Fate/Deep Engage   作:ゴマ助@中村 繚

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やはり長くなったので分けますよ。


26-1_愛され息子の一生

 魔術師が我が子に向ける愛情とは、魔術刻印を継承する器へ向ける愛情である。

 世俗普遍的な無償の愛(アガペ)家族愛(ストルゲ)には該当せず、我が子が持つ才能を、魔術回路を、己を含めた一族の研鑽の証を保管し未来へ継承するための肉体を愛し、我が子がより良い結果を残すことができるようにと幼い身体へメスを入れて弄り回すのだ。弄り回した結果、我が子が人として使い物にならなくなっても、生殖能力さえ残っていれば大丈夫だ。また次の器を、魔術刻印を継承するための後継者を再び生み出せるならば、寝たきりの我が子を献身的に介護するだろう。

 自身らの血族がいつか根源へ到達する、その日のために。

 グラスフィード家も魔術師の例に漏れず、両親も祖父母も曽祖父母もエルウィンに魔術師としての普遍的な愛情を注いだ。

 魔術刻印を継承できるのは1人だけ。故に、魔術師の家では第一子のみを魔術師として育てる。

 かつては分家もあったグラスフィード家だが、衰退に抗えず機能するのは本家のみ。その本家も、スペアの子供を教育する余裕も、子供を使った時計塔での権力闘争に参入する気力もなく、たった1人の後継者へ一族の全てを徹底的に注いだ。

 勿論、注がれたエルウィンはそれが“愛情”であると理解している。

 家族の愛情と期待を一身に受け、聖杯戦争に身を投じた。一族の悲願を叶えるべく、家族の誇りとなるべく。

 キャスターによる“準備”は着々と進んでいる。拠点である魔術工房は既に彼女の城となった。

 何か、エルウィンの背中を押すようなブーストの如ききっかけがあれば、聖杯戦争の爆心地となれる可能性だってある……だが、マスターであるエルウィンの体調が思わしくなかった。

 マルシェで倒れた体調不良があれから続いている。視界が真っ白になって機能せず、血が通わないかのように身体が冷たくなって指先が動かず、足にも力が入らない。

 慣れない国での疲労だろうか。

 魔術毒を応用した治療を試してみたが改善はしていない。だが、死にはしないだろう。エルウィンの肉体にある魔術刻印は、持ち主の突発的な死を予防するための修復機能が備わっている。逆に言えば、そう簡単に死ぬことができない肉体なのだ。

 しかし、マスターが動けないのでは、聖杯戦争などできやしない。身体に鞭打って動かすにも限度がある……そんなエルウィンが藁にも縋る思いでやって来たのは、深潮市の国道沿いに店舗を構える『鈴木(すずき)孝尚(たかひさ)漬物店』だった。マルシェで店を出していた漬物屋である。

 先日は、ここの超絶酸っぱい巨大梅干しが入ったお茶によって体調不良が回復した。もしかして……と思い、本店に出向いて超絶酸っぱい巨大梅干しを買い求めに来たのだ。

 

「……やっぱり酸っぱい。酸っぱいから、目が覚める」

 

 本当にスッキリはっきりした。日本の伝統的な酸味を侮れなかった。

 何故、この巨大梅干しが効くのか、正確な理由は不明である。

 

「あらま、この間のお兄ちゃんじゃないの。来てくれたの」

「この間の……はい、まあ」

「あらー……顔が真っ白じゃない。ほっぺも冷たい。温かい物を飲んで温かくしなきゃ」

 

 イートインスペースがあるからと、買い求めた巨大梅干しをそこで口にしていたら店の奥から80度ぐらい腰が曲がった老婆こと大女将がやって来た。どうやらエルウィンのことも、彼がマルシェの会場で倒れたことも覚えていたようだ。曲がった腰を上げてエルウィンの頬に触れたしわくちゃな両手からは梅の爽やかな香りがした。

 

「うちの梅干しは病気知らずだけど、本当に具合が悪いなら病院に行かなきゃ駄目よ。アタシなんて、病院のお世話になって80年以上生きてんだから」

「は、はあ」

「旅行に来たのかい?」

「ええと」

「彼、今度この国の大学に入学するんです。それで、入学前に下見がてら旅行中なんですよ」

「あら、ほっそりしていてモデルさんみたいね~お姉さんかい?」

「いいえ。彼の家庭教師をしています。カトリーヌと申します。お気遣いいただきありがとうございます。慣れない異国で、どうにも疲れているみたいで」

 

