Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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02_くもりときどきフライングシャーク

 漁港に漂着した心臓のない外国人の遺体。

 薙刀を手に襲撃してきた鎧武者。

 そして、観客の心を殺すほどの歌唱力を持つ薔薇色の歌姫。

 たった2日の間に、心護の周囲では異常な出来事が続いていた。

 そのせいだろうか?それとも、アリアに折りたたみベッドを譲って、滅多に使用しない来客用の布団で寝たせいだろうか。目覚まし時計のアラームと共に持ち上げた心護は、自分の身体がいつもより重く感じていた。

 職業柄、早起きは慣れている。夜更かしも飲酒もしていないし、風邪気味だった訳でもない。心当たりのない怠さを抱えて、心護は起床した。

 

「おはよう、シンゴ。風が少し冷たいけれど、良いお天気よ」

「おはよう。何をやっているの?」

「お洗濯。できそうだったから」

 

「別にやらなくても良かったのに」という言葉を、心護はぐっと飲み込んだ。自身の下着がアリアの抱えるプラスチックの籠の中にある現実よりも、この身体の怠さを抱えて洗濯をしなくてもいいというありがたさが勝ってしまった。

 心護のコンディションは不調だが、アリアは変わりなさそうに見えた。やはり、連日の異常な出来事で精神的に疲れているのかもしれない……心護はそう結論づけることにして、顔を洗って無理に身体を動かそうとした。漁協が大変なことになっているから片付けるのを手伝えと、野木から連絡があったのだ。

 確かに、漁協は大変なことになっていた。一昨日の夜、心護を襲ってきた鎧武者によって現実味のない荒らされ方をされたのだから。

 現場に到着すると、豆腐のように真っ二つにされたプレハブ小屋の持ち主こと野木は、よく聞き取れない濁声の罵詈雑言を叫んでいた。心護が原因であるとは、口が裂けても言い出せないのである。

 心臓のない外国人の遺体が漂着した翌日に、綺麗に真っ二つにされたプレハブ小屋などの荒らされ方をした漁協の敷地内。昨日は警察の捜査が入り、今日はプレハブ小屋の持ち主たちによって片付けが行われていた。

 

「心護! こっちだ、こっち!」

「おはようございます」

「一体ホントに! 何があったんだ!!? 警察は地震で崩れたとか言ってたが、地震でこうなるか?」

「……何なんでしょうねー?」

 

 薙刀を手にした鎧武者が襲ってきて、プレハブ小屋ごと心護を斬ろうとしてこうなりました……とは、言えず。無事だったプレハブ小屋の中身を回収する野木へ、心護は無難な返事をしただけだった。

 プレハブ小屋の一部が残っているのはまだマシな方だ。野木を始めとした、プレハブ小屋の持ち主たちの中には、炎上して骨組みしか残っていないという相当に酷い被害を受けた者もいたのだから。

 

「心護。うちの母ちゃんに聞いたが、女連れ込んでんだって?」

「言い方! ただ……迷子になっているから、保護しただけっス」

「照れるな! 可愛いから声かけたんだろ。トクもそれぐらいの積極的だったら、結婚できるのにな~」

「それトクさんの前で言っちゃ駄目っスよ」

 

 徳田(43歳独身)は、体調が優れない高齢の母親の病院に付き添うため不在である。

 とは言え、もう1人分の労働力が増えたからと言って、大惨事となったプレハブ小屋が簡単に片付く訳はない。重機等を入れて撤去しなければならない被害である。

 炎上して骨組みしか残っていない物を除いたプレハブ小屋や漁協の建物は壁や屋根の一部が崩れたり、コンクリートの道路が抉れたりとの被害だったが、中にいた心護を斬ろうとして建物ごとやられた野木のプレハブ小屋だけは異様な被害状況だ。これで、地震で崩れたという説明は無理がある。

 

「……何で、地震だなんて」

「心護! お前、顔色悪くないか?」

「え」

「真っ青だぞ。風邪でもひいたか? 具合が悪いなら帰れ。休めるのは今のうちだぞ」

「あ……はい、そうします」

「事故りそうだからバイクは乗るなよ。後で軽トラで運んでやるから」

 

