、美果さんと一緒にカップに入ったカットフルーツやドリンクを売る手伝いをしていた。自家製のフルーツシロップを使用したいちごミルクやフルーツソーダは、『Fruit Café KITAMURA』でも人気の商品だ。
食べ歩き用や放課後の小腹を満たすためにと、学校帰りの学生たちもちらほらと買い求めに来ている。
「マジで心護いる~ってか、マジでカノジョいるじゃん!?」
「カノジョじゃねぇし。お前ら、部活は?」
「水曜日は休みだし」
アリアと並んで出店に立っていた心護に向けて、甲高くテンションの高い声が浴びせられた。
深潮中学校のセーラー服のスカートの下にハーフパンツを履いた、女子中学生3人組。堂崎の娘である
「カノジョさ、この間レオンで歌った人でしょ。めっちゃ上手かったって噂の!」
「どこでそれを?」
「うちのお姉ちゃんの友達が、レオンの『MeU』でバイトしてんの。バイト中だから抜け出せなかったけど、聞こえてきた歌がめっちゃヤバかったって! で、そのめっちゃ歌上手い人が、心護のカノジョってめっちゃビビったんだけど」
「それな! ってか、何で心護がキタムラでバイトしてんの? 漁師辞めたの?」
「色々あって漁禁止なんだよ」
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「ええー! 声めっちゃかわいい~! レモネード!」
「いちごミルクくださーい」
スラっと背の高く、姉から噂を聞いたアリアとの邂逅に更にテンションが上がったのが
彼女らと駒幸を加えた3人は大体一緒に行動しており、駒幸が心護に絡んできては顔見知りになった仲だった。
「心護さぁースマホに機種変しろよ」
「何だよ、急に」
「パパがさ、心護がスマホに変えたらスマホ買ってくれるって言ってんの! だから、心護もスマホに変えてってば!」
「何かまたザキさんが俺のこと巻き込んでるし。ご注文は?」
「オレンジソーダ!」
氷を入れたプラカップに自家製オレンジシロップをスプーン二杯入れて、炭酸水を混ぜてストローを刺してお渡しする。いちごミルクの場合は、炭酸水ではなく牛乳を入れて氷を少なめにする。
父である堂崎に似て体格がよい駒幸は、オレンジソーダを受け取ったアリアよりも背が高い。心護は小学生の頃の彼女を知るが、気がついたらあっという間に身長が伸びていて驚いたものだ。父の堂崎は彼女を溺愛しているが、ただ甘いだけではなくそれなりに厳しいところはある。が、駒幸への制約を敷く際に何かと心護を引き合いに出すのはやめて欲しい。
今回だって、スマートフォンがなければ流行に乗り遅れる!的な理由で駒幸がスマートフォンを強請ったのだろうが、東京出身の心護がガラケーで生活できているからそんなの関係ねェ!と突っぱねたのだろう。それから派生して、心護がガラケーからスマートフォンに買い換えたら考えてもいいという流れになったはずだ。
この調子では、高校生になるまで無理そうだなと。そう感じながら3人娘にお釣りを手渡した。
「心護さぁー、しおどんいつ来るか知ってる?」
「いや。美果さん、知ってます?」
「んー……3時半頃って話しか知らないな」
「しおどん?」
「深潮のゆるキャラ。ほら、あの幟にいる」
「今日はさ、しおどん見に来たの! 絶対にそのうちテレビとか出るはずだから、今のうちに動画とか集めとくの!」
「それな!」
聞き慣れない言葉にアリアが首を傾げた。
多佳音のお目当てである「しおどん」とは、深潮市公式のゆるキャラである。『キタムラ』の出店前に立つ『潮風マルシェ』の幟に描かれている謎生物の正体だ。
風船のような丸々と膨らんだボディに白い着物と白い長い顎鬚。顔はニュウドウカジカ(通称おじさん)にそっくりな、どこからどう見てもゆるいキャラクターである。
横幅が人間1.5人分はある巨大な着ぐるみが、出入口で詰まったり短い脚で一生懸命ちょこちょこ歩いたり、市長と仲良しな様子を見せたりと、市内でじわじわ人気が高まってきているキャラクター。実はこう見えて、海の神様……という設定。それが、しおどんである。
本日のマルシェには、しおどんが遊びに来てくれることになっている。来場者が前回より多いのも、多佳音と同じくしおどんに会いに来た者たちが多いのかもしれない。
「今日は暴れしおどん見れるかな~? 見れたらめっちゃレア!」
「それな~」
「暴れるの?」
「時々」
「あ、心護くんだ」
「あ、杏華さんだ」
心護は3日連続で杏華とその隣にいるランサーと遭遇した。同じ市内にいるし、抱えている諸々の事情も共通しているのだから、まあ遭遇しやすい立場にはある。
