Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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24_おまえ おいしそうだな

 本来、アサシンのサーヴァントは真正面からの戦闘に向いていない。汎用的な使()()()()の例としては、攪乱やら情報収集・偵察やら、マスター殺しが上げられる。

 それなのに、アサシンがバーサーカーを下して聖杯戦争に生き残った。マスター殺しではない、サーヴァント同士での戦闘での勝利だ。聖杯戦争をよく知る者が聞けば、先が読めない大番狂わせが起きてしまった現状だ。もし賭けていたならば万馬券になっていただろう。

 7騎のうち、1騎が落ちた。

 だが、勝利したはずのアサシンも深手を負っていた。美しい舞台衣装のドレスのほとんどを血で汚したアリアが倒れ、同時に堰を切って走り出した心護がアリアの身体を抱き起せば酷く冷たくなっている……血を流しすぎたのだ。いくらサーヴァントが人間よりも頑丈でも、ファントムの宝具を使用された上で連続で切り裂かれたのだから無理はない。

 

「アリア! しっかりしろ、アリア! 止血しないと……」

「彼女に魔力を。回復は? できる?」

「っ、杏華さんに教えてもらいました」

 

 涼乃に言われて思い出した。サーヴァントに魔力を注ぐことによって、ダメージを回復できることは、初日に杏華から教わっていたではないか。

 少しだけ焦りが取れた心護は、アリアの手を握って意識を集中させる。少しずつ心護から魔力がアリアに流れ込むが、今しがた戦闘を終えたばかりの心護の充電(魔力)だって既にすっからかんだ。回復に使える魔力は雀の涙ほどしか残っていなかった。

 必死にアリアの手を握っていた心護の記憶は、酷く忙しなかった。涼乃を迎えに来たと言う柳蔵の好意で彼の運転する自動車で自宅まで送ってもらえたが、この時の心護は早口にお礼を言って頭を下げたことしか覚えていない。

 心護の魔力が心許ないのなら、自宅の霊脈で時間をかけて回復するしかない。折り畳みベッドに横になるアリアの霊基は霊脈から少しずつ魔力を吸い上げてはいるが、顔色に生気が戻る気配はない……握る手に心護の体温すら移らないのだ。

 

「……もっと俺に、できることあったよな」

 

 ただ素養があるだけの一般人。実質、アリアのための外付けバッテリーでしかない。呪術の才能があるとか言われたが、活かし方も知らず興味もない宝の持ち腐れでも気にしていなかったはずの心護に痛いほどの後悔が襲ってきた。

 冷たいアリアを前にして己の無力さに苛まれるだけ……なんて、許されない。心護がアリアにできることは。マスターしかできないことは何か?

 

『皮膚接触……手を握ったりなどでサーヴァントに魔力を送れますが、魔術師の唾液や髪とかでもっと効率よく魔力供給を行うことができます。血液が最も効率がいい? とか聞きますけど』

「そうだ」

 

 杏華から教えてもらったことを思い出した。皮膚接触よりも効率よくアリアに魔力を与える方法があったのだ。

 

「アリア、起きれるか?」

「シンゴ……包丁? どうしたの、危ないわ」

 

 心護は台所から持ってきた包丁の切っ先を自身の左の手の平に突き刺した。プツリと皮膚が切れる痛みに少しだけ眉を潜めるが、赤黒い雫が手の平から湧き出てきたのを目にすると安堵の表情に変わる。

 

「シンゴ。傷が、血が……」

「俺は大丈夫。マスターの血で魔力を供給できるから。嫌かもしれないけど」

「でも……」

「今、俺はこれしかできないから。やらせてくれ」

「それは、マスターとしての命令?」

「……そうだ」

「命令なら、仕方がないわ」

 

 折り畳みベッドの上に座り込んだアリアは、宝物を扱うかのように心護の左手に触れた。両手で包み込み、溢れ落ちそうになる赤黒い雫へゆっくりと唇を近づける……冷たい唇が、花弁のように落ちてきた。

 電気も点けない暗い部屋に、アリアが血を吸う水音が響く。乱れた彼女の髪がさらりと心護の腕に落ち、濡れた舌先が手の平の傷を擽るのがこそばゆい。

 アリアの白くて細い首が嚥下した。心護の血を飲み込むと、通り過ぎた喉が熱くなる……喉から熱が身体に落ちて、霊核(心臓)が激しく鼓動した。

 

