Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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23-2_恋に狂えなかった女と恋に狂った怪人

 聖杯戦争においてサーヴァントの真名は隠すものである。

 彼らは古今東西津々浦々の英雄たち。メジャーもマイナーの程度はあるが、検索エンジンでその真名を検索すれば十中八九引っかかって情報を閲覧できる者たちばかり。当然、その情報の中には弱点も必殺技も情けない逸話さえも含まれる。弱点を突かれ、手の内を曝され、更にはあまり知られたくない話まで把握されたら圧倒的に不利なる。故に、聖杯戦争に参加したマスターたちはサーヴァントの真名を隠し、押し込めた鋳型(クラス)で呼ぶのだ。

 鋳型(クラス)の呼び名を捨て去ったのは、隠す必要がなくなったということ。サーヴァントの伝説の象徴の具現化である宝具を開帳し、真名開放によって英霊の全てを曝け出すということだ。

 英霊たちは、人々の“信仰”によって成立している。

“信仰”によって英霊に押し上げられた英雄たちは、人々が次の時代へと語り残す“物語”や“概念”に縛られる。

 バーサーカーが真名、ファントム・オブ・ジ・オペラ――

 ミュージカル好きならば知らぬ者はいない彼もまた、物語に囚われている者だ。

 今、この場はオペラ座である。怪人はオペラ座にて恋の狂気に苛まれ、凶行(殺人)に手を染める。

 涼乃が聖杯戦争に舞台に自動車学校跡地を選んだのは、柳洞神社を経由した霊脈が通っていたこともあったが、敷地内に教習用のカーブミラーの多くが残っていたことが決め手だった。あちこちに鏡が設置されており、残された廃車のサイドミラーも使用できるならば、ここは『いざ誘いし迷宮舞台へ(マスカレイド・オブ・ガルニエ)』を十分に活かせる舞台だと踏んだのだ。

 ファントムが持つ宝具は()()。一つは著しく魔力を消費するため、そう簡単には使えない。なので、なるべくは比較的燃費のいいこちらの宝具だけで勝負がしたかったのだ……当然、本気で勝ちに行くのなら、出し惜しみをしてはいけないのは、どんどん軋んでいく涼乃自身の身体が分かっていた。

 それでも、涼乃の祝詞は強化(バフ)として作用している。

 鏡と鏡を瞬時に移動する姿は不気味な怪人そのもの。その名の通り、亡霊の如く鏡面から這い出て来る白い仮面にはアリアの返り血が付着し……心護の叫びすら届かない刹那の合間に歌姫は膝を着いた。

 

「聞こえない、聞こえない……カルロッタ(お前)の歌は聞こえない。舞台は、喝采は、賞賛はクリスティーヌのために」

「……誰かと、勘違いしていらっしゃるのかしら。ミスター?」

「口を開くな、喉を振るわせるな……! お前にはヒキガエルの濁声がお似合いだ。それとも、雌山羊の声がお好みか。スポットライト(栄光)はお前に注がれない。不協和音に満たされながら圧死しろ」

「アリア!」

 

 再び、アリアの頭上には巨大なシャンデリアが出現した。どうやら、この物語ではカルロッタはファントムが落としたシャンデリアによって圧死する筋書きのようだ。

 シャンデリアが落下する瞬間、心護の魔術回路が激しく回転する。パスを通して魔力がアリアに行き渡り、一瞬の薔薇色の光の後に出現した巨大な氷壁がシャンデリアを押し返した。

 アリアの姿は一瞬で『復讐の魔女(メデア)』から『凍てつき焦がれる麗姫(トゥーランドット)』へ変化していた。土壇場のぶっつけ本番だったが、ローディングのないスタイルチェンジが上手くいったのだ。

 心護は血の混ざった唾を吐き出した。少し息が上がっている。当然だ、大技を出すだけで生産が追いつかない魔力がみるみるうちに減っていくのだから。

 アリアだって、『凍てつき焦がれる麗姫(トゥーランドット)』に変化しただけで、先に受けたダメージが回復している訳ではない。真っ白い氷壁には微かに血飛沫が付着していた。

 

「まだイケる、まだイケる……! 全部……飲み込め!」

「一つ、氷の如く凍てつくが何もかもを焼き焦がすものは?」

 

 謎かけとして表現された『凍てつき焦がれる麗姫(トゥーランドット)』の名の通り、焼け焦げる炎を孕んだ氷は範囲を広げて教習用道路の全てを飲み込もうとしていた。

 カーブミラーを氷壁で飲み込んでしまえば、ファントムが出現しても氷壁に塞がれて通り抜けはできないとの心護の考えだったが……この考えは不発に終わった。

 氷壁に何本もの杭が撃ち込まれた。アスファルトよりも硬いはずの氷面に突き刺さったのは、『一時停止』に『左折禁止』に『時速40km制限』。教習用道路のあちこちから引っこ抜かれた標識がファントムによって投擲されて、氷壁はあっという間に針山のようになってしまう。