何かイベントをやっていると聞き、覗きに来たとのことだ。
「そうだ、心護くん昨夜……」
「昨夜?」
「あ、やっぱり後でいいや。いちごミルク、一つください」
「まいどあり」
「えっ!? お姉さんのネイルめっちゃかわいいんだけど!」
杏華が何か言いかけて止めて、アリアからいちごミルクを受け取ったところで駒幸が叫んだ。
いちごミルクを持つ杏華の手のネイルは、黄緑のベースに鮮やかなオレンジのグラデーションがされていて、所々に金のラメが入っている。昨日、『マスト』で見た彼女の両手のネイルとはまた違ったデザインだ。昨日の杏華のネイルを心護はよく覚えてはいなかったが、確か黄緑はなかったのだけは覚えている。
杏華にとっては魔術に関わるネイルであるが、毎日デザインを変えているのは女性らしいお洒落さだった。
「どうもありがとう」
「これセルフですかー?」
「うん、セルフネイルだよ」
「すごー! え、どうやんの? グラデとかめっちゃムズいじゃん!」
「それな! 絶対混ざるし!」
「え~! このグラデかわいい~!」
「呵々! 慕われて結構ではないか」
「ってか、カレシもネイルしてる! お揃じゃん!」
「「カレシではない(が)ですけど」」
杏華とランサーの声が綺麗に重なった。と同時に、3人娘に囲まれた。ああなれば15分は開放されないだろう……申し訳なさと、こちらに飛び火してくれるなという祈りを込めて「ご愁傷様」と頭を下げておいた。
一方、マルシェの出店は飲食店だけではない。洋品店や個人ハンドメイドの出店でも、様々な雑貨を売っている。手芸店の飾りボタン掴み取りは数人の列ができるほど人気だ。
「いらっしゃいませ。いかがですか、ボプラ入りの手作り石鹸です。バスタイムのお供にどうですか? お肌にも良いですよ!」
「……このソープ、苛性ソーダを使っているのかしら」
「はい! オイルはオリーブオイルを使っています」
「鹸化が甘いわね」
「えっ……」
ハンドメイド雑貨の出店の前で、緑のワンピースを着た女性が立ち止まった。
「オススメ!」というPOPが置かれた手作り石鹸を手に取ると、ポプラの匂いを確かめるのではなく、石鹸そのものの出来具合を細かくチェックし始める。
「そもそも、貴女は許可をとっているの?」
「え……」
「苛性ソーダを使用したハンドメイドソープは、化粧品製造と販売の許可が必要と聞いたけど」
「ええと、そちらの手作り石鹸は雑貨としてお部屋に置いて、香りを楽しんでもらうための物で……」
「でも、さっき“お肌に良い”って言ったわよね? あら、成分表示もないわ。もう一度聞きますけど、貴女はこれをソープとして売っているの? それとも、アロマ雑貨として売っているの?」
「あ……アロマ雑貨です! 絶対にこの石鹸で洗わないでくださいね!」
「……なんだ。もうちょっと誤魔化すかと思ったんですけど」
そう呟くと、緑のワンピースの女性ことキャスターはただ出店を冷やかすだけ冷やかして去って行った。あのままシラを切り続けたら、商工会議所本部にチクってやろうかと思ったが、拍子抜けだったのでやめておいた。
「さて、うちの
マルシェをやっていると聞いて、籠りがちなエルウィンを引っ張り出して気分転換に外に出てみたが、そう広くもない駐車場で逸れてしまった。
目立つブロンドを見失うことはないと思っていたが、キャスターは未だにエルウィンを見つけられずにいる。
「迷子放送? をしてもらった方が良いかしら」
恐らく、エルウィンにしてみればキャスターがどこかに行ってしまった認識である。迷子放送などされた日には、顔を真っ赤にして「忘れろ!」と令呪を切らんばかりに叫ぶことだろう。
キャスターにはその様子がありありと想像できたので、迷子放送はやめておいた。
さて、キャスターと逸れたエルウィンはと言うと、彼女がいる位置とは反対側、並ぶ店舗一列を挟んだそちら側にいた。以外と近くにいたのである。
「キャスターの奴、どこに行った? 確か、日本では迷子を呼び出す放送をしてもらえるんだったよな……」
いやでも、他のマスターもいるかもしれないマルシェ会場でサーヴァントを呼び出し放送などできないと、秒で我に返った。そもそも、キャスターから連れ出しておいていなくなって、自分が苦労するとは何事だ。
もう先に帰ってしまおうかと思ったエルウィンは、マルシェ会場から出ようと振り向くが、ぐらりと視界が乱れて真っ白になった。サァっと血の気が引き身体が冷えて、足に力が入らない……貧血か?人混みに酔ったか?
