Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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20-3_チャイルド・クライ

「アレをここに叩き落したのは自分たちなんで、2人でケジメつけます」

「ならば、私たちは帰ろうか」

「有益な情報も得られませんでした」

「よろしくお願いします」

「私たちも帰りますか」

「今夜も興ざめで終わったな」

「誰1人、手伝うとか言ってくれないじゃん。まあ2人でやりますけど」

 

 アルジュンの肩に乗るしおどんがバイバイと短い腕を振っている。これ以上、魚の異形に関する情報は得られないと判断したアーチャー陣営はとっととさっさと離脱しようとしていた。杏華とランサーも、すっかり帰宅モードになっている。

 そして、こちらも。これ以上、訳の分からない化け物の相手は魔力(リソース)の無駄と判断したのか、桐月もライダーと共にこの場を離脱しようとしていた。

 

「ライダーのマスターさんよ。一つ、訊いていいっスか?」

「……何だ?」

「アリア――アサシンを召喚する前から、俺のことを殺しに来てましたよね。別にそのことに関しては、謝れとか怒っているとかはありません。でも……()()()()()()聖杯で叶えたい願いがあるんスか?」

「……あるよ。この命に代えても叶えたい願いがある」

 

 桐月は心護と視線を合わせずに、そう答えた。

 ライダーに抱えられて巨大な鮫の背に乗り、ライダー陣営は離脱する。アーチャー陣営も、心護が視線を外した僅かな隙に姿を消した。

 さて、残ったランサー陣営とバーサーカー陣営は、すぐに離脱はしないが手伝ってはくれないので、脆弱な魔力バッテリーである心護が踏ん張らなければならない。アリアの要望に応えてなけなしの魔力を搾り出せば、歌姫の歌唱が始まる。

 アリアはテレビ番組やラジオで現代のJ-POPや歌謡曲を覚えた。

 では、彼女が歌劇の登場人物へと変化する際に奏でる歌は、いつ覚えたのか?

 心護がそのことについて訊ねてみれば、アリアはこう答えた。「肉体(からだ)が覚えている」と。サーヴァントとしての真名も覚えていないが、その身に沁み込んだかのように旋律ははっきりと覚えていたのだ。

 歌姫は主に、()()(物語)を歌唱する。

凍てつき焦がれる麗姫(トゥーランドット)

復讐の魔女(メデア)

 そして、もう一つ……。

 アリアが相性が良いと語った『復讐の魔女(メデア)』の黒炎では仕留め切れなかった(心護の魔力不足の可能性があるのも否めないが)。子殺しの物語では産卵で生まれた異形しか対処できないのなら、もっと別の……もっと、悲劇(攻撃)的な(物語)を……!

 そう考えたから、アリアは次の登場人物を己の肉体(からだ)に降ろしたのだ。

 歌姫が『復讐の魔女(メデア)』のヴェールを脱ぎ去った。

 心護から吸い上げられる魔力が歌姫の独唱となり、薔薇色の光が暗闇に痛いほど輝いた。

 

「彼の優しい声が、私の心に響いているの……そうよ! あの声だ! 私の心に彼が訪ねて来たの! エドガルド! 私はあなたのものよ!」

 

 歌姫の独唱は終わらなかった。

 踊るようにくるくると回る度に、闇に浮かぶ純白のドレスの裾がふわりと広がる。アリアの姿は、古代ギリシャ風のドレスから、アンティークな花嫁衣裳に変化していた。だが、花嫁にしてはどこか様子がおかしい。

 華奢な手に握られているのは、赤黒く変色した大ぶりな短剣だった。赤黒いのは、短剣にべっとりと血痕が付着しているから……血痕は大振りな短剣から、手へ、腕へ、そして胸元へと、純白のはずの花嫁衣裳は血痕によって斑模様に染まっている。血塗れの花嫁の双眸に幸福など宿ることはなく、空色の瞳は瞳孔が開き焦点が合わず、どこか遥か遠くの幻想を追いかけているかのように不安定な視線をしていた。

 歌姫の様子がおかしいことなど触手に動かされている巨大なチョウチンアンコウは気づくはずもなく、地面を這いつくばる触手が黒焦げの風船と化した本体を鈍器として振り回して襲いかかって来る。血塗れの花嫁となったアリアは、手にした大振りな短剣を振り上げて突き刺した。

 

「ああ! 恐ろしい亡霊が! 私たちを引き離そうとしているのよ! エドガルド! エドガルドエドガルド! エドガルドエドガルドエドガルド! エドガルドエドガルドエドガルドエドガルド!」

 

 再び、大振りな短剣を振り上げて刺した。

 また、刺した。

 刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して。

 血塗れの花嫁衣裳が異形から噴き出る青い血で汚れることも厭わず、誰かの名前を呼びながらただ大振りな短剣で刺すだけだ。

 その様子を攻撃的と言い表すのは相応しくない。これは、あまりにも狂気的な物語であった。

 