 野木の目から見ても心護の不調は明らかだった。顔色は真っ青で、唇は潮風で冷え切ったかのように色がない。

 身体の怠さは朝からずっと続いている。

 野木の言葉に甘えて、乗って来たバイクを漁協に置いたまま心護は徒歩で帰宅する。本当に風邪かもしれない。しかし、身体が怠くても一度頭に宿った疑問は消えてはくれなかった。

 

「やっぱり何かおかしいよな。警察が漁禁止とか言い出したり、あの被害を地震が原因とか言ったり」

 

 赤信号で立ち止まると、再び疑問がぶり返して来た。どれもこれも、アリアを始めとした「サーヴァント」が深潮に出現したからだろうか。

 そもそも、何故に「サーヴァント」が深潮に出現したというのだ。

 何か……心護が知らない、知ってはいけないことが水面下で蠢いているというのか。

 色々と考え出したら考えたらきりがない。

 帰ったらひと眠りしようと心護は青信号を渡った。週末の昼間にしては人通りが少ないのは、漁協での事件が尾を引いているからかもしれない。そんなことをぼんやり考えながら慣れた道を歩いていたら、人と遭遇した。

 作業着を着て帽子を深く被った誰か。体型からして女性だ。バインダーを手に道路を観察するような行動をしていたので測量でもしているのかもしれないと、特に気にせず心護はアリアが待つ自宅へ足を進める。少し俯いていたので、すれ違ったその誰かが心護の背中に視線を向けていたのには気づいていなかった。

 熱がある訳ではない、食欲はむしろある。常備薬を飲んで寝て、薄暗くなった自宅で心護は目を覚ましたが、結論から言うと、心護の体調はあまり回復しなかった。

 

「おはよう、シンゴ」

「今日、二回目だな」

「ああ、頬が真っ青だわ。触ると冷たくて、血潮が通っていないかのよう」

 

 アリアが膝枕していた寝起きにツッコミを入れる気力もない。むしろ、彼女が触れた手のひらからじんわりと熱が伝わって気持ちが良かった。

 時計を見ると午後4時を過ぎている。朝は晴れていたのに鈍色の雲に覆われた曇り空になっていたため、余計に薄暗く感じた。

 本格的に風邪の症状が出る前に色々買い出しに行っておこうかと、袖を引くアリアを残して心護は家を出た。この時、野木が届けてくれたバイクが玄関先に置いてあったのに気づいたが、事故るのはよくないと徒歩で出かけたのだが……この選択が、結果として心護を救うこととなる。

 歩いて数分後、スニーカーの靴紐がほどけかけているのに気づいて身を屈めた、その時だった。

 心護の行く先に、巨大なナニかがミサイルの如く突進してきて砂利と砂埃が舞い上がったのは。

 立ち止まって身を屈めなければ、あの爆心地にいたのは心護だった……明らかに、心護を狙って突進してきたナニかが砂埃の向こうから姿を現した。

 砂埃の中に混ざるのは、嗅ぎ慣れた磯の臭い。のっそりと起き上がったソレは生き物だったようで、鋭い歯の群れを心護に向けた。

 そこにいたのは、体長10mはある巨大な鮫だった。

 しかも空を飛んでいた。

 

「何で!?」

 

 疑問を叫んでも鮫が答えてくれるはずもなく。翼もないのに浮遊する鮫が、尾びれを振り回して心護に襲いかかって来る。スニーカーの靴紐を締め直していて助かった。更に言うと、バイクではなく徒歩で助かった。怠い身体に鞭を打って必死に鮫の尾びれを避けて転倒した。

 野木のプレハブ小屋が真っ二つになった一昨日の夜を思い出す。まさかとは思うが、と恐る恐る顔を上げて空飛ぶ鮫を目にすると……いた。

 鮫の背に颯爽と飛び乗ったのは一昨日の鎧武者。心護の記憶と変わらず薙刀を手にしていて、鬼のような二本角の兜を被っている。否、変わった点がある。空を飛ぶという非現実的な鮫が増えて戦力アップしていたのだ。

 

「アサシンのマスター」

「またお前かよ!」

「いるのだろう。アサシンが」

「……いたら」

 

 何をする気だ?