急な体調不良でエルウィンの身体が揺れる。どこか休める場所はないかと考えるが、だだっ広い駐車場に椅子などは置いておらず。視界が正常に機能しないまま揺れに任せて倒れそうになったその時、背後からガッシリと肩を支えられた。
「アンタ、大丈夫か?」
「……ん?」
「具合、悪いの?」
「座らせますよ」
「っ!?」
この声、聞き覚えがある。エルウィンの視界はまだ真っ白だ。自分の身体を抱えてゆっくりと地面に座らせた誰かの顔は分からなかったが、横から聞こえて来た鈴のように軽やかな声の主には気づいた。
そうだ、この声……忘れるはずがない。岳野の山林で聴いた歌声だ。
エルウィンの隣には、心配そうに覗き込むアリアがいる。つまり、倒れそうになった身体を支えた男は、アサシンのマスター―――心護だったのだ。
少し休憩してきなさいよと、美果さんから休み時間をもらってアリアと共にマルシェを見て回っている時に、倒れそうな人を見つけて咄嗟に支えたのだ。
『っ、まさか、アサシンのマスターか? でも、僕の顔は知られていないはず……』
「人に酔ったか? 返事できます?」
「できる……できるから、放っておいて」
「いや、そんな真っ青な顔で言われても放っておけないし」
「詩ノ宮くん、どうしたの?」
「涼乃さん。具合が悪そうな人が」
また増えた。
何事かと、心護以外にも足を止める者がちらほら現れた通行人の隙間から、今度は涼やかな声が聞こえて来る。この声も、岳野の森林で聞いた声だった。
微かに残った意識を総動員させ、エルウィンは令呪が刻まれた右手の甲を見られないようにと隠した。実際、そうしておいて正解だった。彼にとっては敵であるアサシンのマスターだけではなく、バーサーカーのマスターまでやって来てしまったのだから。
「脈が弱い。瞳孔が微かに開いて、視点が定まっていない。大丈夫ですか、救急車呼びますか?」
「いい、から。少し休めば治るから……」
「スズノ、あちらの方がこれを」
エルウィンの口元を湯気が霞めた。お茶の香りと、何か果実に似た香りが鼻に入ってくる。
心護に背中を支えられ、飲んでくださいという涼乃の声に従って口を開き、ゆっくりと温かいナニを少しずつ飲めば……エルウィンの意識が一気に覚醒した。
「
「兄ちゃん、大丈夫か? 気付けにはこれがイイんだ」
エルウィンに話しかけた初老の男性は、アリアから涼乃へと手渡された紙コップを渡してくれたお茶屋の店主だった。紙コップの中身は、お茶屋の出店が無料で配っている温かい緑茶の中に、漬物屋が売っている超絶酸っぱい巨大梅干しが入った特製の梅干し茶である。
香りは甘酸っぱい爽やかなフレーバーだが、飲めば超絶酸っぱい。このように、瞬く間にエルウィンの意識が晴れるようにスッキリはっきりするほどだった。
「うちの梅干し食べれば、病気知らずだよ。もっと飲みなさい」
「は、はあ……ありがとうございます」
「貧血か、人酔いかもしれませんね。どこか座れる場所で休息を取ってください」
80度ぐらい腰が曲がった老婆が、巨大梅干しを漬けた漬物屋の大女将である。
超絶酸っぱいが、確かにエルウィンの体調は良くなっていた。最初は驚いたが、酸っぱい中に緑茶の渋みと合う旨味があった癖になる。
が、さっさとこの場を離れたい。キャスターを探して合流したいのもあるが、敵のマスターとアサシンのサーヴァントがいる状態では休息など取れないのだ。