「これは、さながら狂戦士(バーサーカー)ですね」

「他の変化と同じならば、あれも歌劇の登場人物か」

「登場人物って……これは、どう観ても悲劇じゃない」

「そう……これは、引き離された恋人たちを襲った悲劇。望まぬ結婚を強いられた花嫁は、花婿を刺し殺し、狂気に身を堕とす……これぞ狂乱のアリア。イタリアはドニゼッティが紡ぎ上げた歌姫(ヒロイン)名はルチア。今宵のアサシンの姿は、正に狂乱の花嫁そのもの」

 

 狂気に染まった叫びを伴奏に、バーサーカーが滔々と語り出す。

 ガエターノ・ドニゼッティが作曲したオペラは、実際に起きた事件を元に執筆された小説を原作としたものだ。

 兄によって恋人と引き離され、恋人には誤解され、政略結婚を強いられたヒロイン・ルチアは、絶望のあまり結婚式の当日に花婿を刺し殺した。返り血で汚れた花嫁衣裳で祝宴の場に現れたルチアは、既に正気を失っていた……狂気と幻想の狭間で幸せな夢を歌い続ける「狂乱の場」は、物語の見せ場として有名だ。

『ランメルモールのルチア』に登場する花嫁は、最期は恋人であるエドガルドとの再会を夢見て発狂死する。狂気に苛まれ、正気を犠牲にして凶行に手を染めるその姿は、正にバーサーカーだった。

狂乱の花嫁(ルチア)

 それが、今のアリアの姿である。

 バーサーカーのサーヴァントが『狂化』のスキルで正気と引き換えに能力値を上昇させるように、『狂乱の花嫁(ルチア)』は酷く攻撃的で戦闘向きの登場人物だと心護は事前にアリアから聞いていた。実際目にしてどうだ。痛々しいほど攻撃的だ。

 ルチアとエドガルドを引き離そうとしている敵を追い返そうと、花嫁は狂乱のアリアを奏でながら執拗に何度も何度も大振りな短剣を振り上げてチョウチンアンコウの異形を滅多刺しにした。『狂化』スキルによって強化されたサーヴァントによって執拗に攻撃されたチョウチンアンコウの異形も触手も、青い血の海で溺れ、皮からはみ出た肉は盛り上がり鍋に放り込まれる前のつみれのような肉団子と化している。

 もう終わっている。心護が想像していた以上の狂気の渦に飲み込まれ、もう終わっているのに、アリアは止まらないのだ。

 

「アリア! もう終わったから……歌を止めてくれ!」

「ねえ、聞こえるでしょう? あれは婚礼の歌よ! 私たちの婚礼の準備をしているんだわ! ああ! 私はなんて幸せなのかしら!」

 

 子供のようなはしゃぎ声を出すアリアに心護の声は届いていない。青い血飛沫の中で花嫁以上を翻し、狂乱の場に身を沈めていく。

 心護の視線が自身の右手に止まった。右手の甲、赤く走り刻まれた三画の令呪。

 令呪はサーヴァントへの絶対命令権。三回だけ使えるマスターの切り札。

 これを使えば、アリアを止められるかもしれないと思ったが、頭の片隅で躊躇してしまった。だって、三回しか使えないのだ。これから先、もっと深刻な事態になったら、アリアに危機が迫ったら……そのもしもの不安を拭えず、心護は令呪を使えなかった。

 令呪を使用せず、心護は魔術も使用できず。このままでは、アリアの狂気が加速して物語の筋書き通りの発狂死で幕を下ろすか、魔力を搾り尽くされた心護がぶっ倒れて終わるかのチキンレース状態である。

 そんな末路は死んでもゴメンであり、ケジメをつけると言った手前、自滅してしまうのも居心地が悪い。

 だから、魔術の使えない一般人マスターはこうするしかない。身体を張って、止めるしかないのだ。

 

「アリア! 終わりだ! チョウチンアンコウも全部、ケジメつけたから……帰ろう」

 

 最悪、刺されてつみれになる覚悟もして、心護はアリアを背後から羽交い絞めにした。

 何とかして手から大振りな短剣を取り上げようとしたら、アリアは可憐にくるりとターンをして心護と向き合った。その視線が眺めているのは心護ではなく、心護のその向こう側にいるはずのアリアに憑依しているルチアの愛しい恋人・エドガルドだ。一歩間違えれば、自分も彼女たちを引き離そうとする敵だと思われて刺される可能性がある。

 一瞬、心護の背中が凍てついた。心護と向き合ったアリアが血に塗れた腕を大きく広げたからだ。

 あ、刺される……と悟った心護は反射的に目を瞑ったが、痛みは一向に感じられなかった。自分の胸によりかかる少しの重さとぬくもりを感じて恐る恐る目を開くと、そこには大振りな短剣を手から落として心護に抱き着くアリアがいたのだ。

 

「……へ?」

「ついに……ついに、私は貴方のもの。貴方は私のものよ。何者にも勝る喜びを、貴方と私で分かち合うの。なんて、幸せなのかしら」

 

 その言葉(セリフ)は、ルチアのものか、それともアリアのものか。

 心護を見上げるアリアの双眸に、狂気など欠片も宿っていなかった。澄んだ美しい瞳で、あまりにも美しく、あまりにも幸せそうな笑顔で、アリアは心護に抱き着いたまま身を任せてしまったのだ。