 キャスターはついさっきまであちらの試食コーナーで漬物を吟味していたはずだが、するりとエルウィンの隣にやって来ては人当たり良く大女将と会話をしている。淑やかな表情だけ見ると、彼女は上品な貴婦人にしか見えない。だが、魔女を自称しているからか、彼女の口からは滔々と嘘が流れている。一体いつの間にそんな()()を用意していたのだ。エルウィンの確認も承諾も得ていない。

 ビジュアルだけなら、大女将の方が御伽噺の魔女に近いかもしれないと、エルウィンはそう感じたのだった。

 

「ひいばば、ただいまー」

「お帰り。この子ね、初ひ孫」

「あら、可愛い。何を持っているの?」

「としょかんでかりてきたの。おじちゃんがよんでくれた、そんごくーの絵本」

「そんごくー?」

 

 小さな歩幅で店の奥からやってきた幼い男の子。勝手に店内へやって来ていいのかと疑問にも感じるが、そこは地域密着型のローカル性が出せる微笑ましさで許されている。大女将のひ孫は、孫悟空が表紙に描かれた『西遊記』の絵本を抱え、今日はこの絵本を図書館から借りて来たと曾祖母に報告しに来たのである。

 

「ああ、『西遊記』か。玄奘三蔵と斉天大聖をモデルにした物語……この緑のトンスラ頭は何だ?」

「さごじょだよ、しらないの?」

「初めて見た」

 

 日本ナイズされて河童になった沙悟浄に驚くエルウィンへ、ひ孫の男の子は絵本の表紙をめくって沙悟浄が登場する場面を見せてくれた。まるで、男の子がエルウィンへ読み聞かせをしているかのような光景だ。

 エルウィンには、こんな風に両親に絵本を読み聞かせしてもらった経験がなかった。ただ、初めて自らの知識だけで絵本を音読できるようになったその日に、家族にとても褒められたことを覚えている。

 あれは、年齢の割には文字の読み書きの習得が早かったから誉めてくれたのだろう。基礎中の基礎の習得が早ければ魔術の教育に早く移れるし、学習的な意味で優秀な子供ならば魔術の習得も早かろうと期待していたのだ。

 それでも、エルウィンはあの日に褒められた嬉しさを今でも覚えている。だから幼い頃の彼は夢中で絵本を読んだ。絵本を読んで文字を覚え、文字の意味を知って知識を深めれば家族が「凄い」と褒めてくれるから……だがそれも、魔術の修行が始まれば無意味となった。

 魔術師に成るために、御伽噺も青虫もうさちゃんも必要ない。魔術毒を錬成するための術式を覚え、魔術を発動させ、より多くの魔力を精製するための手術に耐えて、グラスフィード家の魔術刻印を継承すれば、家族は惜しみない賞賛を送ってくれた。

 だからもう絵本は必要ないと、深潮へ持ち込む荷物の中に入れていなかった。

 

「そろそろお暇しましょう。バスの時間よ」

「ああ。失礼します」

「またおいで。今度はお茶を淹れてあげるよ」

「ありがとございましたー」

 

 店員たちの真似をしてか、ひ孫の男の子は一人前に頭を下げた。もしかしたら、将来的に良い跡取りになるかもしれない。

 昼間の移動手段から限られていることもあり、キャスター陣営はバスで市内を移動していた。一本逃せば、次は40分後である。巨大梅干しのお陰で気分も晴れた。工房に戻ったら引き続き工作を続けたいところであったが……駅前でバスを降りたエルウィンの視界が、再びぐらりと揺れた。

 

「な、んなんだよ……この不調は……? 梅干し……」

「あまり食べると塩分過剰でむくれますよ」

「くっ……!」

 

 キャスターの手を借りて工房に戻る頃には、工房を出た時と変わらない体調不良に見舞われていた。やはり巨大梅干しは一時的な気付けにしかならないようだ。大女将の推奨接種数は1日1粒である。

 

「そうだ……今、何時だ?」

「お薬の時間ですよ」

「薬と水を持って来てくれ」

「飲むんですか? あの甘苦いとかいう薬を」

「当たり前だろう」

 

 魔術刻印の拒絶反応を抑えるための薬を服用する時間だった。いくら体調が悪くてもこの薬は飲まなければならない。

 魔術刻印が正常に機能しなければ、グラスフィード家が積み重ねた魔術を発動できないではないか。マスターの魔術抜きで聖杯戦争を勝ち抜こうなどという甘い考えなど、最初から選択肢にないのだ。