 当然、引っこ抜かれた標識に中にはカーブミラーも混在していた。

 鏡さえあれば、宝具を発動中のファントムは神出鬼没に距離を詰めて来る。鈎爪で切り裂くことも、頭上からシャンデリアで圧殺することも可能である。そして、鏡の中から投げられた投げ縄で首を括ることだってできるのだ。鏡面を突き破って飛んできた投げ縄がアリアの細い首に巻きついた。ファントムの姿は鏡の中に潜り込んだまま、投げ縄だけが舞台の上に出て来たのだ。

 

「……っ、あ……!」

『! 歌を封じられた……アリアの歌がなけりゃ別の登場人物に変化できない』

「お前も、お前も、お前も……! 愛しのクリスティーヌの舞台を穢してならない! 我がオペラ座は最高の歌姫のために。お前ではない、お前ではないのだカルロッタ! クリスティーヌ、クリスティーヌ……愛しの君よ、聴かせておくれ。地獄に響く天使の声を……! 地獄を奏でよう! 美しい声の君……我が狂気は君のため! 恋に狂うのが私の物語! お前には歌わせない……!」

 

 鏡面から醜い素顔を隠すための異形の仮面が浮かび上がった。

 心護の視線が無意識に動く。異形の仮面から緯線を逸らしたのではない、自身の右手の甲へと目をやったのだ。

 視線の先にはまだ一画も欠けていない赤い令呪がある。令呪はサーヴァントを縛るための絶対命令権であると同時に、膨大な魔力を秘めた結晶でもある。それが三画。つまり、三回だけならサーヴァントをどのような命令でも縛れるし、三回だけならサーヴァントへの絶対的なブーストができる……昨夜のように出し惜しみをしてはいけない。令呪を使うなら、三回のうちの奥の手の一回を使うなら、今だ。

 

「令呪を……」

 

「令呪をもって命じる」……心護がその言葉を口にするのを遮って、聞き慣れない音が寂れた廃墟に響いた。

 

 ピシリ、ピシ、ピシピシ……っ!

 

「え……?」

「え」

 

 心護と涼乃の視線が音の発生源へと注がれた。

 ファントムの仮面が浮かび上がるカーブミラーから音がする。

 ピシリピシリと音を立ててどんどん鏡にヒビが入っていく。

 物理的な干渉をされているかのように、ヒビは鏡の外側から中心部に向けて広がって音はどんどん増えて、甲高い音を立てながら粉々に砕け散り、鏡の破片がアリアへと降りそそいだ。

 鏡がなければ、隠し通路がなければ怪人はオペラ座を自由に闊歩することができない。出口の役割を果たしていたカーブミラーの鏡が木っ端微塵に割れてしまったことにより、アリアの首を絞めていた投げ縄が切断されるかのように千切れた。鏡の中に潜んでいたファントムは、押し返されるように別のカーブミラーから吐き出されたのだ。

 

「バーサーカー! 急に鏡が割れた? 経年劣化にしても、このタイミングは……」

「アリア! 大丈夫か」

「へ、平気……そう、彼の動きは止められる」

「どうやって?」

「鏡がなければいいのよ」

 

 アリアが姿勢を正した。『凍てつき焦がれる麗姫(トゥーランドット)』の姿のまま、青龍刀を手放して月明りのスポットライトの下に立つ。

 鏡がなければいい……つまり、今のように、()()()()()()()()()()()()()

 薄い唇を開いたアリアの喉から、メゾ・ソプラノと言うには耳に痛すぎる高音が弾け出た。

 それは最早歌声ではなく、肌を痺れさせ耳を劈く超音波。

 人間が出せる音域は2オクターブ。プロの歌手でも裏声(ファルセット)を使用して3~4オクターブまでしか出せず、ギネスに記録されている最高音も8オクターブまでとなっている。この時のアリアの声は、人間が出せる限界のオクターブを簡単に超えていた。

 涼乃が反射的に両手で耳を塞いだ。それだけ痛い音だったのだ。

 肌にも耳にも突き刺さる音波が自動車学校跡地の全域へと広がり、建物の窓ガラスがビリシと音を立てて砕け落ちた。同時に、廃車のフロントガラスもサイドミラーも、教習用道路の全体に設置されていたカーブミラーの鏡も全て割れてしまい、更には痛んでいたアルファルトの地面にもヒビが入る。

 たった一声……人間離れした高音の一声で、アリアは一歩も動かずに全ての鏡を割ってしまったのだ。

 

「これでもう、歌姫を誘拐できないわね。ミスター?」

 

 この時、仮面の下のファントムの素顔はどんな表情をしていただろうか。

 表情も感情も、窺い知る余裕などなかった。ファントムの背後にいた涼乃が膝を着く音が聞こえたからだ。

 涼乃の身体がぐらりと揺れて一瞬だけ意識が遠のいた。転倒はしなかったが、アルファルトの地面にポタリと血痕が落ちる……知らぬ間に鼻血を出していたことに気づいた涼乃が真っ白い巫女服の袖で鼻血を拭うが、もうこれ以上の長期戦は無理だと悟った。

