Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

29 / 30
23-3_恋に狂えなかった女と恋に狂った怪人

 心護と涼乃の聖杯戦争に、例の魚の異形の乱入の気配はなかった……のではなく、乱入の気配があったのを事前に潰されていた。

 硬い骨がむき出しになったかのような背びれを持つカサゴにも似た魚の異形が、街路灯もない真っ暗な県道に何匹も地面に転がっている。多くは腹に巨大な穴が開き、小ぶりな個体は衝撃に耐えきれなかったのか、木っ端微塵に吹き飛んだ肉片が青い血溜まりと共にアルファルトの地面にこびりついていた。

 

「タイミング的に、涼乃さんと心護くんの戦闘が始まったら湧いて出て来ましたね」

「湧いて来たのは海の方角か。サーヴァントの魔力が高まったと同時に、撒き餌に群がる鯉のように跳ねてきた。主の言うように、こいつらは()()()()()()()()()()()()ようだ」

「うーん……でも、正体は分からないんですよね。暫定、魔力に引き寄せられている魚類の姿をした魔獣、ぐらいしか掴めていない」

 

 杏華が首を傾げても、現状で出た推測以上の考えは浮かばなかった。

 もしかしたら、ぐらいの懸念から鷹鉾地区にやって来た杏華とランサーは、やっぱり湧いて出て来た魚の異形を発見してしまったのである。それも、進行方向は涼乃が指定した自動車学校跡地だったため、邪魔者が乱入しないようにと深夜の雑魚退治に精を出していたのだ。

 銛突きは御免だと言いつつも、ランサーは湧いて出て来た魚の異形を一匹残らず殲滅してくれた。もういないことを確認してから、杏華は県道に路上駐車しているグレーの自動車の窓ガラスをノックする。もういなくなりましたよと、運転席に乗る柳蔵に声をかけたのだ。

 雑魚退治の最中に、自動車学校跡地へ向かう一台の自動車がやってきたのには正直驚いたが、乗っていたのが柳蔵だったのは妙に納得した。監督役として公平な立場でいるようにと委託されても、大切な娘が戦争の渦中に飛び込んだとなると居ても立っても居られないのは当たり前の話だからだ。なので、杏華は柳蔵に絶対に外に出ないようにと伝え、ランサーが一匹残らず退治してくれたので柳蔵の自動車には青い血飛沫の一滴も飛ばなかった。

 

「ありがとうございます。助かりました」

「柳蔵さんは、涼乃さんが心配で?」

「いえ、ただの迎えです。終わったら、詩ノ宮くんも一緒に乗せて帰ろうかと。心配は……していないと言えば嘘にはなりますが、あの子に全部委ねました。心配せずに待っているつもりです。あの子は私たちの娘ですから、きっと大丈夫だと。三渓さんたちにはお世話になりっぱなしですね。霊脈の整備のみならず、露払いのようなことまで」

「昼餉に馳走になった焼きそばの恩義があるものでな」

「コロッケもいただいたじゃないですかぁ」

 

 本当に、涼乃にも柳蔵にもご馳走になりっぱなしなので、つまらない相手でもランサーは露払いをしてくれたのだ。

 それに、覚悟を決めた女の晴れ舞台を無粋な化け物に食い荒らされるのは非常に業腹である。涼乃とバーサーカーの邪魔をするなと言わんばかりに、ランサーの槍は異形たちを貫いたのだ。

 

「ところで……あれは、何なんでしょう。さっきから、ずっと気になっていて」

「どう見ても日本には自生していないタイプの木ですよね」

 

 運転席から降りた柳蔵は杏華とランサーへ丁寧に頭を下げると、フロントガラス越しにずっと見えていた光景について訊ねてみた。一度見つけてしまったら、ずっと気になってしまったのだ。

 この先のカーブを曲がれば自動車学校跡地へ入るのだが、その手前にどう見ても日本に自生しないタイプの木が闇に紛れないほど堂々と聳え立っていた。そりゃもう、背景に「どーん」という効果音がつきそうなぐらい遠慮なく自生している。