 

「魔術刻印の拒絶反応を抑える薬……おばあ様が調合して処方してくれた薬、でしたっけ? その薬がなければ、肉体にある魔術刻印は正常に定着しない」

「そうだ。聖杯戦争で魔術が使えないなんて……薬を処方してくれたおばあ様にも申し訳が立たない。期待して送り出してくれた家族のためにも、僕は寝込んでいる暇はないんだ。グラスフィード家の悲願のために、僕は……」

「……なら、なおさら飲んじゃ駄目。だってその薬、毒ですもの」

「…………は」

 

 エルウィンの口から声にならない空気が漏れた。

 聞き間違いか。

 それとも、また嘘を滔々と吐かれたのか。

 キャスターが何を言ったか理解できていない。否、理解するという選択肢は最初からない言葉を彼女から向けられたのだ。

 

「何を言っている。何かの妄言か」

「調べましたけど、あの薬は魔術刻印を暴走させて所有者の魔力を強制的に枯渇させる物でした。魔術毒の応用品ね。今の状態で魔術刻印を発動させれば、内側から破裂するようにズタズタに爆発するわよ。貴方と共に」

「はあ? ……そ、そんな訳ないだろう。おばあ様の薬が……」

「その体調不良も薬が原因ね。飲むのをやめれば症状も収まるはず」

「馬鹿げたことを言うな! お前に何が分かるって……」

「魔女だから言っているの」

「お前は()()じゃないだろう! ただの、魔術師だ! そんな訳……そんな訳……!」

 

 頭が上手く働かない。指先から身体の中心にかけてどんどん熱が引いて冷めていく。

 体調不良だけではない、キャスターから言われた言葉がぐるぐると脳内で渦巻いてこびりついて取れないのだ。

 そんな訳がない。あるはずがない。どうして魔術師が後継者に毒を盛るのか。それも魔術回路を調整するための薬毒ではなく、時限式爆弾に作り替えるかのような猛毒を処方するはずがないのだ。

 それなのに、今のエルウィンはキャスターの言葉をバッサリと切り捨てられなかった。

 体調不良は深潮にやって来てから現れたが、それ以上にあの薬を飲み始めてから始まっていた。特別に調合した薬だから、聖杯戦争が始まったら飲みなさいという祖母の言いつけを守って飲み始めてから症状が出始めたのだ。

 魔女を名乗る使い魔に惑わされて正常な思考ができなくなっている……そのはずなのに、「そんな訳がない」の中にある「もしかして」という小さな綻びが気になって仕方がない。

 エルウィンはあまりにも力の入っていない舌打ちをしてベッドから起き上がった。すぐ近くの机に移動するのにも身体が怠くて辛い。

 通信のための魔術礼装を起動した……直接、祖母に尋ねるためだ。

 馬鹿なことを言うな。

 惑わされず聖杯戦争に集中しなさい。

 聖杯を持って帰ってくるあなたを待っています。

 その言葉を得るために、エルウィンの中にできた小さな綻びを馬鹿馬鹿しいと放り捨てるために、実家へと通信を飛ばしたのだ。

 返事がない。いつもはすぐにレスポンスが来るはずなのに、水晶柱の形をした魔術礼装はグラスフィード家からの返事を映さない……むくりと、エルウィンの中の疑心が少し大きくなった音がした。

 いや、息子が家族を疑うようなことを言い出したから困惑しているのだ、きっと。だって、エルウィンを自爆させようとして毒を薬と偽って飲ませましたよね?なんて、精神汚染を受けて錯乱しているかと大騒ぎしているかもしれない。

 だから、早く。早く何か言ってくれ……親の帰りを待つ留守番中の幼子のように水晶柱の前から動かずに返事を待ち続けていたエルウィンに、やっと返事が届いた。

 

『知ってしまったのですね―――』

「え……」

 

 結論だけ言ってしまうと、キャスターの言っていたことは真実であった。

 エルウィンが飲み続けていた薬は、魔術刻印を暴走させるための毒だったのだ。

 何故、自分は毒を飲まされていたのか?