 その疑問は、口には出さなかった。鎧武者が何をする気か感づいたからだ。

 心護とアリア、奴の狙いは自分たち。マスターとサーヴァントの一組を狙っているのだと直観した。

 心護の行動は早かった。自宅とは反対方向へ駆け出したのだ。こいつらをアリアから遠ざけるためにと、無駄な行動だと頭の片隅で理解しつつも走り出したが、まあ当然逃げられるはずはない。再び、鎧武者の指示で鮫が心護に襲いかかってくる。

 人間など簡単にミンチ肉にできそうな歯の群れをむき出しにして、確実に心護を殺すつもりで、海中よりも素早く獲物を仕留めにかかったのだ。

 

「やめて」

 

 涼やかな声は、耳から脳へするりと侵入してきた。

 鮫はその言葉を素直に受け入れてピタリと動きを止め、心護と鎧武者は声が聞こえたそちらへと視線を向ける。そこにいたのは、やはり彼女だった……涼やかな声の主こと、自宅で留守番をしているはずのアリアがいたのだ。

 

「アリア!」

「シンゴ……いいえ、マスター。またなのね、また彼を狙ったのね()()()()

「やはりいたか。アサシン」

「逃げるぞアリア。やっぱり、一昨日から何かがおかしい」

「大丈夫よ、マスター。あなたは、わたしが守るから」

 

 意味不明な敵の前から心護は逃げようとした。当然だ、あんなのにただの人間が敵う訳がない。()()()()()()()()()()()()()()()……あれ。

 

「……一昨日、どうやって家に帰ったっけ?」

「一昨日と同じように、わたしが戦う。告げて。「戦え」と……そうすれば、わたしはあなたのために戦うわ」

 

 心護が掴んだアリアの肩から、そっと手を外された。この白くて小さな手が心護を守った。それが、一昨日の夜の出来事。夜中の漁協で鎧武者に襲われて、野木のプレハブ小屋が真っ二つにされて、アリアが現れた夜に、歌姫は鎧武者と戦ったというのか。

 心護の記憶は定かではない。でも、この状況を再び脱するには、また無事に家に帰りたいのならば……心護は一言、こう告げればいいだけなのだ。

 

「……っ! アリア」

「なあに、マスター」

「戦ってくれ」

「ええ、勿論! あなたは、わたしのマスターなのだから」

 

 一瞬にしてアリアの姿が塗り替えられる。女将さんが選んだワンピース姿から、ドレスと薔薇の髪飾りの姿――一昨日の、月下に出会った歌姫の姿へと早変わりした。サーヴァント:アサシンの姿になったのだ。

 アリアの薄い唇が開くと同時に、鎧武者と鮫が動き出す。高音(ソプラノ)の独唱が曇天の下に響き奏でられ、歌姫の姿は薔薇色の光に包まれた。あの歌唱で、心を殺すのか。それとも、先ほどのように鮫の動きを止めるのか……?

 アリアの姿から目を離すことができなかった心護だったが、耳を劈いだ金属音には反射的に目を瞑ってしまう。聞こえた音は、時代劇で聞くような剣劇の音だった。否、ドラマや映画よりももっと重く、もっとリアルな本物の武器のぶつかり合いが、目の前で起きている。

 鎧武者の薙刀と、アリアが手にする剣がぶつかった。歌姫の手には不釣り合いな曲線的な剣は青龍刀。それを手に鎧武者を真正面から受け止めたアリアは、服装も髪型も、纏う空気さえも全てが変わっていた。

 

「……一つ、毎夜生まれて明け方に消えゆくものは? 一つ、赤く炎の如く熱いが火では非ずものは? 一つ、氷の如く凍てつくが何もかもを焼き焦がすものは? (わたし)を求める者よ、答えられないのならばその首を差し出せ」

 

 昔の中国の高貴な姫の如き服装と装飾品を身に纏った彼女は、青龍刀を手にした凍てつく氷の如き冷たく鋭い女性へと変貌していたのである。

 

「やはり、剣を使うアサシンか……やれ」

「三つの謎に、一つの命。さあ、銅鑼を鳴らせ!」

 