「痛っ!?」

 

 アリアが心護の手に噛みついた。

 包丁で付けた小さな傷を抉って広げるかのように

肉へ犬歯を突き立て、華奢な顎を大きく開いて力の限り心護の手に歯を立てたのだ。

 心護は咄嗟に左手を引っ込めようとしたが、アリアがしっかりと握っていて動かせない。そっと触れていた左手に両手で爪を立てて、これから獲物を貪ろうとしているかの如く噛みついて……痛みを訴える声が出て、アリアは心護の左手から口を離した。血の混ざった唾液が白い糸となって唇の端から伸びている。

 肩で息をするアリアの瞳は困惑の色に塗れていた。信じられないと言わんばかりの表情で呼吸を乱しているが、頬には微かに紅が差している。だが、それは魔力供給が上手くいったお陰なのか、それとも興奮しているからなのかは分からなかった。

 

「ごめん、なさい……」

「どうした?」

「ごめんなさい。どうしてか分からなくて……」

 

 謝罪言葉を繰り返すだけのアリアを前にして、心護は彼女に何も告げられなかった。

 くっきりと歯型が残った左手から血が滲み、じくじくと痛むだけだった。

 

 

 

 知っている。

 知っている……。

 わたしはこの()を知っている―――

 

 

 

***

 

 

 

 深潮市の中心部。中学校と小学校の通学路が交差する住宅地の合間にあるレトロな佇まいの美容院『サロン渚』は、今年で創業37年目を迎える市内の女性たちに愛されたお店だ。

 全盛期よりは閑古鳥の気配はあるが、高齢故に来店できない常連さんのために出張カットを行ったり、着物や浴衣の着付けにちょっとしたヘアセットにも対応してくれたりと、きめ細やかなサービスで粛々と経営を続けている。家によっては、親子三代でお世話になっていたりもする。

 涼乃も同じ。母が生前にお世話になっていたこともあり、幼稚園の頃から『サロン渚』で髪を切ってもらっていた。成長してからもずっとお世話になり続け、成人式のヘアセットもここでお願いしていた。

 

「ねーマジで何がどうしたのこの頭?」

「最初に言ったでしょ。瓦礫の片づけをしていたら、重機に巻き込んじゃったって」

「本当に? 失恋してヤケクソで切った……は、涼乃がそんなことする訳ないか」

「違います」

 

 失恋してヤケクソで切った訳ではない。そう、嘘は吐いていないのである。

 軽快にリズムを刻むハサミの音を聞きながら、涼乃は椅子に身を預けた。只今、鏡の破片で断ち切ってしまった髪を整えてもらっている最中である。

 担当してくれる美容師であり涼乃の幼い頃からの友人でもある久保田(くぼた)明穂(あきほ)は、東京で美容師をしていたが昨年にUターンして現在は母と共にこの『サロン渚』を切り盛りしている。彼女が地元に戻ってきていたことは知っていたが、こうして顔を合わせるのは涼乃が深潮に戻ってきてからは初めてだ。久々に顔を合わせた明穂は、ざんばら頭になった涼乃を見て絶句した。驚くのも無理はない。

 

「涼乃はどうして戻ってきたの? 神社継ぐの?」

「そういうのはまだ考えてないかな。職場の同僚との婚約が破棄になったから居辛くなって」

「マジで!? まあ、気になさんな。あたしだってカレシに浮気されたからさ。6年だよ! 6年付き合って4年同棲したのに、別な女にプロポーズしたらOKもらったから別れろって! それも年下とかじゃなくて、5歳も年上の職場の上司でさ。即追い出して、次の日にケータイの番号変えてやったよ! 家賃はあたし持ちだったからね!」

 

 近況報告と思い出話に花を咲かせ、カットからシャンプー、ブローへと淀みなく進行し、涼乃の髪は軽めのボブヘアになっていた。

 

「涼乃、まだしばらくはこっちにいるの? 年明けまでいるんだったら成人式の着付け手伝ってくれない? 人手不足でさ。ちょっとしか時給出せないけど、涼乃がいてくれたら嬉しい」

「考えておくね。ありがとう明穂」

「サービスしておくよ。今度飲もう」

 