 地域的に言えば熱帯地域に自生していそうな、強いて言えばガジュマルに似ている樹木である。細い木々が束になって絡まり一本の巨木のようだ。

 

「あの木、簡易的ですけど目晦ましの結界を張っているようですね。つまり、神秘の秘匿対策で魔術師が植樹したものでしょう」

「アーチャーのマスターの仕業であろう。外来種……とか言ったか、この手のものは」

「ちゃんと持ち帰ってくれればいいんですけど……」

 

 杏華たちは知る由もないが、鷹鉾地区にはアルジュンの魔術工房がありここは彼のテリトリーなのである。故に、涼乃の動きを察して独断で神秘の秘匿のために動くなり、自動車学校跡地へ偵察の使い魔を飛ばすなりしていたのだ。

 だが、涼乃だって心護だって、飛ばされた使い魔の存在も杏華とランサーの存在さえ認知していなかった。

 ただ、生き残るために、願いを叶えるために、正面の敵と殺し合いをしなければならない戦場で、外野など気にかけてはいられないのだ。

 涼乃の断髪に、ざんばらになった髪型に、心護は彼女の覚悟を見た。

 ファントムの願いを叶えるため、涼乃は自身が持てる全てを曝け出して投げ出して令呪も使用して、最後の宝具にかけて来たのだ。

 先ほどのように、鏡を割っただけでは対策ができようもない、バーサーカーとそのマスターの全身全霊の会心の一撃を前に、アサシンとそのマスターも同じ熱量で迎え撃たなければきっと……負ける。

 

「アリア。今度こそ使うぞ、令呪」

「お願い、シンゴ……いいえ、マスター。わたしも歌うわ。トゥーランドット姫を脱ぎ去って、次の登場人物に……狂気には、狂気(ルチア)を」

「まだ、負ける訳にはいかない」

 

 そうだ。心護だって、叶えたい願いがある。

 心護はアリアの願いを叶えたいから、彼女のマスターとして聖杯戦争に身を投じた。

 しかし、心護はまだ、アリアの願いがどのようなものなのか知らなかった。

 言いたくないなら、言いたくなったら言ってくれればいい。思い出せないのなら、思い出してから言ってくれればいいとアリアには告げたが、内心では、彼女は一体どんな願いがあるのか知りたい欲がちょっとだけあった。

 訂正、本当はちょっとだけじゃなく、結構ある。聖杯という奇跡に縋らなければ叶えられないような願いとは、一体何なのか……それを知る前に負ける訳には行かない。

 まだ、アリアに隣にいて欲しいから、心護も必死に抵抗して魔力を搾り出して、令呪を使用する。

 昨夜のように、『狂乱の花嫁(ルチア)』の狂気に呑まれるかもしれない、なんて心配など決心を鈍らせるだけ。ただ、一言……マスターとして、アサシンのサーヴァントへ命令を下すのだ。

 

「令呪を持って命じる。アサシン……勝つぞ!」

 

 心護の右手の甲。短剣のような赤い痣の左右を囲む線のうち、左の線が消費される。

「勝つ」という、マスターからの絶対的な命令が抗うことのできないほどの膨大な魔力となってアリアに注がれ、歌姫は狂乱の場へと身を沈めた。

『狂乱のアリア』が奏でられる。アリアは『凍てつき焦がれる麗姫(トゥーランドット)』を脱ぎ去り、薔薇色の光によって次の登場人物へと変化する……はずだった。

 薔薇色の光は令呪からの魔力と共に膨張し、アリアの背後に渦巻いて形作っていく。小さな欠片となった薔薇色の光は、旋律に従って歌声とともに天へと昇る……それはまるで、小さな羽根が風に巻き上げられるかのように、空へ空へと舞い上がる。