 とここで、心護の魔力が限界を迎えた。

 このままでは命の危機だと契約パスが感知したのか、アリアの姿は薔薇色のドレスの歌姫へと戻り、心護の目の前は真っ白になった。アリアも魔力が切れて気を失っている。

 アリアの重みにも負けるほど脚の力はなくなり、咄嗟にアリアの身体に腕を回して支えたが、心護はそのまま気を失ってアリアを巻き込んで後ろに向かって倒れた。倒れるかと思ったが、ちょっと乱暴に背中を支えられて転倒は未然に防がれた。

 

「お疲れ!」

「魔力切れの状態で女を守ろうとした気概は褒めてやろう、坊主」

 

 背中を支えてくれたのはランサーだった。ちょっと乱暴に背中を支えられて、そのまま地面に寝かされた。肩を貸してくれるとかは、してくれないんだ。

 杏華は杏華で、労いの言葉をかけながら心護と軽くハイタッチをしたと思ったら、「じゃ、おやすみなさい」と言い残してランサーと帰って行った。手伝ってはくれなかったが、心護がケジメをつけるのは最後まで見届けてくれたようである。見届けてくれただけだけど。

 まあ、ランサー陣営にしてみれば、聖杯戦争しているど真ん中に巨大なチョウチンアンコウを落とされてしっちゃかめっちゃかにされた側なのだから、こうして穏やかに別れただけ僥倖である。邪魔をした罪で攻撃されても文句は言えなかった。

 

「詩ノ宮くん。意識ありますか?」

「涼乃、さん……はい、一応。でもまだ、立てないみたい、ス」

「魔力切れね。すいません。私も、バーサーカーを伴うだけで魔力が精一杯だから……ちょっと、詩ノ宮くんたちの救護はできなくて」

「まあ。アリアが起きたら、バイク押しながら帰りますよ」

「そう……派手に崩れちゃったな」

 

 申し訳なさそうな涼乃の声がする。まだちょっと、眩暈がしていて、心護の目に涼乃の姿は映らなかった。

 涼乃がちょっと溜息を吐いたのは、消滅してしまった旧青年会館の跡地を見たせいだろう。派手に崩れて原型の半分も瓦礫が残っていない。一体どんな言い訳が市民に流れるのか、今の心護にはそれを考える余裕はなかった。

 ただ、監督役――涼乃や柳蔵は大変だろうなー、ぐらいしか頭が働かなかった。

 心護が思ったことは杞憂ではなく、実際問題、涼乃も柳蔵も大変どころの話ではない。聖杯戦争だけでも傍迷惑なのに、原因の分からない魔獣の如き異形が跋扈し始めて解決策は何も見当たらない状況なのだ。まずは、壊れた社務所をどうにかしないと……委託をした聖堂協会に必要経費として修繕費を請求できるか?と、涼乃はぼんやりと考える。

 

「あ……忘れてた」

 

 涼乃がアウターのポケットに手を入れると、婚約指輪が出て来た。あの時、衝動的にリングケースから取り出して、咄嗟にポケットに入れて今の今まで存在を忘れていたのだ。

 コレの存在を忘れるほどの事件が起きたからなのか、それとも……もうコレは、涼乃にとってすっかり忘れ去ってしまうだけの存在なのか。

 

「バーサーカー」

 

 多分、後者だ。

 

「お願い」

「承知」

 

 涼乃が婚約指輪を指で弾いて宙へ放り出し、キャッチしたバーサーカーが鉤爪の右手がそれを握り潰した……粉々になる銀とダイヤモンドがかつての旧青年会館のグラウンドに落ちて、光も残さずに砂埃に紛れてしまう。

 きっと、あの日の涼乃は怒りの行動として婚約指輪を()()してやりたかったのだ。それを、バーサーカーが代わりにやってくれた。

 涼乃の代わりに、バーサーカーが怒ってくれた。

 これが、涼乃とバーサーカー(エリック)のカタチだった。

 心護の眩暈がようやく落ち着いて視覚が機能し始めた頃、やっと曇り空が晴れたが、今夜の月はとっくに沈んだ後だった。




マスターたちの中で最初に設定が固まったのは涼乃さんでした。彼女と心護は似た立場だけど真逆の存在として書いています。
幼い頃に母を亡くして、そのモヤモヤを消化できてないのが涼乃さん。時間の経過やその他要因で昔のことと飲み込めたのが心護。
聖杯戦争に巻き込まれて、腹を括れないのが涼乃さん。最初から腹を括ったのが心護。
サーヴァントを落ち着かせるために、躊躇なく令呪を使用したのが涼乃さん。この先のことを危惧して躊躇してしまったために令呪を使用できなかったのが心護。
ちなみに、涼乃さんが使用した令呪の影響でこの夜のバーサーカーはめっちゃ落ち着いている。オペラの解説を聞いていたランサー陣営も「バーサーカーなのにめっちゃ落ち着いている」と思っている。
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