 真正面の鏡に髪が短くなった涼乃の姿が映っている。こんなに短くしたのは小学生以来だ。頭が軽い。

 涼乃の目には、鏡に映る自分がどこか晴れやかな表情をしているように見えた。

 人は失恋をして髪を切るのなら、それは蓄積した怒りや鬱憤や、かつては美しかった思い出をバッサリと切り捨てているのだろう。それはまるで、呪いを断ち切ることに似ているかもしれない。

 頭以上に気分が軽いのは、涼乃もまた呪いを断ち切ったから。否、涼乃は呪いから解放してもらったのだ……恋に狂えないし怒れない涼乃の代わりに、恋に狂って怒ってくれる誰かがいてくれたことで涼乃は救われた。

 まるで呪いのように心の片隅にこびりついていたナニか祓われたような感覚は、感謝と喪失感と共に訪れた。もっと会話をしておけばよかったなという後悔は、きっと一生残ってしまうだろう。

 明穂にお礼を言って『サロン渚』を出た涼乃は、その足で駅前のファミレスへ向かった。国道沿いの店より少し狭い『マスト』である。

 朝一でサーヴァントを使いによこしたその人は、ジャラジャラ音が鳴る腕の装飾品には似合わないプラスチックのコップを手にしていた。コップを満たす茶色とオレンジのグラデーションは、確実にドリンクバーを混ぜている。

 

「お待たせしました」

「いや、待ってはいないよ。髪を切ったんだね。涼しげでよくお似合いだ」

「どうも」

 

 涼乃の待ち合わせ相手はアルジュンだった。朝一で、駅前の『マスト』で話がしたいとアーチャーを使いによしたのである。

 アーチャーが自然な動作で涼乃のために椅子を引いた。ありがたく座らせてもらい、一応とドリンクバーを注文する。取りに行くのは後にしよう。

 それで……アーチャーのマスターが、サーヴァントを失った元マスターに何の用なのだろうか。

 

「一応、私は監督役側でもあるんですけど」

「それは承知だ。むしろ、監督役の縁者であるあなたから意見を賜りたい。昨夜、使い魔を飛ばしてあなた方とアサシン陣営の戦闘を拝見した……いま一度、確認したい。バーサーカーの真名は」

「オペラ座の怪人。隠す必要もありません」

「……」

 

 元々、真名を隠すのが難しいサーヴァントである。歌姫の名を口にする白い仮面の怪人と聞けば、一度でも舞台を観劇した者ならばすぐに分かってしまうのだ。

 涼乃の言葉にアルジュンは考え込んだ。隣に座るアーチャーも神妙な面持ちだった。

 

「失礼。だとしたら、この聖杯戦争は()()()()

「え」

「ファントム・オブ・ジ・オペラ……聖杯に寄る情報だけですが、彼は殺戮と恐怖によって人々の信仰を得た()()()ということになります。我々、英霊とは真逆の存在ということです」

「本来の冬木の御三家が生み出した聖杯戦争の儀式において、サーヴァントとして召喚されるのは英霊だ。第四次および第五次で反英霊の召喚が確認できているのは、第三次聖杯戦争において聖杯が汚染されたため……つまり、オリジナルの聖杯戦争を()()()のならば、反英霊は召喚されないはずだ」

 

 冬木聖杯戦争を解体した時計塔のロードによって、解体に着手した経緯と原因はこと細かく広く開示されている。解体反対派への牽制のためだろう。

 汚染によって使い物にならず、あろうことか願いによっては地球規模の災害を引き起こしかねない爆弾など放置できるはずもなく、だから解体するからな!と、理由は明確にかつリスクもきちんと開示されている。

 アーチャーが言うような反英霊たち。ファントムのような悪行によって信仰を得た者や英霊と敵対し退治された怪物たちが聖杯戦争で召喚されるのは、システムの中心部にある聖杯が第三次冬木聖杯戦争において違法召喚された反英霊によって汚染されたから。つまり、聖杯戦争の運用おいて彼らの召喚は異常事態なのである。

 その異常事態が、深潮聖杯戦争においては最初から起きているのだ。

 

「あまりにも静かな霊脈といい、東洋由来の英霊を召喚できた揺れといい……あまり、楽しめない状況になってしまったな」

「冬木の大災害を引き起こした聖杯に準ずるモノが、深潮(ココ)に設置されている可能性があるということですか」

「断言はできない。しかし、この歪みは見過ごせない。使い物にならない願望器に命を懸けるほど酔狂ではないものでね」

「では、降りますか?」

「いいや。まだ、使い物にならないと確定した訳ではないからね。降りるのは、この目で聖杯を確認してからだ」

「十分酔狂ですよ。聖堂教会からのマニュアルにそんなこと書いてなかったのに……」

 

 委託するならば情報は隠さず開示しろと、文句をいくつも投げたくなる。

 歪みの先に何があるのか?