『狂乱のアリア』と共に舞い上がった薔薇色の光は、女性の姿を形作った。アンティークな花嫁衣裳を身に纏って、手には大振りな短剣を持つ女性の半身は、昨夜にアリアが変化した『狂乱の花嫁(ルチア)』の姿そのものだったのだ。

 登場人物そのものが令呪の魔力によってカタチを得た。これなら、アリアという器に縛られないのならば、『狂乱の花嫁(ルチア)』が秘める狂気に器が呑まれることはなく、狂気そのものに満ちた短剣をそのままダイレクトに叩き込むことができる。

 

「愛しい君、愛しい君! 地獄をここに奏でよう。歌え……歌え、我が天使! 歌ってくれ……! 『地獄にこそ響け我が愛の唄(クリスティーヌ・クリスティーヌ)』!!」

「ルチア、ルチア……空っぽなわたしを、あなたの絶望と哀しみで満たして。わたしが、あなたの代わりに歌うから。さあ、この戦場(舞台)を狂気で彩って!」

 

 犠牲者の亡骸で作り上げられた演奏装置が奏でられたのと、『狂乱の花嫁(ルチア)』の短剣が振り下ろされたのは同時だった。

 ファントムの宝具によって奏でられるのは、音による攻撃ではなく精神を錯乱させる暗示を孕んだ不可視の魔力攻撃である。涼乃の髪と令呪によるブーストを受けたそれは、自動車学校跡地だけではなく鷹鉾地域全体に波及するほどの威力であった。アルジュンが植樹した目晦ましの結界を張る樹木がなければ、住宅地にも影響が出ていたかもしれない。

 恋に狂って凶行に手を染めた怪人の物語。

 絶望により狂気に堕ちた血塗れの花嫁の物語。

『オペラ座の怪人』と『ランメルモールのルチア』。どちらも狂気によって彩られる物語であるならば、ぶつかり合ったらどちらが勝つのか……それは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 物語の結末が勝敗を分けるのならば、結果は既に……否、涼乃と心護が戦う前に決まっていたのだ。

狂乱の花嫁(ルチア)』が持つ大振りな短剣が振り下ろされ、ファントムの魔力攻撃の壁を破ってパイプオルガンに似た演奏装置へと突き刺さる。ルチアが抱える恋人に裏切られた絶望と、兄に利用された哀しみに溢れた狂気の一撃は、ファントムの狂気に勝ったのである。

『オペラ座の怪人』のラストにて、ファントムはクリスティーヌからキスを受ける。醜い仮面の下の素顔に落とされてキスによって、彼はクリスティーヌの真心からの愛情を受け取り、まるで憑き物が落ちたかのようにクリスティーヌとラウルを開放して地上へと返す。それ以降、怪人は姿を消してしまう。

 脚本や媒体によって彼の生死は様々であるが、『オペラ座の怪人』は、クリスティーヌとラウルは結ばれて怪人は姿を消して、物語はハッピーエンドを迎えるのだ。

 クリスティーヌの真心によってファントムの恋が愛へと昇華してしまったのなら、怪人の狂気は彼女の愛を受けた時点で晴れてしまったのだろう。恋が愛の前で無力となるのなら、愛を抱いてしまったファントムはクリスティーヌの愛情を前にして、恐怖の象徴としての狂った怪人ではいられなくなってしまった。恐怖でクリスティーヌを縛ることもできなくなったのだ。

 抱きしめる愛を知らなかったファントムが選んだのは、突き放す愛だった。

 ファントムはクリスティーヌの才能を愛し、彼女の幸せを願って地獄のような暗い地下迷宮ではなく、光差す明るい世界へ突き放した。

 

 サーヴァントは物語に囚われる。弱点も、死因も。

 

 ファントムが涼乃をクリスティーヌと呼び、クリスティーヌの概念(ラベル)を貼り付けてられた涼乃がファントムに真心を示したその時点で、()()()()()()()()()()()()()()()。涼乃がファントムを前にして覚悟を決めたことにより、『オペラ座の怪人』の筋書きが再現されてしまったのだ。