 鎧武者がアリアから距離を取って鮫から飛び降り、鮫だけがアリアへと一直線に突進していく。

 鮫と対峙したアリアが青龍刀を振れば、冷気を伴った大量の氷柱がコンクリートの道路を突き破って鮫を串刺しにする。鮫肌のお陰かダメージを負っていないようだが、氷柱によって鮫の動きが止められ、アリアが距離を詰めて鮫の頭に青龍刀を振り下ろした。

 

「かつての昔、男に騙され穢された姫の無念を思い知れ!」

「……ギシャーーーーー!!!」

「アリア!」

 

 鮫が叫んだ。エラ呼吸なのにどうして叫ぶことができたんだという疑問は吹っ飛んだ。空を飛ぶ時点でただの鮫ではない、常識的に考えてはいけない。

 大量の氷柱に捕らえられて動きがとれないと思っていた鮫だったが、尾びれは自由に振り回すことができた。鮫は尾びれでアリアを叩き落そうとしたが、心護の声に反応したアリアはしなやかに肢体を翻して攻撃を避けて心護を庇うように着地する。そして次の瞬間には、鮫を捕えていた氷柱の内部から火を噴き出して大炎上を起こしたのだ。

 ここで、「やったか?」と思ってしまうのは、相手に大したダメージを与えていないフラグである。大炎上の向こうから這い出て来た鮫は、やはり大したダメージを受けていないのだった。

 

「化け物か、よ……っ」

「マスター!?」

 

 心護の視界がグラりと揺れた。視界だけではなく、身体もグラりと揺れて立っていられずに膝をついてしまう。

 こんな時に体調不良が邪魔をする。

 心護の不調に気づいたアリアの雰囲気が、氷のように冷たいものから元に戻っていた。酷く焦りながら心護に駆け寄るが、体調不良を理由に相手が小休止を入れてくれるなど、甘ったれた展開などないのだ。

 炎を泳いでやってきた鮫は、再び鋭い歯をむき出しにして心護とアリアを捕食しに入る。

 心護の視界はテレビの砂嵐のようになっていた。逃げることもできず、アリアに余計な心配をかけさせたこの状態で、鮫に餌になってしまう……。

 

「……ンな。ふざけんなよッ!!」

 

 視界は正常に動きはしないが、心護は鮫と鎧武者から目を離さなかった。ただの餌になってたまるかと、ただの意地で目を逸らさなかったから、飛んできたナニかに気づくことができた。

 風を切る音が割り込んで来た。それからは、何が起きたのかよく理解できなかった。

 心護たちに向かって突進してきた鮫が、壁のようなものにぶつかって怯んだ。その隙に、アリアは心護を抱えて鮫と鎧武者からとの動線から外れ、2人でコンクリートの道路にゴロゴロと転がった。

 

「流石にフェアじゃないのでは? その人、何も知らない一般人みたいですし」

「……誰?」

 

 ゴロゴロと転がった先に、ブーツのつま先が見えた。見上げた先に見えたのは作業着と帽子……さっきの、道路の測量をしていた誰かだと、直観的にそう感じた。

 第三者が乱入しても鎧武者は止まることはなく、一瞬怯んだだけの鮫は再び襲いかかってくる。「逃げろ」と、心護がそう叫ぼうとした……だが、第三者ははっきりとこう言ったのだ。

 

「お願いします、()()()()

 

 そう言った唇が閉じきる前に、虚無の空間が出現した長槍が鮫を刺し貫いた。

 前歯を砕いて上顎を貫通し、脳天から血に染まった槍の切っ先が飛び出したのだ。

 

「マスター、フカヒレは好きか?」

「フカヒレ餃子が好きです」

「呵々! 儂も点心は好きぞ。だが、この鮫は不味そうだ」

「確かに」

 

 赤、だった。

 掠れて薄れつつある心護の視界に映るのは、曇天の下ではあまりにも映える鮮明な赤だった。

 鮫から噴き出る赤い血飛沫

 身の丈倍以上の槍を担ぐ中華服の男の赤毛。

 そして、帽子を取った第三者がかけている眼鏡の赤いフレームと、帽子を持つ右手の甲に走る標本の蝶に似た赤い痣と赤い爪。

 赤い色を最後に、心護の意識はここで途切れたのだった。

 もう、日常には戻れそうにはなかった。




ブッ殺すでシャーク。
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