「涼乃さん、手慣れてますね。医療関係の仕事してま、すっ」
「少し前まで助産師をしていて……え、なんなの……っ!」
心護が言葉が詰まったと思ったら、涼乃の肩がポンポンと叩かれた。それも、結構強い力で。
一体誰が、何の用かと振り向けば……そこには、おじさんがいた。
「しおどん!?」
「暴れしおどんだーー!」
「しおどーーん!」
「……暴れている」
「今日は暴れる日だったか……あれ、さっきの人どこ行った?」
涼乃の肩を叩いたのは、本日マルシェに遊びに来たしおどんだった。
涼乃に気づいてもらったのが嬉しかったのか、しおどんは全身を使って喜びを表現しているかの如く、丸々とした着ぐるみの身体をバルンバルン!という効果音が背景につきそうなぐらい、アグレッシブに上下左右へと動かしている。
普段は、巨体に見合ったゆっくりとスローに動くしおどんだが、時々、このようにアグレッシブに動き暴れることがあり、市民には「暴れしおどん」の名称で親しまれている。まあ、恐らく着ぐるみの中の人の関係で、暴れる日と暴れない日があるのだろう。
涼乃の隣でバルンバルン!と暴れるしおどんに人々のカメラが集中している隙に、エルウィンは姿を消した。場が混乱している今のうちにと、梅干し茶を手に逃げ出してキャスターと合流したのだった。
「どこに行っていたの、マスター?」
「どこかに行ったのはお前だろ!! 勝手にいなくなるなよ! ……すっぱ」
本日の目玉であるしおどんの登場に、人々の視線はそちらに集中し、レアな暴れしおどんを一目見ようとみんなしおどんへと群がった。待ちわびた着ぐるみが登場したこともあり、駒幸・藍愛・多佳音の3人娘もそちらに向かい、彼女らに囲まれていた杏華とランサーも、やっと解放されたのだった。
「JCの体力やばー」
「それな」
「口調移ってるし」
「杏華もな」
「お疲れさんっス」
しおどんフィーバーに巻き込まれる前に、心護とアリアは帰って来た。
「杏華さん、さっき何を言いかけたんスか?」
「ああ、さっきの。昨夜、変なのが出たんですけど」
「巨大イカとか」
「そう、巨大イカとか。心護くんたち、心当たりあったりします?」
「ある?」
「分からない」
「足がある奇妙な魚にも心当たりはないか」
「仕事柄、深海魚はよく見ますけど、足がある奴は見たことがないっスね」
「うーん……何か、妙な気配が渦巻いてるなぁー。気をつけたほうがいいかもしれないですね」
しおどんのグリーティングもあり、本日の『潮風マルシェ』は過去一番の盛り上がりと集客で幕を閉じた。
しかし、昨夜に深潮の海から這い出て来た魔獣の如き異形の魚や、密漁船を襲った巨大イカの正体も謎のまま、不穏な流れになってきた。
しおどん
深潮市の公式ゆるキャラ。
ニュウドウカジカ(おじさん)の顔をしたバルーンタイプの着ぐるみに、仙人のような顎鬚と着物を着た丸い海の神様である。
深潮から見える駿河湾沖の禁足地に棲む神様が、深潮の人々と仲良くなりたいと思って陸地にやってきた。という設定。
豊郷市長とは仲が良く、一緒に手を繋いでやってくる姿が目撃され癒しとなっている。
基本的にはゆっくり動き、長距離移動は「しおどん号」と呼ばれる台車で移動しているが、某市役所職員(涼乃さんの中学時代の同級生)が着ぐるみの中に入っているときだけはアグレッシブに動き、付き添いの職員(男性のみ)をバシっ!と強打するなど、暴れモードになる。
3年後にバズる。