 

『これ以上、私自身から魔力は絞り出せない。だったら、二画目の令呪……! でも、詩ノ宮くんも令呪を使用したら……』

 

 バーサーカーの馬力と、それに伴う燃費の悪さは尋常ではない。このままでは涼乃も、過去の冬木聖杯戦争のバーサーカーのマスターたち(1名の特例を除き)と同じく、魔力が枯渇して自滅してしまうだろう。ならば、令呪を使用してブーストをかけるしかないが、それは心護がつい先ほどやろうとしたことだ。

 涼乃は既に令呪を一画使用している。対して、心護は三画全てが残っている。令呪の切り合いになったら数の差で負けてしまう。

 もう一歩……もっと後押しになるナニかを。だが、祝詞はそう何度も唱えられるものではないし、涼乃はファントムを補助するような魔術なぞ使用できない。

 お父さんに結界の一つでも習っておけばよかったかなと、頭の片隅で後悔したその時、地面に手を着いた指先に何かが触れた。

 

「あった……使える物」

 

 震える膝に活を入れて涼乃は立ち上がる。

 きっとこれが最後だ。最後まで、舞台の上に立つ歌姫のように背筋をピンと伸ばして、ファントムのマスターとして立っていたい。

 彼が涼乃を傷つけないために彼女をクリスティーヌと呼ぶならば、涼乃はクリスティーヌになろうと自ら決めた。怪人の愛に応えた歌姫のように、偽りのない真心を示したいと決めたのだ。

 

「貴方が私の代わりに怒ってくれるなら、もう飲み込まない。自分で決めたことなのに、力不足で脱落しそうになる自分への怒りも、地元がこんなことになっちゃった元凶への怒りも……今になってなんか腹が立ってきた婚約関係の諸々への怒りも! ほんとに、なんで急にぶり返すんだろう!? 後でイメスタのアカウント削除してやる!!」

 

 白いフレンチネイルの指先が触れたのは、割れた鏡の破片だった。涼乃の手のひらから少しはみ出すぐらいの、そこそこ大きな破片はナイフのような形に割れていた。

 涼乃の右手には鏡の破片が、左手には一本に結った長い髪……結った髪の根本に鏡の破片を添えて力を込めた。

 音に表せばザックリとか、バッサリと言えば良いのか。お世辞にも切れ味が良いとは言えない、それも長年に渡って放棄されて写りが曇ってしまったカーブミラーの破片をナイフのように使って、涼乃は長い髪を躊躇なくざんばらに断ち切ったのだ。

 魔術の世界において、髪は魔力を秘めるものである。特に、魔女――女性の髪は切り札にも値する。

 これが、涼乃が出せる最後の魔力だ。

 

「令呪をもって命じます!」

 

 涼乃の右手の甲から二画目の令呪が消費され、左手にあった髪の束はファントムへ。

 最後の最後に、狂気も怒りも、涼乃の叫びも全部、ぶちかましたのだ。

 

「やっちゃえバーサーカー!!」

 

 第二宝具、発動―――

 

 それは、読者の、観客の、イメージと感想が彼を捻じ曲げて、無辜の怪物とした風評(呪い)が物質化した物だった。

 クリスティーヌへの恋に狂い、クリスティーヌへの愛のために残虐な殺人行為にも手を染めた“怪人”は、成就することのない愛のために多くの犠牲者の亡骸をオペラ座の地下に積み上げているに違いない。『オペラ座の怪人』の本性は、目的のためならばどこまでに残忍になれる冷酷な殺戮者である。

 これほどまでに犠牲者がいたのか、それほどまでに邪魔者がいたのか。生前の彼が怪人として作り上げた物なのか、それとも呪いが宝具にまで昇華されてしまった亡霊の置き土産なのか、今となっては分からない。

 涼乃から受け取った髪と令呪をブーストとし、ファントムの周囲に妖しい紫焔がいくつも灯り始めた。

 魔力がカタチとなって形成されたのは、紫焔を灯した燭台によって照らされた巨大なパイプオルガンに似たナニかだ。ソレはただの楽器ではなく、白く歪に曲がった材料を組み立てて作り上げられた怪人の罪の象徴であり、誰にも愛されることのなかった異形の怪人が住まうオペラ座の地下(地獄)の具現化……怪人の犠牲者の亡骸を材料にして作られた、パイプオルガンの姿に似せた巨大演奏装置。

 

「愛しい君、愛しい君! 地獄をここに奏でよう。歌え……歌え、我が天使! 歌ってくれ……! 『地獄にこそ響け我が愛の唄(クリスティーヌ・クリスティーヌ)』!!」

 

 ソレが楽器の姿をとっていたのは、クリスティーヌの前では音楽の天使でいるためだったのか。




涼乃さんの原型とまでは言わないけれど、芯の強さや断髪の行動などが似たオリキャラを昔に書いていて、彼女にイメージしていたCVは山崎和佳奈さんでした。
強いお姉さんヒロインの象徴としての声だったんでしょう。
ご冥福をお祈り申し上げます。
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