 見届けなければならない。故郷が危険に曝されるのも防がなければならない。そして、そんな歪んだ傍迷惑な魔術儀式に、好き勝手されてなるものか。

 

「敗北したサーヴァントの魂は小聖杯と呼称される器に収められ、6騎の魂が集まればどんな願いも叶えることができるほどの魔力リソースとなる……ですよね」

「聖堂教会からのマニュアルに書いてあったかな。冬木の御三家の狙いは別なところにあったが、どちらにしろ、聖杯を手にした最後の1人は潤沢な魔力に満ちた願望器を手にするという奇跡に直面する」

「奇跡を前にして、歪みなど路傍の小石の如く些細なものと言い切るのが、貴方がたのような魔術師になんでしょうね……そんな人たちに、地元もエリックの魂も利用されるのは、モヤモヤするんです」

 

 これは呑み込まない。

 これは怒りではない。深潮の地で生まれ育った者としての権利であり、委託された権限だ。

 

「私は、この聖杯戦争を見届けます。父である柳蔵に替わり、これからは私が監督役として聖杯戦争を仕切らせていただきます」

 

 敗北してサーヴァントを失ったマスターが監督役になるという異常は、歪みを抱えた聖杯戦争によくお似合いだ。

 凛と響く美しい涼乃の声に、アルジュンは一瞬だけ両目を見開いたが、すぐにゆっくりと細めた。面白い展開になってきたと、小さな笑いが口元に宿っている。

 アーチャーは何も反応を見せなかった。ただ、真っ直ぐ見据える涼乃と視線を反らすかのように、少しだけ視線を伏せただけだった。

 

「それでは、監督役のあなたに一つ……巻き込まれたはずの彼について」

「詩ノ宮くん?」

「天才的な呪術の才能が、芽吹きを見せたようです。昨夜、あなたとバーサーカーとの戦闘で急に鏡が割れたのは、彼が無意識に発動させた呪術によって引き起こされたものだ」

 

 術者の肉体を攻勢プログラムに変性させて組み換え、物理現象を発生させる。昨夜の自動車学校跡地にて、心護はそれを無意識にやっていた。彼が発動した呪術が、鏡が割れるという物理現象として出力されたのだ。

 昨夜、心護は血の混ざった唾を吐いた。術者の肉体はそれだけで十分である。ファントムの宝具を止めたいという願いが実ったのか、それとも無意識にでも鏡が恨めしいと感じていたのか……使用した本人の自覚がないので、発動条件は定かではない。だが、結果として彼らは涼乃とファントムに勝利した。鏡が割れたことが契機となって、流れはアサシン陣営に向かったのだ。

 

「彼の才能が本格的に開花したら、歪んだ聖杯戦争だけでは済まないかもしれない」

「彼は、先週まで魔術も何も知らなかった一般人ですよ」

「呪術とは、呪いは酷く理不尽なものです。時には神さえ抗うことができず、天に昇る太陽でさえも地に落ちて泥に汚れるような()()()()()()()が現実となります」

 

 アーチャーの声には緊張が滲み出ていた。英雄としての生前の彼に身に、呪いによって酷く理不尽なありえない事態が起きたのか。呪いによって、神さえ落陽に至ったのか。

 

「もしかしたら、彼は、アサシンのマスターは……この聖杯戦争において、最も警戒しなければならないジョーカーなのかもしれない」

 

 アルジュンが呪術に精通する魔術師であるからこそ、呪術師としての心護の異常さを痛いほど理解している。自分のものになるならば喉から手が欲しい人材であるが、敵対するならば覚醒する前に手を打たなければならない存在……このまま才能を育み続けるならば、詩ノ宮心護を野放しにしてはいけない。

 このままでは、理不尽の塊となりかねないのだ。




英霊の座にも影響する呪い。
英霊の座から現実に届く呪い。
仙聖とか言うなんか凄い人間が激おこで神を呪うインド神話のテクスチャー……あれ呪い強くない?
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