 狂気を失ったファントムがバーサーカーでいられる訳がない。狂気と狂気のぶつかり合いならば負けてしまう。

 サーヴァントとしてのファントム・オブ・ジ・オペラは、既にその存在概念は消失しかけていたのだ。

 宝具『地獄にこそ響け我が愛の唄(クリスティーヌ・クリスティーヌ)』は破られた。破壊された演奏装置の残骸からのそりと立ち上がったファントムから大量の血液が流れ落ちる。『狂乱の花嫁(ルチア)』の攻撃によってファントムの上半身は左肩から大きく抉られ、その傷は霊核にまで達していた。

 エーテル体で形成されたサーヴァントの肉体は、霊核を負傷することによって此度の召喚での死を迎える。

 ファントムを象徴する白い仮面が外れて血溜まりの中に落ちたその瞬間、仮初の肉体は金色の粒子となって零れ落ち、バーサーカーの敗北を決定づけた。

 

「エリック……エリック! 私……」

 

 涼乃はファントムに駆け寄った。千切れ落ちそうになっている彼に左肩を支えようと血で汚れることなどお構いなしに手を伸ばしたが、ファントムにやんわりと遮られた。これ以上、涼乃の巫女服を汚したくなかったと言わんばかりの行動だった。

 敗北は分かっていた。けれども、そう簡単に諦められないのが人間の性である。自分がマスターじゃなかったらもっと上手くやれたかもしれない、最後の一画の令呪で回復できるかもしれない。涼乃の頭の中に次々と浮かんでは、もう“無理”だということを理解している理性がそれらを萎ませていった。

 涼乃がクリスティーヌにならなければならないとファントムの物語(呪い)を受け入れた故に、バーサーカーは狂気を失ってしまった。ファントムからの真心に応えたいという涼乃を拒絶すれば、彼はバーサーカーのまま、恋に狂った殺人犯として在るべき姿のまま現界できたかもしれなかったが……それは、無理な話だった。

 だって、ファントムがマスター(クリスティーヌ)からの愛を、真心を拒絶するなんてありえないのだから。

 涼乃の頭上から彼女の顔を覗き込むファントムの素顔は、非情に穏やかなものだった。醜い異形の化け物と罵られ、母親にさえ拒絶されて愛されることを知らなかった殺人鬼とは思えない青年の素顔は、愛おしそうに涼乃を眺めながら双眸にゆっくりと穏やかな弧を描いたのだった。

 

「マスター……涼乃、美しい声の人。どうか、きみも幸せになってください」

 

 涼乃が思い出したのは、毎朝の光景だった。

 ファントムが集めた花を柳洞神社の手水舎の水盤に浮かべて、彼が作った美しい花手水に涼乃が目を輝かせた日常の光景。狂気と理性と、献身と恐怖の狭間にあった日々は、涼乃が思っていた以上に彼女の支えになっていたのを、今この瞬間に実感してしまった。

 

「……ありがとう、エリック」

 

 ファントムは光の粒子となって消え去った。深潮聖杯戦争最初の脱落者である。

 バーサーカーとアサシンの戦いは、アサシンに勝敗が上がった。破壊と戦闘に特化した狂戦士が、マスター殺しに特化した暗殺者に敗北したまさかの大番狂わせだが、バーサーカーが狂気を消失したタイミングが噛み合った結果と、アサシン陣営も深手を負った上で掴み獲った勝利であった。

 ファントムの退去を確認したと同時にアリアが倒れた。勝利したからと言って、彼女が受けたダメージが回復する訳ではない。痛々しくも残る鈎爪の傷跡からの出血は止まらず彼女のドレスを赤黒く染めている。

 心護に勝利を喜ぶ暇はなかった。上がった息を整えるのも忘れてアリアへと駆け寄って彼女の身体を抱き起すと、アリアの身体は指先まで冷たくなっていた。




深潮聖杯戦争、1騎脱落。残り、6騎。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。