 今のエルウィンは、聖杯戦争どころかまともに動けなくなるコンディションだ。これで魔術を使用したら爆弾のように肉体が爆発して絶命してしまう……家族によって殺されかけているのだ。

 エルウィンの疑問は全て返信に書いてあった。

 

 私たちは、疲れてしまったのです。

 時代が発展するに連れて神秘は薄まり、グラスフィード家の魔術は衰退を辿るしかなくなりました。1,200年もの歳月をかけた我らの毒はこれ以上の発展も繁栄も望めず、最早根源へ到達することは不可能だと結論づけました。

 沈み続ける船を浮上させ続けることに私たちは疲れました。けれども、かつては時計塔のロードを輩出したグラスフィード家が()()()()()()()()理由で魔術を捨てることはできません。先人たちから積み上げて来た魔術刻印を簡単に放棄できないのです。

 我々は、魔術を捨てざるを得ない理由を求めました。故に、あなたを聖杯戦争へ送り出しました。

 

「は、はは……そう、か……そうだったんだ……みんな、()()()()()()()()()()()()……」

 

 冬木聖杯戦争では、多くの死者を出したとの記録があります。かつての時計塔のロードでさえ死亡し、魔術刻印は無残にも破壊され、死体から全てを回収することが不可能だったとか。

 後継者が死亡し、所有していた魔術刻印が回収不可能なほど破壊されたとなっては、魔術師を()()()()()()()()()()()()()……我々は、魔術を捨てる理由を()()と決めました。

 グラスフィード家は、聖杯戦争に参加した後継者が死亡し魔術刻印も破壊してしまった故、苦渋の決断で魔術を捨てるのです。

 あなたが聖杯を手に帰って来られるなど思っていません。勝ち残れるなどという期待はしていません。

 どうか、我々の悲願を叶えてください。

 我々があなたに期待するのは、それだけです。

 

 情に訴えかけることもなく、許しを請うこともなく。ただ淡々と、説明書のように事実が羅列されていた。

 グラスフィード家の悲願とは、魔術を放棄すること。すなわち、エルウィンの死……彼は家族のための生贄であり、その死によって願いを叶えなければならない存在として、家族の()()を背に受けて聖杯戦争に送り出されたのだ。

 水晶柱の光が消えた。もうこれ以上話すことはないという、家族からの拒絶だった。

 悲願を叶えてくれという言葉だけが、エルウィンの中に残り続けている。




『鈴木孝尚漬物店』
 深潮市にある老舗漬物屋。創業78年。名物は紀州産の梅を秘伝の塩加減で漬けた超絶酸っぱい巨大梅干し。他、わさび漬けが美味しい。
 近隣のホテルを始め、県内の旅館などの宿泊施設へ漬物を納品しているため、市内の老舗企業の中では安定した経営を運営している。
 かつては商店街に店を構えていたが、衰退の続く商店街と停滞を選んだ組合を見限った大女将(御年81歳)の采配によって商店街組合を脱退。国道沿いの広い駐車場がある場所へ本店を移転した。移転後は、卸しているホテルの宿泊客が買って行ったり観光バスが寄っていったりとめっちゃ利益に繋がった。

『杉岡茶工』
 深潮市にある老舗お茶屋。創業81年。様々なニーズに応えてお茶の葉を売り、卸し、店内では試飲をすることもできる。キャスターがお茶を買ったお店はここ。
『鈴木孝尚漬物店』とは親類関係(漬物店の先々代の娘が嫁いだ。現在の社長の母)にある。
 かつては商店街に店を構えたが、漬物店の大女将と共犯となり共に商店街組合を脱退し、中心街に本店を移転した。
 最近では近隣のお菓子屋さんの商品やお土産品も取り扱い、店内のイートインスペースで食べればお茶が一杯無料というサービスを始めたら売り上げがアップした。

『サロン渚』
 深潮市で創業37年目を迎えた美容院。元は涼乃の友人である久保田明穂の祖母が開業した。
 漁師だった夫を水難事故で亡くした明穂の祖母は、当時理容師をしていた兄の店で働きながら女手一つで娘を育てやがて独立。現在は娘(離婚して出戻り)とUターンしてきた孫娘に店を任せているが、週3ぐらいの頻度で常連さんの髪を切っている。70歳を超えても現役宣言済み。
 涼乃も生前の母がこの美容院に通っていた縁で幼稚園の頃からの行きつけの店である。
 着物の着付けとヘアセットもやってくれるので、夏祭りと正月から成人式・卒業式シーズンは稼ぎ時。着付けだけのパートさんをお願いするほど予約が入る。
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